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ノーマルCP マリア様がみてる 真紀

【マリみてSS(真紀×祐麒)】貴女がいたから

更新日:

~ 貴女がいたから ~

 

 

「なにわづに――――」
 室内に、澄んだ綺麗な声が響く。
 精神を集中し、耳を研ぎ澄ませ、脳内でシミュレーションを繰り返す。
 読手が札を手に取る。僅かに、重心を前に置く。
 そして――

「――――ありがとうございました」
 勝負を終え、互いに礼をして顔を上げ、汗を拭う。練習とはいえ一試合を消化すると、エネルギーも相当に消費する。既に秋口に入っているとはいえ残暑もあって、練習の熱気がこもって室内はもわっとしている。
「あー、負けた。やっぱり筒井さんは強いなぁ」
「でも、最近では随分と福沢くんにも追い上げられて、今回も五枚差よ。勝率だって、今じゃ五分近くにまでなっているんじゃない?」
「そこまではいかないでしょう。筒井さんのスランプの時があったから、数字上はそう見えるだけだって」
 筒井環は今年、祐麒と同じ高校二年生。競技かるたにおいてはB級だが、既に準優勝を一回経験しており、A級まであとちょっとという実力者。かくいう祐麒もこの一年のたゆまぬ努力と研鑽で、二年生になるのとほぼ同時にB級昇格した。だがB級からA級への壁は厚く、そう簡単になれるものではなさそうだと実感している。
「この一年、本当に強くなったものね。初心者だったけれど、向上心と研究心、それにもともと向いていたのもあったのでしょうね」
 競技かるたを始めて、確かに意外と自分に向いているとは思った。記憶力は人並みかもしれないけれど、相手の陣や自分の陣の配置を考えたり、相手に応じて戦術を変えたり、そういうことを考えるのは大変だけど面白かった。野球でも、相手打者、ランナー、次の打者、風向き、自分の調子、それまでの配球、そういったことを考えての様々なシミュレーションは常にやってきたし、好きだった。投手よりも捕手に向いているのでは、なんて言われたこともある。
 野球をやっていたからというわけではないかもしれないが、反射神経も悪くないし、体力にもそれなりの自信はある。加えて、部活動プラス地域のかるた会にも所属して大人も相手に練習し、この一年は自分でも驚くくらいにのめりこんでいった。
「福沢くんは、手首の使い方がいいよね。もうちょっと肩の力が抜けたら、A級に上がるのもそんなに遠くないと思うよ」
「そんなおだてないでよ、調子に乗るから」
「調子に乗ってもいいわよ。うちの部に熱気が出てきたのは、間違いなく福沢くんのおかげだから」
 祐麒は無我夢中でやってきただけだが、本気で打ち込む祐麒につられるようにして、もともと所属していた部員たちの活動にも熱が入り、例年になく盛り上がったとのこと。七月に開催されたかるた甲子園ともいわれる高等学校選手権では、団体戦では県大会予選で敗れたけれど、個人戦では皆がそれぞれ納得いくような結果を残していた。
「――まあ、格好いい男の子が入った、っていうのも大きいのかもしれないけどね。みんな、福沢くんの前で無様な姿は見せられないって思っていたのよ?」
「え?」
 顔をあげると。
「あら、そんなこと言って一番ご執心だったのは環さんでは?」
「なっ……そ、そんなんじゃないわよ」
 僅かに頬を赤らめる環。札を扱う手つきが、微妙に雑になる。
「だ、大体、福沢くんには彼女がいるでしょう」
「えっ、そうなの!?」
 と、なぜか驚いたのは祐麒。
 目を丸くして、目の前の環を見つめると。
「桂さんと付き合っているんじゃないの? 凄く仲が良いし」
「確かに、女子の中では一番良く話すかもしれないけど、付き合っているわけじゃないよ」
 慌てて否定するが、それでもなかなか納得してくれない環ほか部員たち。リリアンに来てから一年が経過し、同じクラスや部活の女子とはある程度親しくなったが、その中で一番と言われれば確かに桂であろう。何せ話しやすいし、向こうもあまり遠慮せずに話しかけてくるし、二年になってクラスは別になったけれど今でもよく会ったりもする。だからといって、まさか付き合っていると思われているとは知らなかった。

 

「――え、知らなかったの?」
「――え、知っていたの?」
 そのことを桂に尋ねてみたら、むしろ逆に驚かれた。
「そりゃねえ、自分のことだし、他の子からのやっかみの視線とか、興味本位の噂とか、そういうのもあったし……え、本当に気づかなかったの、祐麒くん?」
「…………」
 何も言い返せなかった。女子の噂話とか興味もなかったし、小林やアリスも特に何も言ってこなかった。
「桂さんには、迷惑じゃなかったの?」
「うーん、迷惑というか、疑似的にでも彼氏ができてラッキー、みたいな?」
「そ、そうなんだ……」
 あっけらかんとしている桂を見ていると、肩の力が抜ける。しかし、どうして誤解をとこうとしないまま今までいたのだろうかと疑問を抱くと。
「それはむしろ、あたしに感謝してほしいな。祐麒くん、女の子から告白とかあんまりされていないでしょ?」
「そりゃ、特にモテるってわけでもないし」
「あ、分かってないなぁ。祐麒くんは十分に格好良いし、モテるし、実際に女子から人気あるんだよ。それが、あたしが彼女だと勘違いされているから、皆、手を出そうとしていないんだから」
「そう……なんだ。え、でも、どうしてそれで感謝……」
 と言いかけると、そこで桂がニヤリと笑う。
「だって祐麒くん、この学校に好きな人、いるでしょう?」
「えっ!? な、なんのこと……」
「誤魔化しても駄目ですー、相手が誰かまでは分からないけれど、知ってるんだからね。その人とうまくいくまでは、あたしが彼女だと思わせておけば、他の子は寄ってこないでしょう。あ、でも、うまいことぼやかしておくのよ? 彼女とも、彼女でないとも、そんな感じで。その人とうまくいきそうなとき、あたしが彼女だって思われていたら、変なことになるかもしれないからね」
 悪戯っぽく笑う桂。
「うわっ、なんか俺、凄く恥ずかしい……?」
「そんなことないよー。でも、こうしている今も、部活動の合間に逢引きしているって思われているかもよ?」
 桂はテニス部の練習中で、今日は可愛らしいスコートを身に着けており、すらりと伸びた健康的な太ももが眩しい。そんな桂と二人きりで向かい合って話している場所は、人気が少ない場所を選んでいるものの、完全に誰もいないなんていうのは難しく、今もちらちらと祐麒達の方を気にした様子で通り過ぎていく女子生徒が一人。
「うわっ、マジか」
 祐麒的にはただの友達だし、そこまで意識していないからこそ気さくに呼び出していたのだが、女子達の目から見たらそうではなかったということか。
「マジだよー。これであたし、練習が終わったらまた皆から色々と訊かれること確定だよ」
「や、なんていうか、ごめん」
「だから、それは別にいいの。あたしも役得だしね」
「そう……なの?」
「そうなの」
 理解できないが、自信満々に桂が言うからそうなのだろうか。
「とにかく、頑張ってね。うまくいったときは、付き合っていたわけじゃないって誤魔化すから」
 これはかなわないなと、祐麒は頭をかく。
 とはいっても、万が一、桂の言う通りにうまくいっても、相手が誰だかを教えるわけにいかないのが辛いところ。
「それじゃあ、そろそろ練習に戻らないと」
「うん、急にごめん」
「いいって。それじゃあ」
 手を振り、スコートの裾を翻し、テニスコートへと戻りかけて桂は。
「ああ――でも、うまくいかなかったら」
 立ち止まり、祐麒を見て笑う。
「ん?」
 そして、右手を口元にあててメガホンのようにして。
「その時は、本当に彼女に立候補するかもしれないから、よろしくねーっ」
 本気とも冗談とも分からないことを言って、桂は駆けて行った。
 桂が向かって行く先、テニスコートに彼女はいる。
 競技かるた部の副顧問である鹿取真紀は、言われていた通り部活動には殆ど顔を出すことはなかった。正式な顧問であるテニス部の練習の方が忙しいので、それはそれで仕方ないことだし、競技かるた部の顧問の先生も真面目なので、特に問題はないのだ。
 ただ、全く顔を見せないことはさすがに本人も気が咎めるのか、大会の直前や実際の大会には顔を見せることが何度かあり、生徒を応援していた。ただ一人の男子部員である祐麒のことも気にかけて話しかけてくれたこともあるが、祐麒は心苦しいけれどもあまり顔をあわせず、話も返事をするくらいにとどめていた。今の自分自身では、真紀と真っ当に向かい合って話す資格などないと思っていたから。

「おーい、ユキチー」
 部活動に戻ろうと思ったところで、今度は小林の声が聞こえた。見れば、アリスと一緒に歩いて向かってくる。
「こんなところに何しに来たんだ?」
「テニス部女子の練習姿を見学に」
「だからお前、そういうことは口に出すなよ」
「分かってるよ、お前たちしかいないからだろ」
 両手を広げるポーズを見せる小林に、祐麒はため息をつく。
「だけど、どこで誰が見ているか分からないんだぞ。冗談に受け取られなかったら、大きな問題になるかもしれないんだからな」
「んー、しかし、桂さんとこそこそ逢引きしているユキチに言われたくはないぞー」
「なっ……あ、逢引きって、俺と桂さんはそんなんじゃないぞ」
 つい先ほどまで話していたことを出され、思わず身構える。
「いや、分かってるけどさ。そんな良い仲だったらユキチ、隠していられないだろうし」
「でもほら、僕たち以外はさ、そう思ってないかもしれないし、気を付けた方がいいよ」
 アリスにも注意され、本当に祐麒自身以外は気が付いていたのだと理解させられる。
「なあ……そんなに俺と桂さんのことって、噂になっているのか?」
「ん? まあ、それなりにな。別に付き合っちゃいけないなんて決まりはないけれど、なんとなく男連中も女子も遠慮しているところあるし、人数少ないから目立つしな」
「そっか、気を付けないとな」
 確かに小林の言う通り、男子が少ないだけに目立つわけで、意識していなくても周囲からの目によっては勘違いされることもある。その辺には祐麒は今まで無頓着すぎたのかもしれない。
「それじゃ、俺もそろそろ部活に戻るから」
「あー、待てユキチ。一応、言っておくけれど。筒井さんとの仲も微妙に疑われ始めているから気を付けろよ」
「えっ、マジで!?」
「マジよマジ。女子は怖いよな、単にやっかみなんだろうけど」
「単なる部活仲間で、色々と教えてもらって世話になっているだけなんだけどなぁ」
「周りは色眼鏡で見るからね。今までずっと女子校で、そこに男子が入ってきたんだから、興味本位というかもあるんだろうけれど。リリアンの女の子といっても、女子高校生だからね」
 分かったようなことを言うアリス。
 自分が思っていた以上に気を付けようと、改めて心に留めながら小林たちと別れる。そのまま部室に戻ろうかと思ったが、テニスコートから響いてきた彼女の声に、足が止まる。今の注意もあるし、近づくわけにはいかないけれど、角度を変えればかろうじてテニスコートの一部が、そして彼女の姿を視界にとらえることが出来た。
 部活動のため髪の毛を後ろでまとめたポニーテールにして、女子生徒の手を取って自ら振り方を教えている真紀。
 真紀のことだから、生徒それぞれに応じた指導をしているだろう。そして生徒たちも真紀の教えを受けてきっと成長しているはず。それだけ、生徒のことを真剣に考え、思いやることのできる教師だから。
 しばらく見つめていると、祐麒の立っている位置からは見えない場所に移動してしまった。待っていれば、いずれはまた見られるかもしれないが、そこまですると自分が情けなくなるので踵を返す。
 真っ直ぐに部室に戻る気がしなくなり、遠回りをして帰ることにした。一年半を過ごし、リリアンの敷地内のこともちゃんと把握できている。周囲にいる女子生徒たちも、祐麒が一人で行動していても、もう驚くことはない。
 歩いていくと、やがてグラウンドが見えてきて、そこではソフトボール部が紅白戦を行っていた。
「…………」
 懐かしいと思うことはある。
 だけど、入学した時みたいに胸が痛んだり、目を背けたり、過去を無駄に思い出すことはなくなっていた。今は、それ以上に打ち込めるものがあるからだ。
 立ち止まり、周囲に人が見ていないことを確認すると、軽く振りかぶって投げるモーションをしてみる。本気で投げるわけではないから、肩も特に痛みを感じることはない。遊びでやるくらいなら、問題ないのだろう。
「――よしっ」
 言葉に出して、気合を入れる。
 やるべきことがあるのだから。
「筒井さん、怒っているかな。いつまで油を売っているんだって」
 冷静そうに見えるけれど、勝負では熱くなるし意外と怒りっぽいところもあるのだ。
「まだ、もう一試合はできるしな」
 肩を回して筋肉をほぐしながら、祐麒は部室へと戻ってゆくのであった。

 

 練習に明け暮れる日々を続ける。学園祭や修学旅行もあったし、それぞれ楽しかったけれど、祐麒には目標があった。高校三年の間にA級を取得する。そのためには、まだまだ経験が足りないから、ひたすら練習、試合を繰り返して身に覚えさせていくしかない。学校の成績を落としたら意味がないので、それも平均以上はキープするように頑張る。
 そうして順調に進んでいたかと思えた日々だったが、目に見えないところでも物語は色々と展開されているわけで、それは突然、姿を現して驚かしてくる。
 祐麒が耳にしたのも、ふとした偶然からだった。
 真紀が男性と付き合っているかもしれないという話は、練習の居残りで遅くなった日に、同じように部活で遅くなったどこかの女子生徒が喋っていたのをたまたま近くにいて聞いてしまった。男性と親しげに話しながら歩いていたというだけだから、単に友人という可能性もあるが、身ぎれいな格好をしていたというのが微妙なところだ。
 真紀も既に三十歳を超えており、全くもって不思議でもなんでもないのだが、本人はあまり結婚ということを視野に入れていなかったはずだけに、祐麒はショックを受けていた。
 どうするべきか、といっても選択肢はさほど多くない。黙って見守っているか、行動を起こすかだが、行動を起こすにしても遅すぎたら真紀に迷惑をかけてしまう。いや、行動を起こす時点で遅かろうが早かろうが迷惑をかけることに変わりはない、単に祐麒の心情的な問題である。
 真紀のことを思うならば何もするべきではないのだろうが、祐麒もそこまで大人になれるほどではなかった。
 人を思う気持ちは、抑えようとして抑えられるものではないのだから。
 真紀に告げる、だがどのように、どこまで、何を伝えようか。まだ道の途中だというのに、それは自分が決めた制約に反するというのに。
 それでも祐麒には、素直に伝えるしか術はなかった。

「――俺、鹿取先生のことが、好きです」
 相談があるといって、どうにか真紀をつかまえることができた祐麒は、拙速かとは思ったが真正直に思いをぶつけた。
 机を挟んで向かい側に座る真紀は、祐麒の言葉を受けて少し戸惑いを見せたものの、落ち着いた様子で口を開く。
「ありがとう、福沢くんの気持ちは嬉しいわ。でもね――」
 想定していた返答内容だったが、祐麒はそういうことを言ってほしかったわけではないし、すぐに伝わるわけではないとも思っていた。
「違うんです。俺は、本気で思っているんです。将来的なことも考えて」
 そう言うと、さらに困惑した様子を見せる真紀。分かっている、今は単に学生が夢見がちなことを口にしているとしか思われていないことくらい。
「一時的なものじゃありません。だって俺は、ずっと……前から、鹿取先生のことを、思っていましたから」
 正面から、目をそらさずにまっすぐに見つめる。どのような反応をされるにしても、自分が本気であること、冗談や一時の気の迷いなんかではないこと、それを少しでも理解してほしくて。
 それでも、真紀は諭してくる。
 気持ちは嬉しいが、それはきっと年上の女性に抱く憧れのようなものではないか、そうとはっきり口にするわけではないが、言いたいのはそういうことだろう。
「鹿取先生は……今、好きな人はいますか?」
「え? それは……」
 答えを躊躇する。
 本当のことを口にするかどうか迷ったというより、自分の好きな人は誰かと思い浮かべようとしているように見えた。
「――年明けの大会までに」
「えっ? 何が――」
「年明けの大会までに、A級にあがってみせます。そうしたら、そしたら俺は鹿取先生に、もっと伝えたいことがあります。それまで、待っていてくれませんか」
「待つって言われても、困るわ」
「困らせてすみません。でも俺は、鹿取先生がいたから、ここまで」
「そんな、私、かるた部の活動には殆ど参加できていないのよ」
「それでもです。だから、待ってほしいんです。A級にあがれなかったら、すべてを忘れていただいて構いませんから」
「どういうことなの、本当に……あ、福沢くん?」
「お忙しいところお時間とらせていただき、ありがとうございました。俺、本気です」
 最後に念を押し、真紀が留めようとする声に背を向けて部屋を出た。
 廊下を歩いていくが、真紀が追ってくる様子はない。角を曲がり、完全に先ほどまでいた部屋から見えなくなったところで、大きく息を吐き出した。緊張で、鼓動がかなり速くなっていて、顔も熱を持っている。
 果たして、真紀にどれだけ伝わり、どのように受け取ってもらえたかはわからない。思春期の少年の青臭い想いととられたかもしれないし、そんなことすら思っていないかもしれない。
 仕方ない、真紀にとっては恐らくその程度のことだったのだろうとは、祐麒だって分かる。それでも、祐麒は何よりも自分のために必要なことだったのだ。そういった意味では、完全に自分のエゴのために真紀を困らせているのだが。
「…………時間は、あまりない。練習するしかない、か」
 呟くと、部室へと向かう。
 退路は絶った。
 あとは、進むしかなかった。

 

 

おしまい

 

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