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【マリみてSS(乃梨子)】二条乃梨子は眠れない

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~ 二条乃梨子は眠れない ~

 それは、中学時代の友人と久しぶりに会っているときのことだった。
 場所は、駅前のファーストフード。リリアン女学園に通っているといっても、乃梨子はまったくの庶民、友達とお喋りするのにおしゃれな喫茶店などに入ったりはしない。ましてや中学時代の友人と一緒なら尚更だ。
「ところでニジョーってさ」
 乃梨子の正面に座っている春日がそう口を開いたのは、中学時代の担任ネタ話がひと段落したときだった。春日は現黄薔薇様ほどではないにしろボーイッシュな少女で、友人の中でただ一人、乃梨子のことを"ニジョー"と苗字で呼ぶ。リリアンでの生活に慣れてきた乃梨子としては、呼ばれて違和感を感じることもある。
「ん?」
 アイスティーのストローを口にしたまま、春日を見る。
「ニジョーって、同性愛嗜好?」
「ぐぶっ!!」
 お約束のように、思いっきり吹き出した。しかし、春日はそんなことは気にもせず続ける。
「ていうか、女子高に入ってソッチに走った?」
「うんうん、それ気になる」
「実際のところどうなの、リコ?」
 春日にあわせるように、光と唯まで興味津々といった表情で聞いてくる。
「あのね、一体どこをどうしてそんなことに……」
「志摩子さん」
 間髪いれずに、春日は答えて来た。しかも、悔しいことに"志摩子"という言葉に乃梨子は反応してしまった。そんな乃梨子の様子を見て、春日達は顔を見合わせて頷く。
「あの、チョー綺麗な人。文化祭の時にさ、見ちゃったんだよね、ニジョーとその志摩子さんが仲良く手つないで歩いているの」
「なっ」
 迂闊だった。
 確かに春日達を文化祭には呼んでいた。乃梨子はクラスの出し物と、山百合会の劇があったため、一緒に行動は出来なかったが。しかしまさか、そんなシーンを目撃されていたとは迂闊だったとしかいいようがない。文化祭という雰囲気の中で、つい志摩子さんと手をつないで見て回っていたのは確かだった。
「正直、驚いたね。だってあのニジョーの顔が、信じられないくらい緩みきっていてさ。いやそれだけじゃないよ、話している最中でもしばしば志摩子さんの名前は出てくるし、志摩子さんの名前を出すときは決まってニジョーの表情もにやけてて。そう、丁度唯が初めて彼氏できて、その男のことをのろける時と同じ表情で」
「"鉄仮面"の異名が泣くねー」
「その志摩子さんと一緒にいるときは、強力なラブラブオーラが出ていたよね」
「そ、そんなことは……」
 反論しようとする乃梨子だったが、畳み掛けるようにして友人達は言ってくる。
「携帯の待ち受け画像、志摩子さんの写真だったでしょう」
「さっき財布に志摩子さんの写真、入れてあったの見えたし」
「お守りには志摩子さんの……を入れてあるし」
「っていつの時代の人よ!っていうか中見たの?ってーかそもそもそんなの持っていないし!」
 そりゃあ、持てるものなら持ちたいけれど、ってそれも違くて。しかしこの友人ども、意外に目ざといというか、ほんのちょっと携帯や財布を取り出した隙にそこまで見るとは。
「リコみたいに、途中から入る子の方がコロっとはまっちゃうのかもね」
「幼稚舎や初等部からリリアンに通っているような子達は、そんなことあまり意識せず、周りが女の子だけっていうのが自然だもんね」
「その点、ニジョーは免疫が無いところに女子校の洗礼を受けて、すっかり深みにはまってしまったと。まあ、あそこまで美人なヒトだと、性別の差を越えてしまうというのも分かるような気もする。あたしはさっぱり分からんけれど」
「私は同性愛者じゃないっ!!」
 思わず立ち上がりながら大きな声で叫んでしまった。それまで騒々しかった店内が一瞬、静まり返る。お客さんも店員も皆、ぎょっとしたように乃梨子達の席を見ている。
 乃梨子は真っ赤になりながら腰を下ろし、力が抜けたようにテーブルにべったりと額をつける。
「ちょっとリコ、あたし達まで変な目で見られちゃっているじゃない」
「う゛~っ」
 髪の毛にバンズの屑をつけながら、乃梨子は応える気力も沸き起こらずテーブルに突っ伏していた。

 マンションに帰ると乃梨子は、リビングのソファにだらしなく倒れこんだ。ファーストフードで友人達に言われたことは、実は乃梨子の心の中では、意識しつつもあえて避けていた部分だった。
 志摩子さんに対する感情。それは、初めて会った時から日を追うごとにどんどん膨らんでいく。
 最初は、志摩子さんともっと仲良くなりたい、志摩子さんのことをもっと知りたいという思いだった。それがそのうち、もっと志摩子さんの側に居たい、志摩子さんと触れ合いたい、志摩子さんと、志摩子さんと……。
 エスカレートしていくその感情は、もはや友情や親愛といった範疇を超えているのではないか。
 それ即ち、自分は……その、そっちの気があるのではないか、という。
 否定したい。でも確かに、中学時代は共学だったのに特に男子にときめいた記憶もない。だが、だからといってそれがすぐに同性愛に結びつくわけではない。でも、志摩子さんのことは否定できない。
「うぅ~。だってさ、志摩子さんとキスしたい、いやぶっちゃけエッチしたいって思うなんて、普通じゃないよ~」
 クッションに顔を埋めながら、じたばたと身をよじらせる。
 温室育ちのリリアン生と違って、普通の共学の中学に通っていた分、その手の知識も乃梨子は持っている。同級生だって、彼氏を持っている子だっていたし、早い子であれば既に経験を済ませた、なんて話も聞いたりする。
 他のリリアンの生徒達が憧れのお姉さまとの関係を想像するのは、汚れを知らない綺麗な"夢"であるのに対し、乃梨子のそれは現実を知っている生々しい"妄想"なのだ。
「違う違う、私はそんなんじゃない。志摩子さんだから、特別なのよ」
 だってほら、祐巳さまや由乃さまを相手と仮定して想像してみたとすると。
「…………おえっ」
 思わず口元を抑えてしまった。あまりに生々しい妄想だった。
(……キモい)
 ほらほら、やっぱりその手の趣味はないのよ、乃梨子。勝手に想像して気持ち悪がって祐巳さまや由乃さまには申し訳ないが。志摩子さんだから別格なのだ。きっと祐巳さまや由乃さまだって、その手の趣味はなくとも、自分のお姉さまだったら、そういう関係になったところを想像しても気持ち悪くはならないはず。うん、きっとそう。
 だから、志摩子さんとなら……
「…………はぁ、志摩子さんっ……」
 って、いかんいかん、耽ってどうする。なんてリアルな妄想をしてしまうのだろうか、我ながら自分自身が恐ろしい。
 早く菫子さん、帰って来ないだろうか。一人でいると、止め処なく変な妄想をしてしまいそうだ。こういうときは、菫子さんとバカ話でもするに限る。
 そう思っていると、タイミングよく電話が鳴った。
「もしもし、あ、菫子さん?今日は何時ごろ帰ってくるの?…………えっ、今日は泊まりになる?そ、そんな、なんとか帰って来れないのっ?!」
『何よそんなに慌てて。まさか怖いの?別に初めてのことじゃないじゃない』
「そ、そういうわけじゃないけどっ……」
『怖いんだったら、友達でも、大好きなお姉さまでも呼んで泊まってもらったら?あ、もう行かないと。それじゃあ戸締りと火の元よろしく』
「ちょ、ちょっと待って菫子さ……」
 しかし、すでに電話は切れていた。
「だ、大好きなお姉さまとお泊りでもすればって……志摩子さんを呼んでふ、二人っきりでって、それって二人で一緒にお風呂入って、その後は二人で……」
 誰もそんなことは言っていないのだが、昼からの一連の流れで、乃梨子の妄想は暴走ノンストップ状態だった。頭から湯気を立ち上らせながら、部屋の中を無意味にぐるぐると歩き回る。
「うあー、だめだめ、ああああああ」
 このまま一人で夜を迎えたならば、淫らな妄想に浸りつつ淫らな行為に耽ってしまいそうだった。
「そ、そうだ、仏像。仏像を見れば心が落ち着く……」
 目を回しながらパソコンのスイッチを押す。
 しかし、起動した画面に表示されたのは。
「し、しまった、壁紙は志摩子さんにしてたんだぁっ」
 しかも、乃梨子自身が隠し撮りした、風のいたずらによってちょっとスカートが舞った色っぽいやつ。
「ア、アプリケーションを立ち上げて、壁紙を隠せば……」
 もっと見ていたいという欲望を抑え、断腸の思いでアプリケーションを起動する。とりあえず、ネットにつなげて……
 しかし表示されたのは、画面を覆いつくす志摩子の画像。
「しまったぁぁあぁ、志摩子さんのHPをホームに設定していたぁ」
 もちろんそれは、乃梨子が独自に作った非公開の乃梨子専用HP。トップを飾っているのは、壁紙よりも艶っぽい志摩子の写真。
 夏、二人で教会を見に行ったときに、志摩子さんが靴紐がほどけたのでしゃがみ込んだときに素早く撮ったもの。夏の薄着のときに前屈みになっているので、微妙に胸元が覗いていて胸の谷間がちらりと見える、乃梨子のお宝画像。
 もちろんそれ以外にも、様々な写真を展示してある。お気に入りの画像は、スライドショーのごとく入れ替わり表示され、魅惑的な笑みを乃梨子に投げかけてくる。
「ひいぃぃぃ~っ。し、しまっ、志摩子しゃんっ」
 HPからは、さらに"ごきげんよう、乃梨子"などの志摩子さんの声が再生され、乃梨子の豊かな妄想力を刺激する。
 というか、自分はこんなことまでやっていたのかと改めて再認識してしまう。やっぱり自分は、リリアンに入って、そうなってしまったのか。自分はヘンタイさんなのか。
「な、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、寿限無寿限無五劫のすりきれ、色即是空空即是色、ぼ、煩悩よ去り給え」
 悶絶しながらお経を唱えるものの、それくらいで乃梨子の溢れんばかりの妄想が消えることはなく。

 二条乃梨子の眠れない夜は続く。

 

 

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