こんなにも勉強したのは生まれて初めてかもしれない。
とにかく朝から深夜までひたすら勉強、勉強である。
「おはよう、真美さん。眠そうだけど、大丈夫?」
「大丈夫だけど、思っていたよりも大変ですね」
はふぅ、と息を吐き出して典に挨拶を返す真美。
夏休みに突入し、受験生にとっては勝負の夏となるわけだ。夏の過ごし方如何によってどうなるか決まる、みたいなうたい文句が色々な予備校で出回っているが、真美が通っているところもそれは変わらない。とゆうか、季節が変わるごとに季節に応じた標語が出てくるから、いつもが勝負のような気がするが。
そんな中、真美たちは予備校が開催している夏合宿に参加することにしたのだ。
3泊4日という合宿中はまさに勉強漬け。朝食、昼食、夕食、就寝、それ以外の時間は全て勉強だ。
もちろん、全ての時間が講義というわけではなく、自習の時間もある。休もうと思えば自習時間中に休むことも出来るが、それではせっかく合宿に参加した意味が薄れてしまう。ひたすら勉強に集中する、そこにこそ合宿の意味があるのだから。
分かっていたとはいえ、朝から晩まで濃い勉強をしていると非常に疲れる。初日はまだ午後から開始であったし、最初はオリエンテーションでもあったから、そこまで疲れはしなかった。
しかし二日目は一日十数時間をみっちり勉強に費やし、最後は脳みそがプスプスと煙でも吐き出しているんじゃないかと思ってしまったほどだ。一晩休んで回復したとはいえ、今日もまた同じかと思うとさすがにげんなりもしてしまうというもの。
「頑張りましょうよ、せっかく来たんだから」
「う、うん、そうね」
こういう時はやはり一人で参加しなくて良かったと思う。一人の方が集中できるという人もいるが、気弱になった時に励まし合える仲間がいること、負けられないと思う相手がいることは大きい。
この手の合宿を実施したからといって一気に成績があがるわけでもないし、逆に勉強ばかりで疲れてしまい、勉強が嫌になる可能性もある。ただ、全てをきっちりこなせば、自信のようなものはつくかもしれないし、今後に向けて、そういう精神的な部分の強化の意味も多いのかもしれない。なんだかんだいって最も重要なのは日々の積み重ね、飽きることなく、さぼることなく、コツコツと毎日勉強していくことこそが大切なのだ。
「おはよう、真美さん、典さん」
「あ、おはようございます、祐麒さん」
欠伸をしながら現れた祐麒に、ぺこりと頭を下げる真美。典は気軽に手を振っている。
祐麒も一緒に参加しているのは嬉しいが、一日中勉強漬けなのだから、こうしてたまの空いた時間に顔を合わせて少し話をするくらいしか出来ない。まあ、それが当たり前なのだけれど。
でも、勉強の合宿とはいえ、祐麒と同じ場所で寝食をともにするというのはやっぱり少しばかり嬉しいかもしれないなんて考えてしまう真美。
「ほら真美さん、にやけてないで早く朝ごはん食べに行きましょう」
「え、に、にやけてなんかないよっ」
自分の頬をつまみながら、てきぱきと食堂に向かう典の後を追いかける。
食事の時間が終わると英語のテスト、講義、特別講義、昼食、自習、講義、講義と続いていく。最終日の明日には合宿で覚えたことを確認する最終テストが待っている。集中して勉強に挑む。
夕食の後は自習時間があるのだが、三日目の今日は少しだけ趣向が異なっていた。自習時間であることに変わりはないが、合宿期間中唯一のレクリエーション時間となり、花火をすることになっていた。
参加は自由、昨日までに引き続き自習をしていても良い。真美たちは、せっかくだし気分転換も兼ねて花火に参加することにした。花火の参加者は、大体合宿に参加している人たちの半分ほどだろうか。
沢山の花火は市販でよくあるようなもので、派手なものはあまりなかったけれど、それでも勉強漬けだった受験生たちは非常に楽しんでいた。なんだかんだいって、皆まだ十代の少年少女なのだから。
はしゃいでいると、その様子が伝わってしまったのか、自習していた生徒たちのうちの何人かもつられるようにして外に出てきた。
合宿地は都会からバスで一時間ほど離れた場所で、周囲には遊ぶような場所どころか、人工的な明かりすら少ないような場所。周囲が暗いから星も綺麗だし、花火の光もよく映える。
「真美さん、祐麒さん、やはり最後はコレで締めませんか?」
花火も終わりかけの頃、典が手にして見せてきたのは線香花火。真美も祐麒も受け取って、ほぼ三人同時に火をつける。
ぱちぱちとはぜる線香花火に見入る真美。
「最後まで残った人が、あとの二人からゴリゴリ君ソーダを奢ってもらえるということで」
「俺はグレープ味が結構好きなんですよね」
「夏はやっぱりアレですよねぇ」
などと、和やかに話しながら続けていると。
祐麒の視線が、どうもチラチラと典の方に向けられているような気がした。典の方は線香花火に真剣になっていて、祐麒のことには気が付いていない模様。ということは、祐麒の方が一方的に見ているようだが、なぜか。
気になって見ていると分かった。典のシャツは胸ぐりが緩く、中が見えやすいのだ。真美の位置からも、暗いながらもブラがちらりと見えた。
「ちょ、ちょっと典さん……」
目を奪われる祐麒に腹も立ったが、それを口にすることも出来ず仕方なく典を注意しようとしたら。
「あ、真美さんの負けね。動いちゃうから」
「あ、落ちちゃった……」
典の言うとおり、動いたせいで真美の線香花火の火玉はあえなく地面に落ちてしまった。それだけではない、真美の動きにつられたか、典の、続いて祐麒の線香花火も追いかけるように落ちてしまった。
なんとなく、しゃがんだまま無言で線香花火の残骸を見つめる三人。
「…………てゆうか、受験生に線香花火って」
「え、縁起悪いですよね」
自分たちの目の前で、自分たちの手にした線香花火が落ちてしまう。なんとまあ、気分を鬱にすることか。予備校の方も気を利かせてほしいものだ。
「……これで終わるわけにはいかないわ。もう一回やるわよ!」
「え、ちょ、典さん?」
新しい線香花火を用意する典に驚く真美。
「真美さんも祐麒さんも、このままで終われないでしょう? 最後まで落とさずに線香花火を完遂させましょう!」
典の気迫に押し負けてつい線香花火を受け取ってしまった。祐麒と顔を見合わせると、苦笑された。典がこのようなことで熱くなるとは、思いがけない一面を見たものだ。
そうして改めて実施された花火だが、やっぱり同じように途中で落ちてしまった。もう一回やっても同じだ。
「……な、なんか、やればやるほど落ち込むんですけど」
「諦めちゃ駄目よ真美さん、ほら、もう一回」
火のつけられた花火がパチパチと火花を散らし、ゆらゆらと揺らめく。夢中になぅっている典は先ほど以上に前のめりになっており、ブラだけではなく胸の膨らみまで見えてきている。
注意しなければ、と思っていると。
「……あっ」
いつの間にか近づきすぎてしまったのか、真美と祐麒の線香花火がくっついて合体してしまった。
顔をあげると、祐麒と目が合う。
「あわわ、ご、ごめんなさい」
「い、いや」
なんか恥ずかしくなって頬が熱くなってくる。
恥ずかしくなるなんて、考えがどうかしていると自分を叩きたくなるが、動くわけにもいかず微妙なバランスをとって花火を続ける。
「あ、ちょっとずるい真美さん、自分だけ祐麒さんと合体して」
「え? あ、ちょ、典さんっ?」
二人の線香花火がくっついたのを見た典は、なぜか対抗意識を露わにしたかと思うと花火を近づけてきて、とうとう三つの線香花火がくっついて合体してしまった。
「うわっ、ちょっと典さんまで?」
「あっ、これ、大きすぎますって」
「だって真美さんだけ祐麒さんと合体して、ずるいじゃない。私も祐麒さんのと合体したいの」
「そ、その言い方、やめてくれませんかっ!?」
わあわあと言い合いつつ、それでもなんとか三つ合わさって大きくなった花火をかろうじて支える。
ハラハラしながら見ているうちに、次第に爆ぜる火花が小さく、弱くなっていく。くすぶるような音だけが出て、火玉だけになっていく。
奇跡的なバランスを生み出したその火玉は、三人の見ている前でついに落ちることなく最後まで燃え尽きた。
「やっ…………」
「やったわ! とうとうやったのよ私達!」
「うわ……なんか、すごい緊張した。あ、やっと動ける」
それまで動くことすら我慢していたから、ようやく解放されて安堵の息を吐き出す。真美も、それまで金縛りにあったようだった体を動かして立ち上がる。
「気分が良いわね、ふふ……」
一人、悦に入ったような典。
「よし、そろそろ終わりにしましょう。皆、片づけをきちんとするように」
参加していた講師が声をかけ、ぞろぞろと皆が片づけに入る。
真美たち三人も片づけをして合宿の建物内に戻る。
花火の賑やかさもあっという間に消え失せ、すぐに夜の講義へと突入していく。締めにはテストが待ち受けていて、楽しかったことなど頭の中から追い出される。
そうして一日のメニューを終えてようやく就寝した真美だったが、疲れているはずなのになぜか頭が冴えて眠ることが出来なかった。
明日もまだ勉強が待っているわけで、無理矢理にでも寝ようと目を閉じる真美だったが、しばらくすると諦めてそろりと起き出した。少し散歩でもしてこようと思ったのだ。
建物の外に出ると、夏だけれどさほど蒸し暑くはない。都会のように、アスファルトに熱がこもるといったようなことがないからか。大自然の中というわけではないが、適度に自然に囲まれていて、都会では聴けないような虫の鳴き声も耳に届いてくる。空気も澄んでいるようで気持ち良い。
「ん~~~っ、ん」
伸びをしながら夜空を見上げれば、まさに吸い込まれそうな星空とはこのことか。いや、本当はもっと凄い星空があるのだろうが、基本的に都会っ子の真美にとっては十分すぎるくらいだった。
「あれ、真美さん?」
「ひゃっ!?」
不意に名前を呼ばれ、びっくりして変な声が出る。
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
そこにいたのは祐麒だった。さすがに夜遅く、一人で歩いているところでいきなり声をかけられたらびっくりする。
「だ、大丈夫です。えと、祐麒さんももしかして、眠れなくて?」
「俺? あ、いや、俺は毎日、少し夜に散歩しているんですよ。気分転換を兼ねてね。なんか、夏なのに蒸し暑くなくて空気もきれいで、気持ちいいし」
「あ、そ、そうなんですか」
もしかしてたまたま出歩いたところに偶然出会ったなんて、非常に運命めいた偶然を期待していた真美は少しだけ落ち込んだ。だが、それでもかなり確率の低い偶然だということに変わりはなく、巡り合せに感謝する。
「少し、一緒に散歩します?」
「は、はいっ」
誘われて断るわけもない。真美は祐麒と並んでゆっくりと歩く。
散歩といっても近くをただ歩くだけだが、二人でぽつぽつと話しながらの道行きは心をウキウキとさせてくれる。会話がどうしても色気のない勉強のない話になってしまうのは仕方ないところだが。
「真美さんも、この夏になって随分と成績が伸びてきているよね。やっぱり、コツコツと基礎を固めていっているのがきいているんだね」
「そ、そうですかね。でも、まだまだ祐麒さんや典さんのレベルには」
言いながらも、内心では嬉しい真美。実際、祐麒に言われている通り、最近の模擬試験では随分と成績が上がっていたのだ。もともと想定していた志望校の合格判定も、随分とよくなっており、このままならもう少しランクを上げてもよい感じになってきた。
実際に上が見えてくると、更にやる気が増してくる。ましてや、真美にはもう一つのやる気を向上させるものがあるのだから。
「でも、このままいけば、もしかしたら祐麒さんと同じ大学も狙えるかもしれないと思って、そうしたらもっとこう、俄然やる気が出てきているんですよね」
「へえ」
祐麒と二人で夜の散歩をしていること、褒められたこと、そんなことが混ぜ合わさって随分と舞い上がっていた。思い切ったことを口走ってしまったと気が付いたのは、数歩ほど足を進めた後だった。
(…………って、ちょ、今大変なこと言っちゃった!? 祐麒さんと同じ大学を狙えるって、そ、それって、祐麒さんと同じ大学に行きたいって
ことじゃない! いや、そうなんだけど、これって告白になっちゃってない!? あ、やばい、どどどどうしよ)
なんて思われただろう。
怖いけれど無視していることも出来ずに、横を歩いている祐麒に顔を向けると。
にっこりと微笑まれた。
え、これってどういうこと、もしかして嬉しいっていうことか。それ即ち、真美の告白を受け入れてくれたということか。
「真美さんもあの大学、狙っているの? あそこいいよねえ、確かに有名なジャーナリストなんかも沢山出ているみたいだしね」
「え、あ、は、はい」
「そっか、それじゃあ真美さんは同じ大学を目指す仲間でもあり、ライバルでもあるわけだね」
「ら、ライバル!?」
ガーン、という感じだった。ライバルという響きに。
だがまあ、どうやら先ほどの真美の言葉は、どうやら言葉通りに単にその大学に行きたいだけだと受け取られたようで、ホッと安心するやらちょっと残念な気がするやら、複雑な気持ちだった。
一人、微妙に落ち込みかけて視線を落とすと、何やら前方の草むらがガサガサと揺れた。何かと思う間もなく、黒い影がいきなり草むらから飛び出してきた。
「きゃあああっ!?」
「うわっ!? ちょ、真美さん」
おそらくそれは狸か何かだったのだろうが、いきなり出てきたこと、そして暗がりの中で目だけがギラリと光っていることで、異様な恐怖を真美に与えたのだ。一方で狸も真美の声に驚いたのか、逃げるようにさっさと姿を暗闇に消す。
「大丈夫だから、真美さん」
「え、あ、うん、ごめんなさ……」
言いかけて、固まる。
狸の突然の登場に驚き恐怖した真美は、咄嗟に祐麒にしがみついていたのだ。一気に顔が熱くなってくる。
しかも今はノーブラだ。いくらAカップといっても僅かに膨らみはあるわけで、薄いシャツを通して押し付ければ分かるというもの。真美だって、祐麒の肌を感じられるのだから、祐麒だって同じことだろう。
「うあぁ、ご、ごめ、ごめんなさい……」
まるで錆びついたロボットのように、ぎくしゃくとした動きでどうにか体を離す。おそらく顔が真っ赤になっているだろうから、夜で灯りが少なくて良かったと思う。
「ああ、うん、俺は別に……」
何となく歯切れの悪い祐麒。ちらりと見れば、どことなく照れくさそうな顔をしており、ほんのりとだが頬が赤くなっているようにも見える。やはり、抱きついた際に気付かれたのだろう。
「あ、な、なんか暑いね、あははっ」
誤魔化して笑うが、実際に体は熱くなっていた。
「あ、ちょ、ちょっ」
すると、なぜか慌てたように体の向きを変える祐麒。
「ど、どうしたんですか祐麒さ……あ」
気が付いた。暑いからと、思わずシャツの首の部分をつまんでばたばたとしていたことに。大きめのシャツで、首回りもやはりゆとりがあって緩め、そんな場所をつまんで広げていれば真美より背の高い祐麒は当然……しかも、今はノーブラである。
「あ……あわわ……あわわわわわっ」
ぷしゅーーっ、と蒸気が頭から噴き出してしまいそうなくらいになる。
「大丈夫、ほら、暗いから見えなかったから」
本当に見えなかったのなら、先ほどのような反応を見せないのではないか。そう考えると、もはやどうにもならなかった。
「ご、ご……ごめんなさい~~~~っ!!!!!!」
あまりの恥ずかしさに、真美は叫んで逃げ出した。後ろから祐麒が何か言っているが、耳をおさえて部屋を目指して走る。
部屋に逃げ込んだ真美は、布団を頭からひっかぶって羞恥に身悶える。
結局、朝まで寝ることなどできなかったのであった。
最終日は午前中にテストを実施し、午後にその解説をして終了となる。無事に日程を終えた生徒達はバスに乗って帰途に就く。
昨夜のことがあったせいで朝は祐麒と顔をあわせられず、テストの出来も最悪だったが、午後になる頃にはようやく落ち着いてきた。祐麒の方も昨夜のことは何もなかったかのように接してくれたので、どうにか真美も不自然にならずに話すことが出来た。
バスに揺られて帰ってくると既に夕方だ。昼間に熱せられた地面から不快な熱気が立ち上り、真美たちを包み込む。
「うわ~、帰ってきた、って感じがするわね」
浮かび上がる汗を拭いながら、しかめっ面をする典。
生徒達はバスから降りて、そのまま解散となる。受験生たちに休息はない、おそらくこれから帰ってまた勉強に励むのだろう、皆、バラバラに去ってゆく。
「どうする? せっかくだから軽く打ち上げかねて、お茶くらいしていこうか」
「いいですね、はい」
真美たちは、合宿を終えた記念ということでファミレスにでも立ち寄ろうということになった。どこのファミレスに行こうか、なんて話をしていると。
「あれ、ユキチじゃん。久しぶり」
「え……お、小林じゃん! 久しぶりだな」
声をかけてきたのは、祐麒の高校時代の友人である小林だった。現役で大学に合格しており、今は夏休みを謳歌している。
「こんなとこで奇遇だな、何していたんだ?」
小林の目が真美と典にちらりと注がれる。
真美は典に寄って耳打ちした。花寺学院の生徒会メンバーで祐麒の友人の小林であることを。真美は新聞部の取材を縁に、小林とは顔は見知っていた。
「初めまして、高城典です」
姿勢よく挨拶する典に、小林もならって挨拶を返す。
「おいおいなんだよユキチ、お前受験生だろ? こんな夏休みに両手に花で遊んでいるなんて余裕か、あ、それとももしかしてユキチ、お前ってばプレイボーイ?」
「馬鹿、そんなんじゃないっつの。俺たちはな」
「そうです、遊びだなんて失礼です。私たちは本気ですから」
小林の言葉に思いのほか強く反応したのは典だった。
「私たちは泊りがけで真剣勝負をしてきたのです」
「え、泊りがけって……」
目を丸くする小林。
「そして私たちは成長しました……最後の夜、私たちは一つになったのです。合体です」
「が、合体!? 一つにって」
「ええ、これで確実に祐麒さんは一皮剥けました」
「む、剥けた……だと」
「あの……典さん」
「ちょ、真美さん、冗談ですよねぇ? まったく、人が悪いんですから」
祐麒を無視して、真美に笑いながら尋ねる小林。
「え、わ、私ですかっ!?」
いきなり振られて困る真美だったが、その時、祐麒の視線を受けると、不意に昨夜の散歩でのことをなぜか思い出してしまい、急速に顔を赤くして、もじもじして、何も言えなくなってしまった。恥ずかしくて、堪えきれなくて、祐麒の視線からそらすように地面に目を落とす。
「な……ま、真美さんのその反応……ま、マジなのか!? 嘘だろ、俺だってまだだってのに、なんだって浪人生のユキチが、三人でなんて……う、嘘だあぁぁぁぁあっ!!!」
「あ、おい小林っ……て、もういねえ」
泣いて絶叫しながら、小林は走り去ってしまった。
「ふふ、面白い人ですね、小林さんって」
「典さん……わざとですか?」
「さて、なんのことでしょう?」
そらとぼける典。
「それよりも私は、真美さんの今の反応の方が気になるわ……ねえ真美さん、一体、何があったのかしら?」
「ふぇっ!? え、べ、別に何も……」
「じゃあ、なんでそんなに真っ赤になって……もしかして本当に祐麒さんと何かあったのでは」
「な、ないない、ないよっ、そんなこと! ねえ、祐麒さん?」
「え? えと……」
「祐麒さんに訊いているんじゃなくて、真美さんに訊いているの、私は」
「だ、だからー、ないって言っているでしょー」
祐麒を間に挟み、小さくも確実に火花を散らしている二人。
それを、意味が良く分からないため、首を傾げて見つめる祐麒。
「ううぅぅ~~~~っ」
「がるるるるっ……」
唸り合う二人。
「ちょ、ちょっと、真美さん、典さん、二人ともあの」
「何よ?」
「なんですか!?」
二人が視線を祐麒に向ける。
そして、困ったような祐麒の表情に気が付く。
「…………あ」
ほぼ二人同時に気が付いた。
二人はお互いに祐麒の腕を掴んで、顔を突き合わせるようにして睨み合っていたのだが、体勢的に真美のパーカの下のタンクトップの胸元、そして典のボタンの開いたブラウスの胸元が、祐麒の視点からだと見えそうな角度だということに。
「ちょっ……」
「あっ……」
赤面した二人は、またしても仲良く同時に。
「「――祐麒さんの、えっちーーーーー!!」」
「ぶぼぁっ!!?」
左右から祐麒の頬に張り手を喰らわせた。
「…………お、俺が、悪いの…………?」
祐麒の切なるつぶやきが、夏の夕暮れにのみ込まれていく。
三人の戦いは、色々な意味でもまだ続いていくのであった。
おしまい