~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <奏> ~
奏国は十二国の中でも最も長く王朝が続いており、既に600年を数える。
その長期にわたる成功の秘訣はと言えば、王を中心とした家族による合議制をとっているおかげである。
王とその后、そして四人の娘がバランスよく政を行っている、のだが。
「ちょっと菜々、あんたまたどこをふらついていたのよ!?」
「ああ、色々と各国を見て回っていたの。ふふ、楽しかったよ、冒険みたいで」
「冒険って、あんたね……」
末娘の菜々は、その中でも一風変わっていた。王宮に長くいつくことがなく、すぐに外に出て行ってしまう。
出て行くと、下手すると数年、戻ってこないなんてこともあるくらいの風来坊。
本人曰く、「冒険が好きだから」とのこと。
王族とは思えない風体で、街から街、山野を行ったり来たり。
「でも、色々と今は動く時期なのかもね。ここ数年の各国の動きは激しいから」
「どんな感じだったの?」
一番上の姉がお茶をいれながら菜々に訊ねる。
泰は入れなかったから分からなかったが、王と麒麟、双方ともに行方不明。でも、白雉はまだ落ちていないからどうなるか。
芳は仮王朝がしっかりしていて見どころがある。
でも、今一番面白そうなのは景東国。胎果の女王であるが、非常に行動力があるらしく、自力で内乱を収めたとか。
「それに、あそこは最近、初勅が出たんだけれど、それがまた面白かったの!」
「へえ、どんな?」
「それはねー」
久しぶりに家族のそろう奏の王宮なのであった。
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <漣> ~
「あ、あのぅ、廉王さま、何をなさっているのですか?」
漣国にお使いにやってきた祐巳は、廉王のことをきょとんとした目で見つめていた。
「ああ、お庭いじりよ」
「お庭いじり……ですか?」
廉王は、かくも可憐な美少女はいるのか、というような容姿をしているのに、土をいじっている。
「なかなか身についたことは抜けなくてねぇ。あ、私、昔は環境整備委員に属していて……」
「は、はぁ。環境整備委員?」
「うふふ、まあ、色々と雑用をね」
「王様が、雑用、ですか?」
「そうよ。でもね、王様なんていうのは皆の雑用係みたいなものだと思うの。色々な人のお願いとか、望みをきいてあげて」
ふわふわと、お人形さんのような髪の毛と微笑みで、王様なんて雑用だと笑ってみせる廉王。
自国の王とは随分異なるものだなと、感心するやら呆れるやら。
そこへ、新たなる人の影が現れる。
「主上! またこんなところで土いじりをしていらしたのですが。汚れるとあれほど言っているのに」
「ごめんなさい、乃梨子。でも、これだけはやめられなくて」
廉麟である乃梨子はため息をつきつつ、その黒髪を揺らす。乃梨子は黒麒麟だった。
「もう、一国の王であるのに土いじりだなんて……まあ、でもそこが魅力でもあるのですが」
なぜか頬を桜色に染めて、自分の主をうっとりと見つめる廉麟。
「やっぱうちの主上が素敵ですよねー、泰麟もそう思いますよね? ねっ?」
「え? いやぁ……あはは……」
麒麟にとっては自分の王が一番だが、この廉麟はちょっと度が越しているような気がする。
心の中で祐巳は廉麟のことを『百合麟』と名付けるのであった。
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <才> ~
采王は、初老の域に入ったと見える女性で、落ち着きと優しさを感じさせた。
そして采王に寄り添うように立つ采麟もまた同様で、それに加えて儚さを感じさせる美しさを持っていた。
采王は軽くため息のようなものを吐き出し、首を振る。
「あの子にも、いずれ分かるときがくるでしょうか」
「主上……」
采王が口にしたのは、翠微君の酷使から逃げ出してきたという少女のこと。
慶国の景王に会いに行きたいという彼女に路銀を渡し、慶国まで行けるようにしてあげた。
胎果の少女に対しての行為は正しかったのか。果たして少女は、采王や采麟が思っていることを受け止めてくれるのか。
「きっと、わかってくれますよ」
そう言ってくれた采麟に、采王は微笑んでみせる。祖母と孫娘、とでもいうような二人の間には、温かな空気が流れている。
「ありがとう、あなたがそう言ってくれると、きっとそうなのでしょうね……栞」
彼女につけた名を呼ぶ采王、沙織。
治世はまだ十数年ほどだが、人格者として知られており、穏やかで平和な国づくりをしている。
そしてそれを補佐する采麟もまた、よく采王を補佐している。
前王の時は、夢を見すぎて失敗した。だから今回は、道を見失うことはしない。
細く、弱く、繊細に見える采麟だが、芯の強さを持ち合わせている。
彼女を巡る運命の歯車は、やがて東の国を巻き込んで動き出すのだが、それはまた別の話――
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <芳①> ~
芳国公主として、何不自由ない生活を送ってきた。
父王は、娘である自分に何一つ政治のことには関わらせなかった。父は、国を良い方向に導くために力を注いでいた。
悪吏はいつになってもなくならない、だから法を厳しくする。そうしないと、良い国にはならないのだ。
それなのに、父は、そして母もあの叛逆者に殺された。自分の目の前で。
「……私、貴女が嫌いなの」
里家で、死んだ方がましだと思うような仕打ちにあった。そこから引き出され、送られた先。
供王は自分と変わらないくらいの年頃の少女に見えた。勝ち気な表情で自分のことを見下ろしてくる。
屈辱だった。なぜ、公主だった私がこんな目にあわなければならないのか。それも全て、あの叛逆者のせい。
それなのに、誰もあの叛逆者のことを責めない。罪もない自分を責めるくせに。
「貴女は自分の罪を理解していない。どうしてそうなったのか、奚として仕えてよく考えなさい」
「主上、あの……」
「令ちゃんは黙ってて!」
恭麟を一喝して黙らせる。自分が奚として仕えるなど耐えられない。だけど、仙籍を抜かれてまた里家に行くのはもっと耐えられない。
「ふふ……ちゃんと働くのよ、瞳子?」
屈辱に打ち震えながらも、瞳子は叩頭するしかなかった。
芳国の元・公主、瞳子。
彼女の旅は、まだ始まっていない。
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <芳②> ~
もはや、国の滅亡は避けられないと思った。
失道する前に、国民がいなくなってしまうと思った。
だから、立ち上がったのだ。反逆者の名を受けたとしても、今の王を放っておくことは出来ないと。
玉座を求めたわけではない。かつては尊敬していた王を本心から殺したかったわけではない。
それでも、やるしかないと思ったのだ。
「静さま、どうか玉座におつきください。民を収めるには朝が必要です。そしてその主となるは貴方しかおられない」
一人の側近が、何度となく聞き飽きた進言をしてくる。
「我が国土は峯王のもの。私が座してよいものではない」
供王からのお墨付きはもらったというものの、自分が玉座につこうとは思わない。
「……とはいえ、世間は簒奪者、としか見ないでしょうけれどね」
自らのことを皮肉る静。
別に、権力が欲しいわけではない。ただ歌があれば良かった。そして、あの人に会うことが出来れば良かった。
『……ふむ、美しい歌声には美しい貴女が相応しい。名前を教えてくれるか?』
遥か遠い国の王、ただ一度の出会いで、心を奪われてしまった彼の人。
再び会えることを信じて、それだけを望んで高位を目指していただけだった。それが、王位など。
『覚悟を決めなさいよね、だらしない!』
恭国を訪れたときの、供王の叱咤ともとれる言葉を思い出して、苦笑する。
「たしかに、だらしないのかもしれないわね」
呟いたその時、一人の下官が入ってきて、景王からの親書を持ってきたと伝えた。
それは芳国の仮朝が起ちあがる、しばらく前のことであった。