~ りりあん荘へようこそ! 2 ~
<六号室>
「うぅ、もう、なんでこんなことになったのかしら……」
「うふふ、私は由乃さんと仲良くできて、嬉しいわ」
ユニットバスが壊れたということで、由乃は六号室の志摩子の元を訪れていた。
本当は、同学年の真美か蔦子にお願いしたかったが、二人は留守だった。さりとて待てるほど我慢もできなかった。
お菓子作りに挑戦していて、なぜか爆発して、クリームが全身にべっとりとついて気持ち悪かったから。
「てゆーか、な、なんで志摩子さんまで一緒に入るのっ!? 狭いのに」
「だって、私もちょうど、入ろうと思っていたところなんですもの。いいじゃない」
にこやかな笑顔を浮かべる志摩子。バス・トイレは別の作りだが、一人暮らし用のために当然、狭い。
今、志摩子は洗い場にいて、由乃は湯船につかっている。由乃は、不満そうな目で志摩子のことを見ている。
志摩子は、ちらと由乃に視線を向けると、にっこりと微笑んだ。その志摩子の視線は、由乃の胸元に向けられていた。
「ちょっ、ちょっと何よ、その勝ち誇ったような顔はっ!」
お湯で身体を流し、立ち上がる志摩子。その拍子に、豊かな胸が「たゆん」と揺れる。
歯をくいしばるようにして、由乃も立ち上がる。湯船に近寄っていた志摩子と、胸と胸がぶつかりあう。
「あら由乃さん、意外と大胆ね……ふふ、そうして、祐麒さんのことも癒して差し上げているのかしら?」
「なっ……ゆゆっ、祐麒は今、関係ないでしょうっ!?」
「そうですね、でも祐麒さん、いつも私の胸ばかり見ているから……くすっ」
「な、なっ、ななっ……て、し、志摩子さんっ!?」
「あんなえっちな目で見てきて……祐麒さんにはこんなにも素敵な由乃さんがいるというのに……ねえ?」
抱きしめてくる志摩子。胸を押し付けられ、下腹部もおしつけられる。ざらりと、下の毛同士が絡み合う感触。
「私、由乃さんみたいな真っ直ぐな女の子に憧れるの。ほら、私はどんくさいし、気持ちを出すのが苦手だから」
喋りながら志摩子の手はのび、由乃のお尻をぎゅっと掴む。股の間に太腿を入れ込み、壁との間に挟み込む。
「えええっ、ちょっ、し、志摩子さんって、そっちの人っ!? てか、やああっ、ちょ、ふああんっ」
「ああ、素敵、由乃さん……んふ」
「ひぎゃーーーーーーーっ!!!!!!」
その後、散々に弄られた挙句に「冗談よ♪」と言う志摩子に解放された由乃は、息も絶え絶えになっていた。
一方で志摩子は、お肌もツヤツヤになっており、それからしばらくはご機嫌だったという……
~ りりあん荘へようこそ! 2 ~
<七号室>
「それで真美さん、管理人さんには、いつ頃アタックするのかしら?」
「ぶふぅっ!!?」
室内で、お隣さんでもあり友人でもある蔦子とをお茶をしていたのだが、突然の蔦子の問いに、真美は紅茶を噴いた。
「きゃっ、何ちょっと、熱っ! ……そして徐々に冷たい」
紅茶を顔に噴きつけられた蔦子は、ハンカチでしぶきを拭いながら真美を見つめる。
「あ、あ、アタックって、何を言うの蔦子さんってばてばもうっ!」
「私達の間で隠し事はなしでしょ、真美さん。好きな男の人の話から、今日のパンツの柄まで、そりゃもう」
「ぱ、ぱんつは関係ないでしょ!」あわててスカートを抑える真美。
「とにかく、あんまぐずぐずしていると、手遅れになるわよ。ただでさえこのアパート、ライバルが多いんだから」
「え、そ、そうなのっ?」身を乗り出してくる真美に、蔦子はため息をつく。
「そりゃそうよ、幼馴染のツンデレに、依存症のライターに、世話焼き姉さん、とかとか」
「そ、そうだったんだ……うぅ、それじゃあ私なんか絶対に無理だよぅ。みんな、綺麗だし」
「だーいじょうぶ、私が必勝法を教えてあげるから。それはねぇ、他の人より先に、既成事実を作っちゃえばいいのよ!」
「キセイジジツって……無理無理っ! 絶対に無理ーー!」
「だから、それを出来るように私が訓練してあげるの。ほら、もっと色っぽさを前面に出して、こう」
「ちょ、つ、蔦子さん、なんで鼻息荒く迫って来るの? そのわきわき動く指は何? って、あーーーん!!」
真美に襲いかかる蔦子。抵抗する真美をあざ笑うかのように、ブラウスのボタンを外して胸をはだけさせる。
慌てる真美を尻目に、スカートをめくると可愛らしいピンクの縞々ぱんつが目に眩しい。
真美の抵抗を妨げるように足の間に身体を入れ、真美は股を大きく開くはしたない格好にさせられる。
「やだっ、蔦子さん、そこは……んっ、あん」
「そうそう、色っぽいわよ、そんな感じで誘っちゃえば、管理人さんだってきっと……」
などと、どたばたとやっていると。
「……あの山口さん、下の部屋からうるさいと苦情が……あ」
入口を開けて顔を覗かせた祐麒が固まる。抱き合い、あられもない姿を晒している女子二人を見て。
「わ、ごめんなさい、お邪魔しましたっ。あ、でも、ほどほどでお願いしますっ!」
荒々しくドアを閉めて、去っていく祐麒。真美は呆然として、次いで自分の痴態を見られたと知って真っ赤になり。
「ああああっ、どどど、どうしてくれるんですか蔦子さーーーん!!」
「あははー、ごめん、ごめん。うーん、こうなったら誤解された内容を事実にしますか?」
「なんでそうなるのっ、って、ちょ、いやーーーーーーーーん!!」
~ りりあん荘へようこそ! 2 ~
<八号室>
蔦子は、写真に情熱を傾けている。それも、女子の写真を撮ることに。
りりあん荘を選んだのも、うら若き美少女達が集まっているアパートだったからだ。
基本的には女子高校生を好むが、女子大生とか女教師とかも良いなーと、アパートに来てから思う。
女の子ばかりが住んでいるという安心感からか、みな、結構無防備な姿を晒してくれるのも良い。
学校とは異なる、私生活のそんな姿をファインダーで覗けるのは、筆舌に尽くしがたい。
「……とはいうものの武嶋さん、盗撮は犯罪ですよ?」
後ろから不意に声をかけられ、蔦子は身体を硬直させる。
迂闊であった。写真に夢中になって、接近に気がつかなかったとは。振り向けば、祐麒の姿が。
「このところ、住人からもいくつか苦情がありまして、あなたの盗撮をどうにかしてほしいと」
「い、いやですわ、盗撮だなんて。私はただ、芸術作品をこのファインダーを通して作りだしているだけで」
「なるほど。それはともかく、訴えがあった以上は管理人として見逃せませんからね、ボッシュートです」
「ま、まま、待って! それじゃ取引しましょう、これでいかがかしら!?」
蔦子が、ポケットから写真を取り出す。そこには、髪の毛をポニーテールにまとめている由乃の姿。
タンクトップのため、脇の辺りが妙にエロく、また細いお腹からおへそが見えている。
他にも背伸びをして物を取ろうとしてミニスカートを手で抑えている写真とか、色々と『そそる』写真が何枚か。
「いかがですか、こうしてみると、奥さんのまた新たな魅力を発見できるでしょう?」
「ば、馬鹿な、由乃なんて別に子供のころから見慣れているし、そんなんあるわけない」
「そうですか? でも子供の頃とは随分と成長しているのでは? ほら、これなんか今まさに撮れたばかりのもぎたてフレッシュ」
言いながら渡してきたデジカメの液晶画面に写っているのは、まさに由乃の着替えのシーン。
さすがに下着姿盗撮はまずいのではと思いつつ、幼馴染の普段見ぬ艶姿に、思わず見入ってしまう。
飾り気のない白い下着に、もっと白い肌、細い腰に腕回り。いつの間にか由乃もこんな風に……
「……ん、今まさに?」嫌な予感を抱いて顔をあげると。
「ふ、ふ、ふ、祐麒、何をしているのかしら~?」引き攣った笑みを浮かべている由乃が。
祐麒の手には、由乃の微エロな写真と、デジカメ映像があるわけで。
「いや、これは武嶋さんが……って、いねえっ!!!?」
「何これっ、ゆ、祐麒の変態っ! えっち! 死んじゃえーーーーーっ!!!」
りりあん荘は、今日も元気だ。
~ りりあん荘へようこそ! 2 ~
<九号室>
このアパートには、若くて綺麗な女の人ばかり住んでいる。そんな所の管理人を祐麒がするなんて無謀だ。
まさに、羊の群れに狼を放りこむようなものだ。羊を守るため、由乃はこのアパートにやってきたのだ。
うん、そう、べ、別に祐麒のことが心配とか、寂しいとか、そんなことは全く、これっぽっちも思ってなどいないんだから。
「ちょっと、こらっ、変態管理人っ! 人の胸、何触ってんですかっ!!?」 ぶちっ
「祐麒くーん、この前の私のパンツ、知らない?」 ぶちぶちっ
「おーい祐麒、今日もあたしの部屋泊まりに来ない? いいことしてあげちゃうよー」 ぶちぶちぶっちん!
「うがーーーーっ! ゆ、祐麒の変態、エロ魔人、こんの浮気者がーーーーっ!!!」
「うわっ、よ、由乃、な、なんだよっ起こすならもっと優しくだな」
「やかましい、こんのムッツリ! いや、むっつりどころかあからさまなエロール星人め!」
朝っぱらから甲高い声で怒鳴られた挙句、枕でばっふんばっふんと顔面を殴打され、逃げまどう祐麒。
「や、やっぱり私が来て正解だったわね。本当、なーんて変態性欲旺盛鬼畜年中発情野郎なのかしらっ」
「お、おまっ、なんつーことを言うんだ、そ、それにだな」
「な、何よっ。文句でもあるって言うの?」睨みつける由乃だったが。
「最初に言った浮気者って、なんだよ。俺と由乃は別に付き合っているわけでもないわけでだな」
みるみるうちに、顔から首にかけて白い肌がピンク色に、そして朱色に染まっていく由乃。
「そ、そんなこと言ってないもん! ば、馬鹿じゃないの祐麒ったら」
「いや、言ったって……ははーん、そうか。ひょっとして由乃、俺のことを……」
「ちちち違う違うっ、そんなことあるわけないでしょっ! 馬鹿バカっ、馬鹿祐麒っ!」
興奮したように、枕を何度も打ち下ろす由乃。ひ弱な由乃とはいえ、上から重力加速度とともに叩きつけられると、それなりに痛い。
「ま、待て、由乃。それよりお前な」
「な、何よ。なんか、いいわけでもあるわけ?」抱きかかえた枕を振り上げた格好で止まり、祐麒を見下ろす由乃。
「お前本当に、パステル系好きだよな。今日は、パステルピンクか」
「…………ほえ」言われて、由乃は制服のミニスカートに視線を下ろし、そして、慌ててスカートを抑えようとしてすっ転んだ。
顔から床に突撃するような格好で、でも腰から下はベッドの上に残っていて、スカートは捲れて、要は完全にパンツ丸出しで。
「おぅ、な、なかなか良いものを朝から見せて……おぶぅっ!!」評する祐麒の顎を、由乃の足が撃ち抜く。
「し、し、し、死んじゃえっ、祐麒なんかーーーーーーっ!!!!」
毎度騒がしい夫婦喧嘩は、ある意味、りりあん荘のいつもの光景なのであった。
~ りりあん荘へようこそ! 2 ~
<十号室>
小笠原祥子は、戸惑っていた。
りりあん荘に来た時は、激しく親を憎んだものだった。なぜ、自分がこんなアパートで独り暮らしをしなければならないのか。
部屋は狭くて、私物の十分の一も持ちこむことはできない。隣の部屋との壁も薄いし、夏は暑く冬は寒い。
ゴキブリをはじめとした虫だって出るし、無神経な住人はいるし、すぐにでも出てしまいたかった。
だけど。
「大丈夫ですか、小笠原さん。ああ、これはコードが抜けているだけですよ、ほら」
「うわわわわっ、電子レンジで生卵を温めたら駄目ですって!」
「もう大丈夫ですよ、ゴキブリは退治しましたから。それから、蜘蛛は害のない虫ですから、怯えなくて平気ですから」
最初は色々と反発もした。苛々をぶつけもした。理不尽な要求もした。それなのに祐麒は嫌がりもせず、にこにこと対応した。
そうこうしているうちに月日が流れ、いつしか祥子は、祐麒を頼っている自分に気がついた。
自分の気持ちに反発した祥子は、いつも『小笠原さんは仕方ないなぁ』とでもいうような祐麒を見返そうと、料理に挑戦した。
だけど上手くいかず、挙句にあやうく火事を起こしかけた。その時も祥子はパニックに陥るだけで何もできなかった。
結局、駆けつけてきた祐麒が消火をしてくれた。祥子はただ、腰を抜かして見ていることしかできなかった。
消火を終えて、一息ついた後に、急速に罪悪感と羞恥心が膨れ上がり、祥子を包み込んだ。
「……ご、ごめんなさい、アパートを、部屋を、こんなにしてしまって」消化したとはいえ、キッチンは一部焼けていた。
悄然とする祥子だったが、次の瞬間、何が起きたか信じられなかった。
「何を言っているんですか、小笠原さんが無事で、本当に良かった。部屋なんて、これくらいどうにでもなりますから」
抱きしめられていた。男に抱きしめられるなんて、生まれて初めてだった。男なんて汚らわしいと思っていた。
そのはずなのに、なんで、こんなに胸がせつなくなるのだろう。そして、温かくて気持ち良いのだろう。
「あ、あの……ゆ、祐麒さん」
「はい、なんですか?」
祐麒の温もりを感じたまま、祥子は、自分でも思っていなかったことを口にしていた。
「わ、私のことは、いい加減、『祥子』って呼んでください……私だけ、祐麒さん、なんて呼んでいるなんて」
大胆すぎただろうか、それとも調子に乗っているだろうか。そう思い、おそるおそる祐麒のことを見ると。
「……分かりました、祥子さん」
少し恥しそうに、はにかみながら名前を呼ばれて祥子は。生まれて初めての感情に、身を焼かれたのであった。