<1>
「ねえ祐麒、分かっている? あたしがこんなこと出来る男って、祐麒だけなんだよ?」
「わ、分かっていますよ……って、く、う」
「あはは、可愛い顔しちゃって、もっといじめたくなっちゃうね……ん」
夜の福沢家、祐麒と聖、二人の部屋。
聖が正式に祐麒の嫁として福沢家に入ることが決まった後、リフォームして二人用の部屋を作った。
ベッドの中、感じられるのは温かくて柔らかな聖の肌の感触。
聖はときに甘えてきて、ときには一心に尽くしてくれて、ときには積極的になって、祐麒と体を重ねる。
「ところでさー、本当にあたしの声、祐巳ちゃんとかに聞こえてないかな? ちょーっと心配」
「大丈夫だと思うよ、リフォームの際はきちんと防音にしたし。聖さんの声が大きいのは知ってたし……あ痛たたたっ」
「うるさいなー、祐麒だって結構、大きな声出すよ?」
まあなんにせよ、相性はいいということだ。
「さて、どうしよっか、シャワー浴びてくる? さすがに夏場にこのままというのはねぇ」
「だからクーラーつければいいのに、聖さん、クーラー嫌いだから」
今は真夏、クーラーをつけない部屋ということで、二人とも汗だくである。もちろん、汗以外のものも沢山あるが。
そんなわけで、このまま寝るのは避けたいが、シャワールームに行くには最低限の身だしなみを整えないといけない。
実家暮らしの煩わしさが、この辺にある。
それでも気持ち悪さには勝てず、適当に服を身にまとい、こっそりと一階に下りていく。
時間短縮のため、シャワーも一緒に入る。
「祐麒は前、後ろ、見ちゃだめだからね」
「なんで、今更……」
一緒にシャワーを浴びるのはいいが、なぜか聖は見られるのを嫌がる。ちょっと前まで、愛し合っていたとしても。
「女心の機微が分からないかなー、祐麒には」
祐麒の背中を洗いながら、そんなことを言う聖だったが。
いきなり、抱き着いてきた。背中に聖のふくらみが押し付けられる。そして、小さな声で言う聖。
「えーっとさ、祐麒。祐麒とあたしの子供が、出来ました」
<2>
美少女が二人、キャンパスの中を闊歩している。
一人は少し大人びて見える、百合の花を思わせる。
もう一人は少し幼く見える、蒲公英のような印象。
二人は仲良く腕を組み、華やかな空気を周囲に散らせながら歩いている。多くの男子学生が、否応なしに目で追ってしまう。
それもそのはず、二人は今年度と一昨年度のミス・キャンパスに選ばれているのだから。
二人が歩いていると、とある集団が不意に横から現れて、二人の道をふさぐ。
「ゆ、ユウキちゃんっ、これプレゼント、是非もらってくれ!」
「いやいやプレゼントならこの俺のを是非!」
沢山の男たちが少女を囲み、我こそはとアピールしてくる。ただし、無茶なことはしてこないのは、暗黙の了解でもあるのか。
「すごいわねーユキちゃ……いいえユウキちゃん、モテモテじゃない」
「う、嬉しくない……」血の涙を流す祐麒。
なぜこんなことになったかというと話は簡単、ミス・キャンパスのコンテストに出場させられて優勝してしまったのだ。
誰に出させられたかは言うまでもなかろう。そして、男だとバレる前にガチで優勝してしまったのだ。
もちろん祐麒はショックだったが、それ以上に他の出場者の女の子たちの方がショックであったろう。
優勝した後にばれてしまったわけだが、今更優勝を取り消すことも出来ず、かといって男だというのも納得がいかず。
喧々諤々の議論の後に決定したのが、「週の半分はミス・キャンパスとして大学生活を送ること」というもの。
祐麒は抗おうとしたが、当然のように祐麒の意見は聞き入れられずに、有耶無耶のうちに半女装生活が始まってしまったのだ。
それ以来、周囲の祐麒に対する態度が変わった。
江利子ファンからのやっかみが極端に減ったのだ。「……あんな美少女同士なら、まあ」という訳の分からない理由でだ。
さらに、何故か祐麒のファンクラブが出来た。「百合萌え」という言葉もよく聞く。
「女装男子キターーーー」とかいっている男と、なぜか女子も多数。
「うう、おかしい、なんかおかしいよこの大学……」
風に揺れるミニスカートの裾を抑えながら、泣き言を言う祐麒。そんな姿がまたファンを喜ばせるとも知らず。
「あははっ、本当、楽しい大学生活ね。私は幸せ者だわ、こんな素敵な彼氏&彼女がいて」
隣で腕を組む江利子は、本当に楽しそうに笑うのであった。
<3>
大学を出て社会人となって三年目、祐麒は結婚をした。
相手はとあることをきっかけに知り合った女性で、名前は才子という。ちょっと目つきが鋭いが、愛嬌もなくはない。
これといった特徴があるわけではないが、二人はお似合いと周囲からも言われていた。
仕事を終えて家に帰る。賃貸のマンションである。玄関のドアを開けると、いい匂いとともに愛しい彼女が出迎えてくれる。
「おかえりなさい、祐麒」
「ただいま、祐巳」軽く抱き寄せて、キスをする。
祐巳は二年ほど前に結婚したが、その相手というのが才子の兄であった。
そう、祐麒と祐巳、そして才子とその兄は、お互いに姉弟、兄妹同士で好きあっていたのだ。
祐麒達は高校時代から秘めた関係を続けていたが、結婚できないことはもちろん分かっていた。
しかしあるとき、ネットで同じような境遇の兄妹と知り合い、実際に会って話し合い、互いに良い人で信頼できると判断した。
それから四人は行動した。まず、祐巳と才子の兄が出会い、付き合い始め、やがて結婚する。
二人が付き合い始めたことで、祐麒も妹である才子と知り合い、そうしてまた付き合い始めたという設定。
不審がられないために時間もかけたし、結婚にはそれぞれ二年の間を開けた。
こうして今や、祐麒の家には祐巳が、才子の兄の家には才子が、それぞれ住んでいる。偽装夫婦生活を営んでいるのだ。
もちろん、祐麒と才子、祐巳と旦那の仲が悪いわけではない。二人きりで旅行にもいくし、デートもする。
入れ替わるのは平日で、土日の休みはお互いに夫婦としての生活をする。
周囲に疑われないようにするためには、常に努力し続ける必要があるのだ。
「ねえ……才子ちゃんとはどんなエッチをするの?」
「な、なんだよ急に」祐巳のことを後ろから抱きしめ、胸に手を伸ばしていた祐麒の動きが止まる。
そう、偽装とはいえ本気でもあるので、夫婦の営みは行っている。もちろん、祐巳もだ。ちょっと嫌だが、これも合意のこと。
才子は、「ううっ……なんで私がお兄ちゃん以外の人の……」とか言いながらしてくれる。
最初は嫌々風なのだが、次第に我を忘れてくるところが、なんか屈服させてるみたいで堪らん、とはさすがに言えない。
それに、プロポーションも祐巳より良いので、祐巳ではできない胸での、ってのをしてもらったり。
「ふーん……随分と楽しんでいるみたいねぇ。男の子はいいわよねぇ」いつの間にか上に跨っていた祐巳に見下ろされる。
「いやいや、あくまでそれは今の生活を守るためで、なあ、分かるよな、祐巳、ちょ、え、あっーーーー!!」
<4>
「ほ、本当にこれでいいの、アンリ?」
「もちろんです、祥子様。バッチグーです」
「そ、そうなの。でも、さすがにこれは」
「何を言いますか、パーフェクトです」
そう言われたものの、祥子は不安で仕方なく、自分の格好をちらちらと見ては赤面する。
祥子が今扮しているのは、キャンギャルの格好。へそ出し、胸元出し、太もも出し。
祥子の抜群のプロポーションもあって、非常に似合っているし、色っぽい。
なぜ、こんな格好をしているかというと、祐麒を誘うためである。
祥子と祐麒はめでたく結婚してそれなりに日にちが立つというのに、いまだに初夜を迎えていないのだ。
それも全て、祥子の性に対する無知さと、それ故に発生する極度の緊張と羞恥心によるものである。
それでも少しずつ進歩して、どうにか愛撫されるまではいった。祥子は硬直したままマグロ状態ではあるが。
このままではいけないと思い、祥子も努力をしているのだが、なかなかうまくいかないものである。
「こんな祥子様の姿を見れば、祐麒さまも興奮して止まらないはずです」
祐麒が優しすぎるのも問題である。怖がり、恥ずかしがる祥子を見ると、途中でやめてしまうのである。
例え怖がり、恥ずかしがっても、多少強引にでも抱いてしまい初めてを乗り越えてしまえばよいものを。
「……だから、清子さまや私に先を越されるんですよ」
「え、何か言ったかしらアンリ?」
「いえいえ、何も」
祐麒とて若い男、学生時代から付き合い、結婚までしたというのに、いまだに何もできないとあっては溜まるだろう。
祥子と結婚した今、祐麒は主人。主人の苦しみを和らげるのも、使用人の務めである……と、清子に教わった。
アンリは、清子に言われた言葉を脳内で思い出す。
『……もし、今回でも駄目だったら、少し荒療治が必要かもしれませんね。その時は私と真由さんで二人をサポートしてあげましょう』
ぞくぞくとする。祥子にはうまくいってほしい。だけれども、心のどこかでうまくいかないよう願っている自分もいる気がする。
「それでは、私はこれで失礼いたします。頑張ってくださいませ、祥子様」
不安そうな表情の祥子を残し、部屋を出る。
今宵の結果は--
<5>
見目麗しい美青年剣士、などと呼ばれているのは、実は自慢の妻です。
夜ご飯の下ごしらえをしながら、祐麒はそんなことを考える。
令が支倉道場の跡を継ぐということで、祐麒は支倉家への入り婿となった。
そんなわけで令は道場の師範として門下生たちに剣を教える毎日。
一方の祐麒は在宅ワークを選んだ。なるべく、令のことをサポートしたいと思ったからだ。
いまどき、剣道道場などで経営をしていくのは厳しいのではないかと思ったが、意外とそうでもない。
元々支倉道場はそこそこに名もあったし、令が師範となってからは一気に女の子の門下生が増えたこともある。
「うーん、由乃さんのいっていた、『天然の女たらし』っていうのはやっぱり本当だよなー」
令にその気は無いので、安心といえば安心なのだが。
下ごしらえを終え、とりあえずひと段落ついたところで居間へと向かおうとすると、廊下に令の姿。
「あれ、令ちゃん今日はもう終わり?」
「あ、うん、ちょっとね」はにかむように笑う令。
確かに美形だし、ミスターリリアンと呼ばれていたころより大人っぽくもなって、格好いいというのは分かる。
だけど、笑ったり、ちょっとしたしぐさだったり、こんなにも可愛い女性は他にいないのに、とも思う。
ま、それも自分だけが知っていれば良いことだだし、などと考えてしまうのだが。
「もしかして、調子でも悪いとか? 大丈夫?」
真面目な令が稽古を早めに切り上げることなど、まずない。だから心配になって聞いてみたのだが。
「あ、そ、そうじゃないの。だってほら、今日、お父さんもお母さんも、夜まで帰ってこないでしょう。だから……」
もじもじと顔を赤らめ、恥ずかしそうにしている令を見て、ぴんとくる。同時に嬉しくもなる。
「ここのところ、一週間以上も……ええと、だから、その、あの」
あわあわと、恥じらいながらも言おうとする令が可愛らしくてたまらず、祐麒は思わず抱きしめていた。
「あ、わ、駄目だよ、今は汗臭いよっ」
「俺、令ちゃんの汗、好きだよ」言いながら道着をはだけさせると、サラシの巻かれた胸が現れる。
うっすらと汗の溜まった胸の谷間を舐めると、しょっぱい令の汗の味。
「やぁ、ゆ、祐麒くん、ちゃんとシャワー浴びてからじゃないと」
「可愛すぎる令ちゃんがいけないんだってば」
もはや止められるわけもなく、令を抱きかかえて寝室へ。
支倉夫妻は幸せ街道を驀進中であった。