~ キラメキ! りりあん通り商店街 <手芸屋> ~
近頃では大型のショッピングセンターに客をとられ、昔ながらの商店街は苦戦しているところが多いときく。
実際に潰れてしまったり、シャッター通りになってしまった場所も数多い。
しかしそんな中で、むしろ昔よりも客が増えている商店街もある。
それがここ、『りりあん通り商店街』であった。
その理由はといえば勿論、各店に美人が揃っているからである!!
「いらっしゃいま…………あ、い、いらっしゃい、祐麒くん!!」
店の奥で令が慌てて立ち上がるのが見えた。
祐麒が足を向けたのは『手芸屋 こすもす』。祐麒自身は手芸などしないが、令に会うためにこうして度々訪れている。
何せ訪れると、令お手製のお菓子なんかをご馳走してくれるのだ。別に餌付けされているわけではない。
「珍しいですね、今日はお客さんがいないなんて」店内には祐麒以外、他に客の姿はなかった。
この店は美青年としか見えない令がいることもあって、少女たちに大人気の店で、地区では手芸が流行している。
また、手芸用の品だけでなく、令が作った作品も格安で商品として売られ、それもまた大人気なのである。
ちなみに祐麒は別にニートではない。たまたま仕事で休みが取得できたから、こうしてぶらりとやってきたのだ。
「そうだね。で、で、でも、たまにはお客さんがいないのもいいかな。こ、こうして二人きりでお話しできるし」
「そうですね、お客さんがいるとさすがにゆっくり話すわけにはいかないですからね」
そう言うと、もじもじとしていた令の顔に笑顔の花が咲く。
「う、うん! そうだ祐麒くん、こっち来て。新作のお菓子があるんだけど、試食してほしいな、なんて」
いそいそと祐麒をレジ裏までつれていく。家を改装したような店は、そこに小さいながら和室のスペースがあるのだ。
二人で並んで座り、令が準備したお菓子とお茶をのんびりと味わう。
令が作ったお菓子は当然のことながら美味で、手芸屋ではなく和菓子屋とかケーキやでもやった方が良いのではと思ったりもする。
「ありがとう。でも、これは趣味でいいんだ……というか、と、特別な人だけに作ってあげたいというか……」
赤くなりながら、ちらちらと祐麒のことを見つめて小声で言う令。
「そうなんですか、その人は幸せですね……って、試食とはいえそれじゃあ俺なんかが食べちゃっていいんですか?」
祐麒のその言葉に、がくーんと項垂れる令。
「それは全然というかむしろ……ね、ねえ祐麒くん。うちのお父さんがね、私もいい年だしそろそろ誰か良い人がいないかって……」
「令さんみたいに素敵な人だったら、すぐ見つかるんじゃないですか。拒否するような男、いないと思いますよ」
「ほ、本当、それ!? 本当にそう思う!?」
「え、ええ、まあ。だって綺麗で優しくて家事も万能で、言うことないじゃないですか」
「じゃ、じゃあっ。あの祐麒くん、本当だったらそれを示して……」
僅かに祐麒に身を寄せる令。すると
「こんにちは、令さまっ! どうしても上手く編め無くて教えてほしいんですけど~~っ!」
「どうすれば令さまみたいに上手にできるんですかっ? できれば手取り足取り教えていただきたく」
と、店に響いてきた若い女の子の声。どうやら令ファンが押し寄せてきたようだ。
「と、それじゃあ邪魔になっちゃ悪いですし、そろそろ俺行きますね」
「あ、うん……ばいばい」肩を落としながらも、笑顔で手を振る令。
若い女の子からおばさんまで大人気の『手芸屋 こすもす』を後にする祐麒であった。
~ キラメキ! りりあん通り商店街 <呉服屋> ~
「いらっしゃいませ。あら、祐麒さん、ごきげんよう」
和服の良く似合う清楚な美人。それは『呉服 藤堂』の若き主人である志摩子であった。
美少女の域を脱し、年齢に応じた美人となった志摩子。西洋人形のような顔立ちは変わらないが、和服もなぜか似合うのだ。
「こんにちは、すみません、忙しいようでしたらお暇しますけれど」
「忙しいなんて、着物なんてそうそう良く売れるものでもないですから」
はんなりと微笑む志摩子には、本当に見惚れてしまいそうになる。
「祐麒さんも、そろそろ何か買う気になられましたか? 作務衣や履物などもありますよ」
いまどき個人で商う呉服屋となると、ほぼ特定の顧客に向けた商売とならざるを得ないはず。
ところがこの店では、志摩子が店をやるようになってから新規顧客が増えているというから凄い。
「それもこれも、祥子さまのお蔭です」
祥子はこの店を贔屓にして和服を購入し、小笠原家を介して他の名家も志摩子の店に流れてくるようになったとか。
祥子としては、良いものを良い店から買っただけ、といったところなのだろうが。
「いやー、志摩子さんの効果が高いのも事実だと思いますよ」
何せ、超がつくほどの美人さんなのだ。志摩子目当ての客が増えているともよく聞く。
「そんなこと……あ、あら。申し訳ありませんが祐麒さん、ちょっとこちらに……お願いしたいことがあるのですけれど」
「どうしました?」不意に志摩子に呼ばれて近づいていくと。
「すみません、帯がどこかにひっかかったようで、ほどけかかって……直すの手伝っていただけます?」
「え、ちょっと、それって大ジョブなん……って、うわあっ!?」
「あら、あらあら?」
祐麒が志摩子のそばまで歩いて行くと、なぜか帯がしゅるしゅると解けて落ち、着物がはだけた。
「きゃあっ、ゆ、祐麒さん」悲鳴をあげて祐麒に抱きつく志摩子。肌を見せないようにとのことだろうが、刺激が強すぎる。
「ちょ、あの、志摩子さ、まずいですって、誰か来たら」
「そ、そうですね、それじゃあ奥の和室でゆっくり、ねっとりと……」妖しい光をおびる志摩子の瞳だが。
「……志摩子さんごきげんよう、何をしているのかしら?」
「あら、静さま。見ての通り、祐麒さんから熱烈な求愛を受けまして、これから褥へと……」
「何をいけしゃあしゃあと言っているのよ、ほら祐麒さん、行きましょう」
「いやん、静さまのいけずっ」乱れた着物をおさえながら、ぷんぷんと怒る志摩子を無視して外に連れ出される。
「全く、祐麒さんは無防備すぎます。いつも、ああして志摩子の罠に陥りそうになるんですもの……」
「え、あの、大丈夫無ですか志摩子さんは。あんなアクシデントに」あくまで鈍ちんな祐麒にため息をつく静。
「……志摩子なら和服など着慣れているから一人でも大丈夫です。さあ、行きましょう」
そうして祐麒は、なぜか静に連行されるようにして向かいの店へと入るのであった。
~ キラメキ! りりあん通り商店街 <レコードショップ> ~
店内に入ると、落ち着いたBGMが出迎えてくれて非常に気分が安らぐ。
ここは『レコードショップ mazzo di rose』。中古レコードや楽譜、その他音楽関連の珍しいものを取り扱っている。
店的に多くの客が入るような場所ではないが、固定客が多く、時には遠方から足を運ぶ人もいるという。
「もう、祐麒さん。志摩子には注意してくださいと、あれほど言ったじゃないですか」
ちょっと怒った風な顔をして、額を指先でつついてくる静。
「す、すみません」志摩子を助けようとしただけなのに、なぜか怒られてしまう。しかも、それでも謝ってしまう。
静は苦笑しながら指を離し、レジの方へと歩いていく。
独特の匂いのする店内、祐麒は特に目的もなく見て歩く。
音楽に詳しいわけでもないのだが、客がいないときは静が説明をしてくれたりもして、それが楽しい。
少し見て回った後、勧められるままレジの隣に置かれた椅子に腰を下ろす祐麒。
「そういえば静さん、近々公演があるのでしょう。どうですか、調子は」
静は声楽家としても活動しているが、声楽家の道は細く厳しい。だからこうして店も経営しているのだろう。
静が公演のため出ている時は、バイトが入っている。
「まあまあ、ですね」
言いながらため息を吐き出す静。いつになく、弱気に見える。
「…………あの、祐麒さん」
「はい?」
見ると、いつになく真剣な表情をしている静。
「あの、私が公演に出ている間……ゆ、祐麒さんにここをお任せしたいとか、考えたりもするのです私」
「え!?」
「帰る場所がある……帰る場所に祐麒さんがいて待っていてくれる……そう考えると私、頑張れそうな気がするのです」
ほんのりと頬を上気させながら見つめてくる。いつしか肩は触れ合い、指が触れ合う。
「あの、静さん……すみません、ちょっと副業は厳しいですね。あ、時間があう時は構わないんですけれど」
予想はしていたが、見当はずれの回答に静は内心で項垂れる。
「そう、ですね。無理を言って申し訳ありませんでした」
もっと直接的なことを言いたかったが、それでは商店街内の協定に反してしまう。静は笑って頭を下げ、身を離す。
どうやら、今しばらくはこの曖昧な状態が続きそうだが、それが気持ち良いのもまた事実。
流れる穏やかな音楽に身を浸し、しばらく二人きりの時間を楽しむ。そんなのも、良いではないかと静は思うのであった。