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【マリみてSS(令×祐麒)】踏み出す、はじめの一歩

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~ 踏み出す、はじめの一歩 ~

 

 クローゼットを開けて、中にしまわれている衣類の数々を確認する。昨日も、一昨日も同じことをやっているのだから結果は分かっているのに、どうしてもやってしまう。きっと明日もやってしまうだろう。そして、たどり着く同じ結果に、ため息だけが出るのだ。
 何でこう、可愛らしい洋服を持っていないのだろう。
 いや、理由は分かっている。似合わないからだ。背が高くて、髪の毛も短くて、小さい頃から男の子みたいだと言われていて、でも私には由乃がいたから、守るべき大切なお姫様がいたから、お姫様を守護する騎士でいられればよかった。
学校に行くときは制服のスカートをはくけれど、学校関係以外でスカートなんて、かれこれ何年、身につけていないだろうか。当然、クローゼットの中にもその手の衣装なんてまるでないわけで。
 やっぱり、女の子らしい格好をしていったほうがいいのかしら。それとも、普段どおりの自分でいたほうがいいのだろうか。彼は、今の私しか知らないはずだし、そんな私を見て誘ってくれているわけだし……。
 と、そこまで考えて。

(……わ、か、『カレ』だって…………!)

 自分の思考に自分で赤面して、両頬を手でおさえる。
 まだ告白も何もされたわけでもないのに、どうしてこう、妄想ばかりが突っ走ってしまうのだろうか。
(でも、コスモス文庫の作品ではよく……ってそうか、それに影響されているのか)
 自分の趣味のせいで、やたらと想像ばかりが広がっていくのだ。数々の少女漫画や少女小説のストーリーが目まぐるしく頭の中で展開されていく。その中から、都合の良い部分がチョイスされて、脳内でストーリーが再構成される。
(ちょ、ちょっと待ってってば!大体、私は祐麒くんのこととかよく知らないし、そうよ、免疫がないから変に理想化してしまうんだ。そうそう、ちょっと冷静に祐麒くんのことを考えてみよう。私が、祐麒くんのことをどう思っているか。えーと、そもそも祐麒くんは私より背も低いし年下だし、ちょっと頼りなさそうだし、でも顔は可愛らしくて優しいし。頼りなく見えるけれど、花寺の生徒会長をやっているのだから本当は皆から信頼されているんだろうな……そう考えると年下の可愛い彼っていうのもなかなか……って、うわあああああ、だから、なんですぐそういう方向にいっちゃうのよー?!)
 私は頭を抱えながらベッドに倒れこんだ。
 すると。
「…………さっきからなにやってるの、令ちゃん?」
「うひゃああああっ、よっ、由乃っ?!」
 部屋の入り口のところで、由乃が冷たい視線で私のことを見つめていた。
「い、いつからいたのっ?!」
「令ちゃんが、一人で百面相して、部屋の中歩き回って身悶えたり唸ったりし始めた頃から。令ちゃんってば、ぜんぜん由乃のことに気づいてくれないんだもん」
 頬を膨らませて怒る由乃。
 うわ、まずい、由乃に聞かれた?いや、多分声には出していなかったから大丈夫なはず。でも、そんな奇行を見られてしまったとは。付き合いの長い由乃のことだ、そこからどう真実に突き当たるかわかったものではない。
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていて」
「どんな考え事をしていたら、あんな状態になるの?」
「いやあ、それは……そ、それより何か用?」
「何か用?じゃないわよ。今日は私の買い物につきあってくれるって約束だったでしょう?」
「え、あ、そうだったっけ」
 そういえば、そんな約束を昨日、したようなしないような。由乃との約束を忘れているなんて、かなりの重症だ。
「ひどい!私との約束を忘れているなんて。もう、令ちゃんなんて知らないっ!」
「うわ、ご、ごめんっ!ちょっとぼんやりしていたのよ。思い出した、秋物でいいのが出たから見に行こうって言っていたのよね。あああほら、鳳凰堂のフルーツタルトご馳走してあげるから機嫌直してよ、由乃ぉ」
 結局この日は、由乃の機嫌を直すのに一日かかった。しかもその後、由乃の容赦ない追求を受けて、私はそれをなんとか誤魔化すのに精一杯だった。

 

 ―――名前を呼ばれたような気がした。
 ふと、視線を上げると。
「令、令ったら、聞いているの?!」
 祥子の怒った顔が正面にあった。
「う、うわっ、祥子?何、どうしたの」
「どうしたの、じゃないでしょう。それはむしろこっちの台詞よ」
 呆れた様に祥子は首を振った。
 それでようやく我に返る。ここは薔薇の館、今日もまた山百合会のメンバーは学園祭に向けてのミーティングをするために集まっていたのだ。
「来たときからずっと、心ここにあらずで。何を考えているの?」
「何をって、別に……」
 そこで、祥子以外のみんな――志摩子、祐巳ちゃん、乃梨子ちゃん、そして由乃の視線が自分に向けられていることに気が付いた。
「昨日も変だったんですよ、お姉さま」
 拗ねたように由乃が言う。
「体調でも優れないんですか?」
 心配したように祐巳ちゃんが尋ねてくる。
「夏ボケとか」
 おっとりと志摩子が首を傾げる。
「お姉さま、それを言うなら夏バテではないでしょうか」
 冷静に突っ込む乃梨子ちゃん。
「まあ、お姉さまなら夏ボケもありえるかもしれないけれど」
 あっさり頷く由乃。ちょっと、ひどくないだろうか。
「とにかく、具合が悪いのだったら無理に居なくてもいいのよ。今の時期はまだ、無理をするような段階ではないのだから」
 いつの間にか、私は体調が悪いということにされていた。
「ごめん、大丈夫。ちょっと、ぼーっとしていただけだから」
 こんなことではいけないと、軽く頬を叩いて自分に喝を入れる。
「大丈夫ですか、令さま。あまり、無理されないほうが」
 すると祐巳ちゃんが、心配そうな顔をして私のことを気遣ってくる。本当に優しい、可愛い女の子だ。この祐巳ちゃんの弟さんなら、やっぱり悪い子のはずがない。そうすると、もし仮に私が……すると、私は祐巳ちゃんの…………っ…………!
「ど、どうしたんですか令さまっ?顔が真っ赤ですよ」
 またしても想像が暴走してしまった私は、祐巳ちゃんが言うとおり顔に熱が集まるのを感じた。
「ご、ごめん、やっぱりちょっと熱っぽいから今日は上がらせてもらうねっ」
「あ、ちょっと令?!」
 自分の鞄を引っつかみ、逃げるようにしてビスケットの扉を開けて外に出る。みんな、どう思っただろうか。ひょっとして、バレたりしていないだろうか。
(なんで、あんなこと考えちゃったんだろ……)
 そして私は薔薇の館を出てから家に帰るまで、何も考えなくてすむように全力で駆けていったのであった。

 

 このままではいけないと思い、私は翌日、道場に出た。無心で剣を振れば、余計な考えもどこかに消えるはずだった。
 しかし私自身が思っている以上に私は重症のようで、普段だったら負けることのない、道場に通っている中等部の男の子に見事な一本を決められてしまうと、父に厳しく叱責された。いや、道場の中では父ではなく師範だ。
「なんだ令、その魂の抜けた剣は!やる気があるのか!!」
「は、申し訳ありません!」
「もういい、そんな覇気のないやつがいても他の者の迷惑になるだけだ。今日はもう上がれ!」
「…………はい」
 もはや私自身に見向きもしない師範に一礼をして、道場を後にする。そんな私を、門下生たちが驚いたように、あるいは不思議そうに見送る。
 私自身、自分の不甲斐なさが情けないくらいだったから、何を言い返すこともできなかった。
「素振り二百本してから上がりなさい」
「はい」
 竹刀を手に、無言で私は道場を出た。

 

 父からの叱責がきいたのだろうか、素振りをしている間は無心になることができた。私は額から吹き出る汗を拭いながら自宅に戻り、汗を流すため浴室に向かった。道着を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になり浴室に入る。
 自宅の檜風呂にはシャワーがないから、稽古をするときは事前に湯を張っておくよう、母にお願いをしておくのだ。それが出来ないときは、こっそりと由乃の家にいってシャワーを借りている。やっぱりシャワー、欲しいよなあ。本当に夏場は切実だ。何せ剣道着ときたら……
 そこで令は、ふと自分の手の匂いを嗅いでみた。
「うわっ……」
 と、自分の手にも関わらずそんな声を出して顔をしかめてしまう。いや、今更こんなことをしなくても分かっている。長年使用している籠手をはめていた手は、人が想像する以上に臭うのだ。
「私って、汗臭いのかな……」
 小さい頃からずっと、剣道をやってきた。夏の暑い日も、冬の寒い日も、欠かすことなく稽古に励んできた。小さい頃は気にもしなかった。中学生くらいからは、気にはしたけれど、どうしようもないと諦めていた。
 でも一度、気になりだすともう止まらない。手だけでなく腕や足が臭わないかと鼻を近づける。

 ―――汗臭い女の子なんて、やっぱり誰も好きにならないだろうな。

 ため息をつく。
 今一度、手のひらを見る。今度は匂いではない。剣道で鍛えられた、女の子らしくない、大きくてごつごつとした手。何度も豆が出来ては潰れて硬くなった手のひら。あの祭りの夜、こんな手を握って、祐麒くんはどう思っただろうか。
 由乃は、私の手を好きだと言ってくれる。硬くてごつごつしているけれど、優しい手をしているって言ってくれる。
 でもそんなのはきっと、由乃だから言えること。
 普通の男の子からしたら、由乃みたいに小さくて、細くて、白くて、柔らかい手の方がいいに決まっている。
 手のひらだけではない。
 私は二の腕を触った。
 決して太くはないけれど、鍛えられたしなやかな筋肉が身をまとっている。腕だけではない、足だってそうだ。腹筋だって……
「本当に私って、女の子らしいところが全然、ないな……」
 趣味は女の子らしいって自分でも思うけれど、外見からしたらまるで、らしいところがない。
「いや、でも胸は結構……」
 と、視線を下げて自分の双丘を見下ろす。
 そう、鍛えている割には結構、胸は順調に成長していた。体育のときとか、邪魔だなと感じることもある。下着も、今のではちょっとキツくなり始めている。そりゃあ、祥子にはかなわないかもしれないけれど……
「って、あーもう、変なことばっかり!」
 私は湯船のお湯を掬い、頭からかぶった。同じことを二回、三回と繰り返す。熱いお湯が体に染み渡ってゆき、心地よさが全身を包み込む。そのまま身体を軽く洗ってから、湯船に身を浸す。
「ふーーーっ」
 気持ちの良い疲労感が襲ってくる。しかし、そんな中でも脳裏に浮かんでくるのは、いよいよ明日に迫った祐麒くんとの約束。
 湯船に浸かっていても、私は自分の体のことが気になって仕方がなかった。やっぱり、もっときちんと洗って身も心も綺麗にしていかないと。明日、何が起こってもいいように……って、何が起こってもって、ナニが起こると考えているの私?!
 あ、でも少し前に読んだコスモス文庫の一冊を思い出す。確か主人公の男女が、お互いに意地を張り合っているうちに、なんだかんだとその手の場所に行って一線を越えてしまうという内容。それ以外にも、お気に入りの少女漫画では主人公の女の子が、その……えっちをしてしまったりとか。直接的な描写はほとんどないものの、私の愛読書の中にもやっぱり、男女間のそういったことは色々と描かれているわけで。
 自分もいずれそのうちは男の人とお付き合いして、そういう関係になっていくのかなと思うことがないわけではなかったけれど、はっきりいって現実感は全く無くて、リアルさの感じられない想像の世界のことだったけれど。
 実際に男の子と二人きりで出かける、即ちデートといってもいい状況が自分に襲い掛かってきて、初めてちょっとだけ現実味が出てきて。
 そんなことに、絶対になるわけがないと思っていても、心のどこかで変なことを想像してしまう自分がいて。
 結局私は、三回も身体を洗ってしまった。

 そしてお風呂を出る頃には、ほとんどのぼせる寸前になっていたのであった。

 

 自分の気持ちも、思いも、何も整理が出来ないままに約束の日を迎えた。気負うことは無い、軽い気持ちで、祐麒くんとちょっと遊ぶだけだと思えばいいと、自分に言い聞かす。
「そうよ、祐麒くんだって、ちょっと軽い気持ちで誘っただけかもしれないし」
 声に出して呟いて、自分にかかるプレッシャーを軽くしようとする。バレンタインイベントのときのデートでは緊張などしなかったのに、相手が変わると、こうも気持ちは変化してしまうのか。
 洗面所で、髪の毛を直す。
 とはいってもショートの髪、さほど手間がかかるわけではない。髪型も、いつもと変わるわけではない。
 朝食をとって、自室に戻り、着替える。
 私が選択したのは、オフホワイトのサロベット。身頃はプルオーバーのカットソーで左前肩ボタン留めになっている。ボトムはゆったりめでウエストはリブのひも通し。これに、淡いグリーンのウエッジサンダルをあわせる。
 夏らしくて好きな服ではあるけれど、むき出しになっている、女にしては筋肉質な二の腕がどうしても気になってしまう。かといって、今日も非常に良い天気。これ以上何か羽織ると、相当に暑くなることは間違いない。
 私はもう、割り切ることにした。どうせ、隠しようのないところなのだし、これもまた支倉令という人間の一部分なのだから。
「それじゃ、行ってきます」
「あら、今日は由乃ちゃんと出かけるんじゃないの?」
 玄関でサンダルを履いていると、母がやってきて訝しげに聞いてきた。
「うん、今日は剣道部の仲間との約束なんだ」
「ふうん、珍しいわね」
「今年は受験だし、なかなか集まることもできなくなっちゃうから、今のうちに一度、遊びに行こうってね」
 前々から考えていた嘘を、言葉にする。
 やっぱり、男の子と二人きりで遊びに行くなんて恥ずかしくてとても言えないし、万が一、由乃や父の耳にでも入ったら、またややこしいことになりかねない。
「そう。じゃあ今日は遅くなるのかしら?」
「え、あ、その、そ、そ、そこまで遅くなるような事態にはならないつもりだけど」
「はあ?何を言っているの。夕飯はどうするのかって聞いているのよ」
 母が呆れたようにして私を見ている。また私は、一人で余計な先回りをしてしまった。これ以上、ボロを出す前に出かけたほうがよい。
「えと、夜は戻ってくると思うけれど、もし皆と食べてくるようなことになったら電話するから。それじゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
 母はまだ何か言いたそうだったけれど、素直に私を送り出してくれた。怪しまれただろうか。私は、自分のことになるとあまり嘘をつくのが得意ではないから。
 それでも。

 外に一歩踏み出せば、突き刺さるような夏の光線。

 眩しい太陽に目を細めながら、私は、歩き出す。

 

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