~ りりあん荘へようこそ! 3 ~
<七号室>
「真美さん、貴女にも良い目があるわよ」
いつものように部屋にあがりこんでは熱弁を振るう蔦子に、真美はきょとんとする。
「えっと、なんのこと?」
「何のことって、管理人さんのことに決まっているでしょう、真美さんの想い人よ」
「な、なっ、何を……で、良い目とは何のこと?」
「ふふふ……管理人さんにはね、ずばり、貧乳属性があるわね!!」
「ぶっ!?」得意げに言い放つ蔦子に対し、真美は飲みかけのカフェオレを噴いてしまった。
そんなことお構いなしに、蔦子は続ける。
「ほら、ツンデレ幼馴染は洗濯板じゃない。それに五号室の克美さんにも管理人さんは発情していた」
「は、発情って」顔を赤くする真美。
「だからね真美さん、あなたにもチャンスは十分にあると思うのよ、その胸でも!!」
びしぃっ! と指差してくるのは真美のバスト。いや確かに胸は小さいけれど、そこまで言わなくてもと思わなくもない。
「あからさまな巨乳よりも、むしろ小さな膨らみが見えるか見えないかのチラリズム。そんなところに男の人は魅せられる」
「そ、そう……かなぁ? まったくそんな気はしないんだけど」
「甘い、甘いわ真美さん! そんなことじゃあ管理人さんを射止めることは出来ないわよ!」
「そ、そんなこと言われても、だからってどうすればよいっていうのよ」
「大丈夫、だからこれから練習しましょう。小さな胸を最大限、魅力的に見せるには何がベストなのかを!」
拳を握りしめつつ、愛用のカメラを取り出す蔦子。
「さぁ、もっとも扇情的なちっぱいアングルを見つけるわよ。まずは胸もと緩めて前かがみになって」
押しに弱い真美は、断ろうとしつつもなんだかんだと蔦子の言われるままにポーズをとってしまう。
「やっぱ、小さくても女豹のポーズはいいわよね。基本かしら。あ、でも背伸びポーズもいいわね~」
「あの、これ、どうやって良いポーズを決定するの?」
「え? そりゃあもちろん、撮った写真を管理人さんに見せて選んでもらおうかと……」
「い、いやーーーーーーーっ!? やめてーーーーーーーーっ!?」
様々なポーズを散々にとらされたあとになってようやく事の重大さに気が付く真美であった。
~ りりあん荘へようこそ! 3 ~
<八号室>
「ちょっとなんなのよ蔦子さん、いきなり呼び出したりして」
八号室の室内で、部屋の住人である蔦子に呼び出された由乃。
「まあ、そんなに機嫌悪くしないでよ。悪い話じゃないんだから」
蔦子と由乃は友人であり、普段は仲も良い。ただ、蔦子の盗撮癖にだけは困っている。
撮影した写真を勝手にばら撒いたりはしない……と思いたいが、どうも特定人物に渡しているようなのは怒髪天ものだ。
さすがに犯罪に及ぶようなことはしていないようだが。
「今日はね、これなんだけど……ふふふ」
意味深な笑みを浮かべながら取り出したのは、やはり写真の束。
「ちょ、またいつの間にっ。またえっちな写真を撮って、祐麒に売りつけようとかしているんでしょ」
「だから、今回はそんなんじゃないってば。ちょっと見てみて頂戴よ」
押し付けられるようにして受け取った写真に目を落として、由乃は思わず息をのむ。
「こ、これ……は」
写されていたのはいつものように由乃や他の住人たちの健康的なお色気写真ではなかった。
そうではなく、代わりに写っていたのはなんと祐麒だった。
アパートで仕事をしているときだろうか、真剣な表情だったり、笑顔だったり、困った顔だったり。
中には夏場で働いて汗をかいたせいか、シャツを脱いで上半身裸になっている写真もあったりする。
しかも蔦子が撮影したものだから、とても良く撮れていてなんというか格好良い。
「今回はこちらを由乃さんにでもお譲りしちゃおうかな、なんて思って」
「な、な、なんであたしが、そんな祐麒の写真なんか」
ほんのり顔を赤くしながら横を向く由乃を見て、蔦子はあくまで低姿勢に出る。
「いえね、いい写真が撮れたから奥様にお渡しした方が良いかと思ってね~」
「だだだ、誰が奥様よっ!? だから、あたしと祐麒はそんなんじゃないって何度も」
「いらないなら、蓉子さんや可南子ちゃんなんかに譲っちゃうけど?」
「そそ、それはダメよっ! あんな二人にこんな写真渡したら、どんな変態行為に及ぶかわからないわよっ!?」
「それじゃあ、どうする?」
「…………わ、わかったわよ。仕方ないわね、祐麒も変な人に渡るよりあたしが預かってたほうがいいでしょうし」
「えへへ~、毎度あり」
顔を赤くしつつ内心ちょっぴり嬉しい由乃、そして相変わらずあくどい商売で懐を潤す蔦子であった。
~ りりあん荘へようこそ! 3 ~
<九号室>
「う~~、暑いなぁ」
季節は夏、近年の温暖化のせいか、うだるような暑さが続いている。
衣替えして半袖になっているとはいえ、それくらいで暑さがなくなるわけもない。
由乃は暑さを堪えながら帰り道を歩いていた。
しかし、部屋に帰ったところでエアコンのついていない部屋では暑さもやわらがない。扇風機でいくらかマシになるとはいえ。
「……エアコンもあるし、祐麒の部屋にでも行ってやろうかしら。うん、それはいい考えよね、涼を盗らないといけないし」
自分自身を納得させるように、あえて口に出して言ってみせる由乃。
「そうと決まれば、さっさと行きましょう。そうね、この際だからアイスくらい差し入れてあげてもいいわね」
少しだけ機嫌を直した由乃は、アパートの近くにあるコンビニでアイスを購入、心もち足取り軽く帰宅する。
「ふーっ、ようやく着いたぁ~っ…………って、わぶっ!?」
アパートの敷地内に足を踏み入れた瞬間、真正面から思い切り水がぶっかかってきた。
「うわっ、よ、由乃!? わ、悪いっ!」
「ちょ、ゆ、祐麒っ!? ちょっ、いいから、と、ぶっ!? 止めなさいよっ!?」
ホースで水まきをしていたようだが、ちょうど帰ってきた由乃に気付かずに水をかけてしまったのだ。
「ちょっとぉ、何してくれてんのよ!?」
「わ、悪い悪い、でもほらこの天気だしむしろ気持ちいいだろ? すぐに乾くって、な」
「そりゃまあ、そうかもしれないけど……って、そういう問題じゃないでしょうっ!」
前髪からぽたぽたと水滴を落としながら怒る由乃。だが、祐麒の言うことも間違っておらず、水浴びしたみたいで少し涼しい。
「でも、服が張り付いちゃってちょっと嫌な感じよね。ったくもう……私だったからまだマシだったわよ?」
「いや……由乃で残念だ。どうせだったら志摩子さんとか蓉子さんだったら……」
「は? 何よ、私と祐麒の仲だから……って!?」
そこでようやく由乃は祐麒の視線に気が付く。水で濡れたブラウスの下、透けて見えているブラジャー、浮き上がる肌。
「ちょっ、へ、変態! スケベ、えっち! 祐麒のばか!」手で胸を隠し、罵声を浴びせる由乃だが。
「あー、大丈夫、真っ平らで色気もないから。あ~あ、これが志摩子さんだったら凄いことに……って、由乃?」
「ふふふ……祐麒、私が凄いことにしてあげようか?」
「え、あ、いや、遠慮しておきま……」
「問答無用! どりるみるきぃぱ~~~~んちっ!!!!!!!」
「あんたれすっ!!!!?」
そして祐麒は真夏の星となった。
~ りりあん荘へようこそ! 3 ~
<十号室>
「はぁ……」
ぼろいアパートに残ることを決意したのは自分自身の意思ではあるけれど、それでも嫌なことはある。
「暑いわ…………」
夏、室内はうだるように暑い。部屋にはもともとエアコンが付いていたが、昨日いきなり故障してしまった。
修理を呼んだものの、忙しいらしくてやってくるのは明日になるとのこと。
この暑さの中、明日まで我慢しなくてはならないのか。実家にいたときは感じなかった不便さに苛々する。
それでも、小笠原家の力と金を使ってどうにかしようとしないのは、ここにきての祥子の成長でもあった。
「とはいっても、このままじゃあさすがに辛いわね。汗もかいて、気持ち悪いし……」
下品にならない程度に薄着になっているものの、たいして変わりはない。汗が滴り服を濡らしていく。
特に、下着が汗ばんでいくのが非常に不快だ。我慢しきれず、祥子はシャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びている間はマシだが、出ればまたすぐに暑さに襲われる。どうしたらよいものか。
浴室から出た祥子が頭を悩ませていると。
「…………きゃああああああああああああっっ!!!」衣を裂くような悲鳴はアパート中に轟きわたった。
「ど、どうしましたか祥子さんっ!!」
ちょうど近くにいた祐麒は、その悲鳴を聞きつけて祥子の部屋に駆け込んできた。緊急事態だと思ったからだ。
「ああっ、ゆ、祐麒さんっ!?」
「ちょっ、な、祥子さん!?」いきなり抱きついてきた祥子に目を丸くする祐麒。
「あの、あの、あああああああれがっ!!」と、部屋の中を指差す祥子。そこには。
「あぁ、百足ですか。夏になると出てくるんですよね……ちょっと待っててくださいね」
祐麒は置いてあったスリッパを手に持ちそっと百足に近づくと、素早く叩いた。
「スリッパは俺が弁償しますから、すみません」
しぶとい百足はこの程度ではくたばらないが、弱ったところを新聞紙にくるんで捨てることにした。
「そんなこと気にしないでください、本当にありがとうございます、助かりました」
ようやく落ち着いて胸を撫で下ろす祥子であったが。その手が直接に胸に触れたことに気が付いた。
改めて見ると、シャワーから出たばかりのため祥子は上下とも下着のみという格好であった。
「あ……わ、な、なっ……」途端に真っ赤になる祥子
「すみません、あの、なるべく見ないようにしていましたから。そ、それじゃ」
こちらも赤くなり背を向けた祐麒は、逃げるように慌てて祥子の部屋を出て行った。その姿を見送って。
「あぁ……こ、こんな姿を見られるなんて……も、もう、祐麒さんには責任をとっていただくしか……」
赤くなりながら、もじもじとそんなことを呟く祥子なのであった。