<1>
来年の春には江利子も卒業を迎える。既に江利子は企業から内定を貰っていて、悠々と残りの学生生活を楽しむだけ。
色々とあったけれど、江利子との大学生活は非常に楽しいものだった。祐麒自身は、まだあと二年間あるわけだが。
大学に入るなり江利子と半同棲生活に強制突入し、すったもんだのすえにきちんと恋人同士になった。
今日は、江利子の就職祝いをするため、二人でレストランで食事をする予定になっていたのだが。
その食事も終わり、デザートになったところで、江利子がいきなり「内定を辞退した」と言われて仰天した。
「え、ちょ、江利ちゃん、内定辞退って、なんで!? 内定式にも出ていたよね」
江利子が内定を貰った企業は、いわゆる一流企業というところで、入りたいと思って簡単に入れるところではない。
もしかして、また江利子の気まぐれが始まったのか。「つまらなさそう」の一言で、内定辞退してもおかしくない江利子だが。
「あ~、うん、私もそんなつもりはなかったんだけど、やっぱ無理かなと思って」
「な、なんで? 内定式で何かあったの?」
「何かあったっていうか、むしろないっていうか~」
なぜか、江利子の態度が妙だった。祐麒は訝しみ、少し注意しながら江利子に尋ねる。今までに何度、驚かされてきたことか。
「で、その、結局何がどうしたっていうのでしょうか?」
すると江利子は、僅かに顔を赤らめながら口を開いた。
「……実はね、来ないの……生理が……」
「…………え?」思いがけない言葉に、頭の中が真っ白になる。何といったのか、それは何を意味するのか。
真っ白になった祐麒をよそに、江利子は続ける。
「しばらく前から変だと思って、それでまさかと思って確認したら……あの、できちゃった、赤ちゃん」
衝撃の告白をされる。え、マジで。確かに避妊しないときもあったけれど、それが当たってしまったのか。
「そうすると、就職する頃にはお腹大きいだろうし、いきなり産休とか必要だろうし」
避妊を怠っていたのは祐麒の責任で、江利子を責めるつもりなど毛頭ないが、しかし20歳にして父親になると?
「だから内定も辞退して……って、祐麒くん、大丈夫? あ……もしかして産んでほしくな」
「そんなことない、江利ちゃん、俺はそんなこと言わない!」
一瞬、悲しそうな顔を見せた江利子に、祐麒はすぐに言ってみせた。すると、江利子は破顔して。
「ホント!? 良かった、それじゃあ、お父さんと兄達への挨拶と説得、頑張ってね!」
「…………あ」青ざめる祐麒。
この日から江利子の卒業の日までの、祐麒の苦難と喜びの日々がまたしても始まったのであった。
<2>
花嫁は間違いなく美しかった。
純白のウエディング・ドレスに身を包んだ彼女は、嬉しさと幸せに包まれ、目に涙をためていた。
泣くと化粧が崩れてしまうから、周囲になだめられて必死に涙をこらえる姿もまた、可愛らしかった。
自分に花嫁姿なんて似合うのだろうかと、ずっと不安そうにしていた。でも、そんな不安を感じる必要は全くない。
周囲の人間も、そしてもちろん祐麒自身もわかっていたけれど、本人だけがずっと不安そうにしていた。
「令ちゃんほど可愛い女の子が、ウエディング・ドレスが似合わないわけないじゃない、もー!」
「そうですよ、すっっっごいお綺麗です、令さま!」
由乃や祐巳、志摩子らが囲んで令を褒めている。祐麒も、悪友たちに祝福の悪態をつかれている。
「お前に令さんとか、もったいなさすぎるだろ、この野郎!」と。
身長に関しては確かに釣り合いが取れておらず、誓いのキスでは祐麒が背伸びするなんてこともあったけれど。
それでも幸せで、周囲から祝福されての結婚式はつつがなく終わった。
リゾート地で行った結婚式はささやかなものだが、二人はそのまま新婚旅行としてもその地で過ごすことになっている。
令はブライダルカーで『空き缶ガラガラ』をやりたかったようだが、さすがにそれは出来なかった。
それでも、祐麒が運転する車に乗って宿泊する別荘まで行く道のり、令は幸せそうに微笑んでいた。
やがて、別荘の前に到着する。リゾート地での式から別荘まで、全て令の御望みどおりのプランである。
少女趣味、乙女の嗜好を持つ令らしい式だと思った。
「それじゃあ、令ちゃん、いくよ」
「は、はい……きゃっ」
更に車からお姫様抱っこで別荘の中まで運ぶのも、令のリクエストだ。
「お、重くない?」
「だいじょーぶ、軽い軽い」笑いながら中に入る。この日のために、祐麒だって鍛えてきたのだ。
「それにしても、ドレス、そんなに欲しかったの? まあ、似合っているからいいけれど」
ドレスはレンタルではなく、買いたいと言ったのも令。ウエディング・ドレスなど一回しか着ないだろうに。
しかし令は、お姫様抱っこされた状態で祐麒を恥ずかしそうに見上げて、言った。
「だ……だって、その、レンタルだと汚せないでしょう? あの……私の夢の一つでね、こ、このまま初夜を……」
そこまで言ったところで、令は真っ赤になって口を噤んでしまった。が、祐麒はそれで全てを理解した。
「れ、令ちゃん、可愛い! 滾ってきたーーーー!!!」
祐麒は勢いよく階段を上り、寝室へと令を運びこむ。自分だけの可愛いお姫様の夢を叶えるために。
<3>
付き合い始めたのは大学生の時。同じ大学に入るということで、祐巳を介して知り合いになったのがきっかけ。
だけど途中で衝突して、別れてしまった。それは、彼女が他のことに熱中して、祐麒とのことがおざなりになったから。
しかしその後、互いに社会人になってから再会し、飲みに行った勢いでホテル行き。
翌朝、互いになんとなく気まずい顔をしながらも、なんとなく付き合いが再開した。
それから、一年。お互いに忙しく、会えなかったり衝突したり、やっぱり色々あったのだけれども。
「……どうしよう。プロポーズされちゃった」
「惚気?」
「ち、違う、そういうことじゃなくて! あーうー、予想もしていなかったのよー」
「あはは、蔦子さんがそんなに困惑しているなんて、珍しいもの見ちゃった」
「真美さん、あなた楽しんでいるの?」
ここはファミレスの中、高校時代からの親友である真美を呼び出し悩み相談をしているのが蔦子。
「嫌いなの、祐麒さんのこと? でも、そうだったら付き合ってないわよね」
「でも、私が結婚とかなー、考えてなかったなー」
「いいじゃない、嫌なの?」
「そうじゃないけど、ほら、私達一度駄目になってるから、またそうならないとも限らないでしょう」
テーブルに行儀悪く頬杖をつく蔦子。そんな蔦子を冷静に見つめ、サラダをぱりぱりと口に運ぶ真美。
「そしたら多分、またいずれくっつくわよ。全く、ホント、嫌になっちゃう」
「なんの根拠があって言うのよ、そんなこと」
蔦子はそこまで信じきれない。蔦子はカメラが大事で、仕事が大事。だから、家庭がおろそかになってしまうかもしれない。
そして、祐麒よりもカメラを優先してしまうかもしれない。学生時代も、結局はそれが原因だったのだから。
まあ、体の相性は確かに良かったけれど、なんて考えて一人で内心、赤面する。
「大丈夫大丈夫、ほら、こーゆーの、惚れたら負けって言うじゃない。結局元鞘になるって」
「うーん、そうかしら……ってちょっと真美さん、それって私と祐麒、どっちに対して言ってるの!?」
噛みつく蔦子だったが、真美は。
「さあ? どちらでしょうね」
澄まして答え、肩をすくめるのであった。