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マリア様がみてる 中・長編

【マリみてSS】BATTLE LILIAN ROYALE <19.憎悪>

更新日:

 

 メルヘンメイズ、そのエリアには文字通りメルヘンに包まれた建物がいっぱいあったが、大きさや並びによって簡単な迷路のような作りにもなっている。もちろん、本格的な迷路ではないから迷って戻れなくなるほどのことはないが、やってきた客を不思議な世界に迷い込ませる錯覚を与えるには十分だった。
 しかし、テーマパークのエリアとしては失敗だろう。何せ、明らかに子供受けしそうにもかかわらず、入口から最も遠い場所に配置されているのだから。実際、思ったよりもエリアの客足が伸びなかったのだが、てこ入れをする前にテーマパークそのものの経営が傾いてきて、結局のところ何も手を打たれることなく終わっていた。
 お菓子の家、おもちゃの家、住人の動物たち、可愛くて楽しそうな建物やキャラクターたちも、さびれてしまった今では逆に不気味さを醸し出している。
 そんなエリアの更に最奥にある『お菓子の家』の中に二人の少女が身を寄せ合って隠れていた。
「大丈夫ですか、蔦子さま?」
「うん、ありがとう、笙子ちゃん」
 気丈に微笑んでみせる蔦子ではあったが、その表情には疲労が色濃く滲み出ているように笙子には感じられた。
 無理もない、いつ、どこで誰から狙われるか分からない状態で過ごし、変なミッションで歩き回らされ、疲れない方がおかしいのだ。蔦子自身、さほど体力があるほうではないと認めているが、後輩である笙子の手前、意地を見せているのだろう。
「無理なさらないでくださいね」
「ありがと……笙子ちゃんは、意外と体力があるのね」
「そう……ですかね?」
 小さいころにモデルをやっていたせいだろうか、特別に運動をしているわけではないのだが、確かに体力はそれなりにあるような気はする。なんだかんだいって、モデルだって体力勝負のところがある。
 それにしても、と改めて笙子は思う。
 この広い園内、ランダムに配置されたスタート地点からほどなくして蔦子と出会えたことは非常に僥倖だった。蔦子ならば信じられると思ったし、事実、二人で今までどうにかこうにか凌いできた。二人いたから互いの死角を補い合い、他の人と出くわすのを避けることが出来たし、交代で軽い休憩をとることもできた。一人きりだったら、果たして今まで無事で来られたかどうか疑わしい。
 本来ならほかにもっと仲間を増やしたいところだったが、犠牲者が出ていることから、誰かがやる気になっていることは確かだろうし、そんな中で迂闊に声をかけることはできないというのが蔦子の意見だった。例えそれが見知った人だったとしても、絶対に大丈夫と分からない限り避けた方が良いだろうと。自分たちから攻撃を仕掛けることはないが、他の誰かの姿を見かけても逃げるように行動してきた。その中には、蔦子の友人の姿もあったけれど、蔦子は何も言わずに自分たちの安全を最優先させた。
 仲間を信じたかったろう、その心は笙子にだって分かるけれど、笙子が一緒だからこそ迂闊なことは出来なかったのだと思われる。
「……ねえ、蔦子さま」
「ん、どうしたの笙子ちゃん……」
 問い返された笙子は、わずかに顔を上に向けておねだりするように口を軽くつきだし、そっと目を閉じた。
 動揺する蔦子の気配を感じる。
 薄目を開けて見てみると、頬を赤くした蔦子が、それでもそっと笙子の方に顔を近づけてきているところだった。
 唇が、重なる。
 単純に、笙子が蔦子とキスをしたいという気持ちもあったけれど、こうして甘えてみせることで蔦子も少し緊張を解き、かつ年上として笙子を守らなければという思いを持たせられるのではないか、そう考えたからだ。もちろん笙子としては蔦子に守ってもらうばかリなど考えていないが、蔦子に気力を持たせるためにもそういう姿勢を見せておいた方が良いと判断したのだ。
 そう考え、自分が意外と冷静であることに、何よりも笙子自身が驚いていた。
「ん……はぁ……蔦子さま……」
「え……ちょ、ちょっと、笙子ちゃん?」
 戸惑う蔦子。
 笙子が蔦子の手首をつかみ、自分のスカートの中に引き込んでいたからだ。
 これまではキスしかしてこなかったのに、ここにきてムラムラとした気持ちが急激に大きくなってきたのだ。いや、こんな時だからかもしれない。生死がかかっているからこそ、悔いなくやり遂げたいのだ。
「駄目、ですか? 今なら、少しくらい大丈夫ですよ」
 建物の入り口には簡易的なトラップを作ってあり、誰かが来れば分かるようになっている。今を逃せば、もう機会はないかもしれない。
 笙子はさらに強く蔦子の手を引っ張り、強引にショーツの上から触らせた。
「お風呂入っていないから、汚いですけど……」
 自分で言って恥ずかしくなった。
 そうだ、ずっと走りまわって汗もかいているのに、シャワーも浴びることが出来ていない。そんな状態でしようなんて乙女としてあるまじきことだったし、蔦子に汚い体を見せたくなかった。
「そんな、汚くなんかないわよ、笙子ちゃんは」
「え、あっ……」
 離そうとしたら、逆に蔦子の指が自ら動いて笙子に触れてきて、その瞬間、電流が流れたような痺れが襲ってきた。
「あ、ん、蔦子さま……」
 笙子も手を伸ばして蔦子のスカートの中の太腿を撫で、下着へと到達する。
 再び唇を重ね合わせ、互いに互いの敏感な場所を弄ると、得も言われぬ快感が這い上がってきて体が震える。
 自分で自分を慰めるのとは全く違う、幸せな気持ちが笙子を包み込む。
 さすがに今の状況で服を脱いで裸になるほど気を抜くつもりは無く、下着の中に手を忍び込ませるまで。自分の指が蔦子の中に侵入して締め付けられ、逆に蔦子の指を自身の中に引き込む。
 そのまま指で破瓜しても良いと思ったその時、外の罠が作動する音が聞こえた。
「――――!!」
 すぐさま蔦子から身を離し、入口の方に目を向ける。
 蔦子も荷物を手に取り、いつでも動きだせるように身支度をする。このまま様子を見るか、それとも裏口から逃げ出すか、自分たちから攻撃を仕掛けるか。
 いざその時になると、明確に方針を事前に決めていなかったことを悔やむ。どう行動するかなんて、簡単に決められるはずがないのだから。
 焦り始める笙子の手に、そっと触れてくる感触。
 落ち着きなさいとでもいうかのように握ってくる蔦子の手だが、その手もまた小刻みに震えている。
 それを感じて、笙子は心を強く持つ。何があろうと蔦子は守ってみせる、その思いで笙子は強くなれる。
「……蔦子さま、逃げましょう」
 音を立てた相手のその後の動きが分からない。敵意が無ければ、何かしらの呼びかけや働きかけがあってもおかしくないが、それもない。もしも攻撃する気があるのなら、正面の扉から愚直に攻めてくるならば迎え撃ちようはあるが、その気配もない。去ってくれたのなら良いが楽観的な思い込みは危険だし、閉じこもっている中に爆弾でも投げ込まれたらヤバい。
 もちろん、逃げ出したところを狙っている可能性もあるが、そんなことを言っていたら何もできない。何かしら決断をしなければならないのだ。
 笙子が入口に注意を払い、蔦子は裏口に向けて足を進める。こういうとき、二人で組んでいるというのは強みである。
 ゆっくりと慎重に進んだところで、異変が起きた。
「え……煙?」
 笙子が目を光らせていた入口の隙間から煙が入り込んできて、室内を急激に曇らせていく。
「まさか、火を!?」
 蔦子が驚きの声を上げるが、笙子だってびっくりしている。そんな、問答無用で建物に火を放つなんてとんでもないことをする相手がいるなんて思いもしなかった。
「早く出ましょう!」
 足を速める笙子だったが、すぐに蔦子の背中のリュックに衝突して止まってしまう。
「蔦子さま、急いで――」
「……落ち着いて笙子ちゃん。いくらなんでも、そんな早く火の手が回ること無いわ、こんな建物で。ガソリンでも巻いたなら別だけど、でもその割に熱さは感じないし」
「あ、確かに! じゃあ、この煙は」
「あたしたちを燻し出すため、でしょうね……」
 支給された武器なのか、それとも何かを燃やして煙を発生させているのかはわからないが、相手の意図は逃げ出した笙子達を安全な場所から狙い撃つことに違いない。ということは、迂闊に外に飛び出すわけにもいかないのか。
「裏口に気が付いていなければ安全かもだけど、分からないわよね、こればかりは」
 入口側から発生している煙の勢いが弱くなることはなく、このまま部屋に留まっていて良いものか判断に困る。相手がガスマスクか何かを同時に支給されていれば、この煙の中で襲われたら圧倒的に笙子達の方が不利になる。腕で口もとを防護しているが、それだけでなく目にも染みてくるし、視界を奪われたら最悪だ。
 どうしようか迷う笙子だったが、蔦子が目で合図をしてきたことで腹をくくって頷く。
 蔦子が右手を出して広げる。
 五本から四本、三本とカウントダウンしてゆき、人差し指一本になり、そして。
「――――っ」
 無言で走り出す蔦子、一拍置いて背中を追って駆けだす笙子。
 裏口を抜けて外に出てゆく蔦子、続いて笙子も、と思ったところで。
「――きゃっ!?」
 何かが足にひっかかり、つんのめって転倒する。振り返って見てみれば、裏口のところに何やら細い紐のようなものが渡されており、どうやらそれに引っかかってしまったようだった。
 トラップ!
 即ちそれは、相手が裏口の存在を知っており、待ち構えていることを示唆する。先に外に出た蔦子には何事もなかったのは、たまたま跨いでひっかからなかっただけなのだろうが、蔦子がひっかからなくて良かった。先頭の蔦子が転んで、続く笙子もなんてことになったら、敵からしてみれば願ってもない展開だろう。そう考えると運が良いのか悪いのか。
 なんて悠長に考えている暇などない、さっさと起き上がらないと、そう思って地面に肘をついて顔を上げた瞬間に目の前の地面が弾け、飛散した石つぶてが笙子の頬を掠める。
 銃撃、狙われている、どこから!?
 パニックに陥りそうになりながら、誰かが撃ってきたと思われる方向に首を振ってみてみると、建物の陰から銃と、それを掴む手が視界に入った。
 ヤバいと思うのに、銃口を目にして動くことが出来なかった。このままでは撃たれる、逃げなければ、焦れば焦るほど体がいうことを聞いてくれない。
「笙子ちゃん!」
 呪縛を断ったのは蔦子の叫びだった。
 転んだ笙子とそれを狙う相手に気が付いた蔦子は、逃げることもせず逆に笙子の方へと取って返してきた。
「だ、駄目っ、蔦子さま、来ちゃ駄目!!」
 笙子の言葉よりも早く蔦子が手を伸ばしてきて、笙子を突き飛ばす。直後、銃撃の音が響いて蔦子が倒れる。
「――蔦子さま!!」
 悲鳴の声が裏返る。
 蔦子の制服の袖に黒い染みが広がっている。
「――――」
 それを見て、笙子の中で何かが弾けた。
「う……うぁあああああああああああっ!!!!!」
 自分でも信じられないくらいの声量での絶叫に、相手がびくっとするのが見えた。笙子は構わず蔦子のリュックの中に手を突っ込むと、手にしたものを掴んで躊躇なく相手に向かって投げつけた。
 それは相手に届く手前で地面に落ちたが、直後、爆発音とともに派手な炎が広がった。笙子が投げつけたのは火炎瓶であった。
 通常、火炎瓶は派手さの割に威力は低い。燃焼時間が短く炎の温度もさほど高くなく、周囲に燃え広がるものがなければそこまで恐れるほどのことはない。しかし蔦子に支給されていた火炎瓶には粉石鹸や酸化第二鉄などが混ぜられており、高温で長時間燃える強力な火炎瓶になっていた。
 殺傷能力が低くとも人は炎を恐れるものだし、簡単に近づけるものでもない。相手が戸惑っているのを見た笙子は、今度は自分のリュックから小型の擲弾筒を取り出す。
「――待って、笙子、ちゃん」
 しかし、その笙子の腕を掴んで止めてきたのは蔦子だった。
「私は……大丈夫、だから」
「でも、血が!」
 怪我をしている蔦子の体に触れようとしたとき、背後で人が動く気配がして振り返ると、先ほどの相手の影が炎の遥か向こうに走り去っていくのが見えた。武器の分が悪いとみて退却したのだろう。
 喫緊の危機は逃れただろうと、とにかく出血を止めるのが先だと蔦子の腕を縛って止血する。致命傷となるような傷ではなさそうだが、だからといって浅い傷でもなく、これでは蔦子に何かを持たせるのは無理だろう。
「ああ……眼鏡も割れちゃった、散々ね」
 笙子をかばって転んだ時に外れた眼鏡はレンズが割れ、フレームはひん曲がってしまっていたが、それでも蔦子は大事そうに手に取ってポケットにしまう。
「うまくすれば見える部分もあるし、ないよりはマシだからね。それに……私にとっては大事な相棒だし」
 冗談めかしつつも本気なのだろう。それでも、殺気立った笙子を諌めるためにあえて軽い口調で言ってくれたに違いない。蔦子の心遣いに感謝する。
「それにしても……誰だったのかしら。笙子ちゃんは、相手が誰だが顔、見えた?」
「いえ、顔は分かりませんでした」
「そうか……痛っ……」
「大丈夫ですかっ? 痛むかもしれませんが、ここを離れないといけません。肩をお貸ししますから……歩けますか?」
「ええ……ごめんなさいね、足を引っ張っちゃって」
「そんな! 蔦子さまがいなかったら、むしろどうなっていたか……」
 蔦子のリュックから重いものを笙子のリュックに移し替えると、笙子は蔦子に肩を貸して寄り添って歩きはじめる。
 ちらと蔦子を見てみれば、明らかに顔色が悪い。
「――――なに、あまり見ないでよ、きっと土と埃まみれで汚いから」
 無理して笑顔を見せる蔦子に、胸が痛む。
「あたしも、ぼろぼろですよね」
 口調をあわせながら、笙子は一人、内心に誓う。
 ――あたしの蔦子さんを殺そうとして傷つけたんだ、絶対に、あの子は、許さない。
 顔を見なかったのは本当だし、嘘はついていない。
 だけど、『相手が誰だか分からなかった』とは言っていない。

 炎の向こうに見えた、あの特徴的な髪形は見間違えるはずもない。

「……本当、こんなにどろどろに汚れちゃった顔、蔦子さまに見られたくないですね」
「笙子ちゃんは可愛いわよ、埃まみれでも」
「えへへ……」
 笑いながら、蔦子の眼鏡が壊れていることに感謝する。
 きっと、今の自分の顔は憎悪で酷く醜いものになっているだろうから。
 いまだ燃え盛る炎をバックに、笙子の内心でも憎悪の炎が渦を巻いていた。

 

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