ノーマルCP マリア様がみてる 蓉子

【マリみてSS(蓉子×祐麒)】気持ちがミステリー 第四話

更新日:

~ 気持ちがミステリー ~
<第四話>

 暑い。
 青い空、白い雲、照りつける太陽、押し寄せては返す波、焼けるように熱い砂、響き渡る歓声、そして思い思いの水着に身を包んだ男女。
 確認するまでも無く、ここは夏の海岸。夏休み中で天気も良いとくれば、混雑するのも当たり前で、家族連れやカップルで溢れている。
 なぜ、私が海に来ているかといえば、それはもう氷野さんの口車にのせられたからに他ならない。とにかく、私達は今、海に来ているのだ。
「お待たせ~、祐麒くんっ」
 隣を歩く氷野さんが、明るい声で手をあげる。私は思わず、どきりとする。
 顔を上げて前方を見れば、シャツに水着姿の祐麒くんが、ビーチパラソルやらチェアやらを設置している姿があった。
「お疲れ様。いい場所取れたね」
 氷野さんの更に隣を歩いている七尾さんは、氷野さんの後輩で春休みまで同じ店で働いていたらしい。現在、高校三年生、可愛らしい女の子だ。
 そう、私達は四人で海に来たのだ。最初、氷野さんからは「後輩とその友達と行く」とだけ聞かされていたから、祐麒くんがいるなんて知ったのは今日、実際に会ってからだった。確かに、春休みまでバイトしていたというから、祐麒くんとは友達なんだろうけれど。
 荷物を置くと、氷野さんも七尾さんも着ていたシャツを脱いで水着姿になる。氷野さんは真紅のビキニ、七尾さんは目に眩しいオレンジ色のタンキニ。
「おニューの水着なんだけど、どう、似合うかな祐麒くん?」
「は、はい。とっても」
 むっ。
 祐麒くんたら、水着姿の氷野さんや七尾さんを見て、締まりの無い顔しちゃって。
「ああ、ほら水野さん、恐い顔して見ていないで。水野さんの水着姿、祐麒くんにお披露目しないと」
「え、ちょ、ちょっと」
 まだ心の準備が出来ていない私のことなど無視して、氷野さんが私の着ているパーカーを脱がそうとする。抵抗したものの、七尾さんも加わって二人がかりで、結局脱がされてしまった。
「ほら、どうかな祐麒くん。水野さんの水着」
「あう……」
 変な声をあげて、顔どころか体まで赤くして、祐麒くんは黙り込んでしまった。
 私が身に付けている水着は、ネイビーのボーダー柄のビキニ。濃いネイビーブルーと淡い水色など、数種類の青系統色で織り成された縞が、夏っぽいと思う。
「あ、その、水着……」
 そこまでしか言わなかったけれど、祐麒くんの思っていることは分かる。これは、最初のデートの時に、うっかり入り込んだ水着売り場で祐麒くんが、私に似合うと思う、と言ってくれた水着なのだ。
 もう、見つめられるこっちの方が恥ずかしくなる。無駄と分かりつつ、腕で体の前面を隠すけれども、隠しきれるわけもない。
「声も出せないくらい、ってわけ? 私達とは反応が違うわねー」
 楽しむように、氷野さんが私達に声をかけてくる。
「さ、見とれるのはそれくらいにして、せっかく来たんだから、遊ぼうよ!」
「あ、ちょ、ちょっと氷野さん、荷物が」
「へーきへーき、貴重品はロッカーに入れてあるんだし。ほら、二人ともっ!」
 氷野さんは右手で祐麒くんの、左手で私の腕を掴んで走り出す。つられて、つんのめるようにして走り出す私達。波打ち際では、七尾さんが楽しげな表情で手を振って、呼んでいる。
 色々と思うことはあるけれど、とりあえず今は、何もかも忘れて楽しむことにした。隣を見れば、笑顔を返してくれる祐麒くんがいた。

「そういえばさ、いつのまに祐麒くん、"蓉子さん"て名前で呼ぶようになったの?お店では、"水野さん"よねえ?」
 ランチを終えて、お手洗いをすました後、洗面所で氷野さんはそんなことを言ってきた。
「そうだったかしら?」
「そうよ。てゆうか、今更、隠しても無駄」
 あまり綺麗とはいえない鏡で髪の毛をセットしながら、氷野さんは続ける。
「正直、どうなの? 祐麒くんと付き合っているんでしょう? あの公園での告白の後、どうなっているのよ」
「どうもこうも、何もなっていないから」
 と、言うのは嘘で。
 実は、最初のデートの後も一回、外で会っているのだ。この前の映画のお礼に、ということで美術館に誘った。美術館なんか、興味がないかなとちょっと心配だったけれど、どうやら祐麒くんはその日に備えて一生懸命勉強してきてくれてたみたいで。それでも、やっぱり一夜漬けには限界があって、すぐに私にバレてしまったのだけれど、嬉しかった。またバイトで同じシフトの時は一緒に帰って、途中でお茶したりと、何にもない、というのともまたちょっと違うかもしれない。
「あらら、何を思い出し笑いしているの、水野さん。やっぱり何かあったんでしょう」
「違うわよ」
「なんでそう、隠したがるのよー」
「だから、そういのではないって言っているじゃない」
 同じようなことを繰り返し言い合いながら、パラソルの方に戻ると。そこでは、祐麒くんと七尾さんが、何やら楽しげな雰囲気でお喋りしている姿が見えた。
 それを見た瞬間、何かが心の奥で軋むような音をたてた。
 いや、そんな気がしたのだ。
「さ、ご飯も食べたし、また遊ぶぞー」
 隣では、氷野さんが拳を突き上げて宣言している。その姿に気が付いた七尾さんが、手を振っている。
「何しようか、ビーチバレーとか?」
「あ、ごめんなさい、私、食べたばかりだからもう少し休んでいるわ。先に三人で遊んでいてくれる?」
「えー。ま、仕方ないか。じゃ、動けそうになったら来てね」
 三人は、連れ立って砂浜を歩き、水辺に向かってゆく。
 私は一人、パラソルの下、チェアに腰を下ろした。
 氷野さんに言ったことは嘘ではなく、食べた後ちょっと休憩したかったから。私は、トートバッグの中から読みかけの文庫本を取り出した。
 しばらくページに目を落とすが、どうも集中できない。顔を上げれば、砂浜や海で思い思いに楽しんでいる人たちの姿が目に入る。その中、一緒に来た三人の姿もすぐに見つける。
 三人で何をやっているのか、楽しそうに水をかけあっている。祐麒くんも笑っている。
 私は一体、何をしているのだろう。持ってきたクーラーボックスからミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、口につける。
 海では変わらず、氷野さん達が元気に遊んでいる。
 と、波に足をとられたのか、それともただ単にじゃれあっているのか、七尾さんが祐麒くんに正面から抱きついた。
 バランスを崩した祐麒くんを、後ろにいた氷野さんが抱きしめる。ちょうど、女の子二人に前後からサンドイッチされる形になって。
 あ、祐麒くんたら、だらしなく鼻の下をのばしちゃって。まったくもう、デレデレしちゃって、だらしない。困ったフリして、女の子の柔肌を楽しんでいるに違いないわ。胸とか押し付けられて、内心喜んでいたり。
 見ていると、カリカリしてくる。
 私はそんな苛つく気持ちを持て余しながら、波間に揺れる三人の姿を追っていた。

 しばらくすると、祐麒くんを先頭に三人が戻ってきた。
「よ、蓉子さんもそろそろ一緒に遊びませんか」
「あら、私がいたらお邪魔なんじゃないかしら。祐麒くん、女の子二人に抱きつかれて、とても嬉しそうだったし」
「え、ち、違いますよっ!あ、あれは偶然のことで、ええと」
 慌てて言い繕う祐麒くん。でも、私はツンと横を向いて。
「どうかしら? 鼻の下のばして、だらしない顔していたじゃない」
「そ、そんなことないですよっ」
「あら、何々、ひょっとして水野さん、ジェラシー?」
 嫉妬?
 妬いている?
 私が、誰に?
「嫉妬なんて、していません」
「どう見ても、ジェラシっているようにしか思えませんけれど~?」
「していません。別に、氷野さんや七尾さんと、好きなだけ仲良くすればいいじゃないですか」
「あはは、水野さんたら可愛いんだから。ほら、いつまでも膨れていないで、一緒に遊びましょうよ、ね、ね。せっかく来たんだから、痴話喧嘩なんかやめて」
「ちょっ、痴話喧嘩って」
 言い返そうとしたけれど、その前に氷野さん、七尾さんの二人に手を取られて、立ち上がる。
 でも結局、この後いくら遊んでも、私の気持ちはどこかささくれだったままだった。

 夕方になり、さすがにそろそろ人も少なくなってきた頃、私達四人も引き上げることにした。
 実は今回、一泊の予定で来ていたのだけれど。
「え、ちょっと待って?! 私と祐麒くんが一緒の部屋って、どういうこと?!」
 ホテルのフロントで、私は思わず大きな声を出してしまった。それもそうだろう、今言ったとおり、祐麒くんと同室だなんて聞いたら、黙ってはいられない。しかも、ツインじゃなくてダブルだというのだから。
「ええと、気を利かせたつもりなんだけど、駄目なの?」
「当たり前でしょう。二部屋なら、女の子と男の子で分けるものでしょ」
「えっと、でも、そうなると……」
 そこで氷野さんは、隣の七尾さんと顔を見合わせた。そして、私のほうに近寄ってくると、私だけに聞こえるようにそっと言った。
「水野さん、私達と三人で、する?」
「はあ? 何を?」
「だから、……えっち」
「えっ、ち、って……えーーーーーーーっ?!」
 またもや大声をあげてしまって、慌てて口をおさえる。フロントの人や、祐麒くんも怪訝な顔をして私のことを見ている。
「私と七尾っち、付き合っているから。夜になったら、まあ、ほら、やっぱり、ねえ。で、一緒の部屋となるとね、どうしても水野さんもご一緒になっちゃうけど……私達はまあ、いいんだけれど、水野さんが良ければ」
「い、いいいいいえ、遠慮するわ!」
 ぶんぶんと頭を振る。
 というか、頭の中が真っ白だ。えーと、どういうこと?氷野さんと七尾さんて、そ、そ、そういうことだったの?!
「それじゃ、部屋割りは決定ということで。さ、行きましょう」
 半ば呆然としたまま、私はのそのそと割り当てられた部屋に向かったのだった。

 とりあえず部屋に荷物を置いて、お互いの部屋の中を比較しあって、ちょっとくつろいだ後に近くのレストランで食事をとる。
 その後、七尾さんが持ってきていた大量の花火を砂浜で楽しんで、部屋に戻ったら四人でお喋りをして。気が付いたら、時刻は十時を大きく回っていた。
「さて、それじゃあそろそろ、私達も部屋に戻ろうかしら」
 伸びをするようにしながら、氷野さんが立ち上がった。つられるようにして、七尾さんも座っていたベッドから降りる。
「え、もう行ってしまうの?」
「うん、今日は朝から遊んで疲れたし、あまり遅くなると明日にこたえるし」
「で、でも、やっぱりまずいと思うのだけれど」
 はっきりいって、心の整理が出来ていない。男の子と、祐麒くんと一緒の部屋で一晩を過ごすなんて。夕方から今まで、分かっていながら意識的に考えるのを避けていたのだ。
 私がそんな風に困った表情を見せると氷野さん、にやりと笑って、妖艶ともいえる視線を祐麒くんに向ける。
「そんなに困るの? それならむしろ祐麒くん、私達の部屋で一緒に寝る?祐麒くんが構わないなら、私達は」
「そっ、そんなのダメっ! ゆっ、祐麒くんは私と寝るんだから!!」
 冷静に考える前に、私は叫んでいた。
「えっ……」
 真っ赤になる祐麒くん。
 一瞬遅れて、私も自分の発言内容に気づいて一気に赤くなる。
 な、な、なんてことを叫んでしまったのだろう。
「それじゃ、そういうことで。仲良くね、お二人さん~」
 手を振り、生温かい目で私たちのことを見ながら氷野さん達は部屋を出て行った。
「えーと……」
 後には、赤面している私と祐麒くんだけが残されて。
 テレビから流れてくるお笑い番組の音だけが、室内に満たされた微妙な空気をかき回すように響いていた。

 テレビを消すと、時計の音だけがやけに大きく感じられる。規則正しく時を刻んでいるその音だけど、時間は信じられないくらいゆっくりと進んでいて。
 とにかく落ち着かず、そわそわとするばかり。
「あ、蓉子さん、出たから、良かったらどうぞ」
「は、はいっ」
 声をかけられてそちらを向けば、湯上りの祐麒くん。でも、その顔もまともに見ることができず、目をそらし逃げるようにしてシャワールームに滑り込む。
 お洒落なホテルというより、値段を優先してビジネスホテルライクなため、温泉なんて気のきいたものはない。だから、室内の狭いシャワーを使うしかない。
 熱いシャワーと、冷たいシャワーを交互に浴びて気持ちを落ち着かせようとするけれども、なかなかうまくいかなくて。むしろ、体を綺麗にしていると、いやがうえにもこの後のことを変に想像してしまう。
 シャワールームから出て体を拭いて、着替えようとしてまた立ちすくむ。
 下着が新品ではない。
 ……いや、それは別に良いとして、問題は寝間着だ。持ってきているのは、普通のTシャツとホットパンツだ。その格好で、祐麒くんの前に出て、一緒のベッドに入らなくてはならないというのか。
 しかし悩んでも、このまま裸で出て行くというわけにもいかない。私は着替えて、洗面所の鏡の前に立った。
 小さな鏡なので全身は映らない。シャワーを浴びて火照った肌は、一日の汚れを落としてつやつやになっている。シャツから下が透けて見えないことを確認する。こんなことだと知っていたら、もっと違ったものを持ってきたのに。
 さて、いつまでも洗面所に居ても仕方がない、私は意を決して部屋に戻った。
「……ふう、さっぱりした」
 なるべくわざとらしくない口調を心がけて、出て行くと。振り返った祐麒くんは、何か言おうと口を開きかけたみたいだったけれど、その途中で止まってしまった。私の全身を見つめるようにして、顔を真っ赤にしてしまった。
 半ば予想していた反応とはいえ、やっぱり自分の格好が恥ずかしくなる。つい、腕で胸を隠してしまう。昼間はもっと露出の多い水着姿を見られているというのに、心理というのは難しいものだ。
「えっと……どうしよっか。もう、寝る?」
 うわ、いきなり失敗。そんな核心に迫るようなことを言ってしまうなんて。これではまるで、私が誘っているみたいじゃないかしら。
 でも、祐麒くんは意外に落ち着いていた。
「あ、あの、大丈夫ですよ、蓉子さん。俺、床で寝ますから」
「え、駄目よそんなの」
「大丈夫ですよ、一晩くらい。絨毯も敷いてあるし」
「でも、そんなのやっぱりダメよ」
 一緒に寝るのは恥ずかしいけれど、だからといって祐麒くんを床に寝させるというわけにもいかない。
「だけど俺、その、自信ないし」
「え?」
「蓉子さんと一緒で、理性、保っていられるか、その」
 しどろもどろになりつつも、正直な心情を吐露してくれた祐麒くん。
 ダブルベッドだと言われていたけれど、置いてあるのはセミダブルくらいの大きさしかなくて、一緒に寝たら体が触れてしまうのは避けられそうもない。
「じゃあ、こうしたらどうかしら」
「え?」
「もし、祐麒くんが私にいやらしいことをしたら、私、祐麒くんのこと嫌いになるから」
「ええっ?!」
「それに、祐麒くんが床で寝ても、嫌いになるから」
「えええ、そ、それじゃ俺はどうしたら!」
「だから、私と一緒に寝て、何もしなければいいのよ」
 そう言って私は、先にベッドの上に横になった。
 祐麒くんが、ベッドの側でおろおろしているのが分かる。
 そして私はといえば、実は内心、心臓ドキドキものであった。あんなことを言ったけれども、それだけで祐麒くんを抑止できるかなんて分からないし、仮に祐麒くんが私に対して何かしてきたとして、本当に嫌いになれる自信なんてない。
「…………っ」
 電気が消され、祐麒くんがおそるおそる、といった感じで私の隣に入ってくる気配がした。おそらく祐麒くんは私とは反対のほうを向いて、二人背中合わせの格好になっている。
 自然と、鼓動が速くなる。
 もし仮に、祐麒くんが理性を保てなくなったとしたら、恐らく私は逆らえない。そうなってしまっても仕方ないと思っている自分がいる。そして、そんな状況にしてしまったのは、私自身なのだから。
 沈黙が重たい。
 果たしてこんな状況で眠れるのだろうか、そう思っていたけれど、昼間遊んでいたから自分が感じているよりずっと体は疲れていたようで。目を瞑っているうちに、いつの間にか私の意識は薄れていった。

 朝、私は自然に目が覚める。
 習慣というものはなかなか抜けないもので、どうしても朝六時半には起きるように、体に染み付いてしまっているようだった。そしてそれは、今日も変わることはなかった。
「ん……」
 さすがに、寝起きは意識が少しぼんやりする。横になった姿勢のまま、しばらくまどろみの中にいたのだけれど。
「……っ! ゆ、祐麒くんっ?!」
 思わず私は、声を上げてそれこそ飛び起きてしまった。
 それは別に、祐麒くんが私に抱きついていたとか、裸でいたとか、そういうわけではない。私が驚いたのは、祐麒くんの格好にである。
 なんと、祐麒くんの両手、両足がそれぞれタオルで結ばれているのだ。
「ちょ、ちょっと祐麒く……」
 肩に手をかけて揺り起こそうとして、ふと思いとどまる。
 一体、どうしてこんなことになったのか。考えればすぐ分かることだし、想像すればすぐにその図が思い描ける。
 夜中に変なことが出来ないよう、自分で自分を戒めたのだろう。しかし、足はともかく手はよく自分で縛ることができたものだ。
「…………」
 何か呻くようにして、もぞもぞと窮屈そうに体を動かす祐麒くん。
「……蓉子さん…………好き……です」
「っ?!」
 不意打ちの言葉に、思わず体が震え、祐麒くんに目を向ける。起きたのかと思ったけれど、そうではなかった。
「うぅん……嫌いに…………ならないで、ください……」
 少し顔をしかめながら、そんなことを言っている。どうやら、寝言のようだけれど、一体どんな夢を見ているのだろうか。
 祐麒くんの寝顔を見つめながら、私は表情が緩むのを抑え切れなかった。
「ふぅ……ずるいぞ、祐麒くん」
 指で、ぷにぷにとした頬をつまんでみる。
 まったく、二回も告白してきて、しかもそれがいずれとも意識の無いときだなんて。
 私にほっぺたをつままれた状態でも、祐麒くんは起きる気配が無かった。私は、指を離すと再びベッドに横になった。
「……嫌いになんかなれるわけ、ないじゃない……」
 朝ののどかな空気の中、私は飽きることなく祐麒くんの寝顔を見つめていた。

 もにゅっ

 音にすればそんな感じだっただろう。穏やかな雰囲気を打ち破ったのは、何気ない祐麒くんの動きだった。
「――――っ」
 いきなりだった。縛られた両手が不意に動き、私の胸にあてがわれたのは。
 突然のことに頭が真っ白になった私は、数秒間ほど思考も動きも停止していたけれど。その空白から覚めると、次の瞬間には勝手に体が動いていた。
「ゆっ、祐麒くんっ!!」
 そう叫んだ後には、祐麒くんはベッドから派手に転がり落ちていた。

「ありゃ、祐麒くんどうしたの?」
 朝、会うなり氷野さんは尋ねてきた。
 変な方向に首を曲げている祐麒くんを見て、不思議に思ったのだろう。
「いや、ベッドから落ちちゃって」
「ふーん、随分、激しかったみたいね、水野さん?」
「変な誤解しないで。さあ、さっさと行きましょう」
 言葉どおり、私は先頭きって歩き出した。少し遅れて、氷野さんたち三人も後に続いてくる。その中で、氷野さんと祐麒くんが何やらこそこそと話している。
「……水野さん、ご機嫌斜めのようだけど。祐麒くん、ひょっとして失敗した?」
「え?いえ、大丈夫だったと思うんですけど……なんか朝からあんな感じで」
「祐麒くんは良かったのかもしれないけれど、水野さんは良くなかったんじゃない? まあ、最初からうまくいかないわよ、気にしないで頑張って」
「……? は、はあ」
「ちょっと、何をぶつぶつ言っているの? ああ、そうだ祐麒くん。悪いけれど私の荷物、持ってくれるかしら」
「えっ、あ、蓉子さん? ……うわぁっ」
 有無を言わさず荷物を押し付けて、私は足早に歩き出す。後方で荷物を手に目を白黒させている祐麒くん。
 あんなことをしたのだ、荷物くらい持たせたって、罰はあたらないだろう。
 それに。
 祐麒くんが側に来ると、またどんな反応をしてしまうか分からなかったから。触れられた胸は、今もちょっとだけ熱くて。
「ま、待ってくだだいよ、蓉子さんっ」
 二人分の荷物を抱えながら、追いかけてくる祐麒くん。
 私は追いつかれないよう、少し歩調を速める。
 ぐっと背伸びをして空を見上げれば、昨日と変わらないくらいの快晴。今日も、暑くなりそうだ。

 こうして、私の夏は流れてゆく。熱くて、煌くような夏。

 だけれども、そんな夏にもいつか終わりはやってくる。
 今年の夏も、もう終わる―――

第五話に続く

 

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