書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

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【マリみてSS(乃梨子×可南子)】純白の音色

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~ 純白の音色 ~

 はあ、と、ベッドの上で大きく息を吐きだす乃梨子。
 家だろうが、授業中だろうが、それ以外であろうが、ふと、意識の空白ができると思いだしてしまうのは、公園での可南子とのキス。
 あの時の可南子は、どういう気持ちだったのか。
 可南子の方からキスをしてきたのであれば、可南子が乃梨子のことを好きなのではとも考えられるのだが、あの時は乃梨子の方からしてほしいというような形になっていた。明確にそう言ったわけではないが、乃梨子がお願いしたことは事実なわけで、可南子としてはそれに応えただけなのかもしれない。
 果たしてお願いしたからといって、何も想っていないような相手に対してキスなんかするだろうかと思うものの、その前に友達キスのこととか話しているから、単に親しい友達との軽いキス、くらいに考えているのかもしれない。
 あのキスを経ても、可南子に変わった様子は見られない。いつもと同じように、淡々と授業を受け、一日を過ごしているようだ。こんな風に学校でも家でも、悶々としているのは乃梨子だけかもしれない。
「ふぁ……」
 ごろごろと、ベッドの上で何をするでもなく寝転がっている。こんなんじゃいかんと思いながらも、なかなか気合も入らない。
 指で唇に触れてみる。
 可南子の柔らかで、瑞々しい唇の感触がまざまざとよみがえってくる。ファースト・キスはレモンの味、なんてのが昔から言われていたような気もするが、乃梨子にとってはとても甘いものだった。もっとも、その前に食べた牛乳ソフトクリームの味だったというのが大きいだろうが。
 それでも、甘くてとろけるようなものだったことに間違いはない。
 その痺れるような甘さが、忘れられない。

「――乃梨子さん」
「え?」
 気がつくと、可南子が乃梨子の目の前にいた。
 長い黒髪を揺らし、上から見おろしてくる。
「ど、どうしたの、可南子さん」
 いつもと雰囲気が異なるような感じがして、そう、訊ねる乃梨子。
「どうしたのって、乃梨子さんがいけないのよ、みんな」
「え、わ、私? 私、可南子さんに何かしたっけ?」
 慌てて思いだそうとしてみるものの、可南子に酷いことをしたなんて記憶はない。それとも乃梨子が気付かない間に、何か可南子を傷つけるようなことをしたのか。
「酷いわ、もう忘れちゃったの? ……私に、キスしたこと」
「えっ、で、でもあれは、可南子さんの方が私に……」
「そうやって、私のせいにするのね? ひどいひと」
 言いながら可南子は乃梨子の頬に手をのばし、指で耳をいじる。そのままゆっくりと身を屈め、そして乃梨子の唇に、自らの唇を重ねる。
「んっ……」
 突然のことに、驚く。
 まさか、可南子がこんな積極的にくるとは思ってもいなかったから。
 唇を離すと、唾液が細く線を引く。
「か、可南子さ……?」
「私、もうキスだけじゃ我慢できないの。乃梨子さんの全てが……ほしい」
「え、え、えっ!?」
 可南子が首筋に甘噛みすると、震えが背筋をおそう。
 可南子の長い腕がのび、乃梨子の胸元に差し入れられる。気がつくと、いつの間にかベッドの上に寝かされている。太腿をさするようにしながら、スカートの裾をめくりあげていく可南子。はだけた胸元、下着に包まれた膨らみに口づけをする。
「か、か、可南子さん?」
「いいでしょう、乃梨子さん? 私のこと、こんな風にした責任、とってちょうだい」
 しなやかな指が乃梨子の手をとり、静かに可南子のショーツへと導いていく。乃梨子の指先が触れたソコは、熱く、しっとりとしていて。
「ああ……可南子さん……すごい」
「乃梨子さんのせいなんですよ? ふふっ」
 垂れ落ちる黒髪が、まるで蛇のようにうごき、乃梨子の頬を、首筋を、胸元をくすぐる。
「乃梨子さん……」
「あ、ああっ……可南子さんっ……!!」

「……って、ああ、だめえええぇぇっ……!?」
 そこで、目が覚めた。
 自分の部屋だった。
「な、なんて夢……」
 いまだバクバク動いている胸をおさえる。顔が熱い。はっきりと覚えている夢の内容。可南子の熱い吐息が、いまだに耳元で感じられそうだ。
「ちょっとリコ、どうしたの、大きな声出して」
 部屋の外から、菫子の声がする。乃梨子の悲鳴を聞いて、やってきたのだろう。
「な、なんでもない。ちょっと、夢を見て」
「そう……ならいいけど」
 乃梨子の言葉を聞き、遠ざかっていく足音。
 しかし、乃梨子的にはちっともよくなどなかった。

 登校しても、乃梨子の気持ちはどこか沈んだままだった。いや、沈んだというか、自分の気持ちを持て余しているというか。
 とにかく一つだけはっきりしていることは、朝から下着を穿きかえなければならず、脱いだ下着の洗濯をどうしようかということくらい。お風呂にでも入った時、自分で手洗いするしかないだろうが、汚してしまった下着を風呂で洗っている自分の姿を想像すると、なんとも情けなくなってくる。もう赤面して、どこか消えたくもなる。
「ごきげんよう」
 声を耳にして、体がびくりと反応する。
 目を向けなくても分かる、可南子の声だ。
「ごきげんよう、乃梨子さん」
「ごご、ごきげんよう」
 かちこちと体を固め、うつむいたままぎこちなく挨拶を返す。可南子は特に乃梨子の様子を気にする風でもなく、自分の席につく。
 顔をあげてちらりと視線を向けると、可南子の綺麗な横顔が目に入る。途端に、夢の内容が、可南子と自分の痴態が脳裏に浮かび上がり、一人で赤面して机に突っ伏す。
(だ、駄目だぁ、私、どうなっちゃうの)
 心の中で悲鳴をあげる。
 抑えようとしたところで、自分でも抑えられない。勝手に溢れだしてくる、様々な想い、気持ち、そして欲望。
「ごきげんよう、乃梨子さん……どうされたのですか?」
 登校してきた瞳子が、様子が変な乃梨子に訝しげな表情を向けてくる。
「ああ……なんでもないの。ちょっと寝不足で」
「そう、ですか」
 首を傾げながらも、それ以上は何も言わずに席に腰を下ろす瞳子。
 予想はしていたが、午前中の授業はさっぱり頭に入らないのであった。

 昼休み、可南子から逃げるように、というか、可南子を視界内から外すかのように教室から抜け出て中庭に行った。一人、頭を冷やすためである。
 お弁当を食べ終えた頃、瞳子がやってきた。
「ここにいましたか、乃梨子さん。探しましたのよ」
「ん、何? 何か用事?」
 とりあえず、瞳子と話をしていれば気も紛れるだろうかと思っていると。
「……乃梨子さんは、可南子さんのことが好きなんですの?」
 いきなり、ストレートど真ん中のボールが投げ込まれた。
「なっ、な……何を、言って」
 受け取る用意のできていなかった乃梨子は、言葉を詰まらせる。そんな乃梨子の様子を見て、瞳子は一人、頷いた。
「やっぱり、そうなんですのね。そうなのかも、とは思っていましたが……」
「え、あの、何、そ、そんなに私、分かりやすかった?」
 誤魔化したり、言い訳したりする余裕もなく、そんなことを聞き返してしまう。それは即ち、瞳子の質問に肯定で答えたと同じ事である。
 瞳子はおなじみの縦ロールを揺らしながら、乃梨子の隣に座った。
「だって、可南子さんのことを見ては、ため息をついたり、にやにやしたり、赤面したり、色々とお顔が忙しいんですもの」
「うそっ!? そんな、祐巳さまみたいな!?」
 事実だとすると、ショックである。下手すると、瞳子だけじゃない、クラスメイトのみんなに丸わかりだったのだろうか。だとすると、死ぬほど恥ずかしい。
「……いえ、そこまでは。おそらく、私くらいかと思います、気が付いているのは。乃梨子さんのことをずっと見ていた私ですから、気がつけたかと」
「そ、そう……良かった」
 とりあえず、一息。
 そんな乃梨子を見て、瞳子はため息。
「それで、どうなんですの。実際のところ、可南子さんのことは」
「えと……そ、それは」
 どう答えたらよいものか。逡巡していると、瞳子の方から言ってくる。
「別に、ここでは珍しいことではないことですわよ? 女子校という空間の中、素敵な同性に疑似的恋愛感情を持ってしまうことは」
「そ、そんなこと!」
「あるいは、親しい友情を愛情と見間違えてしまうことも。あくまで友情の延長にある気持ちを、この年ごろから愛情と思うことも……」
「違う、私のはそんなのじゃないっ! だって、可南子さんとキスだけじゃなく、それ以上のエッチなことをしたいって思っているもの!」
 立ち上がり、声をあげる。
 そして一瞬の後には、自らの言葉に赤面する。
「……そこまで分かっているのですね。それならば、良いのですけれど」
 瞳子が、どこかシニカルな笑みを浮かべる。だけどそれは、決して乃梨子を馬鹿にしているとか、皮肉っているというようなものではなかった。どちらかといえば、世話の焼ける子供に対するもののように見えた。
 顔を真っ赤にしながら、乃梨子は再びベンチに腰をおろす。
「で、可南子さんには伝えたのですか? 乃梨子さんの気持ちを」
「つ、伝えられるわけないよ、そんなこと」
 スカートの裾を、ぎゅっと握る。
「どうしてですの? 乃梨子さんの気持ちは、はっきりしているじゃないですか」
「だからって、伝えられるわけじゃないよ。だって私達」
「女同士だから、なんてくだらないこと口にするようなら、怒りますよ。乃梨子さんは可南子さんのことが好き。それは友情ではなく、性的交渉をしたいと思う、れっきとした恋愛感情である。単純に、それだけのことです」
「せ、性的交渉って……」
「端的にいえば、乃梨子さんは可南子さんとセックスをしたいのでしょう?」
 ずばりと聞いてくる瞳子。まさか、リリアンのお嬢様の口からそのような言葉が出るとは思わなかったが、見れば、瞳子の頬はわずかに赤くはなっているものの、表情はごく真剣なものであった。
 スカートの裾を握りしめ、唾をのみこみ、でもやっぱり瞳子の顔を見ながらは無理なので、俯きながら口を開く。
「……うん、し、したい、と思う」
 かああっ、と火が吹くほど顔が熱い。
「その想いを、素直にぶつければよいのです」
「で、でもっ、い、いきなりそんなこと言ったら、ひかれちゃうよっ」
「当り前です、いくらなんでもいきなり、好きだからセックスしてください、なんて直接的なこと。でも、真剣な想いを伝えたのならば、決してそのことで引いてしまうなんてことはありません。少なくとも可南子さんなら、真剣に受け止め、応えてくれるでしょう。乃梨子さんの想いを受けるかどうかは別にしても」
「瞳子……」
 乃梨子はちょっと、感動していた。
 乃梨子のことを、瞳子はごく自然に受け止めてくれている。それだけでなく、友達として励ましてくれている。真剣に考えていてくれる。そのことが、物凄く嬉しかった。
「そ、そうだよね。人が人を好きになる、それだけのことだよね。好きになったら、その人とエッチなことをしたいと思うのって、普通のことだよね」
 自分自身を励ますかのように、口に出す。結局のところ、誰かに自分のことを肯定してもらいたかったのかもしれない。
「ふふ、そうですわね。それに」
 と、瞳子が口元を隠し、おかしそうに笑う。
 何か、と思うと。
「キスだけじゃなくて、っていうことは、キスまではしたということでしょう? キスするくらいですもの、可南子さんだって決して、乃梨子さんのこと嫌いなんてこと、ありえませんわ」
 からかうような瞳子の口調に。
 乃梨子はやっぱり赤面するのであった。

 なにはともあれ、瞳子に励まされて少しは気が楽になった。もっとも、だからといってすぐに可南子に気持ちを伝えられるという、単純なものでもないが。
 午後の授業が始まったものの、やはり集中できない。しかし、午前中とは少し異なる。可南子が気になるのは変わらないが、今は見とれているというか、どうしても見てしまうというか。この、斜め後ろというポジションは実に絶妙で、乃梨子からは可南子の横顔が見られるが、可南子が乃梨子を見るには顔を後ろに向けなければならない。なので、あまり気にすることなく可南子を見ていられるのだ。
(……って、ダメダメ。そんな、いくらカナカナが可愛いからって、ずーっとアホみたいに見てばっかりいたら、授業が全く頭に入らないじゃない)
 と、勝手に決めた微妙に言いづらい可南子の呼び名を内心で呟きつつ、教科書に集中しようとするも、気がつくと勝手に目が可南子の姿に吸い寄せられている。
「――?」
 あまりの乃梨子の視線に感づいたのか分からないが、可南子がふと、軽く後ろに顔を向ける。慌てて乃梨子は下を向き、ノートをとっているふりをする。
 結局、午後の授業もさっぱり頭に入ってこないのであった。

 そんな調子で数日が過ぎ去った。
 相変わらず乃梨子は可南子への想いなど伝えられずにいる。そして一人悶々として、日常生活でもポカをやらかしたりしていた。瞳子からは、さっさと告白してしまえとせっつかれているが、臆病な心が足をすくませる。
「はぁ~」
 覇気のないため息をはきつつ、お弁当の袋を鞄から取り出す。色々と思い悩んでもお腹は減るのである。
「乃梨子さん。よかったら一緒にお昼、どうかしら?」と
「ん……え、か、可南子さんっ!?」
 いつの間にか乃梨子の席の横までやってきていた可南子が、手にしたランチボックスを見せるようにして乃梨子に微笑みかけてきている。
 それはそれは、乃梨子からしてみれば垂涎もののお誘いのはずであったが、何せこの前のことから可南子のことをバリバリに意識しまくっている。
「ご、ごめんなさい、今日、山百合会の仕事で、薔薇の館で食べることになってるの」
 わたわたと立ち上がり、巾着袋を手にそそくさと離れる。
「そう、それじゃ仕方ないわね」
「うん、ごめんね。また、今度誘って」
 そんな乃梨子のことを、瞳子が非難するように冷たい目で見てきているが、気にしている場合ではない。それ以上に余裕がないのだ。
 逃げるようにして乃梨子は教室を後にした。

 昼休み終了間際に教室に戻ると、可南子は自分の席で本を読んでいた。ほぅと胸をなでおろし、乃梨子も自分の席に向かうと、やっぱり瞳子が厳しい目つきで睨んできている。気まずくて乃梨子は目をそらすようにして、避けるようにして席に座る。瞳子が言いたいことは分かるが、仕方ないのだ。
 いつまでもこんな状態ではいられないが、今すぐにどうこうできる精神状態ではない。もう少し落ち着いてから、改めて可南子に対していきたい。では、いつになったら落ち着くのかと問われると、それはそれで困るのだが。
 どうにか午後の授業をやり過ごし、放課後の掃除をすませて教室に戻ると、そこには可南子の姿だけがあった。
 引き返したかったが、既に教室に一歩、足をふみいれた後であり、ここから引き返すのはあまりに不自然だと思えたので、仕方なく音を立てないよう中に入り、自分の席に素早く向かう。
 鞄を手にさっさと出ようと思うが、思ったように手が動かず、鞄を落っことしてしまい、中の教科書やノート類が派手に床にぶちまけられた。
「うわ、わ、わ」
 慌ててしゃがみこみ、拾い集めようとすると。
「はい」
 差し出される、英語の教科書。
 見れば、可南子もしゃがみこみ、ちらばったシャープペンシルなどと拾ってくれていた。
「あ、ありがと」
 そっけなく礼を言い、教科書を受け取る。
 黙々と二人で拾い、鞄の中に詰め直す。
「そ、それじゃあ、どうもありがとう。ごきげんよう、また明日」
 うつむき、可南子の脇を通り過ぎようとした。
「待って」
 腕を掴まれ、引き止められる。
「な、なに……?」
「どうして、私のことを避けるの?」
「別に、避けてなんか」
「嘘。私と目をあわせようとしないし、声をかけるとすぐにどこか行っちゃうし。今日のお昼だってそう。今だってそう」
 真剣な瞳で問いかけてくる。状況が状況でなければ、きりりと引き締まった凛とした表情に、うっとりとしたくなるところ。
「そんなことないよ。可南子さんの、考えすぎじゃ」
「またほら、私のことを見ようとしないじゃない」
「痛っ……」
 背が高く、今の年頃の女の子としては体格もよく、スポーツもやっている可南子は力も強い。
「あなた達、なにをしているの」
 その時、見回りに来たのか、教師が中にいる二人を見かけて声をかける。目が、可南子に掴まれた乃梨子の腕に注がれる。ひょっとしたら、何か二人で揉めているとでも思ったのかもしれない。
「いえ、なんでもありません」
 すっと手を離し、静かに答える可南子。
「そう。もう放課後よ。用事がないなら、帰りなさい」
「はい」
 素直に頷く可南子だったが。
「……場所を変えましょう」
 と、乃梨子にだけ聞こえるように、小声で囁く。
 自分の鞄を手に取り、教室を出ていく後ろ姿。
 逃げだすこともできず、乃梨子はそのあとを追って行く。

 二人が辿り着いた場所は、音楽室だった。特にここと決めていたわけではなく、歩いていて、空いていたからだ。どうやら今日は、音楽系の部活動でも使われていないらしい。珍しいなと思った。
 近くの机の上に鞄を置き、可南子が乃梨子の方に向き直る。
「まだ、答えを聞いていなかったわね。どうして、私を避けるのかしら。何か、乃梨子さんが嫌がるようなことでもしたかしら」
「そんなこと……してないよ」
「じゃあ、どうして」
「…………っ」
 可南子が一歩、近づく。
 その分だけ下がりそうになって、乃梨子は、なんで自分がここまでびくびくしなければならないのだと、ふと思った。それに、乃梨子の態度が変わったとしたら、考えられるとしたら「アレ」しかないではないか。可南子は、そんなことにも本当に気が付いていないのだろうか。だとすると、可南子にとって乃梨子とのキスは、気にするようなことではなかったというのか。本当に、単なる友達同士の戯れみたいなもので、軽く流せるようなものだったのか。
「可南子さんは、何とも思ってないの?」
「え?」
「だから、この前の、公園での――」
 恥ずかしくて、顔を見ることが出来ないから、音楽室にかけられている音楽家の肖像を見ながら、口にする。
「……ああ、ひょっとして」
 頬に長い指を押し当て、可南子が少しだけ目を丸くする。
「あのときの、キス――」
「そ、そうよ。可南子さんは、何とも思ってなかったのかもしれないけれど、私は」
 また思い出して、さらに目の前に本人がいて、唇が熱くなる。
「そんな、なんとも思っていないだなんて。私だって、驚いたんですよ、乃梨子さんにキスされて」
「で、でも可南子さんは……って、あれ、ちょっと待って。私に、キスされた?」
「そうですよ、覚えていない、なんていわせないですよ?」
 ほんのりと恥ずかしそうにする可南子。
「いやいやいや、だってあのときは、可南子さんの方が」
「まあ。あのときは、乃梨子さんの方から求めてきたのではないですか」
「え、でも、あれは……」
 唇を切ってしまったから、そこにおまじないをしてくれと言ったわけで、キスを求めたわけではないのだが、普通に考えればキスしてほしいと言ったのと同意であろう。分かっていたことではあるが、改めて指摘されると、いかに自分が恥ずかしいことを口走ったのかを思い知らされる。
「乃梨子さんは、私の首に手をまわし、私の顔を引き寄せて唇を」
「――って、ちょっと待って! そ、それは嘘でしょう?」
「いえ、本当ですけれど。まさか乃梨子さん……忘れてしまったのですか?」
 可南子に見つめられて、言葉に詰まる。
 可南子の方から唇を押し付けてきたように思っていたけれど、そう言われてみると、自分が可南子を引き寄せたのかと思い始めてくる。何せ、乃梨子の方からキスしてほしい、というようなことを言ったのだから、そうでないとは言い切れない。あのときは、精神状態もかなり通常とは異なっていたし、本当に可南子の言うとおりだったのかもしれない。いや、そうだった気がしてきた。
「……いや、あの、お、覚えてます。確かに、私が」
 したような気がする、と。
「そう、ですよね。忘れられたらどうしようかと思いました。私、ファースト・キス、だったんですよね」
「え、そ、そうだったんだ」
 驚く反面、嬉しかったりもする。
「それで、どうして私のことを避けていたんですか?」
「えと、だから、可南子さんとキスして、なんとなく気まずいかなって」
「ああ、私が気にしていると思ったんですね。でも、大丈夫です。本当に嫌だったら、私の方が上だったんだから、逃げています。それに乃梨子さんでしたから」
「そ、そうなんだ」
「ええ。これで、私を避ける理由はもうなくなりましたよね?」
 正面から見られて、乃梨子としては頷くしかなかった。しかし頭の中は混乱している。嫌だったら逃げていたということは、逃げていないというのは嫌じゃなかったということか。乃梨子だったからなんだというのか。ひょっとして、まさか、可南子も乃梨子のことを好きだとでもいうのか。
「ふふ、これで安心しました」
 言いながら可南子はピアノの椅子に腰をおろし、蓋をあける。細くて長い指を、鍵盤の上にそっと置くと、容姿と相まってとても絵になる。
「可南子さん、ピアノ、弾けるの?」
「いえ、あまり……ねえ乃梨子さん、私の左の薬指が置かれている音、分かります?」
「え、どれ?」
 問われて見るが、可南子の体が影になって見えづらい。乃梨子は、さらに身を乗り出すようにして、可南子の指を見ようとした。可南子の斜め後ろから、肩の上を越すようにして顔を伸ばす。
 その時。
 可南子の首がわずかに動いたかと思うと、乗り出した乃梨子の唇に、可南子の唇が押し当てられていた。
(えっ…………?)
 離れる。
 唇を指でおさえる。
 驚きつつ見おろすと、可南子もまた同じように唇を指でなぞりながら、ちらりと上目づかいで乃梨子を見る。頬がわずかに赤くなっているのは、見間違いではない。
「……また、乃梨子さんにキス、されちゃいました」
「あの、えと、わたし」
 今のは、可南子がしたのではないかと言いたいが、可南子からすれば、立っている乃梨子が座っている可南子の方に身を乗り出してキスしてきたように感じるのか。だけど、可南子があんなことを聞いてこなければ、また、あのタイミングで振り向かなければ、キスすることもなかったはずで。
 まだ事態をよく把握できていない乃梨子をよそに、可南子は立ち上がり、はにかむ。
「乃梨子さんて、結構、積極的なんですね」
 そんな言葉を残し、かろやかに音楽室を出ていってしまった。
 一人、残される乃梨子。
 唇には、まだ生々しい可南子の唇の感触。
「え……わ……っ」
 腰が抜けたように、椅子に崩れ落ちる。
 はずみで置いた手が、ピアノの鍵盤を弾く。

 放課後、人気のない音楽室に。

 澄んだ高い音色が、響きわたった――

つ・づ・く

 

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