女子高校生のお出かけといえば何が定番なのかは分からないが、今日の主目的はショッピングだ。桂の希望するショッピングビルに足を向け、桂おすすめの店に入る。当たり前だが普段は来ることのない、若い女性向けのブランドショップに戸惑うも、女性向けの服を身に付けているので見慣れ、着慣れてもきている。それに、桂にだったらどういう服が似合うだろうという観点でみることもできる。
「へー、あ、これ可愛いかも」
「え、どれどれっ? あ、うん、可愛いっ、祐紀ちゃんに絶対に似合うよ」
「えー、桂ちゃんに似合うと思うけど」
「瑞穂お姉さまはどう思います?」
「そうねえ、二人ともよく似合うと思うけれど、どちらかといえば桂ちゃんかしら」
「ほら、やっぱり」
「そうなんだぁ。でも、二人に言われると嬉しいなぁ、えへへ」
ワンピースはやっぱりAライン、ふんわりフレアーもいいけれどキュロットも可愛い。リボンがアクセントについているやつは桂の好み、ポンチョ型のカーディガンは可愛いだけでなく色々なコーディネートにも使えそう。
そんな風に楽しんでいると、ふと視線を感じて振り返る。
呆れたような、あるいは感心したような顔のアンリが祐麒のことを見つめていた。
「お前……すっかりハマッてんなぁ……」
「――――っ!?」
そこでようやく、まるで普通の女の子のように女の子物のファッションコーディネートを楽しんでいることに気付いた。
桂と楽しく服を見ながら、内心で激しく落ち込む。いつの間にか女の子としての生活に馴染みつつある自分に気が付いて。
ちなみにほぼ同時刻、瑞穂も試着室の中でorz状態になっていた。
「あ、これアンリさんに似合いそうですっ。アンリさん、すっごく脚が綺麗ですからミニとか似合いますよね」
「うぉうっ、こっちに来た!? いや、ええと……か、桂さんの方こそ似合うと思いますよ?」
「私の場合、テニスもやってて脚も太くなってきちゃってだめですよー」
「そ、そんなことないよ、桂ちゃんくらいの脚の方が健康的でいいって!」
「えぁ? あ、ありがとう、祐紀ちゃん」
思わず力を入れてしまったが、これは本気で思っているし譲れない。世の中ダイエットやら細くなりたいやらで、やたらとガリガリにやせ細っている女性も見かけるが、適度に肉付きがよいほうが健康的な色気があってよいと思うのだ。
もちろん、こうして褒めることによって桂がミニ系を購入してくれないだろうかという下心もあるのだが。
そんなこんなで幾つか店を回って新しい服を購入し、続いて向かったのは下着ショップだった。
赤面しないように気を付けながら店内に入ると、色とりどりの下着群が出迎えてくれる。女の子同士なら下着ショップに来るのも普通だよな、と思いながら恥ずかしい。だが、ありがたくもある。さすがに一人で下着を購入する勇気はまだ持ち合わせていないから。
「祐紀ちゃんも、スポブラばっかじゃなくて可愛いのしようよー」
「うーん、でも、楽だから」
「下着でお洒落するのも楽しいよ。あ、ほら、これ可愛い」
桂に手渡されたブラジャーを手にして考え込む。確かに可愛いのかもしれないが、これを身に付けてよいものだろうか。何か大事なものを失くしてしまうような気がする、今さらだけど。
「ためしに試着してみたら? ね、ほらほらっ」
と、桂に背中を押されて試着室に押し込まれてしまう。
手にしたブラジャーはローズブーケ柄でグリーンを基調とした可愛らしいもの。試着したフリだけすれば良いのだが、生真面目な祐麒は戸惑いつつも服を脱ぎ、スポーツブラを外す。
「……おい、大丈夫か?」
「ひゃうっ!? あ、アンリ、驚かさないでよっ」
丁度、ブラを外して上半身裸になったところ、胸を両腕で隠してアンリには背中を見せる格好である。
「ば、ば、馬鹿、一人で大丈夫かと思ってだな。て、手伝ってやろうか?」
「え、あ、うん」
偽乳をつけていないので、胸は真っ平らだ。そんな状態でブラを装着するのはなかなか合わない。アンリはブラのカップにパッドを重ね入れて調整をしてあげる。
(くぅっ……あ、相変わらず、なんでこんなすべすべの肌で、しなやかな曲線をえがいている背中なんだ……これはシャンプーの匂いか? 髪の毛からも良い香りがするし……)
赤くなりながらアンリは祐麒の試着の手助けをする。
「祐紀ちゃん、出来た? わ、やっぱり可愛い、似合ってる!」
「うわわっ、か、桂ちゃんっ。な、なんで中に入ってくるの!?」
いきなり試着室の中に顔を覗かせてきた桂は、恥ずかしそうに胸を隠している祐麒を見て褒めながら、なぜか自身も試着室に入り込んでくる。ちなみにアンリは素早く退出している。
「もう一つの試着室、瑞穂お姉さまが使用されているから、祐紀ちゃんと一緒でいいかなーって」
「そ、それなら私が出るから、ちょっと待ってて……」
「一緒でいいよ、そしたら見せ合いっこしよ」
そう言って、桂は無邪気に服を脱ぎ始めた。
もちろん寮の部屋で、あるいはお風呂の脱衣場で服を脱いだり着替えたりする場面には何度も遭遇している。
祐麒はアンリから特殊なコンタクトを貰うようにしていて、実はそういうとき、桂に限らず女の子達のあられもない姿をまともに見られないようにしていたのだが。
まさかこんな事態になるとは予想も出来ず、今日は何も準備していない。加えて試着室という狭い密室状態の中、桂は目の前、密着してもおかしくないような立ち位置。するすると無防備にシャツを脱ぐと、つるつるの肌が目にも眩しく現れる。ブラのホックに指をかけるにあたり、祐麒はようやくぐるりと体を回転させて桂に背を向けた。
心臓がバクバクと脈動する。
やばい。早く終わってくれと願う。逃げ出したくても、祐麒も上半身は下着だけの姿なので出るわけにもいかない。
「……あれ、祐紀ちゃんどうしたの、後ろ向いちゃって」
「え、いや、別に。そ、それより試着終わった?」
「うん、終わったよー」
「そう、よ、良かった」
ほっとして振り向くと。
そこには、小花柄レースをあわせたストライプ柄のブラジャー姿の桂。ピンクが肌の色に映えている。ブラのカップのおかげだろうか、ナチュラルな丸胸がメイクされており、小さいけれど綺麗な谷間が出来ている。
祐麒の体が固まる。
「えへへ、どうかな。このブラジャー、いいかも。だってほら、私みたいに小さい胸でもこんな風に綺麗に谷間ができるんだよ」
と言いながら桂は祐麒の手を握ると、谷間を形作っている胸の膨らみ部分に触らせてきた。指先に、桂の柔らかさ。脳の中で何かが弾ける。
「――――ね?」
少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに微笑む桂に。
「…………きゅぅっ」
「え、ゆ、祐紀ちゃん、どうしたの!? え、あわわわわっ!!」
意識を失ってしまう祐麒であった。
幸い、すぐ外にアンリが控えていたので桂が触れてくる前に介抱してもらい、正体がばれるような事態にはならなかった。
「本当に大丈夫、祐紀ちゃん?」
「うん、心配かけてごめんね。大丈夫だから」
「軽い貧血ですので、特に問題はございません」
「でも、今日のお買い物が楽しみで昨晩あまり眠れなかったなんて、祐紀ちゃんも可愛いわね」
「あ、あは、あはははは」
とりあえずの言い訳ということで、そういうことにしているのだ。
祐麒が倒れてしまったということもあり、大事を取って今はショッピングビル内のフードコートに来て休憩している。丁度、小腹もすいてきたところなので丁度良い。
「あ、そうそう、はい祐紀ちゃんこれ」
「ん、何コレ?」
桂に手渡された紙袋を見つめ、首を傾げる。
「祐紀ちゃん倒れちゃったから、さっき試着していた下着セット、買っておいたの」
「あ、ありがと、あはは……」
嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになる。桂が優しくて友達思いで良い子なのは間違いないのだが、だからこそ時に胸が痛く、申し訳なくなる。
「それじゃあ私、飲み物買ってくるね」
「あ、じゃあ私も……」
「祐紀ちゃんはまだ復活したばかりなんだから休んでて」
「わたしが一緒に行きましょう」
アンリが立ち上がり、桂とともに人ごみの中に消えて行く。
残されたのは祐麒と、隣に座っている瑞穂。
「桂ちゃんは本当に良い子ね」
「はい、私なんかには勿体ない友達です」
友人のことを褒められると嬉しくなる。桂は、「わたしなんて」とか自分のことをあまり高く評価していないが、もっと沢山の人に可愛がられてもおかしくない。あ、でもそうすると自分と一緒にいる時間が減ってしまう、なんてことを考えると今のままでも良いかと思ってしまう。
そんなことを考えていると、横から視線を感じてハッとする。
「ふふ、祐紀ちゃんは表情が豊かで見ていて飽きないわね」
「うわーっ、や、やめてください、恥ずかしい」
瑞穂の視線が温かいものであればあるほど、恥ずかしくなる。どうしてこう、もう少し周囲のことに気が配れないのか。
「私も、祐紀ちゃんと桂ちゃんのような、素敵な友人関係を築けると良いのだけれど」
「瑞穂お姉さまなら、仲良くなりたいと思っている方は沢山いると思いますけど」
「でも、やはり三年生からの編入でしょう。なかなかねえ」
「きっと瑞穂お姉さまが美人で完璧すぎるから、近寄りがたいんですよ」
「あら、それじゃあ祐紀ちゃんや桂ちゃんはどうなのかしら?」
「え、あ、わ、私たちは、お姉さまのお世話係ですし」
「じゃあ、お世話係にならなかったら、私になんか近づいてこれず、話しかけてもくれなかったのね? 悲しいわ……」
「えぁ、あぅ、わ、そそそんなことないです、だって、その」
「ふふっ、冗談よ」
ふんわりと微笑む瑞穂に、顔が熱くなる。
もちろん、心の奥では瑞穂がそんな意地悪するはずがなく、ちょっとからかってきているだけというのは分かっているのだが、緊張してどうしてもテンパってしまう。
(ふふ……祐紀ちゃん、可愛いなぁ)←瑞穂タンの心の声
「え、な、何か言いましたか?」
「ううん、あ、桂ちゃんたちが戻ってきたわよ」
瑞穂の言葉に顔を上げてみれば、確かに桂とアンリが並んで歩いてくる姿が見えた。二人ともトレイに何かを乗せており、飲み物と簡単につまめるものでも買ってきたのだろう。
「お待たせしました~っ」
テーブルの近くまでやってきた桂だったが、不意にバランスを崩した。足元に落ちていた紙コップを踏んで滑ったのだ。
「うわぁっ!?」
勢いよくつんのめる。
トレイの上に乗っていたドリンクが吹っ飛び、正面に座っていた祐紀と瑞穂にぶっかかる。さすがの瑞穂も、これを避けることはかなわずモロにかぶってしまう。
「ひゃわぅっ、つ、冷たいっ!?」
氷が隙間から胸の中にも入り、思わず飛び上がる。
「あわわわわっ、ごごごごごめんなさいっ!! わ、私ったらなんてことをっ!」
立ち上がった桂は目の前の惨状を見て、慌てふためく。
「も、申し訳ありません瑞穂お姉さま! わ、私、わた……」
あまりの粗相にパニックに陥り、みるみるうちに桂の目から涙が溢れ出す。そんな桂を見て瑞穂は立ち上がり、そっと歩み寄って桂の頭を優しく撫でた。
「桂ちゃんは怪我していない? 勢いよく転んで、どこか打っていないかしら?」
「え、あ、わ、わたしは、全然。げ、元気なだけが取り柄ですし」
「そう、良かった。服は汚れても着替えればなんともないけれど、桂ちゃんが怪我しちゃったら、大変だもの。本当に、良かったわ」
「みっ……瑞穂お姉さまっ……ううぅ、ごめ……ごめんなさい」
「もう、だからもう謝らなくていいのよ」
「そうだよ桂ちゃん、私も平気だし、ね?」
祐紀も慌てて桂の側に寄り、泣いている桂を一生懸命に慰める。
確かに服は濡れてしまったが、瑞穂の言うとおり桂が怪我をしていないことの方がよほど重要だ。そして、なんの躊躇もなく言い切った瑞穂はさすがだと思った。祐麒だって、さすがにジュースをぶちまけられた時は、咄嗟に自分のことの方を心配してしまった。瑞穂の行動を見て、恥ずかしくなった。
とはいうものの、現実的に服もどうにかしなければならない。さすがに四人分のドリンクをまともにかぶり、服の表面だけでなく中にまで入り込んでしまっている。ドリンクも、コーヒーにオレンジジュースにコーラにクリームソーダと、色も付着すれば匂いもつき、さらにべたべたする。このままでいるというのはさすがに厳しい。
どうしたものかと思っていると。
「タオルを用意しましたので、瑞穂さまと祐紀さんはお手洗いで着替えてきたらよいでしょう。ちょうど、本日購入した品がありますから」
と、冷静な顔をしてアンリがタオルを差し出してきた。確かに、荷物はテーブルの下に置いてあったしブランドのビニール袋に入れられているので直接の被害はない。
改めて自分の服、そして瑞穂の状態を見る。このまま帰るという選択肢は、どう考えても無かった。
とゆうことで、瑞穂と二人で女子トイレに入り、汚れた服を脱いで体を軽く拭き、購入したばかりの服に着替える。ちなみに、下着の方までジュースで汚れてしまったので、結局は丸着替えということになった。
そして。
「わぁ、祐紀ちゃん可愛いっ、やっぱりとてもよく似合ってる! 瑞穂お姉さまも素敵ですっ、って、私がはしゃぐ立場じゃなかったですね」
「い、いいよ桂ちゃん。ちょっと着るのが早まっただけだし、ね」
シャツの上からスタジャン風パーカはグレーを基調としながら袖や裾にブラックのラインが入って引き締め、一方でフードの裏などはピンク色のポップなチェック柄がキュートな感じ。三段フリルのミニスカートもピンクのチェック系。
今日の服は桂セレクトでミニスカ祭りになっていたのだ。確かに可愛いセレクトであるのだが、脚が、太もものあたりが心もとなさすぎる。歩いていても、いつもみたいに大股で歩くことなんて、とてもではないが出来やしない。
恥ずかしくてたまらないが、良いこともある。
ちらりと目を向ける先には瑞穂。
祐麒と同じように汚れてしまった服から着替えたのは、アーガイルのサマーセーターに、シフォンとプリーツがラブリーなセットアップ。これも膝上丈のミニで、プリーツとレースがひらひらしていて可愛らしい。桂が強烈にプッシュして瑞穂に買わせることに成功した一品で、そんな瑞穂の姿を見られるだけでも幸せというものである。
瑞穂も普段ミニ系は履かないようで、少し恥じらっている様子というのもまたたまらない。優しいながらいつも凛としている瑞穂だけに、普段と異なる姿を見ることが出来ている優越感みたいなものもある。
四人で色々とお喋りしながら寮へと続く道を歩く。
既に夕刻、陽は傾き空は茜色に染まっている。
「アクシデントもあったけれど、今日は楽しかったわ。桂ちゃん、祐紀ちゃん、誘ってくれてありがとう」
「いえ、そんな。本当に今日は申し訳ありませんでした」
ぺこぺこと頭を下げる桂。
いくら気にしなくても良いと言われたところで、そういうわけにはいかないのである。
祐麒としても、着替えというハプニングこそあれど非常に楽しい休日を過ごすことが出来た。その内容が、女の子らしいものだということに後で落ち込むとしても、親しい友人、素敵な先輩、不思議な同級生に囲まれての一日は充実したものだった。
そうしてやがて、間もなく寮の玄関先に辿り着こうかというところで。
「――――わっ!?」
「きゃっ!」
ちょうどそこは、寮の建物が作り出す強風ポイントだった。
「うわわぁっ!?」
咄嗟に、翻るスカートの裾を手で抑える。
隣を歩いていた瑞穂も、咄嗟にスカートを抑えるが。
前はかろうじて隠せても、後ろは隠しきれない。しかも今日はフードコートでのアクシデントのせいで、普段履くようにしているボックスショーツから、購入したローライズビキニのパンティに履き替えている。
瑞穂もやはり下着も着替えていて、フリルをあしらったダブルストリングのパンティ。
「や、やば、だ、誰も見ていないよね……って」
真っ赤になりつつ、スカートを抑えたまま慌てて振り返ってみると。
大量の鼻血を噴出させて地面にうずくまっているアンリと、鼻血こそ出していないもののやっぱり鼻を指でつまんでしゃがみ込んでいる桂の姿が。
アンリは祐麒の『パンチラ』のお尻を、桂は祐麒と瑞穂のを真後ろからモロに目撃してしまったのだ。
「ちょ、あ、アンリっ!? 桂ちゃんっ!?」
「やだ、二人とも大丈夫ですか?」
とりあえず鼻血の止まらないアンリの前に駆け寄る。手を血に染めながら、顔をあげるアンリ。すると、両ひざ立ててしゃがみ込んだ祐麒のスカートの奥に目が吸い寄せられ。
「――――ぶはっ!!」
「ええええええっ!? て、あわっ」
更なる大量出血。
祐麒もその原因に気が付き、立ち上がる。
結局、アンリは大量出血により翌日一日、安静となった。
ちなみに桂は。
「えへへ、瑞穂お姉さまと祐紀ちゃんのパンチラ見ちゃった~」
「ちょ、か、桂ちゃん、誰にも言わないでよ、秘密にしてよ?」
「えー、どうしよっかなぁ」
「お、お願いしますぅ」
「じゃあ、今夜、祐紀ちゃんのベッドで一緒に寝ていい? そしたら、内緒にしたげる」
桂としては特別なことなく誰にも言う気はないということなのだろうが、祐麒にとっては辛くて嬉しくて厳しいお願いなのであった。
――――そして、瑞穂は。
「うぁぁ……スカートがめくれたからって、『きゃぁっ』って、『きゃあっ』って……」
自分のあげた咄嗟の悲鳴に、いつものごとく自室にて『orz』と凹んでいるのであった。