暑い、とにかく暑かった。
ここ数年、とにかく暑い夏は続いている。これも地球温暖化のせいかのかと、ぐったりとしながら祐麒は考える。
エアコンのない学校というのは、どうしてこう、地獄の様相を呈してくるのだろうか。この状態の中、勉強を真面目に受けろというのは、一種の拷問ではないかと思える。
「しかし、本当に暑いな」
下敷きを団扇代わりにして温い風を送る。
何もしないよりはマシ、というくらいに気は休まる。
「まあな。でも、暑くて良いこともある」
「なんだよ、それ」
「決まっているだろ。薄着になる女子、露出する肌、透ける下着! これこそ夏の醍醐味だろうが!」
小林が、全く悪びれもせずに言ってのける。すぐ側に由乃と蔦子がいるというのに、なかなかの強者である。
まあ、由乃も蔦子も、また小林が変態発言をしている、とか言いながら細い目で睨んでいるものの、いつものことだと慣れっこになっているのも事実である。何せ、毎年夏になると同じ発言をしているのだから。
そんな、夏休みを目前に控えた、ある日のこと。
学期末試験が終わり、その後に執り行われる球技大会も終了し、授業は午前中のみになっていた。
午前の授業を終えて帰宅しかけた祐麒であったが、学校に忘れ物をしたことに途中で気がつき、引き返していた。その、学校へ戻る途中で、突然の雨に見舞われた。
「うわっ、なんだよこれっ!?」
スコールとでもいうのだろうか、先ほどまで晴れていたように思えたのが、いきなり激しく降り注ぐ雨。地球温暖化が引き起こしているのか、ゲリラ豪雨という、天気予報でも予測が難しい、局所的な激しい雨が最近は多いと聞くが。
雨をしのぐような場所もなく、ただ学校目掛けて走るしかないが、学校についたときには上下ともに制服はびしょぬれになってしまっていた。
「最悪だ……」
外を見れば、徐々に雨足は弱まってきている。本当に一時的なにわか雨のようで、最悪のタイミングで戻ってきてしまったようだ。
「君、そんな格好のまま校内をうろつかないようにね。ちゃんと体拭いてから中に上がること」
たまたま通りかかった教師に注意されるものの、どこで体を拭けばいいものか思案する。クラブにも所属していないから、部室棟を使用できるわけでもないし、困ったものだと頭をかきながら、とりあえず下駄箱から出る。
小雨にはなっていたが、雨はまだ降り続いている。しかし、今さら濡れたところで何も変わらないと、雨を浴びながら諦めたように歩いてゆく。
「ってゆーか、そう考えると拭く場所なんてないじゃん。こりゃもう、教室までダッシュするしかないか……お」
そこで、足が止まる。
視線を横にずらせば、目に入ってきたのは保健室の窓。よく見てみれば、窓に鍵はかかっていないのが分かる。
室内を見回してみても、人の姿は見られなかった。確か、保健の先生は産休に入っていて、まだ代わりの先生が見つかっていないとか言っていた気がした。
周囲に人の気配がないことを確認すると、祐麒は窓を大きく開けて縁に手をかけると、勢いよく体を持ち上げた。
さすがに靴だけは脱いで、保健室内にそっとおりる。
保健室にタオルが置いてあることは知っていたので、適当に棚を開けてタオルを見つけて頭からかぶる。
シャツを脱ぎ捨て、Tシャツも脱いで上半身裸になり、体を拭く。ズボンをどうしようかと考えたが、こちらも完全に水分を吸い込んでいたので、脱いで拭いてしまおうと思った。
どうせ放課後で、生徒もあまりいないはずだと、ベルトを外してズボンを下ろしかけたところで。
保健室に設置されているベッドを取り囲むように閉じられていたカーテンが、不意に開いた。
「ん……少し寝すぎたかしら。しかし、暑いわね今日も」
中から姿を現したのは、明らかにリリアンの生徒ではなかった。
白いブラウスに黒のタイトスカートを身につけた、大人の女性。それまで寝ていたのか、乱れて首筋にはりついた黒髪とか、少しはだけた胸元とか、わずかに汗ばんで光る肌とかが、やけに艶めかしく見えた。
「エアコン弱いのかしら……って、え?」
手にしていた眼鏡をかけてから、ようやく彼女が祐麒の姿を視認したようだ。上半身裸で、尚且つズボンを下ろしかけの祐麒の姿を
「君、何してんの?」
眼鏡の位置を正しながら、女性が訝しげな声と表情で、聞いてくる。女性の方は平静なようであったが、祐麒はそうはいかなかった。何せ、年頃の男である。目の前の女性は、知的な雰囲気を漂わせた、目元涼しげな美女。妙齢の美女に心構えもないうちに半裸の姿を見られば、動揺だってしてしまう。
「いやっ、その、タオルを借りようと、とっと」
脱ぎかけのズボンに、足が引っかかる。
「うわっ、ちょっと!?」
バランスを保とうとするが、そのまま片足けんけんの格好で、前のめりに女性の方に突っ込んでゆく。
逃げようとした女性だったが、すぐ後ろにベッドがあり、逃げることができなかった。
「きゃあああっ!?」
倒れかけた祐麒を受け止めるようにして、もつれあいながら二人してベッドに倒れこむ。
「ちょ、ちょっと、なんなのよ!?」
「うわあ、す、すみませんっ」
「ど、どいてちょうだい……って、うわっ」
女性が祐麒を押しのけて、起き上がろうとするが、脱げかけた祐麒のズボンに足がからまって、うまく抜け出せずにまた倒れる。
そんな混乱の状況の中。
「わーお、衝撃的展開。どきどきシャッターチャンス??」
保健室の入り口の方から、別人の声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと、何、写真撮っているのよっ!?」
「いや、なんでって言われても、こんな衝撃的シーン、撮っておくしかないでしょう。激写、激写。激写ガール」
訳の分からないことを言いながら、色々な角度からデジカメのシャッターを押していく謎の人物。
「いや、凄いわコレ。まさかリリアンでこんな光景を目にしようとはね、さすが外部生は違うわね。エロエロ保健医、白昼から男子生徒をベッドで手篭めに!」
「ち、違うってば!」
「あのね、そんな裸の男の子の上に馬乗りの状態で、何が違うと?」
「これは事故よ!」
「それに、なんか二人とも濡れ濡れでエロいし」
「違うっての!」
祐麒の上で、もがく女性。
はずみでその細い指が体の上で蠢き、なんともいえない感覚を祐麒に送り込んでくる。というか、かなりヤバイ状態になってきた。
もう一人の女性は前方にまで回りこんできて、シャッターを押しまくる。
「痛っ、ひ、膝が! 潰れる!」
「え、何が。やだ、足が外れないんだけど。江利子、なんとかしてよっ」
「え、いきなり3ぴ」
「だーーーーっ! ちがーーうっ!!」
混沌とした状態をどうにか乗り越え、二人の女性と対峙する。ズボンははいているが、上半身はタオルを肩から巻いている格好である。
隣には眼鏡の女性が椅子に腰掛け、二人の前に、最後に現れた女性が立って見下ろしている。
「……で、二人の関係はいつから始まったの?」
「始まってない!」
「てゆうか、景ちゃん赴任して三日目よね。手ぇ早いわねぇ」
「だから、何もしていないっての!」
「コレ見て、誰がそう思うかしらねぇ?」
「うぐ……」
言いながら見せられたのは、デジカメのスクリーンに映された二人の映像。ズボンが脱げかけてほとんどパンツ一丁の祐麒の身体の上に、着衣の乱れた女性がのしかかっている体勢である。
特に斜め前方から撮られたアングルは秀逸で、角度的に祐麒のパンツが隠れて見えず、しかも(雨で)肌が濡れて光を放ち、いかがわしい行為に及んでいるように見えなくも無い。他にも色々な角度から撮られていたが、全てに関して共通して言えることは。
「どう見たって、景ちゃんが襲っているようにしか見えないわよね」
上下関係が反対なら、飢えた男子生徒が襲い掛かっているように見えたかもしれないが、現実は変えられない。
祐麒は改めて、二人の女性を見る。
眼鏡をかけた女性は、産休に入った前の保健医に変わって赴任してきた新しい保健の先生で、加東景。今は乱れた服装もきちんと直し、白衣を着ている。
もう一人はどこか妖艶な雰囲気を漂わせている、これまた美女。薄ピンクにシルバーラメの入ったベアトップに、Aラインシルエットの半袖透かし柄ニットカーディガンをあわせ。下はリボンベルト付きのキュロットパンツに、ニーハイソックス。そんな可愛らしい格好をしているが、れっきとした学園の教師の鳥居江利子。この後景と街に繰り出す予定があったため、学校に着ていた服から着替えたらしい。
「これが世間に流出したら、どう思われるかしらね~」
「ちょ、ちょっとやめてよ! 不況下の中、ようやく掴んだ仕事なのよ!?」
「うふふ、どうしようかしらねぇ」
「な、何よ。何が欲しいの?」
赴任したばかりの景はもちろん、江利子とも今まで授業で関わることがなかったが、この短い時間で、なんとなく二人の性格は見えてきた。
「そうねえ……あら」
それまで景と話していた江利子の目が、不意に祐麒に向けられた。途端に、悪寒が駆け抜ける。
舌なめずりするような感じで、祐麒の身体を全身くまなくねめつける江利子。
「ちょっと君、立ってみてくれる?」
「は?」
何故、と思いながらも素直に立ち上がると、江利子はつかつかと寄ってきて祐麒の隣に立った。
「ちょっと江利子、何するつもり? この子は関係ないでしょう」
「いいから……君、なかなかいい体しているわね。何かスポーツでも?」
「いえ、今は特に。中学時代は野球を……って、ひゃあっ!?」
いきなり腕をつかまれ、さらに脇腹をつつかれて身悶えする。
「うん、まだ成長しきっていない少年の肉体。私、筋肉ムキムキって好きじゃないから、これくらいの方が」
「江利子、セクハラよ」
景に反対側の腕をつかまれ江利子から引き離されるが、どちらにせよ匂い立つような女性の香りに、クラクラしそうになる。
景と江利子、二人から共通して感じるのは、色気。
江利子の場合、キュートな服装をしているが、ベアトップからはみ出した胸の膨らみや鎖骨のライン、ミニのキュロットから覗いて見える太腿など、間近で見せ付けられるような形になると、年頃の男子高校生としては目のやりどころに困る。
一方の景の場合、白いブラウスにタイトスカートと、ごくきちんとした服装なのだが、僅かに開いて見えるブラウスの首周りや、スカートから伸びたストッキングに包まれた細い足、更に白衣や眼鏡といった小物が、言いようの無い色気を放っているのだ。
「何よ、エッチしていた景ちゃんに言われたくないもーん」
「だから、まだしてないっての」
「ふーん、『まだ』ねぇ」
「揚げ足とらなくていいからっ!」
二人のやり取りは続くが、挟まれている格好の祐麒としたらたまったものではない。そそくさと逃げ出そうとしたが。 「こら待ちなさい、どこへ行こうとしているの」
「いえ、もう帰ろうかと」
「ちょっと、その前にお願いがあるんだけれど」
江利子の言葉に、立ち止まる。
「お願い?」
「そ。君、私の絵のモデルになってくれない? とゆうか、なりなさい」
五秒前のお願いが、一瞬にして命令になった。
しかし、絵のモデルとはどういうことだろうと、聞けば簡単なお願いのはずなのに、生まれてこのかた経験もしたことがないから、考え込む。
「絵のモデル……ですか?」
「そう。私が美術教師だってことは知っているでしょう? 授業とは別に、プライベートな絵のモデルになって欲しいのよ」
「はあ……それくらいなら」
と、言いかけたところで。
「馬鹿! 貴方、安請け合いしちゃだめよ! この女のモデルになんてなったら、とんでもない目にあうんだから!」
「えー、どうして? 景ちゃんの『豹柄下着 ネコ耳&尻尾付き』超可愛かったじゃない」
「ぎゃーーーーっ!! せっかく忘れようとしていたんだから言わないでよっ!!」
真っ赤になって叫ぶ景。
江利子の言葉を心の中で反芻する祐麒。この、見るからに真面目そうな景が、そんな格好を……
「あ、この子今、景ちゃんの『豹柄下着 ネコ耳&尻尾付き』の姿を想像しているわよ」
「ええっ、ちょ、やめなさい君っ!」
「無理無理、なんたって男の子、だもんねぇ」
小さく舌を出して笑う江利子。
「まあ何にせよ、君に拒否権はないから」
「え、江利子。いくらなんでも、生徒に対して横暴じゃ」
「何、人事なのよ。もちろん、景ちゃんもよ」
「ええええっ!!」
当然のように言い放つ江利子。景は色々と反論をしているが、どう見たって景の方が不利であろう。
「あなたも何とか言いなさいよ! いいの、こんな女にいいように玩具にされて」
「あら、断るの? 断ってもいいけれど、その場合さきほどの画像が流出しちゃうわよ。そうなると、困るのはどちらかしらねー」
「ぐっ……」
言葉に詰まる景。
祐麒だってもちろん困るが、倫理的には大人である景の方が圧倒的に困るだろうし、何より女性だ。祐麒は少しだけ考えて、結論を出した。
「分かりました、絵のモデルをすればいいんですよね。受けます」
「え、ちょっと君。い、いいのよ無理しないで。どうせ本気で画像を流すつもりなんて江利子には……」
江利子の表情を見る。にやにやと笑っている。
どう見ても、本気にしか見えなかった。
「まあまあ、そんな暗い顔しないで。役得もちゃんとあるから」
「役得……?」
「そう、役得」
次の瞬間、江利子は左手を腰にあて、右手を前に突き出すようにして、決めポーズをとった。
「何しろ今回はヌードだからね。どうよ少年?」
得意げに一人で頷く江利子。
「ぬ」
一瞬、静まり返る保健室であったが。
「でっ、できるわけないでしょーーーーがっ!!!」
直後、景の怒声が、保健室に響き渡るのであった。
その後、何度か江利子と景の間で応酬が交わされ、健全な格好であることを条件にモデルを受け、夏休みになったら開始することで合意が得られた。モデル代も出すということで、祐麒にしてみれば今働いている喫茶店以外にもアルバイトを増やそうか考えていたところなので、ある意味、丁度よかった。
もっとも、景の方はいつまでもぶつぶつと暗い声で呟いていたが。
そうこうしているうちに、随分と時間が経ってしまった。慌てて教室に戻って忘れ物を手に取り、再び取って返す。
下駄箱で靴を履き、外に出ると雨はすっかり上がり、また夏の太陽が光り輝いていた。
雨が降っていたせいか、グラウンドで活動する運動部の姿も見えず、生徒の姿はほとんど見えなかった。普段、沢山の学生がいる学校を見慣れているだけに、物静かな学校というのは少し、不思議な感じがした。
「どうしたの、福沢くん?」
立ち止まり、そんなことを考えていると声をかけられた。
「あ、水野先生。いえ、ただ暑いなぁって」
職員用玄関の方向から歩いてきたのは、蓉子だった。手にジャケットをかけ、鞄を肩から提げているから、帰るところなのだろう。
「そうね……ってどうしたの祐麒くん? シャツもズボンも、酷いじゃない」
「ああ、これは」
「ま、まさかイジメ!? だ、だ、誰にやられたの? お姉ちゃんに言ってごらんなさい、祐麒くんいじめたら、私が許さないんだから!」
「ちょ、ちょっと蓉子さん、落ち着いてっ」
いきなり興奮する蓉子。
どうも、学園で祐麒と再会してからというもの、昔の『おねえちゃんモード』が蘇ってしまったらしい。
そのこと自体は、恥しくもちょっとばかり嬉しいのだが、公衆の面前で発動することだけは避けて欲しい。幸い、今は周囲に人はいなかったが。
慌てて祐麒は、通り雨に見舞われたこと、保健室でタオルを借りたことなどを話して聞かせた。まだ、完全に乾いていないから、上下ともごわごわしているだけだと。
「そう……江利子と景さんに……変なこと、されなかった?」
「な、何もないよ?」
保健室での出来事や、絵のモデルのバイトのことは話していない。蓉子が知れば、また複雑な事態になりそうだったから。
「それより、蓉子さんと鳥居先生や加東先生って、前からの知り合い?」
他に人もいないということで、祐麒の口調も昔のものに戻っていた。
「腐れ縁、かしら。私と聖と江利子はリリアンで一緒に育って、景さんは大学で聖と知り合って。まさか、教師となっても再会するなんてね」
軽く、肩をすくめる蓉子。
「確かにすごいね……それより蓉子さん、今日はもう帰るんだよね? それじゃあさ、一緒に帰ろうよ」
「えっ……」
なぜか、目を丸くする蓉子。ひょっとして、迷惑だったのだろうか。もしかすると、この後、恋人か何かと約束でもあったのか。蓉子は若くて美人だし、そういう相手がいてもおかしくない、むしろいる方が自然に思える。
そう考えると、少し胸が切なくなる。何せ、初恋の相手なのだから。
しかしながら、蓉子は。
「そ、そ、それってもしかして、ででででーとのお誘いなのかしら? そんな、でも私と祐麒くんは教師と生徒な関係なわけで、あ、でも生徒とコミュニケーションを取って距離を近くするのは大切なことだってマニュアルにも書いてあったし、もしここで断って祐麒くんに深い傷をつけてしまったら私の責任なわけで……」
何やら、横を向いてぶつぶつと呟いている。太陽の光を浴びているせいか、その横顔はやけに赤いように見えた。
「えっと、あのー、都合が悪いようなら別に」
あまり困らせても悪いと思い、祐麒の方から切り出そうとした。
「わ、悪くないから」
腕を強い力でつかまれる。
今日はやけに、腕をつかまれる日だなと思いながら、蓉子に目を向ける。目に入ってくるのは、朱色の蓉子の頬、ブラウスの鮮やかな白、ブラウスを透けて見えるブルーの下着。
「――ぶっ!?」
夏となれば仕方ないものだと分かっているが、それでも気になるものは仕方がない。身体を離そうとするが、蓉子はやけに強い力で祐麒の腕をつかんで話そうとせず、まだ小声で呟いている。
「で、でも、他の生徒や先生に見つからないようにしないと、そう、別に隠れているわけじゃないわ、一人の生徒ばかり贔屓していると誤解されないようにしないとね、そうよ蓉子、祐麒くんを守ってあげるのはやっぱり私が」
「蓉子さん、大丈夫?」
「だ、だだだっ、大丈夫って、その、確かに今日は大丈夫な日だけれど、い、いきなりそんなっ……!!」
更に顔を赤くする蓉子。先ほどから挙動不審だが、本当に大丈夫だろうか。
「そ、その、やっぱりちょっと早いというか、あ! でも別に嫌だとかそういうわけじゃただ倫理とか色々」
「おーっす、何々、二人して夜のご相談?」
「痛いっ」
「きゃあっ!? せ、聖っ」
後ろからいきなり頭を叩かれ、振り向いてみればそこには聖の姿。真夏だというのにパンツスーツでジャケットも持ち、バッグを提げたきっちりとした格好の蓉子とは正反対に、手ぶらで、シンプルなグリーンのTシャツにブーツカットのデニムという、教師というよりは大学生といった方が通じそうなスタイル。
「蓉子、学校の敷地内では遠慮しといた方がいいよ~。ほら、教頭とかうるさいじゃん。なあ、祐麒?」
なあ、と訊かれたところで、何が『なあ』なのかもよくわからない。とりあえず、曖昧に頷いておく。
「ちょっと聖、なんであなたが祐麒くんのことを『祐麒』なんて呼ぶのよ」
「え、なんでって、だって祐麒は祐麒でしょ?」
「そ、そうだけど、そんな、名前で呼ぶなんて」
「そんな細かいこと気にしない、第一、蓉子だって呼んでるじゃん、『祐麒くん(ハアト)』って」
「そんなこと、言ってません!」
「そんなことよりさ、いい店知ってんだ、一緒に飲みにいこーぜー」
聖に、首根っこをつかまれる。
今日は本当によくつかまれる日だと思った。
「せ、聖っ。貴方、学生をどこに連れて行こうっていうの」
さっさと歩き出す聖と、つられるように進む祐麒を、慌てて追いかけてくる蓉子。
「堅いこと言わないでよ、それにさほら、蓉子だって都合がいいでしょ?」
「何がよ。高校生にお酒を飲ませて都合の良いことなんて、ありません」
腕を組み、当然のことを口にする蓉子。
しかし聖は笑う。
「ほらー、アルコール入った方がさ、お酒の勢いで、って言い訳できるじゃない蓉子も」
「言い訳って……」
「だいじょーぶだいじょーぶ、あたしは祐麒を酔わしたら消えるから。そのあとは蓉子の好きなように……」
聞き捨てなら無い台詞のような気がするが、口をはさむと逆に悪い方向に加速しそうだったので、黙っていることにした。
明らかに聖は蓉子のことをからかって楽しんでいるのだが、蓉子はそれにも気づかずに懸命に対処している。
普段、大人びている蓉子のそんな姿が、やけに可愛らしく見える。
「そ、そんなこと、しないから! 祐麒くんは、そんなふしだらな子じゃないもん!」
「そんなことないよなー、祐麒だって男だもんなー」
「いやー、その……」
夏の太陽の下、三人の影がゆっくりと校門を過ぎてゆく。
夏はまだ、始まったばかり。
祐麒の夏は、これから幕開く――
<判明ステータス>
加東 景 (new) ・・・ 保健医、眼鏡
鳥居 江利子 (new) ・・・ 教師
水野 蓉子 ・・・ 教師、お姉さん、妄想癖?(update)
<発生イベント>
景 『キケンな保健室』