(う、ううぅ~~っ、か、桂さんったら…………っ!!)
突然のことに硬直していた志摩子だったが、スマホに桂からメールが届いたので開けて見て、内心で思わずつぶやく。
『これから後は福沢くんと二人で頑張って!! ふぁいとだよ、志摩子さんっ!』
今日の買い物のことだってそうだ、志摩子は兄の誕生日が近いと呟いただけなのに、いつの間にか祐麒達を誘って買い物の約束を取り付けていた。志摩子に事前の相談もなく勝手に動いて勝手に押し付けていく。
(ううん……桂さんは私のことを思ってしてくれているのよね。私一人じゃあ、こんな風に休日にお誘いなんて出来る筈もないし、文句を言うなんて筋違いだわ)
何故かわからないが、桂には志摩子の気持ちを悟られてしまっているようだった。普段はそういう感情を表に出さないように気を付けているのだが、静を相手するときにどうしても感情がささくれ立ってしまうのを抑えきれていないせいだろうか。
「……大丈夫、藤堂さん?」
「えっ? あ、はい、あのごめんなさい、なんか、こんなことになっちゃって……」
慌ててスマホをバッグにしまい、祐麒に顔を向ける。階段を駆け上がってきたときの呼吸の乱れは落ち着いてきたけれど、今度は別の要因で心臓の鼓動が速くなってくる。もっと事前に作戦を練れていたならばどうにかなっただろうし、また学校のような場であればこんな緊張しなくてすむのだが、休日に二人きりという状況が志摩子をテンパらせる。
「いや、なんか桂さん凄いね。てゆうか、俺こそいいのかな、お兄さんのプレゼント、良いものが選べるかな」
「そ、それは、大丈夫かと」
正直なところ、兄に贈るものなど例え不細工な粘土細工であろうと喜んでくれるのは分かっており、何でも良いのだ。
「でも、なんだったら桂さんが追いついてくるの待とうか?」
「え? あ、でもあのお店、注文受けてから作るみたいで時間がかかるらしいし、待っていると時間、なくなっちゃうから」
ここでさすがに頷くほど、志摩子も弱くはない。せっかく桂が作ってくれた機会なのだ、無駄にしては友達として申し訳ない。そう、志摩子にとって桂はとても大事な友人なのだから。
「それじゃ、俺達でプレゼントは決めちゃおうか」
「は、はい……」
「…………」
話が切れる。
こうゆう時、今まではいつも桂が話をつないでくれていたが、志摩子は気の利いた話題をうまく出すことが出来ない。学校の話題なら共通するし間違いないだろうが、せっかく休みの日に学校の話題もどうだろうかと思い悩んでしまう。そうしてぐずぐずしていると、余計に話を切り出しにくくなる。志摩子は、そんな自分の愚図なところが嫌いだった。
「でも、ちょっと意外なんだよね。藤堂さんと桂さんて、どうして仲良くなったのかって。何かきっかけがあったの?」
「あ……はい、ええと、中学の時に」
「同中? あ、同じクラスだったとか」
「いえ、同じクラスになったことはないんですけど……」
「部活とか?」
「そんな、私、テニスなんかとても出来ないし」
「じゃあ、委員会……」
首を振る。
「ますます謎めいてきたな……四月の時点で、もう仲良かったよね。ということは高校に入ってからというわけでもなく……あ、言いたくなかったら別に言わなくてもいいんだからね?」
まずい、気を遣われている。
でもどうしようか、志摩子は迷う。迷うけれど、祐麒にだったら話して良いとも思う。
「……じ、実は、私、中学の時、ぼっちで…………」
「――え? 藤堂さんが?」
「は、はい。私、お友達を作るのが下手で……自分から話しかけるのも苦手で、そのうちに女子ってグループが出来るじゃないですか? 私はどこにも属すことができなくて。別に、一人が嫌だってわけじゃないですし、苛められていたわけでもないんですけれど、時々やっぱり寂しくなるというか、体育とか班活動とか、余りものになっちゃうときは少し悲しくなって」
思い出す、小学生、中学生時代のこと。
なぜか分からないけれど、腫れ物に触るような感じで周囲の女の子からは見られていた。クラスのリーダー的な女子に呼び出されて、誰それ君の気を引くようなことはやめてほしいとか、全く身に覚えのない警告を受けたりもした。
「そんなだから、よく図書室にこもっていたんです。早く家に帰っても特にやることないですし、図書室なら本が読めますから。そんなある日……図書室に桂さんが駆けこんできたんです」
つい、くすっと笑ってしまう。そう、あれは中学三年生の時。
何事かと思って顔を上げたが、桂と面識などなく、志摩子は驚きつつも本を読むことに集中した。桂は頭を抱えながら棚の間をうろうろし、『こんな課題、絶対に明日までに終わらないよ~、うわ~ん』、なんて言っていた。大変そうだとは思ったが、志摩子に出来ることなど何もない、そのまま本を読み続けていたのだが。
「――――あっ、藤堂さんっ!」
「きゃっ!?」
いきなり自分の名前を呼ばれて驚いた。
「え……と、え、あの、なんで私のこと……」
「えー、そりゃ知っているよ、藤堂さん滅茶苦茶綺麗だし、頭も良いし」
綺麗だというのは良くわからなかったけれど、頭が良いというのは、期末考査の成績上位者の氏名がいつも貼り出され、志摩子は大抵は五番目以内に入っていたから分からなくもなかった。
「あと、おっぱいも大きいし」
「――――っ!?」
赤くなって、慌てて胸を腕で抑える。
「体育の時、いつも思っていたんだよね、一度触ってみたいなー、ふかふかだろうなーってさ」
「あああああの」
「あ、ごめんなさい、そうじゃなくて……そそそそそそうだっ、それどころじゃないのっ、お願いです助けてくださいヘルプミー!」
「な、な、何が、ですか?」
「何がって、これが酷いんだよミッチーたらさ、絶対に終わらないような量の課題をあたしに出してさー、ちょっと遅刻して早弁した後に居眠りしちゃっただけなのに」
いや、それだけやれば及川先生も怒るだろうと思ったが、そんなことを初対面の人に言う勇気は無かった。
「えー、酷いな、初対面じゃないよー。さっきも言ったじゃん、体育の時間、ときどきペアで柔軟体操したことあるしー」
「え……そ、そうだった? ごめんなさいっ」
「そりゃ、あたしなんかモブみたいなモブ子さんかもだけどー」
「うう……ご、ごめんなさい……」
身を小さくして謝るしかない。運動は苦手だったし、いつも、体育の授業なんて早く終わって欲しいと思っていたし、あまりやる気もなかったのだ。
「なーんてね、といっても1、2回だけだから覚えてなくても仕方ないけど。でもあたしは、あの時の藤堂さんのおっぱいの感触を、太腿の柔らかさを忘れてないよ……うへへ」
さすがにちょっと引いたけれど、桂は関係なく押してくる。
「――と、また話がそれちゃった。とにかくそんなわけで尋常じゃない量の課題を出されちゃったから、お願い、分からない場所を教えてください!」
ぱしん、と両手をあわせて拝む桂。ほぼ初めて話すというのにこの図々しさ、どんな神経なのだろうと思う志摩子だったが。
「教えてくれたら、あたしのおっぱいも触っていいから、お願い!」
しかも、その対価も意味不明だった。断ろうとした志摩子だったが、それを口にする前に桂は勝手に隣の席に座って課題を取り出してしまった。席を移動して逃げるのもなんだか嫌味な気がして、そもそも桂のペースに巻き込まれてそんな機会も逃し、勝手に勉強会が始まった。
仕方ない、早く終わらせてしまおうと思った志摩子だったが。
「あ、駄目だよ、課題はあたしがやらなくちゃ意味ないんだから。分からない所を教えてほしいの」
てっきり分担して課題を終わらせるのかと思い、課題を手に取ろうとした志摩子だったが、桂に言われて動きを止めた。
きょとん、とする志摩子の視線など気が付かず、桂は課題に悪戦苦闘していた。
今まで、成績が良くて生真面目、且つ大人しくて人に反抗することのなかった志摩子は、クラスメイト達にしばしば宿題を渡して写させたりしていた。そのことに対して特に何も思わなかったが、桂のように教えてほしいと言ってくる子はいなかった。
「――ねえねえ藤堂さん、これ、どういう意味か分かる?」
「えっ? ええと、あの、これは……」
人に教える経験などなかった志摩子、加えて話すことも苦手で、志摩子の説明は我ながら要領を得ないものになった。自分では理解できているのに、人が理解できるように上手に説明することが出来ない。恥ずかしい、こんなんじゃ分からないって呆れられると、俯いてしまう志摩子。
「うーん、よくわかんない……」
案の定、桂は眉をひそめて言う。
「ごめん藤堂さん、もう一回説明してくれないかな? あたし、頭悪くて」
「……え?」
「お願いします」
「あの、わ、私の方こそ、うまく説明できなくて……その、教えるの下手でごめんなさい」
「えー、なんで藤堂さんが謝るの? 教えてほしいって無理に頼んだのあたしだし、慣れていないなら上手く教えられなくても当たり前だし。それに藤堂さん、あたしが分かるようにって、すっっごく一生懸命に教えようとしてくれていたし。だから、もう一回お願いします、ね?」
拙い説明どころか、声は小さいししょっちゅうどもるし、説明自体があっちこっちに飛んでしまうし、そんな志摩子だったのに、桂は全く気にした様子は無かった。
「う~~~っ、駄目?」
「う……ううん。あの、じゃあもう一回、説明させて」
心を落ち着け、先ほどの失敗を思い返して修正し、改めて説明する。
「――――となると、これがこうなって? だから……あ、こうか」
「そ……そう、うん、合っている」
「ホント? うわーやった、ありがとう藤堂さん!」
その時。
ごく自然と、桂と両手を握り合って喜んでいた。
自分が教えて理解してくれた。それを感謝してくれて、喜んでくれた。それが嬉しくて。
直後、図書委員の人から、いい加減にうるさいと叱られて追い出されてしまったけれど。
「うぅ、こ、困った。まだ全然終わっていないのに、もう下校時刻だし」
教室に移動して続けたけれど結局終わらず、しょぼーん、と肩を落とす桂。
そこで志摩子は、自分の中の勇気を奮い起こした。
「あっ……あの! も、もしよかったら……まだこの後も、付き合いますけど……お勉強」
と。
「本当!? やった、じゃあモスド寄って行こう、今ね、季節限定のドーナツが超美味しそうなんだよ!」
「え、でも寄り道は禁止……」
「あ~、それを藤堂さんが言うかなぁ? この後行こうって言いだしっぺなのに」
「あぅ……そそ、それは」
「――――ぷっ、うそうそ、冗談! あははっ、藤堂さんって面白いんだね」
「え……私が、お、面白い?」
「うんっ。やばい、美人で優しくて頭が良くて面白くて……しかもおっぱい大きいなんて、もう最強じゃん」
「お、おっぱいは、関係ないんじゃ……」
「関係あるよー、おっぱいにはね、夢と希望と勝利と友情が詰まっているんだから!」
「意味、分からないんだけど……」
そうしてその日、志摩子は生まれて初めて学校帰りに寄り道してドーナツを食べた。
以来、試験前などに桂と勉強するのが二人の間で始まった。それは志摩子にとっては、何よりも大切な時間となった。桂に教えることで話すことも徐々に苦ではなくなり、学校に行くことが楽しくなって、クラスの女の子と話をする機会も増えた。桂がいなかったら、志摩子はもっと内気で陰気な女の子のままでいたことだろう。
「――いい話だね」
聞き終えた祐麒は、静かにそう言った。
志摩子の手には、ショッピングモールで購入した兄へのプレゼント。買い物はつつがなく終えての帰り道、ついつい長話になってしまったけれど、桂についてのエピソードだったらまだ幾らでも話すことが出来る。桂はよく、自分なんて元気だけが取り柄みたいなものだから、と言うけれどとんでもない。志摩子から見たら、羨ましいところばかりで、少なくとも自分などよりよほど魅力的な女の子だと思っている。
「――それで、それでね、その時の桂さんたら」
「ふふっ」
まだ続きを言っていないのに笑い出す祐麒に、どうしたのかと思って見上げると。
「藤堂さんって本当に桂さんのこと、凄く好きなんだね。藤堂さんがこんなに勢い込んで話すなんて」
「~~~~っ」
言われて、かぁっと顔が熱くなる。
「あ、ごめん、悪い意味じゃないよっ!? むしろ羨ましいくらいだよ、そんな風に言うことのできる友達がいるなんてこと」
「は、はい……」
フォローされても恥ずかしいことに変わりはない。ちょっと祐麒と距離を取ろうとしたところ、ショッピングモールの通路に出されていたディスプレイに肩がぶつかってしまった。するとその弾みで、飾り付けられていた白いボールがふわりと落ちてきた。
見上げる志摩子の視界に、白いボールが迫る――――
それは中学一年の時だった。
私立であるリリアンに入学した志摩子の周囲に同じ小学校の子はおらず、そうこうしているうちに女子はグループを作り上げ志摩子はあぶれてしまった。まだ桂とも親しくなっておらず、図書室に通うようになる前の事、学校が終わったら一人で帰宅するのが常だった。
寄り道をするわけでもなくまっすぐ家に帰ると思いのほか早い時間で、宿題や予習をしても時間が余ってしまう。
時折やってくる自己嫌悪の波、志摩子はその日、すぐに家には帰りたくなくて、でも学校に残っていたくもなくて、だからバスで帰らず歩いて帰ってみることにした。距離はそれなりにあるけれど、歩けない距離ではない。しかし慣れないことをしたせいか、あるいは自己嫌悪で家に入り込んでいたためか、変なルートを選んでしまっていた。
河原の道は犬の散歩やジョギングをする人はいるけれど、基本的に多くは無い。知らず知らずのうちに、人の少ない方に来ていたのかもしれない。
自分は一体何をしているのだろう、ため息を吐き出してその場に立ち尽くす。
近くからは何やら元気な声が聞こえてくるが、志摩子の気持ちは全く元気などない。
「―――――――」
声が耳を素通りする。
どうせ、今ここにいる志摩子のことなど誰も知らないし、呼んでいるわけもないのだから。学校でさえ、呼ばれることもないのに。
「――――いっ!」
近づいてくる声。
「――たら、危ないぞ」
気のせいではない、その声は志摩子に近づいてきていて、志摩子に話しかけているようだった。
直後、鋭い金属音が響いた。
反射的に視線を向けると、何か物体が勢いよく志摩子に向かって飛んできていた。理解が追いつかず、体が動かない。物体のスピードはかなりのはずだったが、不思議とゆっくりのように感じる。
なんだろうこれ、私に向かってきているものは。当たったら痛いのだろうか、冷静にそんなことを考えている自分もいる。
その物体がみるみるうちに大きくなり志摩子の顔面に到達する直前、横から伸ばされた手が視界を隠した。
鈍い音がしたかと思うと、少し横にボールが落ちて弾んだ。
「――っぶねえ、ギリギリ。大丈夫?」
それは野球のボールだった。打ち損じた打球が志摩子めがけて飛んできたのを、球拾いのため近くにいた少年が、突っ立っている志摩子に危ないからと注意をしに近寄ったところタイミングよく気が付いて直撃を防いでくれたのだ。
そう理解したのはかなり後の事だったが。
驚き、硬直していた志摩子がその時覚えていたのは、ユニフォームに書かれていた名前だけ。
翌日になってお礼も告げていないことに気が付き、同じ場所に向かった。少年野球チームらしき練習が終わるのを待ってみたが、昨日の名前の少年の姿が見当たらない。意を決して、チームの他の男の子に尋ねてみた。
「――え、何、まさか福沢の彼女?」
「ちっ、違います、そんなんじゃありません。あの、ちょっと用があって」
「福沢なら、今日は病院行っているよ」
「病院……」
「指、骨折したんだよ、昨日の練習で」
「――――」
志摩子が想像した通り、骨折は志摩子を助けた時の怪我だった。
結局、志摩子は祐麒に会って礼を告げることが出来なかった。骨折の原因になった自分のことを怒っていると思ったから。
だけどその日以来、志摩子はずっと祐麒のことを追いかけてきた。
あんな偶然、そうそう起こるものではない。だから、祐麒は志摩子にとっての王子様になっていた。
遠くから、気付かれないように追いかけていた。練習で泥だらけになる姿を、試合での挫折と喜びを見てきた。だからチームのエースとなり、野球の強い高校の推薦が得られそうだと知った時は、志摩子も嬉しかった。学区が異なり、同じ高校に進学することはできないけれど、関係なかった。
しかし――練習中に突然、肩を押さえてその場に苦しそうにうずくまった祐麒。投手として致命的な肩の故障。祐麒が感じる悲嘆、絶望、を我がことのように思い胸を痛める志摩子。
苦しむ祐麒に対して、志摩子は何もできることなどない。
そんな悶々としていたある日、野球での進学を諦めた祐麒が、リリアンに進学するという情報を入手し、申し訳ないと思いつつ志摩子は内心で小躍りした。まさか、高校で接点が出来るなど思いもしなかったのだ。
たまたま立ち寄った場所で偶然にも助けられ、本来なら出会うはずのない高校で出会う、これはもう『運命』と言い換えても過言ではないのではないか。
ずっと追いかけ調べてきたから知っている、祐麒の家族構成、親の仕事。親が設計事務所を開いていての長男、家を継げば将来は安定が約束されているし、志摩子を実家から引き離してもくれる。
別に志摩子は実家が嫌いというわけではないが、継ぎたいわけではないのだ。すべての状況が、志摩子のためにお膳立てしてくれているとしか思えない。
男子校だった祐麒の肩の故障のこと、野球での挫折のことを他の女子は知らないだろうが、志摩子は知っている。志摩子なら祐麒のことを理解し、傷を癒してあげられるかもしれない。祐麒が望むなら、身体を使うことも構わない。
絶対に逃がさない運命の人、それを、高校に入ってから偶々出会ったぽっと出の静などに取られてたまるものか――
「――っと」
落ちてきたボールを、手を伸ばして受け止める祐麒。
「あ……だ、大丈夫ですかっ!? 指、骨折したりしてないですかっ!?」
「え? 大げさだなぁ、張りぼてだよこれ」
笑いながらボールをぽんぽんと軽く上に投げた後、元の場所に戻す祐麒。
「あ、いえ……でも、ありがとうございます」
「ん、いや」
再び歩き出す祐麒、そのシャツの裾をちょんとつまむと、振り向いて不思議そうな表情を向けてくる。
「藤堂さん?」
「…………本当に、ありがとうございました」
「そんなたいしたことじゃないし、二度も言わなくてもいいのに」
「いえ……今のは、別ですから」
三年近くの時を経て、ようやく告げることのできた感謝の思い。これでようやく、志摩子も本当の意味で進むことが出来る。
本当なら、高校生活の最初の二年で関係を確かなものにしていくつもりだったが、静の登場によって予定よりも随分と早くしなくてはならなくなった。ただ、同じクラスとなり、他の要因もあって予定より早く親しくなれているのも事実だし、計画通りになんて進まないのが現実世界。臨機応変に対応していくしかないのだ。
「別……? っと、小林たちからだ。無事に購入できたみたいだ、合流しようって」
「――――はい」
同級生、同じクラスというアドバンテージがあるのだ、スタートは出遅れたかもしれないけれど、十分に巻き返すことはできる。
肩の故障、野球の挫折、助けてもらったこと、これらは恐らく静の知らない志摩子だけが持つ情報。今はまだ使う必要はない。いずれ、時が来たら。
穏やかな表情で祐麒と並び歩きながら。 内心に渦巻く様々な想いを、声にも仕種にも決して出すことのない志摩子だった。