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ノーマルCP マリア様がみてる 志摩子 真紀

【マリみてSS(志摩子×静×真紀×祐麒)】うつろう心

更新日:

 

~ うつろう心 ~

 

 

 月曜日、週末の休みを終えて学校が始まる日ということで、一週間の内で最もだるくてやる気が出辛いという生徒も多いらしい。日曜まで遊んでいてその疲れもあってか、授業中に欠伸を噛み殺したりするなど、眠そうにしている者も結構見られる。
「…………」
 昼休みを後に控えた午前中最後の授業、空腹と睡魔という二つの敵と戦っている最中、耐え切れずにうつらうつらとしているうちに、とうとう軽く舟をこいでしまったのは確かに祐麒なのだが。
「――福沢くん。随分と眠そうなのね?」
「え…………あ、いえっ」
 声をかけられ慌てて目を見開くも、起きたばかりで視界はぼんやりと滲んでいる。
「そんなに余裕があるなら、今の問題、解いてもらおうかしら?」
「えっ、あ、っと」
 慌てて教科書に目を落とすが、どのページの話をしていたのか咄嗟に追いつかない。
「福沢くん、59ページの……」
「駄目よ桂さん、教えたら」
 隣の席になった桂がこっそり教えてくれようとしたが、あっさりと見つかってしまい万事休す。
「……すみません、分かりません」
「仕方ないわね。福沢くん、授業が終わったら準備室まで来ること。ちょっと、午後の授業の準備の手伝いをしてください」
「ええっ、授業終わったらって、昼休みは」
「返事は?」
「…………はい」
 これ以上の抵抗は無駄だと悟り、がっくりと肩を落とす祐麒。クラスメイト達は『ご愁傷さま』という感じで見つめ、隣席の桂は「早食いしていけば大丈夫だよ!」と慰め、そんな中で祐麒は、なんでこうくるかと机に突っ伏した。

 憂鬱なまま授業をやり過ごしていざ昼休みに突入、遅くなって怒られるのも嫌なので、さっさと真紀の待つ準備室へと向かうことにしたのだが。
「――――あの」
「ん、どうしたの?」
「いや、俺達何しているのかなって」
「何って、お昼ご飯を食べているんじゃない」
「そうだけど……」
 呼び出しをくらったのは授業中に居眠りをしていたことに対するペナルティで、午後の授業の準備の下働きをさせられるはずだったのだが、肝心の準備など殆ど無くものの数分で終わり、では教室に戻ろうとすると手伝ってくれたお礼にと昼食をご馳走してくれるというのだ。
 目の前のテーブルの上には宅配サービスの弁当が置いてある。この手のものは事前に注文が必要なはずで、祐麒の分があるはずがないのだが。
「急遽、食べられなくなっちゃった先生がいてね、誰も食べないのも勿体ないじゃない」
「はぁ……そうなんですか」
「何よー、祐ちゃんは私と一緒にお昼を食べるのが嫌だとでも言うの?」
 ぷーっ、と不満そうな顔をして見つめてくる真紀。
「そういうわけじゃないけど。俺って、授業中の居眠りを怒られて呼ばれたんですよね」
「そうだけど、だから手伝ってもらったじゃない」
 話がかみ合っているようで微妙にずれている気もする。
「えっと、鹿取先生」
「もう、そんな呼び方して。二人しかいないんだから、そんな他人行儀な呼び方、止めて欲しいな」
「いやいや、学校では二人の時も教師と生徒だからって言っていたじゃない」
「そうだけど、たまにはいいじゃない。だって最近の祐ちゃん、私の事全然構ってくれないし、昨日だってまた私に内緒でデートしてきて」
「だから、デートなんかじゃないって言っているのに」
 日曜日、家に帰ってから一日のことを真紀に話していた。当初こそにこにことしながら聞いてくれていた真紀だったが、途中からいきなり機嫌が悪くなった。志摩子と二人で買いものにいったあたりからだろうか。偶然そうなってしまっただけで他意はなく、デートでもなんでもないのだが、どうも真紀はそう捉えてくれないようで。
「女の子と二人で出かけたら、それはもう立派なデートでしょう」
「だとしてもさ、なんで真紀ちゃんがそこまで怒るのさ」
「な、なんでって――そ、それはもちろん、教師として不純異性交遊を許すわけには」
「今の時代に?」
「そ、それに祐ちゃん、この前は蟹名さんとデートして、今度は藤堂さんとデートして、男としてそんなの駄目でしょう。お姉ちゃんは、そんなだらしない祐ちゃんを許すわけにはいきません」
 どうも、姉としてやたら過保護になっているらしい。そんなキャラクターだっただろうかと思うが、一緒に暮らしているとそれだけ情も移ってくるのだろう。真紀の言葉を適当に聞き流しつつ、弁当を平らげていく。
「あ、祐ちゃん、口の端にソースが付いているわよ。拭いてあげるね」
「え? いいよ、それくらい自分で」
「いいから、ほら」
 言いながら真紀はわざわざ祐麒の隣まで移動してくると、指を伸ばして口の端に付着していたソースを拭い取ると、「ちゅぱっ」と自らの口に含んだ。
「ちょ、真紀ちゃん、近いって」
「いいじゃない、私と祐ちゃんの仲なんだから」
 必要以上に体を近づけてくる真紀に少し慌てる。家ではともかく、学校内でここまで親しさを見せてきたことは無かった。
「ねえ。今度はさ、私とデートする?」
「は? いや駄目でしょ、俺と真紀ちゃんは教師と生徒なんだし、そもそも真紀ちゃん彼氏いるでしょ」
「……そうだけどぉ」
 そこで、テーブルの上に置かれていた真紀のスマホが振動する。
「…………あ」
「もしかして、彼氏?」
 反応と、それまでの話の流れからなんとなく勘を付けて言ってみると、当たりだった。
「うん――ちょくちょく、連絡は来るのよね」
「良い事じゃないの?」
「まあ、ね……あらやだ、珍しくデートのお誘いなんて」
「良かったじゃん。忙しくてずっと会えなかったんでしょ」
「うん。仕方ないなぁ、アイツもようやく、私の大切さに気が付いたか」
 なんだかんだ言いつつ、やっぱり嬉しそうにスマホを操作する真紀。彼氏と会えなかったことも、祐麒を弄る一つの要因になっていたのだろう。初恋の相手が男と付き合っていると聞いて胸が痛まないわけではないが、馬鹿なことを口走るほど子供ではないし、祐麒だって昔とは違う。真紀には幸せになって欲しいと思っているから素直に喜びたいが、目の前で彼氏とのメールを嬉しそうにしている姿を見ると、ちょっと悔しい気持ちも湧く。
「ふふ、今は祐ちゃんと楽しくランチ中、っと」
「またそんなことして、大丈夫なの?」
「へーきへーき、祐ちゃんのことはちゃんと伝えてあるし。あ、そういうわけだからゴメン祐ちゃん、週末のデートは駄目になっちゃった。寂しいだろうけどごめんね」
「しかもなんか俺が振られた感じになっているし!?」
「あはは、拗ねない拗ねない、また今度は祐ちゃんとデートしてあげるから」
「だから、駄目だっての」
 そんな感じで、よくわからない昼休みを真紀と共に過ごした。

 

 

 しとしとと小雨が降ったりやんだりを繰り返す一日、久しぶりに互いの時間に都合がつけられ、何か月ぶりかのデートをした。といっても、急に相手が休日出勤をしなくてはならなくなり、どうにかその仕事が終わった後、一緒に食事をするくらいしかできなかった。せっかくだから映画やショッピングなどを楽しみたいところだったが、それでもまあメールではなく実際に顔を合わせることができたのだから良いだろう。
 イタリアンレストランで食事を終えて店を出ると、雨は小康状態で傘をさす必要はないくらいだった。まだ少し時間に余裕があるから、もう一軒、軽くバーに入るくらい良いだろうと思っていると、不意に腕を掴まれて引っ張られる。
 どうしたのかと思ってみると、向かおうとしている先はラブホテルだった。
「ちょ、ちょっと待って」
「いいだろ? 久しぶりなんだし」
「そうかもしれないけど……」
 何か月も会っておらず、相手の気持ちだって分からなくはないのだが、なぜかそういう気分になれなかった。
 せっかく久しぶりに顔を合わせたのだから、もっと色々と会えなかった時のことを話したい、それでは駄目なのだろうか。セックスをしたら、それだけで終わってしまう。
「なんだよ、嫌なのか?」
「そんなこと言っていないでしょう? 痛いから離してよ」
 自然と互いの声にとげが入り始める。
 食事中の会話もどこかぎこちない部分があるのは感じていたが、久しぶりに会うためにちぐはぐさが出ていると思っていた。実際、時間が経つほど以前と同じように話せるようになってきたと思っていたのだが。
「何か月もご無沙汰なんだぞ、なんでダメなんだよ」
「だから、それは」
「そりゃあ真紀、お前はいいかもしれないけどさ」
「何よそれ、どういう意味?」
 男の一言に反応して真紀が問い返すと、男はしまったという風な表情を見せた後、真紀に見つめられて耐えられなくなったのか、渋々といった風ながら口を開く。
「真紀、お前、男と一緒に住んでんだろ?」
「………………っ、な、祐ちゃんは弟のようなものだって説明したじゃない」
 男の言葉の中に込められている意味に気が付き、かっとなって声が大きくなる。
「ようなものであって、実の弟じゃないだろ。それに真紀、自分じゃ気が付いていないかもしれないが、メールでも、電話でも、今日だって、何か話せばすぐに『祐ちゃんがどうした』、『この前祐ちゃんが』とか、そんなんばっかりだ。付き合っている男の前で、嬉々として他の男の話をするか?」
「そ、それは――」
 確かにそうかもしれないが、祐麒のことは親戚であって弟のようなものであり、自分は保護者の立場で一緒にいるだけだと前に説明し、理解をしてくれていたのではないか。
「――男と二人きりで何か月も暮らしてるんだ、することはしているんじゃないのか?」
 男にしてみれば、付き合っている恋人が他の男と住んでいるなんて聞いたら疑わずにはいられないだろう。いくらその相手が親戚、弟のような存在だと聞かされたところで本人と会ったことがあるわけではないし、どのような関係かなんて見ない限り知りようがない。小学生とかならいざ知らず、高校生男子となれば大人ではないが子供とも言い切れない年代で、何かあったとしてもおかしくはないと思うのも無理はない。
 ただそれでも、口に出して言われたことは、真紀にとってショックだった。そう思われるようなことをしていたかもしれないが、恋人を裏切るようなことはしていない。信じられていなかった、むしろ、そのような女だと思われていたなんて。
「そんなこと、していない。私は」
 話を聞いてもらおう、冷静になってもらおうと思い近づこうとする真紀だったが、苛ついていた男は話を聞こうとせず、それどころか近づいてきた真紀を手で振り払った。
「きゃっ!?」
 男が思っていたよりも距離が近かったのか、男の手は真紀の顔を叩く形となり、真紀は地面に倒れてしまった。しばらく前まで降っていた雨で濡れた地面にお尻を打ち付け、体を支えようと咄嗟に手をつくと手首に痛みがはしる。
「あ……」
 そこまでするつもりはなかったのだろう、男が驚いたように倒れた真紀を見下ろしている。ズキズキと痛む頬を手で抑えて立ち上がろうとしたところ、横からいきなり黒い影が飛び出してきた。
「――俺の真紀ちゃんに何すんだっ!!」
「え……うわっ!?」
 なんと、その人影は祐麒だった。
 どこに、いつの間にいたのか分からないが、勢いよく飛び出してきて男に飛びかかっていき、突き出した拳が男の頬をかすめる。
「な、なんだっ?」
 反射的に身を反らして祐麒のパンチを躱した男が、を丸くして見つめているが、真紀だって理解できずに驚いていて動けない。
「女性を、真紀ちゃんを殴るなんて絶対に許さないからなっ!」
 体勢を立て直し、再び男につかみかかろうとする祐麒。
「あ、だ、ダメ祐ちゃんっ!」
 慌てて止めようと声をかける真紀だったが、少し遅かった。
 飛びかかった祐麒に対して、男のカウンターが顎に入った。真紀が付き合っているその男は、かつてボクシングをやっていたことがあるのだ。もちろん、素人に対して喧嘩をするような男ではないが、混乱しているところに殴り掛かってこられ、昔取った杵柄で反射的に体が動いてしまったのだろう。
「――――っ」
 声もなく、祐麒が地面に崩れ落ちる。受け身も全く取らず、完全に気を失ったかのような感じで、顔面から水たまりに落ちる。
「祐ちゃんっっ!!?」
 悲鳴をあげる真紀。
 自分が汚れることなど全く気にせず、這うようにして祐麒の倒れている水たまりに向かい、とりあえず顔を水たまりから離して上を向けさせ、呼吸ができるようにする。動かしてよいのか分からなかったが、息が出来ないよりはマシだろう。
 野次馬が周囲に集まり、男が呆然としたように自らの拳を見つめている。スカートが濡れて下着まで水が染みこんできたが、全く気にならない。そんなことよりも、目を白くして昏倒している祐麒のことが心配でたまらなかった。
 もし、このまま目を覚まさないなんてことがあったら。不吉な想像を浮かべ、真紀は蒼白になって身震いをする。
「う…………あ……」
「気がついたの、祐ちゃん?」
 目を開けたことにホッとするが、まだ目の焦点があっていない。どこか悪い個所を打ったのかもしれないし、病院に連れて行かねばならない。
「あ……くっ…………」
「ちょ、ちょっと祐ちゃん駄目よ、まだ起き上がったら」
「いや、だいじょう…………ぶ……」
 地面に手をついてゆっくり体を起こす祐麒を、不安げにみつめる真紀。
「大丈夫じゃないわよ、とにかく、消防車を……違う、救急車? 警察? と、とにかく病院に」
「お、落ち着いて真紀ちゃん、ちょっとクラクラするだけ……大丈夫」
「でも」
「大丈夫だから……頼むよ、真紀ちゃん……」
 子犬のような目で見つめられると弱い。
「……わ、分かったわ、でもとりあえず家に帰って安静にしましょう。それで、少しでも気持ち悪くなったりしたら、絶対に病院に連れていくからね」
「…………うん」
 素直に頷いた祐麒に肩を貸し、ゆっくりと立ち上がる。最初こそ少しふらついていたものの、思ったよりも足取りは確かであり、本当に祐麒自身が言う通り大丈夫なのかもしれないが油断はできない。素早くタクシーを拾うと、真紀と祐麒の姿が汚れている運転手を強引に説き伏せてシートに押し込み、一路家へと向かった。
 その時もその後も、交際相手のことはすっかり頭から抜け落ちていた。

 

 

 なんとも情けなかった。
 覚えているのは真紀を殴った男に向かって行き、拳を振り上げたところまでで、そこから先の記憶が断裂されたようだった。どうやら威勢よく飛びかかったのは良いが、返す刀のカウンターであっさり沈められたらしいと気が付く。
 脳が揺らされたのか、痛みというよりかは体の自由が利かず、意識は戻ってきてもしばらくは自由に動くことが出来なかった。
 視界に飛び込んできたのは心配そうに覗き込んでいる真紀の顔で、真紀のために飛び出したのに、こうして逆に心配されたのでは、格好悪いやらだらしないやら。そもそも、真紀がデートで行くレストランのことを教えてくれたのを良いことに、相手がどんな男か気になって後をつけていたこと自体が恥ずかしく、それは真紀に言うことは出来なかった。
 医者に連れてゆこうとする真紀に大丈夫だからと言い張ってみせたのは、格好悪いところを隠したかったから。気を失ったのもごくわずかの間のことで、真紀に支えられながらなら歩くことも出来た。
 何度も真紀に「大丈夫?」と尋ねられると、どうしても自分の不甲斐なさを思い知らされてつい、ぶっきらぼうに言い返してしまい、それは家に帰ってきてからも同じだったのだが、逆に子供っぽいことに気が付いて更に落ち込む。真紀は純粋に心配してくれているのに、一人勝手にふて腐れているなんて男として情けない。
 少し落ち着いてくれば見えてくるものもあり、ここにきてようやく真紀のことを注意して見られるようになってきた。
 髪の毛はほつれ、服は泥水が染みて汚れ、頬は赤くなっている。真紀が男に叩き飛ばされたシーンが脳裏に蘇り、またしても頭に血が上りそうになるのを堪える。
「真紀ちゃんさ……」
「大丈夫、祐ちゃん、ほら薬塗ってあげるね」
 自分も怪我していることは置いておき、祐麒の顔についた擦り傷に薬をつけようとする。地面に倒れた時についたらしいが、かすり傷だしたいしたことなどないのだが、これ以上意地を張っても余計に格好悪いので大人しく手当てを受ける。
「でも本当に、もうあんな無茶しないでね。私、生きた心地しなかったんだから」
「ごめん、真紀ちゃんの彼氏に殴りかかったりして」
「そうじゃなくて! 祐ちゃんが倒れて、もう目を覚まさないんじゃないかって、怖かったんだから。喧嘩なんかしないでよ」
「あっ……ごめん。でも、カッとなって気付いたら体が動いていて。だって、真紀ちゃんのこと殴るなんて許せなくて」
「そう思ってくれるのは嬉しいけれど、危ないことはしないでよ……」
「――ごめん」
 こんなにもしおらしい姿の真紀を目にするのは初めてだった。それくらい心配をかけたということは反省するが、同じような場面にあったら同じように行動しないとは言い切れなかった。なんといっても、真紀は初恋の女性なのだから。
「えと、それより彼氏の方とは大丈夫なの? あんなことになっちゃって」
「いいのよ、あんな奴。祐ちゃんに暴力をふるうなんて、許せないんだから」
 祐麒の方がいきなり殴りかかったからだが、それを言えば今度は真紀を傷つけられたところに話が向かってしまうので、祐麒は口を閉じていた。今まで彼女などいたことのない祐麒に、男女の仲のことなど分からない。真紀とその彼氏とのことだって、当事者間で何があったのかなど分からず飛び出していたのだ。
「とにかく、今日はゆっくりと休んで。明日もし気分が悪かったりしたら、ちゃんと病院に連れていくからね」
「わ、分かったよ」
 強く真紀に言われ、祐麒は頷いて自室に戻るのであった。

 早めに床に就いたせいか、翌朝は早くに目が覚めた。ゆっくりとベッドの上で上半身を起こしてみるが、特に頭痛がすることもないし、気分が悪いということもない。真紀は随分と心配していたが、祐麒本人としては特に問題ないと思えた。
 朝の支度をするにはまだ早いが、二度寝をするほど眠くもないのでベッドから降りて伸びをする。カーテンをあけてみれば昨日一度は止んだ雨がまた降っており、晴れ晴れとした気持ちというわけにはいかなかった。
 真紀はまだ寝ているかもしれず、音を立てないように階段を下りて一階に到着してそのまま洗面所のドアを開けると、そこには下着姿の真紀がいた。既にシャワーを浴び終えたのか肌はほのかに桜色、濡れた髪の毛が首筋に張り付いている。水色の上下に包まれた肢体は、大人の女性として完成された曲線を見事に見せている。
 慌てて「ごめん」と謝り出て行こうと思った祐麒だったが。
「――きゃあっ!?」
 それより先に、真紀の悲鳴の方が響き渡った。
「えっ?」
 それがあまりに意外だったので、思わずぽかんと立ち尽くしてしまった。一方で真紀は顔を赤らめ、ブラウスらしきもので急ぎ下着姿を隠そうとしている。
「ちょ、ちょっと祐ちゃん、いつまでそこに立っているつもり!?」
「え、あ、ごめんっ」
 言われてようやく踵を返すが、少しばかり混乱している。前はもっと際どい姿というか、下着も身に付けていない裸身を見られても平然とし、むしろ祐麒をからかってきた真紀だったのに、今日は下着姿であんなにも驚き恥ずかしがるとは。
「――もう、祐ちゃんたらエッチなんだから」
 洗面所から出てきた真紀が、いまだ僅かに赤面したまま口を尖らせて言う。もちろん下着姿ではなく、ブラウスにクロップドパンツという格好になっている。
「ああ、その、ご、ごめん。でも、前はあんな風に驚かなかったじゃない真紀ちゃん」
 自分の方が不注意だったのに、つい言い訳めいたことを言ってしまうと。
「そういえば……そうね。でも、今日はなんだかすごく恥ずかしかったんだもの、仕方ないじゃない」
「いやまあ、俺の方が悪かったんだし、そりゃそうだよね」
「そ、そうよ?」
 そこで会話が止まり、なんとなく変な空気が二人の間に流れる。
「――と、とにかく、ちゃんとノックくらいすること、いいわね」
「うん、ごめん」
 改めて謝り、これで終わっていつも通りに戻る。祐麒も、そして真紀もそう思ったはずだが。
「…………私、なんであんなに恥ずかしかったのかしら………………?」
 いまだ火照る頬を手の平で抑えながら、一人小声で呟く真紀の心の波は静まることなく、自然と祐麒の姿を目で追ってしまうことを止められないのであった。

 

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