立ち昇る熱気。
頭上からは太陽の光がさんさんと降り注ぎ、足元からは砂の熱気が上昇してくる。
「いやー、やってきたねー」
「そうね……」
佐藤聖と加東景は二人、ビーチの上に降り立った。
聖はエスニック調のチューブトップと、パレオつきのショーツ。景は、ターコイズブルーのボーダーにグリーンの花とラインストーンがあしらわれたビキニ。
「いい天気ね……というか暑すぎるわ」
「そうだねー、でも、絶好のナンパ日和!」
「……ん?」
「――――ん?」
聖の台詞に、顔をしかめながら振り返る景。そのまま、無邪気に微笑む聖と相対する。
「ちょっと佐藤さん、今日は何しにここに来たの?」
「何って、決まってるじゃない。夏休み、心も身体も解放的になっている可愛い女の子たちをナンパして、あわよくばお持ち帰り……ってイタタタ、ちょ、カトーさん死ぬ、死ぬぬぬっ!!」
泡を吹き始めた聖を見て、景はようやく必殺のアイアンクローを顔面からはがした。
「私は、海水浴に絶好の穴場があるからって、なかば無理やり連れてこられたのよ」
「えーっ、嬉しそうに水着選んでいたじゃない」
「それとこれとは、話が別よ」
「で、でも、嘘はついていないよ。ここは小笠原家所有のビーチで、水は綺麗、混雑しすぎず、プラス来ている女の子に可愛い子が多い」
「まあ、他の海水浴場みたいに、芋を洗うような状態ではないし、海も綺麗よね」
手のひらを額にかざし、ビーチを端から端まで見渡すようにして景はつぶやく。確かに、聖の言っていることは間違いではない。砂浜もゴミなど少ないし、海も透き通っているとまではいわないが濁っているわけでもない。そして、若くて可愛い女の子が多い。
「ね、ね、カトーさんも指がうずくでしょう?カトーさんがいれば百人力なんだけど」
「悪いけれど、そういうことは一人でやってちょうだい。私は素直に、海水浴を楽しんでいるから」
すげなく断る景。
しかし、聖とて簡単に引き下がるわけではない。
「ふふふ……そんなことを言って、いいのかしら?」
「な、なによ、不気味な笑いをして」
聖の奇妙な迫力に、思わず後ずさる景。そんな景に対して、聖は指を立てて宣言する。
「景さんの着替え、私物は全て、私の車の中」
「なっ……まさか」
「そして、車のキーはここに」
指につまんだたれパンダのキーホルダーと、ぶらさがっているカギ。得意げに胸をそらす聖と、悔しそうに睨みつける景。
「これがないと、景さんはどうやって帰るのかな~?」
「くっ、卑怯よ」
「ほほほ、負け犬が何か言っているわ。ああほら、別にどうこうしようってわけじゃないから、ね」
ぽんぽん、と景の肩をたたく聖。
そして景の耳元でそっと囁く。
「……じゃ、一時間後に集合ということで。どっちが可愛い子を連れてくるか勝負ってことで」
「え、ちょ、ちょっと待って。私、ナンパなんてしたことないし」
「またまた謙遜しちゃって、百戦錬磨のくせに。それでは、健闘を祈る!」
ビシッ、と最敬礼をして、聖はスキップをするようにしてビーチの人の群れの中に消えていった。
「……どーせいっちゅーの……」
景は呆然と、立ち尽くしていた。
一時間後。
聖は三人の女の子を連れて、待ち合わせの場所に向かっていた。なかなかに可愛らしい女の子たちで、さて、この後どうしようかなどと考えながら歩いていると。
前方がやけに騒がしかった。
「どうしたんでしょう、何かのイベントですかね?」
「夏休みだし、何かあってもおかしくはないけれど……さっきまでは、なんにもなかったのになぁ」
首をかしげながら、その人の群れに向かって歩いてゆくと。
「―――ああ、さ、サトーさん、助けてっ!」
集団の中心あたりから、聞きなれた景の声が響き、手がぶんぶんと振られる。
慌てて、周囲の人をかきわけるようにして景のもとに辿り着く。
「ど、どうしたのカトーさん。一体、ナニがあったの?」
「そ、それが。女の子が、こんなに集まっちゃって」
「…………ええええぇっ?!」
大声をあげて、周囲を見回すと。
確かに、集まってきているのはみな、女性ばかりだった。聖が見る限り、下は中学生くらいの子から、上は二十代後半のOLくらいの女性まで、可愛い系から綺麗系までさまざまなタイプの女の子がいる。
気のせいか皆、「誰よこの女?」的なキツイ視線を聖に向けてきている。
「ちょ……カトーさん、いくらなんでもこれは声をかけすぎというか、節操なさすぎというか……」
「し、知らないわよ、私だって声をかけたのは二人だけなんだからっ!」
「え?」
景は、このような状況となった経緯を話す。
一人となった景は、とりあえず近くにいた二人組みの高校生くらいの女の子に声をかけてみた。
何せ女の子をナンパするなんて初めてのこと(もちろん、男をナンパしたこともないが)、どのように誘えばいいのかも分からなかったので、出たとこ勝負である。
「ねえ、あなた達、二人?あ、それ可愛い水着ね、どこで買ったのかしら」
「え、え、あのっ?」
「良かったら、この後、私と一緒に遊ばない?あ、私も友達と二人で来ているんだけど」
「は、はいっ、どこまでもお供します!」
「うええぇっ、いきなりOKっ?!」
たまげる景。
とはいっても、とりあえずこれでノルマは達成したのかと胸を撫で下ろしかけたところで、新たな声が別の方向からやってきた。
「ちょっと待ってください!」
「"ちょっと待ったコール"っ?!」
声のしたほうに顔を向けると。
今度は女子大生くらいだろうか、二人組みの女の子よりはちょっと大人っぽい三人組の女性が並んで立っていた。
「そんな乳臭い小娘たちなんかより、私たちと一緒に遊びましょう?」
「ちっ、乳臭いってなによー!」
にらみ合いになる二組のグループ。
もちろん、それだけでは終わらない。
「待って。私たちとオトナの関係を楽しんだ方がお得よ」
今度現れたのは、セクシーな水着を身につけた綺麗なお姉さま二人組み。おそらく、OLだろうか。
「ナニよ、おばさん!ぴちぴちお肌の私たちの身体を堪能しませんか、お姉さま?」
と、中学生くらいの四人組。
「私たち、イベント終わったからこの後ヒマなの。疲れた身体を可愛がってほしいな」
何のイベントをしていたのか知らないが、キャンギャルのような格好をしたちょっとエッチっぽいお姉さん三人組。
とにかくそんな感じで、いつの間にか二十人くらいの女性に取り囲まれる格好となった景であった。
「……うおぉすげぇ、さすがカトーさん。どんなテクを使って……」
「話聞いていた?だからテクも使ってないし、何もしていないっての」
「てゆうか、これどうするの?なんか、みんな殺気立っているんだけど」
聖は声を小さくして、肩をすくませる。
それぞれの女の子グループはにらみ合い、まさに一触即発状態であった。
「ええと……そ、そうだ。私、何か喉かわいちゃったな」
「え、待っていてください、すぐに冷たい飲み物買ってきます!」
「なんですって、貴女にお姉さまの好みがわかるのかしら!買うのは私よ!」
「お店のドリンク、買い占めちゃいましょう!」
景の一言を聞いて、女の子たちは皆、いっせいに駆け出した。
「このすきに、逃げましょう」
「……けっこうコスいね、カトーさん」
言いながら、いつの間にか自分が連れてきた女の子たちも一緒に消えてしまったことに、一抹の寂しさを感じる聖であった。
「……まったく、とんでもない目にあったわ」
「でも、さすがカトーさんだったね」
懲りた二人は、人気の少ない岩場の方に足を伸ばしていた。
「二人っきりね……誰も見ていないから、かなり恥しいことしても平気よね」
「いきなりぶっ飛んでいるんじゃないわよ」
いつもどおりの漫才をしていると、またまた第三者の声が響いてきた。
「た、助けてくださいっ、お姉さまがっ!!」
「うひゃあっ、いきなり抱きつかないで。どうしたの、いったい」
突然あらわれて景に抱きついてきた小柄な女の子は、泣きそうな表情で必死に訴えかけてきた。
「お姉さまが波にのまれて溺れて……なんとか浜までは引き上げたんですけど、ぴくりとも動かなくて」
「え、ちょ、ちょっとそれ大変じゃない!どこなの?」
「こっちです!」
先導する女の子。
その後ろ姿を追いかけながら聖は、「あれ、どっかで見たことあるような……」と思っていた。
案内された場所には、一人の女性が仰向けに倒れていた。長い髪の毛をポニーテールにしている、高校生くらいの女の子。
「――あれ?やっぱりどこかで……」
「人口呼吸と心臓マッサージは?」
「で、でも私、やり方よく分からなくて」
「しかたないわね」
景は駆け寄って、その女性の横に膝を突いた。一応、色々あって緊急救命法については一通りの知識は持っていた。だが、実践するのは初めてである。果たして、上手くできるかという心配はあるが、この際そのようなことは言っていられない。ヤるしかないのだ。
まずは、気道の確保。それから、本当に呼吸をしていないのかどうか、心臓が動いているのかどうか確認を。景は無意識のうちに、女性の心臓部、すなわちバストに手を伸ばしていた。その景の指が、ふくよかな胸の上に重ねられた瞬間。
「……っ、あ、ああンっ!!」
「うわあっ?!」
びくっ、と女性の身体が跳ね上がるかのように反応した。
「え、ちょっと、大丈夫?」
慌てて景が抑えるように体に触れると。
「あ、ああっ……!」
また連続して、身体をぴくぴく震わせる。軽く口から水を吐き出しむせ返るように咳き込む。
「お姉さまっ!大丈夫ですかっ?!」
「けほっ、げほっ!……っ、ん、ま、真美?わたし……」
「よ、良かった、もう、目を覚まさないんじゃないかと……」
感動の対面を果たす少女二人。
その傍らで、唖然としている二人。
「なんだ、やっぱり新聞部か……ところですごいね、どうヤったの、カトーさん」
「いや、私は何も……」
すると、咳き込んでいた三奈子が息も荒く説明する。
「それが……体を貫くような凄い刺激が送られてきて……痺れるようで、激しくて、それでいてどこか優しいような……それで私、やだ……」
と、なぜか恥しそうに体を両手で隠そうとする三奈子。
「ま、真美……この方は危険だわ……あ、あなたも餌食になる前に逃げた方が」
「え、餌食って……そんな、まさか!」
「ちょ、ちょっとあなた、そんな岩場で危険よ……」
身の危険を感じた真美はとりあえず逃げ出そうとしたが、元々運動神経はゼロに近い。滑りやすい岩場で足を取られバランスを崩す。慌てて受け止めようとする景。
その結果―――
ぶちゅっ
見事に真美の体を受け止めた景だったが、漫画のお約束のように、唇同士がぶつかってしまった。
「…………」
そして、抱きしめた体が感じる、つるぺたなボディの感触。なんか、今まではグラマーな人が多かっただけに新鮮な感触だった。
「……あああ、お、お姉さまのためにとっておいたファースト・キスがっ!」
「ああ真美、遅かった……」
真っ赤になって身悶える真美と、憂える三奈子。
「だ、ダメですそんな、いくら助けていただいたからって、謝礼に私のカラダを……?」
「ちっがーう!だから待ちなさい、逃げるなっての!」
景の腕の中、それでも何とか抵抗し、身を離そうとする真美に手を伸ばして。
「あ……」
ビキニのトップの紐をほどいてしまった。ずるりと、トップがめくれる真美。
「いやあぁん!」
逃げようと体を離そうとしていたが、慌てて胸を隠そうと今度は逆に目の前にいる景に抱きつく。
「あ、いいな」
指をくわえる聖。
「真美、ああ……大丈夫、堕ちるときは一緒よ」
しなをつくる三奈子。
そして。
「あー、見てみて蓉子、修羅場よ、修羅場」
「なっ……せ、聖?景さんっ?!」
岩場の上から見下ろす、凸さまと紅般若。もとい鳥居江利子と水野蓉子。
「な、なんて破廉恥なことを……」
「ち、違うのよ、これは、人助けを」
「その状態で、何が人助けなのかしら?!」
トップレスとなってしまった真美を抱きしめているのだから、そりゃあ説得力に欠ける。
「いやまて、そもそも、なんで江利子と蓉子がここに?」
「うふふ、何か面白いことが起きそうだから、3日前から尾行していたのよ」
自慢げな江利子。
さらに。
「―――いたわ、あそこよ!」
「お姉さま、飲み物買って来ましたー!」
わらわらと姿を見せる女の子たち。
「げ、さっきの女の子たち……?」
「ふーん、なるほど……ナンパして、あわよくばお持ち帰りしてニャンニャンしちゃおうとか考えていたわけね」
「いや、違うのよ蓉子、あの女の子達はみんな、カトーさんが引っ掛けた子たちで」
「何よ、サトーさんがヤれって言ったんじゃない!」
「二人とも、同罪よ!二人とも、浮気モノ―――!」
「いや、二人に対して浮気モノって言うあんた自身はどうなのよーーー?!」
突っ込みにひるむこともなく岩場から天空に高く舞い、聖に見事なフライングクロスチョップを決める蓉子。
「はぶぁっ!!」
吹っ飛んだ聖は海面に顔を突っ込み、体を痙攣させている。
「……次は、景さんの番ね。どんなお仕置きがいいかしら」
ゆらり、と体を揺らして景に視線を向ける。その顔はまさに、阿修羅のごとき様相だった。だから待て。そもそも蓉子の方が聖と景に対して二股かけているのではないか、と言いたかったけれど言えなかった。
「ちょっと、えと、真美ちゃん?いい加減、離してくれる?身の危険が……」
「だ、ダメです。離したら、見えちゃうじゃないですかっ!」
「大丈夫、見えて困るほどのモノじゃな……ぐええぇっ!」
「ひ、ひどいですーっ!」
抱きしめるようにして景の首にからめられた真美の腕が、見事に景の頚動脈を締め上げる。
「し……死む……」
朦朧とする意識の中、オチる前に景が最後に見た光景は。
大量のドリンクを抱え持って殺到する二十人くらいの女の集団と、ラオウと同じオーラを放つ蓉子の姿。
(…………てゆーか、なんで私が蓉子さんにお仕置きされなくちゃならないのかしら……ああ、真美ちゃんの二の腕、ぷにぷにして気持ちいいかも……)
断絶する意識。
それでも加東景の乙女狩り道は続く。