福沢家は一男十女という大家族構成、だからであろうかというかやむなしというか、プライベートというものはなかなか得られない。個人の部屋など持てず相部屋だし、リビングにだって大抵は誰かしらいるし、お風呂だって時間とお湯と水道代の問題で二人か三人で一緒に入るなんてのはごく当たり前のことである。
それでもその中に一人だけ男がいるということで、兄、あるいは弟の視線にだけは姉妹達もさすがに敏感にはなっている。その中でも特に敏感なのは、ちょうど思春期お年頃を迎えている姉妹である。
「――おーい笙子、そういえばこの前貸した辞書」
「…………え」
「あ」
祐麒が扉を開けると、目に飛び込んできたのはなめらかな少女の肢体だった。清潔で清純さを思わせる純白の上下のセット。可愛らしいフリルのついたピンク色の上下のセット。
「ご、ごめん、着替え中とは知らなくて」
まだまだ発育が不足していると思える胸部、そこまで細くない腰部、対して立派な迫力を持っている臀部、それら各部の情報が視界から飛び込んでくる。
「やだぁ、お兄ちゃんのえっちぃ!」
笙子が腕で胸元と下腹部を隠しながら、頬をほんのり赤くして軽く睨みつけて怒った口調で言うが、全く迫力がない。
「いやわざとじゃな……」
「いいから――さっさと部屋から出て行きなさいよ、馬鹿エロ兄貴!」
「ひでぶぅっ!?」
一方で乃梨子が繰り出したミドルキックがモロに鳩尾に入り、うめき声をあげてその場に膝から崩れ落ちる祐麒。妹によって床を舐めさせられるという屈辱に見舞われながら、どうにか首を捻って見上げると。
蹴り終えた乃梨子の開かれた股間(もちろんパンツに包まれている)をローアングルから見る格好となっていた。
みるみるうちに乃梨子の顔が般若の形相になってゆく。
「懲りない変態っ! このっこのっ!」
「いや、これは乃梨子の――あぶっ! ほべぇっ!!」
容赦のないストンピング攻撃、祐麒は頭を抱えて丸まっていることしかできない。
「ちょっと乃梨子ちゃん、もうやめなってばー」
見かねた笙子がようやく乃梨子を止めてくれて、祐麒は九死に一生を得た。
「……まったく、妹の着替えを覗いて興奮するなんて、とんだ変態兄貴だわ」
「あのなっ、乃梨子の着替えや下着姿を見て興奮するわけないだろうが」
妹なんだし、小さいころから一緒にお風呂に入ったり、下着姿を見たりして育ってきたわけで、今さらである。確かに中学生になったくらいから女性として体の方も発育してきて、意識せざるを得ない部分があるのは事実だが、だからといって妹たちに発情することと話は別だ。
「大体だな、乃梨子の体つきじゃ」
「いいから、さっさと出て行って!!」
投げつけられた枕を顔面で受け止めながら、祐麒は部屋の外に転がり出たのであった。
朝からそんなことがあったせいで、学校に行ってからも乃梨子は少しばかり不機嫌であった。昼休み、そんな乃梨子の周囲で友人達が楽しそうにおしゃべりに興じているのを適当に聞き流していたのだが、不意に話題が変な方に向かいだした。
「――乃梨子のお兄さんってさ、格好いいよね」
「…………は?」
頬杖をついていた手から顎を離し、声のした方に顔を向ける。一体、なんのことか理解できず訝しげな目をして発言の主を見つめる。
「え、何、誰が格好いいって?」
「だから、乃梨子のお兄さん。ちょっと素敵じゃない?」
発言者は城之内恭子、うわさ話や恋愛話が大好きな女子で乃梨子とウマが合うとは思えないのだが、なぜかよく乃梨子に絡んでくる。
「そんなわけ――」
「あ、分かるかも。でも格好いいっていうより、可愛い系じゃない?」
「中性的で優しそうなところとかいいよね」
否定しようとした乃梨子よりも早く、周囲の他の女子が賛同の意を示してきたので、乃梨子は更にびっくりする。
「乃梨子はさ、一緒に暮らしていてそう思ったりしないの?」
「するわけないじゃん、だって兄だよ?」
肩をすくめてみせる乃梨子だったが、なぜか内心がざわざわと落ち着かない。あの祐麒が同級生たちから人気があるなんて全く考えていなかったから、驚いているだけだろうとは思うけれど。
「そうなんだー。でも笙子ちゃんは、お兄ちゃん大好きっこだよね、双子でも全然違うんだ、その辺は」
「笙子はブラコンなだけよ。一緒にしないで」
双子ということもあって笙子とは別のクラスだが、同中だった女子は祐麒に対する笙子のあけすけな好意を知っていたようだ。
「やっぱり、彼女とかいるの?」
「兄さんに? ないない、そんな甲斐性ないし」
鼻で笑って否定すると、それを見ていた恭子が茶髪をかきあげながら口を開く。
「ふうん。それじゃ、あたし立候補しちゃおうかな。タイプなのよね」
――――え?
これまた今日何度目のびっくりだろうか。目を丸くして恭子を見る。
「恭子ちゃん本気なの? え、告白とかしちゃう?」
「でも恭子、彼氏いなかったっけ?」
「とっくに別れているし。ねえだからさ乃梨子、今度紹介してくれない?」
そう言ってきた恭子に。
「だ――駄目駄目そんなの絶対に!」
と反射的に言い返していた。
思わぬ大きな強い反対の声に、それまで楽し気に話していた女子達の言動がぴたりと止まり、乃梨子に視線が集中する。
「……なんで? 別に、いいじゃん」
「もしかして乃梨子、口ではなんだかんだ言っておいて、お兄さんのこと」
「そっ、そんなわけないでしょ! わたしはただ、恭子のことを思って忠告してあげているのよ。だって兄さん、実は超むっつりスケベでエッチなんだから! 今朝だってわたしが着替えている最中にうっかりを装って部屋に入ってきてくるし、他にもお風呂の時とかよくあるし、そ、そんなんだよっ?」
「へえ~~、そうなんだぁ?」
「そうだよ、だから、やめておいた方がいいって!」
「ふぅん?」
乃梨子が焦って必死に説明すればするほど、なぜかニヤニヤとしていく級友達。
「たまたまなんじゃないの? だって一緒に住んでいるんだし、そういうこともあるでしょう」
「それにしては多すぎるし、狙っているんだよあれは。それくらいエロエロの変態で女の敵なんだから、そんなの好きになったって後悔するだけだから」
「そうなんだ。でもそれじゃあ、お兄さんは狙って乃梨子の着替えを覗いてきているってこと?」
「そーゆーこと、本当に変態だよね」
「じゃあ、乃梨子に欲情しているのかな?」
「そう……ゆうこと、なわけで」
「ホントにぃ? 妹にそんなこと思うかなぁ。しかも、真面目っ子の乃梨子相手にねぇ、魅惑のマシュマロボディを持つ笙子ちゃんならともかく」
「ほっ……本当だし! とにかく、そういうことだからっ」
半ば強引に話を打ち切り、トイレに行くと言って席を立つ。
ずんずんと廊下を歩きながらも、乃梨子の頭の中では色々な思いが渦巻いていた。
『乃梨子の着替えや下着姿を見て興奮するわけないだろうが』
『真面目っ子の乃梨子相手にねぇ、魅惑のマシュマロボディを持つ笙子ちゃんならともかく』
今朝からの発言が脳裏に渦巻く。
無駄に負けず嫌いでプライドの高い乃梨子は、その時から頭の中で作戦を練り始めていた。
☆
土曜日。
景はいつも通り仕事で部屋に缶詰、蓉子も土曜出勤、菜々は友達の家に泊まりで遊びに行き、他の姉妹達も全員というわけではなく出払っている者が多く、福沢家内は珍しく静かだった。たまにはこんな時間があっても良いだろうと、祐麒は一人部屋でゲームをしていた。菜々がいるときは対戦ゲームなど一緒にできるゲームをすることが多いので、一人の時はRPGやADVなどをプレイする。
「――何しているの、兄さん?」
そんな時、部屋に入ってきてそう声をかけてきたのは乃梨子だった。普段の乃梨子は、リビングなどにいるときはともかくとして、わざわざ祐麒の部屋にやってくるなんてことがないので珍しいことだった。
「見てわかるだろ、ゲームだよ。乃梨子こそどうしたんだよ、珍しい」
「暇だったから、ちょっと見に来ただけ。何のゲーム?」
「スパイとして敵地に潜入してミッションをこなす、アクションとアドベンチャーの混合されたようなゲーム、ってとこかな」
「へえ、面白そう」
言いながら祐麒の隣に腰を下ろす乃梨子。
「確かに、乃梨子はこういう相手の裏をかいたり、騙したりっていうゲームなんか好きそうだよな」
「失礼ね、頭脳的なのが好きだと言ってよ……あ、ちょっと、見つかっちゃう」
「おっと」
画面に目を向けると、敵の監視役が近づいてくるところで、慌てて物陰に身を潜ませてやり過ごす。
ちらりと隣に目を向けると乃梨子は画面に集中しており、どうやらこのまま居座るようだった。慣れない状況で微妙に落ち着かないが、邪魔をするわけでもなさそうなので放っておくことにする。
「ほら兄さん、今じゃないの?」
「ああ、うん」
促されてゲームを再開しプレイを進めていくと、乃梨子もゲームにのめりこんできたのか、前のめりになって画面を見つめ出した。
それは良いのだが、緩いトップラインのキャミソールから胸元が覗いて見え、しかもささやかなその胸の膨らみに加えてあやうくその先まで見えそうになっている。休日だし家の中だし気を緩めているのだろうが、年頃の女の子なのだから少しは気を遣って欲しい。もっとも、だからといって妹の乃梨子にどうこうしようとは思わないが、気にはなる。
ここで注意すると、またエロだの変態だの口うるさく言われるだろうから、気付かないふりをしてゲーム画面だけに集中することにした。
「…………ああ、もうっ、そっちじゃなくてこっちじゃないの?」
ところが今度は、文句を言いながら祐麒の腕を掴んできた。その腕に、キャミソールごとノーブラの胸が押し付けられる。姉妹の中でもっとも慎重で用心深く真面目な乃梨子がそんなことをしてくるとは、よほどゲームが面白いのか。まあ、滅多にゲームなんてやらないから物珍しいのかもしれないが。
「兄さん、ほらこっちだってば」
コントローラを持った腕にぐいぐいとさらに押し付けてこられると、さすがに祐麒も我慢が出来なくなってきた。
「――――乃梨子」
と、キャミソールからむき出しになった妹の二の腕を掴んで正面から顔を見つめる。
「え……あ、ちょ、兄さ」
「――ゲームするのに動きにくいからさ、悪いけどもう少し離れてくれる?」
「――――ぇ」
「あとさ、休みの日だからってだらしないだろ、その格好は。もう少しちゃんとした方がいいぞ」
「な、な……」
「乃梨子ももう高校生になったんだから、少しは女の子らしくなっ」
「ば、馬鹿――――っ!」
いきなり乃梨子の前蹴りが炸裂して派手に床に倒される祐麒。
「何よ馬鹿兄貴、変態っ、もう知らないんだからっ!!」
訳の分からない捨て台詞を吐いて部屋から駆け出していく乃梨子。打ち付けた頭をさすりながら身を起こす祐麒だが、楽しげにゲームを見ていた乃梨子が急に怒り出した理由が全く分からずに首を傾げるしかない。
「――ふぅ、全く駄目ねぇ祐麒さんは」
「し、静姉さんっ!? どういうことさ」
いつからそこに立っていたのか、部屋の入り口で祐麒のことを見下ろしてきているのは静だった。
「せっかく乃梨子さんがなけなしのおっぱ……いえ、勇気を奮い起こしていたというのに、乙女の気持ちを分かっていませんね」
やれやれといった風に肩をすくめてため息を吐き出す静だったが、相変わらず祐麒には理解できないでいた。
「それはともかく、このまま放っておいていいんですか? 乃梨子さん、そのまま外に出て行ってしまいましたけど」
「え……ったく、何やってんだか、あの馬鹿」
あんな格好のまま外に出たというのか。上はノーブラのキャミソール、下はショートパンツなんて、いくら暑くなってきたからといっても無防備にすぎる。乃梨子であれば変なことにはならないと思うものの、心配にはなる。
「――ちょっと、探してくる」
「ふふ、ご検討をお祈りしますわ」
静の謎の笑みを背に受けて外に出るも、既に乃梨子の姿は見当たらない。とはいえ、どこかに行こうとするなら駅に向かうだろうと、とりあえず祐麒も駅に向けて足を速め、いざ到着して少し周辺を探し回ってみると、小さな路地裏で男たちに絡まれている乃梨子の姿を見つけ出した。
「――なんだよ、ちょっと付き合うくらいいいだろ。そっちからぶつかってきておいて」
「だから、謝ったじゃないですか」
「その態度が謝っているようには見えないっての」
男たちに無駄に絡まれることもそうだし、その相手に対するやり取りも、どうにも乃梨子は要領が悪すぎる。事態が悪化しないうちに仲裁に入ろうと思う祐麒だったが、それより早く状況が変化した。
「だから、ちょっとくらいいいじゃん。そっちだって元々、男でも引っかけにきていたんじゃないのか、そんなエロい格好して」
「――――!?」
男の言葉に身をすくめる乃梨子。
「見せたかったんじゃないの、こういう風に」
そしてそんな乃梨子に対し、なんと男の一人がキャミソールのトップラインに指を差し入れて引っ張り、胸元を覗いて見せた。
「ひ…………」
それを見た瞬間、祐麒の中で何かがぶち切れた。
「お前らっ、何してんだっ!!」
全力で駆け出し、乃梨子の元へと向かう。
「ん? なんだコイツ」
「え……に、兄さ……」
「お前ら、嫁入り前の乃梨子に何かしてみろ、許さないぞ!」
「――――っ!?」
男たちに突っ込んでいく。相手が三人だとか、明らかに柄が悪そうで祐麒よりもガタイが良いとか、そんなことは考えもしなかった。ただ、妹の乃梨子を守るため、妹の乃梨子にとんでもないことをしでかしたことに対し、怒りが体中を巡っていた。
そして――
「くそっ、イテテテ…………」
どうにかこうにか男たちを撃退した。不意を突いたこと、油断していた男たちが動揺したこと、何よりも鬼気迫る祐麒の勢いに気圧されたのだろうか。祐麒の方も色々な個所を殴られたり蹴られたりしてボロボロになっていたが、最終的に男たちの方が逃げていったのだから、勝ったということで良いのだろう。
「大丈夫か、乃梨子?」
体の痛みに耐えながら振り返ると。
「うっ……うぅぅ…………」
「え、うわっ、乃梨子どうした!? どこか痛いのかっ?」
立ち尽くした乃梨子が涙をぼたぼたと垂らして泣いていた。気丈で勝ち気な妹の泣いたところなど見た記憶のない祐麒は焦り、あわあわとしながら乃梨子のもとに寄る。
「どこか怪我したのか? あいつらに何かされたのか? くそっ、あいつらっ」
「ち、ちがっ……うっ、ご、ごめっ……兄さん、わたしのせい……でっ……」
どうやら乃梨子自身に問題があるわけではないらしいと分かりホッとする。乃梨子が謝っているのは、自分のせいで祐麒を危ない目にあわせ怪我させてしまったことによるようだ。普段は生意気だけど、真面目で責任感が強いだけに反動もあるのだろう。祐麒は乃梨子を安心させるように胸を張り、わざとらしく元気なポーズを取って笑ってみせる。実際には、見た目の怪我は派手ではないが、腹や足など分かりづらい場所のダメージはそれなりにある。だからといって、そんな様子を見せるわけにはいかない。
「俺はこの通りピンピンしているしなんともないって。だからもう泣くなって、な?」
頭を撫でてあやすなんて、乃梨子に対して行った記憶もない。数分間そうしたところでようやく乃梨子も落ち着いてきて泣き止んだ。
「さ、帰ろうか」
「あ…………う、うん」
乃梨子の手を握って歩き出す。いつもの乃梨子なら怒って手を振りほどいてきそうなものだが、さすがに今日は嫌がる素振りも見せず素直についてきた。
「あの……本当にごめん、兄さん。わたしなんかのために……」
「だから、もういいって。それに、わたしなんかとか言うなよ。大事な乃梨子のために体を張るなんて、当たり前なんだから」
「えっ……」
姉妹住人、誰一人とってもかけがえのない家族である。生意気な口ばかりきいてしょっちゅう喧嘩している乃梨子だって、可愛い妹に変わりはない。そんな姉妹達を守るためなら、祐麒はなんだってするつもりだったし、苦労や辛いなんてことはない。
「そっ、それじゃあ、あの男の人たちに言ったことも……本気、だったの?」
「ん、言ったことって何だっけ?」
「だから、その、嫁がどうとか」
「ああ、当たり前だろう、本気に決まっている」
嫁入り前の妹の体に何かあったら、それこそ許す気など毛頭なかった。
「そそ、そうなんだ…………に、兄さん、私のことをお嫁さんに……私のことが本命だったんだ」
俯き何やら小声でぶつぶつ言っている乃梨子だったが、街の喧騒にかき消されてよく聞こえない。その後は特に会話もなく無言で家まで歩き、家の手前まで来たところで繋いでいた手を離して、何もなかったかのように家に入る。乃梨子もそう望んでいたし、祐麒も事を大げさにはしたくなかった。
他の姉妹に特に怪しまれることもなく、夕食と風呂を終えて就寝する。なんだかんだいって疲れていたし、ベッドに倒れ込むとあっという間に寝てしまった。
そのまま朝までぐっすり眠るかと思ったが、途中でなぜか寝苦しくなった。まだ真夏でもないというのになんだか暑くて夜中に目が覚める。
「…………あれ、菜々?」
「ち、違うわよっ」
「その声……え、なんで乃梨子が?」
暑くて寝苦しい原因は、同じ布団の中に乃梨子が入ってきており、祐麒の腕にぴったりと抱き着いてきているからだった。菜々で慣れているはずだったが、今の乃梨子の方が随分と体温が高いように感じられた。
「なんでって、それは、ほら今日は菜々がいないから兄さん、寂しいかなって思って来てあげたの」
暗くてよくわからないが、口調からツンとした乃梨子の表情を思い浮かべる。それでも、いつもほどの勢いを感じられないのは、やはり昼間のことがショックであり堪えているのかもしれない。そうでなければ、こんな風に祐麒のベッドに潜り込んでくるなんてこと乃梨子がするわけがない。
「そっか。ありがとう、嬉しいよ、乃梨子」
だから優しく受け止めてやる。幼いころは別として、こんな風に乃梨子と一緒に寝るなんて初めての事だったし、しおらしい乃梨子も可愛いものだ。
「……本当に、嬉しい?」
「もちろん」
「…………そう。ホント兄さんったら、仕方ないんだから」
などと言いながら、腕ではなく体の方に密着してくる乃梨子。温かいというよりも熱い体温が伝わってくる。
「でも、そこまで思ってくれるなら…………んになってあげても、まあ、いいけれど」
祐麒の胸にぴったりと額をくっつけて何か呟くように言う乃梨子。
「ん、何か言ったか?」
「なんでもないっ」
よくわからないが、とりあえず乃梨子の好きにさせておくことにした。何よりさっさと寝たいのだ。
「――ふふ、兄さん」
そんな乃梨子の声を耳にしながら、再び眠りに落ちてゆくのであった。
☆
そして朝。
「…………ん……」
なんとなく、目が覚める。大抵、決まった時間に目を覚ます乃梨子にしては珍しく、まだ少し早い時間だ。そういえば昨夜は祐麒のベッドに入り込んだことを思い出し、慣れないベッドだから早めに目が覚めたのだろうかと思って上半身を起こし、汗をかいた額に張り付いた髪の毛を払いながら乃梨子が見たものは、祐麒の股間に張られた立派なテントだった。
「う……え?」
パジャマがわりに履いているハーフパンツの上からでも分かる大きさに、乃梨子は赤面しつつも目が離せない。
「こ、これってやっぱり、わたしのせい、ってことだよね……」
おそるおそる近くに寄って見る乃梨子。
(わ、わたしだって、勉強しか知らないわけじゃないんだから……)
ネットで株をやっている合間とか、深夜に笙子が寝静まった後にとか、ネットでそういう知識だって仕入れている。
乃梨子は決意の眼差しで、祐麒の股間を睨みつけた。
そして。
「……あら乃梨子、祐麒さんの股間に顔を寄せて、何をなさろうとしているのかしら?」
「――――っ!? ねねっ、静姉さんっ!?」
いきなり目の前に現れたのは、静の整った顔だった。
「よろしければお手伝いしましょうか?」
「よっ、余計なお世話よっ、これくらい一人で……」
「一人で?」
「――――!」
真っ赤になって、慌てて離れる乃梨子。
「おはよう祐麒ちゃんっ……って、ななな何してんの静、乃梨子っ」
「あら蓉子姉さん」
「蓉子お姉ちゃんっ、ちがっ、別に、何もっ」
部屋にやってきた蓉子がベッドの上の二人を見て飛び寄ってきた。更に、その後に部屋を覗き込んできた瞳子が目を丸くする。
「な、なんですの、蓉子お姉さまと静お姉さまと乃梨子お姉さまが、お兄様の……お、お兄様……の……」
「こうなったら皆でします?」
「……ん…………って、うわあああっ、ちょ、みんな何してるのっ?」
騒ぎに目を覚ました祐麒が、意味不明な状況ながらもとんでもない自分の状態に気が付いて悲鳴を上げる。
福沢家は今日も平和だった。
つづく?