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ノーマルCP マリア様がみてる 真紀

【マリみてSS(真紀×祐麒)】あの時の少年

更新日:

~ あの時の少年 ~

 

 年内にもいくつかの試合をこなし、それなりに満足いく結果を得られた時もあれば、あっさりと負けてしまった時もある。安定して勝つことが出来ないと、本当に強くなったとは言えないのだろうが、祐麒はいまだそのレベルにまでは達していないのか、成績にもムラが出る。だが逆に、調子に乗っているときは自分でも驚くくらいの反応、動き、引きをみせることもある。
 調子の良い時が、どうにか年明けの大会には間に合ってくれと願い、年を越した。
 真紀の恋人の話については、その後どうなったのかは祐麒にはわからない。順調に関係を進めているのか、あるいは実はそんな相手はいなかったとか、いずれにしても一生徒である祐麒に分かることなど殆どないのだ。
 だから、やれることをやるしかない。
 そうしてやってきた年明けの大会。名人戦、クイーン戦などというのは今のところ遥か先で手の届かないものであり、祐麒が出場するのは一般の大会である。年明けの大会といっても新春なだけあって一月には幾つか大会があるのだが、その中でも初っ端の大会に祐麒は賭けていた。
「それじゃお互いに頑張りましょう。当たっても容赦しないわよ?」
 環や部活のメンバーとも互いに検討を誓い合う。C級、D級の部員も、今日の大会で昇格するぞと意気込んでいる。
「祐麒、頑張ってねー」
 珍しく、祐巳まで見に来ている。
「祐麒くん、ふぁいとー」
 隣には、桂と志摩子までやってきていた。
「格好いいところ見せたら、志摩子さんも惚れちゃうかもよっ?」
「ちょ、ちょっと桂さんっ」
 桂が口にした軽い冗談に、赤面して慌てる志摩子。
「こんなに見に来られると、緊張するな」
「それにしても、結構な人が見に来るもんだねー」
「あたし、初めて見るから楽しみーっ」
「頑張ってくださいね、祐麒さん」
 女性陣の応援を背に受けて、試合へと臨む。その前にもう一回、会場を見回してみたけれど、真紀の姿は見当たらない。この大会に参加することは伝えてあったが、部活動として参加しているわけではないし、引率が必要なわけでもないから居ないのは当たり前といえば当たり前なのだが、やはり少しはがっかりする。
 もちろん、だからといって気合が入らないとか、力が出せないとか、そんなことはない。祐麒自身、けじめをつけるために必要なことでもあるのだから。仮に今日、A級に昇級することができなかったとしても、かるたを続けることに変わりもないし、今はとにかく一戦必勝で臨むのみである。
 勝ち進むためには実力が必要なのは当然として、組み合わせの運もある。対戦相手の決まったトーナメントではなく、勝ち抜くごとに対戦相手が決まっていくので、相手に応じた戦略を事前に練るということも難しいから。
 そういった意味では、今大会における対戦相手運は決して悪くはない。
 初戦は硬くなりやすい祐麒だが、相手もさほど強い相手ではなく、終盤になってようやくノッてきた祐麒が最後に突き放して勝利を収めた。
 その勝利の勢いをもって次も勝ち進む。疲れは溜まっていくか、徐々に調子が上がっていくような感じで、大差で勝つこともなく程よい緊張感で戦い続けられているのも良い。
「ああ、悔しい。私の分も頑張ってね、福沢くん」
 三回戦で負けた環がエールを送ってくれる。
「うわっ、かるたってこんな凄い競技だったの? 祐麒くんも凄いね」
 応援に来た桂が驚いて目を丸くしている。
 祐麒も応じたいところではあるが、一試合ごとに疲労はたまるし、記憶はリセットしないといけないし、さほど余裕があるわけではない。
 水分と糖分を補給し、次戦に備える。
 調子は悪くない。良すぎて調子に乗るというほどでもない。
 今回はいける。
 いや、絶対に勝ち抜くのだと強い気持ちを胸に、祐麒は次の戦いに向かった。

 

 会場に到着した時には、試合はかなり進んでいた。
 副顧問を務めているとはいえ名ばかりに近く、真紀はさほど競技かるたに詳しいわけではない。それでも練習や大会を見ることはあるわけで、名前以上に激しい競技だということは理解しているつもりだ。
 この日は部活動でもなんでもなく、来なければいけないわけではなかったが、真紀には他に理由があった。
『年明けの大会でA級にあがったら、もっと伝えたいことがある』
 あの祐麒の言葉の真意は何なのか。
 突然の告白には、正直、驚いたという意外には無かった。部活動の副顧問とはいえ滅多に顔を出すことはないし、授業があってもたまに問題を当てるくらいで、接点などそれくらいしかないのだから。数少ない男子でも決して目立つわけでもなく、真紀自身、これといった思い入れのある生徒ではない。
 そんな祐麒から突然、想いを告げられた。周囲にいくらでも真紀よりずっと若くて可愛い女の子が沢山いるのに、どうしたことか。あるいは逆に、そういう環境だからこそ真紀が大人っぽく見えたというところだろうか。リリアンで教鞭をとってきた真紀は、男子生徒から告白されるような経験もなく、戸惑うだけだ。
 ただ、祐麒が決してからかっているわけではなく、真剣なのだというのは伝わってきた。だから、祐麒の想いを受け止めるわけにはいかないが、簡単に無視してよいものとも思わなかった。
 それで今日、この大会である。
 正月休みで仕事もないので、思い出して足を運んでみたのだ。
 試合は既に終盤、もしかしたら負けてしまっているかもしれないと思いながら、こっそりと会場の中を覗く。
(………………いた)
 試合をしている人の数は少ないが、祐麒の姿はその中にまだ残っていた。見る限り、準決勝と思われ、これに勝てば決勝戦となる。
 状況を見れば、祐麒の陣の方が枚数は少ない。
 窓の外から室内の様子を覗いているだけでも、熱気が伝わってきそうなほどの戦いが繰り広げられているのが分かる。
 真紀が見つめる中、勝負は進む。一時、差を詰め寄られる祐麒だったが、最後に得意札が固まっていたのか、連取して見事に勝利を収めた。
 B級以外の試合が終わったことも確認してから、真紀は中へと入っていった。
 中は参加者、応援者、観戦者などで人の数が多く、簡単には見つけられそうにはないが、見つけたところでかけるべき声もないのでそれでいいのかもしれない。そもそも、決勝に向けて今は休養を取り、雑念は捨てるべき時間のはず。
 暑さのためコートを脱ぎ、観戦のため会場に向かう。
「あれ、鹿取先生っ」
「え……ああ、福沢さん」
 真紀の姿を見つけて声をかけてきたのは、祐麒の姉である祐巳だった。一緒に、志摩子と桂の姿も見える。
「鹿取先生がなんでこんな場所に……」
「あ、こら、それは失礼な言い方じゃないかしら。私はこれでも、かるた部の副顧問なんですから」
「えっ、あ、そうか」
 偉そうに言えるほど活動はしていないが、ここは多少大げさだとしても通すしかない。まさか、祐麒の言葉が気になってやってきたとは言えない。
「福沢さん、凄いじゃない。福沢くん……弟さん、勝ち残っているんでしょう?」
「はい、なんと次、決勝ですよ。私もびっくりしています」
「祐麒くん、格好いいですよねー」
 喜んでいる祐巳たちを見ていると、素直に可愛いなと思える。祐巳はともかくとして桂や志摩子など、こんな可愛い子達が周りにいるのだから、この子達と素敵な恋愛を経験すればよいのにと思う。
 そうこうしているうちに休憩を経ての決勝が始まる。
 各級、激戦を勝ち抜いたものだけがたどり着ける場所。それでも、また半分は負けてしまうのだ。
 祐麒の対戦相手は大学生、真紀はよく知らない相手だが、決勝まで残るくらいだから当然強いのだろう。
 読手が歌を詠み、選手が取る。見るたびに思うことは、よくあのような速さで判断し、正確に取ることができるものだなということ。更に試合がすすめば、何が読まれ、何が読まれていないのをきちんと覚えていることにも驚かされる。
 試合は、相手が先行して逃げる展開となっている。どうにか祐麒も食らいついて大きな差は開いていないが、なかなか詰めることもできない、相手のペースといってよいだろう。
 息の詰まる展開の中、祐麒は一旦手を挙げて間を挟むと、立ちあがって肩をほぐすように軽く回す。
「…………」
 その姿を見て、真紀の心に何かが引っかかったが、その正体が分からないままに試合は再開される。
 休憩を挟んだ効果があったのか、連取して差を詰める祐麒。
 畳の上から札を見据え、目にもとまらぬと思える手の動きで払う。額から滴る汗をタオルで拭い、呼吸を整える。
 その様相、横顔を見て、真紀はまたしても心の奥底が騒ぎ出すのを感じる。
 どうしてだろう、その理由が分かりそうで分からないのがもどかしい。
「――よしきたっ!」
 声が室内に響き、思考していた意識を戻すと、払った札を祐麒が立ち上がって取りに行くところだった。待っていた札が読まれたのか、あるいは自分に喝を入れるためか、声に出す人も多い。
 祐麒は札を拾い上げると、手にした札を見て笑みを浮かべた。
 その横顔に、真紀はハッとする。
「…………ねえ、福沢さん」
 小さな声で、隣に立つ祐巳に声をかける。
「はい、なんですか?」
「福沢くんって、昔……野球やってたわよね」
「はい、中学まで。結構、凄かったんですよ、ピッチャーで」
「――――っ」
 思い出した。
 そうだ、あれは何年前のことだったか――

 

 教師になって五年目となった真紀、それまでは順調に教師としての道を歩んでいたと思っていたのだが、ちょっとした壁にぶつかっていた。
 最初は教科担任から、二年目に副担任となり、副がはずれて正式なクラス担任となってもつつがなく終えることが出来た。緊張したし、まったく失敗がなかったなんてことはないが、それでも大きな問題もなく一年を過ごし、生徒からもそれなりに慕われているという手ごたえもあった。
 そうして今年、最上級生となる三年生を受け持つことになった。三年生ともなればかなり大人だし、問題が起こるとも思えなかったのだが、受験を控える身でもある。特にリリアン以外の、外部の大学を受験しようと考えている生徒は早いうちからピリピリしている子もいて、気を使う必要があった。
 真紀が受け持ったクラスの中には、特に神経質な子がいて、他の生徒とぶつかりがちだった。三年生になってもイベントに力を入れたい生徒、勉強に集中したい生徒、ちょっとしたことから衝突し、話し合いから言い合いに発展し、暴力こそ発生しないものの教室内の空気が良いとは言えない状況。
 育ちが良い子が多いので学級崩壊とかになるようなことはないが、真紀にとってはなかなか重たい事態である。
 間に入って仲裁しようとすれば、どっちの味方なんだと両方から責められる始末で、もう少しうまくできると思っていただけにちょっとショックだった。
 悩みを抱えつつも仕事はこなす必要があり、土曜日も色々と学校で雑事をこなしての帰り道。真っ直ぐ帰ったところで何かすることがあるわけでもなし、気分転換にと、珍しく気の向くままに自転車を走らせてみた。
 風を切って走る自転車が好きで、気候の良い時は通勤でも使用しているのだ。
 適当に走り続け、少し休憩しようかと思ったところで河川敷に出た。見下ろすと、少年野球チームらしきものが練習をしていたので、自転車を止めて眺めてみる。
 漠然と見ていてもつまらないので、誰か勝手に応援しようかなと子供たちを見ている中で目に留まったのは、他の子と比べても一際小柄な少年だった。明らかに小さくて、それでも頑張っているので応援しようという、単純な理由である。
 応援するといっても声に出すわけではなく、単に目で追いかけるだけだ。
 しかし、肝心の少年はといえば、ずっと外野で球拾いばかりだった。体が小さいのも、学年が一番下だからなのかもしれない。それでも目で追っていると、視線に気が付いたのか少年がちらりと真紀の方を見た。が、すぐに球拾いに戻る。
 しばし球拾いとその他の練習を見た後、真紀は自転車に乗って帰宅した。

 翌週の土曜日、また河川敷に行ってみた。時間が遅かったのか、人の気配がない。帰ろうと思ったところで、少し離れた橋脚の下で一人、ボールを投げている少年を発見した。自転車を押して近づいてみると、例の球拾いをしていた少年だった。
 壁に向かってボールを投げ、跳ね返ってくる球をグラブでキャッチする。なるほど、一人で練習するとなると、そういう風にするのかと頷く。
 自転車を止め、河川敷の土手に腰を下ろし、風を受けながらペットボトルのお茶に口を付ける。心地よいが、学校における悩みは依然として解決していないので、それを思い出すと心は重くなる。忘れるために、こうして気晴らしに来たのだから思い出さなければよいものの、そう簡単に忘れられたら苦労はしない。
 しばし、膝を抱えてボーっとしていると、いつの間にか少年の姿が見えなくなっていた。と思ったら、真紀が座っている場所の眼下を歩いていた。練習を終えて帰るのかと思ったら、なぜか真紀の方に向かって土手を上がってくる。
 やがて少年は、少し距離を置いた場所で立ち止まり、真紀をぐっと睨むようにして見つめてきた。
「あの……なんですか。先週、そして今日と、俺のこと」
 警戒するような態度で、そう真紀に向かって言う。先週に気づかれたと思ったのはどうやら間違っていなかったようで、その真紀が今日もまたいることから不審に思ったのだろう。特に、今日は少年が一人というのもある。
 坊主頭に幼い顔立ちの男の子が、物おじせずに真紀に物申してくる。女ということもあるかもしれないが、その度胸はなかなかたいしたものだ。
「気になったらごめんなさいね。ただ私は、君を応援したくて見ているだけなの」
 そんな少年の押しを、真紀はさらりとかわす。
 すると。
 少年の顔が、赤く染まっていった。
「そ、そんなこと言われたって、信じられないし。俺なんてまだ一年で、ただの補欠だし」
 照れてしまったのだろうか。横を向いて口をとがらす様が、さらに幼く少年を見せる。
「そんなことないわ、本当よ?」
 実際、応援していたということに偽りはない。
「じゃあ……また来週も、見に来るんですか?」
 しかし、真紀の言葉を受けて少年は、思っていた以上のことに受け止めてしまったようだ。表情には、期待とも不安ともとれる何かが浮かんで見える。
「毎週、練習しているの?」
「…………土日は、たいてい」
「それじゃあ、明日も応援に来るわよ?」
 そう言うと。
「――べ、別に、あんたに応援してもらいたいわけじゃないし」
 ぼそっと口にして、赤くなった顔を隠すように背を向けると、少年は声をかける間もなく走り去ってしまった。

 

 翌日曜日、実際に見に行くと、少年は驚いた表情を見せた後、真紀に気が付かなかったふりをして練習を続けた。なんだか可笑しくて笑ってしまう。
 それ以来、週末で特に予定がない時は少年野球の練習を見に来るようになった。学校ではテニス部も見ているので、テニス部の練習や試合が土日にある時は無理だが、それ以外であればデートする相手がいるわけでもなし、季節的にも外にいるのは気持ちよく、サイクリングがてらやってきて見ていくのはそれなりに楽しかった。
 単なる練習ではなく練習試合の時もあったが、少年の出番はなく、見ればベンチの方で一生懸命に声を出して応援している姿が見られた。レギュラーにはまだまだなのだろう。
 そうして真紀の練習観戦回数も片手では数えきれなくなったある日、練習の間中に少年から何度かちらちらと見られ、それが気になった真紀は珍しく練習終了後まで残った。いつもの少年は、練習中はあくまで野球に集中して真紀に気を取られることは殆どなかったから。
 しかし、練習後のグラウンド整備が終わると、少年野球のメンバーは皆でまとまって帰宅し始める。勘違いだったかと思い、真紀も自転車に跨ってゆっくりと走り出す。
「………………」
 しばらく走ると、呼ばれたような気がしてふと後ろを見ると、後方から必死で走ってくる少年の姿が目に入り慌てて自転車を止める。
「――――どうしたの?」
 少年が追いつくのを待ち、真紀は尋ねる。
 呼吸も荒く、汗が首筋から流れてぽたぽたと地面に落ちてゆく。
「――別に。ただ」
 じっと言葉を待つ。こういう時、下手に茶化したり先を急がせたりしてはいけない。少年は、真紀が何も言わずにいるのを見て、拗ねたようにぼそっと言った。
「来週――練習試合――俺、投げるかも」
 言われても初めはピンと来なかったが、おそらくそれがリトルシニアでの初登板、なのであろうと察する。そしてそれを、わざわざ真紀に伝えに来たのだ。他の皆がいると恥ずかしいから、一度は皆と一緒に帰りながら、わざわざわ戻ってきてまでして。
「別に、わざわざ言いに来たわけじゃないけど、忘れ物取りに来たら姿が見えたから、言っておこうかなって」
 あんなに一生懸命に、野球道具の詰まったバッグを背負ってガチャガチャいわせながら走ってきたのに、そんな風に言う。おかしかったけれど、真紀は笑わず素直に祝福する。
「本当? 良かったじゃない、あれだけ練習していたものね、頑張って」
 初めて試合に出られる時の緊張と嬉しさは、かつて真紀だって感じたことがある。だから、茶化すなんてできっこない。
 すると。
 少年は初めて、真紀の前で邪気のない素直な笑顔を見せた。
 しかし、すぐにそんな顔をした自分が恥ずかしくなったのかしかつめらしい顔に戻り、踵を返して走ってゆく。
「――元気だなぁ。私も、元気、出さないとね」
 学校での問題はいまだ解決していない。こうして少年野球を見に来るのは、自分自身が活力を貰うためでもある。
 また次の一週間に向けて、真紀も背筋を伸ばして自転車を走らせる。

 

 練習試合当日、少年の出番は試合の後半、所属チームが負けている状況での登板だった。
 そしてその結果はといえば、見ている真紀の方が声を失うほど惨憺たるものだった。
 相手打線に捕まり、徹底的に打ち込まれ、1イニングだけで5点を失った。四球もエラーもなく、間違いなく少年の投球による失点であった。試合はそのまま負け、結果に影響するものではなかったかもしれないが、初登板の期待は見事に打ち砕かれた。
 試合後、人気のなくなったグラウンドを見下ろす河川敷の土手で、真紀から体一つ離れた場所で少年は膝を抱えて座っていた。
 何も言わずに帰るべきか迷ったが、おそらくその方が傷つけると思い残った真紀のもとに、全員が帰った後しばらくして少年は戻ってきた。
「――ああ、くそっ、悔しいなっ」
 グラウンドを見つめる少年は、思いのほか落ち込んだ様子はなく、真紀としては少し拍子抜けした感じだった。
「……俺が落ち込んで、泣くとでも思っていたんでしょ?」
「そんなことは……まあ、泣くまでいかなくても、がっかりはしていると思ったけど、そうでもないのね」
「がっかりはしているよ。滅茶苦茶悔しい。でも、俺の今の実力はこんなもんだってことだし、それが分かっただけでも収穫だし。もっともっと練習しないと、駄目だって分かったし。実力がなけりゃ打たれる、そんなの分かってたことだし、それでいちいち泣いていたって強くなれるわけじゃない」
 ギラギラした目で言う少年だが、いつにもまして多弁なのは、やはり心の底ではもっと思うところがあるのだろう。
「そうね、でも、悔しくて涙を流すのは、悪いことじゃないと思うわよ。だから、悔しかったら泣いていいのよ」
「泣かないし…………だけど、さすがに少し凹みはしたかな。実力が足りないのは分かっていたけれど、もう少しは通用すると思ってた」
 肩を落とす少年。
 いつも気を張り、弱気なところを見せたことがないだけに、やはり実際には相当落ち込んでいるのだろう。
「元気出ない?」
「ん……そう、だなぁ……」
 腕を上に伸ばし、そのまま後ろに倒れこんで寝ころぶ少年。
「彼女に慰めてもらうとか?」
「そ、そんなの、いないよっ。でも、そうだな……可愛い女の子がキスでもしてくれたら、元気出るかも」
 それは、有名な某作品の台詞を知っていて口にしたのだろうか。
 分からなかったけれど、真紀は。
「――――え?」
 少年が驚きの声をあげ、目を丸くする。
 仰向けになっている少年の上に身を屈めると、真紀はそっと唇を押し付けた。
「――――っ!!?」
 跳ね起きる少年。顔を真っ赤にして、真紀の唇が触れた頬を手で抑えている。
「どう、元気出た?」
 尋ねると、少年は更に立ち上がり、動揺しつつも強がって見せる。
「べ、別に、これくらい。キ、キスっていったら、唇だろーし」
「それは大切なものよ。もっと君が頑張ったら、いつかしてあげるかもよ?」
「そ、それじゃあ。もし、俺が高校に入って、甲子園に出て優勝したら――」
 随分と大きなことを言うものだと思ったが、男の子なのだからそれくらい夢は大きい方が良い。
「――うん、いいわよ」
「お、俺と、結婚してくれる?」
 真紀が先んじて頷いたのと被さるように、少年はとんでもないことを言ってきた。
「え? ちょっと、それは」
「じゃあ俺、戻らないと。それじゃあまた――――マキさんっ」
 耳まで赤くした少年はすっかり元気を取り戻したのか、跳ねるような足取りで土手を駆けあがり、走ってゆく。
「うーん、少年のハートを射止めてしまったのかしら……」
 小さくなる背を見送りながら呟きつつ、どうして名前を知っているのだろうと思う。何かしらの持ち物に書いてあったのだろうか。
「まあ、ともかく、私もあの元気を見習わないとね」
 少年の発言のことは、さほど気にすることはなかった。冗談かもしれないし、ある程度本気だったとしても思春期特有のものだろうから。
 そして実際その後、少年とは何もなかった。というよりも、会うことがなくなった。部活の指導中に真紀が足を怪我して自転車に乗れなくなったこと、学校での問題が他にも色々と発生して多忙になったこと、幾つかの事情が重なって足は遠のき、いつしか真紀の頭の中から少年野球のことは薄くなってゆき、思い出すこともなくなっていたのだ。

「――――野球、やめたのね」
「中三の時に肩を壊しちゃったんです。それ以来、ずっと気が抜けていて心配だったんですけど、なんか高校に入ったら急にやる気を出して、なんだと思ったら競技かるたですからね、びっくりしちゃいました。まあ、元気が出て良かったですけど」
 試合場に目を移せば既に後半戦、いまだ相手のリードは変わらないが。
「――――っ!!!」
 会場がどよめく。
 相手のお手つき且つ祐麒は正しい札を取り、相手のダブで一気に差が詰まる。動揺して焦りを見せる相手に対して祐麒は勢いに乗り、次の札も連取する。送り札も攻撃的だ。
「取りつかれたようにかるたにのめり込んで、やりすぎって気はしたけれど、本人が良いなら、まあ良いですよね」
 さらに差を詰め、とうとう並んだ。
 再びリードされる。追いつき、逆転する。
「高校生のうちにA級に上がるんだって気合入れて、初心者なのにそんなうまくいくかって思っていたんですけど、こんなに上達するなんて」
「A級に上がるためには……?」
「B級の大会で優勝しないと上がれないんですって」
「――――っ」
「C級、B級は優勝しなくてもあがれるらしくて、実際、祐麒も3位とか準優勝であがったんですけど、A級にあがるには優勝が必要みたいで」
 だから、A級にあがるということにこだわっていたのか。
 息をのんで見つめる。
 間もなく、決着がつく。差は僅かであり、まだどちらに転んでもおかしくない状況にある。最後に勝利の女神を振り向かせるのは、果たしてどちらか。
 読手が札を手に取り、口を開く。
「――むらさめの――――」
 そして決着が、ついた。

 

おしまい

 

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