7.北からの使者
予定より遅れてシミュレータルームへ入ると、シミュレータは既に稼働中だった。様子を見てみようと管制ルームへ行くと、金髪の女性が管制を行っていた。
「あ……と」
「福沢大尉ですね。私はイリーナ・ピアティフ臨時中尉です。よろしくお願いいたします」
すぐに立ち上がると、ピアティフは敬礼をしてみせる。慌てて敬礼を返すが、思わず見惚れてしまう美人だ。多少、眉が太いがそれもまたチャーミングでもある。しかし、この基地には美人しか在籍してはいけないのかと思うほどの美人率だ。
「すみません、ちょっと様子を見たかったんですけど、邪魔なら失礼します」
「いえ、ヴォールク・データでは私の出番も既にありませんので、問題ありません。どうぞ、ご覧になってください」
ピアティフがそう言ってくれたので、遠慮なくモニターで見させてもらう。
「左が白銀訓練兵、右が神宮寺軍曹です」
今行われているのは、新OSを使用してのテストシミュレーションである。祐麒だけでなく、昼間の訓練を終えた後の武ならびに訓練兵の教官である神宮寺まりもを、新OSのためのパイロットとして訓練を行わせるようにしたのだ。
テストデータを多く揃えるのと同時に、現在の訓練兵207小隊B分隊メンバーを鍛えるための事前準備である。207小隊の訓練兵達は、任官した暁にはA01に配属される予定となっている。新OSを使う必要があるため、先んじて二人が手を付けているのだ。
武は当然のこととして、まりもに関しても教官として指導していく必要があるため、今の内から新たな機動概念に関する練度を上げておく必要がある。
シミュレーションのログデータを確認すると、武はさすがに機動概念を理解しているだけあり、既にさほど問題なく操縦して使いこなしてきている。
一方でまりもは従来の機動に慣れているためか、なかなかうまくはいかないようだが、それでも武の機動を見て、意図を考え理解し、自分なりに取り込もうとしているのが読み取れる。まだ使いこなせているとまではいえないが、さすがの腕前で上達しており、これならさほど時間はかかるまいと思わせる内容だ。
今でこそ教官として訓練兵を指導する立場だが、かつては最前線で数多の戦場を駆け抜けたつわものというだけのことはある。
「へえ、さすがだなぁ……今日から始めたんですよね」
「はい」
祐麒がPXでA01中隊の面々から歓迎を受けている時には、既に訓練は始まっていたはずなので、ある程度の時間が経っているとはいえまだ初日であることを考えると、かなり飲み込みが早い。
ひと段落ついたところで、二人がシミュレータから姿を現した。
「す、凄いわねあれは……今までの戦術機の機動が嘘みたいだわ」
「そうでしょう? やっぱ思い通りに動かせるようになってくるといいな……って、お、祐麒じゃん」
「え……あ、馬鹿者! さっさと敬礼をせんか!」
祐麒の姿を見て気さくに手をあげる武だったが、まりもは素早く祐麒の階級章を確認して敬礼してみせる。
「痛っ!? ちょ、まりもちゃん、俺も一応同じ階級なんだけど」
「知らん。今の貴様は一回の訓練生に過ぎん」
「あははっ、どうも。神宮寺軍曹ですよね。構わないでください、あまり階級にこだわりたくないですし」
「はぁ……し、しかし」
生真面目なまりもは戸惑った表情を見せる。
「それよりも、新OSを使用してみての意見を聞かせてください」
なんといっても、祐麒と武を除いて初の体験者だ。キャンセルや先行入力という概念のなかった世界で戦ってきた兵士の生の声というものを聞いておきたい。
「はっ。福沢大尉と……そこの白銀訓練生が考案されたと聞きましたが、素晴らしいと思います。私はまだ使いこなすに至っていませんが、それでも戦術的に飛躍的に幅が広がったことは確かで、前衛士が新OSを使いこなすことが出来るようになれば、戦略的にも大きな変革が期待できると思います」
「そうですか……この新OSは、役に立ちますか?」
「必ず。衛士の生還率も確実に上がります。私はこのようなOSを考案されたお二人に、そして実現した副指令に、心より感謝致します」
お世辞などではない心からの想いだというものが分かる。本気で、新OSのことを評価し、そして期待している熱が伝わってくる。新OSが祐麒達以外にも受け入れられると分かり、自然と力が入り拳を握っていた。
「だから、硬いってばまりもちゃん。俺たちには敬語とか不要だから」
「白銀……だから、その『まりもちゃん』はやめろと何回言えば分かるんだ」
「おっと、すみません」
その後、ピアティフも交えて四人で幾つか意見交換をした後、今度は祐麒も含めて三人でテストを行うことになった。
さすがに新OSを換装し且つ三人ともが腕に覚えのある衛士、即席の隊とはいえ順調にヴォールク・データを攻略していく。
だがそれでも、下層の手前で三機とも大破してしまった。
お互いの連携がまだ不十分であり、まりもも新OSの性能を完全に引き出せてはいない。そんな中、三機で下層手前まで進めたことは成果としてまずまずといえる。これから訓練を繰り返し、練度を上げれば十分にハイヴ攻略も見えてくると思うのだが、それでも武、祐麒の二人は不満そうだった。
戦果に喜びかけるまりもとピアティフは、二人に向けてまだ足りないのかと疑問の目を向ける。
「いや……小隊ではなく中隊や大隊で、それぞれが新OSを搭載して動けるようになれば、充分に最下層まで辿り着き、破壊することも見えてくるとは思うんですけど」
「ああ。だが、不安といえば不安だよな、どうしても」
二人の思いは共通。ハイヴ攻略においても、仲間を誰一人として死なせないこと。
戦争をしている中で死者を出さないなど、戯れか幻想かとも思われそうだが、二人は本気でもある。
大隊や連隊で攻略にかかれるならば、それだけ楽にはなるが、同時に練度の低いものも隊に組み込まれるだろう。そして、大所帯になればなるほど、武や祐麒のフォローが及ばないところが出てくる。少数精鋭で攻略するのが、死者を出さないという意味では最善と考えられるが、そうするとまた別の問題も出てくる。
ハイヴ攻略においての不安は、大量のBETAの対処、構造が分からず最深部までどれくらいかかるのか読めないところ、そして補給線がないこと。即ち、途中で武器やエネルギーが尽きることである。
大規模で攻略にかかるならば、一部に補給の役割をもたせることも可能かもしれないが、中隊規模ではそんな余裕はない。そして戦いが始まれば、状況に応じて隊を分けることもあろうし、孤立してしまう可能性もある。少ない程、一機が相手取るBETAの量は多くなり、必然的に弾薬やエネルギーを多量に消費してしまう。
実際、先ほどのシミュレーションでも、最終的には推進剤が切れてしまい、新OSの性能を生かした機動ができなくなったところで、BETAの物量に押し切られてしまったのだ。
使用をなるべく控えることで今回以上に伸ばすことは出来るだろうが、それだけでは心もとない。
何か少しでも改善できる良案がないだろうかと、武とともに頭を悩ます祐麒だが、ふと思いついたことがあった。
「あ……でも、これどうかなぁ、現実的に有効なのかなぁ?」
「ん、どうした祐麒? 何か思いついたなら言ってみろよ」
「うーん。でも、どうかなって気もするんだよな」
「言うだけなら無料だろ、とりあえず言ってみろよ」
武に促されて考えを言おうと、口を開く。
「何、四人で頭突き合わせて何してんの?」
と、祐麒が言葉を出す前に、シミュレータルームに姿を現した夕呼の声によって遮られる。
「ちょうどいいじゃないか、夕呼先生にも聞いてもらえよ。技術的に可能かは先生が判断してくれるだろ。で、戦術的に有用かは神宮寺軍曹に意見を伺えばいい」
「だから、何の話?」
「ハイヴ攻略に向けた、新たな改良案ですよ。福沢が何か考え付いたみたいなんで」
「ふーん、ならさっさと言いなさいよ。福沢に大尉の階級を与えたのは、お遊びってわけじゃないんだから」
階級には義務と責任がついてくる。確かに、伝えなければ判断も出来ないし、先に進むことも出来ない。何はともあれ、武の言うとおり考え付いたことは伝えるべきだと、改めて思う。
「……はい、ハイヴ攻略において推進剤の消耗を抑えるためのサブ装備的なものです。通常の陸上などにおける戦闘では使えず、ハイヴ内ならもしかしたら使えるかも、というようなものなのですが」
そうして、祐麒は新たな装備について説明した。
結果はといえば。
「――はぁ。福沢、あんた、本当によくもそんなアイディアが思いつくもんね。馬鹿馬鹿しいというか、阿呆らしいというか」
「うはーっ! それ面白そうだな!」
「…………そ、そのようなことが、戦術機で可能なのでしょうか」
「………………」
夕呼、武、まりも、ピアティフはそれぞれ異なる反応を見せた。
武は興味を示してくれたが、夕呼とまりもは懐疑的なようだ。ピアティフは絶句している。さすがに無理かと思いかけたところで、夕呼からは意外な言葉が出た。
「――まあ、いいわ。試しに作ってみてシミュレータのテストで結論を出せばいいでしょう。根本的に作り替えるとかじゃないわけだし、やるだけやってみたら。あたしは時間ないけど、幸い助っ人も増えたし」
「……え、助っ人?」
夕呼の言葉に軽く驚く。
増えたということは、霞以外にも誰か手伝いの手を見つけたのか。
「アラスカのユーコン基地にいたのを見つけて、強引にこちらの所属に転属させたのよ」
笑みを浮かべて祐麒を見つめる夕呼。
「……ねぇアンタ、これくらなら出来るでしょう?」
後ろに目を向け、夕呼が問いかけるように言うと、誰もいないと思っていた柱の陰から誰かが姿を見せた。
「はい、シミュレータに向けてであれば、どうにかなるかと思います」
「えっ……江利子先生っ!?」
誰あろうそれは鳥居江利子に他ならなかった。
「は? 私は生徒を持った覚えはないけれど?」
訝しげな眼で祐麒を見つめてくる江利子だが、どこからどう見ても間違いない。白衣をまとい、カチューシャで髪をまとめ、憂いを帯びた独特の表情でやや気怠そうな雰囲気を醸し出していて、さらに酷い隈を作っているところまで前の世界と同じだった。
「福沢の話を受けて捜したのよ。思いのほか時間がかかったけれど、それだけの甲斐はありそうね、優秀みたいじゃない」
「着任早々、こき使うわけですね。まぁ、今話していた内容は面白そうだし、やりますけどね。なかなかこの基地には面白い人材が揃っているようで、退屈しないで済みそうです」
と、江利子は祐麒、武の順に視線を向けた。
「ふぅん……タイプ的には宗像なのかしらね」
単に思ったことを夕呼は口走っただけだろうが、宗像という単語を耳にして祐麒は夕食時のことを思い出してしまう。できれば消して無かったことにしてしまいたい内容だ。
「とにかく、福沢が言っていた鳥居も見つけて連れてきた。福沢、白銀は約束通り、自分たちが役に立つことを証明してみなさい」
言いたいことだけ言うと、夕呼はさっさと立ち去る。
夕呼の言うことは最もである。新OSを提唱しその有効性を認めさせた。祐麒も武もA-01と207訓練部隊それぞれを指導している。
だが、いまだシミュレーションでもハイヴを攻略できたわけでなし、目に見える成果として残せているものはないのだ。
武と目を合わせて頷き合い、改めて更なる精力的な活動、努力を誓う。それも、成果を伴うような。
そのためのやる気も今まで以上に出てきた。祥子や乃梨子といった、かつて苦楽を共にした仲間達とまた、一緒に戦えることになったのだから。
祐麒は、ピアティフと何やら話をしている江利子に目を向ける。
祥子、乃梨子、そして江利子。彼女達もやはりこの世界にいた。前の世界とは異なるポジションではあるが、それでも生きていることに間違いはない。明確な証拠こそないものの、おそらく前の世界で存在していた者達は何らかの形でこの世界にも存在しているのではないかと思われる。
だが、だとしたら。
前の世界で存在していなかった者は、どうなる?
「…………くっ」
頭を振る。
考えても分かりようもないことに時間を費やしても無駄なだけだ。時間は限られているのだ、祐麒は自分がすべきことをするしかない。
「どうした、祐麒?」
「いや、なんでもない。今日はそろそろ上がるよ」
武やまりもに背を向け、シミュレータルームを後にする。
様々な気持ちを胸に抱きながら。
次に続く