それは、秋も終わりに近づいた頃だった。
気温は冬に向けて一気に下降してゆき、家ではエアコンが稼動しはじめていた。乾燥した空気に肌がかさつくし、これから先、さらに寒くなることを考えると、決して寒いのが好きとはいえないだけに、少しばかり憂鬱になる。
そして、現実にまとわりついてくる兄貴達に、さらに鬱になる。
「アルバイトだなんて聞いていないぞ、江利ちゃん!」
「そうだよ、アルバイトなんかしなくても、欲しいものがあれば幾らでも買ってあげるのに」
「しかも、家庭教師だなんて! もし相手が男だったりしたら、江利ちゃんみたいな可愛い女の子と二人きりでいて、変な気でも起こしたらどうするんだ?! いや、江利ちゃん相手なら間違いなくそう思っちゃう!」
「今なら間に合う、考え直すんだ」
何度も何度も聞かされた言葉に耳を塞ぐが、さすがに江利子の忍耐も限度をきたした。兄たちの方を振り向き、厳しい目つきで睨んでみせる。
「あのね、私も大学生なんだからアルバイトくらい自分で決めるわよ。それに、自分で欲しいものは自分で稼いで買いたいの。あと、教える相手は知り合いの女の子だから、変な心配しないで頂戴」
一気に言い放つと、まだ何か言いたそうにしている三人の兄を放っておいて、江利子は玄関の扉を勢いよく開けて外に出た。
「……寒っ」
マフラーを取りに戻ろうかとも思ったが、兄貴達の気配が玄関の扉を通しても伝わってくるので、諦めてジャケットの襟元をきゅっと手でおさえ、首をすくめる。
鳥居江利子、十八歳。大学生となって始めての冬、そして初めてのアルバイトに向けて歩き出したのであった。
家庭教師のアルバイトが決まったのは、ほんの一週間ほど前のこと。家庭教師というアルバイトをすることにしたのは、特に深い意味があるわけではないのだが、おそらく接客業などでは、父や兄達が許してくれなさそうだったから。仮に許してくれても、毎日のように店にやってきそうで嫌だったというのもある。(あながち、冗談にならないのが、更に嫌なところだ)
で、家庭教師をするにしても、相手が男だと先ほどのように反対されるのは目に見えているので、リリアンの人脈を通して、相手を探したのだった。
その結果、どうなったかというと。
「ええと、あ、ここね」
バスに揺られてやってきた先の表札を見ると。
―― 福沢 ――
見て、思わず笑みをもらしてしまいそうになるが、気を引き締める。可愛い後輩とはいえ、今回はれっきとした仕事として来ているのだから。
呼び鈴を押すと、すぐに返事とともに扉が開いた。現れたのは、感じの良さそうな女性。祐巳ちゃんのお母さんなのだろう。
「いらっしゃいませ、つまらないところですけれど、どうぞ、どうぞ」
「はい、お邪魔します」
挨拶を交わし、ちょっとした世間話をしながら、中に入る。家の中からも、優しい雰囲気があふれ出していて、住んでいる人たちの性格をあらわしているようだった。
リビングに通され、紅茶を出されてちょっと話をする。祐巳ちゃんのお母さんもやはりリリアン卒業生ということで、元・黄薔薇さまである江利子のことを、随分と褒め上げてくれる。
そして、しばらくすると。
「えああっ、え、江利子さまっ?!」
と、素っ頓狂な声が耳に届いた。視線を動かしてみると、リビングの入り口のところで目を丸くして立ちすくむ、懐かしき後輩の姿。
「あら、祐巳ちゃん、ごきげんよう」
「わ、わ、わ」
「こら、祐巳ちゃん、ちょっと落ち着きなさい」
「はわわ」
いくらなんでも、動転し過ぎだろう。ひょっとして、家庭教師の日を間違えて記憶していたとか。ありえるだけに、呆れるというよりもつい笑ってしまいそうになる。
でも、笑ってばかりもいられない。江利子は立ち上がり、目をぱちくりさせている後輩に向けて口を開く。
「さ、じゃあそろそろ、祐巳ちゃんの部屋に案内してもらおうかしら」
「へ?」
すると祐巳ちゃん、きょとんとした顔をして江利子のことを見つめてきた。
「どうしたの。遊びに来たんじゃないんだから、ちゃんと勉強するのよ」
「あ、え、それは、分かっていますけれど……」
なぜか、祐巳ちゃんとお母さんは顔を見合わせて。そして、お母さんの方が首を傾げながら口を開いた。
「あの、江利子さん、家庭教師をお願いしたのは、祐巳の弟の祐麒の方なんですけれど」
「……へっ?」
江利子は、祐巳ちゃんに負けないくらい間抜けな声を出してしまった。
「……福沢祐麒です。よ、宜しくお願いします」
「鳥居江利子です。こちらこそ、よろしく」
にっこりと、微笑む。先ほどのショックからは既に立ち直って、落ち着いていた。
それと比べると、祐麒くんは少し緊張しているようだ。家庭教師を受けるのは初めてだというから、そのせいかもしれない。江利子も初めてなのだが、相手の緊張を見て自身の緊張はどこか解れてしまった。
「それでは、最初に簡単なテストをします」
「えっ、いきなり?!」
「あ、そんなに構えなくてもいいわよ。ちょっと、祐麒くんがどの辺が苦手なのかとか、把握しようかなって」
「はい……でも、何にも準備してないからなあ」
困った顔をして、頭を抱える祐麒くん。
うむ、さすがに祐巳ちゃんと姉弟、ころころ変わる表情は見ていて面白い。
「はい、これよ。はじめてちょうだい」
観察しつつも、テストは始める。
それは、主要三教科(英語・国語・数学)について、ごく基本的な問題を並べた小テストである。基本となるものしか載せていないので、この抜き打ちテストでの結果によって、どの教科が苦手なのか、どのカテゴリが苦手なのか、ある程度は把握できると考えたのだ。
問題数はさほど多くないので、一教科二十分、計一時間でテストは終了の予定。目の前で真面目に用紙に取り組んでいる祐麒くんを見ながら、さりげなく室内を観察する。実は、同年代の男の子の部屋に入るというのは、江利子自身初めてだったから興味津々だった。
江利子が来ることが分かっていたからかもしれないが、部屋の中はこざっぱりしていた。本棚に机にベッドにクローゼット。本棚には小説から漫画まで、男の子らしいものが並んでいるし、並べられたCDも妙な類のものはない。壁には江利子も知っているアーティストのカレンダーが掛けられている。
「――はい、時間よ」
英語は終わり。続いて、国語の問題用紙を渡す。
手にした英語の答案を採点しながら、もう一度室内を見回す。はっきりいって、目を引くものがない。年頃の男の子だったら、もっとこう、それっぽいものがあるのではないかと思ったが、何もないので面白くない。もっとも、所有していたとして、江利子が来ると知っていて目に付くところに置きっぱなしにするわけないであろうから、どこかに隠してあるのかもしれない。ベッドの下とか見てみたいが、さすがに実行するわけにもいくまい。
「じゃあ、これが最後ね」
数学のプリントを渡す。
真剣な表情をして問題に取り組む姿を見つめる。
室内には、今のところ面白いものは見当たらなかったが、それでもどこか独特の匂いや雰囲気のようなものを感じる。少なくとも、蓉子や聖の部屋とは全く異なる匂いを感じ取ることが出来る。兄たちの部屋とも、少し違う。
「……はい、お疲れ様」
時間が来て、小テストは終了となった。丁度、小母さまがお茶とお菓子を運んできたので、休憩しながら最後の数学の採点をして、テストの感想などを聞く。
「すいません、ちょっとトイレに行ってきます」
休憩途中で、祐麒くんが中座した。祐麒くんが部屋から出て行くと、自然と大きく息を吐き出していた。やはり、知らないところで力が入っていたようだった。江利子は立ち上がり、軽く伸びをして体をほぐした。
と、そのとき。
「……あら?」
机の上に置かれていたある物に目がいった。座っているときは視線の低さから気が付かなかったが、立ち上がったことによりそれは目に入ってきた。
机の上に置かれているのは、教科書とノートと参考書。何の変哲もないが、江利子の目を引いたのは、教科書類の下からわずかにはみ出していた一枚の紙、いや写真。本来ならそこまではしないのだが、わずかに見える写真から、さらに見えるごく一部に、吸い寄せられたのだ。
机に歩み寄り、近くなるにつれ、確信する。
間違いなく、見覚えのある人の一部だった。淡く茶色がかった、編みこまれた髪の毛。指をのばして写真をそっと引き出して見れば、瞳の大きな、まるでお姫様のような可憐な容姿をした女の子の姿が。
「…………へえ」
無意識に、口の端が上がる。
江利子は写真をそっと、もとの位置に戻した。
そのタイミングで、祐麒くんが戻ってきた。
「あれ、どうしたんですか?」
「あ、ごめんなさい。家族以外の男の人の部屋に入るの初めてで、ちょっと見ていたの」
「そんな、面白いものはないと思いますけれど」
「そうかしら?」
「え、あの、何かありました?」
少し、焦る表情を見せる。
「別にそういうわけではないけれど。あら、ひょっとして何か見られたら困るようなものとかあるのかしら?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「ふふっ、大丈夫よ。私、兄がいるから、えっちな本とか見つけても驚いたりしないし、そんなことで私の祐麒くんへの気持ちは変わったりしないから」
冗談めかして、片目を閉じてみせると、案の定、祐麒くんは顔を軽く赤くしてうろたえる。
「か、からかわないでくださいよっ」
「ふふ、ごめんなさい。冗談よ、別に家捜しなんてしていないから。本当にちょっと見回していただけ。さ、続きを見てみましょうか」
二人とも席につき改めて結果を見てみると、数学が一番良くて、英語、国語の順となった。といっても、さほど差があるわけではない。
「うん、まあ、悪くないわね」
「褒め言葉、じゃあないですよね」
「うーん。もうちょっと、飛びぬけていいのとか悪いのがあったりすると面白いんだけど」
「福沢家は、なにごとも平均点なもので」
出された水羊羹を頬張りながら言う祐麒くんを見て、思わず笑いそうになるけれど、すまし顔で続ける。
「それじゃあ、今日はこのテストで間違えたところを中心に、おさらいしましょうか」
少し温くなったお茶を飲み干して、江利子はテキストを広げた。
「間違えた箇所から、祐麒くんの苦手な傾向は……」
淡々と、教えていく。祐麒くんも、素直に聞いてくれるし、呑み込みだって悪くはない。初めての家庭教師ということで、江利子も少し気負っていたのだが、なんとかやっていけそうで内心、ほっとする。
「……それで、ここの接続詞がどこにかかっているかというと……」
そんな感じで順調に教えていけている、と思っていたのだけれど。
「……」
どうも、しばらく前から集中力が途切れがちに見える。どこかそわそわして、視線が変なところをさまよっている。
「祐麒くん? 聞いている?」
「え、あ、は、はいっ。すみません、なんでしたっけ」
「どうしたの、疲れたの?」
「い、いえ、大丈夫です」
とはいうものの、やっぱり様子が変で。
と、その時、ようやく江利子はピンときた。ヘアバンドから流れ落ちる髪の毛を押さえながら、祐麒くんの顔を見つめる。
「ねえ、祐麒くん」
「はい?」
「……えっち」
「ぶふっ?!」
シャーペンの芯が折れた。
「な、ななななな、何ですか、いきなりっ」
「え、分からない?」
「わ、わかりません」
「ふぅん……」
祐麒くんは、テキストに集中するかのように下を向いて、ペンを動かしている。
江利子は微笑みながら、何事も無かったかのように勉強を続けた。
そして、予定の二時間も、もうすぐ終わる頃。
「それじゃあ、最後に簡単なゲームをします」
「ゲーム?」
「これは、祐麒くんの判断力と脳の瞬発力を見るものです。私の問題を聞いたら、すぐに答えてね。準備はいい?」
「あ、はい」
「日本の首都は?」
「東京」
「四国四県」
「え、えー、香川、徳島、高知、愛媛?」
「1から100までの数字を全部足すといくつ」
「ええと、あー、5050」
「元素記号の錫、亜鉛、マンガンに共通するアルファベットは何」
「あー……ん、え、えぬ?」
「光の三原色といえば、赤、青、もう一つは」
「み、緑っ」
「私の今日のブラの色は」
「ピンクっ」
「……やっぱり見てたんだ」
「あっ……」
祐麒くんは慌てて口元をおさえたけれど、もう遅い。
どうやら、教えるのに熱中して前のめりになっているときに、胸元が祐麒くんの視界に入っていたようだ。室内のエアコンの効きがよすぎて、ちょっと暑かったからブラウスのボタンを先ほど一つ外したのだ。多少、胸元が緩めのブラウスだったということもあり、そのせいだろう。
「いいいいいや、あの、ちらっと目に入っただけで、その」
「ふーん。でも、トーゼン、下着だけしか見なかったなんてワケ、ないわよねえ? どこまで見たのかな? 私のムネ」
「み、見てないですっ! 見えたのは谷間だけでっ!」
「やっぱり、見たんじゃない」
「はうっ……あう、す、すみません」
顔を真っ赤にして、祐麒くんは俯いてしまった。まあ、祐麒くんを責めるのは酷だろう。そんな格好を見せてしまったのは江利子だし、若い男の子なら、そういったモノに目がいってしまうのは仕方ないだろう。
というか、見られたのは江利子なのだから、江利子のほうが恥ずかしいはずなのに、祐麒くんの方が恥ずかしがっているので、そんな気にもならなくなってしまった。
だけれども、ついつい悪戯したくなって。
「……私、祐麒くんに見られてしまったのね……恥ずかしい」
「いやいや、全てじゃないですっ。確かに白くてボリュームのある……て、あわわ」
「やっぱり!」
そう嘆いて、両の手で顔を覆う。
というか、本当にしっかりと見ていたんじゃないかと、内心でちょっとだけ立腹する。
「……祐巳ちゃんに、伝えないと」
「え……って、えええっ?!」
立ち上がり、扉に向かう。
すると背後で、祐麒くんも慌てて立ち上がる気配がした。
「ま、待ってください、えっ、江利子先生っ」
腕を掴まれ、引き戻される。
その力が、思った以上に強くて江利子はバランスを崩した。そして、引っ張った祐麒くんも。
「うわあっ?!」
「きゃっ」
もつれるようにして、床に倒れる。
そして、次に目を開けた瞬間には、祐麒くんの顔が目の前にあった。
仰向けに倒れている江利子の上に、祐麒くんが覆いかぶさっている。右手は、咄嗟に江利子を庇おうとしたのか、江利子の後頭部にまわされている。そして、左手はといえば、江利子の右胸を包み込むかのように置かれていて。
しかも、引っ張られたときに外れたのか、ブラウスの第三ボタンのところまで胸がはだけて、右肩が露出し、下着も半ば出てしまっている、そんな状況のところに手はあって。
祐麒くんはといえば、分かってはいるんだろうけれど、思考がついてきていないようで、完全に固まってしまっている。
「やだ、祐麒くん、そんないきなり……もっと、優しくして……」
微妙に顔を横にそらし、恥らうように江利子はキュッと目をつむった。
「え、え、江利子、せんせい?」
祐麒くんの顔が、戸惑いを浮かべながらも、ゆっくりと近づいてくる。心なしか、胸に置かれている手にも、少し力が入ってきているようで―――
―――カシャッ―――
「……かしゃっ?」
怪訝そうな顔をして、音のした方を向く祐麒くん。その視線の先には、江利子の手に握られた携帯電話。
「……ええと……」
「ちょっと祐麒くん、いつまで触っている気かしら?」
「え、あ、ああっ?!」
江利子の上から飛びのく祐麒くん。江利子は、ゆっくりと体を起こして、身だしなみを整える。そして、手にした携帯電話の液晶画面に目をやって、満足そうに微笑む。
「ほら、よく撮れているわよ」
そう言って、見せ付けた画像は勿論。
「え、ちょ、ちょっと、これって―――?!」
「題して、『年上美人家庭教師を無理やり押し倒してモノにしようとする少年。センセイ、俺、先生のこと本気で――』っていうところかしら?」
我ながら、あまりセンスのない題名かと思ったが、兄貴の部屋に隠されていた怪しいDVDの文句に、そんな感じの文章が書いてあった覚えがあるのだ。
問題の、携帯で撮った画像はどう見たって、江利子に祐麒くんがのしかかっているようにしか見えない。江利子の服装は乱され、胸の上に手が置かれ、江利子は観念したかのような表情で目をつむっている。そして祐麒くんはといえば、獣のような目(に見える)で、江利子のことを見下ろしている。200万画素クラスで写された画像は鮮明で、顔もはっきりしている。
「あ、あの、江利子先生……?」
「じゃあまた次回ね、祐麒くん」
バッグを手に、江利子は爽やかな微笑みを浮かべて手を振って、足取りも軽やかに去って行った。
部屋の中で、まだ呆然としている少年を一人残して――。
どれくらい時間が経ったのだろう、いまだショック覚めやらないというか、何が起きたのか理解できていない祐麒を我に返らせたのは、姉だった。
「祐麒? …………なに、固まってんの?」
「あ、ゆ、祐巳。ええと、俺は」
「どうしたの、もうとっくに終わったんでしょう。江利子さま、随分前に帰っていったわよ」
「あ、ああ、そうか」
そこで祐巳は、訝しげな表情をして尋ねてきた。
「ところで祐麒、あんた、江利子さまと何かあったの?」
「なっ、ななななななな、何かって、なんだよ?!」
「何、どもってるのよ。江利子さま、すっごい生き生きとした表情で出てきたのよ。あれは、何か興味を惹かれる面白いものを見つけた時の表情よ」
「へっ……?」
「江利子さまってね、なんでも出来ちゃうスーパーマンのようなお方なんだけれど、なんでも出来ちゃうから、興味を持てるものがあまり無いんですって。だから、面白いことを見つけると、それはもう、食いついて放さないのよ」
「そ、それって」
「多分、祐麒に面白い何かを見たんじゃないかな。ね、どんな失敗をやらかしたの?」
聞かれても、そんなことに答えられるわけがない。
というよりも、祐麒に面白さを見つけたというより、これから祐麒を使って何か面白いことをしようとしているのではないか?!
「え、ええええーーーーっ?!」
祐麒は絶叫した。
帰り道、江利子は弾むような足取りで歩んでいた。
呆然としていた祐麒くんの顔を思い出して、一人、声を殺して笑う。
ちょっと、かわいそうだったかもしれないけれど、下着を見られ、胸を見られておまけに触られたのだ、ちょっとくらいいぢめても、罰はあたらないだろう。
でも、触られたのが右の胸で、まだ良かった。江利子だって年頃の乙女、さすがに予定外の事態に、胸はドキドキしていたのだ。
さて、次回はどうしようか。
祐麒くんは、どんな顔をして江利子のことを迎え入れようとするのだろうか。考えているだけで、愉快な気分になっていく。
あ、でも、次回は服装には気をつけないと。
風が吹く。
身を切り裂くような冷たい風のはずだったのに、どこか江利子の心は燃えてきた。
―――面白いことになりそうだ、と。