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ギャグ・その他 マリア様がみてる

【マリみてSS(可南子・菜々・祐麒)】とらんす! 6.困惑する!?

更新日:

~ とらんす! ~

『6.困惑する!?』

 

 女の体になってしまう、という特異な体質を抱えたままの学園生活は苦しかった。幸か不幸か、慣れてきたせいかは分からないが女体化しそうになるとその前兆をなんとなく悟ることができたので、感じ取ったらすぐにどこかに逃げ、男の体に戻るまで学校を休んだり隠れたり、といった生活を続けていた。
 変化のサイクルというものも大体わかり、一度女の体になると、大体、一日くらい続いてから男の体に戻る。そして男の体から女の体になるのに、五日か六日くらいかかる。微妙に一週間ちょうどといかない周期だというのが、面倒くさい。
 休みが増え、クラスメイトや教師には随分と訝しく思われたようだが、身体の具合がよくないの一点張りで押し通した。
 そして、どうにか一学期の終業日までもってきた。夏休みに入れば、今までの苦労もかなり吹き飛ぶ。生徒会活動はあるが、毎日のように学校に来る必要はないのだ。俺は解放感に浸りながら、学校を出る。
「ユキチー、帰りどこか寄ってかない?」
「あー、悪い。俺、先約があるんで」
「そっか。んじゃ、また夏休みにどっか行こうぜ」
「おお、じゃあな」
 せっかく誘ってくれた小林には申し訳ないが、今日は本当に先約があるのだ、しかも待ちに待っていた約束が。
 期待と不安と緊張を抱きながら、携帯電話のメールを再度確認して、待ち合わせの場所へといざ、向かうのであった。

 

「……そして、完全に男としてのプライドや尊厳というものを見失ったわけですね」
 夏の容赦ない日差しにあたってきたせいか、額にうっすらと汗を浮かべながら、眠りかけのポニーのような目を向けてくる菜々ちゃん。先に到着して待っていた俺を見つけるなり、そんな眼差しを送ってきたのだが。
「ち、違う、違うよ菜々ちゃんっ」
 確かに、来る途中で例の薬を飲んで女の体となり、着替えてやってきたけれど、俺は別に、男としての自分を捨てたわけではない。だって仕方ないではないか、可南子ちゃんと会うには、こうするしかないのだから。
 本当にこれでいいのだろうかと、何度も迷ったけれど、最終的にはその結論に辿りついて、仕方ないと言い聞かせて女の姿となった。
 そう、今の俺は太仲女子の制服に身を包んだ、どこからどう見ても太仲女子の高校二年生、野口ユウキなのだ。
「可南子ちゃんの方から会おう、って言ってきてくれたんだから、俺は恥を忍んでだね」
 夏休みに入るちょっと前、メールが入った。しばらく会っていないから、一学期が終わったら三人で会わないかと。もちろん俺は、即時了承して、こうして喜び勇んで来たわけである。
「ふぅん……今日は、薄いイエローですか」
「こっ、これは、お店のお姉さんがすすめてくれたから……っ」
 菜々ちゃんの視線が痛いというか、苦しい。リリアンの制服と違い、太仲は白いブラウスだから、きちんと下着をつけないわけにはいかないのだ。すごく恥ずかしいけれど、あえて意識の外に置いてきたのに、菜々ちゃんの一言でまたブラジャーの締め付けを思い出してしまった。
「大丈夫ですか、この前みたいに急に……ぷ」
 口元をおさえる菜々ちゃんに、顔が赤くなるのを抑えられないがそれでも堂々と頷く。
「今日は、薬も持ってきたから平気。可南子ちゃんにバレるわけにはいかないからね」
 あの日以来、薬は常に持ち歩くようにしている。女の体になったときは、なるべく出歩かないようにしているが、何が起きるか分からないから万全を期しておくに越したことはない。
 ちなみに今日はブラだけでなく、下の方も女ものを用意して、万が一にも備えている。何せ、どんな危険があるか分からないから。ちなみにボクサーショーツなので、どうにかいける。
「しっかし、今日も暑いね」
 駅の構内、太陽から身を隠した場所に立っているけれど、それでも熱気が消え去ることはない。
 ボータイを緩め、ブラウスのボタンを上から一つ、二つと外し、首周りを少しでも涼しくする。指でつまんでパタパタと風を送り込む。
「……ユウキさん、今は女の子なんですから、気をつけてくださいね」
 菜々ちゃんの言葉に、ふと目線を下に向けると、指でつまんだブラウスの隙間からブラに包まれた胸の膨らみと谷間が見えて、自分のものだって分かっているのに、赤くなってしまう。
「あ、うん」
 指を離し、頬を掻く。
 どうしたって、無意識に男が出てしまう部分はあるのだ。
「もっと楽な格好をしてくれば良かったのに」
 そう言う菜々ちゃんは、ボーダーのシャツの上からソフトピンクの半袖パーカ、下はベージュのショートパンツと、身軽な格好。基本的に帰りの寄り道は禁止なのと、遊んで遅くなるかもしれないから、一度家に帰り、着替えてから出てきたのだ。可南子ちゃんもそのはずで、だから俺が最初に待ち合わせ場所に着いたのだろう。
 俺はそもそも家に帰るという発想がなく、学校帰りだから制服だろうという思い込みによるものである。
「……それとも、女の子の恰好をすることに快感を覚えてしまったとか」
「そそ、そんなわけないだろー」
「ええー、どうでしょう。率先して制服を着てくるくらいですしー、ブラジャーも喜んでつけているんでしょう?」
「だから、これは違うってのに」
 と、菜々ちゃんと二人でちょっと騒いでいると。
「どうしたの、二人で楽しそうね。おまたせしちゃったかな」
「か、可南子ちゃんっ」
 ぱっと振り向くと、そこにはもちろん、長い髪の毛をなびかせた可南子ちゃんの姿。オフホワイトのカットソーにデニムのクロップドパンツと、非常にシンプルな格好なのだけれど、何せ背が高くてスタイルが良いものだから、ただ立っているだけでサマになっているというか、見とれてしまうというか。胸元に下がっているネックレスが、白のトップスにアクセントをつけている。
「久し振り、ユウキちゃん」
「う、うん」
 こうして改めて見ても、やっぱり可愛い。出会い方についてはあまり嬉しいものではなかったけれど、出会えたこと自体は非常に僥倖であった。
「しかし暑いわね、どこか涼しい場所に行きましょうか。どこ、行こうか?」
「カラオケ!」
 ずびっ、と素早く手を挙げる菜々ちゃん。
「オッケー、それでユウキちゃんもいい?」
「あ、はい」
 どうやら菜々ちゃんは、カラオケが好きなようだ。そういえば、前に二人で行った時もかなりノリノリで歌っていたのを思い出す。
 しかし、美少女二人とカラオケに行くなんて、ほんのちょっと前までは考えられないような状況である。
「どこ行く?」
「私、カード持っているので歌館を所望します」
 先に歩きだした二人の後を追いながら、ふと思った。
 女の子二人はズボンで、本来は男である俺がスカートなのはなぜだろうかと。
「ほらユウキちゃん、ぼーっとしてないで」
「あっ」
 だけどそんな思いも。
 伸ばされてきた可南子ちゃんの柔らかな手に触れられると、どこかへ吹き飛んでしまうのであった。

 

 カラオケは楽しかった。
 可南子ちゃんは意外なことにロック系の曲を好んで歌った。ロックということで、もちろん男性ボーカルのものも混ざっていて、男嫌いじゃなかったかと尋ねてみたのだが、歌そのものに罪はないとのこと。
 菜々ちゃんは前にも思ったけれど幅広い。最新のポップスから、結構昔の曲まで、色々と選曲。アニメソングなんかも混ざっていた。
 そして、俺自身はというと、ショックを受けていた。
 なぜかというと。
「ユウキちゃんて、女の子っぽい可愛い歌が好きだよね。声も可愛いし、一番女の子、って感じだよねー」
 と、笑顔で可南子ちゃんに言われてしまったから。
 別に好きだというわけではなく、この前に菜々ちゃんと来た時に、女の子の声で自然と女性ボーカル曲を歌えるのが楽しくて、そんな歌ばかりを選曲していたのだ。さらに言うならば、可南子ちゃんが男嫌いだということを知っていたから、女の子らしい、可愛い歌の方が良いかなと思って選んでいたのだが。
 褒められたんだかなんだかよくわからず、曖昧な笑みを返すことしかできない。
 横では、菜々ちゃんがそっぽを向いてお腹をおさえている。明らかに、笑っている。
 カラオケが終わってからは、ファーストフードに入ってお茶にする。女の子同士の話というものについていくのは大変で、専ら聞き役になるのだが、聞いているだけでも楽しかった。また、菜々ちゃんが出来た子で、俺が困らないようにうまいこと会話を誘導したり、俺でもついていける話題を提供してくれたりするのである。
 まあ時に、明らかに俺が困るような質問や話を振ってきて、あたふたさせられることも結構あるのだが。
 そんなこんなでトークを続けることしばらく、可南子ちゃんが新たな話題を提供してきた。
「――旅行?」
「そう。母の知り合いが海辺で小さな旅館をやっているんだけれど、良かったら遊びに来ないかって。どうも夏休みの人手が足りないらしくて、お手伝いしてくれるなら無料で泊めてくれるって。休みももらえて、そのときは海で遊んでもいいって言ってくれているし、良い話だと思うんだけれど、どう?」
「うわ、すごい楽しそうですねっ」
「うん、海かぁ、良いね!」
 俺と菜々ちゃんも、喜色満面ですぐに同意する。可南子ちゃんと旅行なんて、そんなチャンスが巡ってくるとは思いもしなかった。
「……あ、でもリリアンって、アルバイトは禁止じゃなかった?」
「うん、でも知り合いのお手伝いだといえば、問題ないと思う。それに寝泊まり、食事つきで、アルバイト代をもらうわけじゃないから大丈夫じゃないかなぁ」
「そうですよ、そんな細かいこと気にしていたらアドベンチャーになりませんよ?」
 あっさりと、俺の不安を消してくれる二人。しかし、菜々ちゃんはまだ中学生だというのに大丈夫なのだろうか。
「心配しなくても、その人のことは私もよく知っているし、大丈夫。まあ、菜々ちゃんのご両親とかが反対しなければ、だけれど」
「それは、問題ないと思います」
「じゃあ、決まりかな。あとは、日程を調整すれば平気ね。えーとね、向こうの希望としてはこの辺に来てほしいらしいんだけれど」
 トントン拍子に話は進んでいく。
 ちょっとは期待していた夏休みだったけれど、まさかこんな幸運がすぐにやってくるとは思ってもいなかった。
 美少女二人と海への旅行。両手に花とはこのことか。
「……にやにやしていますけれど、大丈夫なんですか、旅行中?」
 浮かれ気分に釘をさすように、隣の菜々ちゃんが肘でつつきながら、小声で訊いてきた。確かに、旅行ということはずっと一緒にいるということで、それだけ危険も高くなることになる。
 だけど、今の俺は変態の予兆を感じとることができる。あの薬を旅行中でも肌身離さず常備していれば、問題はないだろう。
「とか言って、やっぱり女の子の体がの方が気に入っているんじゃないですか?」
「そんなんじゃ、ないってば」
「えー、でもやっぱり、女の子の体になったんですから、自分の体でエッチなこととかしているんじゃないですかー?」
「し、していないって」
 と、小声で菜々ちゃんとやり取りをしていると、ふと、正面から強い視線を感じた。前の座席に座っている可南子ちゃんが、ドリンクのストローを指でいじりながら、じっと俺たちの方を見ていた。
「――前から思っていたんだけどさ」
 なんか、怖い顔をして見てきている。
 何か、失敗でもやらかしたか。まさか、実は男であることがバレたのか。いったい、どこで、なんて内心でびくびくしながら可南子ちゃんの次の言葉を待つ。
 可南子ちゃんは頬に落ちかかる髪の毛を指ですくい、耳にかけるようにしながらゆっくりと口を開いた。
「……なんか、ユウキちゃんと菜々ちゃんって、仲良いよね」
「――え?」
 きょとん、としていると、可南子ちゃんは口をすぼめてさらに続ける。
「だって、ときどき二人だけで楽しそうに話したり、ひそひそと秘密の会話したりしているし、それに私のいない時も二人だけで遊んでいるみたいだし」
 思いもしなかった可南子ちゃんの発言に、どう答えたらよいかわからないでいると。
 いきなり、隣の菜々ちゃんが腕にしがみついてきた。
「そーなんです、実は私とユウキさんはラブラブで。あ、ひょっとして可南子さん、焼きもち妬いてます?」
 と、明らかにふざけた感じで言う。
 すると。
「やっ、やきもちなんかっ、やいているわけじゃ……な」
 大きな音と声を出して立ち上がり、最後まで言い切る前に自身の行動に気がついたのか、真っ赤になって口をつぐんでしまった。
 そのまま、髪の毛を手でおさえながら着席する。
 驚いたのは俺だけじゃなく菜々ちゃんも同様のようで、そっと俺から身を離し、可南子ちゃんに話しかける。
「あの、冗談です。私がユウキさんと一緒にいるのは、趣味が同じだったので、それで色々と話が盛り上がっちゃったからで」
「趣味?」
「はい。ちょっと、可南子さんには言いづらいものでしたので」
「え、何それ? すごく、気になるんだけれど」
 可南子ちゃんだけでなく、俺も気になる。
 一体、何を言おうとしているのか。
「あのー、言ったら軽蔑されるかもしれないので」
「しないわよ、そんな。まあ、無理にとは言わないけれど……」
 と言いつつ、明らかに気になっている様子。俺だって、気になって仕方ない。
 すると菜々ちゃんが、「言ってもいいですか?」みたいな視線をこちらに向けてきたので、俺はなんとなく頷く。
 大きく息を吐き出し、菜々ちゃんは、「分かりました」と、小さな声で言った。
 俺も可南子ちゃんも、菜々ちゃんの次の発言を思わぬ緊張をして待つこととなった。可南子ちゃんと俺とでは、緊張の意味合いは異なるだろうが。
「実はですね」
 菜々ちゃんが口を開く。
「私とユウキさんは……BL好きだったんです」
「びーえる?」
「ボーイズ・ラブ。男性同士の恋愛を描いた小説や漫画です。要するに私とユウキさんは隠れ腐女子だったのです」
「え……あ、え」
 絶句する可南子ちゃん。
 もちろん俺も、声も出せずにいる。
 菜々ちゃんは構わずに続ける。
「あ、でもまだ、あまりディープなところまでは行っていません。あくまで商業誌に手を出すくらいで、自分で作ったり、同人サークルに参加するようなとこには至っていません」
「あ、そそ、そうなんだ。た、確かに、私とは、ちょっと、あわないかな」
 冷や汗たらり、引きつった笑みを見せる可南子ちゃん。
「ですよね。だから、ちょっと言えなくて……すみません」
 しゅん、と捨てられたウサギのようにうなだれる菜々ちゃん。慌てて可南子ちゃんが、フォローする。自分の趣味とはあわないけれど、それで菜々ちゃんとユウキちゃんを軽蔑することなんか無いと、友達であることに変わりはないと。
 完全に、俺もBL好きの腐女子にされてしまっている。
 動揺したのか、可南子ちゃんはお手洗いに行くと、そそくさと席を立ってしまった。可南子ちゃんの姿がトイレの中に消えるのを確認してから、俺は大きく息を吐き出した。
「なっ、なな菜々ちゃんっ。よりによって、なんてゆうことを……」
「いやー、咄嗟にあれくらいしか思いつかなくて。可南子さんに話せないような理由となると」
 冷静な表情で、オレンジジュースをずずっとすする菜々ちゃん。
 よい言い訳を思いつけなかった俺が言うのもなんだけれど、よりによってBLとは。これで俺は、男なのに、BL好きの腐女子という女の子になってしまった。
 なんかもう、どうにでもなれという感じだ。
「……でも、良かったじゃないですか」
「ん? 何が」
 クールな横顔を見せ、菜々ちゃんは呟くように言う。
「先ほど、私がユウキさんに抱きついたじゃないですか」
「あ、ああ」
 言われて、思い出す。
 夏で薄着ということもあり、抱きついてきた菜々ちゃんから、小さな膨らみの柔らかさを腕に感じたことを。
 って、何を思い出しているんだと頭を振る。
「あの時の可南子さんの過剰反応。あれは本当に、やきもちだったかも」
「え、まさか」
 確かに、随分と激しい反応を示していたけれど、本当に?
「……いや待て。たとえそうだったとして、やきもちをやかれているのは、今の女である俺のことでってこと?」
「でしょうね。まあ、だからといって恋愛感情のやきもちとは限りませんけれどね。単に友達として好きで、他の子と仲良くしているのに嫉妬したという可能性の方が高いでしょうし」
「まあ……そうだよね」
 それでも、友達としてそこまで思ってくれているのだとすると、ちょっと、いやかなり嬉しい。
「……にやにやしちゃって、だらしない」
「そ、そんなにだらしない?」
「ええ、もう見てられないくらい」
 と、菜々ちゃんは不機嫌そうに、ぷいと横を向いてしまった。
 菜々ちゃんは結構、潔癖そうだから、あまりだらしないところを見せない方が良いのかもしれない。
 しかし、気を引き締めようにもそう簡単に引き締まるわけもなく、俺はちょっと話の矛先を変えることにした。
「それより、さっきのBL好きの話。菜々ちゃんは実際、好きなの?」
 と、聞いてみると。
 さあっと、菜々ちゃんの白い頬が赤く染まった。
「……ま、まあ、ちょっと試しに読んではみました。ほら、あれ、何事も見てみないとわからないですし、それも一つのアドベンチャーかと」
 珍しく、少し早口になった。
「そういえば菜々ちゃんの部屋、ゲームがたくさんあったけれど、その手のゲームソフトも結構、並んでいたよね」
 思い出す。
 BLのゲームソフト、あと女の子同士の恋愛を描いた、百合、だっけ? その系統のソフトも結構な数、あった気がする。
「べ、別に全部、私のというわけじゃありません。姉たちも買うんですけど、ゲームソフト置場が私の部屋になっているだけで。そりゃまあ、私もプレイしないわけじゃないですけれど」
 真っ赤になって言い訳する菜々ちゃんが、なんか可愛い。いつもクールで冷静な感じの菜々ちゃんだけに、こういう姿を見せてくれると、なんとなく嬉しくなってしまう。
「そっかー、菜々ちゃんはBLや百合好きの腐女子だったのかー」
「うううぅ、ユウキさんの意地悪」
 いつも菜々ちゃんにはやられる一方だったので、ささやかな仕返しといったところか。
「いやいや、別にいいじゃない……って、痛い、痛い、殴らないで」
「知りません」
 ガスガスと、拳で太腿を殴ってくるのは照れ隠しか。
 そうこうしているうちに、お手洗いから可南子ちゃんが戻ってくる。気持ちを落ち着けたのか、表情も戻っている。
「また二人で仲良くして……あらどうしたの菜々ちゃん、真っ赤よ」
 すると菜々ちゃんは、わざとらしい泣きまねをしながら、戻ってきた可南子ちゃんに抱きついた。
「うわあーん、可南子さーんっ。ユウキさんが凄いディープで、18禁バリバリのが好きで、好きな作品の内容を赤裸々に、細部まで密に渡って、その手の描写を説明してくるんですよーっ」
「え、ええっ?」
 ギロリ、と可南子ちゃんが睨んでくる。
「ちょっとユウキちゃん、あんまり菜々ちゃんに変なこと言わないの。そりゃ、まあ、人の趣味はそれぞれかもしれないけれど……」
 可南子ちゃんも頬をほんのり桜色にして、窓の外の方に視線をそらす。
「いやいやいや、ちょっと待って、それは違……っ」
 言い訳しようとしたところで、菜々ちゃんが「べー」と舌を出すのが見えた。
「ん、何?」
「……いえ、あはは、その、適度にするようにしておきます」
 俺は情けなく、そう言うことしかできなかった。
「それはともかく、じゃあ旅行は決定でいいかな? まあ最終的な確認は家族のOKもらってからだけど。日程は、いくつか候補を挙げておくから、二人は都合の悪い日があったら先に教えてね」
 てきぱきと、決めるべきことを決めていく可南子ちゃん。幹事をやりなれているのかは分からないが、頼りになるなぁ、なんてぼーっと見惚れてしまう。
「……で、じゃあおニューの水着を今度みんなで買いに行きましょうか」
「水着かぁ、水着姿もいいだろうな……って、水着っ?」
「ど、どうしたの、ユウキちゃん?」
「いや、別に」
 可南子ちゃんの水着姿を思い浮かべていたが、考えてみれば自分も女ものの水着を身につけなければいけないわけで。男の時なら、海水パンツで肌をさらしても恥ずかしいなんて思わないのに、今のこの女の体で、あんな布面積の少ない水着だけで体を晒すことを考えると、物凄く恥ずかしい気に今からなってきた。
 横からは、菜々ちゃんが何か言いたそうな表情で、俺の様子をうかがっている。

 期待と不安が極端に入り混じった夏休みの旅行は、こうして幕を開けようとしていた。

 

つづくんだ

 

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