かくして四人は色々と調査・考案し、数日後に作戦を決行に移した。
ここ最近、村人たちは、山賊に襲われて村を破壊されるくらいならばと、食糧やお金を自ら捧げて被害を減らしていた。それが丁度、半年ほど前のことで、それに味をしめた山賊達は、今度は自ら村に要求を出してきたらしい。食糧やお金は当然のこと、今度は若くて美しい女を差し出せとの追加要求もあった。
そこに目をつけて、蓉子達は敵の懐に忍び込もうという、使い古された単純な策を用いることにした。
当然、四人が全員、村娘に扮するわけではなく、外から攻撃を仕掛ける役も残し、中と外から一気に攻略してしまおうというもの。
山賊の数は全部で三十人くらいとのことで、四人だとさすがに厳しい気もするが、そこは仕掛けによって一網打尽にする予定。やばそうなときは、聖の『呪歌』か、江利子の『困惑の踊り』で隙を作り、逃げ出す。
大雑把な作戦に、これでよいのかという不安もあるが、聖や江利子ならどうにかなるという信頼感もそれ以上に持っていた。なんだかんだいって、聖も江利子も非常に優秀なのだ。ただ、少しばかりネジが緩むことが多いだけで。
それなので蓉子は、自らの責務を果たそうと決心したのだが。
「……ほ、本当にこの格好が必要なの?」
「色仕掛けよ、色仕掛け」
隣の江利子が、ウィンクしてくる。
村娘役は、江利子と蓉子が担うことになった。聖は村の青年役ということで、江利子と蓉子を連れていくとともに、食糧やお金を運搬する。景は先に山間部に入りこんで、色々と仕掛けをしているはずだ。
江利子はそのスタイルの良さから、村の青年役というのは無理だし、器用でなんでもこなす江利子の能力は、山賊団の中に入り込んでこそ力を発揮するはずだった。男役をするなら顔立ち的に聖しかおらず、景は保有知識を生かして外から仕掛ける役。必然的に、残りの村娘役は蓉子がするしかなかったのだが。
胸元と太ももを露わにした露出度の高い服装に、普段は神官服で肌などあまり見せない蓉子は、戸惑いと羞恥の表情を見せていた。
「それに露出度の高い服装は、武器とかそういうものを何も持っていませんよ、っていうことを示すことにもなるのよ。相手の油断を誘うわけ」
「な、なるほど……」
「二人とも、そろそろお喋りはおしまい。近づいてきたよ」
聖の言葉に、口を閉じる。
村を出て来てどれくらい経っただろうか。荒れた岩山はひっそりとしており、獣の気配もあまり感じられない。
「……きているね」
気配を察した聖がつぶやくと、次の瞬間、蓉子たちの周囲の岩山の上に、何人もの男達が姿を現した。
いつの間にか、完全に取り囲まれていたようで、この辺はさすがというところか。
「よく来たな。さて、獲物を置いて、他の奴らは退散してもらおうか」
おそらくリーダー格と思われる、ギョロ目の男が降りて来て、斧をつきつけてくる。数えてみたが、この場に現れた山賊は七人。この人数を倒したところで意味がないし、荷物を運んできた普通の村人もいるので、ここで暴れるわけにはいかない。
「ほお……こりゃ、いい女がいたもんだ。こんな女、あの村にいたとはな」
髭もじゃの男が近寄ってきて、値踏みするように江利子と蓉子を、頭からつま先まで舐めるように見つめる。あからさまに江利子の胸ばかり見て、今にも涎を垂れ流さんばかりである。
「おい、勝手に女に触れるなよ。お頭の味見が先だ」
「わ、分かってるよ」
手を伸ばしてきた髭もじゃが、びくりとしたように手を引っ込める。あと少しで、江利子の胸に触れるところだった。
どうやら、"お頭"というのは、相当に恐れられているようだ。
「えーっと、俺も一緒に運びましょうか? 荷物、多いでしょう」
聖が、媚びるように言った。
髭もじゃが、威圧するように睨みつける。
「あン? お前みたいなひ弱そうなやつの手なんざ、いるかよ。そんな細腕で何が持てるっていうんだ」
「いやぁ、でもですねー」
得意の調子良さで取り入ろうとする聖だったが、その前にギョロ目がやってきて、言葉を挟んだ。
「まぁ待て……兄ちゃん、なかなか整った顔をしているな」
「そうっすか? いやー、よくバタくさい顔だっていわれますけど」
「いいだろう、お前も連れて行こう。副首領がお前みたいなヤサ男、好んでいるんでな。ケヘヘ、まあせいぜい、準備でも整えときな」
「そ、そういう趣味っすか……」
額に汗を流し、苦い笑いを浮かべる聖だったが、既に山賊に脇を囲まれて腕を拘束されてしまった。
結局、他の村人は返され、江利子と聖、そして蓉子の三人だけが山賊のアジトへと連行された。
山賊のアジトは、岩山の中にある洞窟の奥に存在していた。元々は自然に出来ていた洞窟を、自分達で手を加えて住めるようなアジトにしたのであろう。中はかなり広く、作りもそれなりに入り組んでいる。攻め込まれても迎撃できるような造りであり、また入口以外の逃げ道があるのだろうということも想像がついた。
道を覚えながら洞窟の中を進んでいく。その間も、何人かの山賊から、イヤらしい視線の攻撃を受けていた。
やがて江利子と蓉子は聖と別れ、一つの部屋というか空間に通された。
「お頭、女を連れてきました」
「ああ、御苦労。お前は下がって良いぞ」
「へえ、あの、さっそく味見ですかい?」
「余計なことは詮索するな。安心しろ、いずれお前たちにも味あわせてやる」
蓉子達を連れてきたギョロ目は、少し嬉しそうな顔をしながら立ち去った。
「さて……」
正面の人物を見て、蓉子は少々、驚いていた。
山賊団の首領なんていうから、てっきり、筋骨隆々で、髭もじゃで、男くさいおっさんを想像していたのだが、目の前に立っていたのは若い女だった。
確かに筋肉質な身体は引き締まり、腹筋が割れているのも見えるが、胸も膨らんでいるし間違いなく女と思われる。声も、女のものであった。
「ふふ……山賊の首領が女で驚いた、って顔をしているね」
心の中を見透かすかのように、笑って見せる。
「あたしはリサリサ、この山賊団の首領をやっている。ま、よろしくな」
リサリサは長い赤毛を後ろでまとめ、馬の尻尾のように垂らしている。体は筋肉質ではあるが、ごつごつしているわけではなく、女性的な曲線と柔らかさも残している。豪快さと同時に、むせ返るような女の色気も感じさせる、不思議な女だった。
「なるほど、こりゃ上玉だね。おっぱいの大きな子に、お尻の立派な子と、タイプも異なっていて、いいねぇ」
江利子と蓉子を見て、舌舐めずりする。
おっぱいの大きな子というのは間違いなく江利子だろう。ということは、お尻の立派な子というのは。
「しっ、失礼なっ! わ、私はそんなにお尻は大きくないですっ!」
「あははっ、そうかいそうかい、それじゃあアンタは、特別にお尻の方を集中的に可愛がってあげるよ」
楽しそうに笑うリサリサに、蓉子は真っ赤になりながらお尻を隠そうとして、手を拘束されていることに気がつく。そんな蓉子を見て、可笑しそうにリサリサは蓉子のお尻を撫でた。
「ひあぁぁっ!!」
飛び跳ねるようにして逃げる蓉子。
「あっはっは、元気だね。その方があたしも楽しみってもんよ。今夜は三人でたっぷりと楽しもうじゃないの」
リサリサの笑みに、この作戦は失敗じゃないかと内心で思う蓉子なのであった。
夜には祝宴が開かれた。もちろん、村から略取せしめた食料をつかってのものである。宴の間は、江利子と蓉子はリサリサの両脇に侍らされ、お酒の酌をさせられたり、料理をリサリサに食べさせたり、江利子は乳を揉まれたり、蓉子は尻を揉まれたりと、完全に風俗店状態である。生まれてこの方、そんな扱いをされたことも、したこともない蓉子にとっては屈辱でしかないが、何かするたびに見せる蓉子の初心なリアクションが面白いようで、リサリサはしょっちゅう絡んでくる。
幸いなことは、リサリサが女だということと、リサリサが独占して手下の男どもには触れさせようとしていないこと。これがもし男が相手だったら、とてもじゃないが我慢できなかっただろう。そう考えると、やはり作戦自体が甘かったのだなと思う。美女を連れて来て、すぐに手を出さない方がおかしい。
江利子は、そつなく相手をこなしている。演技なのだろうが、怯える村娘というものを演じていて、さすがだと、見ていて感心してしまう。
聖の姿も、遠くに見えた。途中でアイコンタクトをしたところ、今のところ貞操は無事のようだった。聖の近くにいる、禿頭の口髭が、ソッチ系の趣味の持ち主のようだ。
宴は続き、やがて山賊達も酒に潰れる者や、寝てしまう者が続出した。仕掛けるなら油断しきっている今だが、リサリサにとらわれているためにそうはいかなかった。リサリサは酒に滅法強いようで、潰れてもいないし意識も明瞭、むしろ精気に満ちている。江利子と蓉子は、相変わらず手を縄で拘束されている状態なので、すぐに仕掛けるわけにもいかない。
適当なところで宴から抜け出し、リサリサの部屋に戻ると、さっそくリサリサは二人を寝床に連れ込もうとした。
「そろそろ、お楽しみといこうじゃないか」
蓉子の後ろから抱きついてきて、腰を撫で、首筋に息を吹きかける。
「え、あ、あのっ」
「大丈夫、あたしの手にかかれば、すぅぐに気持ち良くなって、いい声を聞かせてくれるようになるから」
「あの、せ、せめてこの縄をといてもらえませんか? そうでないと、ご奉仕も自由にできないかと」
江利子が、小動物の瞳でもって懇願する。
「残念だけどそれは出来ない。あたしはその手のプレイも好むし、縄で手首を縛っているだけだ、指は使えるだろう? それに」
リサリサはにやりと笑う。
「アンタら、あたしらをやっつけにきたんじゃないのか? おいそれと解くわけにはいかないね」
リサリサの言葉に、一瞬、言葉が詰まる。
「え、なんでそんな。わ、私達みたいな普通の村娘に、何も」
しかし江利子は動揺した様子もなく、演技を続ける。知っている蓉子から見ても、気弱な村娘にしか見えないのは見事なものだった。
「そうかもしれないけれど、あたしは用心深くてね、その縄には特殊な仕掛けがあって、魔力を封じるようになっている。不自由なのは我慢してもらうしかないが、そのうちその不自由さもたまらなくなるよ。そう、むしろもっと縄で縛ってほしいって、自分からお願いするようになるさ」
「あ、あの、私はノーマルなので、その手のプレイはそっちのお尻さんでお願いします。その子、基本的にMだから」
「ちょっと、え、江利子、なんてこと言うのよっ!?」
突然の友の裏切りに動揺する蓉子。
値踏みするように蓉子を見るリサリサ。
「そうだねえ、まあ、どっちもMにしてやるから安心しな。お喋りは終わりだよ、楽しもうじゃないかい」
と言いながら、リサリサがまず狙ったのは江利子の方だった。蓉子の方は、逃げられないよう足まで縛られてしまった。
目の前で繰り広げられる痴態に、蓉子は赤面しつつも目を離せなかった。
「いい胸しているね、アンタ。最高の弾力だよ」
リサリサの手が、江利子の体をまさぐっている。服は前をはだけられ、スカートは脱がされ、下着が露出している。自由を奪われている江利子は、切なげな声をあげて身をよじらすが、リサリサは逃してくれない。じらすような手の動きに、江利子の肌にじんわりと汗が浮かびあがり、松明の炎に光る。
友のあまりにいやらしい肢体を目にして、蓉子の体も熱を帯びる。こうしてまともに見ると、江利子の体つきは本当にエロい。下着からこぼれ落ちそうなたわわな胸、ショーツから伸びている小鹿のような太もも、はみ出した桃のようなお尻、とにかく匂い立つような体である。更に今は、ショーツが食い込んでいて、股間に目が吸い寄せられる。
「ほらほら、お友達も熱い視線で見つめているじゃん。こういうシチュエーションは、燃えるんじゃないかい?」
「やあんっ、蓉子が見てる……うあぁっ」
「お、反応がよくなったじゃん、可愛い声出して」
羞恥に顔を染め、顔をそらそうとする江利子だが、リサリサに強引に蓉子の方を見させられる。途端に、耳まで赤みが広がる。
このままでは、江利子はリサリサに美味しく食べられてしまい、蓉子に手が伸びるのも時間の問題である。いい加減どうにかしたいが、リサリサは江利子の体を堪能しつつも隙を見せないし、縛っている縄は確かに魔法も効かないようであった。
焦る蓉子。
「ああっ、蓉子、駄目、見ないで……」
「ふふ、ならお友達も仲良く一緒に、気持ちよくなるかい?」
体の自由を奪われている蓉子を引きよせて床に寝かせると、江利子と抱きつかせられる。
「ほら、お友達を気持ちよくさせてやるんだよ」
「ダメっ、江利子、お願いしっかりして……」
江利子は何かに憑かれたように蓉子に身を密着させてくる。押し付けられる胸、肩にかかる吐息、内股を撫でてくる指。必死に抵抗しようとするが、体に力が入らない。
江利子はさらに身を伏せ、蓉子のお腹から下腹部の方にキスしていく。まさかこのまま、と思った時、蓉子は気がついた。江利子の手が蓉子の足を撫でながら動き、足を縛っている縄に伸びる。そして、何かで足首に縛られた縄の内側に傷をつける。おそらく、つけ爪に何か仕込んでいたのではないかと思われる。魔力は効かないが、物理的なものは通じるようである。
次に江利子の手は、蓉子の股間に伸びた。慌てて手で抑える蓉子だが、その手をすり抜けるようにして江利子の手は動く。しかしこれも、蓉子を攻めるように見せて、手首を縛る縄に切れ目を入れている。
この器用さこそ、江利子を内部に忍び込ませた大きな理由だ。あとは、タイミングを見計らって仕掛けるわけだが、それがいつ訪れるか。本来なら、酒で酔いつぶすし、リサリサが寝込んだ後の予定だったのだが、今の状況でそれまで待つとなると、蓉子と江利子が抱かれた後になるわけで、それは避けたいところだった。
「さて、そろそろ緊縛プレイにいきましょうか」
縄を取り出すリサリサ。これ以上縛られてしまっては、作戦に支障が出る。ここで、多少の無茶を承知で動くか、決断を迫られる。
今以上に自由を奪われては、勝ち目はない。そう判断し、江利子と目で確認し合う。蓉子が縄を切るべく、力を入れようとした瞬間、部屋に慌ただしい足音が近づいてきて、誰かが飛び込んできた。
「お頭っ!」
「なんだい、邪魔するんじゃないよ、このトンチキが!」
「すいません、でも、あの村のヤサ男が逃げちまって」
「そんなの放っとけ。あたしは、男には興味ないんだ、もともと」
「だけど、『ルピナスの宝剣』を持っていきやがって」
「なんだと!? 何やってんだ、さっさとひっ捕らえろ!」
山賊団とっておきの宝を持っていかれたようで、さすがのリサリサも怒りの面持ちで立ちあがった。そして江利子と蓉子のことを一瞥すると、大股で歩き、部屋の扉を閉じて外に出て行ってしまった
リサリサの気配が消えたところで、蓉子と江利子は頷き合う。まずは切れ目を入れていた蓉子の手足の縄を切断。手足の自由を得た蓉子が、続いて江利子の縄を解く。
「江利子、大丈夫?」
「なんとか。ちょっとヤバかったわ、あいつ、上手なんだもの」
立ち上がり、様子を探ろうとする。おそらく聖が騒ぎを起こしているだろうから、その隙に蓉子達も動かなければならない。村娘を装って侵入するという時点で、武器などは中で直接、手にするという選択肢しかなかった。とりあえずリサリサの部屋から目ぼしいものを手に取ろうとしたところで、部屋の入口が開いた。
「こらお前ら、何を勝手にお頭の部屋を漁っていやがる!?」
「ちっ!」
おそらく見張り役として残されたのであろう下っ端が、部屋に飛び込んでくる。咄嗟に江利子が酒瓶を投げつけると、顔面にモロにくらった山賊は、悲鳴を上げて倒れた。
「なんだ、どうした!?」
異変を察知したのか、他の連中がやってくる。
「江利子っ」
見つけた短剣を江利子に投げ、蓉子自身は落ちていた棒を拾って部屋から走り出ると、既に目の前には二人の山賊が向かってきていた。
両手を伸ばして掴みかかってくる山賊の手を咄嗟にしゃがみこんでかわすと、江利子は体を一回転させながら足払いで山賊を転ばせる。更に、しゃがんだ姿勢で手を地面につけると、両手で体を持ち上げ、逆立ちの状態で体を横に回転させ、その勢いの蹴りでもう一人の山賊の顎を踵でぶちかます。まるで、曲芸だった。
「やあっ、やあっ! えぇいっ!」
そして、倒れた山賊が起き上がる前に、蓉子が棒で頭を殴りつけて気絶させた。掛け声は可愛らしいが、攻撃は容赦ない。
近くに、他の山賊の姿はないが、慌ただしい気配は感じ取ることが出来る。
「私は連中を引きつけながら、聖の応援にいく。蓉子は、とらわれている人たちを外に」
「了解、プランBね」
山賊のアジトの中には、村人か、あるいは討伐に来て返り討ちにあった冒険者か分からないが、捕らえられて自由を奪われ、使役させられている人たちがいることを、連行される途中に知った。
江利子と別れた蓉子は、連れてこられたときの記憶を頼りに、洞窟内を進んでいく。聖が暴れている方に人を取られているのか、見つかることもなく無事に辿り着く。牢屋のような狭い空間に二人の男性、その隣の部屋に三人の女性がいて、蓉子のことを驚きの目で見つめていた。
「助けに来たわ、もう大丈夫よ」
近くの壁にかかっていた鍵を使い、扉の鍵を開ける。
「あの、一体……?」
「私の仲間があいつらをひきつけているから、今のうちに逃げるのよ。あなた達以外に、あいつらに捕らえられている人はいない?」
「あ、はい、私達だけです」
「じゃあ行きましょう。ついてきて」
説明をしている時間が惜しい。蓉子の見る限り、五人はいずれも単なる村人で、戦闘に巻き込むわけにはいかない。
戸惑う村人を率いて、蓉子は出口を目指すのであった。