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ギャグ・その他 マリア様がみてる

【マリみてSS(由乃、祐麒他)】ぱられる! 13 熱くなれ! <後編>

更新日:

~ ぱられる! ~

 

 「ぱられる13  熱くなれ! 」 
<後編>

 

 今のご時世、体育祭は早めの5月頃に開催してしまう学校も多い。地球温暖化の影響か、9月、10月になっても残暑で真夏日が続くような世の中、そんな酷暑のもとで体育祭など、体調を崩すだけではないかと。
 しかしながらリリアンでは、伝統通りに9月に体育祭が行われる。
「いや、暑いですね実況の福沢さん。しかし、この暑さが味方をすることもある」
「ほう、それはどういう意味ですか、解説の小林さん」
「それはもちろん、汗で体操着が透けるからです。あと、暑いからと、服をばさばさとはためかせ、風を送り込む女子生徒もいるかもしれません」
「相変わらず変態ですね、小林さん。他に楽しみはないんですか?」
「そりゃもちろん、女子生徒が走るたびに揺れる、たわわな果実ではないでしょうか。ほら、今も借り物競走で走っている、赤組の子はかなりのものかと」
「ほ、ほう、確かにあれはなかなかの……小林さんは、巨乳派ですか」
「そうですね、どちらかというと揺乳派でしょうか。そういう福沢さんは、無乳派ですよね、何せ彼女が」
「ばっ、なんで由乃が彼女なんだよっ」
「おや、私は別に個人名は出しませんでしたが。しかし『無乳派』と『彼女』という単語で、すぐに島津由乃さんを連想するというのは、さすがとしか言いようが」
「ええい、何をやってるのよ、この変態どスケベコンビがーっ!!!」
 立て続けに、祐麒と小林は景気良く後頭部を殴られた。
 振り返ると、由乃が顔を赤くして睨みつけるように仁王立ちしている。隣では、呆れた表情の蔦子が肩をすくめている。
「最前列に陣取って、応援のやる気をみせているかと思ったら、いやらしい目で女の子を見ていただけなんて、最低よ本当に」
「いやいや由乃ちゃん、女子生徒だけじゃないぜ。普段は見ることのできない蓉子センセ達のジャージ姿もまた良いものだと……ユキチが涎を垂らしながら言っていた」
「俺かーーーっ!? 痛たたたっ、馬鹿、ひっかくな由乃!!」
「きーーっ!! 変態エロ魔人! セクハラ魔!」
「由乃、その辺にしときなさいよ、競技に影響しちゃうわよ」
 蔦子がどうにか、由乃を落ち着かせてくれる。
 まだ納得いかない表情だが、これ以上やって祐麒を本気で傷つけでもしたら、それこそ自分に不利なことになると考えたのか、由乃も素直に手を引いた。
「だ、大体、あたしだって、ちょっとくらいはあるんだから」
「えっ?」
 由乃の台詞に、思わず視線が由乃に向かう。そのバストは、やっぱりどう見てもなだらかな斜面だ。隣の蔦子に目を移すと、見事な丘、いや山といってもいい。
「いや、どう考えてもそれは違うだろう」
「やだ祐麒くん、どこ見ているのよっ!?」
 蔦子が顔を赤くして、胸を腕で抑える。
「行きましょう、蔦子。こんな変態に見られたら妊娠しちゃうわ」
 汚物でも見るような目つきで祐麒のことを見下すと、由乃は蔦子の腕を引いてどこかへ行ってしまった。
「ユキチ……お前って本当、セクハラ大王だな」
「お前に言われたくない!」
 男達のエロい視線など関係なく、体育祭は進行していく。
 圧巻なのは、なんといっても応援合戦。午前と午後に分かれて、各色がそれぞれ様々なパフォーマンスを見せるわけだが、どこもなかなか見事だ。
 白組は、真っ白いユニフォームのチアリーディングによる、女子の華やかさを前面に押し出した応援。一方の黒組は、黒組伝統とも言うべき学生服を着ての応援団スタイル。迫力のある男子に混ざって、学生服を身につけた女の子達も、実に凛々しく美しい。
 そんな中、祐麒達の黄色組みはといえば、もちろんコレだ。看板のタイガーとのコラボレーション、阪神タイガースの大応援。六甲おろしが、リリアン学園の校庭に響き渡るのはなかなかシュールだった。
「おお、なかなか迫力があるなぁ」
 応援団組から外れている祐麒は、外から単純に楽しむ。団旗が高らかに左右に振られ、女の子達は短パンユニフォームが可愛らしい。まあ、ユニフォームだけだと黄色組に見えないが、黄色いボンボンや鉢巻きやらで、色を表現している。
「ぐぬぬぬぅ……応援したいけれど、にっくきタイガースの応援……」
 隣で由乃が、歯ぎしりしている。
 由乃は生粋のベイスターズファンだ。
「いや、そもそも黄色組のタイガーを誰よりも押していたのは由乃じゃないか」
「だって、応援合戦にこんな風に使われるなんて、思ってなかったんだもん!」
 悔しそうに地団太を踏む由乃。
 黄色組の陣地に設置された櫓の上には、天に向かって雄々しく叫ぶ虎の姿が、大きな看板に描かれていた。
「畜生ーーーっ!! 38年くらい、待ってやるんだからーーー!!」
「ええい、はしたないから畜生とか大声で叫ぶな!」
 そんなこんなで、無事に黄色組の応援合戦は終了した。
 体育祭の種目も、次々と消化されていく。祐麒の午前中の出番は、少ない。午前中の大トリ、棒倒しくらいだ。
「いっけーーー! 祐麒、ほら、そこ、ぶっ倒せーーー!!」
 敵陣の棒に走りながらも、由乃の声が届いてくる。由乃の声は、よく通るのだ。しかも、遠慮なしにでかい声で叫ぶものだから、大声援の中でも結構、響く。応援席の最前列で、女子から名前を呼ばれて応援されて、他の男からの敵意のこもった視線が突き刺さり、攻撃が祐麒に集中する。
「この野郎、福沢、島津さんの応援を一人占めなんて、なんて羨ましいやつ!」
「そうだ、島津さんはな、俺だって前から可愛いと思っていたんだ!」
「畜生、ぶっ潰す!」
 本気で殺気のこもった男達が群がってきて、さすがの祐麒も突撃を止められ、押しつぶされた。しかし、祐麒が囮になったのが効いたのか、他の生徒が無事に、敵片の棒に巻かれた鉢巻きを奪取し、勝利をおさめることができた。
「もー、何やってるのよ祐麒、だらしない」
 戻ってきた祐麒を、渋い顔をして由乃が出迎える。
「無茶言うなよ、勝ったからいいだろ。それに、由乃のせいでもあるんだからな」
「え? なんでよー?」
 きょとん、として目を丸くして聞き返してくる由乃に、答えが詰まる。自分から言い出したものの、さすがに恥しくて答えることはできなかった。
「ねーねー、何でよ。何であたしのせいなのよ?」
 無言の祐麒に納得がいかない由乃はしつこくからんでくるが、注意すると周囲から微妙に鋭い視線を感じる。
 前にも誰かから聞いたが、由乃が男子に人気があるというのは、本当なのだろうか。幼い頃からずっと一緒に育ってきた祐麒には、その辺がよくわからなかった。
「あ、やっと見つけた。由乃、祐麒くん、一緒にお昼食べよ」
 そこへ丁度良く令がやってきて、由乃の気をそらしてくれた。
「あ、令ちゃん。緑組は、敵なんだからね!」
「あはは、お昼くらいは、休戦でいいでしょう。それとも、お弁当いらないの?」
「むむ……しようがない、ほら祐麒、まずは腹ごしらえよ」
「おう、腹が減っては戦は出来ぬ、だからな」
 笑いながら、昼食へと向かうのであった。
 ちなみに昼の時点では黄色組は8チーム中の3位、5位の緑組を得点にして40点ほど上回っていた。

 

 昼の休憩をはさんで、祐麒が出場する二人三脚障害走が行われる。早めに休憩を切り上げて集合場所に行くと、真美が青い顔をして立っていた。
「山口さん、顔色悪いけれど、大丈夫?」
「ふ、福沢くん。どうしよう、緊張してきちゃった。私、運動音痴だし、やっぱり絶対に福沢君の足引っ張っちゃうよ~」
 泣きそうな顔をしている真美。
 祐麒にも運動が大の苦手という友人がいるから、どういう気持ちなのかは聞いたことがある。結果は関係ないとか、一生懸命やればいいとか、そういうことではないのだ。本当に、このような運動の競技を行うことが、嫌なのだ。例えば祐麒が、苦手の音楽で、皆の前でリコーダーのテストで演奏させられるときの気持ちに似ているのかもしれない。
 どんな慰めも、励ましの言葉も、そう簡単には届かない。本人にしか、どんな気持ちでいるかなんてわからないのだから。
「大丈夫、二人三脚なんて、足の速い遅いとかあまり関係ないから」
 祐麒はそれでも、言葉をかける。何も言わずにいるよりは、少しでも届くかもしれないから。少しでも気持ちが楽になるかもしれないから。
「転んだって、どっちのせいかわかんないし、むしろ俺がリズムあわないかもしれないし」
「でもでも~」
 レース直前、二人の足を結んでも、まだ真美は緊張で体がガチガチだ。
「俺なんか、山口さんとこんな密着出来てラッキー、とか、そんなことだって考えちゃったりしてるんだぜ」
 気を紛らわせようと、そんな軽口を叩いて見せる。実際、肩を組んで密着するし、太ももは触れ合っている。
「……ふぇっ!?」
 真美の顔が、祐麒を見る。そして、みるみるうちに朱に染まっていく。
「えええええっ、そ、そんな、私、どうしようっ!?」
 どうやら今まで意識していなかったものを、祐麒の言葉で意識してしまったらしい。余計なひと言だと思ったがもう遅い、既に祐麒達の組の番になっていた。
「よし、行くよ山口さん、結んでいる方の足からねっ」
「う、うわぁっ?」
 ピストルの音が鳴り響き、スタートする。決して速くはないが、足は揃っているから、悪くはない。祐麒がなるべく真美の足の運びに気をつけながら、ペースを保つようにする。
 祐麒が言った通り、二人三脚だし、障害物もあるので、どの色のペアも凄く速いということはなく、祐麒と真美のペアは四組中三番目の位置で走っていた。
 平均台をふらふらしながら越え、バスケットボールを二人の頭で挟み、そして最後のハードルで、トップを争うまで追い上げた。
「よし、いけるっ。頑張れ山口さんっ」
「う、うん、あ、待って、足が」
「え? うわっ!」
 足がハードルに引っ掛かった。二人三脚だと、一度バランスが崩れたり、タイミングがずれたりすると、すぐに戻すのが難しい。祐麒達も多分にもれず、ハードルごと倒れる。咄嗟に、真美の肩を組んでいる方の腕で真美の頭をかばい、もう片方の手で地面に手をつこうとして。
「あ、ごめんっ!」
 真美の胸に触れてしまった。すぐに離し、急いで立ちあがるが、転倒でリズムが崩れてしまってうまく走り出せない。
 結局、最下位でゴールすることになった。
「あー、ごめん山口さんっ! 申し訳ないっ」
「え? でも、ハードルに足をひっかけちゃったのは、私だし……」
「いや、触っちゃったこと」
 言うと、真美の顔が赤くなっていく。
「あ、あれは事故だし……そ、それよりありがとう、福沢くん。レースが始まるまでは凄い不安だったけど、励ましてくれて、レース中も色々と、だから私ね、ビリだったけど、ちょっと楽しかった」
「本当? それなら良かった……」
 二人の足を結んでいた紐をほどいて立ちあがったとき、思わず祐麒は顔をしかめた。
「――どこか、痛いの?」
 目ざとく見とがめた真美が、表情を変えて尋ねてくる。
「いや、ちょっと捻ったくらい。ま、競技には影響ないよ」
「…………」
 真美の目は、祐麒の言葉を信じているものではない。それでも祐麒は、安心させるように笑うしかない。
「大丈夫だって、それじゃあ、俺は次の準備があるから」
 逃げるように、真美の前から去る。
 足首に、熱のような痛みを感じながら。

 

 残るは、騎馬戦と最後の色別対抗リレー。騎馬戦では、騎手役なので足を痛める危険性は少ないはず。
 8色が入り乱れての騎馬戦は、制限時間を終えた時間で残っている騎馬の数と、取得した相手の帽子の数で点数が決まる。さらに各色には大将が一騎いて、大将を討ち取ると得点も大きくなるというもの。
 祐麒は、足の痛みこそさほど酷くならなかったが、足に気を取られてあまり活躍できず、生き残ることはできたものの、一騎も討ち取ることができなかった。
「何やってるのよ祐麒、しっかりしなさいよね!」
「悪い、なかなか他も強くてさ、厳しい戦いだった、うん」
「厳しい戦いだった、じゃないわよ、現状を理解しているのっ?」
 午前の競技を終えて、黄色組は3位だったが、応援合戦や看板では、さほど上位には食い込んでいけなかった。更に、競技の方でも全般的に奮っていない。
 体育祭の得点は、途中までは公開されているが、最後の方の競技になると得点が隠されて、最終発表されるまで結果がわからないようになっている。しかし、最後の得点発表のときには、緑組が黄色組を逆転して3位になっていた。得点差は、どれくらいあったか忘れたが、最下位ではなかったので、さほど開いていることもないはず。最後のリレーで勝てば、充分に逆転できると踏んでいる。
「祐麒は、あ……あたしが、知らない男の子とデートしても、平気なの?」
 珍しく、由乃が不安そうな表情で、祐麒を見つめてきた。
 その言葉に、由乃と見知らぬ誰かがデートしている姿を脳裏に思い浮かべると、胸が痛んだ。
「……心配するなよ、勝てばいいんだろ? 大体、由乃とデートなんて相手が可哀想だからな、その見知らぬ男のためにも、勝たないとな」
 わざと、悪態をついてみせる。
「何よもうっ、失礼ね! 祐麒の馬鹿っ!」
「おっと、それじゃあリレーの集合だ。行ってくる」
 集合場所に向かおうとする祐麒。
 その祐麒の背中に向けて、由乃が声をかける。
「祐麒……頑張って」
「……おう、任せとけって!」
 心配そうな由乃を安心させるように、笑顔で親指を立て、祐麒は最後のリレーへと向かうのであった。

 

 最終競技は8色対抗リレー。その名の通り、全8色のチームが一気に走る、迫力のあるリレーだ。
 ルールは簡単、各色、各学年から男女一人ずつが代表となり、各色6人によるリレー。走る順番は、女→男の順番であれば、学年については問わない。即ち、最初に三年生が走っても構わないわけで、この辺は各色の作戦によってくる。ただし、通常の走者はグラウンド半周に対し、アンカーはグラウンド一周となる。
 そして祐麒はといえば、アンカーだった。黄色組の作戦は先行逃げ切り、男のトップに三年男子の陸上部員を持ってきて、一年男子サッカー部が男子二番目。祐麒は、グラウンド一周というところに不安があったが、練習の時、一周を走ってスピードがあまり落ちないのが祐麒だったのだ。平均的速度を持続できる、それがアンカーとなった理由。
「……くそっ、頑張ってくれよ、右足くんよ」
 今となっては、アンカーというのが重い。走る順番を変えるというのもありだが、皆今の走る順でバトン練習もしてきている。それでも、チームのことを考えたら言うべきだというのは分かっている。分かっているのだが。

『祐麒……頑張って』

 由乃の、不安そうな表情を思い出す。
 他の皆には悪いけれど。ただの我がままかもしれないけれど。
 勝つにしろ負けるにしろ、由乃のことを他の誰かに託したくはなかった。

 

 最後の競技がいよいよスタートを迎える。
 赤、白、黒、黄、緑、ピンク、青、オレンジの8色のバトンを持った第一走者の女子が、スタートラインに並ぶ。一応、本当の陸上競技みたいに、スタート時はセパレートゾーンを走り、第二走者からオープンレーンになって、スタート位置によって不公平が出ないようにはなっている。
 各色のメンバーを見ると、何人か知っている顔も見えた。
 緑組には、令とちさと。オレンジには三奈子。赤組には祥子。
 最後の競技であり、体育祭の花形でもあるリレーのため、生徒も、教師も、応援に駆け付けている家族も、皆が注目をしていて、緊張感が今まで以上に漲っている。
 スターターがピストルを構える。
 第一走者の女子が、ぐっと前傾姿勢になる。
 一瞬の、静寂の後に。

 一斉に、8人のランナーが走り始めた。

 

 第一走者、トップに躍り出たのは青組の女子。陸上部三年の元エースということで、速い速い、他の色との差をぐんぐんと広げていく。あっという間にバトンリレーをして、トップで第二走者につなぐ。続いて、黒、オレンジ、黄、ピンク、緑、赤、白の順位だが、まだ凄く差が開いているわけではないし、重要なのはトータルでの順位である。
 第二走者から第三走者へ。トップは変わらずに青。ここで緑はちさとが、赤は祥子が出番となって走りだす。
 ちさとも祥子も、選出されるだけあってなかなか速く、二人のスピードにさほど差はなく、なかなか差は縮まらない。一方、全体を見ればトップは依然として青だが、黄が作戦通りに順位を上げて二位となっていた。
 会場はどんどんとヒートアップしていく。
 湧きあがる歓声、絶叫する生徒、応援合戦の時の格好をして盛り上げる生徒、カメラ撮影に余念のない写真部。
 盛り上がる競技だが、終わるのは早い。当然だ、各色、スピード自慢がそろって出てきているのだから。
 ここで歓声が大きくなる。
 先ほどまで最下位を走っていた白組だが、第三走者の女の子がぐんぐんと追い上げ、ごぼう抜きをしていく。やたら長い髪の毛を後ろで縛った、凄い長身の女の子。見た目、令より背が高い。
「うおぉ、あの子、あれでまだ一年生らしいぜ」
「末恐ろしいな……」
 白組のその子は、最下位から四位まで順位を押し上げた。
 リレーは第四走者に。そろそろ祐麒も、緊張が高まってくる。
 レースでは、黄色は二位をキープ。しかし、青が三位に落ちて、ピンクがトップに。緑色は、六位に落ちている。
 想定では、ここまでで一位をとっておきたかったが、仕方ない。何せ黄色全体で考えると、他の色よりも走力は落ちるのだ。むしろ二位というのは良い出来だろう。あとは、残りの二人がどこまでキープできるかだ。
 トップのピンクが、第五走者にバトンパスをする。今のところ、どの色もバトンミスをしていないのが素晴らしい。続いて黄色が、第五走者の桂にバトンパス。本来メンバーに選抜されていた女子が病欠し、急遽、補欠の桂が走ることになったのだ。意外なことだが、桂は結構、足が速い。テニスで鍛えた足腰が、役に立っているのか。
 ここまでくると、他の色も強力な走者を並べている。緑の令、そしてオレンジの三奈子。走りだす各色の第五走者達。祐麒はラインに立って、桂が走ってくるのを待ち受ける。周りを見ると、アンカーはやはり三年生の割合が多いが、二年生もいる。
 会場に大きな声が響き渡り、目を向ける。接触があったのか、黒の女子が転倒していた。すぐに起きて走りだすが、ロスは大きく、最下位に落ちてしまった。全体を通して速いのは、やっぱり令だった。三奈子も速いが、令が断トツで速い。順位が変わっていく。
 桂も頑張っているが、他色のエース軍団にはさすがに敵わない。順位は、上からピンク、青、緑、オレンジ、黄、赤、白、黒。どうやらこの順位のまま、アンカーにバトンリレーとなりそうだった。
 外側に位置を移動し、桂を待ちうける。先陣を切って、ピンクがスタートする。声援が一層、大きくなる。
「桂さん、ラスト、頑張れ!!」
 手のメガホンで、駆けてくる桂に声をかけ、バトンリレーの体勢に入る。練習通りのタイミングでスタートを切る。
「ごめん、祐麒くんっ!!」
「よく粘った、大丈夫!」
「あとお願い! 私の想いごと受け取って!」
 後ろに伸ばした手に、バトンを受け取る。
「それは断るけど、任せろ!」
「がびーん!!」
 余裕があるんだか分からない言葉を交わして、祐麒はスタートを切る。さすがにこれからトップを狙うのは、距離的にも実力的にも無理だろう。だが、緑くらいならまだ狙える。緑組のアンカーも二年生だったはず。
 走る。野球部をやめたとはいえ、走るのが遅くなったという認識はない。ギアをあげていく。スピードに乗る。
 前を走るオレンジは、さほど速くないと思えるが、なかなか距離が詰まらない。足首に痛みがあり、走り方がいつもと違うせいか。

 

 皆が大きな声援を送る中、由乃は祈るようにして見つめている。
「由乃さん」
 真美が由乃に近づき、声をかける。
 言うべきか、言わないべきか迷ったけれど、由乃にだけは言っておいた方が良いのではないかと思った。
「あの、福沢くんなんだけど」
「知ってる。足、痛めてるでしょ」
「えっ? なんで……」
 驚く真美。まだ、何も言っていない。祐麒の名前を出しただけだというのに。
「歩いているときから、なんか変だった」
「じゃあ、どうして」
「祐麒は何も言わずに、リレーに向かったから。あたしが、何か言っても仕方ないから。それに……」
「それに?」
 真美の問いに、由乃は何も答えず、ただグラウンドを見つめるだけ。
 そして真美は思ってしまった。
 ああ、これじゃあ、私なんかが入り込む隙間はないのかも、と。

 

 前が遠い。
 おまけに足の痛みは走っているうちに酷くなっていく。とりあえず、オレンジを抜く。それに意識を集中。オレンジのペースは落ちてきている、確実に疲れてきている。ペースがあまり落ちないのが自分の強みだろ、ペースの落ちた相手などさっさと抜き去れと、自分を叱咤する。
 歓声が高まる。
 外からオレンジに並び、抜く。ここで半周。残り半周で、緑を抜けるか。
 畜生、足が痛い。
 直線からカーブに入る。コーナーを抜けたら直線で、フィニッシュを迎えるだけだ。このコーナーで抜くくらいの気合いを持つ。野球部時代、ベースランニングは得意だったんだ、直線よりむしろカーブの方が詰めやすい。足さえ、まともなら。
 少し詰めるが、まだ抜くまでには至らない。より大きな声が上がっているのは、トップがゴールしたからだろうか。関係ない。今はただ、緑をぶっちぎる。というほど余裕はないが。
 ああクソっ、なんでこんなことになってんだ。漫画やドラマなら、ここで主人公が格好良く相手を抜き去るんだ。抜いたところで、一位じゃなくて三位というのが、なんとも自分らしいとは思うが。
 ゴールが近づいてくる。
 黄色組みの、クラスの声援が大きくなる。そういえばちょうどゴールを過ぎたあたりが、黄色組の陣地だった気がする。
「こらーーーーーっ、祐麒ーーーーーーっ!!」
 グラウンド全体の大きな歓声の中、その声を耳が拾い上げた。馬鹿な。これがカクテルパーティ効果というやつか。
「なに、ちんたら走ってんのよ、さっさとぶっちぎりなさいよっ!!!」
 それでも聞こえる。
 耳が、逃すはずがないのだ。
 しかし、こんな状況でも厳しいな、言うことは。
 ああそうか、もし負けたら、誰だっけ、誰かとデートすることになるんだった。相手の男も物好きというか、由乃なんかとデートしたところで失望するだけじゃないだろうか、本物を知ってしまって。
 最後の直線だ。
 ここで追いぬけなかったらどうなるって?
 デート?

 …………

 他の男とデートなんかさせて、いいワケないだろうがっ!!!

「そのまんま、負け犬でいいのか、あんたはーーっ!?」
「負けねえって、言っただろうがっ!!」
 咆える。
 足の痛みも、もはやよくわからず、ただバランスを崩さないようにだけ気をつける。緑のランナーは、いきなり発した大声に反応して、思わず後ろをちらりと見た。それは即ち、その瞬間に気が逸れ、力が抜けたということ。機を逃さず、横に並ぶ。あとは残りわずか、前傾してゴールに向かって飛び込むだけ。ここまできたらバランスを崩したって、転がり込んでも到着できる。
 ラスト、右足で思い切り地面を蹴りつける。
 そしてそのまま。
 ゴールラインにダイブした。

 

 文字通り転がりながらゴールした祐麒を介抱したのは、第五走として走り終えて待機していた、令だった。むしろ、ダイブした祐麒を受け止めようとして、そのままの勢いで祐麒に押し倒されるような格好となり、リレーの結果以上に、体育祭で一番の盛り上がりを見せたのは非常に余計だった。
 令は真っ赤になりながらも、祐麒の頭を胸で抱きしめて離さないし、由乃が飛び出てきて令に文句を言うし、リリアンの体育祭史上初の痴態だと、教師達は嘆いたという。
 最後が締まらなかったが、何はともあれ終わったのだ。
「……ふ、負けたわ、由乃さん」
「ちさとさん……いい、勝負だったわ」
 ちさとと由乃が、何やら激闘を終えた戦士のような表情をして、向かい合っていた。
「福沢君があそこまで熱い男の子だったとはね、知らなかったわ」
「緑も、惜しかったじゃない。差は、ごく僅かだったわ。次に戦えば、果たしてどちらに賽の目が転がるか、分からないわ」
「いいのよ、どっちにしろ、約束は約束だからね」
「ええ、そうね」
 二人を、祐麒はただ見ているしかできない。割り込むだけの隙が、二人の間には無かった。
「それじゃあ、約束通り由乃さん、私の鳩子とデートよろしくねっ」
「……へ? 何それ、だって黄色が勝ったじゃない」
「あー、最後のリレーはね、見事だったけど、勝負はあくまで総合得点じゃない」
 そう言ってちさとが指し示した先には、各色の得点ボード。ちょうど、各色の最終得点が発表されたところだった。
 黄色組の得点は、緑組の得点より10点、低かった。
「リレーで負けたといっても、黄色3位で緑が4位、そんなに差は縮まらないわよ」
 肩をすくめるちさと。
 由乃と祐麒は、目を丸くして。
「「えええーーーーーーーっ!?」」
 絶叫した。
「じゃあね~、詳しくは、また後日ってことで」
「あ、ちさとさん、ちょっと、待って」
 由乃の言葉もむなしく、ちさとはさっさと自分のクラスの方へと戻っていってしまった。残されたのは、祐麒と由乃。
 二人、なんとなく無言で顔を見合わせる。
「ちょっ……と、これ、どうしてくれんのよっ!?」
「なんだよ、俺のせいじゃないだろ、元はと言えば!」
「祐麒のせいよ、そうじゃない、祐麒がリレーで1位になっていれば、10点差くらい逆転してたじゃないの! もうっ!」
「おまえ、2つも順位上げるの、どれだけ大変だと思ってるんだよ!?」
「結果が全てよ、それくらいじゃ足りないっての」
 睨みあう二人。
 先に目をそらしたのは、意外にも由乃だった。
「……ま、まあでも、頑張ってたし、ちょっと、ちょっとだけど格好良かったから、許す」
 少し恥しそうにしながら言う。
「いや……悪かった、由乃。勝てなくて」
「いいって、もう」
 爽やかに笑う由乃。
「体育祭、おもいっきり参加できて、楽しかったし」
「そっか。そう……だな」
 閉会式が行われている。
 二人、泥だらけの顔のまま、並んで。

 

 体育祭は、幕を閉じた。

 

おしまい

 

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