聖は、宴のあとに男色趣味の男から迫られ、我慢することもできずに急所を蹴りあげて失神させた。その男を縛り上げ、少しばかり様子を探ろうとしたところで、山賊達の会話が耳に入ってきた。
「今日の女二人は、とびっきりの上玉だったな。早いところ、味見したいもんだ」
「あそこまで上物だと、お頭がいつ飽きるか……くそっ、きっと今頃、お頭楽しんでいるんだろうなぁ。女同士で勿体ない」
「だが、お頭の縛りは芸術的だからな、きっと朝はいつも通り、縛られた姿を俺らにも披露してくれるはずだ。お上品な顔した娘がどんな顔で現れるか、楽しみってもんだ」
「ええっ、それマジ!?」
「ああ、この前捕らえた女もそうだっただろ……って、あ?」
「あ、ヤバ」
聞き逃せずに、思わず会話に入りこんでしまった聖。
「どうもどうも、失礼しました。構わずに行ってください、ほら」
「お前、なんでこんなところをうろついている? ちょっと待て、手に持っているのは、なんだ」
「ん?」
聖が手にしているのは、先ほど聖を口説いてきた男から奪った短剣。正確には、時間稼ぎのために聖がねだったことにより、男に持ち出してこさせた、この山賊団の保有するレアアイテム。
「そいつぁ、『ルピナスの宝剣』じゃねぇか!? てめぇ、それが目当てか!」
有無をいわさず掴みかかってくる男の腕をかいくぐり、その勢いを利用して投げ飛ばす聖。運悪く、男が転がった方向にテーブルがあり、男はテーブルをなぎ倒し、食器類が落ちて派手な音を鳴らす。
「てめぇっ、ぐふっ!?」
もう一人の男に掌ていを当てる。脳を揺らされふらついた男は、近くにあった棚によりかかろうとして、そのまま棚を倒してしまう。
盛大な音と騒ぎを聞きつけて、次々と山賊達が姿を現してくる。
「うわっ、やっば」
こうして望まないままに、山賊達との乱戦に突入してしまった聖。逃げながら戦闘していたが、いつしか完全に取り囲まれてしまっていた。場所は、宴を繰り広げていた広間。本当なら狭い通路にでも逃げ込み、同時に複数を相手にすることがないようにしたいのだが、さすがに大人数に囲まれてはそう簡単に脱出できない。
酒で何人か潰れてもいるし、何人かは聖自身が倒したが、それでもまだ十人以上の男に囲まれており、しかも聖の武器はといえば広間に落ちていたナイフとフォークだ。『ルピナスの宝剣』を使おうと思ったが、鞘から抜いてみるとただのナマクラ刀で、どうやら芸術的価値しかない刀のようであった。
「ちょっと、これはきっついかなぁ」
苦笑いする聖。
対する山賊達は、棍棒、手斧、三日月刀などで武装している。
襲いかかってくる棍棒を屈んで避け、足払いで転ばせる。椅子を投げ、向かってこようとする山賊をけん制し、その隙に別の山賊に蹴りを見舞う。しかしすぐに、別の三人が向かってくる。
スウェーバックで振り下ろされた斧をかわし、フォークを二の腕に突き立てる。もう一人がふるってきた三日月刀を、体を捻って避ける。テーブルに置いてあった皿を何枚かつかんで円盤のように投げ、その結果を見ることもなくテーブルの上を一回転して乗り越え、転がっていた丸椅子をテーブルの下を通して蹴りだすと、同じようにテーブルを乗り越えようと走り込んで来ていた男の足を丸椅子が払い、男はテーブルの角に顔面から激突する。
殴りかかってきた男に料理の皿をぶつけて視界を奪い、腕をとって互いの体の位置を変え、他の山賊からの攻撃の盾にする。
「くそっ、なんだコイツはっ?」
「私? 私はもちろん、"愛と正義と女性の味方の美形吟遊詩人"ってことで」
「ふざけるな!」
斬撃が襲う。余裕で避けられると思ったが、倒れていた山賊に足を掴まれ、動きが一瞬、遅れてしまった。刃が聖の服を切り裂き、サラシに包まれた胸が露出する。
「こいつ、女だったのか!?」
「だったら、どうだっていうのさ!?」
足を掴んでいた男の頭を蹴って身を離し、笑って見せる。
山賊達はまだ酒に酔っている者も多いし、動きが全体的に鈍い。それでも聖が有利だというわけではない。腕力には差があるし、捕まらないことを優先しているので、相手に与えているダメージはさほど大きくない。事実、倒れても置きあがってきている者が多い。
捕まって動きを封じられたらおしまいだし、人数で力押しでこられて体力が尽きてもジ・エンドだ。だからこそ、余裕を見せる。隙を見つけて突破するか、仲間がやってくるまでは。
「どきな、お前ら、いつまでグズグズやっているんだい」
威圧感のある声とともに、山賊達をかき分けて姿を現したのはリサリサだった。
「怪しいと思っていたけど、アンタやっぱり女だったのか。いいねぇ、そのバタくさい顔も、あたしの好みだよ。たっぷり可愛がってあげたいねぇ」
「いやいや、リサちーもなかなか愛らしいよー? その髪飾りとか少女趣味だしー」
聖の言葉に一瞬、口元を歪めたリサリサだったが、すぐに表情を戻すと、両手に持った革袋をぐるぐると回す。おそらく中に砂かコインを詰めた、いわゆる『ブラックジャック』であろう。地味だが、打撃を受ければダメージは体内に残る、嫌な武器だ。
ゆっくりと近づいてくるリサリサ。山賊達は、リサリサの力を信頼しているのか、手を出す気配は見せないが、包囲が解かれるわけでもなく、まだ逃げ道はない。
「――っ!?」
無造作にリサリサが動いたように見えた。だが、他の山賊達より圧倒的に速く、そして動きに無駄がない。水平に薙ぎ払われた右手の攻撃をバックステップでやり過ごすが、次の瞬間にはリサリサが目の前にまで迫ってきていた。
「安心しな、綺麗な顔は傷つけないからさっ!」
壁際に追い詰められ、聖は逆に前方に踏み込んだ。リサリサの腕をかいくぐり、振り向きざまに手刀を首筋に放つが、腕でガードされる。聖の手の方が痺れるくらい、リサリサの腕は頑丈だった。
「やるじゃん」
不敵に微笑むリサリサ。見ると、聖が立っていた付近の壁が抉れ、破片が床にばらばらと落ちていく。一撃でもまともくらったら、動きを封じられるのは目に見えていた。
(ちょっとばかし、まずいなぁ。さっさと江利子か蓉子、なんとかしなさいっての)
心の中で毒づきながら、リサリサを見つめる表情には、あくまで皮肉めいた笑み。
無言で風を切るリサリサのスウィングをかわし、ナイフで突く、腕を弾かれる、下からアッパーのように迫るブラックジャック、上体を後ろに反らして空を切らせる、続けざまの打ちおろし、右に跳んで避ける、ナイフを投げつける、ブラックジャックで打ち払われる。
「ちぃっ、ちょこまかと」
苛立ったように、リサリサが右手を大きく振りかぶり、そのまま斜め下に振り下ろそうとする。威力はあるだろうが、モーションが大きく軌道も見えており、聖は後ろに跳んでかわそうとした。聖の足が床を蹴った瞬間、振り下ろされかけたリサリサの腕が、途中で急ブレーキをかける。打ちおろそうとした勢いを、腕力で強引に途中で止めたのだ。
「しまっ……!?」
空中では、体の自由がきかない。
リサリサが聖を追って踏み込み、左手のブラックジャックを聖の横っ腹めがけて思い切り振り抜いた。
やられた! と思った次の瞬間、リサリサのブラックジャックがいきなり破裂し、中に詰まっていた砂が派手に飛び散った。
だが、リサリサは動揺した様子もなく、残った右手を再び聖にめがけて繰り出そうとして、そして左手と同様にまた、ブラックジャックが破裂する。ただの屑切れとなってしまった両手の革袋を投げ捨てるリサリサ。
「――まったく、貸しだからね、聖」
いつの間にか江利子が、広間に続く一つの入り口に立っていた。手にした短剣を、面白くもなさそうに手の平でくるくると動かしながら。
ブラックジャックを粉砕したのは、江利子の投じた短剣だった。いまだ粉じん舞う状態を利用して、聖は素早く江利子の投げた二本の短剣を床から拾いあげる。
「なんだお前、いつの間に逃げ出し……うぉわっ!?」
油断していた山賊を膝の一撃で昏倒させると、江利子は山賊の間を駆け抜け、中央のテーブルに飛び乗る。同時に聖もまたテーブルに上がり、江利子に背を預けて立つ。
「江利子……随分とまあ、エロい格好しているね」
「仕方ないでしょう、時間がなかったんだから」
江利子は先ほどリサリサに弄られていた時のままの格好、すなわち下着の上に、はだけたシャツを身につけているだけ、という状態で、もともとの体つきもあって非常にエロティックな空気を存分に発散していた。事実、テーブルの上に立った江利子を見て、舐めるような嫌らしい目つきの山賊が、続出している。
「で、蓉子は?」
「捕まっている人たちを外に」
「それじゃあ、それまで暴れていればいいってことね」
「そうゆうこと」
江利子は頷くと、短剣で右手親指の腹を突き、流れる自らの血で頬に深紅のラインをひく。それは江利子が施す、踊りの戦化粧。
聖は、ぺろりと舌で唇を舐める。
「踊るわよ、聖」
邪魔なシャツを脱ぎ捨てる江利子。
「オーケイ、リズムは?」
「ジルバで」
「りょーかい。その格好じゃ、むしろサンバだけどね」
下着姿となった江利子だが、見事な肢体を誇るかのように胸を張り、左手を高く天に掲げる。
舞台の幕は、開かれた。
そこで繰り広げられるのは、まさに演舞。
江利子と聖は、広間を舞台として、舞台上にある全てのものを小道具として生かし、思うがままに踊る。
二人にかかれば、テーブルも、椅子も、食器も、ガラクタも、全てが武器となり防具となる。人数差を動きとコンビネーション、そして道具で補い、踊りはますます激しくなっていく。
激しく華麗なステージは、二人のために存在していた。
一方の蓉子は、とらわれた村人達を引き連れて、どうにか外に出ることができていた。見張りに立っていた二人の山賊も油断していたため、ダメージもなく倒すことが出来た。村人に協力してもらい、二人の山賊を縛りあげ、猿轡をかます。
「皆さん、村まで降りて行けますか? 夜ですし、難しそうなら明るくなるまで隠れていてください」
「ですが、貴女は?」
「私はまだ、やることがありますので」
村人達を安全と思える場所まで見送り、急いで戻ると、手を口にあてて指笛を吹いた。事前に決めていた通り、高い音で、二回吹く。
闇に包まれている岩山に吸い込まれるようにして響き渡る、甲高い音色。
その音を耳にして、景は立ちあがった。
「……ふぅ、やっとか。仕方ないとはいえ、待つ身はつらいわね」
凝り固まっている肩や腰をほぐすように動かし、予定通りの行動に入る。
「今の合図は、プランBね。じゃあ、いきますか」
景自身は数日前から隠密行動に入り、今日、蓉子達が山賊アジト内に連れ込まれた後に最終準備を終え、そして今までずっと待っていたのだ。
薬師である景は、当然、様々な漢方薬、外用薬に通じているが、それだけでなく『火薬』の類に関する知識も有していた。本来の『薬師』とは正反対の方向だとは思うが、薬は薬だという、そんな割り切り。さらには、薬師として、単に医療に従事しているだけでは生活が苦しかったため、戦乱も盛んな世の中で役に立つと思い覚えた知識でもあった。まさか、こんなところで活用できるとは景も思っていなかったが。
岩山の周囲を観察し、考察し、どの部分にどれだけの火薬量を設置して爆発させれば、どのような崩壊を起こすか。それらのことを計算して、この数日間、気づかれないような時間帯を利用して、コツコツと準備していたのだ。
用意しておいた油を使って松明に火をつけると、景は、その火を一本の導火線につけた。
しばらくして、離れた場所で派手な爆発が起こるが、これは音だけのもので、中に残っている者に伝える合図だ。
「ふふ、本番は、これからよ」
炎の灯りに揺らいで、景の微笑が浮かび上がる。
松明を掲げたまま景は、夜の中とは思えない足取りで、岩場を移動していくのであった。
「な、なんだ、今の音は!?」
「襲撃かっ!!」
派手な爆発音を聞いて、山賊達が浮ついた。
江利子と聖は戦いながら広間を抜け、通路に入っていた。さほど広くない通路なら、同時に複数人を相手にしなくて済む。互いの背を守りながら、正面から襲いかかってくる山賊を何度となく押し返していた。
「蓉子達、無事に出たみたいね」
「んじゃ、あたし達も脱出ね。取り残されて押しつぶされるのは、御免だわね」
聖は前方から突っ込んできた山賊の攻撃を受け流し、そのまま後方に投げ飛ばすと、江利子の正面から向かってきていた連中を巻き込んで倒れる。その隙に聖は走り出し、すぐに江利子も後に続く。
走り出してすぐに、新たな爆発音とともに、洞窟内が激しく揺れた。天井からバラバラと岩の破片が落ちて来て、壁にひびが入る。
「ちょっと、これ、激しすぎない?」
「知らないわよ、さっさと逃げるわよ!」
言い合いをしている間にも、爆発音が鳴り響き、色々な個所が崩れ落ちてくる。山賊達も、何が起きたのか分からずに右往左往している。
二人は揺れに足を取られながらも走り、やがて行き止まりに突き当たる。
「……あれ? 道、間違えたかな」
「はぁ!? 間違えたじゃないわよ、たいして広くもないのに何やってんの」
「しょうがないじゃん、江利子だって何も言わなかったし!」
「とにかく、さっさと引き返して……うっ」
気を取り直し、戻ろうとしたところで、行く手を遮るようにリサリサが立ちふさがっていた。おそるおそる、江利子が口を開く。
「あのー、さっさと逃げません? 危険ですし」
「あんた達をとっとと捕まえて、逃げ出すよ。しゃらくさいこと、してくれるね」
通路を塞がれ、通り抜けるにはリサリサをどうにかするしかないようだ。江利子は短剣を構え、聖は途中で奪ったショートソード。相対するリサリサは、両手に鉄甲という、完全な肉弾戦闘スタイル。
江利子と聖は、目配せをするまでもなく、二人で微妙にタイミングをずらして攻撃体勢に入った。何も、リサリサを倒す必要はなく、通路を塞いでいる体をどかしてしまえばいいのだ。
だが、二人の攻撃を、リサリサは両の鉄甲で弾き返す。リサリサの方が体が大きくて手足が長いので、短剣とショートソードくらいでは、リーチ差で大幅に有利となるまではいっていない。
「あー、くそっ、江利子、どうする?」
「向こうだって、ぐずぐずはしていられないはず。焦りを誘って、その隙に……」
体勢を立て直し、再度、攻撃をしかけようとしたところで。
「うあああっ!?」
「なっ、何、コレっ!!」
耳を抑え、頭を抱えて苦痛に顔を歪める。
目の前のリサリサが、咆哮をあげている。いや、声や叫びなどというものではない。獣の唸りとも、鳥の悲鳴とも異なる、人が決して出すことなど出来ないとしか思えない、怪音波とでもいうものか。
頭の中に入り込んだ虫が脳みそをかき回していくような不快感、そして吐き気を伴う激痛が二人を包む。
耳を抑えても、何の効果もない。膝を折り、身を捩る。
「――っかはぁっ、はぁっ、どうだい、これがあたしの奥の手さっ」
息も荒く、リサリサが不敵に笑う。
音波が途切れたことで、どうにか不快感と痛みは去ったが、すぐには立ち上がれない。
「外の広い場所じゃ拡散しちまうが、こういった洞窟内は、あたしのフィールドさ。天井や壁の造りから反射を考え、共鳴させて起こす音波さ。ま、敵も味方も関係なく巻き込んじまうし、あたし自身にもダメージがあるっちゅう諸刃の剣だけどね。それでも、立て続けに二回もやりゃあ、大抵の奴は失禁して気を失う。あんたのお股も濡れてるぜ」
「こ……のっ」
挑発に、下着をおさえて江利子が立ちあがる。
リサリサは、大きく息を吸い込む。
「やばい、もう一回、あれやられたらっ」
「わかってる、このっ」
要はリサリサに自由な時間を与えなければよいのだが、ダメージで二人の動きはまだ鈍い。到底、間に合わない。
「――っ!」
しかし次の瞬間、今までで最大の揺れが起きた。音波を発しかけたリサリサもバランスを崩し、息が吐き出される。
「今っ!」
江利子が短剣を投げる。
鉄甲で弾くリサリサ。
だがその隙に走り込んでいた聖が、リサリサの肩を掴んで体を押しながら、足を払う。バランスが崩れている状態では、いかに戦い慣れていたリサリサでもこらえきれず、背中から転倒する。
そこへ、江利子が側転からのバック宙で、リサリサの腹に膝を落とす。軽い江利子とはいえ、勢いに全体重をのせた膝に、リサリサは口から血を吐きだし、鈍い呻きを漏らす。
「くっ……そ……かはっ!」
「肋の何本かはイッたでしょう? さすがにこれじゃ、さっきの音は出せないわよね」
立ちあがり、聖とハイタッチする江利子。
「さて、と、余裕があるわけじゃないみたいだし、行きましょうか」
崩れゆく洞窟の天井を見上げて、二人は頷き合った。
蓉子と景は、二つある出入り口に分かれて、逃げ出てくる山賊達をやっつける、いわば後処理を行っていた。
山賊達は慌てて飛び出してくるだけなので、やっつけるのは簡単だった。入口付近に、あっという間に倒れた山賊達が積み重なっていく。村に報復されるわけにもいかないから、ここで徹底的に痛めつけておく必要があるのだ。
もし、蓉子達が把握している二つの出入り口以外に、隠し出口みたいなのがあったとしたら、それはもう仕方がないが。
「それにしても、江利子も聖も、早く出てこないかしら。そろそろ危険なのに」
二人が脱出してきたら合図をすることになっているが、景の方からもまだ合図はあがっていない。一応、二人が出てくるまでは、最後の爆破は起こさないことになっているが、その前に崩落してしまう危険性もあるのだ。
「大丈夫かしら……えいっ」
心配しながら、また一人、出てきた山賊を棍棒で殴り倒す。不安そうな表情を見せながらも、攻撃はえげつない。
そんなことをしながら、やがて現れた相手に、蓉子はびっくりする。
「くそっ、あたしが……っ!」
胸を抑え、苦しそうに出てきたのはリサリサだった。
「ん? お前は……」
「きゃあああああっ!?」
咄嗟に蓉子は棍棒を振りかぶり、思い切り振り抜いた。
「ぐああああああっ!!」
瞬間的に腕でガードしたリサリサだったが、負傷した状態では力も入らず、数メートルほど吹っ飛ばされて転がる。
「よ、容赦ないな……い、今のでまた、肋骨と、腕の骨何本か、持ってかれたな」
気丈にも意識を保ち、苦痛の声を漏らすリサリサ。
「お、お頭、大丈夫ですか!?」
「あのお頭をここまで吹き飛ばし、骨を砕くなんて、なんて馬鹿力なんだ……っ」
倒れていた山賊達が衝撃のシーンを見て、恐れ慄く。
「ちょ、ちょっと、変な誤解しないでよ、私の力ってわけじゃ」
言いかけた時、反対側から合図の指笛が響いた。どうやら、聖と江利子はもう一つの出口から無事に脱出できたようだ。
「ふふ、これであなた達もおしまいよ。金輪際、悪いことはしないと誓いなさい」
「そんなこと、約束するはずもないだろう……がはっ」
「そう。そんなことを言っていると、こうよ!」
山賊達の前に立ち、蓉子は天を指さした。
次の瞬間、爆発が起きる。景が仕掛けた、最後の爆発だ。その爆発で、山賊達のアジトは崩壊する、はずだったのだが。
いきなり、巨大な火柱が立ち上った。
「――――え?」
驚く蓉子を尻目に、炎はまるで羽を広げるかのように盛り上がり、揺らめき、不気味な唸りをあげて夜空を翔け昇る。
天を指さした蓉子の背後から、煉獄の炎を纏いし冥府の火竜が舞い踊ったのかと、後に山賊達は恐怖に怯えながら語る。
熱風が蓉子の背後から吹きすさび、山賊達は尻ごみし、蓉子のスカートはまくれ上がってパンツ丸出しになる。ちなみに純白だ。
「地獄の……冥府の魔女だ!」
「ひええええっ、た、助けてくれぇっ!」
パニックに陥る山賊達。
「ちょ、人聞きの悪い」
あまりの怯えように言い訳しようと、振り上げた手を蓉子が降ろすと。
激しい爆発とともに、岩山が崩れ、山賊達の洞窟を押し潰していく。いや、それだけではなかった。
洞窟内部で連鎖的に爆発が発生し、地面が激しく揺れ、岩が破裂し、山肌にひびが入ったかと思うと、崩壊した岩や山肌が雪崩うって、轟きながら山を滑り落ちていく。そしてその落ちていく先には、村があった。
「え、あ、ちょとっ」
あわあわと手を振り回す。
蓉子の手の動きに合わせるように、立て続けに巨大な岩が転がり、土砂が流れ、村に迫っていく。村の明りがちらほらと灯り、遠目にも村人達が右往左往、騒然としているだろうというのが分かる。
村に近づき、村を飲み込んでいく土砂、岩。
逃げまどう人々。
まさに、阿鼻叫喚とはこのことか。
「む、村ごと潰すとは、なんて容赦ねぇんだ……!!」
「あ、悪魔だ、暗黒の魔女だっ」
「極悪非道、残虐無比とは、まさにこのことか。白いパンツとは似あわねぇ……!」
「わ、私じゃないのにーっ! あと、パンツは関係ないもん!」
スカートをおさえる蓉子。
「もう、最低! エッチ! ばかーーーーっ!!!」
風に翻るスカートを掴み、頬を紅潮させながら叫ぶ蓉子。
なおこの時、反対側で景は、崩れゆく山を見ながら呟いていた。
「あー……見立て、間違えたかな。やっぱ専門じゃないことに手を出すもんじゃないわね」
と。
ちなみに、派手に火柱が立ち上り、山が崩落したのは、山賊のアジト内の火薬庫に爆発の炎が回り、連鎖して内部からも爆発したからである。
とにもかくにも、山賊達は目の前で『冥府の魔女』こと蓉子が召喚した"煉獄の火竜"と、残虐非道な山崩しによる"村潰し"によって、完全にどん引きだった。いや、恐怖のどん底に突き落とされていた。
散々に叩きのめされ、恐怖に打ち震えた山賊達は、泣きながら命乞いをし、二度と悪さをしないと誓って散り散りに逃げて行った。
リサリサも、「お前には負けたぜ」と、重症の身にやけに爽やかな笑顔を浮かべて、去っていった。
こうして、村には平和がもたらされたはずだったが。
「おおぉ、村が、村が……」
翌朝、爽やかな夜明けの光の中で村人たちが目にしたのは、変わり果てた村の姿だった。
家は土砂に押しつぶされ、畑を岩が覆い、荒れ果て見る影もなくなったその光景は、山賊に襲われた比ではなかった。
幸いだったのは、蓉子達が攻撃を仕掛けに行ったことを知っていたため、夜だったが起きている者が多かったこと。そのため、早めに気が付き、避難することで、死者は出なかったこと。
そして村も、『全壊』とまではいかず『半壊』くらいで済んでいること。
「な、なんということをしてくれたのか……」
開いた口が塞がらない、といった体で変わり果てた村を眺め、呆然とする村長。
「村長、駄目です、あまり妙なことを言うと、魔女の耳に」
「おお、そうか、おお、おお……」
明らかに蓉子を見て怯える。
救出した村人達も、山賊達と同じものを目にしていて、彼らの口から他の村人たちに伝わったのだろう。
「山賊達は去ったのです、死人も出なかったし、村はまた復興させればよいことです」
「そうです、だからここは、まず魔女達に穏便に出て行ってもらうのが先決かと」
全て聞こえているのですが、と蓉子は言いたい。
「ええと、ありがとうございました。こ、これが約束の謝礼です……」
「い、いいえ、いただくわけにはいきません、村をこんなにしてしまって。むしろ村長さん、良かったらこれを」
蓉子が差し出したのは、山賊のアジトから聖が手に入れた『ルピナスの宝剣』だった。せめてもの罪滅ぼし、というところだ。売れば、かなりの金になるだろう。
さすがに、江利子も聖も、文句は言わなかった。