リリアン女学園の学園祭当日。
祐麒は緊張感に包まれたまま、学園を訪れた。
「おいユキチ、随分と気合入っているけれど、力みすぎじゃないか?」
隣に立つ小林が、顔を覗き込んできて言う。
「さすがに、緊張しているから」
「まあ、気持ちは分かるけれど。俺も同じだし。柏木先輩はよくもまあ、一人でこなしたもんだよなぁ。目の前の観客、9割方が女の子っていう舞台で」
いよいよ『とりかえばや』を演じる本番当日となったわけで、演劇素人集団としては緊張せずにはいられない。山百合会の演劇といえば、全校生徒が注目している演目である。おまけに花寺の生徒会が参加している。毎年、評判にならないわけがないのだ。
だが、祐麒が緊張しているのは舞台を控えているからだけではない。
「さーて、いきますか。リリアンのお嬢様型を、爆笑の渦で包みに」
「……だな」
そうして、祐麒はおそらく自身にとって重要になる日に向かって歩を進めた。
元々、年上の女性を好む傾向にあった。
無論、祐麒くらいの年頃であれば、年上の女性に憧れるというのはごく自然なことでもある。美しくて艶めかしい、経験豊富な年上の女性に導かれて性の手ほどきを受ける、なんてのはよく妄想されることだ。
祐麒が抱くものも、同じようなものかもしれない。
だが、他の男と違うことがあるとすれば、祐麒はより具体的に先のことまで感がることが出来る点にある。
年上の女性といっても、高校生から見ればというだけで、充分に若い。だから実際に付き合ったとしても当面は問題はない。だが、10年、20年経ったときどうだろうか。自分だけ若くて、相手が歳をとっているという関係になっても問題ないか。
祐麒はその年頃の女性を思い浮かべて、おそらく問題ないと考えることができる。もちろん、現実的にどうかというのは実際に経験してみないと分からないわけだが、現時点で想像してみて大丈夫なのだ。
いずれ、若い女の子に目が向かないと絶対には言い切れないが、それでも大丈夫だと根拠なく考えられるのだ。
「まあ……まったく意味ないことだけど」
所詮は思い込みの世界。
「でも、今の気持ちは確かだから、間違いはない」
ウェイブのかかったセミロングの髪をいつもバレッタできちっと留め、清潔な白衣に袖を通している保健室の養護教諭。
穏やかな面差し、それでいてどこかはすっぱな口調。
仕事のせいかもしれないが、相手の目を見てきちんと話しに耳を傾けてくれる。相手のことを本気で考え、悩みを聞いてくれる。優しさと厳しさが程よく統制され、甘すぎず厳しすぎない。
見た目、雰囲気。そういった要素はもちろん大きい。だけどそれだけでなく、話しているうちに少しずつ彼女の本質みたいなものが分かったような気がして、それがまた祐麒を惹きつける。
この一か月近く、何度も考えた。
一時的なもの、気の迷い、そういったものではないのかと自問自答したし、自分の気持ちを口に出して話して纏めてみたりもした。
出てきた結論は、やはり変わらない。
だから祐麒は今日、一つのけじめをつける。
舞台は無事に終えられた。
途中でハプニングが発生したりもしたが、それが逆に観客の笑いを誘い、盛り上げるという意味では成功に終わっただろう。
山百合会メンバーも花寺のメンバーも、そして助っ人たちもお互いをねぎらい、部隊の成功を笑顔で祝いあう。祐麒ももちろん、その中の一人だ。
花寺のメンバーは、これで肩の荷がおりたといった感じだが、祐麒にはまだ一つメインの大きなやるべきことが残っている。
その後、学園祭を楽しみ、時間は過ぎてゆき、やがて日が落ちてくる。
一般の来場者たちは退場の時間となり、リリアンの生徒達は後夜祭に向かうことになる。
「おいユキチ、帰るぞ……あれ、ユキチは?」
小林が周囲に首を巡らすが、祐麒の姿はない。
「ユキチだったら、用事があって先に抜けるからって言っていたけれど?」
「あれ、そうなの? なんだよ、帰りにどこか遊びに行こうと思っていたのに」
「仕方ないよ。わたしたちだけで、花寺学院生徒会のお疲れ様会しよ」
「ちぇ、ま、そうすっか」
小林やアリスたちが話しながら出口へ向かって行くのを、祐麒は身を隠した場所から見送る。
学園祭の終了を迎えるこの時間が、どさくさに紛れる最大のチャンスであった。
校舎内にいた生徒達も皆、後夜祭のために校庭に出て行く。そんな生徒達の目を盗むようにして祐麒は校舎内へと足を踏み入れ、更に身を隠して人の気配がなくなるのを待つ。
これは、賭けでもある。
相手がいるかどうかも分からないし、見つかったらどうなるかも分からない。それでも祐麒はやってきた。
人の気配が消えたところで滑るように廊下を移動し、目的地へと到着する。
「――――ん? 一体どうしたの、一人でこんな時間、こんな場所まで」
彼女が振り返る。
保健室内には白衣姿の栄子が一人、座っていた椅子を回転させて入口に立つ祐麒のことを見つめる。
「告白してきたんじゃないの、気になる子に」
「それは、まだ……これからです」
「怖気づいたのかしら?」
「それは、ないといったら嘘になりますけど……ここを逃すわけにはいかないので」
「じゃあ、頑張っていってきなさい。いつまでもこんな場所に一人でいると、警備員につまみ出されちゃう。それに、後悔したくないでしょう」
「はい……だからこれから、いきます」
大きく息を吸い込む祐麒。
「俺……保科先生のことが好きなんです」
祐麒の突然の告白に栄子は目をぱちくりさせて。
「――何の冗談かしら、それは」
表情も変えずに言う。
「冗談なんかじゃありません、本当なんです。俺が好きなのは栄子先生なんです」
再度告げると、栄子は手にしていたペンを置いて祐麒を改めて見上げて口を開く。
「それは、幻想よ」
「なっ……なんで、ですか」
「君くらいの年齢の男子で年上の女性に憧れることは珍しくない。そういうことよ」
「そんな一般論で締めくくらないでくださいよ」
「だけど事実よ。君だって、しばらくしたら目が覚めるわ」
「そんなことないですよっ」
抗弁する祐麒を見てため息をついた栄子は、やがてゆっくりと立ち上がり、腕を組んで困った顔をしながら小さく息を吐き出す。
「よく考えてみなさい。今はまだいいかもしれないけれど、例えば十年後……君は二十代後半でまだまだこれからが男盛りというところ。一方、自分で言うのもなんだけど私は既に四十代なのよ、どう思う? ね、普通に同年代の女の子と恋をしなさい」
「普通ってなんですか、年齢とか、関係ないですよ」
「大体、なんでよりによって私なんだ」
困ったように髪の毛をかき上げる栄子。
栄子を困らせたいわけではないけれど、簡単に引き下がるわけにもいかない。
「なんでって……言葉に出来たら苦労しないですよ。気付いたらそう思っていたんですから。そういうものじゃないですか、理屈じゃないものじゃないですか。保健室に来て、話しているうちに、一緒に時間を過ごしているうちに惹かれたんです。あえていうなら、その、雰囲気というか、そういったものに」
「それは単なる衝動的なものであり一時的なものよ。大体、私と君は学校こそ違えども教師と生徒なのよ」
「じゃあ、教師と生徒じゃなく、一人の男としては見てくれないですか?」
「それは難しいわ。事実は変えられない。実際に君とはこうして学校で教師と生徒として会うしかないんだし」
「それなら、俺に機会をくれませんか? 学校ではなく外で、教師と生徒じゃなく会ってくれませんか?」
「そんなことは出来ないわ」
「どうしてですか。教師だからとか、年齢とか、そういう理由じゃあ俺だって納得できないですよ。俺のことが嫌いだというならともかく」
「そういうわけじゃないわよ。好きとか嫌いとかじゃなくて……ああもう、意外と頑固ね、君は」
「はは、そうかもしれません」
しかめ面した後、栄子は天井を仰ぎ見る。
しばらくそのままでいたと思ったら、今度は項垂れるように俯き、右手の平で顔を覆う。
祐麒は目をそらさずに見続ける。
「……とにかく、駄目」
髪の毛をくしゃくしゃと掻きながら、それでも拒否する栄子。
「俺はあきらめないですよ」
「いい加減にしなさい。もう、どういえば……」
頭を悩ませながら祐麒を見ていた栄子だが、ふと、何かに気が付いたかのように目を瞬かせる。
「な、何か?」
「……なんでもないわ。ああ……まったく、もう」
何度目かになるか分からないため息を吐き出した後、栄子は口を開いた――
家に戻った栄子は、着替えるのも面倒くさく疲れ切った体をベッドの上に倒した。
「あぁ……本当に良かったのか、あれで……」
思い返すのは保健室での出来事。
祐麒からの告白は予想外だったが、正直な所、本気には受け取れなかった。栄子自身が話した通り、思春期の男子であれば年上の女性に憧れるのはさして珍しいことではない。男子校で女の子と接する機会も少ない祐麒が、たまたま知り合った栄子に惹かれたことだってあり得るだろう。
だが、そんなのは麻疹みたいなものだ。
本人は本気だと思っているかもしれないが、単なる思い込みの間違いだ。いずれ目が覚めるのならば、今のうちに間違いを修正してあげた方が良い。一般論かもしれないが、栄子はやんわりと祐麒を拒絶する。いくら言い寄ってきたところで拒絶すれば、どうせ学校だって異なるわけで、学園祭が終わればリリアンに入る機会もそうそう訪れないはず。自然と遠ざかり、やがてまた別の女の子に惹かれるだろう。
生徒が教師に抱く気持ちなど、そのようなものだ。
「……そう、思うのは間違いではないと思うけれど」
目を閉じる。
浮かんでくるのは、真剣な表情の祐麒、そして小刻みに震えている体。
余裕があるように見えたが、震えるほどに緊張していた。
それを見て、祐麒の気持ちを感じた瞬間、年齢とか立場とかを盾にして断ることに大きな罪悪感を覚えてしまったのだ。
純粋な気持ちをぶつけてきた祐麒に対し、そのような態度で良いのかと。カウンセリングをもする立場として、真摯に向かい合って応えないといけないのではないかと。
だから最後には、仕方なく許諾してしまったのだ。
今度の土曜日に外で会うことを。
「――まあいい、理想と現実は違うということを肌で知ってもらえば」
保健室で養護教諭として働いている時も勿論栄子自身だが、プライベートの時とはやはり色々と異なる。
優しい癒し系の先生、なんて姿はあくまで学園にいる間だけだという幻想を認識するのだ。別に、あえてイメージを壊すつもりなんてないが、栄子だっていつも保健室にいるときみたいでいられるわけもない。
ストレスがたまればむしゃくしゃするし、お酒を飲んで酔っぱらいもするし、あまり人に言いたくない趣味だってあるわけだ。
「ああ、ホントにもう……」
あっという間に時間など流れ、祐麒と会う日になってしまった。
未だ躊躇いの気持ちはあるものの、一度約束をしてしまったことを覆すわけにもいかない。栄子は部屋内で一人思い悩んでいたが、やがて踏ん切りをつけるように勢いよく立ち上がり、一気に準備をして家を出た。
待ち合わせ場所は、結構な遠くにある駅の、さらに駅から離れた場所だ。リリアンや花寺から遠く、それぞれに通っている生徒達の生活圏からなるべく遠い所となったのは当たり前だろう。
「誰かに見られでもしたら大ごとだから……まあ、別にデートなんかじゃないし。単に、生徒の悩みを聞いてあげているだけだから」
もしも目撃されたらそう言うつもりだった。
待ち合わせ場所には十分ほど前に到着したが、既に祐麒は来ていた。
「すまない、待たせたかな」
「いえ、全然! そ、それより保科先生、白衣以外の姿初めて見ましたけど、とても似合っていますね」
まずは服装から褒める。どうやら基本は抑えているようだ。
分かってはいるものの、褒められて嫌な気持ちがするわけはない。
「そうか……まあ一応、ありがとうと言っておこう」
今日の栄子は、デニムシャツの上にキルトのモッズコート、ストレッチデニムのスキニーパンツにショートブーツ。栄子的には無難な格好をチョイスしてきたつもりだが、普段はブラウスとスカートの上に白衣という姿だったから祐麒の目には新鮮に映ったのかもしれない。
「それで、今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」
エスコートは全て祐麒に任せることになっている。ここで、栄子が興味のないような場所、つまらない場所に連れて行かれたら、さてどうしようか。
「はい、最初は美術館に行こうかと思っています」
「ほう……美術館か。何か展覧会でもやっているのか?」
「ポンペイ展やっているんですよ」
「そ、それは……」
見たいと思った。
世界遺産や古代文明など好きなのだ。
意表を突かれたが、最初のチョイスは栄子にとって願ってもないものである。大人が相手ということもあり、背伸びをした選択が正解となったのか。
「ところで保科先生、なんかいつもと雰囲気だけでなく、口調が違いますね」
「ん? ああ……普段はこういう喋り方なんだ。残念だったか?」
これは事実で、実は昔からこのような蓮っ葉な物言いが体に染みついている。学校にいると『仕事』というスイッチが入るので、言葉づかいも意識して柔らかくなるようにしているのだが、素に戻ると言葉づかいも戻る。
もしも保健室での栄子に憧れを抱いたのだとすれば、いきなり失望させたかもしれないが、それならそれで話が早いと思ったのだが。
「いえ、そんなことないです。むしろ、また新鮮ですし、似合っていると思います」
「そうか。変わっているな、君は」
まあ、あれだけ美少女達に取り囲まれている中、一回り以上も年上の栄子に声をかけてくるなんて、変わり者以外の何物でもないのかもしれない。
「それじゃあ、行きましょう」
祐麒と並んで歩き始める。
ポンペイ展を楽しむくらい、構わないだろうと考えながら。
ポンペイ展は間違いなく楽しかった。古代ローマ文明の軌跡と奇跡を思う存分に堪能することが出来た。
美術館を出た後はランチへと向かったが、祐麒が選んだのはエスニック料理の店で、タイ式海老入り焼きビーフンが物凄く栄子の嗜好とマッチして美味しかった。
ランチの後はフリーマーケットを見に行って色々と小物やらを見て回り、そして今は。
「うお、凄い、ぶっちぎりのトップだ!?」
「ふふ、私のドライビングテクを舐めてもらっては困るな」
ゲームセンターでレースゲームに興じていた。普段は通勤と買い物位にしか乗らないし安全運転を心がけるように気を付けているが、ゲームとなれば話は違う。本当の車と異なるとはいえ、磨いた腕がなるというもの。
ゲームセンターに行こうと言われたときは、やはり男の子かなんて思ったものの、栄子自身もなんやかんやで楽しんでいる。
「次はコレ、やりませんか?」
「む、音ゲーか」
「苦手だったり、やったことないようでしたら、とりあえず俺がやってみせますよ」
「ふん、これくらい問題ない」
実は栄子は昔、バンドにはまっていたこともあったのだ。
「じゃあ、対戦モードでやります?」
「いいだろう。望むところだ」
祐麒はギターを、栄子はベースを選択してプレイ。異なる楽器だから対戦というよりはセッションという感じもするが、それでも対戦なのだ。
「……くっ、おかしいな、思ったように指が……っ!」
久しぶりだからだろうか、あるいはゲームということで勝手が違うのか、うまいことリズムをとることが出来ない。祐麒も決して凄く上手いというわけではないが、栄子の方がミスを多くしているのでスコアが徐々に離されていく。
「ああっ、くそっ!!」
結局負けてしまい、思わずそんな言葉が口から出てしまうくらいだった。
「こんなはずじゃないんだ、本当はもっと指が動いて……大体、本物のベースと違うんだからうまく出来なくても仕方ない」
悔しくて、つい言い訳じみたことまで言ってしまう。
そんな栄子を見て、祐麒は少し驚いた顔をした後で微笑み。
「保科先生って、負けず嫌いなんですね」
「なっ……あ、くっ!」
思わずムキになってしまっていたことに気が付き、なんとなくバツが悪くて顔を背けてゲームの筐体から離れる。
その後、うっぷんを晴らすかのようにゾンビを撃ちまくってからゲームセンターを後にした。
夕方となり、疲れたこともあって近くの珈琲ショップに寄って休憩することにした。なんだかんだと、あっという間に一日を過ごしていたことに気が付き、栄子は驚く。
「あの、今日は楽しんでいただけましたか?」
前の席で少し緊張した顔で祐麒が尋ねてきた。
栄子はカフェラテを一口飲んだ後、答える。
「まあ……そうだな」
認めないわけにはいかなかった。最初のポンペイ展からエスニック料理店でのランチ、フリーマーケット、ゲームセンターと、見事に栄子のツボを突いていたのだ。
「良かった、ホッとしました」
「しかし、なんだ……うまいこと、今日のコースを考えたものだな」
「保科先生のお蔭です」
「私のお蔭? 何を言って……ん、ちょっと待てよ」
そこで栄子は首を傾げ、考える。
やがて。
「あ……もしかして、今まで保健室で私に色々と訊いてきたのは」
祐麒が栄子に惹かれているなど考えていなかったから、思いもつかなかった。だが言われてみれば、最近エスニック料理にはまっていることや、フリマを見に行くことが好きなことなどを話したような気もする。ゲームについても、ストレス解消なんかでたまに遊ぶことがあると話したような記憶もある。
自分の好みを自分から祐麒に伝えていたのだ、それでは栄子好みのコースになったところで何の不思議もない。
「そういうことだったのか……」
「あ、あの、それで夜ご飯の場所はですね」
「待て。夜まで一緒に食べるとは言っていないぞ。今日はここまでだ、帰りなさい」
「えーっ?」
「文句を言うな、今日一日付き合ってやっただけでも有難いと思え」
「じゃあ、次いつ会えるか教えてください」
「――なぜ、そうなる。また会うなんて言っていない」
「でも。俺、今日一日保科先生にデートしてもらって、やっぱり、単なる思い込みとか一時的な感情ではないってはっきり思いました。だから」
「浮かれているだけだ。それだってまだ思い込みのうちだ」
「そんなことないですってのに。それより、保科先生の方は、どうでした俺のこと」
「変わらないよ。確かに今日はなかなか楽しむことが出来た。それは事実だ。だが、それ以上ではない」
「分かりました。でも、楽しんでいただけたのは本当のようで良かったです。これから、もっと頑張りますから」
「ちょっと待て。これからって何だ、これからって」
栄子は目の前の少年を見据える。
「また、誘ってもいいですよね」
「良いなどと言った覚えはない」
「でも、携帯メール教えていただきましたし。メールしてもいいってことですよね」
「あ! くそ、しまった」
離れてしまった時に困るからと、携帯番号とアドレスを交換し合っていたのだ。迂闊だったと自分を呪うしかない。
「あの、そんな迷惑なほど大量にメールを送ったりしませんから」
「当たり前だ。そんなことしたら、着信拒否する」
「そうしなければ、着信していただけるんですね」
「……いちいち言葉尻をとらえるな。勝手になさいメールくらい。受けたからって、私が返信するわけではないぞ」
「はい、ありがとうございます」
それでも祐麒は嬉しそうに笑っている。
結局、次回については有耶無耶なまま栄子と祐麒はわかれた。
その日の夜、自室で一人、栄子はビールを飲みながらDVDを観ていた。
その途中で携帯にメールを着信する。もしやと思って見てみると案の定、祐麒からであった。
メールの内容は、今日は楽しかったというような当たり障りのないもので、とりあえず栄子もホッとする。
宣言通りに返信することなく携帯は放置する。
「――まったく」
呟き、ビールを呷る。
秋の夜は、更けていく。
おしまい