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ギャグ・その他 マリア様がみてる

【マリみてSS(加東景)】加東景の錯綜

更新日:

 

~ 加東景の錯綜 ~

 

 

 室内には、テレビから流れてくる音だけが響いている。
 テレビの画面には、アニメ調の女の子が映されていて、その女の子が何やら台詞を喋っている。
「ちょっとカトーさん、せっかくの休日に引きこもってゲームなんて、非生産的よ」
 クッションに腰をおろし、ベッドにもたれるようにしてゲーム機のコントローラを握っているのは、加東景。
 漆黒の髪を無造作に垂らし、黒のアンダーリム眼鏡をして、無表情にゲームと格闘をしている。
『ねえ先輩、ミクのこと、どう思いますかぁ?』
 甘ったるい声が、テレビのスピーカーから聞こえてくる。
「……ああもう、こういうキャラって好きじゃないのよね。"胸を揉む"とか"スカートを捲る"とかいうコマンドってないのかしら」
「家庭用ゲームでないでしょ、そりゃ。そーいうことやりたいなら、エロゲーでもやったら?」
 呆れたようにため息をつく、佐藤聖。
 休日の昼間っから美少女ゲームをプレイしている友人を、なんともいえない表情で見下ろしている。
「で、何か用なの、佐藤さん?」
 ゲーム画面に目を向けたまま、口を開く景。
「ああ、うん。来週末、暇? 合コンがあるんだけれど」
「パス」
「そういわないでさー。相手は"星美女子大"よ、粒ぞろいだから」
「パス」
 あくまで無関心の景に、聖は大げさに息を吐き出す。
 玄関から中に入り、四つんばいになって景の方に近づいてゆく。
 その体勢のまま両腕で胸を挟むようにして強調し、胸の谷間を見せる。
「もうちょっと感心持とうよ、景さん。ほら、貴方の求める胸の谷間はこんなにも」
「……ほう、ならその谷間をより深いものにしてあげましょうか?」
 コントローラを投げ捨てた景の指が、聖の両頬をつかんで左右に引っ張る。柔らかな頬なのか、びろーん、と横に広がる聖の頬っぺた。
「い、いひゃ、ひょっほ、ひぇいひゃんっ」
 涙目になる聖。
 景は容赦なく左右に引っ張り続け、そして限界地点でようやく指を離した。
「い、痛いっ! ちょ、酷くない?」
「うるさいわね、貴方が変なことを言うからでしょう」
 冷ややかな景の視線を受けて、だけど聖は。
「……あ、でも谷間を深いものにするって、それってあたしの胸を揉んで大きくしてくれるってことかしらん? やー、それならカモンっていう感じっていうか、むしろあたしが景さんのを」
 手を広げ、指をあやしく蠢かす聖を見て。
 景の眼鏡が不気味に輝く。
「ふ、ふふ。本当に何しにきたのよ、この淫魔がっ」
 拳骨で聖のこめかみを挟み込んで頭を圧迫。
「あわ、やめ、イタタタっ、ホント痛いっ!!」
 痛みでのたうちまわる聖を放置し、景は首をふった。

 最近は本当に、ろくなことがなかった。
 先週の合コンでは目をつけていた可愛い子を佐藤さんに取られるし、街で声をかけてきた女の子を美味しくいただこうとしたら水野さんに邪魔されるし、大学の体育のあとでシャワーを浴びているとき、クラスでも綺麗な子と隣になったのに眼鏡がなくて身体を見られなかったし。
「…………」
 と、そこまで考えて。

「ち、ちがーう、そうじゃなーーーーいっ!!」

 景は叫び、頭を抱えた。
 なんか当たり前のように考えていたけれど、どれもこれも当たり前のことじゃないし、むしろ最後のやつは、ほとんど痴女じゃないか。
 とゆうか、更に言えば根本的に間違っている。
「そもそも私はズーレーでもビアンでもバイでもゲイでもなくてノーマルでストレートだっていうのにー!!」
「あははー、またまたー、何言っちゃってんの景さん、いまさらー。大学の皆にだってガチだって周知の事実じゃん」
 へらへらと笑いながら肩をたたいてくる聖の脳天をチョップして、床に叩き落す。
「だーかーら、それが間違いだっちゅーの!」
「で、でも、今まで何人もの女の子をぺろりと……」
「そ、それは、状況に流されて……」
 言いよどむ景。
「たとえ状況に流されても、真にストレートなら、やらないでしょう」
「ま、まあ、過去はいいわ。大切なのは未来よね」
 気を取り直したように、一人でうなずく。
 聖は起き上がると腕を組み、うんうんと頷く。
「そうよねー、今よりも将来よね」
「あら、珍しく同じ意見?」
 真面目な顔をしている聖のことを、珍しいものでも見るようにして、景は眼鏡の位置を指で直す。
「そりゃそうよ、例え今は貧乳でも、数年後にはどれだけ素敵に育っているか、分からないものね」
「……は? 何の話をしている?」
「え、だから乳のことでしょう? 由乃ちゃんや祐巳ちゃんだって、ひょっとしたら将来は化けるかもしれないじゃない」
「ああそう。将来と言わず、むしろ今すぐ化けて出てこられるようにしてあげましょうか?」
 黒髪を揺らし、眼鏡の奥の眼光も鋭く、景は近くに転がっていたバットを手に立ち上がっていた。
 その姿はまさに、現代に蘇りし岡田以蔵か河上彦斎かといったところ。
 聖は死の恐怖を感じた。
「まあ、いいわ。とりあえず家に閉じこもってゲームしていても、現実は何も変わらないわ。街へ出かけましょう」
「ああ、ナンパ?」
 聖の言葉を聞き流し、景は颯爽と外へ出た。

 

 街を歩く。
 道行く人々に目を向ける。
 進行方向から歩いてくるのは、ロングヘアーも鮮やかなOL風の女性。スーツ姿がよく似合う大人の素敵な女性といった感じ。
 スカウターの値は881(やばい)を指し示している。

 二人で仲良く歩いている女子高校生は、今時の女の子らしくて可愛らしい。随分と短くした制服のスカートから覗く太腿は、しゃぶりつきたくなるくらいに輝いて見える。
 ルナティックポイントは592(ごくっ)。

 買い物バッグを肩から提げているのは、若奥様か。アップにした髪、覗いて見えるうなじが色っぽく、さすが人妻。身体の奥から滲み出てくるような色気に、遠くにいるというのにあてられそうになる。
 艶女指数は1107(いいおんな)。

 携帯電話で話をしているのは女子大生だろうか。体のラインを際立たせるような服装は、まさに眼福モノ。あの胸は、かなりの上物だろう。揉み心地もさぞや良いと思われる。
 サフィズム幻想値は714(ナイス)。

 前方を元気よく歩いているセミロングの子は、まだ中学生だろうか。さすがに守備範囲にするのはどうかと思うが、将来性はかなりあるような気がする。五年、いや三年後が楽しみである。
 アリスマチックレベルは0141(おいしい)。

「…………だからそうじゃねぇぇーーーーーーっ!!!」

 知らず知らずのうちに、道行く女性を見定めている自分自身に恐れおののく景。しかも目に止まるのは、レベルの高い人ばかり。
 打ちのめされている景。
 一人、頭を抱えていると、不意に誰かが横に立った。
「さすが、ですね」
「え?」
 涼しげな声に、目を向けてみると。
 高校生くらいの女の子が、隣にいた。
「加東景さま。噂に違わぬ目利き、佇まい、そして何より全身より発している"百合シーズパワー"が並外れています」
「ええと、どなた?」
 肩より上くらいのところで切り揃えられた黒髪。
 シャンと伸ばされた背筋。
「私は……」
 と、隣の彼女が口を開きかけたとき。
「この方は、まさにガチの女王、クイーン・オブ・ガチ! 二条乃梨子さんですわ!」
 いきなり飛び出してきた、今時珍しい縦ロールの髪を揺らした釣り目の女の子。
 さらに。
「何しろ、リリアンに入学当初は、初めての女子校、スキンシップ過剰な様子や姉妹制度を見て、"気持ち悪い"だの、"頭痛い"とか言っていたのが!」
 反対側から姿を現す、やたらと背が高く、髪の毛の長い女の子。
「三ヶ月も経たないうちに、素敵なお姉さまのハートをがっちりキャッチ!」
「むしろ自ら進んで百合街道へと突き進むその姿は、まさにガチの鏡!」
「今やどこをどう見ても、ガチにしか見えません。ストレートの面影一切なし!」
「証拠は、既刊をご覧ください!」
「一番の常識人だったはずの乃梨子が、今や登場人物内で一番のガチキャラですわ」
「瞳子さんも堕とされましたしね」
「わ、私はそんな、まだ身体まで許したわけでは」
「心は許したわけですね」
「そ、そういう可南子さんはどうなんですの!?」
「うふふ。私など、とうにこの身体は乃梨子さんのモノ」
「え、えええええっ、い、いつの間にっ!? ず、ずるいですわっ!」
「ぐずぐずしている瞳子さんが悪いのよ。ツンデレもいいけれど、いつまでもツンでは駄目なのではなくて?」
「の、の、乃梨子っ、貴女いつの間に可南子さんとそんなっ」
 何やら、漫才が始まったようである。
 景は、相変わらず無言で佇む乃梨子の姿を見つめる。
 乃梨子は、口を開きかけたところで止まっていた。どうやら、単に無言でいたわけではなく、台詞を横から奪われて、ただ喋るきっかけを失っていただけのようである。
「……なんか、愉快な愛人達ね」
「愛人チガウ!」
 なぜか片言のような発音。
「ふ、さすが景さま。こんなにもたやすく、私達を困惑させるとは」
「いや、何もしていないから、ええと、乃梨子ちゃん?」
「き、気安く"ちゃん"付けしないでくださいっ! そ、そんなことでは私は堕ちませんからねっ」
 ずびっ! と、指差してくる乃梨子。
 後方では、相変わらず瞳子と可南子が、どちらが一号かというのを言い争っている。
「……いやー、一年生でアレはかなりの素養だねー。さて、"ストレートと思いきや、実はガチだった最強のタラシ女" 対決、どちらに軍配がはぁっ!!!」
 最後まで言い終えることなく、景のアイアンクローをまともにくらって言葉を失う聖。しばらくは暴れ、身悶えていたが、やがて動きは小刻みになり、泡を吹いて力を失ってゆく。
「こ、これが噂にきく、景さまの"神の指"、"ゴールデン・フィンガー"!?」
「ちげーよ」
 気を失った聖を投げ捨て、景は呆れ顔で乃梨子のことを見据えた。
「くっ、余裕ですか、そんな人を小馬鹿にしたような顔をして」
「呆れているのよ」
「その余裕も今のうちよ。瞳子! 可南子! やぁーっておしまい!」
 勇ましく、ポーズをとる乃梨子。
 すると、なぜかいつの間にか抱き合って顔を赤くしていた瞳子と可南子の二人が、慌てて景に向き直った。
「け、決着はあとに持ち越しよ、瞳子さん」
「望むところですわ。あ、あとで二人きりで思い知らせて差し上げますわ」
「こ、こら二人ともっ、私のいないところでいいことしないのっ……て、そうじゃなくて、景さまを捕獲するのよっ」
 乃梨子の号令とともに、飛び掛ってくる二人。
 長身の可南子が、凄まじいスピードで飛び込んできて、景の背後を取ろうとする。応戦しようとすると、時間差で向かってきた瞳子が、正面からドリルを回転させる。
 二人の動き、コンビネーションは鍛え抜かれていた。抵抗も空しく、景はまたたく間に可南子に腕をとられてしまった。
「ここまでですわっ!」
 自由を奪われた景に、瞳子が襲い掛かってくる。
 なんとか逃れようと、不自由ながらも身体を捻らせると、狙いのずれた瞳子の指が景の眼鏡にひっかかり、弾き飛ばした。
 硬い音を立てて、地に転がる眼鏡。
「あ、し、失礼……っ!!!!」
 思わず謝ってしまった瞳子が、絶句したまま口をあけて固まる。
「ちょっと、どうしたの瞳子さ……ひぃぃぃぃっ!?」
 瞳子の様子を見ようと身を乗り出した可南子も、悲鳴を上げる。
「そ、そ、それはっ…………もしや、"魔眼"!!」
「まさか、こんなところで"魔眼"を目にしようとは」
 眼鏡をはずした、景の素の瞳。
 妖しき光を放つ瞳は、直視したものをたちどころのうちに淫夢の世界に誘うという、封印されし太古の奇跡。
 乃梨子もまた、立ちすくんでいた。
「ま、まさしくそれは……暗! 黒! 神! 殿! まさかまさか、"神の指"以外にもうひとつの宝具を持っていたなんてっ!?」
 乃梨子は、恐怖に必死に耐えていた。
 可南子は、漏らしそうになるのをこらえていた。
 瞳子は、ちょっとだけちびっていた。
「の、乃梨子さん、ここは出直した方がっ。乃梨子さんの"扇情観音"でも分が悪いわ」
「そうですわ、噂では景さまは他にも、"舌対隷奴"なる、あの静様すら一撃で堕とした"ベルフェゴールの舌"をも持つといわれていますわ」
「うぬぬ……し、仕方ないわ、ここは一旦引くわよっ」
 乃梨子の号令とともに、三人は逃げ去っていった。
 結局、景には意味不明の、訳の分からないことを勝手に言って、勝手に騒いで、勝手に消えてしまった。
 景はただ、呆然としていたが。
 やがて。

「…………め、めがねめがね」

 と、地面に四つんばいになって、落ちた眼鏡を探し始めた。
 すると。

 地面とも、眼鏡とも違う、やけに柔らかな感触につきあたった。人の身体のようで、ああ、そういえば先ほど聖をこの辺に落としたから、それかもしれないと思ったのだが。
「……や、景さん、そんな積極的」
 ようやく手にした眼鏡を拾いあげ、かけ直してみてみれば。
 なぜか景の手が揉んでいたのは、蓉子の胸で。
「てゆうか、どこから湧いて出たの?」
「失礼ね、景さんの行くところ、水野蓉子あり。ほら、景さんの求める胸の谷間はまさに目の前に」
 蓉子が景の両手を取り、自分の胸を寄せるように揉ませる。服の上からでも、谷間が出来るのがわかった。
「あんたもかーーーーーーーーっ!!」
 景の叫びが、空に吸い込まれる。

 

 傍らでは、いつの間にか復活したのか、鼻血を流しながら立て膝を突いて座っていた聖が、ほっと呟いた。

 

「今日も平和だねぇ―――」

 

「こんな平和はイヤーーーーーーーっ!!!」

 

 加東景 vs 二条乃梨子

 

 初のガチん子対決は、景の不戦勝に終わった。

 

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