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ノーマルCP マリア様がみてる 克美

【マリみてSS(克美×祐麒)】視界クリアー <後編>

更新日:

 繋がれた手が感じるのは、人の温もり。
 そういえば、誰かと手を繋ぐ、なんて久しぶりだなと思った。リリアンでは姉も妹も持たなかった私は、特別親しい友人もいないということもあり、学校内でもあまり手を繋いだ記憶は無かった。幼稚舎からリリアンに通っている生徒にしてみたら、かなり珍しい部類に入るのではなかろうか。
 そんな益体もないことを考えながら、私は歩いていた。

 隣を歩く、祐麒の息遣いを感じながら―――

~ 視界クリアー ~
<後編>

 しばらく早足で歩き、大学からかなり離れた場所までやってきて、ようやく私と祐麒は手を離した。
「もう、ホント最悪だわ」
 手の平で額をおさえ、今日何度目かになる呟きを発する。
「なんか、すみません」
「いいのよ、別に祐麒が悪いわけじゃないし。全て自分のせいなんだから。ああもう、自己嫌悪」
 更に落ち込みそうになる私を、祐麒はどうにか元気付けようとしているのか、歩きながら色々と話しかけてくる。
 学校での話、祐麒の生徒会活動のこと、変な友人達の話。そういえば、合コンで一緒だったとはいえ、祐麒のことを何も知らなかったなと思う。
 知っていたのは名前と、高校二年生ということだけだったけれど、こうして話しを聞いて、少しずつ祐麒のことが分かってきた。
 祐麒が通っている高校とは、リリアンとも馴染み深い花寺学院で、現在は生徒会に従事しているということ。変だけれど良い友人が複数いること。学校生活が好きそうだということ。男の子にしては可愛らしい顔をしているが、実は学校ではそれなりに激しい生活を送っていること。温室の女子校育ちの私にしてみれば、なかなかに刺激的な生活だということ。
 ほとんど一方的に話を聞いているうちに、繁華街に着いた。
「そういえば今日は、なんで大学まで来たんだっけ?」
 私が聞くと、祐麒は苦笑した。
「俺が克美さんの眼鏡壊しちゃったから、弁償するためじゃないですか」
「ああ……」
 まだ眼鏡をかけ始めて間もないし、今日は他の事で手一杯だったから、大学にいる間は眼鏡のことが意識から抜け落ちていた。
 私は、祐麒に視線を移す。
「別に、本当にいいのよ、弁償なんて。自分のせいなんだし」
「でもそれじゃ、俺の気がすまないし」
「眼鏡って、結構高いわよ」
「……できる範囲で頑張ります」
「何よ、それ」
 思わず、軽く笑ってしまった。
 すると祐麒も、つられるようにして笑う。
 私は頭を左右にゆっくり振り、息を吐き出した。
「うーん、それじゃ、とりあえず見るだけ見に行ってみましょうか」
 結局、二人して眼鏡ショップへと足を運ぶのであった。

 初めてショップを訪れたときも思ったことだが、たかが眼鏡なのに恐ろしいほど大量の製品が店内に並んでいる。個人的には、きちんと視ることができて、ごく普通のデザインであれば文句はないのだが、これだけ沢山あると何が普通なのだかもよく分からない。
 前の眼鏡と同じでも良いと思ったが、前の眼鏡を購入したところと違う店のためか、見つからない。というか、数がありすぎてどれが同じなのかもわからない。
「……ねえ祐麒。どれが良いと思う?」
 仕方なく私は、一緒に店内を見てまわっていた祐麒に意見を求めることにした。
「え、俺ですか?」
「そうよ。どうせだったら、そこまで責任持ってちょうだい」
 我ながら、無茶苦茶だとは思ったが、正直、自分が選ぶよりもマシなのではないかと思った。何せ私は、今までファッションとかにもさほど興味が無かったし、あまりセンスがあるとも思えなかったから。
 振られた祐麒は困っているようだったが、それでも真剣な顔をして幾つかの眼鏡を手にして、私にかけてみるよう促してきた。
 服と違い、眼鏡は試しにかけてみるのも楽だ。私は渡されるまま、様々な眼鏡をかけてみた。
 丸いレンズのもの、スクエアタイプのもの、カラフルなフレームだったり縁なしだったり、かけるたびに自分の顔が変わっていくようで、我ながらなかなかに面白かった。それに、祐麒が選ぶものはどれもそれなりに私に似合っているような気がした。
 途中で渡されたロイド型の眼鏡も、最初はちょっとふざけているのかと思ったが、やや面長な顔立ちの私には、丸いデザインの眼鏡も決してバランス悪くなかった。
 そんなこんなで、視力検査をしてレンズとフレームを決めたのは、店に入ってから一時間ほどしてからだった。
 値段はやはりそれなりにして、結局、私と祐麒で半分ずつを出し合う形となった。半額とはいえ、一般的な高校生には高額だと思う。こんなことを言っている私だって、実は手痛い出費なのだが、さすがに年下で、しかも高校生に出させたままにするわけにもいかなかった。
 眼鏡が出来上がるのは一週間後ということなので、今日はそれで帰宅することにした。祐麒とはこれでお別れだと思ったが、せっかくなのだから、受け取りの際もついてくると言い、半分お金を出してもらっているだけに断ることも出来ず、また来週に会うことを約束して互いの帰途についた。

 瞬く間に、一週間は流れ去って行った。
 その間も、同級生には祐麒のことで何かとからまれた。
 高校生から大学になっても、最低限の友達づきあいしかしてこなかった私にとってそれは、戸惑いをもたらすとともに、微妙な楽しさのようなものも与えてくれた。
 同級生達との距離が縮まった、そんな気がしていた。
 眼鏡が出来上がるその日も、遊びに行かないかと誘われた。用事があるからと断ると、彼氏とデートなのかとお決まりのように言われ、校門の前でまた祐麒が待っている姿を見られて、それ見たことかと囃し立てられた。
「いやー、すっかりあてられちゃっているわね、あたし達」
「だから、違うって言っているじゃない」
「迎えに来させておいて、何を言っているのよ」
 二度目となっても、慣れることはなく、またもや私たちは逃げるようにして彼女達の前から姿を消した。こういう行動が、余計に誤解を増していくと思いながらも、思い通りに動けないのが人間というものだろう。
 ショップに寄り、予定通りに品を受け取り、私たちは最寄りのファストフードに入って一休みをすることにした。
 注文をして席に着いたところで、私は改めてケースから眼鏡を取り出した。
 オーバル型のごくありふれたデザインだけれども、私にはそれで構わない。セラミックのフレームは濃いピンクと薄いピンクの二層式で、色を見れば前のものと比べて随分と洒落た格好になったと思う。
 指でそっとフレームをつまみ、耳にかけてみる。
 まだ眼鏡をかけ慣れていないためか、鼻が少しむず痒い感じがするが、店で何回も試したのでサイズやフィット感そのものには問題がない。もちろん、視界も良好である。
 ふと、そこで視線を感じて前を見てみれば。
 なぜかじっとこちらを見つめている祐麒。
「何、どうかしたの? あ、ずれている?」
 指でフレームを動かし、直してみる。
 しかし祐麒は首を振って。
「ああ、いえ、そういうんじゃないんです。ただ、いいなって」
「何が?」
「眼鏡の似合う女性って、素敵ですよね。だから」
「……眼鏡フェチ?」
「ち、違いますよ。ただ純粋に、眼鏡をかけた克美さんが、似合っているし素敵だなと。凄く知的なんだけれども、どこかこう……って、す、すみません、変なこと言って」
 慌てたようにコーラを口にして、誤魔化すようにポテトを頬張る祐麒。
 一方の私はといえば、誉められたのだろうとは分かっていたが、言われたことないようなことだったので、どこか他人事のような感じだった。
 素敵だ、などといわれたって現実感がないし、祐麒は祐麒なりに気をつかってお世辞を言ってくれているのだろうとしか思わなかった。

 ……まあ、誉められて嬉しくないわけではないが。

 後は、適当な話をして時間を潰す。
 男性と付き合った経験もないし、そもそも同年代の男性の知り合い自体が存在しない私は、何を話したらいいのかもよくわからないので、やっぱり祐麒がほとんど喋りっぱなしで、私は相槌をうつのがメインだった。
 しかしまあ、祐麒もよく私みたいな女相手にこれだけ頑張って話すものだなと、半ば感心した。
 ひとしきり話して、どうやらネタが尽きたのか間が空いたところで、そろそろ帰ろうかと口を開きかけると、追加注文をするといって立ってレジに向かっていってしまった。私は、氷だけになったアイスティーをストローでかき混ぜながら、頬杖をついて窓ガラス越しの街を眺めていた。
 やがて、祐麒が戻ってくる。
 手にしたカップの一つを、私に渡す。
「良かったら、どうぞ」
「ありがとう」
 特に喉が渇いているわけではないけれど、受け取って口につける。アイスココアだった。
 しかし、不思議なものである。お互い、乗り気でもない合コンの席で知り合い、何の因果か合コンの後もこうして二度も外で会っている。
 誰かいい人を捕まえようと思って出席していた、他の人たちは誰もそうならなかったというのに。
 祐麒はまた、話を再開する。
 だけどそれは、無理矢理に捻り出したとしか思えないような内容だった。そこまで無理する必要などないのに。私は別に、楽しい話を祐麒に求めているわけではないのに。
「もういいわよ、祐麒。そんなに頑張らなくても」
「えっ?」
 きょとん、とする祐麒。
「無理に間をつなごうとしなくてもいいわよ。話をするのも、大変でしょう」
「そ、そんなことないですよ」
「だって、今の話、さっきも聞いた」
「うっ」
「ほら。だから、もうそろそろ……」
 言いながら私は、時計の針に目をやろうとした。
「だ、だったら!」
 しかし、不意に勢いこんできた祐麒に驚き、思わずのけぞりそうになってしまった。
「な、何?」
「だったら、その、克美さんのこと、聞かせてくれませんか?」
「私の、こと?」
 思いがけない提案に、声が裏返りそうになった。
 私のことを話してくれというのか。私の何を話せば良いのか。ずっとリリアンで育って、妹の笙子にも勉強ばかりしているといわれた学生生活。人に話すようなことなんて大して無いし、そもそも、そんな風にして人に話すなんてこと、私は苦手だ。
 そう、伝えたものの、祐麒は納得してくれない。
 それどころか、
「じゃあ、俺が質問しますから、それに答えてくれませんか?」
 と、あくまで私のことを聞きたがる様子。
 どうしたものかとも思ったが、聞かれて困るようなことはさして無いし、祐麒であるならばそんな変なこと、答えにくいことは聞いてこないだろうという、短い間の接触ながらも確信めいたものがあった。
 だから私は、また息を一つ吐き出して頷いた。
「……わかったわよ。うまく答えられるかは分からないけれど」
「別に、そんなのいいんですよ。それじゃあですね……」
 祐麒から発せられる質問は、案の定、当たり障りの無いものばかりだった。
 好きな食べ物は何か、趣味は何か、好きな本は、好きな作家は、姉妹はいるのか、大学では何を専攻しているのか、大学はどんな感じなのか、etc、etc……
 私はそれに、一つずつ回答していく。
 我ながら、つまらない回答ばかりであったが、私の回答からさらに次の質問や、突っ込んだ問いが祐麒から発せられるため、私は自分が思っていた以上に色々と話をした。
 時には、「あれ、自分はこんなことを考えていたんだ」とか、「どうしてコレをそんなに好きになったのだろう」とか、私自身が普段意識していないようなことを気づかされたりして、自分のことを話しているにも関わらず、どこか新鮮な気分がしていた。
 こんな風にして、自分のことを話す機会なんて、今まで殆ど無かったからだろうか。
 ふと気がつけば、外はいつの間にか暗くなっていた。これだけ長時間、私が話をしたのなんてひょっとすると初めてかもしれない。祐麒に乗せられたという気もしないではないが、まあ、そういう日があっても良いだろうと思えるくらい、私の心にも余裕はできていた。
 だけど、さすがにこれ以上長居するというのも憚られる。家では夕飯の支度がされているだろうし、祐麒だって同じことだろう。
 今度こそ、私は店を出ようと準備をした。
「あ、ま、待ってください克美さん」
「何、もうこんな時間だし、いい加減に出ないと」
「そうなんですけど、あの」
「どうしたの。はっきり言ったら?」
 なぜか、私は祐麒に対しては随分と強気になることが出来るようだった。出会い方が重要なのだなと、ちょっとばかり感じる。
 祐麒はどこかそわそわしつつも、思い切ったように口を開いた。
「克美さんの連絡先、教えていただけませんか?」
「―――」
 祐麒の言葉を耳にして、まじまじと祐麒のことを見つめ返してしまった。祐麒は、私の視線を真正面から受けて、少し恥しそうに俯いたが、すぐに顔を上げてしっかりと目を開いて私のことをまた見つめてきた。わずかに、頬がピンク色になっているように見えるのは、気のせいではないだろう。
 そのような態度と表情を見せられ、先ほどの言葉を聞いて、さすがの私も悟る。
 しかし、私は嬉しいとか、困るとか、恥しいとか、そういうことを感じる以前に戸惑っていた。
 こんな面白みも無い女に対して、よくもまあ物好きなものだなと。
「駄目、ですか」
「いや、駄目というかなんというか」
 本当に、どうすれば良いのか戸惑っていたのだ。
 私は目を瞑り、眉間の辺りに人差し指を持ってきて考える。目を閉じていても、祐麒の視線が私を射抜いているのを感じる。
 とりあえず、バッグを手にして立ち上がる。
 私は頭を振りながら店を出る。
「克美さん?」
 慌てた様子で、祐麒が後ろから追いかけてくる。
「ちょっと、克美さ……って、わ」
 店を出て少し歩いたところで、不意に立ち止まった私の背にぶつかりそうになった祐麒が急制動で止まる。背中のすぐ後ろに、祐麒の息遣いを感じる。
「あの、克美さん?」
 声色からも、困惑の成分が混じっているのが分かる。
「祐麒さ、明日、暇?」
「え」
 振り返る。
 髪の毛をかきあげる。
 祐麒は口を開けている。ちょっと間抜けだ。
「暇だったらさ、スマホ買いに行くの、つきあってくれる?」
「えと。え」
 私は腰に手を当て、祐麒を見る。
 こうして向かい合うと、背の高さはそれほど変わらない。
「私、スマホ、まだ持っていないのよ。特に必要だとも思わなかったし。だから買わないと、連絡先も教えられないでしょう?」
「あ……は、はい、大丈夫、暇ですっ、むしろ暇しかないくらいですから」
「何よ、それ」
 勢い込んで頷く祐麒に、思わず苦笑する。
 本当に、物好きだ。
「ええと、じゃあ明日も大学の方に迎えに」
「いや、さすがにもうそれはやめましょう。これ以上騒がれるのは、ちょっとね」
 そもそも今日、大学で待ち合わせたことが間違いだったのだ。
 ごく普通に駅前で待ち合わせをすることにして、今日は別れることにした。
 と、別れる直前。
「克美さん、これ」
 祐麒に何かを手渡された。
 ノートの切れ端か何かで、広げてみると数字が書かれていた。
「俺の番号です。何かあったらかけてください」
「ああ、うん」
「もし、克美さんが時間に来なかったら、大学まで行きますね」
「うわぁ、やめて、それ」
 本気で嫌だった。
「じゃあ、遅れないで来て下さいね」
「……わかってるわよ」
 どこか癪だったけれど、大学まで来られるのも困るので、そう答えるしかなかった。何が嬉しいのか、祐麒はにやにやしている。
「何、笑っているのよ」
「笑ってないですよ」
「笑っているじゃない」

 そんなやり取りをした後に、私たちは別れた。

 帰宅して夕食を終えた頃、今日は帰りが遅くなるといっていた笙子が帰ってきた。ドタバタと二階に駆け上がり、しばらくしてまた駆け下りてくる。
「あああ、お腹空いたぁ」
 言いながらダイニングテーブルに座し、夕食のカレーを食べ始める。よほどお腹が空いていたのか、凄い勢いで食べていき、あっという間に食べ終わってしまった。
 満足そうにしている笙子に、私は苦言を呈した。
「もうちょっと落ち着いて食べられないの?」
「だって、お腹空いていたんだもん」
 最後に牛乳を飲み干して、笙子は堪えた様子も無く言ってのける。私はもはや言うべき言葉も無く、ソファから立ち上がって部屋に戻ろうとしたが。
「あれ。お姉ちゃん、眼鏡かえたの?」
「うん。前のやつ壊れちゃって」
「へー、買ったばかりだったのに……でもその眼鏡の方が可愛いね」
「そう?」
「うん。お姉ちゃんにしては、センスいいじゃない」
「一言、余計よ」
 近づいてきた笙子の頭を、拳で軽く叩く。笙子は舌を出して見せた。
 こうして、妹とふざけあうようになったのも、最近のことである。
「でも前から思っていたけれど、その眼鏡しているの見て、やっぱり確信したよあたし」
「何が」
 指で眼鏡のレンズを押し上げ、ずれを直す。笙子の顔が鮮明に見える。
「お姉ちゃんは、眼がえっちぃよね」
「んなっ……!?」
 笙子の口から出た、思わぬ台詞に絶句する。
 私に構わず、笙子は得意げに続ける。
「なんかこう、目つきというかがね、妙な艶めかしさを持っているというか。それが、その眼鏡をかけることによって増幅されているのよね。うん」
「わ、私は別に」
「うん、意識はしていないと思うけれど、もう生まれつきだね、それは」
「―――笙子っ。変なこといわないの」
「えへへーっ」
 何を言っても笙子には暖簾に腕押しという感じだ。私はソファに座り込んだ笙子を尻目に、先に部屋に戻ることにした。
 部屋に入り、ドアを閉じると、その風のせいか机の上で紙切れが軽い音をたてた。歩み寄って摘み上げてみれば、祐麒からもらった祐麒の連絡先。
 私は一瞥すると、手帳の間に紙をはさんで閉じた。
 手帳をバッグにしまったとき、壁に掛けた鏡に映る自分の姿が目に入った。顔を近づけ、じっと見つめる。
「……眼がえっちぃって、なによ」
 見慣れている自分の顔、自分の眼だけに、言われている意味がよくわからない。しかも、眼鏡をかけたことによって度が増したとはどういうことか。
 フレームを指で動かし、角度を変えたりしてみるが、よくわからない。
 ただ、濃淡のピンクのフレームは確かに、どことなく色気をたたえているように思えなくも無い。
「馬鹿じゃない」
 呟き、指をかけて眼鏡をはずしかけたところで。
 もう一度、鏡に映った自分を見る。ずれた眼鏡の下から覗く瞳。いつもと変わらないけれど、いつも以上によく見える。
 笙子の言葉の意味も、祐麒の心の内もよく見えないけれど。

 視界は、あくまでクリアー。

 私は今度こそ眼鏡を外し、そっと机の上に置いた。
 そのとき、笙子が二階に上がってくる足音が聞こえた。
 笙子が自分の部屋の扉を開けるタイミングで、私は、部屋を出る。

「……笙子、あなたのスマホ、ちょっと見せてくれない?」

おしまい

【おまけ】

 今までスマホは持っていなかった。そう言うと、周囲の人からは変人扱いされた。
 だけどリリアンには持ち込み禁止だったし、特別に必要だと感じたこともなかった。
 パソコンがあればネットから必要な情報は取得できるし、わざわざ移動中に見なければいけないほど急ぎのものなどない。ゲームはやらないし、本は紙の本じゃないと駄目だし。
 更に言えば、特に連絡をするような親しい友人知人がいないというのもある。家族なら、家の固定電話にかければ良いわけだし。

「お姉ちゃんもようやくスマホ持つ気になったの? え、何、どんな心境の変化?」
 部屋を訪れて尋ねると、すぐに笙子がにじり寄ってきた。
「別に。大学で知り合いも出来たし、講義やなんかの情報もあるし」
「ふぅん、そういうものかぁ」
「そういうものよ」
 笙子が貸してくれた端末を手に取り、少し動かしてみる。
「お姉ちゃん」
「何?」
「その知り合いの人って、男の人でしょ!」
「なんで?」
「いや、可愛い眼鏡といい、スマホといい、これはもう彼氏が出来たとしか思えない!」
 ずばり、といった感じで指を突き出して言い切る笙子だが。
「何それ、違うわよ」
 克美はあくまでさらりと受け流す。
「ちぇーっ、違うのか。つまんないの」
「面白くなくていいのよ。ほら、ありがとう、返すわ」
「え、もういいの?」
「ええ。それじゃあ、私は部屋に戻るから」
「うん。スマホ買ったら教えてねっ」
 笑いながら言う笙子に軽く肩をすくめるジェスチャーで返事をして、部屋を出る。
 笙子の発想にはいつものことながら苦笑させられる。私の彼氏? そんなわけない。少なくとも、今はまだ。
 すぐに、自分の部屋に到着する。扉を開けて中に入り。
「……今は、まだ?」
 自分が考えたことに驚き、首を捻る。
 分からないが、なぜか心がモヤモヤする。
 机の上に置いておいた眼鏡を手に取り、しばし眺めた後目にかける。

 視界は鮮明だけれども、なぜか心は靄がかかっているように感じられたのであった。

 

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