書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

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【マリみてSS(由乃、祐麒他)】ぱられる! 12<K>

更新日:

~ ぱられる! ~

 

 「ぱられる12  眠れない街に流されて」 <K>

 夏といえば海、という人も多いのだろうか。
 そして海といえば、眩しい太陽、突き抜けるような青空、きらめく水面、さらには麗しい美少女、美女たちの水着姿か。
 今まさに、祐麒の目の前には、しなやかな肢体に水着を身に付けただけの美女が立っている。しかしここは海でもなければプールでもない、ちょっとオシャレなマンションの一室なわけで、そんな中に水着で立っているのはどこか不自然である。
 そんなことを考えている祐麒自身も、実は水着姿で立ち尽くしていた。
 ちょっと身じろぎしただけで触れてしまいそうな距離に、白くて柔らかそうな肌。水着のブラに包まれている胸の膨らみと、それにより形成されている美しい谷間。細くくびれたウエストに、適度に引き締まった太腿。
 何か、別の全く関係ないことでも考えていないと、身体の一部がどうかしてしまいそうで、お約束のように数学の問題を頭の中で繰り広げるが、あまり効果がない。目を閉じてしまうのが一番なのだが、それすら許されない。
「……ご、ごめんなさいね福沢くん。こんな、変なことに巻き込んじゃって」
「い、いえ。俺がそもそも悪いんですし」
 眼鏡のレンズを通して見上げてくる瞳。羞恥に、わずかに赤くなっている頬が、なんだか年齢よりも可愛らしさを演出しているように見える。
 ものすごく長く感じられる時間が、ゆっくりと経過してゆく。正直、なんの拷問かと思ってしまう。
 室内は空調が効いているが、エコを心がけているのか室温設定はさほど低くない。緊張のためか、むしろ暑く感じられるくらいである。
 一体、いつまで続くのだろうかと内心で嘆いていると。
「――ん。よし、完成!」
 という声がかかり、目の前の女性とともに、「ふーっ」と大きく息を吐き出した。そして、そそくさと離れようとしたが、長時間、同じ体勢で動かずにいたせいか体が凝り固まっていて、関節がギシギシいうように思ったように動かなかった。
 目の前の女性もそれは同じようで、お互いにちょっとよろけて、お互いの手を握り合ってバランスをとる。
「大丈夫ですか、加東先生?」
「え、ええ。ごめんなさい、ありがとう」
 不意の接触に、ドキドキする。
 由乃や令とは、じゃれ合うようにして触れ合うことも多々あるが、二人からは感じることない、大人の色香のようなものを身近に感じて、体が熱くなる。
「おっと、いよいよ禁断の恋に落ちたかっ? 景ちゃん、いっちゃえー、そのまま押し倒して、めくるめく官能の世界へと」
「ば、馬鹿なこと言ってないの江利子っ」
 祐麒の手をほどき、怒った顔を江利子に向ける景。近くに置いてあったパーカを手に取り、肩からかける。
 ここは、江利子の部屋。祐麒と景は、夏休み前に起きた事件により、絵のモデルとなることを約束させられていた。冗談半分かと思っていたのだが、夏休みが始まってしばらくして、江利子から自宅に電話がかかってきた。
 まさかと思い、教えられた通りの住所に出向くと、そこにはにこにこ笑顔の江利子と、ふてくされた顔の景がいたというわけであった。
「……しかし本当に、広い部屋ですね」
 部屋の中を見渡し、つぶやくように言う。
 江利子の部屋は1LDKなのだが、とにかく広い。そしてお洒落だ。
「自慢できるものじゃないわ。だって、私の稼ぎじゃないし」
 お金持ちのお嬢様のうえ、父親と三人の兄に溺愛されているという江利子は、なんとこのマンションの部屋を買い与えられているとのこと。江利子は断ったらしいが、勝手に購入して勝手に押し付けてきたらしい。
 まるで世界が違うような話に、聞いた時は開いた口がふさがらなかったものである。
「ああもう、恥ずかしい。なんでこんな……」
 ぶつぶつと、恨みましく呟いている景を、涼しい目で見つめる江利子。
「あら? 本当ならヌードの予定だったんだけど、ご不満かしら?」
「そっ、そんなこと出来るわけないでしょう! 生徒とそんな」
 顔を真っ赤にして喚き散らす景。Tシャツを着ながら二人のやり取りを耳にして、祐麒は苦笑する。絵のモデルを始めて、江利子の部屋に通うようになって、二人の同じようなやりとりを何度となく聞いている。普段、学園では見せないような表情や言動を見ることができて、実はちょっぴり他の生徒たちより優越感を得ている気がしているのだ。
 いや、それ以上に、景の水着姿を何度となく間近で目にしているというのは、とんでもない優越感かもしれない。
「それより鳥居先生、完成したんですよね? 見せてもらってもいいですか」
「ん。どーぞ」
 応諾をもらい、覗きこむ。
「うわ……すごい、これ、俺達……」
 言葉にならないとはこのことだろうか。美術の授業で教えてもらうだけでは知ることのできない、江利子の筆力。
 今回は体のつくりや筋肉といったパーツのデッサンがメインといっていたから、色付けがされているわけではない。それでも、様々な角度から描かれた祐麒と景の姿は、命の息吹を感じさせる。
「ありがとう。うふふ、褒めてもらっちゃったし、美術室にでも飾ろうかしら」
「や、やめてよ、冗談でもそういうこと言うのっ!」
「あはは、こんな絵を見たら、景ちゃんと祐麒くんの関係がバレちゃうものね~」
「え?」
 確かに二人だということは分かるし、水着姿ではあるけれど、ただの立っているだけのポーズで何かまずいのだろうかと思う。不思議に思っていると、横にスケッチブックが置いてあるのに気がついた。そういえば、このスケッチブックにも書いていたなと思いだして何気なく開いてみると。
「なっ……なに、これっ……」
「ああああああっ! ふふふ、福沢くんはそれみちゃだめっ!」
 景が絶叫するが、ダメも何もすでに開いて見てしまった。何を見てしまったかというと、祐麒と景があられもない姿で体を交わらせている絵を、である。ラフなスケッチではあるが、息遣いや声が聞こえてきそうなほど躍動感に溢れている。そう、今にも景の淫らな喘ぎが聞こえてきそうな。
「な、ななな、なんですかこれーーっ!?」
「あー、ちょっとお遊びで、四十八手を描こうとしたんだけどね。さすがに全部は無理だったわ」
「てゆうか、こんなポーズしてないですからね!」
「それはほら、想像で補完して」
 アイスティーを口にしながら、すました口調で説明する江利子。確かに、様々な姿勢を要求されたが、まさかそれを組み合わせて、こんな風に活用されるとは思いもしなかった。
「まあ、それはお遊びだから」
 興奮しつつも続きを見ようとしたが、景に凄まじい勢いでスケッチブックを奪われてしまった。当たり前だ。
「……大丈夫、福沢くんにもコピーあげるから」
 祐麒の内心を察したかのように、江利子が耳元で囁いてきて、やっぱり祐麒は真っ赤になるのであった。

 色々とあったが、無事にモデルのアルバイトも終わった。これで終わりかと思うと、少し寂しくなるのも事実である。何せ、江利子、景という、リリアンが誇る美女教師カルテットのうちの二人と共に過ごす時間であったから。
 着替え終えて、それでは辞去しようかとしたところで、江利子に呼び止められる。
「ああ、待って福沢くん。終了記念&ありがとう感謝の気持ちを込めて、ってことで食事ご馳走してあげるから、一緒に食べましょう」
 と。

 そして、今。
「……あの、鳥居先生」
「なあにー? ああ、遠慮しないでどんどん食べていいのよ」
「いや、そう言いましても」
 と、そこで祐麒はテーブルの上に並べられた料理を見つめ、次いで周囲に目をはしらせて、そして口を開く。
「ここ、居酒屋だけど、いいんですか。俺、まだ高校生ですけど」
「いーのよ、保護者同伴なんだし、今どきの居酒屋は小さい子だって問題ないのよ」
「いや、それはアルコールを飲まないという前提つきでしょうが!」
 自分の目の前にドカンと置かれた生中のジョッキをまじまじと見る。乾杯はすましたものの、まだ祐麒は一口もつけていない。さすがに、教師を目の前にして、良いのだろうかという理性が働く。たとえ、その教師が注文してすすめているものだとしても。
 一方の二人の教師はといえば、既に一杯目を飲みほし、早くも二杯目に口をつけている。
「私達がいいっていっているんだから、いいのに。ねえ、景ちゃん?」
「いや……良くはないけれど……まあ少しくらいなら」
「男の子だもん、どうせ家ではお父さんにすすめられて飲んでいるんでしょう? ほらほら、遠慮しないでどうぞー」
 前の座席に座る二人から改めて許可を得て、ようやくジョッキに手をのばして口をつけ、そしてそのまま一気に半分ほどを喉に流し込む。
「ぷ……はーっ」
 まだ温くなってはおらず、心地よい苦みと芳醇さが流れ落ちていく。
「お、いい飲みっぷりじゃない。やっぱり、飲んだことあるわね。よし、食べる方も遠慮しなくていいからね」
 ということで、教師のお墨付きももらったところで、飲んで、食べる。言われたとおり、家でビールを飲んだことはあるが、せいぜい缶ビール一本くらいである。一杯目を飲み終え、二杯目に入ったところで飲むのは抑え、食べる方に専念する。何せ、若い男の子は沢山食べるでしょう、なんて言いながら、江利子が次々と注文するから料理の皿がどんどん運ばれてくるのだ。
 そうして一時間ほどが過ぎた。江利子も景も酒豪のようで、二人はビールから焼酎へと移行していた。
「……さてと、景ちゃん、そろそろ言った方がいいんじゃないの?」
「うぅ」
 不意に江利子が言い、景が気まずそうに横を向く。何事かと、訝しがるが、祐麒のことを放っておいて二人は小声でやり取りを続ける。
「もう日にち、あまりないんでしょう。さっさとしなさいよ」
「でも、やっぱり」
「デモもデーモンもないのよ。ほらほらぁ、なんなら私から言ってあげようかぁ?」
「や、やめてよ、自分で言うから」
 よく分からないが、傍から見ているとまるで学生のノリのようなやり取りである。しばらくして、何かを決意したのか、景が祐麒のほうをじっと見つめてきた。顔が赤いのは、アルコールのせいだけではないように見える。景はぎゅっと拳を握り、俯き加減で口を開いた。
「ええとね、福沢くん。その……」
 眼鏡の下、いつものとおりに怜悧な感じのする目もと。美人ではあるけれど、いつもクールでとりつく隙が見えない、ちょっと怖い、なんていう意見もある景。今も、目の前の景の表情はどこか怒っているようにも見えるのだが。
「えっと……わ、私の恋人になってくれないかしら?」
 景の口から飛び出て来た、まったく予想すら出来なかった言葉に祐麒は凍りつき、景は景で言ったきり顔を背けて動かない。
 やがて祐麒は。
「――――え、えええええええっ!!!!?」
 居酒屋の喧騒が一瞬、途切れるほどの絶叫を店内に響かせたのであった。

 数分後。
「……二人とも、落ち着いた? まったく、ちゃんと順を追って言わないから」
「ご、ごめんなさい」
 江利子に窘められて、景がしゅんとしている。衝撃の告白の後の混乱を経て、ようやく心が少し落ち着いてきた。間を見計らって江利子が入ってきたが、どうやら何か訳ありのようであった。
 しかし、この展開はあれか。でもまさか、真面目な景がそんなことを、と思っていると。
「じ、実はね、大学時代の友人達に、彼氏がいるって見栄をはっちゃってね」
「って、本当にベタだ!!」
 祐麒はテーブルに突っ伏した。
 景は拳を固めて、顔を赤くして力説する。
「だ、だって仕方ないじゃない、私以外のみんな、彼氏のこと自慢して、挙句の果てには『景は男運ないから当分、無理そうだよねー』、『同性にはモテたけどね』、『合コンも連戦連敗だったし、社会人になったら出会いなんてそれこそ減るからヤバいんじゃない?』なんて言うのよ。悔しいじゃない。だからつい、今勤めている高校で実は学生の年下で可愛い男の子と付き合っている、なんて言っちゃっても、しようがないでしょう!?」
 まったくもって、しようがないとは思わない。
「で、どういう設定なんだっけ?」江利子が合の手を入れる。
「ええと、私の魅力にベタ惚れの男の子が何かしら理由を作っては保健室に入り浸って、物凄く情熱的な告白をしてきて、私は当然断ったんだけどその子も諦めなくて、仕方なく一回だけデートしてあげたら、そのデートの時に変な男に絡まれた私のことを身を呈して助けてくれて、ぼこぼこにされたその男の子を家まで連れ帰って手当てして、そこでまた改めて告白されて始まった二人のストーリー、みたいな?」
「景ちゃん……あなた、本当に想像力が貧困ね。みんな、そんなの信じたの?」
「半信半疑よ。だから、会わせろってしつこいんじゃない」
 もはや半泣きだ。普段はあまり表情も変えない、とすら噂されている景。珍しいものが見られたが、喜んでいる場合ではない。
「その相手役に、俺がなれということですか? 無理ですよ、そんないきなり」
「そんなことないわよ、夏休み入ってから一緒の時間を長く過ごして、お互いのことも随分と知ったでしょう?」
 江利子が言うとおり、同じモデルということで何となく仲間意識みたいなものを共有したし、休憩中には話も随分とした。夏休み前に比べてみれば、随分と身近に感じるのは事実である。
「やっぱりやめましょうよ。ここは素直に皆には謝って」
「駄目よ、こんな面白い……そんな、皆に言わせっぱなしで悔しいじゃない。ぎゃふんと言わせてやりましょうよ。高校生の男の子で、しかも福沢君みたいに可愛い子を捕まえたと知ったら、きっと皆、羨ましがるわよ」
 今、江利子の本音を垣間見た気がした。
「だけど、そんなこと言われても」
 当然、困惑する。第一、祐麒が恋人と言ったところで、そんなにわか仕込みではすぐにバレてしまうだろう。今まで恋人と付き合った経験などないから、どうすればいいのか分からないし、自信もない。バレてしまったら、余計に恥ずかしい思いをさせてしまうのではないだろうか。
「そんなー。福沢くん、景ちゃんのこと嫌いなの? 景ちゃんみたいな女性は好みじゃないのかしら?」
「そ、そんなことないですよ! 加東先生は綺麗で優しくて、近くにいると甘くていい香りがして、スタイルもいいしとても魅力的ですけれど、だからってそんな」
「あらら、随分な褒めようじゃない、ん?」
「え」
 冷やかすような江利子の声に顔をあげてみれば、お酒のせいか、それとも別の要因か、目のまわりと頬を赤くした景が、少しだけびっくりしたような表情で祐麒のことを見ていた。祐麒の目と視線が交わると、慌ててわざとらしく焼酎のグラスに手をのばし、一気に飲み干そうとしてむせる。
「景ちゃん、これ意外と本気でチャンスじゃない?」
「ば、馬鹿なこと言わないの江利子。福沢君だって、本人を目の前にして嫌いだなんて言えないでしょう」
「あら、そうなの福沢くん? 単なるお世辞だったの?」
「いや、あの、その」
「本当にその気があるなら、結構チャンスよ。景ちゃん年下好みだから」
「え、江利子、何を言っているのよ」
「だって、前に言っていたじゃない」
「だ、だからって、本当に生徒に対して」
「ここチャンスじゃない。顔も性格も悪くないし、捕まえといちゃきなさいよ」
 いつの間にか、景をけしかける形になっている。
「あのー、恋人役の話じゃなかったんでしたっけ? 実際の話ではないですよね」
 たまらなくなって、つっこみをいれる。
「嘘よりは本当の方がいいでしょう? ああ大丈夫、確かに学校側が知ったら黙っていないだろうけれど、私は二人の味方だから」
「いや、既成事実みたいなこと言わないで」
 こんな調子で、結局のところ結論が出ないままに時間になってしまった。ただ、見ていると景は本当に困っているようで、祐麒に対しては無理しなくていいと言っていたが、やはり気になってしまう。
 店を出て、江利子と話しながら会計をしている景を待つ。
 と、江利子が顔を寄せてきた。
「……ね、景ちゃんのいないとこで、本音きかせてよ。どうなのー、本当に景ちゃんのこと想っているなら、応援してあげるけど? 実際のところ、景ちゃんけーっこう、福沢くんのことお気に入りよ、これホント。今回のこときっかけに、いける可能性、結構高いよ」
 ウィンクしてくる。
 もちろん祐麒は、冗談として受け流そうとするが、江利子はそれでも景をプッシュしてくる。教師のくせに、どうしてこんなにも景とくっつけようとしてくるのか、まったく意図が読めないが、表情を見るに、単に面白がっているだけかもしれない。
「ごめんなさい、お待たせ」
 会計を終わらせた景が、店から姿を現す。
「さて、これからどうする? 次のお店いく? あ、それとも景ちゃんと福沢くん、二人きりにした方がいいかしら?」
「あのねえ、いい加減にしなさいよ」
 江利子の言葉に、景がため息をつく。
「大体ね、次っていったってもう時間が……あれ? 携帯が」
 バッグ、そして服のポケットに手をいれて携帯電話を探す景。
「ごめん、ちょっと忘れたみたいだから取ってくるわ」
 身を翻し、もう一度店に戻っていく。
 その背中を見送りながら、江利子が肩に手を置く。
「ほら、追いかけて一緒に探してあげたら? で、私はここで姿を消すから、あとはうまいことやりなさいよ」
 と、にやりと笑いながら軽く祐麒の背中を押してきた。

 祐麒は、言われた通りすぐに景を追いかけることにした。

「それじゃ、ちょっと行ってきます。えと」
「がんばってー。報告よろ」
 ひらひらと手を振る江利子に背を向け、祐麒は先ほどまでの店に入った。
 中に入って、座っていた席に向かってみると、ちょうど出口の方に顔を向けた景と目が合った。
「あら、どうかしたの?」
「あーと、見つかりました?」
「うーん、まだ探しているところ」
 景が腰を折り曲げ、座席の下に目を向けている。その勢いでシャツが上に引っ張られ、ジーンズとシャツの間の肌が見えて、少しドキッとする。残念ながら下着は見えていない、などと不埒なことも考えてしまった。
「あの、俺、電話鳴らしましょうか?」
「そうね、お願いしようかしら。番号はね」
 今まで、教師と生徒ということで番号を教えてもらえなかったのだが、思いがけないところで景の番号を手に入れた。
 入力して鳴らすと、席の座布団と壁の間から着メロが流れてきた。
「あー、あったあった、ありがとう」
 携帯電話を見つけた景が、画面を液晶確認してからバッグにしまう。
 そのまま、祐麒に続いて店を出る。
「ごめん、江利子……あれ?」
 外に出て周囲を見回してみるが、江利子の姿が見えない。他の客に紛れているのかとも思ったが、少し動いても同じ事であった。祐麒に言ったように、先に姿を消したようである。もっとも、だからといって景とどうこうなるとは、祐麒も思っていないが。
「――はぁ? ナンパされて飲みに行く? 何、勝手なこと……ちょ、江利っ」
 電話をしていた景が、ため息をついて携帯電話を閉じる。
「どうしたんですか、鳥居先生は」
「なんかナンパされて意気投合したから、飲みに行くって。まったく」
 黒い髪を指ですき、どこか遠くを見つめる景。
 その横顔に見とれそうになる。
「さあ、それじゃあ私達は帰りましょう。学生がこんな遅くまで、駄目よ」
「遅くといっても、まだ九時過ぎですけど……」
「十分、遅いわよ。そもそも、お酒なんて……私が言うのもなんだけど。とにかく、福沢くんには今日は変なこと言っちゃったわね。あれは忘れて頂戴」
 そう言う景の表情は、まだ少し赤みはあるけれど、いつもの生真面目な教師のものに戻っていた。
「先生はどうするんですか……その、約束」
「どうもしないわよ、勢いで言っちゃっただけだし、素直に謝って、笑い話になるだけよ。あなたは気にすることないの」
 あくまで真面目な表情で、注意するように言われた。
 だけど、この夏休みの間、それなりの時間を一緒に過ごしてきた祐麒には、どことなくその表情に憂いがあるように見えた。

 

「あ、あの、加東先生っ」
「ん?」
 景の切れ長の瞳が、街灯の光を反射して煌めく。
 つばを飲み込み、一拍置いてから、祐麒は口を開いた。
「あの、俺で良かったらその役、やらせてください」
 その言葉を聞いて、景はわずかに目を見開いた。
「だから、いいのよそんな、無理しないで」
「別に、無理とかじゃないです。俺で加東先生のお役に立てるなら、是非と思って」
 これは別に、嘘ではない。
 もっとも、下心だってないわけではないが。
「でも、嫌じゃない? そんな私の勝手な嘘につきあわされて、私みたいにずっと年上の恋人だなんて……それに、福沢くんには付き合っている女の子とか、いるんじゃないの?」
「いや、そんな彼女いませんから。あと、嫌なんかじゃないですよ、さっきも言いましたけれど、加東先生みたいに綺麗な人の恋人役なんて、光栄ですよ」
「こんな、年上でも?」
「問題なしです。むしろ、年上の包容力とか落ち着きがあって、それでいて可愛い部分ももちあわせていて、凄く素敵だと思います。むしろ加東先生の方こそ、やっぱり俺なんかじゃあ、駄目ですか?」
「そっ、そんなことないわよ。福沢くんだったら問題ないどころか、顔は可愛いし、優しいし、私のタイプで願ったりかなったりよ」
「そ、そうですか」
 そして二人は、お互いにとてつもなく恥ずかしいことを口にしたと気が付き、顔を赤くして目をそらす。
「とっ、とりあえず、どこか行きましょうか」
「そ、そうね」
 場の気まずさを解消するため、関係ないことを口にして移動し始める。
 歩いている間、お互いに無言になる。
「ご、ごめんなさいね、なんか変なことにつきあわせて」
「いえ、全然、問題ないです」
 ぎこちない状態のまま、ファミレスに入る。
 色気もへったくれもないが、適度に騒がしい店内に、ようやく心が落ち着く。互いにドリンクバーと軽い食べ物を注文し、改めて向かい合う。
「それで、約束の日はいつなんですか?」
「えっと、まだ明確には決まってないんだけど、みんなうるさいから、延ばせても9月中には会わせないと駄目かな」
「そうですか。それじゃあ、それまでの間に、何度かデートしましょうか」
「ええっ、で、デート!?」
「だって、恋人ならそれくらいしておかないと、デートしたことないってのも不自然だし。他にも色々とお互いのこと知っておかないと、当日にボロが出ちゃうだろうし」
「そうかもだけど、そんなところを誰か学校関係者に見られでもしたら、まずいわ」
「じゃあ、外を出歩くのはなしで、加東先生の部屋で一緒に過ごすとか」
「わ、私の部屋でっ?」
「だって俺、実家で両親もいますし。あ、もしかして加東先生も?」
「ううん、私は一人暮らしだから、それは大丈夫だけど……」
 そうなると、二人きりで部屋にいることになるわけであり、祐麒としても緊張してしまいそうだった。
「やっぱ、どこか行きましょう。この近辺じゃなく、少し離れたとこで学校関係者が来なさそうな場所に」
「そ、そうね。どこかいい場所あるかしら」
「探してみますよ。加東先生は、どこかそうゆう場所、知らないですか?」
「そう言われても、私、デートなんてしたことないから」
「えっ、そうなんですか?」
「だって、江利子も言っていたでしょう。私、今まで彼氏いたことないし」
 そう、少し恥ずかしそうに、怒ったように、拗ねたように、照れたように、色々なものが混ざった表情を見せる景。
「でも、不思議ですね。加東先生みたいなヒトだったら、凄くモテると思うんですけど」
 言うと、頬杖をついて重い息を吐きだす景。
「それがねー、今まで私を好きだと言ってくれる人もいたんだけど、そういう人は皆、私の好みじゃないのよ。幾ら好きだと言ってくれても、どうしても受け入れられない人っているじゃない。で、私の好みの人は、他に好きな子がいるのよ」
 まさか、景とこのような話をするなんて思ってもいなかったが、知らなかった景の側面を見ることが出来て、なんか嬉しかった。
「どう? こんな話聞いて、福沢くんも呆れたんじゃない。この年になって、交際もしたことがない女なんて。あー、どうせ私はこのまま何もなく、枯れていくのみなのか」
 まだアルコールが残っているのだろうか、随分と愚痴っぽくなっている。
「ほら加東先生、しっかりしてください。加東先生は若いし魅力的だし、絶対に大丈夫ですよ」
「そんなこと言われてもねぇ、現実に、無いし」
 景自身が口にしたことのせいで、完全に覇気がなくなっている。
「現実に、あるじゃないですか、今度俺とデートするんだし」
「それだって、私の見栄で、恋人のふりっていうだけだもの」
「それを、ふりじゃなくて今後本当にすればいいじゃないですか」
「えっ……それって……」
 顔を上げる景。
 その景の視線を真正面から受け止め、見返すと、景の顔がさーっと赤らんでくる。
 さらに、祐麒が勢いのまま口を開こうとしたところで。
「お待たせしました、青菜とベーコンのオリーブオイル蒸しとフライドポテトになります」
 店員が注文品を持ってきて、間があいてしまった。
 皿を置いて店員がいなくなったところで、改めて言おうとすると、今度は先に景の方が言葉を出してきた。
「ありがと、福沢くん、励ましてくれて。ダメね、私の方が教師なのに」
 笑って目をそらす景。
 冗談のように受け取られた。おそらく意識してのことであり、きっとそれが無難な選択だし、お互いの関係を変にしない最良のものなのだろうけれど、はぐらかされた感があるのも拭えない。
 だが、祐麒とていまだ体の奥に熱さの残るアルコールと、今までの雰囲気と流れ、この場の勢いで言っている部分も多く、これで良かったのだろうと思う。
 内心で頭をふり、気持を切り替える。
「それで、デートの件ですけど、場所は考えますので、いつがいいですかね? 俺はバイトの日以外なら大丈夫なんで、あわせますよ」
「う、うん、でも……」
「すぐに決まらないなら、メールしてください。あ、メールアドレス交換しましょう」
 赤外線で、情報を交換する。登録される、景の情報。
 液晶画面を見つめて、続いて視線をあげると、同じようにこちらを見てきた景の目とあう。
「あの……で、デート以外の件でも、色々とメールしてもいいですか? ほ、ほら、恋人同士なら、メールのやりとりくらいやってないと、不自然じゃないですか。特に、教師と生徒という設定じゃ、普段は一緒にいられないし、むしろメールを沢山しているようじゃないと、おかしいと思うんですよ」
「あ、そ、それもそうよね、うん、うん……メール……ま、待ってるね……」
「はい、沢山、メール出します」
「う、うん」
 そう小さく頷きながら、恥ずかしそうに髪の毛を指でいじる景が、祐麒には年齢とか関係なく物凄く可愛く目に映った。

 22時過ぎに別れ、家に帰るために電車に乗った。電車が走り出したところでメール着信し、確認してみると、さっそく祐麒からのメールだった。
 内心、どきりとしながらメールを開いて見る。
『今日はありがとうございました、とても楽しかったです。時間も遅いので、気をつけて帰って下さいね』
 なんてことはない普通のメール。
 すぐに返信を打つ。
『私も、今日は楽しかった。あと、色々と変な話とか頼みを聞いてくれてありがとう』
 文面を読みなおし、素っ気ないだろうかと思いながらも送信する。送信ボタンを押し、メールが送信されたことを確認して、大きく息を吐き出した。知らないうちに、体に力が入っていたようだ。
 目を一度閉じ、開いたところで窓に映る自分の顔を見る。
 なぜか知らないけれど、にこにこしている自分がいた。

 23時近くに、住んでいるマンションに到着した。玄関を開けて中に入ると、なぜか部屋の明かりがついていて驚くが、脱がれている靴を見てもう一度驚く。
「ちょっと江利子、なんであなたがいるのよ」
 部屋の中では、江利子がくつろいでいた。
 帰りにコンビニで買ってきたのか、アイスを食べながらテレビを見ている。
「あれ、それはこっちの台詞よ。なんで景ちゃん、帰って来ているの? 今日は福沢くんとお泊りじゃないの? あ、まさかこの部屋使う気だった? ひょっとして外で福沢くん待っているの? うわ、ホテル行くと思ってたわー、まさかこの部屋使うとは」
 立ち上がり、頭をかく江利子。
 室内はというと、かなり散らかっていて汚い。本来の景は綺麗好きなのだが、これには理由がある。このマンションが、江利子、聖、蓉子たちの住んでいる場所のちょうど中間にあり、四人のたまり場みたいになっているのだ。そして昨日も聖が泊まりにきていて、起きたらすぐに江利子の家にモデルのバイトに出たので、散らかったまま。
 特にひどいのが、女性物の下着や生理用品などが、無造作に転がっているところか。もちろん、食べ物、飲み物なども色々と転がっている。蓉子、景の二人なら、こんなにひどくはならないのだが。
「福沢くん、コンビニで待っているの? だったら私、今のうちに出るわ。あ、やだ、私のブラとパンツ、洗濯籠に入れておいて」
「ちょっと、一人で完結しないでよ。私一人に決まっているでしょ、てか、江利子は何、ナンパされてどっか行ったんじゃなかったの?」
「あんなの、二人にしてあげる口実に決まっているじゃない。で、なんか帰るのも面倒くさくなって、景ちゃんの部屋の方が近いなと思って。この部屋に連れてくるとは思わなかったからさー」
 江利子の言葉を聞き、鞄を置いてぐったりとその場に座り込む景。
「それよか景ちゃん、どうしたのよ。この時間ってことは、あのあとすぐに別れたわけじゃないんでしょう? あ、もしかしてあのあとすぐにホテル行って1時間コース? あーそか、福沢くん、実家だろうしそう簡単に泊まるわけにもいかないか」
「だから、何もないってば。ファミレス行って、帰ってきただけよ。大体、教師と生徒でありえないでしょう」
「その前に男と女でしょう。それに、生徒の中なら福沢くんかな、って言ってたのは誰かな~?」
「あ、あれは、ただの、たらればトークじゃない」
 逃げるようにしてキッチンに行くと、冷蔵庫をあけてミネラルウォーターを取り出す。背中に江利子の視線を感じるが、無視して水を喉に流し込む。
 と、背後でメールの着信音が鳴った。
 ペットボトルを手に戻り、携帯を拾ってみてみれば案の定、送信者は祐麒だった。
 着信したメールを開いてみる。
「――えー何々、『それじゃあ今度のデートはその週の土曜日で。景先生は好きだっていう蕎麦の美味しい店がどこかにないか、探してみますね。今から当日が楽しみです』と」
「え、江利子! 勝手に人のメール覗きこまないでよ!」
「あらあら、なんだかんだ言って、やることやってんじゃない、ほー、デートですか、まずは順番をふんでとは景ちゃんらしい。あれ、しかもいつの間にか、 "加東先生" から "景先生" に? これはあやしい」
「ちっ、ちがっ、これは……やだ、携帯取らないで、返してっ」
「うわー、凄い凄い、この一時間ほどの間に……8通もメール来ているじゃない。これは本当に、景ちゃんにも春がきたか?」
「江利子、返してよっ」
 景は真っ赤になって、笑いながら逃げる江利子に掴みかかる。
 きゃあきゃあと、夜に迷惑な騒ぎの中にも、どこか心の中で浮かれている自分がいることを感じる景。
 こんなこといけないと思いつつも、拒否できなかった。
 不安と期待をないまぜにしながら、デートの日、そして恋人役の日まで、落ち着かない景の日々は続いて行く。

 

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