休日の、のどかな昼時。
あたたかな陽射し、やわらかい空気に包まれて好きな本を読む。なんでもない時間だけど、何物にもかえられない贅沢な時間。
メガネのずれを少し直しながら、目にかかるように落ちてくる髪の毛を指で横に撫で付ける。
音楽をかけているわけでもないし、テレビをつけているわけでもない。元々、閑静な住宅地にあり、さらに敷地内の離れということもあり静寂だけが空間を支配している。わずかにそれを破るのは、時折耳をくすぐるようなページをめくる音があるから。
「ん……」
もぞり、と背中が動いた。
景は軽く首をひねったが、すぐに本に目を戻す。
しばらく、静に本を読み続けるが、またもや背中の方がもぞもぞと動き出す。
「もう……背もたれが動かないでよ」
視線はページに向けたまま、景は文句を言う。
「背もたれって……」
何か反論したそうな口調だったが、結局、そのまま無言となる。だけど、やっぱりわずかに身じろぎをして、体で反抗するようで。
「ああ、もう……」
景は諦めたように本を閉じて置くと、そっと体の向きを変えて。
「分かったわよ、仕方ないわね」
と言いながら、後ろから首に手をまわして抱きついた。意外と広い肩幅と背中。小さく見えるけれど、実はそうではないことを、景は知っている。
「構って欲しいんでしょう? 子供なんだから」
「べ、別にそういうわけじゃ」
「うそばっかり。なに、そわそわしているのよ」
「いや、胸、あたってるから」
背後から抱きついているし、お互いにシャツだから背中に景の胸があたっている格好だ。もちろん、景は分かっていてやっている。
首にまわした手に力を入れて、さらに密着する。
鼓動がはやくなって、意識が背中に集中してきているのが分かる。本のページを無駄にめくっているけれど、全然読んでいないのが丸分かり。そんな分かりやすいところも、景は嫌いではなかった。
「本当は、嬉しいんでしょう?」
「や、そ、それは」
「嬉しくないなら、離れようか?」
「いや、このままでいいです」
そう言って、首にまわした景の手をつかんで逃がさないようにする。そんな素直なところも、好ましい。だからつい、からかってしまうのだが。
「エッチね」
「ご、ごめん」
「否定はしないんだ」
くすくすと、笑う。
吐息がくすぐったいのか、軽く顔を動かす。
「……ねえ、わたしのこと、どう思っているの?」
「―――」
「都合のいい女、かしら?」
「そんなんじゃない。好きですよ、本当に」
「本当? でも、どうせしばらくしたら、私より年下の若くて可愛い女の子のところに行っちゃうんじゃないの?」
「何年経ったって、景さんのこと好きな気持ちは、変わらないですよ」
「年増の女って、思うようになるわよきっと」
「そんなことないですって、ぜったいに。大体、そんなに年だって離れてないじゃないですか」
強い口調で否定する。
きっと、その言葉に嘘はない。でも、はたしてそんな気持ちがこの先もずっと続くのかどうかは分からない。人の気持ちは変わるものだし、恋愛感情なんてそれこそ一番、信用ならないものだろう。
例えそうだとしても、構わない。
今の気持ちに、決して偽りなどないのだから。
「――ねえ、してあげようか?」
「え? で、でも」
「なによ、変にかっこつけなくていいのよ。だって、さっきからずっと、そういうオーラ出しているじゃない。顔は正直なんだから……と」
視線を転じると。
「……あら、体も正直みたいね」
からかうように笑うと、赤面して何もいえなくなる。
そこもまた、可愛らしいのだけれど。
「あー、あの」
「いいのよ、私も好きだから。あなたが気持ち良さそうな顔をして、可愛らしい悲鳴をあげてくれる姿を見るのが」
「え、Sですか」
「やあね、相手が喜んでくれるのが好きなのが、そんなに変かしら? こう見えても私、尽くすタイプなのよ」
景は一旦体を離すと、一度髪の毛を後ろに流してから眼鏡を手に取る。
「……っと」
しかし思い直して、すぐに眼鏡をかけなおす。
「そういえば、眼鏡したままのほうが好きなんだったわよね? 眼鏡したまま、上目遣いで見られながらが一番好きだって……眼鏡フェチ?」
「や、だってそれが一番、可愛くて綺麗だから」
「ふふ、じゃ、お望みどおりしてあげよっか」
落ちかかる髪の毛を右手でおさえなる。
「ええと、景さんにもしてあげたい……とか思ったり」
「ダメ、お姉さんの言うことがきけないの?」
「うー、でも」
「だからダメだって。最初は、私がしてあげる」
悪戯っぽく笑い、四つん這いの格好で前に回り込む。
「本当に景さんに触っちゃ駄目なの?」
「だから、ダメだってば。言うこと聞かないと、噛んじゃうぞ?」
「ややや、やめてくださいっ」
景の髪を撫でていた手を首筋に落とし、そのまま服の中に入りこもうとしていたらしいが、慌てて引っ込める。
慌てぶりがおかしくて、くすくすと笑ってしまう。
「その代わり……全部、飲んであげるから、ね」
ぺろりと唇を舐める。
景を見つめていた顔が赤くなり、そして期待感に膨らんでゆくのが目に見える。この辺は実に分かりやすいものだ。
別に味が好きなわけではない、苦くて喉に引っかかって飲みづらいし、飲み切れなくて離してしまい髪の毛に付着すると大変だし。それでも、してあげている最中の気持ちよさそうな恍惚の表情、恥ずかしいような嬉しいような表情を見せられるから、まあいいかと思ってしまうのだ。それに、髪の毛や服についてしまうと面倒だし。
あと、景は普段はさほど性欲が強い方ではないのだが、アレを飲むと下腹部の奥の方が急速に熱くなり、ムラムラとエッチな気分がこみあげてくるのだ。それは内緒にしているのだが、そういうこともあってまず口でしてあげる、ということが多い。
「うぁっ……く……」
もっともそれ以上に、こうして可愛らしい喘ぎ声を聞きたくて、顔を紅潮させて快感と恥じらいに打ち震える顔が見たくて、したくなっちゃうのだけど。もっともっと耳にしたくて、もっともっと目に焼きつけたくて、景も頑張ってしまう。
段々と景の方も盛り上がってくる。ああ、そういえば今日のパンツはお気に入りのやつだったのに、これじゃあ汚れちゃってるなあ、なんて思いながらも止まらずに。
景は攻めることをやめないのであった。
夕方、陽が落ちる頃。
「今日はご飯、食べていく?」
ジーンズにシャツをあわせただけのシンプルな格好でキッチンに立ちながら、景は聞いた。
見れば、シャワーから出てきたばかりで、まだ体から湯気が出ている感じだ。
「食べたい」
「家で両親とか待っているんじゃないの?」
「今日は友達の家で食べてくるっていってきたから」
「私のことは、家族の方は知っているの?」
「……まだ」
景は料理の手を休め、振り向いた。
作っているのはカレーで、既に弱火で煮込むところまできていたから少しくらい目を離しても問題ない。
「あーあ、ほら、髪の毛ぐちゃぐちゃじゃない」
歩み寄り、肩をぐっとつかむと無理やりに座らせる。ドライヤーと櫛でもって、髪の毛を整えてあげる。
「いいのに」
「よくないわよ」
まるで子犬みたいだな、などと思いながら乾かしていると、少し前のことを思い出してしまい、なんとなく笑いがこぼれる。
「どうしたの?」
「ちょっと、前に同じようなことがあったなと思って」
「え、なに、それ誰っ?!」
いきなり、あたふたとしだす。
景は笑う。
「ばかね、祐巳ちゃんよ」
「……ああ」
ほっとしたように、肩の力が抜ける。本当に、分かりやすい。
「祐巳ちゃん、といえばさ」
手で、髪型を細かく調整。
ちょっとクセっ毛だけれど、柔らかくて手触りは良い。
「いずれ、祐巳ちゃんのことをお姉ちゃんって呼ぶときが来るのかしら?」
「なっ……ごふっ!!」
「あら、慌ててどうしたの? さっきの私に対する気持ちは、嘘だったのかしら?」
「ちが、違うって。いきなり言われたからびっくりしただけ。も、もちろん、そう……なってくれると……嬉しいけど」
恥しそうに小さな声で、でもしっかりと聞こえるように言ってくれた。
景が後ろにいるから、顔は見られていないと思っているかもしれないけれど、目の前の鏡台にはしっかりと真っ赤になった顔が写し出されていて。景は鏡越しに、にっこりと笑顔を向ける。
「ふふ、そうね。でも、とりあえずはその前に今日の夕ご飯にしましょうか」
最後に髪の毛を一撫でして、立ち上がる。
キッチンからは、カレーの香ばしい匂いが漂ってきていた。