午後一の講義は眠くなる。
中学生だろうと、高校生だろうと、大学生だろうときっとそれは変わらないと思う。ましてや、大学生になると一つの講義が90分だ。これはある意味、拷問に近いといえるのではないだろうか。
「ふぁ……」
私は欠伸をかみ殺す。
普段であれば、午後一の授業であろうとこんなことにはならない。原因は、昨夜、ほとんど寝ていないことにある。
新しいゲームを買ってきたと欣喜雀躍する彼女につきあって、一晩中ゲームをしてしまった。
どうせ一晩を費やすなら、もっと気の利いたことがあるだろうと言ってやりたいが、それはそれで逆に今日、大学に来られなくなっていた可能性が高いので置いておく。それに、なんだかんだいって自分もゲームにハマってしまったのも事実。今までの人生、テレビゲームなんてほとんどやったことなかったのに、彼女のせいでめっきりハマりつつあるのは、あまりよろしくない兆候だ。
彼女自身は早々に午前中の講義を諦め、出られたら午後に来るといっていたが、はたしてどうなることか。
そうして、講義が始まってから30分程たったところで。
「眠そうだね、景さん」
彼女がやってきた。当然のように私の隣の席に座り、ノートを広げる。
「誰のせいだと思っているのよ」
私は彼女、佐藤さんの方を見向きもせずに答える。佐藤さんは持ってきたコーヒーの缶をつまんでぶらぶらさせながら、私の様子をうかがっている。講義を受ける気は、さらさらないようだった。
「だから、おわびに眠気を払ってあげようかと思って」
「はぁ? なんなのよ」
聞き流すようにして、私は講義に集中しようとする。しかし、こういうときの佐藤さんはしつこいということも分かっている。
睡魔は相変わらず間断なく襲ってくるし、私の機嫌はかなり最悪だった。それもこれも、この隣に座っている女のせいだというのに。
「けーいさん、ほらこっち向いて」
「もう、だからなんなのよ?!」
苛々していた私は、小声で怒鳴りながら、横を向いた。
「―――っ?!」
するといきなり。
唇に、温かく柔らかな感触が押し付けられた。
なんだなんだ、いったい、何が起こっているというのか。数秒後、ようやく頭がクリアになった私は、佐藤さんの悪戯っぽい瞳を認識して。
「っ!!」
慌てて、顔を引き離す。
「私がキスしたと思った?」
目の前には、佐藤さんが手にしたお饅頭があった。
「目ェ、覚めたでしょ?」
「あ、あのねえ!」
覚めたでしょ、じゃあない。いったい今、どこにいて何をしている最中だか分かっているのだろうか。饅頭片手に、何を得意げにウィンクなどしているのか。
「……こら、そこの学生、静かにしなさい」
教授の注意が飛んできて、この場はとりあえずそれで収まったけれど。
結局その後も、佐藤さんが何かとからんできて、講義に集中しきれなかった。
帰宅する。
当然のようについてきて、上がりこんでくる佐藤さん。ここのところ、彼女が一緒にいる時間の方が長くなっている気がする。
「今日は、あなたが食事当番よ」
「はーい。何がいい?」
冷蔵庫を開け、勝手にコーヒーを取り出して飲みながら、彼女は手をあげる。
彼女のペースで流され続けるのは、性に合わない。
「何か材料、残っている?」
「うーん、そうだねえ」
再び、冷蔵庫を開けて中身を確認する佐藤さん。私はそっとその背後に近づいて、後ろから声をかけた。
「あ、いいもの見つけた」
「えー、うそ、何かある?せいぜい葱とベーコンくらいしかないけど?」
「ここにあるでしょ」
「―――え?」
私は、冷蔵庫に向かっていた佐藤さんの後ろから腕を伸ばし、頬に両手を添えると、力を入れてぐっと上を向かせ、そのまま覆いかぶさるように唇を重ねた。
うーん、こうした逆向きのキスというのも、なかなかに良いかもしれない。
「んっ……んん」
しばらくそのまま、唇の感触を堪能する。私が上という体勢もあり、唾液をそっと流し込むと、飲みきれない分が佐藤さんの口元から溢れ、筋を作って流れてゆく。
やがて、冷蔵庫のドアを開け放していたことにより警告音が鳴り響いたところで、ようやく私は口を離した。
「……コーヒー臭いわ」
「え、えと、景、さん?」
「今夜は、あなたを美味しくいただくことにしたから」
佐藤さんは目を丸くして、私を見上げている。
してやったり、といったところか。彼女はこう見えて、一度ペースを握られると弱い側面がある。
私はそのまま手を肩に置くと、力を入れて彼女を後ろ向きに転がすようにして倒す。仰向け状態になった佐藤さんと目が合う。
「あの、景さん、ちょっと、マジですか……ひぁっ!」
「当たり前でしょう。私は今日、ちょっと虫の居所が悪いんだから」
肩を床に押し付けたまま回り込むようにして体勢を変え、上にのしかかる。
彼女が抵抗しようとする前に、いきなり服の中に手を入れて胸をつかんだ。そして服をたくしあげ、万歳をさせシャツが頭を抜けたところで止める。即ち、脱げかけたシャツで両手の自由を奪った格好となった。
「景さん、せ、せめてベッドに」
「問答無用。キッチンだし、佐藤さんを料理するには丁度いいでしょう」
「ひぃ~~っ」
私は彼女の胸に顔を埋めた。それほど大きいというわけではないけれど、形の整った綺麗なバストだ。
そのまま、下着を取ろうとしたところで。
「あ、あの、景さん」
「もう、無駄よ、ここまできたら」
止まるわけがないし、止められない。
だけど彼女が口にしたのは、別のことだった。
「いや……抱き合うときくらいはほら、名前で呼んで欲しいな」
彼女らしくない言葉だと思った。
でも私は。
「馬鹿ね……」
「んっ…………」
片手を胸に、片手を下にのばしながらもう一度、口付けをする。彼女は体を震わせて反応する。
馬鹿ね。
いつも心の中では名前を呼んでいるの、聞こえないのかしら、聖?
おしまい