私はその日、気合を入れて部屋を掃除した。
普段もマメに掃除はしているからさほど汚れてはいないが、さらに隅から隅まで、あますところなく片付けた。
何せ今日は私にとって一大決心の日。
蓉子さんに、モーションをかけるのだ!
と、気合をいれて握り拳を作ったポーズをしたところで恥しくなり、部屋の片付けに再び戻る。
黙々と片付けること約一時間、一通り綺麗になったところで息をつく。少し汗をかいたので、シャワーを浴びに浴室に入る。
念入りに身体を、それこそ部屋を掃除する以上に隅々まで洗う。シャワーから出ると、真新しい下着を身につけて、体を引き締める。ちなみにこの下着はもちろん新品で、勝負下着でもある。
シフォンとギャザーの甘口ディテールの、パステルブルーのブラとショーツ。上下共に中央にあしらわれたリボンが可愛らしい。
鏡に写る自分の下着姿を見直す。
胸はまあ、それなりの大きさ。腰はきちんとくびれている。お尻は少し小さく、脚も細いだろうか。蓉子さんが肉付きのいい方が好きだったらどうしようかと、ちょっとだけ不安になる。
「……だ、だいじょうぶ、よね」
両腕で胸を挟むようにして、ボリュームをアップしてみせる。
うん、こうすれば谷間も結構、深くなるし、色っぽさも増すような気がする。
「おっと、いつまでもこんなことしている場合じゃないわ」
時間を確認し、急いで着替える。
約束の時間までまだ余裕はあるが、シャワーから出たばかり、みたいな感じで出迎えるわけにもいかない。きちんと落ち着いてから、出迎えをしなければ。
今日は、私が料理を作るということで招待している。うん、家に招くには、それほど不自然ではないだろう。もちろん、材料だってきちんと用意しているし、料理の手順だって頭に入っている。
料理にあわせるワインも購入してある。蓉子さんが観たいといっていたDVDも借りてきてあるし、CDもある。今日は土曜日で明日は休みだから、遅くなっても、というか、泊まりになっても大丈夫。
あー、待て待て、焦るな私。今から変な妄想をしない。まだ蓉子さんが泊まるかどうかも分からないのだから。
そうこうしているうちに、約束の時間が近づいてきたので、最終身だしなみチェック。ボーダーのカットソーにオフホワイトのショートパンツをあわせた、カジュアルなスタイル。お洒落をしようとも思ったが、自分の部屋に招待したのにあまりに着飾っているのも変なので、この格好に落ち着いた。
大丈夫、ラフ過ぎず、かしこまり過ぎず、適度だと思う。
部屋の中も片付けた。今日のために色々と購入した様々な物も、絶対に見つからないような場所に隠した。
あとは、蓉子さんが来るのを待つのみ。蓉子さんの性格からして、約束の時間の三分後くらいに呼び鈴を鳴らすはず、と思って時計を見ると、まさに約束の時間の三分後。
ぴんぽーん
はかったようなタイミングで音が鳴る。
蓉子さんのことを分かっているというか、気持ちが通じ合っているような気がして、ちょっと嬉しくなりながら玄関に向かうのであった。
「いらっしゃい、さ、あがって」
「お邪魔します」
軽くお辞儀をしながら入ってくる蓉子さんは、いつもながら美しく、そして可愛かった。
裾がふんわりと広がったシルエットのブラウスはオフホワイト。スクエアネックの周りと袖口にはレースがあしらわれている。
そして、しなやかなシフォンの揺れる小花柄のティアードミニスカート。伸びている脚は、紛れも無く生脚。
やばい、可愛い、可愛すぎる、抱きつきたい、けれど今は我慢。
自分に言い聞かせて、室内に蓉子さんを上げる。蓉子さんがお土産にと持ってきた、二人が好きなお店の特製プリンを冷蔵庫にしまい、とりあえず座ってお茶にする。
すぐに、お喋りに華が咲く。
しかし、お喋りの最中も、ミニスカートから伸びた蓉子さんの太腿が気になって仕方なかったのは、内緒である。
話が一段楽したところでよい時間になったので、私は料理をするために立ち上がる。
「ごめんなさいね、DVDでも本でも、好きなことしていていいから」
エプロンをして、髪の毛を後ろでまとめあげる。
好きな人のために料理を作るって、なんかいい。旦那様のために料理をする奥さんの気分だろうか、などと浸りかけていると。
「私も、手伝うわ」
言って、蓉子さんも立ち上がった。
「え、でも、今日、蓉子さんはお客様だし」
「手伝うだけよ、メインシェフはもちろん景さん。ね、いいでしょう?」
と訊いてきながら、既に持参したらしきエプロンを広げている。エプロン姿の蓉子さんを見たくなった私は、あっさりと手伝いを容認してしまった。
料理はさほど得意ではない、などと言っている蓉子さんだが、当然のように手際が良い。手伝うだけだと言っただけに、主に材料の準備などをしてもらったけれど、皮を剥くのも切るのも危なげなくこなしてくれる。
さすが蓉子さん、何でも出来る。
「景さん、よそ見していたら危ないわよ」
「え、うん……痛っ」
指に、チクリとした痛みがはしる。
言われた側から、包丁で軽く切ってしまったようだ。
「だ、大丈夫、景さん?」
「平気、平気。ちょっと切っただけだから」
「ダメよ、そんなこと言っていたら……ほら、見せて」
蓉子さんが、私の手を取って指先の傷をじっと見つめる。
あれ、これってもしかして、なんて思っていると案の定、そっと蓉子さんが指に顔を近づけてくる。
「よ、蓉子さ」
「……消毒、だから」
指先に、ゆるりとした生温かい感触。
蓉子さんが私の指先を、舐めていた。
その可愛らしい唇で、舌で、ほんのりと恥しそうに顔を赤くしながら、しゃぶっている。その姿に、現実に、悶絶しそうになる。
動くことも出来ずに、ただ成されるがまま。
やがて、ようやく指から口を離し、蓉子さんは口元を手で抑えながら恥しそうに口を開いた。
「一度、こういうこと、してみたかったの……っ」
口にして恥しかったのか、背を向けてキッチンから出て行ってしまう。
私はただ、その後ろ姿を見つめていたのだが。
「やば……もっと血が出ちゃいそう」
鼻をおさえてしゃがみ込む私なのであった。
そんなこともあった料理を無事に終えた夕食は、蓉子さんもとても喜んでくれた。我ながら良い出来で味も良かったし、ワインにデザートのプリンも文句なしに美味しかった。
今は、食後のまったりとした時間を過ごしているが、これで満足をしていてはいけない。今日こそは、勝負をかけるのだから。
空いた皿をキッチンの流しに置きながら、私はこの先のことを考える。そう、江利子さんの言っていた『誘い受け』を実践するために。
「――あ、景さん、このDVD借りたんだ」
「うん、一緒に観ようかと――っ!!」
振り向き、私は目を見開いた。
AVボードに置いておいたDVDを取ろうとして蓉子さんはなんと、四つんばいの格好で手を伸ばしていて、そのフワフワと揺れるミニスカートの下から、下着が微妙に見えそうで見えなくて。
「あ、これ観たかったんだ」
「み、見えたっ!?」
ベビーピンクだった。
やばい、頭に血が昇る。
「どうしたの、景さん? 顔が赤いわよ」
「あはは、わ、ワインのせいかしら。それより、せっかくだから観る?」
「そうねえ、でもせっかく遊びに来たのに、ビデオを観るっていうのも」
「一話分くらいならいいんじゃない? 60分だし」
私はさっさとDVDをセットして流し始める。
観ようとしているのはアメリカのドラマで、一話が60分で終わるから、それくらいなら丁度よいだろう。私の気持ちを落ち着けるにも。
ジャンルとしてはまさに『ドラマ』という感じで、様々な人間模様が描かれているわけだが、その中にレズビアンのカップルが一組いて、ちょっと気になるところである。
DVDは予想に違わず面白く、あっという間に一時間が過ぎ去った。
先ほどは出鼻をくじかれたが、そろそろ蓉子さんを誘惑しなくては。
「DVD、取り出してあげるわね」
「え」
止める間も無く、蓉子さんはまたも四つんばいの格好で体をのばし、DVDを取り出す。先ほどと同じ格好だが、先ほどと異なり私も座っているから目線が低く、蓉子さんのショーツがちらちらと見えてしまった。
うわ、うわ、全部見えないところがなんとも扇情的。
そんな私の視線にも気がつかないのか、蓉子さんはDVDを手に取って身を翻す。
「やっぱり、続き観たくなっちゃうわね」
「そそ、そう――――ね」
なんたること。
少し大きめに開いたスクエアネックの下に見えるのは、間違いなくブラジャーであって、蓉子さんの乳であって。
イ、イ、インナー身につけていなかったのか。やっぱりピンクで、くっきりと深い谷間が美しすぎる。
なんて、嬉しい格好を見せてくれるのか。
「景さん、涎、垂れているけど?」
「え、あう?」
「もう、子供みたいなんだから」
苦笑しながら綺麗なハンカチを取り出し、口元をそっと拭ってくれるが。私の方に身をよせた拍子に、腕に、蓉子さんの胸があたった。
つい今しがた目にしたばかりの胸が、腕に押し付けられていると思っただけで、興奮が高まってくる。
今日は、私が蓉子さんに『誘い受け』をしかけるはずだったのに、まさか蓉子さんの方からこんな姿を見せられるなんて思っていなかった。ひょっとしてこれは私の方が誘われているのか、それとも蓉子さんの天然のなせる技なのか、私は様々な思いに心をかき乱されて冷静に判断できなくなっていた。
「景さん、さっきより顔、赤くなっているけれど、本当に大丈夫?」
「ちょ、ちょっとアルコールがまわったのかな?」
言いながら、蓉子さんの顔を見ることができなくて、顔を隠すように蓉子さんの肩にもたれかかる。
その瞬間、蓉子さんの体が痙攣したように震えたのを、私は感じた。
「け、景さん?」
「ごめん、ちょっとこのまま、いいかしら?」
「え、ええ。それは構わないけれど……」
こっそりと蓉子さんの様子をうかがってみると、なぜか蓉子さんは落ち着かない感じで、ちらちらと視線を変な方向に向けていた。
視線の先を追ってみると、どうやら私の胸元あたり。
あ。
そういえば今日は蓉子さんに誘いをかけるつもりだったから、襟ぐりの緩いカットソーを選んでいたのだが、そのカットソーが崩れて肩が少し出ていて、胸元も僅かに緩くなっていた。
蓉子さんの角度からだと、ちょうど、私の胸が目に入るのではないだろうか。
ひょっとして、偶然にも良い体勢になったのではないだろうか。
「ちょっと、暑いわね」
私は暑さを装って、カットソーの胸元をつまんで軽く揺すってみせた。すると、蓉子さんの頬がわずかに赤みを増した。
あ、わ、意識、してくれている??
私は嬉しくなって調子に乗り、蓉子さんの腕に抱きつくようにして、先ほどとは逆に蓉子さんの腕に胸を押し付けた。蓉子さんの腕に力が入るのが分かった。
「ね、蓉子さん……」
そっと、下から見上げるように目線だけをあげる。
「~~~~~~っっっ!!!!」
その私を見下ろす格好の蓉子さんの顔が、一気に赤くなった。
これは、かなり良いのではないだろうか。反応を見る限り、蓉子さんも悪い気はしていないようだし、うまく誘えているような気がする。あとはそのまま、蓉子さんがその気になってくれれば申し分はないのだが。
此処でもう一押しするか、と思ったのだが。
「み、水、持ってきてあげるわね」
逃げるように立ち上がり、蓉子さんはキッチンに行ってしまった。
残念ではあったが、脈はアリとみた。この先、うまく持ってゆけばいけそうな気がしてくる。
購入した本やビデオで勉強した成果を出せるかもしれない。私は、ともすれば興奮しがちな気持ちを、どうにか平静に保つ。
「はい、お水」
と、目の前にコップが突き出された。
「ああ、ありがとう――」
見上げて、また目が釘付けになる。だから前屈みになった蓉子さんの胸元は、危険すぎるというのに。
私はコップを受け取り、そそくさと誤魔化すように口をつける。
「いえ、どういたしまして」
ふわりと微笑み、蓉子さんが床に腰をおろし――横座りの格好となった蓉子さんのスカートの下に、はっきりとショーツが覗いて見えた。
「ぶーーーーっ!!?」
私は口に含んだ水を、思い切り噴き出してしまい、正面に座った形の蓉子さんにモロに吹きかけてしまった。
「きゃあっ? け、景さんどうしたの」
いきなりのことに、目を丸くする蓉子さんだったけれど、私はそれどころではない。水でわずかに濡れたオフホワイトのブラウスはわずかに透け、ほんのりと下着の形が見える。加えて、濡れた胸の部分を指でつまんでいるから、中の、胸の、膨らみに、私の拭いた水が濡れて光り、たまらないエロティックさを醸し出している。上の方に注意がいっているせいか、下半身がおろそかになり、見えているショーツの面積も大きくなる。
コップが手から滑り落ちる。
「蓉子さ……ん……」
唇が重なる。
蓉子さんも、ごく自然に受け入れてくれる。
キスは今までに何度もしているけれど、これまでのキスとは違って、長く、濃厚なキスだった。
舌で蓉子さんの口をこじ開け、中に侵入する。蓉子さんの舌を絡めとろうとすると、蓉子さんも応えるかのように押し返してくる。
そっと唇を離すと、潤んだ瞳が私を見つめていた。私は震える手で、おそるおそる蓉子さんの胸に触れた。ブラウスの上からだというのに、その柔らかさは私を圧倒する。自分の胸に触れても、そんな気持ちにならないというのに。
蓉子さんは抵抗しなかった。
だから私は再度口付けながら、もう片方の手も蓉子さんの胸に添えた。両の手の平で包み込むようにして、こねてみる。キスで口を塞がれたままの蓉子さんが、甘く鼻を鳴らす。
「はぁっ……はあっ」
夢中でむさぼるようにキスをしたせいか、息が荒い。
いつの間にか蓉子さんのブラウスは大きくずれて、右肩が剥き出しになっている。私がその肩に指を伸ばして触れた瞬間、蓉子さんに手を抑えられた。
「あの、け、景さん……」
潤んだ瞳で見つめてくる蓉子さんに、私の心は恐れおののいた。
「あっ……ご、ごめん、蓉子さんっ……私、その」
嫌がられたのか。怖がられたのか。分からなかったが、どちらにせよ性急すぎたのだろうか。
慌てて後ろに離れようとした私だったが、蓉子さんの手につかまれていて後ろには下がれなかった。
「あ、ち、違うの……嫌とかじゃなくてね、その、こ、ここで?」
俯き、真っ赤になっている蓉子さんが、なんとなく落ち着かない様子で畳の目を指でなぞっていた。
そう、この部屋の弱点はそこにある。ベッドが無いのだ。
今から押入れから布団を出して敷くというのも、何となく間が抜けている気がするが、だからといって畳の上で直に行為に及ぶというのも、なんだかなぁという感じ。
結局私は、蓉子さんにちょっと待ってもらって、布団を敷くことにした。こういうところで準備不足を露呈して、恥しかった。
「えーと、じゃあ、その」
布団のメイキングが終わり、どう言い出したものかと曖昧に口を開いたが、それでも蓉子さんには通じたようだった。
「え、ええ」
頷き、そろりと布団の上に移動する。
「え、えーと」
しかし、こうして改めて正面から向き合うというのも変な話というか、冷静になると恥しいというか。
「あの、よろしくお願いします」
「い、いえ、こちらこそ」
お互い、なぜか三つ指ついて深々と頭を下げあう。
顔をあげると視線があい、お互い、照れたように俯いてしまう。
「ええと、そ、それじゃあ」
いつまでもお見合いしているわけにいかないので、私の方から思い切って動き出した。女の子座りしている蓉子さんの太腿を跨ぐようにして体を寄せ、手で両頬を挟んで上を向かせて唇を重ねる。頬にあてていた手で耳を撫で、その流れで髪の毛を梳いて首筋に指を持って行く。
一方、蓉子さんの手もゆっくりと動き出し、いつの間にか私の胸をまさぐっていた。
「あっ」
刺激に口を離すと、そのまま蓉子さんは私の肩に顔を埋めるようにして、首に舌を這わせてきた。生温かい舌が、甘く痺れるような気持ちよさを送ってくる。自分の喉から熱い息が漏れるのが分かる。
まだ、始めたばかりだというのに、既に溺れそうになっている。このまま、どこまでも溺れていきたい、そう、頭の隅で思った時。
無粋なノックの音が響いてきた。
蓉子さんと顔を見合わせ、そのまま無視してしまおうとしたのだが。
「カトーさーん、いるんでしょー? あけてよー」
「居留守つかっても無駄よー」
扉の向こうから聞こえてくる声。
私と蓉子さんは顔を見合わせ、同時にため息をついた。
乱れた衣服をそそくさと直し、扉を開けてみればそこに立っているのはもちろん、佐藤さんと江利子さん。どうやら酔っ払っているようだ。
「もう、なんなのよこんな時間に。あまり大きな声出さないで、迷惑でしょう」
仕方なく室内に通すと、蓉子さんの姿を見つけて二人が変な表情をする。
「あ、ごめーん。ひょっとして、いいところでお邪魔しちゃった?」
「べ、別にそんなことないわよ」
「でも、カトーさんの首筋にキスマークが」
「うそっ!?」
慌てて手を首筋にあてたところで、古典的な手法に引っ掛かったことに気がついた。ケラケラと笑う酔っ払い二人。
「なんだ、心配することなかったじゃん。二人とも、仲良くしているみたいで」
「お、ちゃんと布団も敷いて準備万端だったんだ。本当に邪魔しちゃったんだ、ちょっと江利子、帰ろう、と」
私は頭を振る。
「そんな状態で帰せるわけないでしょう。だいいち、もうバスも電車もないわよ。仕方ない、泊っていきなさい」
ちらりと蓉子さんの方を振り返ってみると、苦笑いしながら頷いてくれた。
佐藤さんと江利子さんは、果たして私たちに気を遣っているんだか、それとも邪魔をしているんだか分からないけれど、大事な友達であることに変わりない。
それでも帰ろうとする二人を押しとどめ、なんだかんだとやりあって、気がつけば二人は仲良く布団に横になって寝てしまっていた。
一方、蓉子さんと私は、酔っ払いを相手に奮闘して、疲れて座り込んでいた。私なんか、肩で息をしているくらいだ。
「……なんか、ごめんなさい。聖と江利子が」
「蓉子さんのせいじゃないし、仕方ないわ」
顔を見合わせ、笑う。
「私達も、寝ましょうか。一応、予備の布団があるから」
「ええ」
二人でもう一組の布団をセットして、一緒に寝る。
隣に佐藤さんと江利子さんの二人がいるから、エッチなことはできないけれど、こうして二人で抱き合って寝ていれば、蓉子さんの肌を、温かさを、柔らかさを感じることができて、それだけで心地よかった。
「おやすみなさい、蓉子さん」
「おやすみなさい、景さん」
唇を重ねる。
ちょっとだけ胸に触れたり、お尻を撫でたり、軽くじゃれあっているうちに、いつしか眠りに落ちていくのであった。
目が覚めた時は、まだ早朝といえる時間帯だった。昨夜は遅くまで起きていたから、こんな早い時間に目が覚めるとは思わなかった。不思議ではあったが、目が覚めてしまったものは仕方がない。
すぐ隣では、蓉子さんが可愛らしい寝息を立てている姿。いつまででも見ていたくなる寝顔を瞼に焼きつけた後、ふと怪しい気配を感じて身を起して振り返ってみると。
なんとそこには、全裸で組み合っている佐藤さんと江利子さんの姿が。二人の肌は、汗と、おそらくそれ以外の何かでうっすらと光って見える。二人は、つい先ほど激しい運動を終えたかのように、荒い息使いでぐったりとしている。
「ん……あ」
江利子さんが私に気づいたのか、上気した顔でこちらを見返してくる。
「な、何、しているのかしら」
「あー、いや、なんか隣で景さん達が寝ていると思うと、逆に燃えちゃって」
ぐったりとしている聖さんは、よく見れば両手が背中の後ろで縛られている。
「あはは、ごめん、ごめん、シーツはちゃんと洗うから。聖もいつもより興奮したのか、ちょっと凄くて」
私は声もなく立ち尽くす。
「ん……景さん、どうかしたの……?」
しかし、蓉子さんの眠たそうな声が、私を現実に引き戻す。目をこすりながら起きようとする蓉子さんの顔を、慌ててシーツで覆い隠す。
「え……ちょ、け、景さん?」
「ご、ごめん蓉子さん。あ、貴女には見せられないものがあって」
「え、なになに、どういうこと?」
「あら、景さんも私達にあてられちゃった? いいわよ、私たちのことは気にせずどうぞ」
「ば、馬鹿なこといってないで、さっさとその人連れてお風呂にでも行って頂戴」
「あ、それ無理。私も聖も、ちょっと足腰立たないから」
と言って、ぐったりとする。
「ちょっと、せ、せめて布団かぶって隠してよ! そんな格好のまま寝ないで」
「おやすみぃ」
江利子さんのまぶたが落ちる。
非常に艶めかしい二人の肢体だけれど、今のこんな状態を、とてもじゃないけれど蓉子さんに見せるわけにはいかない。
「景さん、苦しい、あのっ」
シーツの下でもがいている蓉子さん。
仕方なく私もシーツの中に入り込み、蓉子さんをギュッと抱きしめて動きを封じ、キスをする。
「ごめんなさい、寝ボケていただけ。まだ早いから、もう少し寝ましょう?」
「え、でも」
「ほら、おやすみなさい」
半ば強引に蓉子さんの頭を胸に抱きよせる。しばらくすると、蓉子さんもやっぱりまだ眠かったのか、私の胸を枕に小さな寝息を立て始めた。人安心したものの、私自身はすっかり目が覚めてしまって眠れそうもない。
佐藤さんと江利子さんのあられもない姿を見て、変な妄想をかきたてさせられ、蓉子さんは密着して寝ていて。昨日は結局、中途半端なところまでしかいかなかったし、こんな状況だから欲望が首をもたげてくるけれど、理性が働いて動くこともできず。
蓉子さんの髪の匂いに痺れながら、天国のようで地獄のような時間を私はただひたすらに耐えるしかないのであった。