単純なもので、おでこにキスをしてもらっただけで祐麒のモヤモヤとしていた気持ちは晴れ、学校でも悶々とすることは少なくなっていた。それに、祐麒が他の女子と話しをしたり仲良くしたりしていると、どうやら真紀も少なからず嫉妬してくれていたようで(?)、それも嬉しかったりする。
もちろん、だからといって学校内で親し気な態度を見せるとか、馴れ馴れしく話しかけるとか、そういったことを迂闊にするようなことはしない。そんなことをすれば真紀に迷惑をかけてしまうことに変わりはないし、最終的に祐麒自身だって何も得することなどないのだ。
少なくとも高校生の間は二人の関係を隠しておかねばならない、それでも卒業した後のことを考えればそれくらい耐えられる。それに、時に真紀が祐麒に向けてくる視線であったり表情であったり、そういったものを感じられる。二人だけの秘密を共有しているというむず痒さのようなもの、それがまた心地よくもある。だから頑張って我慢しようと決意した。
とはいっても何もしないというわけではない。
もっと一緒の時間を過ごしたいから、頑張って誘ってデートをするようにしている。映画やショッピング等、特別なデートではないけれど、真紀と二人というだけで楽しいと感じられる。真紀もそう思ってくれていると良いのだが。難点は、目撃されるとまずいので、あまり学園関係者が足を向けなさそうな場所を選んでいるので、必然的に学生の財布に優しい場所でなくなっていること。働いている真紀が支払いをすることも多く、気にするなと言われても気にしないわけにはいかない。
しばらく前からアルバイトもしているが、学校、部活を終えた後となるとそう簡単に稼ぐことが出来るわけでもないし、アルバイトによって真紀と時間を合わせられなくなるということも発生し、なんとももどかしくもある。
それでも、真紀の態度や話し方も、デートの時は学校の時よりは少し砕けているし、こうして積み重ねていけたら良いなと思いながら過ごしてあっという間に七月となった。
期末考査を無事に終えたところで、久しぶりに真紀とデートをした。
真紀の仕事が終わってからなのでディナーデートである。時間的には長くないが、それでも十分だと思える。
真紀も試験が終わったということで少し気が緩んだのだろうか、結構な量のアルコールを摂取し、酔い覚ましに少し散歩したいと言って歩き出した。異論などあろうはずもない祐麒は喜んで真紀の後を追い、夜の街を二人で歩く。
しかし、しばらく歩いたところで真紀の歩みが遅くなり、ついには立ち止まってその場にしゃがみ込んでしまった。
「ど、どうしたんですか、鹿取先生。大丈夫ですか?」
「……ちょっと飲み過ぎたかも……気持ち悪い…………」
口元を手でおさえ、小さな声で言う真紀。
「ちょっと待っててくださいね、タクシー呼んだ方がいいですよね」
とは言うものの人ごみを避けて歩いたせいか、大通りから外れて車のまり通らない場所に来てしまっている。車通りに出てタクシーを呼ぶしかないかと思う祐麒だったが、ズボンの裾を真紀に掴まれて止まる。
「……今、車に乗って揺られるのは無理…………」
白い顔をして言う真紀。
かなり気分が悪くなっているようだが、となるとどうしたらよいのか。学生であり、酔った相手の介抱など経験がないから困惑してしまう。
「え、と、じゃあどうしましょうか」
「少し……休めば良くなるとは思う……けれど」
「わ、分かりました。それじゃあ、ちょっと戻ったところにコーヒーショップがありましたから、そこまで」
「――――」
「肩、貸しますから歩けますか?」
「……無理……かも……もう、そこでいいから……」
と、ちらと真紀が目を向けた先の建物は。
「え……でも、ちょっと」
いわゆるラブホテルであり、さすがに躊躇してしまう。
とはいえ、いつまでも真紀をこのままにしておくわけにもいかない。少しの間考えた祐麒だったが、緊急事態だからと自分に言い聞かせてホテルへと向かうことにした。
チェックインの仕方に戸惑いつつ部屋を選び、真紀を支えながら室内に足を踏み入れると、綺麗だけど意外と普通な感じの部屋に少しばかりホッとする。
真紀をベッドの上にそっと寝かせ、額の汗を軽く拭って改めて部屋の中を眺めてみると、浴室が鏡張りで丸見えだということに気が付き、ここが本当にラブホテルなのだなと思い知らされる。
願ってもないシチュエーションとも思えたが、今回はあくまでもアクシデントである。酔って気分の悪くなった真紀を襲うなんてことをして嫌われでもしたらたまったものではない、理性を働かせて我慢をするのだと頬を軽く叩いて自らに言い聞かせる。
そうして改めてベッドに目を向けると。
「う……ん……」
「っ!?」
寝返りをうった真紀のスカートの裾が乱れて太ももがむき出しになっており、しかも暑かったのかブラウスのボタンを一つ外していてチラリと見える胸元に唾をのむ。
「せ、先生……大丈夫ですか?」
呼びかけるが、返事はない。
近づいて触れようとして、手を止める。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出し、気持ちを落ち着ける。
そして真紀に背を向ける。
「――――って、なんでよっ」
「うわっ!?」
離れようとしたところ、不意に手首を掴まれてバランスを崩すと、肩をつかまれて体を引き寄せられてそのままベッドに仰向けになって倒される。見上げれば、真紀が睨むようにして見下ろしてきていた。
「なんでこの状況で何もしようとしないのよっ」
祐麒の肩をおさえつけ、もう片方の手で乱れた髪の毛をおさえながら真紀は言う。
「え……鹿取先生、あの」
「付き合う前まではあんなにガンガン押してきていたくせに、いざ付き合い始めたら手も握ってこないし、こんな状況になっても何もしてこないなんて、どういうつもりなの?」
眉を吊り上げてまくしたててくる真紀に、祐麒はびっくりしてなかなかうまいこと声も出せない。
「付き合い始めて三か月も経ったのに何もしてこないって、本当は私のこと好きじゃないんじゃないの」
「そっ、そんなことないですよっ」
「じゃあ、なんで何もしてこないのよ」
「え、なんでって……」
「学校でも、結局は全然話しかけても来ないし」
あまり親し気にしたら駄目だと思ってセーブしているからだ。
「そのくせ相変わらず、他の女の子とは仲良くするし」
部活仲間であったりクラスメイトであったりして、ただ普通に接しているだけなのだが。
「ラブホテルにまで連れ込んでおいて手を出さないなんて……男としてどうなの?」
「いや、連れ込んだって、それは……うわっ?」
むしろ連れ込まされたと言った方が正しいのでは、などという抗議を口にしようとする前に、真紀の手が祐麒のシャツの裾を捲りあげてきた。そして、露出させた胸板に顔を寄せてきたかと思うと、乳首に舌を這わせる真紀。
「うぁ!? か、鹿取先生……っ」
「その気がないなら……ちゅっ」
生暖かな舌が生き物のように動いて刺激をしてくる。舌で舐めるだけでなく、時に唇で挟み、吸い立てる。更に反対側の乳首も指で同時に攻めてくる。
思いがけない真紀の積極的な姿勢に戸惑いつつも、抵抗することなく身を委ねる。少し首を上げて見てみれば、学園とは異なるやや艶美な表情で祐麒の胸板を舐めている真紀、ボタンが外れて緩んだブラウスの下には二つの膨らみと、それを包む下着がチラリと見えている。
数時間前までは同じその格好で、教壇の上で勉強を教えてくれていた。その時はあくまで清潔な印象を与えていた白いブラウスが、今では同じものとは思えないほど淫靡な衣装に見えてしまう。
「――――っ!?」
ビクっ、と反応する。
乳首を舐めなている真紀が、笑いながら祐麒を見つめてきているように感じられる。
さらに真紀の指がズボン越しに股間を撫でてくる。
「ちゃんと、反応しているんだ」
「そ、そりゃあ、こんなことになれば……」
「ふふ、良かった」
股間をまさぐる真紀の手の動きがさらにリズミカルになる。
普段の清潔で優しい感じとのあまりのギャップ、そして祐麒自身、他人の手によって与えられる刺激というものが初めてで、自分でする時とは異なってどこかもどかしいながらも、自分の先生である真紀がしてくれていることに精神的な興奮は遥かに大きい
とはいえ、このままでは早々に果ててしまいそうであり、そうなったら恥ずかしい。半ば強引に真紀の腕を掴んで止めると、体勢を入れ替えて真紀を仰向けに寝かせる。
「あら……結構、強気なところもあるじゃない」
祐麒の思惑などお見通しとでも思わせるような余裕の表情の真紀。倒した拍子にやや乱れたブラウス、そしてそのブラウスを押し上げる膨らみが艶めかしい。
その胸に手を伸ばしかけたところで、手を掴んで止められる。
「待って」
「え……と」
ここまで来て止めるのか、と思った祐麒だったが。
「――電気、消してくれる?」
見上げてくる真紀の瞳に射られて。
ごくりと唾をのみ込み、祐麒は言われる通りに部屋の明かりを消した。
互いに服を脱ぎ、祐麒の方から真紀を愛撫した。というか、ただ真紀の身体の柔らかさに、温かさに夢中になってのめり込んでいただけの気もするが、それでも真紀の身体は祐麒を受け入れられる状態となった。
初めて経験する女性の中は、温かくて、優しく包み込んでくれて、同時に激しく締め付けても来た。
だけど直接的な刺激以上に、自分の体の下に真紀がいること、しっとりと汗の浮かんだ肌を紅潮させ、優しい瞳で見つめてきて、濡れた唇からときおり艶めいた声を漏らす、そういった全てのことが祐麒を昂ぶらせる。
「ん……」
真紀の声には、おそらくサービスが含まれているのだろう、それくらいの余裕を感じる。大人の女性、経験も豊富な相手に対して、初体験の祐麒では当たり前なのかもしれないけれど、真紀にも気持ちよくなってもらいたい。などと考える余裕もなく、一人で昂ぶり達してしまった。
「す、すみません……あの、俺、一人で……」
終わった後で恥ずかしくなる。確かに自分は気持ち良かったけれど、ただ夢中になっていただけで真紀を満足させられたとはとても思えない。
こうして終えた後、どのような顔をして何を言えばよいのか分からず戸惑う祐麒であったが。
真紀の指がそっと祐麒の癖のある髪の毛をつまんだ。電気の消された室内であるが、闇に慣れてきた目には真紀の表情も見て取れる。
何かを言わなければと焦って口を開きかける祐麒、それを制するように真紀が顔を寄せてきて言う。
「もう……一人で気持ちよくなっちゃって」
「ご、ごめんなさい」
「そんなんじゃあ、とても合格点はあげられないわよ?」
「う……」
いきなり失望させてしまっただろうか。
でも仕方ないではないか、自分は初体験なのだし、最初からうまくできたら凄いかもしれないけれど、AVのようにはいかないのだから。
羞恥と戸惑い、そして呆れられたかと怯えを覚える祐麒に対し、真紀の手が祐麒の頭を軽く撫でてきた。
「仕方ないわね…………補習、してあげましょうか?」
暗い部屋の中だけど、真紀が軽く口の端を上げたのが分かった。昼間、学校の教室の教壇に立ち、生徒達に授業を教えている真面目な先生の姿とのギャップがエロすぎる。
そんなことを言われたら、断るなどという選択肢があるはずもない。
実際、既に愚息は回復しつつあった。
「お願いします、先生」
こんな補習なら幾らでもこなしてみせると思った。
★
シャワーの音が僅かに聞こえた気がした。そして、「まったく……まさか『ご休憩』を『ご宿泊』にするハメになるとは思わなかったわ」などという声も聞こえた気がする。
やがて携帯の目覚ましが鳴る。音がうるさくて腕を伸ばして掴み、止める。そのまま再び眠りにおちようとしたところで。
「――こら福沢くん、朝よ。起きなさい」
肩を揺すられて目を開き、ぼやけた視界で携帯の時間を確認する。
「…………まだ、こんな時間じゃ……」
「起きなきゃ駄目よ、今日も学校があるんだから」
「……今日は休み、というわけには」
「いきません」
目を開けると、既にブラウスとスカートを身に着けた真紀の姿が視界に入る。
昨夜、ラブホテルで真紀と二度目をやった後も祐麒のモノはおさまることなどなく、三回目に突入し、さらに四回戦……となって、力尽きるように寝てしまったのは何時だったか。そして、果たして真紀は満足してくれたのか。そのどちらも分からなかった。
「それにしても、まだ早いじゃないですか。このまま学校に行けば……」
「行けるわけないでしょう、昨日と同じ服で」
「そ、そうですね」
のそりとベッドの上に上半身を起こす。
しかしこうして真紀の姿を見ると、昨夜のことが決して夢でも幻でもなく現実のことだったのだと改めて認識し、嬉しくなる。
「…………何、にやにやしているの?」
「あ、いえ、昨夜の先生とのこと思い出して……」
「ちょっ……そういう恥ずかしいことは言わない、しないの」
ベッドわきまで歩いてきて、脳天にチョップを落とす真紀。
「で、でも、昨夜は鹿取先生の方がむしろ積極的に……」
「知りません。それより早くシャワー浴びてらっしゃい、って、前くらい隠しなさいよ」
やや赤面しつつ顔を背ける真紀に、全裸であることをようやく理解して慌てて股間を隠す。昨夜、体を重ねたとはいえ、やはり恥ずかしいことに変わりはない。
シャワーを浴びて身だしなみを整えてホテルを出る。外に出るとき、早朝のこんな時間に知り合いに出会うこともないだろうと思いつつ、緊張した。しかし、平日ということもあってか通勤姿の人もいて、出るところを見られたときは恥ずかしかった。
真紀と駅で別れ、家に帰って着替えてから再び学校に向かう。昨日の夜、親には小林の家に泊まると伝えてある。
そうして、学校に。
「それじゃあ次の問題を、今日は――日だから、出席番号――――」
授業中、いつものように日付と出席番号を結び付けて指名しようとした真紀の言葉が一瞬、止まる。
「――福沢くん」
「…………え、あ、は、はいっ」
慌てて立ち上がる。
教壇に立つ真紀は昨日とは違う姿で、Vネックの七分袖チュニックにロングスカートという格好。ただ、髪の毛の一部が少しだけ乱れて跳ねている。
「ええと、これは……ぁ、ふぁ~~~ぁ……って、あ」
思いっきり巨大な欠伸をしてしまい、教室のあちらこちらからクスクスと笑いが起こる。
「……福沢くん? 随分と大きな欠伸ねぇ」
「あ、すみません。昨晩、ちょっと寝不足だったもので……明け方近くまで勉強に集中していましたから……ね?」
と、真紀に目を向けて言うと。
瞬間、真紀がぴくりと肩を震わせ、わずかに頬を赤らめたように見えた。
「――いいから、早く答えなさい。それと、いくら眠くても欠伸はこらえること。緊張感が足りないわよ」
「はい、すみません」
謝りつつ、なんともいえない思いを抱く祐麒。それは決して不快なものではなく、むしろ堪らないというか、ぞくぞくするというか、そんな感じのものだった。
授業が終わった後、欠伸した罰として課題のプリントを回収して持ってくるようにとの仰せをつかったが、むしろ嬉々として祐麒はそれを受ける。罰と言いながら、恐らく二人で話すための呼び出しだから。
準備室までプリントを持っていくと、案の定、真紀はすぐに詰め寄ってきた。
「ちょっと福沢くん、ああいうことは困るわ」
「ああいうことって……」
「だから、寝不足とか、明け方まで勉強していたとか、そんな皆の前で言ったりして……」
「それのどこが困るんですか。勉強していたとか悪い事じゃないですし、そもそも補習って言ったのは鹿取先生じゃ……」
「だからっ」
「それに『休憩』が『宿泊』になったのは、『補習の授業』に先生が熱を入れ過ぎたからじゃあ……」
「わ……分かったわ、私が悪かったです…………だからもう、そんなに苛めなくても良いじゃない」
赤くなってヒールで床を踏みしめる真紀だったが、祐麒が言うことも事実なので反論できず、拗ねたように横を向いてしまった。昨夜はテンションが上がっていたとかそういうこともあったのだろう、二人の関係を踏まえ調子に乗って口にしてしまったが、今になってみればとてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったと後悔したか。だが祐麒にとっては、そんな真紀がまた堪らない。
「……あまり調子に乗らないの。分かっているの、誰かに知られたらお終いなんですからね?」
「はい、気を付けます」
そうだ、これで終わりではない、むしろここからが始まりなのだ。
祐麒と真紀の新たな学園生活の。
おしまい