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マリア様がみてる 百合CP

【マリみてSS(乃梨子×可南子)】めざめの予感

更新日:

~ めざめの予感 ~

 

 静かな放課後の美術室内。
 柔らかな夕日の光が窓から室内に入り込み、淡いオレンジと薄いブラックのコントラストを浮き上がらせている。
 室内に置かれているイーゼル、布に覆われたキャンバス、塗料など独特の匂いが漂う美術室内には、二人の少女のみが存在していた。
 一人の少女は長髪で細身。
 もう一人の少女は、肩にかかるかかからないかくらいの長さの髪。
 美術室らしく、まるでどこかの絵画から切り取られたかのようにも感じられる。だけど明らかに異なるのは、二人には現実的な生命感が溢れているということ。
 少し緊張した面持ち、吐きだされる吐息、微かに香水でもつけているのか甘くとろけるような香り。
 二人の少女は正面から向かいあい、見つめ合っている。手と手が触れ合い、手の平をあわせるようにしてつなぎ合う。
 熟した柘榴のように頬を染め、潤む瞳は夕日を反射して何よりも眩しく輝いている。
 やがて、ゆっくりと長髪の少女の方から顔を近づけてゆく。相手の少女はそっと、目を瞑る。
 長髪の少女は、触れあう直前に一度、止まる。だけどすぐにこちらもまた瞳を閉じて、そっと顔を前に押し出す。
 触れ合う、二つの蕾。
 熱い吐息が重なった唇から漏れる。

 そう、二人の少女は、キスをした。

 

「……の、乃梨子、さん」
「ん……可南子、さん」
 小さな声で、囁くようにお互いの名前を呼び合う。
 いやもう、他にどうすればよいのか分からない。何を口にすればよいのか分からないので、とりあえず名前を呼ぶくらいしかできなかったのだ。
 美術室――の隣の薄暗くて狭い準備室内、様々な美術の道具やら材料やらに囲まれた中で、乃梨子と可南子はお互いに息をのみ、食い入るようにして美術室内で展開されている光景を目の当たりにしていた。
 ちょっと手伝いを頼まれ、美術準備室に入って、勝手の分からない室内でたいして詳しくもない美術道具を探すのに、随分と手間取っていた。やがてどうにか目当てのものを見つけ、出ようかと扉の方に向かうと、いつ来ていたのか美術室内に人の気配があるのを感じた。
 そのまま出ようとしたのだが、何やら様子が変だと可南子が口にしたので、なんとなく様子を見ていたら、今のとおりである。
 二人の少女はその後、もう一度キスをしてから、美術室を後にした。
 それから数分後、完全に大丈夫だろうということを確認してからようやく、可南子と乃梨子は準備室から出た。なぜか、足音を立てないように、こっそりと出ると、そそくさと美術室を後にする。
 頼まれごとを済ませ、帰途につく際もなんとなく二人して並んで歩くが、先ほどの光景のことが頭に浮かび、何を話したらよいのか分からず無言になってしまう。もともと、可南子とそれほど親しいというわけでもないので、乃梨子としても困っていた。
「あの二人……」
 すると、可南子の方から口を開いてきた。
「あの二人、早苗さんと芙美子さんでしたね。クラスの」
「あぁ、う、うん、そうだっけ?」
 影になっていたのと、気が動転していたのとで今まで気がつかなかったが、言われてみればそうだと思いだす。
 あのキスは、友達同士の軽いキスなんかではなく、明らかにお互いを思いやった、恋人同士のキスのように見えた。普段、確かに二人は教室内でも仲が良かった記憶はあるが、まさか、そんな関係だったなんてといまだに衝撃が冷めやらない。
「やっぱり、少しびっくりしたかな。女子高って、そういう子が多いって聞いてはいたんだけれど、こうして実際に目にすると、何と言ったらいいか」
 一人で目にしたならまだしも、すぐ隣にいたクラスメイトとともに目撃してしまったのだ、可南子に対する接し方も、ちょっと困ってしまう。
「そう、ですね。私も……驚きました」
「そういえばさ、可南子さんて男嫌いなんだよね? ひょっとして、高校からリリアンに入ってきたのって、それって」
「なっ……何を言うんです! た、確かに私は男嫌いですけれど、だからって! それに、それを言うなら乃梨子さんの方こそ高校からですよね、リリアン。入ってから随分と白薔薇様と仲睦まじいとか、それはもう、傍から見たら恋人同士のようとか」
 言われて、熱がかっと頭に上る。
「し、志摩子さんとはそんな不純な関係じゃないわ、変なこと言わないでよ」
「先に言ってきたのは乃梨子さんでしょう」
「何よ、図星を指されたから焦っているんじゃないの?」
「それは、こちらの台詞です」
 正門を出たところで、言い合いになる。不幸中の幸いなのは、周囲に他の生徒の姿が見えなかったこと。
 こんな場面を誰かに見られていたら、どんな噂をたてられたものか分からない。
「――ふんっ」
 可南子と乃梨子は、お互いに計ったように同時にそう鼻を鳴らすと、あとは無言でバスに乗り込んだ。
 バスでもわざと離れた席に座り、距離を置く。
 思わぬ事態の目撃から、思わぬ事態になってしまった。

 

 翌日。
 マリア像の前で出会った可南子に、乃梨子は気まずそうに謝った。昨日は興奮して、言いすぎてしまったと。
 可南子も同じような感じで謝ってきて、とりあえずは落ち着いたが、なんともお互いの関係はぎくしゃくした感じになってしまった。もともと、それまでたいして接点もなかったのだから気にしなければ良いのだろうが、同じ秘密を共有してしまったということで、どうしても気になってしまう。
 それは可南子も同様のようで、しばしば、可南子が乃梨子のことを気にしている様子を目にするようになったのであった。
 そうして二、三日が過ぎ、どうにかぎくしゃくした感じも薄れてきた頃。
 午後の体育の授業は、バスケだった。
 運動神経に関していえば、乃梨子は平均の域を出ないので、真面目にプレイはしているが取り立てて目立つ結果を残しているわけではない。
 一方、相手チームの可南子に目を移してみれば、元バスケ部ということに加えてあの身長、完全に反則的である。もちろん可南子も独りよがりなプレイをしているわけではなく、自分自身はガードのポジションになって、パス出しをメインにしている。それはそうだ、可南子がフォワードとして本気で点を取りにいったら、他のメンバーでは太刀打ちできないだろうから。おかけでなんとか、いい試合になっている。
 それでもやっぱり、乃梨子が入っているチームの方が劣勢である。可南子が攻撃に積極的に参加しなくても、守備でもあの背の高さは厄介であるから、そう簡単に点も取ることができない。
 本来であれば単なる体育の授業であり、あまりムキになることもない。実際、メンバー達もそこまでの気合は入っていない。しかしゲーム後半になって、乃梨子の生来の負けず嫌い魂にほんのり火がついた。
 カウンター気味に攻撃に移る。走っていく乃梨子に、ちょうど良いパスが渡る。ゴール前には誰もいないと思ったが、すぐ後ろから可南子が追い付いてきて、長いストライドを生かして乃梨子の横に体を寄せてくる。
 このまま普通に守備に入られたら、乃梨子とでは勝負にならない。他のメンバーはまだ追いついてきていない。ここは、一か八かの賭けに出ることにした。
「やあっ!」
 強引に、シュート体勢に入る。
 それを見て、可南子が両手を挙げてジャンプし、シュートコースをふさいできた。
 間に合わなかったと思い、咄嗟にシュート方向を変えようとするが、バスケなんて体育くらいでしかやったことがない乃梨子にそんな器用なことができるわけもなく、ボールは可南子の指にかかり、あらぬ方向に弾かれて飛んでゆく。
「あぶないっ!」
「えっ」
 慣れないことをしたのがいけなかった。着地のこともあまり考えずに動いたため、空中でバランスを崩し、同じようにジャンプしていた可南子の体に衝突してしまった。空中では、可南子がどれほど運動神経がよかろうが自由に動けるわけもなく、可南子もろとも体育館の床に落ちてゆく。
 可南子と二人、もつれるように倒れこむ。体に衝撃がはしり、思わず息をのんだが、思っていたほど痛くはなかった。
「大丈夫っ!?」
「大変、先生っ」
 クラスメイト達が騒ぎながら駆け寄ってくる気配がわかる。
 大丈夫、そんな大げさに騒ぐほどじゃないよと言おうとして、ぎゅっと瞑っていた目を開くと。
「……大丈夫、乃梨子さん?」
 目の前に、可南子の瞳があった。
「――え、ええ」
 状況を、把握する。
 乃梨子は、可南子の上に覆いかぶさるような格好になっていた。可南子の腕は、乃梨子の背中と後頭部にまわされて、しっかりと抱きしめるようになっている。胸にあたっているのは可南子の胸か、柔らかい肉まんのような感触で、乃梨子の胸を押し返してくる。
 そして、間近で見る可南子の顔。
「よかった、怪我もないみたいね」
 ゆっくりと、上半身を起こす。
 どうやら倒れる際、可南子は咄嗟に乃梨子の体をかばうようにして、自分がクッションの役割になるようにしたようだった。
「ちょ、ちょっと、可南子さんの方こそ大丈夫なのっ!?」
「大丈夫、ちょっとお尻を打っちゃったけど」
 苦笑しながら立ち上がろうとした可南子であったけれど、起きようとしたところで顔をしかめる。
「足? ひねっちゃったの?」
「たいしたことないと思うけれど……痛っ」
 両足で立とうとして、可南子の体が揺らぐ。慌てて乃梨子が支える。
「ちょっと……やっちゃったかなぁ」
 呟くような可南子の声が、乃梨子の耳に痛かった。

 

 長く、すらりとした足首に包帯が痛々しく映る。
 ひょこひょこと、アンバランスな歩き方がやっぱり目に痛い。
「本当、ごめんね」
「だから、そんな何度も謝らなくても。アクシデントじゃないですか」
 可南子はそう言ってくれるが、乃梨子としては、ああそうですかと済ませられるものではない。わざとではないとはいえ、できもしないことを無理にやろうとしたツケが、可南子に降りかかったようなものであるから。それにあの時、可南子に対する対抗心というか、ムキになって突っかかってしまったという自覚もある。
 ゆっくりと歩く可南子の横に並び、歩いてゆく。肩を貸そうと最初は言ったのだが、そこまですることのほどではないと、断わられてしまった。
「でも、私をかばって怪我しちゃったんでしょう。私は全然、なんともなかったのに」
「偶然ですよ、本当に」
 可南子はそう言うが、後で瞳子に確認したところ、明らかに可南子は乃梨子を庇うようにして、無理矢理に体勢を変えたとのこと。そのせいで、足首をひねってしまったのだ。
「心配症ですね、乃梨子さんは。これくらいなら一人で帰れますから……あっ」
「ほら、危ない。やっぱり、送っていくよ」
 バランスを崩した可南子が、咄嗟に乃梨子の肩につかまって転ぶのを防ぐ。乃梨子も慌てて、可南子の体を支える。
 それでも「大丈夫」だと強情に言い張る可南子に対し、乃梨子も強引に送っていく、の一点張り。結局、足を怪我していいて逃げることもできない可南子は、ため息交じりに了承をした。
 可南子の家への道のりは、ぽつぽつと、微妙な会話が交わされるのみ。お互い、この前のこともあるし、なんとなく距離感をつかみかねている感じだった。
 それでも、どうにか可南子が住んでいるというアパートに辿り着いた。
 外観はさほど新しいという感じではないけれど、かといって古臭いというわけではない。外壁などはリフォームされているようで、結構、綺麗である。
『細川』と書かれた表札のかかっている扉の前まで送って、乃梨子は踵を返そうとした。
「待って、乃梨子さん」
 すると、可南子に呼び止められた。
「送ってもらっておいて、そのまま返すなんて悪いわ。たいしたものはないけれど、お茶くらい出すから上がっていって」
「でも」
「いいから、ほら」
 と、手をつかまれる。
 高い上背に合った、少し大き目の手が乃梨子の手を包む。
 その、柔らかな感触と温かさに、乃梨子は逆らうことができなかった。

 

 間取りは2DKだった。母親と二人暮らしだというから、一つは母親の部屋で、もう一つが可南子の部屋なのだろうと推測できる。今、乃梨子が通されているのは可南子の部屋だった。
 六畳弱ほどの部屋にはベッドと机、スチールラックが置かれている。服などは、備え付けのクローゼットに収められているようだ。
 全体的に淡いピンクやイエローの系統で、装飾は統一されている。ポスターやカレンダーが貼られていないのは、貸家だということを意識してのことであろうか。
「ごめんなさい、本当に何もなくて」
「そんな、お構いなく。ってゆうか可南子さん足を怪我しているんだから、動かないで」
 トレイを手に部屋に戻ってきた可南子に、慌てて乃梨子は近寄りトレイを受け取る。上には、お茶とお煎餅が乗っていた。
 トレイを床に置き、その前に二人して座り、お茶をすすってから、さてどうしようかと考える。母親と二人暮らしということは、あまり家族の話題には触れない方が良いだろうと思う。だが、そうなるとあとは何を話したらよいものか。学校の話というのも今さらだし、天気の話題なんか出したって仕方がない。
 ちょっと困りながら室内にさりげなく視線をさまよわせると、目に入ったものがあった。
「あ、可南子さん、映画好きなの?」
 乃梨子が見つけたのは、部屋の隅に置かれていた映画の雑誌。雑誌を買うとなると、それなりに映画好きじゃないとなかなかないだろう。
「うん、あまり観にいくことはできないけれど、映画は好き。乃梨子さんは?」
「私も、好きだけれど映画館まではなかなか。もっぱら、DVDかな。最近だと、『ロスト・ロワイアル』とか」
「あ、私もそれ観ました。面白かったですよね!」
 手の平を叩き、可南子が目を輝かせる。
 話の突破口ができると、後は結構うまくいく。話題にあげた映画の話から、他に好きな作品の話、好きな俳優の話、などなど。特に、お互いの好みが以外と似通っていたので、思った以上に話が弾んだ。
「えー、いいなあ。私もそれ、観たいと思っていたんです」
「うち、DVDあるから今度貸してあげるよ」
「え、本当ですか。やった、嬉しい!」
 胸の前で手を組み、喜びを素直に表す可南子。学校でもまず見たことがない表情を見て、なぜか乃梨子も嬉しくなる。
 さらに好きなアーティストの話なんかもしたところで、可南子がお手洗いに中座する。
 残された乃梨子は、ほっと一息。色々と不安もあったけれど、こうして話をしてみると可南子もごく普通の、同い年の女の子なわけで。当たり前だけれど、何でそんなに緊張していたのかと、馬鹿馬鹿しく思えてくる。
 ベッドの縁に背をあずけ、何気なく視線を落とすと、また新たなものが目に入った。ベッドの下からわずかにはみ出して見えたのは、どうやらアルバムのようだった。勝手に見てはいけないかな、とか思いつつ、こんな場所に置いてあるんだから構わないだろうなんていう都合のいい解釈を描き、手を伸ばす。
 それは、中学時代のアルバムだった。中学の制服に身を包んだ可南子の姿が、新鮮に見える。やっぱり背は高いけれど、今よりも幼い感じで、どこか可愛らしい。笑っている写真も多く、やっぱり笑顔の方が良いな、なんて感想も持ってしまう。
「ごめんなさい、おまたせ……あ、乃梨子さん、それ」
 部屋に戻ってきた可南子が、乃梨子が手にしているアルバムに気がつき、目の色を変える。
「ごめん、ちょっと見せてもらっていたんだけど」
「やだ、そんなの見ないでください、恥ずかしい」
「えー、いいじゃない、別に。変な写真があるわけじゃないでしょう」
 もっと見たくて、可南子から逃げるようにベッドの上に乗り、身を離す。可南子も足をひきずりながら向かってきて、アルバムを取り戻そうとする。
「でも、恥ずかしいんです。ほら、返してください」
「こんなに可南子さん、可愛いのに?」
「やだ、何言っているんですか」
 可南子の手から遠ざけるように、アルバムを持ったまま両手を高く掲げる。可南子もまたどうにか取り返そうと、ベッドの上に膝立ちになり、長い手を伸ばしてくる。さすがに身長差、手の長さもあり、可南子の手に乃梨子の手首が掴まれる。
 すると、不安定なベッドの上で不安定な取っ組み合いをしていたため、手を伸ばした勢いで可南子が前のめりに倒れてきた。乃梨子は当然、その勢いに抗えるわけもなく、背中からベッドに倒れこむ。
「あっ……」
 体育のときとは逆の体勢が訪れた。可南子が仰向けになった乃梨子の上に乗っかっている。しかも、乃梨子の両手の手首は可南子の手によって掴まれ自由を奪われ、完全に組み敷かれている格好。
 可南子の長い髪の毛が乱れ、乃梨子の頬をくすぐるように落ちかかっている。豊かな胸の膨らみは重力によってさらに迫力を増し、乃梨子の胸の上に乗っかっている。大きく見開かれた目が戸惑ったように乃梨子を見つめ、白い頬は薄紅色に染まっている。
「あの……ご、ごめん、なさい」
「う、ううん」
 そう言ったきり、固まったまま動けない。
 目に映るのは、可南子の少し濡れた唇。思いだしてしまう、数日前に見た美術室での光景、キスしていた二人の少女、眼前の可南子、感じられる可南子の体の柔らかさと重さ。
 やがて、ようやく気がついたかのように、可南子は乃梨子の手を離し、慌てて乃梨子の上から退いた。
「ご、ごめんね。アルバム」
「いえ、別に、そんな」
 乃梨子もゆっくりと身を起こし、アルバムを枕の横に置く。
 なんとも微妙な空気が漂う中、体育の授業で感じた少し汗ばんだ可南子の体、そして今また急接近した可南子の鼓動と吐息を思い出して。

 心臓の動きが急激に速くなるのを、乃梨子は感じていたのであった。

 

つ・づ・く

 

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