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ノーマルCP マリア様がみてる 乃梨子

【マリみてSS(乃梨子×祐麒)】ふりふり

更新日:

 

~ ふりふり ~

 

 

「クリスマスパーティ、ですか?」
 そう訊き返したのは、別にパーティが嫌だからとかいうわけではない。クリスマスも近くに迫って来たこの時期に言われても、準備だとかそういうのを全くやっていないし大変だからという意味合いである。
「そんなにかしこまる必要はないのよ。食事会で親睦を深めるくらいに考えれば」
「そうそう、揉めるのも嫌だからプレゼント交換なんかもなしだし」
 志摩子と由乃の二人に立て続けに言われ、乃梨子としてはなかなか断りようもない。
「花寺の皆さんと、ですよね」
「そんな警戒しなくても、ナンパ目的とかじゃないから大丈夫だって」
「別に、そういうつもりでは……」
 ムキになったり、過剰反応したりすると余計に変に勘ぐられるし、その辺は乃梨子だって分かっているからいつも通りを心掛ける。花寺の、それも生徒会との合同イベントとなると、つい何か仕掛けられているのではと疑いそうになってしまう。それこそ自意識過剰というものだろう。
 実際のところ何もないのだから、周囲が何か言ったところで乃梨子が変な反応を見せなければ良いわけだし、噂が流れていたとしても自然と立ち消えになっていくはず。
「場所はどこか探しておくわ。毎回毎回、乃梨子ちゃんに頼むのも悪いしね」
「私は別に構いませんけれど……薔薇の館では駄目なんですか?」
「駄目ってことはないけれど、山百合会だけがそういうことをしていると思う生徒もいるだろうから」
 やましいことはないのだが、見る人によっては山百合会だけが花寺学院の男子と仲良くなって遊んでいるようにも見えるということか。女子校という中、生徒会の特権を生かして他校の男子と遊んでいると、そう口さがないことを言う生徒がいても、確かにおかしくはないかもしれない。
「だったら、そこまでして無理にやらなくてもいいのではないですか?」
「既にOKしたものを反故にする方が問題ありでしょう。花寺の皆さんは、変な意図はなく懇親のためにパーティを開こうと言ってくださっているのに」
 それはどうだろうか。もちろん、変な意図というのを持っているとは思わないけれど、全く下心など持っていないなんてこともないだろう。何せ山百合会は美少女揃いだ、あわよくばと考えたところでおかしくないし、それを責める気にはなれない。リリアン育ちのお嬢様だと、その辺もガードが甘いのかもしれないが。
 いずれにせよ、既に決定した事柄を覆すつもりは乃梨子にはない。気が進むわけではないが、淡々と受け入れて自分の役割をこなすだけだ。最年少の自分は、準備やら当日の裏方などで忙しくなるのは分かっているから、それで時間を乗り切ればいいだろう、なんて冷静に考えている部分もある。
「それでは場所探しはお任せするとして、私が他に準備することはありますか」
「うん、ちょっと頼みたいことはあるけど、まだ詳細がまとまっていないから、また今度お願いするわ」
「そうですか。分かりましたけれど、早めに言ってくださいね」
「分かっているって。そうそう、それより重要なのはケーキ選び! 私としてはこの三店から選びたいと思っているんだけど、どうかな」
「まあ、どこのお店のも凄く美味しそうね」
「これ、どこも人気店だから、早いところ予約しないと手遅れだったりしないの、由乃?」
「お姉さま、だから早急に決める必要があるの。今日の議題はケーキ選びよ!」
"ずびし!"、という感じで人差し指をメンバーに付きつける由乃。
 ということで、半ば強引にケーキ選びを議題に決められてしまったけれど、女子高校生で甘いもの、ケーキが嫌いな子なんてほぼ存在しないわけで、決めるとなったら大盛り上がりで祥子が呆れるほどだった。

 なんだかんだで揉めもしたけれど、どうにか注文するケーキは決定した。乃梨子としても満足のいく選定だった。
「それじゃあ乃梨子ちゃん、悪いけれどケーキの注文はお願いしてもいいかな?」
「分かりました。不肖、二条乃梨子が承りました」
 お店の場所的にも、乃梨子が出向くのが丁度良いと思えたし、それくらいならたいした手間でもない。学校帰りの寄り道は禁止されているが、山百合会の方で事前に許可を取ってくれていたので店に立ち寄り、お店の人と話して、どうにかギリギリでパーティ当日には間に合うと予約を受けてもらった。
 そのまま帰宅するのも勿体ない気がしたので、これもケーキ購入のついでだからと駅ビルなんかを見て回ってから家に帰る。
「――今年のクリスマスは、友達の家に遊びに行ってくるから」
 夕食時、珍しく仕事が早く終わって一緒に食べていた董子が言ってきた。
 乃梨子は「ふぅん」とかそんなことを言って聞き流していたのだが、次の一言で口にしていた白米をあやうく鼻から噴出させてしまうところだった。
「だから乃梨子、その日は彼氏を連れ込んで構わないからね」
「ぶっ!?」
 意味不明なとんでも発言に、思わず董子を見つめると。
「ほら、あれだよ。『今日、両親いないから……』ってやつ。定番だろ?」
「そっ……そうじゃなくて。彼氏なんていないし」
「花寺の生徒会長さんじゃないのかい? 乃梨子の友達の……あの凸凹コンビが教えてくれたんだけど」
「…………瞳子と可南子め……」
 箸を握りしめて身を震わせる乃梨子。
 どこでどう董子と遭遇したのか分からないが、余計なことを吹き込んでくれたものである。董子は董子で、意味不明な気の回し方はやめてほしい。
「ということで、クリスマスプレゼントってわけじゃないけれど、はい」
「え、ありがとう。何、これ?」
 不意を突かれて差し出された小袋をさっそく開けてみると。
「避妊具だよ。さすがに自分で買うのは恥ずかしいかと思ってね」
 いかにも気を利かせてやったぜ、みたいに片目を瞑ってみせる董子に。
「いらないから!」
「え!?」
「驚かないでよっ」
「だって乃梨子。たとえ安全日だったとしても、万が一があったらいけないからね、ちゃんと避妊はしておきな」
「そうじゃなくて!!」
 菫子とのやり取りで無駄に疲労を積み増していく乃梨子であった。

 

 そうこうしているうちに、パーティ当日を迎えた。場所はやっぱりカラオケ店、高校生が適度な値段で騒いでも問題ない個室となると、選択肢は限られるのだ。
 リリアン側の参加者は祥子、令、志摩子、祐巳、由乃、そして乃梨子の六人。花寺の方は祐麒、小林、アリス、高田、そして一年生が二人という陣容。
 花寺の男性陣は羽目を外し過ぎることなく、だからといって大人しすぎることもなく、リリアンの女性陣を適度に笑わせ楽しませてくれたし、リリアン側もその辺は適切な距離感を保って楽しいパーティが出来ていた。この辺は、色々なイベントで協力し合ったりして、お互いのことがある程度理解し合えているのが大きいだろう。
 こうやって互いに交流を深めていたら、一組くらいカップルが出来ても不思議はないが、今のところ誰も特にそういうのはないようだし、噂としても聞こえてこない。男女関係によって変な空気が流れるのも嫌だし、それで良いのだろう。
 注文していたケーキも美味しくて好評で、乃梨子も舌鼓をうって食べた。
 簡単なゲーム大会では、勝った人は負けた人に一つ命令できるというありがちなルールながらも盛り上がり、肩をもんでもらったり、一発芸をさせられたり、相手に応じた罰ゲームを行った。
 そして今は、ビンゴをやっている。
 個々人でのプレゼント交換は無しということになったが、せっかくのクリスマスで何もないというのもどうかということで、ささやかなものではあるが外れなしのビンゴ大会が花寺側の発案で行われているのだ。
 良い賞品だとテーマパークのチケットやらそれなりのものがあり、他にもマフラーや手袋といった冬の実用品などもある一方、駄菓子、缶入り汁粉といった外れともネタともいえるような賞品も入り混じっている。
 そんな中で乃梨子がゲットした商品はといえば。
「――え。何、これ」
「何々、乃梨子ちゃん、なんだったの?」
 隣から覗き込んでくる由乃に向けて、袋の中から取り出した賞品は。
「わ、ネコ耳としっぽだ」
 ネタ賞品としか思えない物、よりにもよってなんでこんなものがという物体に、目の前が暗くなる。
「うわー、乃梨子ちゃんつけてみてよ。可愛いよきっと」
 無邪気に要望してくる祐巳だが、それは他人事だから言えるのだ。
「……勘弁してください」
「どうして、可愛いのに」
 どうしてもこうしても、なんでそんな恥をさらさねばならないのだ。百歩譲って、これがリリアンメンバーだけの内輪のパーティでなら我慢しようもあるが、花寺の男性陣が見ている前でネコ耳としっぽをつけるなど、御免こうむりたい。
「なんでこんなのが……花寺の皆さんの手に渡ったらどうするつもりだったんですか」
「え? もちろん装着させますよ!」
 勢いよく答えるのは小林。男子は、単なるノリでいけるようだ。乃梨子とて、パーティのちょっとした余興ということで、一瞬でも身に付けた方が良いのだろうということくらいは理解できるが、それでも。
「さ……祥子さまでしたら、もしもこれが当たったら身に付けたいですか?」
「私? そうねえ、私がつけても似合わないのではないかしら」
 そんなことは絶対にないと思うのだが、要は柔らかな拒絶だということは参加者の皆にも伝わったようだ。
「まあ、嫌がる人に無理につけさせるわけにもいかないしな。ここは代わりにアリス、ネコ耳つけてみろよ」
「え、え~~?」
 などと無茶ぶりされて困惑するアリスだったが、いざネコ耳を装着してみると可愛らしく非常に似合っており、皆から散々誉めそやされて照れていた。
 乃梨子としては、そんな姿を晒さずに済んだと内心で胸を撫で下ろす。
 その後は特筆すべき事態も発生せず、楽しく穏やかにパーティはつつがなく終了した。始まる前はちょっと身構えもした乃梨子だったが、さすがに自分が勝手に思い込み過ぎたかと、終わった今だからこそ一人苦笑して肩をすくめる。
「お疲れ様、乃梨子ちゃん。楽しかったね」
 店を出る前のお手洗いで祐巳に話しかけられる。
「はい、そうですね」
「乃梨子ちゃんは、満足できた?」
「は? ええ、まあそれなりに」
「そっか、それなりにか……」
「何か?」
「あ、ううん、なんでもない。皆が待っているし、早く行こうか」
「はい」
 頷き、手を洗って店の外に出た。

 

 

 パーティは問題なく終わり、成功といっても良かっただろう。花寺の方で考えてきたゲームやビンゴも盛り上がったし、女性陣を不快にさせるようなこともなかった。親しき中にも礼儀あり、パーティだからといって羽目を外し過ぎ、女性陣からセクハラととられかねないようなことは慎まねばならない。王様ゲームは却下したし、ゲームの罰ゲームについても、事前にNGなことは内部で徹底しておいた。(場の雰囲気に酔い、調子に乗って、女子に膝枕してもらうとか、ほっぺにキスとか言い出すやつがいないとも限らないから)
 店の外に出ると12月の冷たい空気が頬を刺し、口から洩れる息が白煙となって宙に漂う。
 二次会に、というには微妙な時間で、リリアンの女の子たちを連れていくにはちょっと問題もあり、そのまま素直に帰るくだりとなった。
 大体、2,3人くらいに分かれてお喋りしながら歩いていると、先頭と最後では距離が離れてくる。人の多い繁華街ではなおさらである。祐麒はなぜか、祐巳と並んで歩いていた。これだけの人がいるのに、なぜわざわざ家も同じ祐巳と話さなければならないのかと思いつつ、流れでそうなったのだから仕方がない。
「――あ、しまった」
 祐麒達よりさらに後ろ、最後尾を歩いていた志摩子と乃梨子の方から、そんな声が聞こえてきて振り返る。
「どうしたの、乃梨子?」
「あ~~、ちょっと、お店に携帯忘れてきちゃったみたいです」
「まあ大変。じゃあ、戻って探しましょう」
「あ、いいよ、大丈夫志摩子さん、私一人で行ってくるから先に帰っていて」
 既に店からは随分と離れていて、戻るのも多少面倒くさい。だからこそ乃梨子は志摩子の厚意をあえて断ったのだろう。
「でも……」
「子供じゃないし、大丈夫ですって。それに、もともと自分の不始末ですし」
 まだ不満そうというか、不安そうな志摩子をなだめる乃梨子。そこへ、祐巳がちょいと近寄って志摩子の腕を取る。
「乃梨子ちゃんもそう言っているし、先に行っていよ、志摩子さん」
「本当に大丈夫?」
「心配性だなぁ、志摩子さんは。見つけてすぐに戻ってきたら追いつくかもしれないし」
 それだけ言うと、乃梨子は踵を返して足早に店の方に戻っていった。人ごみの中に消えていく乃梨子の背中を見送り、祐麒はまた駅に向かって歩き出したところで、後ろから襟首を掴まれた。
「ぶはっ!? な、なんだよ祐巳、いきなり」
 いきなり首を絞められ息が詰まり、文句を言いながら後ろを見れば、なぜか怒ったような祐巳に睨みつけられていた。
「なんだ、じゃないよ。やっぱりね、夜の街に女の子を一人で行かせるのも不安になってきちゃって。だから祐麒、ちょっと乃梨子ちゃんを追って」
「――は? いや、でも」
「ほら、いいから早く早く」
 と、そこで祐巳が顔を寄せてきて小声で囁く。
「こっちは上手く誤魔化しておくから」
「意味が分からんのだが……」
「いいから、さっさと行けっつーの」
 背中を押され、つんのめりながら2,3歩進んで振り返れば、志摩子もまたにっこりと微笑んで軽く頭を下げてきた。妹のことを頼むということだろうか、なれば断るわけにもいかないだろう。
 頭をかきつつ、祐麒も小走りに乃梨子を追って店へと向かった。
 受け付けで店の人に話すと、部屋に入れるような次の客はまだで、且つ掃除もこれからだったということで、乃梨子が先に入って探しているらしい。店の人に礼を告げて、先ほどまでパーティを開催していたルームの扉を開いた。
「二条さん、俺も探すの手伝――」

 と、そこで祐麒はフリーズした。
 部屋の中には当然、乃梨子が一人だけだったのだが。

 その乃梨子の頭からはネコ耳が、そしてお尻からはしっぽが生えていたからだ。
「にゃっ…………」
 突然のことに、乃梨子も動きが止まっているが、今の「にゃっ」は何なのか。何か言おうとしたのか。なお、装着しているネコ耳も尻尾も黒猫仕様、それがなんとなく乃梨子には似合っている気がする。
「あ……ち、ちがっ、これは」
 頬を赤らめ、慌ててネコ耳を外そうと頭に手を持っていく乃梨子だったが。
「あ、待って、ストップ!」
 咄嗟に声をかけると、乃梨子は両手を頭に持っていった状態で動きを止める。
「な……なんですか?」
「あ、いや……せっかく、その、似合っていて可愛いのに外しちゃうのは勿体ないなって」
 思わず、ポロリと本音が出てしまう。
 次の瞬間、そんなことを言ったら怒られるかと思い、ちらりと乃梨子を見ると。
「~~~~~っっっ!!!」
 今まで以上に頬を紅潮させて、体をぷるぷる震わせていた。
 これは予想以上に怒らせてしまっただろうかと思いつつも、既に発してしまった言葉を戻すことはできず、逆に余計なことを更に言ってしまう。
「あ……ほ、ほら、さっきのパーティのゲームでさ、俺が勝って二条さんが負けた時、ちょうどタイミングよく店の人が飲み物持って入って来たから、なんか有耶無耶になって流れちゃったじゃん。だから、あの時の命令をここで使うってことでどうかな。携帯を探している間、そのネコ耳と尻尾を付けたままでいるってので」
「な、な、な…………っ」
 唖然としたように立ち尽くし、祐麒のことを見つめてくる乃梨子だったが、やがてくるりと背を向け、祐麒のことを無視して携帯を探し始めた。
「もう、どこ行ったのか……」
 携帯だから、テーブルの上とかにあればすぐに見つかるはず、乃梨子は屈みこんでソファの隙間とかに目をむけているが。
「うーん…………」
 ふりふり
「どこ行ったのよ……」
 ふりふり
 乃梨子のお尻から垂れたふさふさの黒い尻尾が、左右にふりふりと揺れていて、しゃがみ込んでいる乃梨子はまさに猫のようで、見ているだけで可愛らしいことこの上ない。
「な……なんですかっ。せっかく来たんだったら、一緒に探してくださいよっ」
 憤然とした顔をして睨みつけてくる乃梨子だったが。
 ふりふり
 勝ち気な子猫がぷんすかしているようにしか見えず、祐麒もまた赤面して手で顔をおさえる。
「ああ、もう、なんなのよこのしっぽはっ」
 乃梨子も気が付いたようだが、そんな乃梨子に関係なくしっぽは愛嬌を振る舞うように揺れている。
 思い出したが、確か装着した人の心拍数か何かで自動的に動くしっぽなのだ。一年生の片割れの親が勤めている会社で開発したとかで、ネタ景品として持ってきてもらったのだが、まさかこんな破壊力があるとは自分で目にするまでは分からなかった。
 会うと仏頂面、やたら不機嫌で怒っている顔を見せることが多い乃梨子だが、今の姿ではその怒り顔すら可愛さを引き立たせているようにしか見えない。
「あ……と、携帯、これ?」
 ふと目をそらしたところ、丁度ソファの影で死角となっていた所に何やら落ちているのを見つけて手に取ると、それは果たして乃梨子のものと思しき携帯だった。
「あ、それです、良かった。ありがとうございます……これでもう、外してもいいですよね?」
 首を傾げて尋ねてくる乃梨子、ネコ耳としっぽが揺れる。奇しくも、ネコ耳を外そうと両手を頭の上に持っていくポーズが、「にゃん」としているように見える。
「い、いや、勿体ない……もうちょっと、つけていても……」
「は? なんですかそれ、まだそんなに笑いものにしたいんですか?」
「そうじゃなくて、その」
「もう、いいですから早く携帯返してくださいっ、人のこと馬鹿にしてっ」
 目を吊り上げ、腕を振り上げて向かってくるが、それがまた猫っぽくて逃げることもせずにそのまま振り上げられた乃梨子の手首を掴む。
「わっ――」
 乃梨子の勢いにおされ、ソファにお尻から落ちる。
「返してください、もうっ」
 力を込めて押してくる乃梨子、その腕を掴んでいた手が滑った。
「――――っ!?」
 突っ込んできた乃梨子の顔が勢いよく近づいてくる。
 そして。
 ガチッ、と硬質な音が響いた。
「…………っ」
 痛かった。硬いものが激しく歯と唇にぶつかってきて、指で拭うとうっすらと血が付着しているのも見える。だけど同時に、何か柔らかいものも感じられた。
 視線を上に向ければ、拳で口もとを隠すようにしている乃梨子の姿。
「え、今のって、もしかして」
「な、ななな、何するんですか、この変態! エロ親父!」
「え、俺!? でも今のは二条さんの方から」
「違う違う、違いますっ! もう最低っ、私、帰りますっ!!」
 耳から首まで真っ赤にした乃梨子が、祐麒が手にしていた携帯をむしり取るようにして奪ってバッグの中にしまい、部屋を出て行こうとする。
「に、二条さん、待って」
「待ちません」
「いやでも、耳としっぽが」
「~~~~っっっ」
 震える乃梨子。
 震えるしっぽ。
 耳としっぽを外してバッグの中に詰め込み、ふと何かに気が付いた乃梨子はバッグの中から何かを取り出して祐麒に投げつけてきた。
「痛っ!?」
 見事に頭に命中して悲鳴をあげる祐麒をよそに、乃梨子は部屋を出て行ってしまった。
 茫然と見送る祐麒だが、ようやく我に返ったようにぶつけられた頭を手の平でさする。いくら怒ったとはいえ、ゴミを投げつけるなんて酷いと思いながら、乃梨子の投げ捨てたものを拾い上げると。
「……なんだ、これ?」
 小さな小箱と、付箋のようにつけられた小さなメッセージカード。

"この前のお返しです。それ以上の意味はありませんから、勘違いなどしないように!"

 開けてみると、中にはブレスレットが入っていた。
 この前というのは何のことだろうと考えていると、どうやら親戚の女の子の誕生日プレゼントを購入した時、買い物に付き合ったお礼に渡したネックレスのことだろうかと思い至る。というか、それしか考え付かない。
「……別に、気を遣わなくてもいいのにな」
 といいつつ、嬉しくないわけがない。
 無意識に笑みが浮かんでくるのを抑えられないまま、ブレスレットをはめる。おそらくこのブレスレットを使おうとするたびに、今日の乃梨子のことを思いだすだろう。
「二条さんのネコ……可愛かったな…………」
 思わず声に出して呟いてしまい、はっとして赤面しつつ口元を手でおさえる。
 今までも、乃梨子のことは気になる女の子として意識はしていた。
 だけど祐麒が本気で乃梨子のことを気にし始めたのは、いや、自覚的に『恋愛対象の女の子』として意識し始めたのは、この日からだったのかもしれない。
 シルバーのブレスレットを嵌め、祐麒は乃梨子が出て行った部屋の扉を無言で見つめているのであった。

 

おしまい

 

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