夏休みである。
学生たちはここぞとばかりに遊びまくったり、自堕落な生活を送ったり、趣味にはしったりと、自由を謳歌している。社会に出れば、すぐに夏休みなどなくなってしまうことを悟っているのであろうか。
「暑いよー、暇だよー」
「うるさいな、夏だから暑いのはあたりまえ」
我慢ができるうちはエアコンをつけない、それは福沢家の夏のお決まり。とりあえず扇風機はまわっているが、そんなもんで暑さが完全に抜けるわけもなく、由乃はリビングのカーペットの上に寝転がって、じたばたとしていた。
祐麒とて暑いことに変わりはなく、団扇でゆるゆると扇ぎながら、麦茶で喉を潤していた。まだ午前中だというのにこの暑さ、はたして午後になったら茹であがってしまうのではないかとという危惧さえ抱く。
そんな風に二人がだらけているところへ、爽やかに令がやってきた。夏の暑い日で、汗を流していても爽やかに見えるのは令の特技といえるのだろうか。
「二人とも、アイス買ってきたよ。一緒に食べよう」
「わーい! アイス、アイスっ」
飛び起きて、アイスに飛びつく由乃。
やはり、アイスは暑い夏に口にするに限る。心地よい冷たさを喉に通しながら、夏の日をけだるく過ごす。
「あー、今年の夏休みはどっか行かないのかなー。去年はキャンプに行ったのにね」
「由乃が川で溺れかけたやつか」
「あ、あれは仕方ないじゃない、祐麒だって落ちたくせに」
「由乃を助けようとしたんだろうが」
二人で言い合いになりかけるのを、令が苦笑しながら仲裁に入る。
「まあまあ、二人とも。そうだねえ、それじゃあプールでも行く?」
「えー、市民プールぅ? あれ、しょぼいしぃ~」
明らかに不満そうに口をとがらす由乃。
確かに、市民プールは広いだけが取り柄で、子供や年配の人がたくさんいて、若者はあまりいないという記憶が強い。
「そんなことないよ。ほら、市民プールって今年、大幅に改装されたじゃない。結構、大人でも楽しめるらしいよ」
「本当~?」
かなりうさんくさそうな目をしている由乃。
「ウォータースライダーとか、波のプールなんかもできたらしいし」
「え、本当に?」
途端に、目が輝きだす由乃。
ネコ耳が生えてピクピクと動き、尻尾があればクルクルと回っていそうだ。
「それでも市民プールだから料金は良心的だし、お手軽に楽しむにはいいんじゃないかな」
「う、うーん、そうね」
悩んでいる由乃。心の中ではプールの方に天秤が傾いているけれど、最初に否定してしまったから、発言を変えることをためらっているのだろう。
長い付き合い、そんなことはお見通しの令は、にこやかに笑いながら言う。
「私も、行ってみたいし、良かったらつきあってよ。あ、まあ無理にとは言わないけれど。祐麒くんは、一緒に行ってくれるよね?」
「あ、うん、もちろん」
令から無言のバトンを受け、頷いてみせると。
「ま、まあ仕方ないわね。祐麒をプールなんかに行かせたら、えっちな犯罪にはしりそうだし、ここは私がお目付け役として行くしかないわね」
そんなことするかよ、と言いかけて、口を閉じる。隣の令も、笑いをこらえている。
「よし、そうと決まったら善は急げよ。さっさと準備していきましょう」
さっそうと立ち上がる由乃だったが。
「あ、由乃、アイス」
「えっ? あ、ああああああっ、私のアイスがーーーーっ!!?」
話をしている間に溶けて緩くなったアイスは、慌てて口に運ぼうとした由乃のあがきも空しく、無情にも棒を滑り床に落ちてしまったのであった。
アイスの件で癇癪を起こしそうになった由乃をなだめ、市民プールに到着する。令の言うとおり改装されたようで、去年まではいかにも市民プールです、というような風情だったのに、いきなり綺麗に、立派になっていた。
客層は相変わらず、小学生くらいの子供とか、小さな子を連れたおじさん、おばさん、なんかが多いけれど、高校生くらいの男女の姿もそれなりに見られた。平日だけれど、かなりの賑わいを見せている。
「うわーっ、ホント、いつの間にか随分と立派になったねえ!」
声がして振り向いてみれば、着替えを終えた由乃がいつの間にかやってきて、嬉しそうにプールを眺めている。
「前はさ、広いだけだったのにね。それでも小さい頃はこの市民プールによく遊びにきたよね……って、祐麒、どうかしたの?」
「え、いや」
思わず、由乃から目をそらす。
由乃が身につけている水着はピンクのビキニ。胸元はリボン、下はティアードのミニスカートになっている。真っ白な肌に淡いピンクが映え、細い体つきをそのピンクが少しだけ柔らかに見せている。
幼馴染で見慣れているとはいえ、やっぱり水着姿なんかを目にすると、一瞬、どきっとしてしまう。
「あ~、何何、ひょっとして見とれていたんでしょう、私のこの水着姿があまりに可愛すぎて」
「はあ、何言ってんだよ。そういうことは、胸が成長してから言えよな」
残念なことに、由乃の胸が成長する兆しは見えない。
「な、なんですって~っ!」
「まあ、子供のころから全然変わらないから、無理だろうけれど。やっぱりさ、女の子だったらもう少し欲しいんじゃないのか。そう、これくらいは」
「え」
「あ」
手の平に、柔らかな感触。
何気なく伸ばした腕だったが、その手は何かを掴んでいた。目を追いかけてみると、そこには美少女が立っていた。そして祐麒は、その美少女の胸を掴んでいた。
白い肌は由乃ほどではないけれど、見事なスタイルは由乃を簡単に上回る。ライムグリーンとイエローのボーダー柄のビキニ。ブラに包まれて盛り上がっている見事なバストは、紛れもない本物。
「え、あ、えええっ!?」
ありえない展開に目をむいていると。
「祐麒っ! こ、こっ、こ、このエロス!」
バチン、と、由乃の平手打ちの乾いた音が響き渡る。
「いきなり、何やってんのよこの変態っ! 蔦子、大丈夫?」
「う、うん」
顔を赤くして、胸を腕で隠すようにして頷く。
「え、蔦子? あ、そうか、眼鏡」
眼鏡をはずしていたから、蔦子と顔が重ならなかったのだ。しかし、こんなにも立派な体をしていたとは、意外である。いや、ついこの前に蔦子の胸の感触を知る機会があったが、その時は制服越しだったし、そこまでは分からなかった。こうして見ると、随分と着やせするタイプなんだなと思う。
「ちょっと祐麒くん、いつまでジロジロ見ているつもり?」
「あ、悪い」
頬を赤らめ、少しだけ怒ったような表情を見せる蔦子。
「ええと、いや、なんだ。その、ごめん」
「あ、うん」
お互い、なんとなく気恥ずかしくなってきて、変な空気が入り込んできた。蔦子も照れているのか、いつものようなクールさ、大人びた感じが失せていて、どこか可愛らしく目に映る。しかし体つきは立派な大人で、先ほど感じた胸の大きさや、適度にくびれた腰や、綺麗な太腿のラインなどに思わず目を奪われる。
「……ちょ、ちょーっと、蔦子、こんな変態置いといて、いきましょ」
焦った様子の由乃が割り込んできて、蔦子の腕に腕を絡ませると、祐麒にあっかんべえをして歩いていってしまう。
残された祐麒は、大きく息を吐き出しつつ視線をそらす。そういえば令は一緒じゃなかったのかと姿を探してみると、何やら数人の女の子に囲まれている令の姿が見えた。
どうやらスポーティなパンツタイプの水着の上からパーカを身につけていたため、完全に美少年に間違われているようだった。どこかのモデルかアイドルか、なんて周囲の女の子たちの声も聞こえてくる。令は戸惑いつつも、笑顔で応じているが、その笑顔こそが女の子たちを誤解させることに気が付いていない。パーカを脱いでしまえばいいものを、と思いながら、さてどうしようかと一人で立ち尽くす。
仕方ないから、とりあえず一人でもプールに入ってまずはこの暑さから退避するか、と考えていると。
「あれーっ、祐麒お兄ちゃんっ」
と、遠くから黄色い声が耳に届いた。
見ればなんと、笙子と乃梨子の姿が見えた。笙子はうれしそうに祐麒の方に向かってきて、その後ろから乃梨子が渋々、といった様子で歩いて追ってくる。
目の前までやってきて、笙子はうれしそうにぴょんぴょん跳ねる。
「うわーっ、こんなところで会うなんて偶然っ」
跳ねるたびに笙子の胸が揺れ、目のやり場に困る。
「……なんで、こんなところで」
不満そうな乃梨子の目が、鋭く祐麒のことを貫く。
笙子の水着はホワイトのキャミビキニ。ひらひらと波打つ裾の隙間から見えるおへそが、なんかいやらしく感じる。
一方の乃梨子は、キャラクタープリントのされたキャミソール型のタンキニ。タンキニはともかく、キャラクタープリントというのが意外だったけれど。
「祐麒お兄ちゃんは、一人で来たの?」
「うわ、一人でプールとか、寂しいんだ。友達、いないんですか?」
「ちがうっ、ちょっと別行動しているだけだって」
「それじゃあさ、私たちと一緒に遊ぼうよっ。これから乃梨ちゃんとウォータースライダー滑りに行くから、一緒に行こうよ」
と、笙子が腕を取ってくる。
その肌が、胸が触れそうになり、心臓の動きが少しあわただしくなる。こうして見ると、笙子も随分と立派に成長しているものだと、心から感じる。
「えー……笙子、二人でいいじゃん」
文句を言う乃梨子。
「でもでも、せっかくだしい」
「だってほら、この人の目見てみなよ。さっきから笙子の胸ばっかみてる。いやらしいことしか考えていないよ、きっと」
「えーっ、お兄ちゃんはそんな人じゃないよう」
と、二人の間で押し問答が始まる。
さて、どうするべきかと考えていると、またまた新たな声が響いてきた。
「あっ、祐麒くんじゃない!」
今度は誰だ、と思って、声が聞こえてきた方に首をひねると。
「えっ」
と思った次の瞬間には、何かが激しく衝突してきていた。何事か、と思いつつも衝撃を受け止め、よろけつつも倒れないようにどうにか踏ん張る。
体全体を包み込む、温かで柔らかなモノ。抱きしめた手に吸いついてくる瑞々しさ、明らかに人肌なわけだが、いったい、誰がどうしたのかと思っていると。
「たったたた……あはは、ごめん、つまずいちゃった」
祐麒の肩に手を置いて顔を向けてきたのは。
「み、三奈子さんっ?」
学校の先輩であり、バイト先の先輩でもある三奈子だった。
いつも通りのポニーテールに、ブルーを基調とした中にイエローを混ぜたカラフルなチェック柄のビキニ。ブラの左右のカップをリングでジョイントしており、開放感と危うさを同梱している。
そして何より、スタイルの良さ。確かに蔦子や笙子も立派なバストであったが、しなやかな肢体に取り揃えられたバスト、ウエスト、ヒップ、そして脚のライン、全体のシルエットを考えると、三奈子が一番、美しいボディラインを持っているといってもよいかもしれない。
「あれ、三奈子さん、一人で?」
「ううん、令に電話で誘われてね、来てみたら祐麒くんもいるから驚いちゃった」
思わぬ遭遇、そして肉体的接触に戸惑う祐麒を前に、三奈子は先ほど抱きついたことを気にしてもいないのか、にこにこと笑顔を絶やさない。
その笑顔の後ろでは。
「なっ、何よ、この人っ。の、の、乃梨ちゃん大変っ」
「な、なんで私に言うのよ。私は関係ないし」
と、笙子と乃梨子が何やら三奈子を見て狼狽している。
「やー、でも令はモテモテね」
女の子に相変わらず囲まれている令を見て、笑っている。
「それじゃあ、ちょっと令を助けてくるわ。また後で遊ぼうね」
手を挙げて、令の方に向かっていく三奈子。
「や、柔らかかったな……」
抱きとめた三奈子の体は、信じられないような柔らかさをもって祐麒を包んだのだ。しばらくは、今の感触を忘れられないかもしれない。
半ばぼーっとしていると。
「の、乃梨ちゃん、ここは一旦退いて、作戦を立て直しましょう」
「は? いや、私は関係ないし」
「いいからほら、こっち。そ、それじゃあまた後でね、お兄ちゃん」
よく分からないが、笙子と乃梨子も何やら言い合いながらどこかに行ってしまった。
結局、一人で残される形となる祐麒。仕方なく一人でプールに入って涼をとり、しばらく泳いでいるが、やはり一人だけで行動するというのは少し寂しい。
広いとはいっても市民プール、適当に歩けば誰か見つけられるはずで、祐麒はプールからあがって歩き出した。
さて、どこに向かおうか。