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ギャグ・その他 マリア様がみてる

【マリみてSS(由乃、祐麒他)】ぱられる18  恋人と呼べないDistance

更新日:

 

~ ぱられる! ~

 

 「ぱられる18   恋人と呼べないDistance」 

 

 

 修学旅行は特に大きな問題も事件も起きることなく、順調に進んでいた。まあ、この手の行事ではありがちな、誰と誰がカップルになった、なんていうことはちらほらと発生していたようだが、祐麒の親しい友人の間でその手の話はあがっていない。もしかしたら裏で頑張っていて、秘かに想いを成就した奴もいるのかもしれないが、祐麒の耳には入ってきていない。
「まあ、小林もアリスも、俺とずっと一緒に行動しているしなぁ」
「ん、何がだ?」
「別に、なんでもないって」
 班行動でも自由行動でも一緒なわけで、誰か女の子にアタックでもしていた素振りも時間もまったく見せない。あるとしたらホテルでの時間くらいだが、それですら一緒なのだから、抜け駆けはないだろう。
「ほらほら祐麒、写真撮るよ、こっちこっち」
 祐巳がやってきて祐麒の腕を取る。
「はい皆、こっち見てーっ」
 写真を撮るのはもちろん蔦子で、この修学旅行の間というもの殆ど皆の写真を撮る時間にあてているのではないかと思ってしまうほど。本人も楽しんでやっているようだから、良いのだろうが。
「祐麒、笑顔、笑顔っ」
「馬鹿、あんまくっつくなよ」
 沖縄は気温も高くて薄着だから、腕に押し付けられる祐巳の胸の感触もよく伝わってくる。細く見えて、意外と大きいのだなと感心する。細くて実際に胸もぺったんこの由乃とは雲泥の差だ。
 写真を撮った後は、また適当にばらけるのだが。
「ねえ祐麒、あっち、見にいってみようよ」
「ん? え、おい、引っ張るなって」
 祐巳に腕を引っ張られてついていく。祐巳ってこんなキャラクターだっただろうか、そんなことを考えたりもしたが、沖縄での修学旅行というシチュエーションのせいで祐巳のテンションも上がっているのだろうと一人で納得する。
 実際、祐麒だってそれなりにテンションは上がっていて、祐巳に誘われたのを特に断る理由もなく素直についていく。
 祐巳と一緒にいても緊張とかしないし、話も合う。家にやってきたときは驚いたが、あの日以来、特に奇行を見せることもない。あの日、ベッドに潜り込んできていたのは、単に他に寝る場所が無かったからだろう。
 ただところどころ抜けているのか、よく寝起きで下着が見えるような格好で家の中を歩いたり、風呂上りにバスタオルを巻いただけの姿で動き回ったりするところはあるが。それだけ、家での生活もくつろいでいるということだろう。
「何考えているの? ほら、早くっ」
「おーう」
 祐巳を追って歩き出す。
 そんな二人の背中に向けられた視線にも気が付かずに。

「…………」
「ちょっと、何しているのよ由乃」
「わっ? って、蔦子か。何が?」
 祐麒と祐巳の二人のことを少し離れて場所で見ていた由乃。そんな由乃を見かねて蔦子は声をかけたのだが、返ってきたのは曖昧な笑みを見せる由乃。
 蔦子は由乃の肩を抱くようにして顔を寄せ、少し凄みをきかせて睨む。
「何が、じゃないわよ。こっちきてから、祐巳さんにやられっぱなしじゃない」
「や、やられっぱなしって?」
「とぼけないでよ。写真のときは祐麒くんの隣に必ず入るし、行動する時も一緒だし。それにひきかえ由乃は私とずっと一緒じゃない」
 蔦子の言うとおり、沖縄に来てからの祐巳の行動はなかなか積極的だった。それもあからさまというよりも、比較的自然に、決して物凄く押しを強くしているというわけでもなく。実際、由乃や蔦子と共に行動することも多いから、あまりそのようには感じないのだ。
「祐麒くん、とられちゃっていいの?」
「と、とられるもなにも、私と祐麒は別にそんなんじゃ……」
「まだ言っている。あのね、修学旅行なんて、カップルがもっともできやすいイベントなんだし、積極的になる子もいる。何が起きても不思議じゃないんだからね」
 そう蔦子が言うと、微妙に不安そうな、不満そうな顔をする由乃。
「修学旅行で、告白から一気に最後までいっちゃうのだって珍しくないんだから」
「最後、って」
「だから、えっちしちゃうってこと」
「えっ……!」
 途端に真っ赤になる由乃。
「い、いくらなんでも、それはないでしょ。だ、だって、他の子もいるし先生だって」
「そんなん、抜け出していくらでもできるわよ。なんなら由乃、私がうまいこと祐麒くん、誘い出してあげようか?」
「い、いいからそんなことしなくてっ! てゆうか、どうしたの蔦子、急に」
「別に、どうしたってこともないけど、早いとこ由乃が祐麒くんとくっついてくれないと、私だって……」
「ん?」
「あ、いや、なな、なんでもないからっ」
 あやうく変なことを口に出しかけて、慌てて誤魔化す。
「とにかく、私達も行くわよっ」
「ああ、ちょっと蔦子??」
 変に奥手な由乃を引っ張っていく。
 朝は迎えに行って起こして、休みの日だってよく一緒に過ごし、誰よりも長い時間を過ごしているくせに、いまだキスすらもしていないなんて、どれだけヘタレなんだか。本当に、誰か他の人に奪われても文句言えない領域だ。
 だから、早い所どうにかくっついてほしい。
 ということで蔦子は由乃が驚くくらい奮闘し、由乃と祐麒の珍しいツーショット写真を撮って由乃を慌てさせ、祐麒を照れさせたりした。見ていてもどかしいから、さっさとこの修学旅行でくっつくようにと。
 多少、無理にやりすぎたかもしれないが、それくらいしないとどうしようもないのだ。祐巳という新たな種火がやってきても、積極的にいこうとしないのだから。

「……まったく、近すぎるってのも考え物よね、ホント」
 ホテルに戻ってきた後の自由時間、近くの砂浜に出歩く生徒が多いなか、蔦子は一人でなんとなく反対方向に足をのばしていた。
 他に人の気配はなく、のんびりと適当に散策していると、不意に足音が聞こえてきて思わず身構える。
「あれ、蔦子。一人?」
「祐麒くん? そっちこそ」
 姿を見せたのはまさに祐麒だった。珍しく、小林や祐巳、由乃も連れずに一人で。
「あ、いや、なんとなく探検気分で、何があるかなーって。蔦子は?」
「同じようなものよ。一人で気楽だし」
 さりげなく一人でいたいことをアピールしたのだが、妙に鈍い祐麒はその辺を察してくれず、蔦子を一人にしてくれる気配はない。由乃にたきつけたから、こうして自分が祐麒と二人きりでいるのは、なんとなくバツが悪い。
「なあ蔦子」
「な、何っ?」
「蔦子さ、旅行の間中ずっと写真撮る側だろ。たまには自分が撮られたいと思わないのか?」
「私は撮る方専門だからいいのよ、撮られるのはあまり好きじゃないし。集合写真とか、必要なものは撮っているし」
 撮影する方にハマると、自分自身を被写体にとは正直あまり考えられなくなっていた。撮られるのが好きではないというのも、別に嘘ではない。女子高校生が皆、写真に写るのが好きなわけではないのだ。
「でもさ、せっかくの修学旅行の記念でもあるし」
「だから、最低限のは撮っているわよ。私だって、由乃とか友達と一緒の記念は残したいしね」
「そうか? 俺、蔦子と一緒に撮った記憶がないんだが……」
「失礼ね、あるわよ」
 集合写真だが。
「うーん、そうだったけか…………って、お、見ろよ、いい景色」
 祐麒の声に目を向けてみれば、確かに良い景色が広がっている。夕陽が落ちかけて絶妙のグラデーションがかかり、沖縄の自然を上質な絵画のように仕上げている。
「せっかくだから、この景色をバックに一緒に撮るか?」
「え? で、でも、ここじゃカメラを置けるようなところもないし」
「携帯でいいんじゃないかな。持っているだろ」
「そりゃまあ……って」
 ポケットから取り出した携帯を祐麒に取られ、慌てて取り返す。
「女の子の携帯を勝手に見ようとするな」
「わ、悪い。じゃあ、俺ので撮るか…………よし、ほらもっと近寄れって」
「え、え、ちょっと?」
 勝手に自分撮りをし始めた祐麒は、一緒に写るべく蔦子に近づいてきた。
「動くなって、写すんだから」
「で、でも…………あ……」
 強引に蔦子の体を抱き寄せてくる。祐麒の顔がすぐ横にきて、楽しそうな表情が目に飛び込んでくる。
 気が付いていないようだが、脇に回された手が少し蔦子の胸に触れていて、ドキドキする。最近、また少しサイズが大きくなったのだが、太ったとか思われないだろうか。
「これで、後ろの景色もちゃんと写るかな……?」
 動悸の激しくなってきた蔦子のことなど気にした様子もなく、祐麒は角度を気にしたり、背後を気にしたりしている。こんなにも密着しているというのにその態度は、単に蔦子のことを女として意識していないからだろう。
「…………うーん、なんか背景がうまく写ってないな。ということは、これくらいの角度の方がいいのか? 蔦子、もう一度撮るから、いくぞ」
 早く離れてくれないとマズイと思っているのに、祐麒は逆に、更に蔦子に身を寄せてくるように要求する。
 納得した写真を撮れないと離してくれなさそうだからと、自分に言い訳をして蔦子は祐麒の腰に手を回して身を寄せる。
「こ……こう?」
 顔も寄せ、祐麒の肩に頭を乗せるような形になっている。その姿勢で見上げると、祐麒は蔦子のことを見もせずに頷く。
 シャツ越しに、意外と逞しい祐麒の肉体を感じる。いつだったかも、こんな風に祐麒のことを感じた。
「……よし、今度はうまい具合に撮れた」
「そ、そう? 見せて?」
「ん、ほら」
 画面を覗き込むため、いまだ体を離さずに蔦子はいる。
 少し、胸を押しつける。祐麒は気が付いているのだろうか。
「いい写真が撮れたろ?」
「うん……って!?」
 画面に写った自分自身を見て、蔦子は声をあげそうになった。
 確かに祐麒が言うとおり、非常に良い表情をしていると思うけれど、もし由乃がこれをみたらまずい、非常にまずい。だって、どう見たって蔦子の表情は『恋する乙女』のものにしか思えないから。
「ちょ、こ、こんな写真、他の誰にも見せないでよっ!?」
「え、なんで?」
「なんでって……なんでも!」
 そもそも、写メで男女二人で撮っている時点でカップルにしか思えないではないか。そんなことすら祐麒は分からないのだろうか、この鈍感野郎はと蔦子は内心で震える。
「と、とにかく……お願いだから」
「分かったけど。うーん、勿体ないな。蔦子に転送しなくて良いのか?」
「…………そ、それは、頂戴」
 メールで送ってもらう。
 画像は、通常の画像フォルダとは異なる場所に保存した。
「う~~、由乃、ごめん……」
「ん? なんで由乃が出てくるんだ」
「うっさいわね、もう、そろそろ戻りましょ!」
 赤くなった顔を見られないよう、祐麒の先を歩き出す蔦子。
 これだから、由乃にはさっさとケリをつけてほしいと思う蔦子だった。

 

 夜、由乃たちの女子部屋では修学旅行でおなじみのトークが展開されようとしていた。それ即ち、『コイバナ』である。
「好きな男子のことを告白する、嘘は無しだかんね」
 指を立てて皆ににらみを利かせながら言ったのは逸絵だった。陸上部で活躍する、気の強い女の子だ。
「もし、同じ相手を好きだとしても、この場で揉めるのはなし。あ、既に誰かと付き合っているならば、それも素直に言うことにしようか。もちろん、絶対に秘密にするから」
 修学旅行だし仕方ないとは思うが、この流れは止められないものだろうかと蔦子は考える。隣にいる由乃は、やっぱり落ち着かない様子。
「あのさ、言いたくない子もいるだろうし、無理に言う必要はないんじゃないかな? 言いたくない人は、他の人のも聞かないようにすればいいんだし」
 とりあえず手をあげて発言。実際、恥ずかしくて口に出せないという子だっているはずだし、強制というのはおかしいと思うから。
「ちょっと蔦子、場が白けるような発言はやめようよ。せっかくだから、皆で盛り上がろうよ」
「そんなこと言って、逸絵は自分の好きな人、言えるの?」
「言えるわよ。私が好きなのは……陸上部の相良先輩よ」
 わずかに恥ずかしそうな素振りをしながらも、逸絵ははっきりと名前を口にした。さらにその後、訊いてもいないのになぜ好きになったのか、出会いや陸上部でのエピソードなども加えて話してくれた。
「……ということなの。さ、これで私は話したわよ。蔦子の言い分だと、私の話を聞いた人は、同じように言わなければいけないはずよね?」
「うっ」
 しくじった。
 逸絵に対して余計なフリをしてしまった。こういうとき、一番手というのは躊躇われるものだが、自分からコイバナを持ってきただけに逸絵はその辺の気持ちは整理してきていたのだろう。
「じゃあ、時計回りに順番にいってみる?」
「え、えー、じゃあ、あたし?」
 逸絵の隣にいた道子が戸惑ったような表情を見せるが、道子は逸絵と仲が良い。案の定、照れながらも白状してくれた。
 マズイ流れと思いつつも、やはり人の恋愛話にはついつい聞き耳を立ててしまうし、なんだかんだと盛り上がるもの。自分が好きな相手と被っていなければ、これほど楽しいことはないだろう。

 そうこうしているうちに、由乃の番になった。
「次は由乃の番だけど……まあ、ここは聞くまでもないか」
 からかうような視線を向け、肩をすくめてみせる逸絵。
「なっ……そ、それは、どういう意味よっ」
 よせばいいのに、そうやってすぐに乗ってしまうのが由乃の悪い所でもあり、可愛い所でもある。
「どういう意味って……ねぇ?」
 同意を求めるように道子に顔を向けると、道子もまた「うんうん」と頷いている。
「だって、福沢くんといつも一緒だし、ねえ」
「むしろ、福沢くんが支倉先輩と由乃さん、はたしてどっちを選ぶのか!? というのが皆の興味なんだから」
「そ、そんなんじゃ。だから、何度も言っているけれど、私と祐麒は隣の家同士の幼馴染の腐れ縁ってだけなの。私がついていないとだらしなくてどうしようもないから、面倒見てあげているんだから」
「はいはい、分かってるって」
「分かってないでしょ、もぉ~~っ」
 顔を真っ赤にして怒ってみせる由乃だったが、皆は笑って受け流すだけ。ずっと見慣れているだけに、もはや暗黙の了解となっている三角関係。それ以上でもそれ以下でもないものであった。
「え、由乃さんと祐麒はつきあっているわけじゃないの?」
 そこへ直球で切り込んできたのは祐巳だった。
「だ、だから、違うって言っているじゃない」
 由乃としてはいつも通り、そのように答えるしかない。
「令先輩も?」
「れ……令ちゃんだって、そのはずよ。私は聞いてないし」
「そうなんだ、良かったぁ」
 由乃の返事を聞いて、満面の笑みを浮かべる祐巳。
「え、何々、それってどういう意味なの、祐巳さん?」
 興味津々の感じで身を乗り出してくる逸絵。
「ん? だって、もしも祐麒と由乃さんが、あるいは令先輩が付き合っていたら、さすがにそこに割り込むわけにもいかないじゃない」
「え、え~~っ!? もしかしたら、って思っていたけれど、やっぱり祐巳さんて」
 道子も目をキラキラさせている。
 周囲からは割り入る隙がないと思われていた三人の関係。事実はどうだとしても、実際に強固につながれた関係であることに変わりはなく、間に入り込もうとする者はいなかった。いや正確に言うならば、入り込もうとした者はいたのだが、何かを行動する前に諦めてしまっていたのだ。
 由乃はといえば、祐巳が何を言っているのかわからないといった風で、ぼーっとしている。いや、心の奥では分かっているのかもしれないが、あえてそれを拒否しているのか。
「うん、私、祐麒のこと……」
「ね、ねえ皆、そろそろ先生が見回りにくる時間じゃないっ!?」
 なんとなくよろしくない雰囲気を察した蔦子は、咄嗟にそんなことを口走った。
「えーっ、何ソレ蔦子さん、いいところなんだから話しの腰、おらないでよ」
「でも、確かにそろそろじゃないかな? 昨日までのことを考えれば」
 文句を言う逸絵だったが、ちょうどよく道子が後押ししてくれた。
「由乃、ちょっと様子見てくれる?」
「え、あ、うん」
 これ幸いと由乃に声をかけ、廊下の様子をさぐらせに行かせる。
 由乃は蔦子に言われるまま、そっと部屋の扉を開けて外の様子を窺った。

 

 

 祐麒は小林達に誘われ、女子の部屋に向かう一団の中に紛れていたのだが、野郎どもの目論見は甘かった。教師たちの巡回ルート、時間を割り出して行動していたつもりだったが、完全に教師たちに見透かされていた。各所で網を張っていた教師陣に見つかり、捕まり、仲間達は一人また一人と消えてとうとう祐麒の周囲には誰もいなくなっていた。
 他の仲間は全て捕まったのか、それとも他に逃げ延びたのか、それも分からない。ただ、祐麒自身がピンチであることだけは明確であった。
 進む先は行き止まり、後ろからは教師がやってくる、即ち万事休す。そんな状態の時に、不意に一つの部屋の扉が開いて顔を覗かせたのが由乃だった。
「祐麒? 何してんの、こんなところで」
「よ、由乃っ。すまん、かくまってくれないか」
「え、ちょ、何言っているのよ、無理に決まっているでしょ。ここは女子の部屋なんだからっ」
「そこをなんとか、もう、そこまで先生が来ているんだ」
 焦る視線で廊下の曲がり角を指し示す祐麒。
「わ……分かったわ、こっち、きて」
 由乃に手招きされて、祐麒は急いで扉の中に滑り込んだ。

 

 

 急にやってきた祐麒をはね返すことは簡単だった。たとえ先生に見つかったところで、今夜一晩お説教をくらって翌日の行動に規制がかかり、反省文を書かされるくらいだろうし。それでも匿おうと咄嗟に判断したのは、直前の話があったからかもしれない。なんとなく、祐麒を離したくなかった。
 しかし現実的に、女子の部屋に匿うというのは無理がある。同部屋の皆にも何も説明をしていないし、時間もない。
「みんな、先生がきたから電気消すね!」
 ということで、由乃は強硬手段に出て有無を言わさず室内の電気を消してしまった。文句の声も聞こえてきたが、見回りがきたということで各自自分の布団に潜りこみ、寝たふりをする。
 由乃も祐麒の手を取り、自分の布団の中に潜り込んだ。
「ちょっ……よ、由乃?」
「馬鹿、シッ! 静かにしてよ、バレちゃうでしょ」
「だからって……」
「とにかく、黙ってて」
 小声で他のメンバーには聞こえないよう、布団の中で顔をつきあわせて祐麒を黙らせてから由乃は外に顔を出した。
 暗闇の中の様子を窺うが、どうやら皆素直に狸寝入りをしてくれた模様でホッと息をつく。
「……由乃、本当に先生、来たの?」
「そ、それは、間違いないから」
 蔦子が尋ねてきたが、祐麒が追われて逃げ込んできている以上、先生が向かってきているのは間違いないと判断する。ただ、この部屋の中の様子まで見に来るかどうかまでは、さすがに由乃だって分からない。
「とにかく、少しこのまま……っ!?」
「ん? どうかした、由乃」
「なな、なんでもない。とにかく、少し様子を見よう、ねっ」
 強引に会話を終わらせて、布団の中に顔を突っ込んで口を開く。
「ちょ、ちょ、祐麒、どこ触っているのよエッチ!」
「し、仕方ないだろ、狭いんだから……」
 一人用の布団なので隠れるためには当然、祐麒は由乃にひっつかねばならない。今、布団の中で祐麒は由乃に抱きつく形で由乃に密着しているのだ。そのことにようやく気が付いた由乃は、闇の中で顔を紅潮させる。
 どうにか身を離そうかとしようとしたところで、部屋が小さくノックされ、身を硬くする。鍵が開けられる音がして、誰かが中に入ってくる。鍵を開けられるのは教師だ。

「……みんな、ちゃんと寝ているのかなぁ?」
 耳に届いた声は、聖のものだった。
「本当に寝ているなら、悪戯でもしちゃおうかな~」
 随分と不埒で不届きなことを口にしているが、聖なら本当にやってきそうだからそれだけに怖い。
 聖の足が布団の間を歩んでいく気配が伝わってくる。息を潜め、身を縮めて変なことをしてこないことを祈る。
「本当に寝ちゃったの? まあいっか、そういうことにしておきましょうか」
 そんなことを言いつつ、聖の気配が遠ざかってゆきやがて部屋から出て行き、再び鍵がかけられる。
「――――ふぅ、出て行った? じゃあ」
「あ、ちょ、ちょっと待ってみんな」
 聖が出て行ったことで布団から皆が出てこようとする気配を察し、慌ててとどめようとする由乃。
「電気消して布団入ったら、なんか眠くなってきちゃった……もう、寝ていい?」
「えーっ、何よソレ。夜はこれからじゃない」
「で、でも、昼間沢山遊んで疲れたし」
 逸絵は明らかに不満そうな声だが、ここで負けるわけにはいかない。電気などつけたら、祐麒が布団の中にいることがばれてしまうではないか。もしもそんなシーンを目撃されたら、どんな言い訳も伝わらなさそう。
「う~~ん、なんか私も、気持ち良くなってきちゃった……」
 そんな由乃を応援するかのような発言をしたのは道子だった。
 由乃は嬉々としてその発言にのっかることにした。
「そ、そうでしょう? 体調崩してもなんだし、今日はもうお休み~」
「え、ちょっと由乃さん?」
「ぐー」
 無視して狸寝入りを決め込むことにした。しばらくすると諦めたのか、他の面々も素直に横になって寝に入る気配を感じた。
 ほっと息をついたそのとき。

「……お、おい、由乃」
「何よ祐麒……って」
 ようやく気が付いた。布団の中で祐麒は、由乃の胸に顔を埋めるようにして抱きついているということに。寝間着代わりのTシャツでブラもつけていない状態に、である。しかも、ショートパンツから伸びた脚には、何やら硬くいものが当たっているのが感じられるのだが、もしやこれは。闇の中で、由乃の顔は真っ赤になる。
「ちょ、ゆゆ、祐麒っ!? あんた、へ、変態、えっち、すけべ!」
「し、仕方ないだろ、こんな状況じゃあ」
「だって祐麒、いつも私のこと、ぺったんこ胸で色気なんて全くないって言って……」
「そうだけど、それとこれとはまた別だろーがっ」
 さっさと出て行かせたいが、さすがにまだ皆寝ていないだろうから無理は出来ない。とりあえず、布団の中で密着した状態から少しだけ距離を離すことでようやく心をわずかばかり落ち着かせる。
「……ねえ、まだみんな寝ていないでしょ?」
 暗闇の中、逸絵の声が聞こえた。
「寝るまででいいから少しさ、さっきの続きしようよ。それに、暗くて顔が見えなければ話しやすいんじゃない、由乃さんも?」
「え、な、何がよっ」
 ビクッ、と体を震わす。
「何ってー、だからもちろん福沢くんのことよ。付き合っていない、ってのはまあ置いておくとして、好きなのか嫌いなのか、そこのところはどうなのよ。あ、もちろん男の子として好きかどうか、ってことよ」
「な、ななっ……」
 どうして、このタイミングでそんなことを訊いてくるのか。
「あ、私も聞きたいかな、それ。もしも由乃さんが福沢くんのこと異性として意識していない、ってことだったら、きっと福沢くんの隠れファンの女の子達、喜ぶよ~」
 先ほど眠いと言っていたはずの道子まで、そんなことを言いだした。しかし、同じ布団の中に当の本人がる状態で、そんなこと言えるわけがないではないか。
「わ、私は……」
 それでも、黙ったままでいることも躊躇われた。道子の発言が気になったから。
「祐麒とは物心ついたころからずっと一緒だったから、一緒に居るのが当然な感じで……だからもちろん、嫌いなんてことはないけれど、男の子として好きかって言われると、今までそういう風に考えてこなかったから……」
「じゃあ、今考えたら?」
 蔦子が突っ込んでくる。最近の蔦子は、随分とこの手の話に深く入り込んでくるような気がする。
「そ、そんなこと、急に言われても」
「急、ってほどじゃないでしょ、大体もう高校二年生なんだから。それに、こういうことはちゃんとハッキリさせないと、悲しむ、傷つく女の子が増えるだけだよ」
「蔦子……?」
 暗闇、手を伸ばせば届くはずの隣に寝ている蔦子が、なぜか遠くに感じられる。もちろんそんなのは気のせいで、息遣いが伝わってくるのだが。
「まあまあみんな、そんな風に言ったら由乃さんが可哀想じゃん。わたしだって、小さいころに祐麒と遊んでいた時は、好きとか嫌いとか意識しなかったし。ずっと一緒に今までいたなら、なおさらかもだし。こういう話が出た以上、きっと由乃さんも意識するだろうし、遠くないうちに結論出るんじゃないかな?」
 少し離れた場所から祐巳がそんなことを言ってくると、なんとなく他の女子達も黙ってしまった。
「えーと、そろそろ時間も遅いし、確かに疲れてもいるし、もう寝ようか」
「そうだね、お休み」
「おやすみなさい」
 微妙な空気を察したのか、皆してそんな感じで本気で就寝モードに入ってしまったが、由乃としてはありがたかった。
 布団の中で、祐麒は何も言わずにじっとしている。由乃の言葉は耳に入っていたはずだが、果たしてどう思っただろうか。
 分かっている、いつまでも同じままでいられないなんてこと。令だっているわけだし、祐麒だって別に由乃や令以外の女の子を好きになるかもしれない。それでも、ずっと今のままでいたいと思ってしまう。それは、今がとても心地よいから。
 無言で、祐麒の頭を抱え込むようにして髪の毛を撫でる。祐麒は一瞬、身を硬くしたけれど、特に何も反応をみせずにされるがままになっている。
 薄い胸から、はたして心臓の動きが伝わっているだろうか。
 いつからだろう。

 祐麒と一緒にいることで、こんなに胸の鼓動が速くなるようになったのは。

 

「あ……」
「お……」
 翌朝。
 朝食に向かう前にトイレに行っていたので遅れた由乃は、少し早歩き気味に廊下を歩いていたのだが、そこで祐麒の姿を見つけて立ち止まる。
「よ、よう、おはよう」
「え、あ、うん」
 ぎこちない挨拶。
 二人で一緒の布団なんて昔は当たり前だったのに、今じゃあそんなことできるわけもなく、なかなか眠れなかった。それでも昼間の疲労は侮りがたく、いつしか眠りに落ちてしまい、明け方に目が覚めたとき既に祐麒の姿はなかった。
「き、昨日のことだけどさ……」
「べ、別に、寝ている由乃に変なことなんてしてないからなっ」
「そ、そうなの? 別に、ちょっとくらいしても良かったのに」
「え?」
「えっ、いやっ、なんでもない!!」
 慌ててぶんぶんと手を振って誤魔化す。まさか昨夜、一緒の布団で寝ているんだし、もしかしたら……なんてことをちょっとでも考えたなんて、とても言えない。ましてや、それが嫌だと思わなかったなんて。
「と、と、とにかくっ」
 と、何か誤魔化しに言おうとしたら。
「――由乃さん、遅いよ。皆待って、あ、祐麒おはよーっ」
 由乃の様子を見に来た祐巳が、祐麒を見つけて腕に絡みついてきた。
「ちょっと祐巳さん、何でいきなり抱きつくのよっ!?」
「え? ああ、なんとなく?」
「なんとなく、って……」
「福沢くん、おはようございます」
「――へ?」
 すると今度は、また横から別の声。目を向けてみると。
「と、藤堂さん?」
 志摩子がにこやかに立ち、祐麒のことを見つめていた。
「お、おはようございます。えと、どうかしたの?」
 祐麒が問うと、志摩子は恥じらったように頬をほんのりと桜色に染め、祐麒のシャツの裾をキュッと摘んだ。
 そして。
「……だって、夜、いくら待っても来てくれないんだもの。福沢くんの、あの、あんなことになっちゃった責任、とる約束になっていたでしょう?」
 などと言い、潤んだ瞳で見上げてくる。
「ちょっ、な、藤堂さん何を……っ!?」
 慌てる祐麒だが遅かった。
「へぇぇ祐麒、あんた、そんなことを藤堂さんに? やっぱ、女の子が相手なら誰でもあんな風になるんだ」
 腰に手を当て、頬をひくつかせながら睨みつける由乃。
「祐麒ぃ、どういうことか説明してほしいなぁ?」
 にこやかな顔をしながら、絡みついた腕を強くつねってくる祐巳。
「イタタタタタ!! 痛いって、ちょ、いや、俺が何を、なんで!?」
「うるっさい、この変態、スケベ!!」
「誤解だ、いや、やめてーーーーっ!?」
 騒ぎを聞きつけて集まり出す野次馬の生徒達。
 そんな中で蔦子は。
「……結局、いつも通りなのね」
 苦笑いして肩をすくめる。
 だけど、どこかでホッとしている自分がいることも確かで。

 何も変わらないようでいて、それでも少しずつ変化している自分たちの関係、気持ち、距離。

 そんなことを感じさせる修学旅行だった。

 

 

 由乃と祐麒が修学旅行に発ったその日、令は寂しさを覚えながら家の中に佇んでいた。修学旅行の朝は早いので、令も早起きをして朝食の支度をして、皆を起こして、忘れ物がないかを確認し、色々と注意事項を口にして由乃にうるさいと言われ、そうして三人が行くのを見送った。
 時計を見ると、通学するにはまだ余裕のある時間だった。
 誰もいなくなった家は寂しい。さすがに一人でここにいるのは寂しすぎるので、祐麒達が修学旅行に行っている間は隣にある実家に戻るつもりだ。
「はぁ~~、寂しいよう」
 がっくりと肩を落とす令だったが、それでも楽しみにしていたこともある。
 それは。
「――――えいっ」
 ばふんっ、と祐麒のベッドにダイブする令。そして、祐麒が寝ていた枕に頬をすりよせ、毛布に抱きついて匂いを吸い込む。
「あぁ……祐麒くんの匂いがする…………祐麒くん分、補充~~~っ」
 と、幸福そうな表情をして変態丸出しな行為をする。
 それだけにとどまらない。
 祐麒が脱ぎ捨てた寝間着がわりのシャツを手に取ると、それを胸に抱いて堪能する。朝に脱いだばかりだからほんのりと温もりも感じられるし、祐麒の匂いが残っている。
 祐麒の両親が家を空けて一緒に住むようになってから、掃除や洗濯は令の一手に担われているのだが、それを苦労と思ったことはない。むしろ、こうして祐麒のものに触れる機会が増えて嬉しいとさえ思える。
 だが、家には祐麒、由乃、祐巳がいるので、なかなか機会が得られなかったのが、修学旅行の期間は一人きり。祐麒もいないが、朝の残り香を楽しむことは出来る。
「はうぅぅ、これで数日間、我慢できるよぅ」
 すんすん、と祐麒の毛布やシャツに鼻を摺り寄せながら幸せそうに蕩けた表情を見せる令。とてもじゃないが、他人には見せられない痴態である。

 

 果たして、祐麒達が不在の間に令がどのようなことをしていたのか。

 それを知る者は、誰もいない……

 

おしまい

 

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