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ノーマルCP マリア様がみてる

【マリみてSS(令×祐麒)】君色のギフト

更新日:

~ 君色のギフト ~

 

 

 令は大事なことを忘れていた。
 いや、忘れていたわけではない。覚えていたけれど、忘れたことにしていただけだった。何が大事なことかと言うと、今日はバレンタインデーだった。
 受検勉強と実際の試験で忙しく、由乃のためのチョコレートを当日に用意できず、かわりに引換券を用意しているわけで、バレンタインそのものを忘れていたわけではない。では、何かというと。
「うう……ゆ、祐麒くんには、どうしよう」
 情けない声を出しつつ、令は一人、内心で右往左往する。
 もちろん、渡そうと思っていた。だけど、こうして当日になるまで迷っていたのは、ひとえに前回のデートのときの約束。

『受験が終わったら、会ってほしい』

 いや、受検自体は終わったから会っても問題はないと思うのだが、祐麒が言ったのはそれだけではなく。

『次に会ったときに、伝えたいことがある』

 という言葉。
 もし、今日、チョコレートを渡すために会ったら、それ即ち、前回のクリスマスデートから考えて『次に会ったとき』ということになる。
 『伝えたいこと』とはなんだろうと考えると、それはやっぱり、『告白』なのではないだろうかと、令は赤面しつつ考える。祐麒に告白されるなんてことを考えるだけで、気持ちは落ち着かなくなり、胸の鼓動は早くなり、顔が熱くなる。
 リリアンに通っていて、下級生の女の子から告白されたことはあるが、男の子から告白されたことなんて、一度もない。もしも本当に告白だとしたら、しかもその相手が祐麒だなんて考えたら。どんなことを言われるのか、そして令自身はどんな反応をするのか、考えるだけでぼーっとしてしまう。
 祐麒が告げた言葉の意味が、告白することだとしたら、バレンタインチョコレートを渡しに会いに行くということは、令の方から告白を求めに行くようなものではないか。あまりにも図々しく、臆面もない行動に受け取られないか。
 なんであんなことを言ったのか、なんであんな約束をしたのか、ジレンマに陥りながら、令はこの場に存在しない祐麒に文句を言う。
「もうっ、何で受検終わるまでの間にバレンタインがあること、考えないのっ」
 そこまで頭が回っているというのも嫌だが、こうして渡したくても渡しに行けないというのも、歯がゆい。
「あ、でも、別に告白されると決まったわけでもないしぃ」
 両の頬を手でおさえ、うなだれる。
 一人で勝手に妄想して盛り上がった挙句、告白でもなんでもなく、単に次のデートの申し入れだったりしたら、ものすごく恥ずかしい。いや、それはそれで嬉しいけれども、突っ走ってしまった自分の気持ちに羞恥を覚える。由乃のことをとやかく言えるような立場でなくなってしまう。
「そ、そうだよね、そうだと決まったわけじゃないし……ああでも、もしもそうだったとしたらやっぱり、私の方から会いに行くっていうのは、一人でがっついているみたいにとらえられないかなぁ……」
 こうして、令は一人、思考のループにはまってしまうのであった。

 

 思い悩みながらリリアンを後にした令は、一度、家に戻って着替えてから、花寺学院へと足を向けた。手にした鞄の中にはもちろん、チョコレートが入っている。さすがに時間もあまりかけられなかったので、前に作ったことのあるチョコのマドレーヌにした。これなら、レシピも覚えていたので、考えて悩むということもないから。ココア入りのマドレーヌに、チョコレートでデコレーションをしたもので、恥ずかしかったけれど、やっぱりバレンタインなのでハート型を描いてもある。

 白い息を吐き出しながら、花寺へと足を向ける。約束をしていたわけでもないし、いつ頃校舎から出てくるかもわからないし、そもそも、既に帰ってしまっている可能性もあるわけで、会えるかどうかも不確定だ。
 仮にいたとして、会えばいいのか、それすらもまだ心定まっていないのだが。
 やがて花寺学院の正門が見えるところまで出てきた令は、驚きに足を止めてしまった。
 正門前には、何人かの女の子の姿が見えた。リリアンの制服の子が多いように見えるが、他の高校の女の子もいる。共通しているのは、どの女の子も少しそわそわと、落ち着かない様子で校門のさらに先を気にしているということ。
 目当ての男の子の『出待ち』をしていることは、明確だった。片思いなのか、つきあっている彼氏なのかは分からないが、自分の思いを、一年のうちの今日という日に定めて告げようとしているのだ。
 そんな光景を目にして、令の足は固まってしまった。

 何せ自慢をするわけではないが、令は黄薔薇様であり、リリアンの中では有名人である。私服に着替えてきたからといって、正体が分からないはずがない。
 他の生徒の見ている前で祐麒にチョコを渡すなんて、恥ずかしすぎて令にはとても出来なかった。
 挫けて、帰ろうとしたところで、女の子たちに動きがあった。
 何人かの女の子がほぼ同時に、正門に向かって動き出したのだ。
 なぜ、そんなに同時にと、首を傾げる。男の子の方も、集団で出てきたのか、それともよほど人気のある男子生徒を目当てに動き出したのか。
 背中を向けて帰りかけた令だったが、さすがに気になって振り返り様子を見てみると。

「え……あれ、ゆ、祐麒くん?」
 女の子数人に囲まれている男子生徒の姿が見えたのだが、まぎれもなく祐麒であった。困惑した表情で女の子達を見ているが、順番にチョコレートを渡してくる女の子達の相手を律義にして、受け取って、何かを話している。
 ちょっと照れたような、恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな表情をしている。
 令は茫然とその様子を見ていたのだが、急速に怒りが湧きあがってきて、とても見ていられなくなって、早足で場を後にする。

(……な、何よ、あんなデレデレとしちゃって!)

 口を尖らし、内心で色々な文句をぶつけながら歩き続ける。
 だが、初めのうちは勢いよく出ていた文句も、歩数が増えるにつれて勢いを失い、衰えていき、むしろ不安の方が増加してくる。
 祐麒は花寺の生徒会長で、リリアンの学園祭の劇で主演して、顔も知られているし人気も出ている。ファンの女の子がいるという話も、耳にしている。分かっているつもりでいたけれど、実際に目にするまでは本気で信じていなかったのかもしれない。

 だけど今、現実のこととして目の当たりにして、本当に人気があるのだということを突き付けられ、衝撃を受けていた。
 途端に、自信を失っていく。
 こんな、男みたいな外見で、デカくて、ぐだぐだと考えて自分から動くこともなかなかできないような女より、先ほどみたいに積極的に好意を寄せる女の子の方に心は惹かれるのではないだろうか。
 デートをしたと言っても数えるほどだし、明確な約束をしたわけでもないし、告白されたわけでもしたわけでもない。
「……なんだ、何にも、していないんだな……」
 つぶやき、空を見上げる。
 文句を言える立場になどないのだ。そして、そんな立場に甘んじていることは、令自身にも責任があるわけで、祐麒のことを責めるなんて偉そうなことはできないのだ。

「あー、私って本当、ヘタレだなぁ」
 最近、よく由乃にいわれることだ。それは、由乃に対する自分の言動についてのことだったが、由乃のことだけではないようだ。
 そのまま家に帰るのも情けなく、とぼとぼと歩いているうちに、見慣れない場所に入りこんでいた。
 リリアン女子大の敷地内だった。
 二月も半ばということで既に休みに入っているのか、学生の姿は少なく、私服の令が歩いていたところで目を止められることもなかった。
 令は足を止め、近くにあったベンチに腰を下ろした。
 冷たい風が体に突き刺さり、思わず体を抱きかかえるようにして身を縮こまらせる。
 自分はこれからどうしようか、何をしようか、待っていたらいいのか、自分から動くべきなのか、考えがまとまらない。
 信じられないわけじゃない。
 だけど、無条件に信じられるほど、純粋でも世間知らずでもない。

「あー……いつまででも待っている、なんて言ったのは私なのに……」
 ここは、少女マンガの世界ではないのだ。
 待っていれば、望みの王子様が現れて、さらっていってくれるなんてことはない。ましてや、王子様よりも大きいお姫様なんて。
 もう、このまま帰ってしまおうか、なんて思い始める。
 一人、情けなくたそがれながら、大学構内を歩く学生達を無意識に眺めていると、ふと、見慣れた人影が視界に入って、目を瞬く。
「あれっ、祐巳ちゃん?」
 小さく、声を出す。
 校舎の陰から姿を見せたのは、リリアンの制服におなじみのツインテールをした祐巳に間違いはなかった。
 距離も離れていたので、令の声が届いたわけではないだろうが、祐巳も令に気がついたようで、小走りに寄って来た。
「令さま、どうしたんですか、こんなところで」
「それは、こっちの台詞よ。祐巳ちゃんこそ、どうして大学に?」
「えへへ、今日はバレンタインなんで、チョコを渡してきたんです」
「チョコ……ああ、ひょっとして、聖さま?」
「はい。なんだかんだと、今年も色々とご迷惑をかけてしまったこともありまして」
 祐巳に話を聞くと、ちょっと前に連絡をして、既に休みに入っているところを、わざわざ大学まで出て来てもらったとのこと。祐巳は申し訳ないから家の方まで行くと申し出たが、大学の図書館に本を返す用事もあって、聖の方が出てきたらしい。
 聖であれば、例え嘘でもそれくらいのことを言うだろうなと思った。
「あれ、でも祐巳ちゃん、今大学の校舎の中から出てきたように」
「あ、それはですね、外は寒いので、中でお茶をしていたんです」
「なるほど」
 と頷いたところで、校舎から当の聖が姿を現した。

「あれー、祐巳ちゃん、帰ったんじゃなかったの、ってか、令までいるじゃん」
「お久しぶりです、聖さま」
「どうしたの、あ、令もチョコレート? いやーまいったな、あたしにはこのカトーさんという彼女がいるわけで」
「はぁ!? 何言っているのあなたは」
 聖の言葉に、隣を歩いていた眼鏡美人が呆れたように口を開く。
「照れなくてもいいじゃん、昨夜はあんなにチョコレートプレイを」
「ああああああなたは何を口走っているのよ!」
 頬を赤くしながら聖の暴走を止めようとしている。
 彼女は加東景、大学で知り合った聖の友人とのこと。
 祐巳も加わり、仲良さそうに話しているのを見ていると、自然と令の顔も綻んでくる。
「……あの、よかったら一緒に食べませんか?」
「え、本当に持ってきてくれたの? じゃあ、外じゃ寒いし中に戻ろうか」
 ということで、四人で連れだって大学の校舎の中に入っていった。休み期間中ということもあり、学生食堂は休みだけれども、スペース自体は解放されているので、適当なテーブルに腰を下ろす。

「うわー、美味しそう!」
 ラッピングを解き、姿を見せたマドレーヌを見て、祐巳が声をあげた。
「令のお菓子も久しぶりだからな、うーん、楽しみ! カトーさんは初めてだよね、これ食べたら、市販のお菓子じゃ満足できないカラダになっちゃうかもよぉ」
「へぇ、凄い、これお店で売っているものじゃないんだ。美味しそう……でも、私なんかがいただいちゃってもいいのかしら」
「どうぞどうぞ、遠慮しないでください。あ、私、何か飲み物買ってきますね」
 立ちあがり、入口近くにある自動販売機へと向かう。
 さびしい気持ちは当然あるが、これで良いのだと思うことにする。喜んで食べてもらえるなら、それで良いではないかと。どうせ祐麒は、他の沢山の女の子からチョコをもらって、お腹一杯だろうし。
 温かい飲み物を適当に購入して、テーブルの方に戻る。
「サンキュー、令。いや、至れり尽くせりで悪いね。はい、これ飲み物代」
「え、いいですよ、そんな」
「あのね、チョコもらって、飲み物までご馳走になったら先輩のメンツが立たないでしょう? いいから受け取っておきなさい」
「凄い、本当に凄く美味しい! 支倉さん、私、感動している!」
「あ、ありがとうございます」
 自分の作ったものを美味しく食べてもらえるというのは、本当に嬉しい。
 祐巳が、聖が、景が、美味しいと口をそろえ、笑顔で食してくれているのを見ると、令も心が温かくなる。
 でも、もしこれを、祐麒が食べてくれていたら――
 そう考えそうになって、慌てて心の中で首を横に振る。

「……どうしたの、令。何かあった?」
「えっ? 何がですか、何もないですよ」
 無意識のうちに、感情が表に出ていたのだろうか。いや、そうでなくとも聖は鋭いから、わずかな異変でも気がついたかもしれない。
 令はつとめて、何でもない風を装う。いくら聖が鋭いといっても、令とのつながりがそこまで深いわけではない。それ以上追及することもなく、聖は缶コーヒーに口をつける。
「あの、令さま。もう一つ食べてもいいですか? 本当に凄く美味しくて!」
「はは、遠慮しなくて食べていいんだよ、祐巳ちゃん」
 恥しそうに、でも少し期待を込めてお願いしてくる祐巳に、笑いかける。
「あははっ、祐巳ちゃんは本当に、甘いものが好きだよねぇ」
「いいじゃないですか、美味しいんですから……ん?」
 もうひとつ、マドレーヌを取ろうとした祐巳の手が止まった。
「何か落ちて」
 祐巳が拾い上げたのは、一枚の小さなカードだった。
 景と話していた令だったが、カードを目でとらえた瞬間に動きがフリーズした。

「あ、そ、それっ」
 慌てて手を伸ばそうとしたが、祐巳はあいにくテーブルをはさんで向かい側、止める前にカードに目を落とす祐巳。
「えと……え……ええっ!?」
「ん、何々、どしたの祐巳ちゃん……へえぇ、これはなんとも」
「何よ、どうしたの一体……あら」
 祐巳から聖、そして景へと流れるようにして渡っていくカード。最後に目にした景が、ちらりと令に視線を向ける。
「あぅあぅ」
 令は一人、おろおろとする。
「支倉さん、これ、私たちなんかが食べちゃあいけなかったんじゃないの? この"祐麒"さんって人に渡すものなんでしょう」
「は、はうぅぅ~っ」
 読んで名前を口に出され、一気に真っ赤になっていく顔を、両手で抑える令。
 うっかりしていたが、祐麒に向けたメッセージカードを中に入れておいたのだ。それを、見られてしまった。しかも三人で、その内の一人は。

「れれれ令様が、ゆ、祐麒とっ!?」
 目をまん丸にして、令のことを見つめてくる祐巳に、令はますます顔を赤くし、身を縮める。まともに顔を見ることなんてできそうにない。
「ち、違うの、別にまだ付き合っているとかそういうんじゃなくてっ」
 俯いたまま、とりあえずそれだけを絞り出すように言う。
「へえ、祐麒のことをね。びっくりしたけれど、いいんじゃない、お似合いだと思うよ」
 茶化すわけでもなく、ごく優しい目と口調で言ってくれる聖だが、余計に恥しくてたまらない。
「祐麒に令さまなんて、もったいなさすぎますよ、むしろ」
「ああ、祐麒さんって、祐巳ちゃんのご兄弟なんだ? でも、どうして祐麒さんに渡さないでこんなところで……」
「もしかして祐麒のやつ、受け取るの断ったりしたんですか!? 祐麒ったら、なんて罰当たりなことを!」
「ち、違う、違うから祐巳ちゃん!」
 憤懣やるかたない表情で立ちあがり、今にも駆けだそうとする祐巳を慌てて引きとどめる。
「ただ、渡せなかっただけ。祐麒くん、ファンの女の子達から沢山、チョコレートもらっていたから」
 言いながら恥しくなり、しゅるしゅると萎れるようにして、テーブルに顔を伏せる。
「ああ、それで令、嫉妬して帰ってきちゃったの。か~わい~いなぁ、もう」
 聖がにやにやとしている。
 隣の景もまた、聖母のような見守る笑顔を向けて来ている。
 そして、祐巳はといえば。
「任せてください、令さま! これは必ず、私が祐麒に渡しますから。あと、お説教もしておきますから、令さまというものがありながら、他の女の子にうつつを抜かすなんて、恥知らずにも程がある」
 なぜか燃え上っていた。
「でも、もう開けちゃったし、こんな状態のを渡すわけには」
「ラッピングし直せば問題ないでしょう、手作りなんだし。ちょうど私、家に余っているのあるから、それを使ったらいいわ。大きさも、あうと思う」
「それだったらさ、やっぱり令が直接手渡した方がいいんじゃない?」
「そうですよねえ、私、祐麒を呼びつけましょうか」
 令のことなのに、令のことを外に置いて、話は盛り上がっていくのであった。

 

 夕食を終え、リビングでテレビを眺めながらも、祐麒は上の空だった。
 今日はバレンタインデー、予想もしなかったことに学校の校門で出待ちがあり、なんと4人の女の子からプレゼントを貰った。空前の出来事で、もちろん悪い気はしなかったが、有頂天になるほどではなかった。それはひとえに、本当に欲しいと思っている相手は、ただ一人だから。
 自室には、まだ開けていない4人からのプレゼントが置いてある。ありがたく受け取ったし、ちゃんとホワイトデーにはお返しをしないといけない、などと考えつつも、どうしても気になるのは令のこと。
 貰えるだろう、なんて根拠のない思いがあったわけではないが、期待はしていた。しかし夜になって何もないということは、駄目だったということだろう。受験生だし、付き合っているわけでもないし、受験が終わるまで会わないなんて言ったのは自分自身だし、仕方ないとは思うけれども、やはり落胆はする。

「祐麒、ちょっといい?」
 部屋に上がっていた祐巳が戻ってきて、祐麒の前に立つ。
「祐麒、今日は女の子から沢山チョコレートもらって、鼻の下のばしていたんだって?」
「誰から聞いたんだよ、そんなこと。それに、別にのばしてなんかいないし」
「本当かな~、これ、あげるのやめようかな」
 訝しげな目を向けながら、後ろ手に持っていたものを見せる。綺麗にラッピングされているそれは、祐巳からのバレンタインチョコレートか。
「なんだよ、せっかくだから有り難くいただくよ」
「そんな態度の人にはあげませーん」
 受け取ろうとしたが、祐巳は腕を上にあげてわざと遠ざける。何を不機嫌になっているのか、まさか弟が女の子からチョコレートをもらって嫉妬しているのか。いや、そんな姉ではなかったはずだ、そう思いながら目を祐巳の手に向けると。
「え、あ、おまっ、それっ!?」
 ちらりと見えた、包みに添えられていたカード。内容までは見てとれなかったが、右下に署名のようなものがあり、その一番端には間違いなく"令"と、書かれていた。
「あ、気がついちゃった? そう、これは黄薔薇様からのバレンタインチョコ」
 どうして祐巳が、令からのチョコを手にしているというのか。まさか、令は祐巳を介して渡してくれたというのか。チョコは嬉しいが、それでは二人の関係、といってもまだ特別なものではないが、それに気がつかれてしまうではないか。それとも単に、義理チョコといって渡したのか。

「祐麒は沢山の女の子からチョコ貰って嬉しいみたいだし、いらないなら私がもらっちゃっていいって、令様から言われているんだけど」
「ばっ、馬鹿っ! 俺が欲しいのは何十個ものチョコじゃなくて、ただそれ一つなんだからっ!!」
 祐巳の言葉に、咄嗟にそう叫んでいた。
「――――――うわぁ」
 聞いた祐巳が驚いた顔をしているが、祐麒だってびっくりだ。
「聞いたこっちの方が、恥しい……」
「馬鹿、俺の方が絶対に恥しい」
 だが、引くわけにはいかなかった。祐巳の手に握られているのが、令からのチョコレートであるなら尚更だ。
「えっと……祐麒と令様って、本当に? え、い、いつから」
「ち、違う、そういうんじゃない」
「じゃあ何、祐麒は令様のことどう思っているの。好き……」
「やめろ、言うなよっ! それは、俺が、俺自身であの人に最初に伝えるんだから!」
 心臓がバクバクいっている。
 今や、鏡を見られないような顔になっていることは間違いない。
 それでも、ここで逃げるわけにはいかなかった。祐巳に嘘をついたら、それは令に伝わってしまう。くだらない意地で令を悲しませる恐れがあるくらいなら、自分自身をさらけ出す方が、余程ましだ。
「……そっか。うん、祐麒も真剣に考えているんだね、よかった」
 不意に、祐巳は頷くと、手にした包みを祐麒にそっと差し出してきた。
 受け取ると、優しい重みが手のひらに伝わってくる。
「令さまにお礼、しなさいよ。それから、ちゃんとどこかで話して、教えてね」
「あ、ああ」
 コクンと、首を縦に振る。
 思いもかけない展開になったが、それでもこうして、令からのバレンタインチョコレートを手にすることが出来た。
 メッセージのカードを、改めて見る。令の字で綴られた簡素なメッセージの中にも、込められた気持ちが感じられるようだ。書かれているのは、そんな特別ではないことで、でも、どこか胸を打たれるようで。
 もうすぐ、春が来る。あとは、自分の想いを伝えるだけ――
 決意も新たに、手にした包みを見つめていると。
「ああ、やっと終わったの? で、これが祐麒の本命の女の子からのプレゼント?」
 キッチンから、ひょっこりと顔をのぞかせてきたのは母だった。
「か、母さんっ!?」
「祐麒があんなに情熱的なことを口にするなんて、どんな子なの、祐巳ちゃん?」
「えっとねー」
「うわ、やめろよ馬鹿、恥しいだろっ! 母さんも何、聞いているんだよっ」

 騒がしいバレンタインの夜。

 会うことはできなかったけれど、だからこそ余計に、想いは募っていく。

 

おしまい

 

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