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ノーマルCP マリア様がみてる 祥子

【マリみてSS(祥子・祐麒)】私の手をとって

更新日:

~ 私の手をとって ~

「本当に、ありがとうございました」
 目の前で深々と頭を下げる女性に、祐麒は慌てて頭をふった。
「いや、そんなたいしたことじゃないですから」
「でも情けないわ。自分の家に帰るのに、道に迷うなんて」
 落ち着いた感じの、ちょうど祐麒の母親と同年代くらいのその女性は、上品に困った顔をした。
 その人は、小笠原清子さん。祐巳の愛しのお姉さまである、小笠原祥子さんのお母さんだ。前に一度、小笠原家に訪れる機会があり面識はあったが、一度会ったくらいの庶民のことを覚えてくれているとは思っていなかった。
 そんな清子さんとたまたま会ったとき、清子さんは道に迷っていた。
 どうやら一人で買い物に出ていたらしいが、普段は運転手付きの車で送っていってもらうことがほとんどのため、慣れない土地で迷ってしまったらしい。
 なぜ、小笠原家の奥様ともあろう人が、そんな一人で買い物に行くなんていう気まぐれを起こしたのか、つい好奇心から聞いてしまったが、清子さんは笑って答えてくれた。
「コンビニの鍋焼きうどんが恋しくなりまして」
「……はあ」
 小笠原家の奥様が、コンビニの鍋焼きうどん?と、頭の中を疑問符が飛び回る。確かに、最近は随分と涼しくなってきたけれど、清子さんだったらコンビニどころか、一流料理人の作った鍋焼きうどんを食するくらい、簡単だろうに。それとも、そういうのはもう飽きてしまって、安物の味が珍しいのだろうか。どちらにしろ、お金持ちの考えることは良くわからない祐麒であった。
 とにもかくにも、道に迷い途方に暮れていた清子さんを保護した祐麒は、なんとか小笠原家まで清子さんを送り届けたというわけだった。
「それじゃあ、俺はこれで」
「あ、祐麒さん。上がっていきませんか? お礼もしたいし、良かったらお食事でも」
「いや、ほんと大したことしてませんから。お気持ちだけで十分です。失礼します」
 頭を下げると、祐麒は清子がまた何か言い出す前に小笠原家の前を離れた。
 正直、たった一人小笠原家に上がってご馳走になるなど、そんな度胸は祐麒にはなかった。一体、何を出されるのかわからないし、マナーだってさっぱりである。清子さんは、その辺は気にしないだろうと分かっていても、甘えるわけにはいかなかった。
 小走りに小笠原家を後にした祐麒だったが、その時は気がついていなかった。立ち去る祐麒の後ろ姿を見る清子さんの目が、何か悪戯を思いついた子供のような輝きを秘めていたことに。

 清子さんと出会ったことなどすっかり忘れた頃、それはいきなりやってきた。予兆も何もなく、ただ唐突に、祐麒の目の前に現れた。
 黒塗りのベンツが。
 そしてあろうことか、『福沢祐麒さまはいらっしゃいますか』と、祐麒のことを名指ししてきたのだ。
「ちょ、ちょっと祐麒、どういうこと?!」
 と、祐巳が慌てふためくのも無理ないことだろう。祐麒自身、何がどうなっているのか理解できていないのだから。
 黒塗りの車の扉を開けて降りてきた男の人は、小笠原家の遣いのものだと名乗り、名刺まで渡してくれた。疑いがあるなら、電話で確認してくれても構わないとも言った。だが、外に出てきた祐巳が、運転手さんの姿を見て「あ、松井さん!」と、間違いなく小笠原家の車だということを認識させてくれたので、やめておいた。
「あの、福沢祐巳、の間違いじゃありませんか?」
「いえ、間違いなく福沢祐麒さまとのことでした」
「でも、どなたが俺なんかを……?」
「奥様です。先日、祐麒さまに困っているところを助けていただいて、お礼もしないのでは小笠原家の恥だ、とのことで、是非ともお礼を受けていただきたいとのことです」
「祐麒、あんた清子さまに、何をしたの?」
「いや、特に何も……って、あ、ひょっとしてアレか」
 そこでようやく、しばらく前に道に迷っていた清子さんを助けたことを思い出した。
「あんなことくらいで、大げさな」
「しかし、奥様はそうは思っていないようでして」
「私達も、祐麒さまをお連れしないでは、小笠原家に戻ることも出来ないんですよ。どうか、私達を助けると思っていただけませんか?」
 運転席から松井さんも降りてきて、人のよさそうな笑みを向けてきた。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんと、そう言っているように見えた。
 そこで祐麒は、ようやく諦めることにした。
 祐巳も同じことを思ったのか、肩をすくめながら祐麒に向けて言った。
「行ってあげたら、祐麒?」
「ああ、わかってるよ」
 頷きつつも、どんな豪華な接待をされるのだろう、と思うとどうしても心が重くなるのであった。

 車に揺られて小笠原家に到着すると、またまた意外な展開が祐麒を待ち受けていた。玄関にて祐麒を出迎えたのは清子さんではなかった。
「ごきげんよう、祐麒さん」
 なんと、祥子さんが祐麒のことを出迎えてくれたのだ。
 しかも。
 しかも、豪奢なドレスを身にまとっている。大胆に胸元を見せたブラックのホルターネックで、シャープラインにジルコニアが輝いている。スリットもまた大胆に入っていて、とにかくセクシーなドレスだ。
 身に着けているのが、あの祥子さんだから、衣装と本人の素材が掛け合わされて、祐麒の貧弱な語彙では、「とにかく凄い」としか表現のしようがなかった。
 あまりのことに、挨拶することすら忘れていた祐麒だったが、特にそれを気にした様子もなく祥子さんは困った顔をして口を開く。
「ごめんなさいね、母が呼んだのでしょう。なのに、お母様ったら、急用が出来たとかいって私に祐麒さんのことを頼むって……」
「はあ」
 生返事をすることしかできない祐麒。
 それくらい、目の前に立っている祥子さんには、圧倒的な存在感があった。というか、どうしても視線が胸の方にいってしまうのを、どうにか抑制するのが大変だった。
「私も今日はこの後、ちょっと、パーティに出なくてはいけなくて」
「そうなんですか……」
 内心、ホッとする祐麒。それなら、このまま家に帰れそうだと思ったから。
「申し訳ないけれど祐麒さん」
「はい、分かっています」
「そう。では、急いで着替えてくださるかしら」
「はい…………って、えええ?!」
 思わず叫ぶ祐麒。
 着替えてくれって、一体、何をさせようとしているのでしょうか祥子さんは、と言いたい。それはもう、声を大にして言いたいのだけれど。
「衣装はこちらで用意していますので。さ、上がってください」
「え、いえ、でも」
「大丈夫、今の服はこちらでお預かりしますから。さ、セバスチャン、祐麒さんを案内して差し上げて」
 先ほど、車で出迎えてくれた男の人に向けて祥子さんが首を振る。日本人に見えるけど、セバスチャンというのかと、こんな事態にも関わらず祐麒は考えてしまった。加えて、セバスチャンかよ、ベタだな! というツッコミを心の中で入れるのも忘れなかった。
「祐麒さま、こちらです」
 余計なことを考えている間に、セバスチャンさんに腕をつかまれて、中に連れ込まれてしまった。
「ひ、ひええええっ?!」
 情けない悲鳴は、祥子さんには届いていなかった。

 ―――ここは、どこだ。
 思わず、素でそう考えてしまうくらい、そこは祐麒が生きてきた世界とは別物だった。皆、めいめいに着飾ったドレスやスーツで、談笑している上流社会の方々。きらびやかなパーティールーム、ビュッフェ形式だが一目で一流シェフが調理したと分かる豪華な食事。バックに流れる優雅なピアノはプロの生演奏。
「どうぞ、祐麒さん」
「あ、ありがとうございます」
 差し出されたグラスを無意識のうちに受け取り、一気に半分くらい飲み干す。それくらい、喉が渇いていた。
 グラスを渡してくれた祥子さんは、そのまま祐麒の隣に立ち、目を伏せて軽く息を吐き出した。
 壁際の目立たない場所だというのに、祥子さんはフロア内の他の誰よりも目立っているのではないかと思えた。色っぽいドレス姿だからというわけではない。その外見的な美しさもさることながら、内面からにじみでる精気というか、輝きが圧倒的なのだ。
 それに比べると。
 祐麒は自分の姿を考えて、ため息をついた。
 小笠原家で用意されていたスーツは、祐麒でも聞いたことのあるブランドものの、いかにも高級そうなもので、非常に洗練されていた。きっと、柏木先輩とかが着ればものすごく様になるのだろうけれど、祐麒が身に着けたあと鏡を見て最初に思った感想はといえば。
『―――七五三か?』
 というものだった。
 祥子さんは「素敵よ」なんて言ってくれたけれど、どう考えたってお世辞だろう。今、こうして並んで立っていても、はっきりいって、ただの引き立て役にしかなっていない。
 なんで、自分はこんなところにいるのだろうか。
 祥子さんに連れられて最初に行ったのは、なんとかいう音楽コンクールの会場だった。よくは分からないけれど、祥子さんのお父さんの、仕事関係の知り合いの娘さんが出場しているとのこと。なぜ祥子さんまで、という気もするけれど、きっと色々とあるのだろう。それに、祥子さんは綺麗だから、失礼かもしれないけれどその辺も理由としてはあるのかもしれない。
 コンクールは予定通り無事に終わり、その娘さんは見事に三位となった。そして現在、その娘さんの父親が主催のパーティに来ているというわけだ。主役はもちろん、コンクールで入賞した子であるのだが、目立たないようにしても、主役より目立ってしまうのはさすが祥子さんというべきか。
「本当、ごめんなさいね。きちんと母がお世話になったお礼をしたかったのだけれど、いきなりこんな所まで連れてきてしまって」
「いえ、びっくりしましたけど、なかなか貴重な体験ですから。コンクールも、俺、生でああいう演奏聴くの初めてだから感動しましたし、このパーティもまあ、料理とか美味しいし」
「そう?そう言ってもらえると、ちょっと気が楽になるわ」
 それに加えて、祥子さんのドレス姿も見れたし、というのは口に出さない。きっと、祐巳が聞いたら物凄く羨ましがるだろう。
 ちょっとした会話をしている間にも、色々な人が祥子さんの所にやってきては、何か話していく。その中には、祐麒に好奇の視線を向けてくる人も多くいたが、皆、特に何か言うわけでもなく去っていく。
 当たり前といえば当たり前だが、放置される身としては、少し退屈だ。いくら美味しいからといって、ずっと料理を食べているというわけにもいかない。
「ふう……」
 隣で、祥子さんがまた軽く息を吐き出した。
 あれ、と思って祥子さんを見て、声をかけようとしたところで別の声が横から入ってきた。
「祥子お姉さま、いらしてくださったんですね! 嬉しい」
「ごきげんよう、美影ちゃん。演奏、良かったわよ」
「本当ですか? 祥子さまにそう言っていただけるなんて、お世辞でも嬉しい」
「あら、お世辞なんかじゃないわよ。前に比べると、本当に格段に上手になったわ」
 やってきたのは、本日の主役の女の子だ。美影ちゃん、と呼ばれたその子は中学生くらいだろうか。大きな目と、リボンで飾られたストレートの黒髪が特徴的な、まずまず可愛い女の子だった。
 祥子さんとも以前から面識があったようで、すぐに音楽談義に華が咲いた。すると、それを合図にしたかのように、同年代くらいの女の子達が急に祥子さんの周囲に集まってきた。どうやらみんな、最初に話しかけるのは本日の主役である美影ちゃんに譲っていたらしい。
 女の子達の集団を避けるように、祐麒は少し移動した。さすがに、女の子の集団の中、一人でいるだけの度胸も甲斐性もない。こんなとき、柏木先輩ならうまいこと中に溶け込むのだろうけれど。
 女の子達はめいめいに、祥子さんに話しかけている。才媛の祥子さんは、彼女達から相当に慕われているようだ。そして、祥子さんはそんな彼女一人一人に、優しく接している。笑顔を絶やさず、誰に対しても不公平にならないよう気遣って。
(結構、大変なんだな……)
 小笠原家の娘というのも、何かとあるみたいだ。アップルティーを口にしながら、祐麒はそんなことを考えていたが。
(あれ……?)
 見ていると、何やら話して少女達がいっせいに笑った瞬間、祥子さんだけが顔を少し翳らせて、息を吐いていた。
 女の子達が笑い終えて話をし始めると、すぐに笑顔に戻ったけれど、気になった。
 そういえば今日、何度かそんなところを見ている。
 注意して見ていると、その後もまた、そっとため息のようなものをつく瞬間があった。少し化粧もしているようだし、気がつかなかったけれど、ひょっとして―――

「―――祥子お姉さま、聞いてください。それでゆかりさんたら―――」
「ふふ、どうしたのかしら、ゆかりちゃんが」
「……きゃあ、な、なんですか、貴方は?!」
 突然あがった悲鳴の方に視線を転じてみると。
 女の子達をかきわけるようにして、祐麒さんが姿を現した。
 それまで祥子を取り囲んで、華やかな笑顔を浮かべていた女の子達が、一様に困惑の視線を祐麒さんに向けている。
 一体、どうしたというのだろうか。
「祐麒さん……?」
 祥子もまた、困惑を乗せて問いかけてみた。
 すると、祐麒さんはちょっとだけわざとらしい笑顔を美影ちゃんたちに向けながら、口を開いた。
「ご歓談中に失礼します。祥子さん、申し訳ありませんが、そろそろ」
「―――?」
 この後、何か予定していただろうか。いや、仮予定がにあったとして、それを祐麒さんが知っているわけはないのに。
「ほら、今日はこの後、柏木さんと」
 優さん?
 今日は都合が悪くて、このパーティには出席できないと祥子は聞いていた。
「皆さん、申し訳ありません。さ、祥子さん」
「え……え、ええ」
 無意識のうちに、伸ばされた祐麒さんの手を取ると、思いがけない強い力で引かれた。その勢いに半ば引っ張られるような感じで、女の子達の輪を抜ける。彼女達はみんな、あっけに取られていたようで、声をかけることも出来ずに二人のことを見送っていた。
 やがてホールを抜けて、廊下を歩き、エントランスの近くまで来たところで、ようやく祥子は問いかけた。
「あの、祐麒さん。優さんから何か……?」
 すると祐麒さんはようやく立ち止まった。
「いえ。柏木先輩のことは、嘘です」
「嘘……? なんで、そんなことを」
 祐麒さんは振り向いた。
 そして少し躊躇った後に、口を開いた。
「祥子さん……ひょっとして体調、優れないんじゃありません?」
「えっ……」
「化粧で隠れているけれど、顔色、良くないように見えるし、話しているときの祥子さん、笑っていたけれどどこか辛そうで。疲れているだけかな、とも思ったんですけど……」
「それで、優さんと約束、なんて嘘をついて、私を連れ出したの?」
 少し驚いた。
 平静を装っていたつもりだったし、実際、他の女の子達には気づかれた様子はなかったのに。
「それでもし、違っていたら……祐麒さんの言うとおり、疲れているだけだったらどうするつもりだったのかしら。それに、美影ちゃんたち……嘘だってバレたら、恨まれるわよ」
「確かに、彼女達には申し訳ないですけれど、体調悪いのに、長時間いるのは辛いでしょう。それにもし俺の勘違いだったとしても、俺だったら、きっともう会うこともないだろうし」
 そう言うと、祐麒さんは悪戯っぽく笑った。
 その顔を見ると、祥子ももう何も言う気が起きなくなって、苦笑するしかなかった。
「……そうね、実はちょっと辛かったの。ただの疲労だとは思うのだけれど、ありがとう、祐麒さん」
「ほら、やっぱり。無理しちゃダメですよ」
「ふふ」
 少し、祐巳みたいだと思った。
 普段は少し鈍いけれど、祥子のことは誰よりも良く分かってくれる、優しくて可愛い妹。祐麒さんもまた、そうなのだろうか。だとしたら、さすが血を分けた姉弟というところか。
 そこまで考えたところで、祥子はようやく重要なことに気がついた。
「あの、ところで、祐麒さん」
「はい、なんでしょうか」
「あの…………手……」
「えっ?」
 そう、ホールを抜けようと差し伸ばされた祐麒さんの手。今もまだ、祐麒さんのその手は、祥子の手を握って離さなかった。
「あ、す、すみませんっ!」
 祥子に指摘されてようやく祐麒さんも気がついたのか、飛び退くようにして手を離した。その慌てようがやけに可笑しくて、つい祥子は笑ってしまった。まるで祐巳のように、表情もくるくるとよく変わる。
「あ、今、笑いましたね祥子さん」
「え、何のことかしら」
「あー、とぼけないでくださいよ」
「ごめんなさい。さ、戻りましょうか。せっかく祐麒さんが連れ出してくれたのに、誰かに見つかったらややこしいことになるかもしれないし」
 いつもは優さんにエスコートされる方だけれど、今日に限っては場に慣れていない祐麒さんを祥子がエスコートする。そんな立場の変化もまた、新鮮に感じられて。
 先に立って歩き出すと、祐麒さんがついてくる。
「こちらよ、祐麒さん」
 祥子は振り返ると、偽りのない笑みを向けたのであった。

 家に戻る頃には、体調も随分と良くなっていたけれど、あのままずっとパーティ会場に居続けていたら悪化していたかもしれない。祐麒さんには素直に感謝しておくことにした。
「お帰りなさい、祥子さん。あら、祐麒さんも」
 帰宅すると、母が満面の笑みで出迎えてくれた。
「あら、じゃないでしょう。祐麒さんをお呼びしたのはお母様なのでしょう」
「祥子さんたら、そんな風に怒らなくてもいいじゃない。それに丁度良かったのではないかしら。祐麒さんだって、私みたいなおばさんより、祥子さんと一緒の方が嬉しいでしょうし」
「えっ」
 母の言葉に、同時に声を上げる二人。
 しかし、さらに追い討ちをかけるように、母は続ける。
「祐麒さんも、とっても格好いいわ。こうして二人で並んでいると、とってもお似合いよ」
 嬉々として、そんなことを言う母。
「な、何を言っているの、お母様っ」
「いいじゃないの。祥子さんだって、随分と楽しそうな顔をしていたし。いつも、パーティから帰ってくると疲れが顔に出てしまうのに。やっぱり、一緒に居る人が違うと、気分も違うのかしらね」
「お母様、もういいですから、戻ってください」
「はいはい。おお怖い」
 母は、首をすくめるようにして廊下を歩いて行った。
 一体、何のために祐麒さんを呼んだのか。自分が、祐麒さんにお礼をしたかったからではなかったのだろうか。
「……本当にごめんなさい、母が……」
「はは、気にしないでください」
 笑いながら言ってくれた祐麒さんだったけれど、本当に申し訳なかった。
 その後、お茶でもどうかと誘ってみたけれど、祐麒さんは遠慮された。あまりしつこくするのもどうかと思い、とりあえず今日は着替え終えた祐麒さんを車で送らせて別れることとなった。
 走っていく車を見送ると、祥子は自分の部屋に戻った。
 まだドレス姿だったので、早いところ着替えたかった。ショールを脱いで、続いてグローブを外すと、あらわになった自分の白い肌をじっと見つめる。

 グローブ越しだったけれど、祐麒さんに握られた手が、まだ熱を持っているような気がした。
 手だけではない。
 なぜか、体全体が少し、熱っぽい気がする。

 きっとまだ、体調が少し悪くて発熱しているせいだと、祥子は思うことにした。

 ドレスを脱ぎ、ラフな格好に着替える。
 その時はまだ、同世代の男性とあれだけ近くで触れ合ったのに平気だったという事実に、祥子は気がついていなかった。
「祥子さん、お茶にしませんか?美味しいカステラいただいたのよ」
 母の呼ぶ声が聞こえる。
 それに応えながら部屋を出ようとすると。
「今日のお話も聞きたいし。ねえ、祐麒さん、どうだった」
 そんな言葉が続けて母から発せられた。
 まったく、本当に困った人だ。いったい何が、どうだというのか。
 そう思いながらも、祥子は今日のことを思い返しつつ自室を出た。

 その顔に微笑が浮かんでいたことを知っているのは、祥子も含め誰もいないのであった。

おしまい

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