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ノーマルCP マリア様がみてる

【マリみてSS(聖×祐麒)】Please "Say" Yes … <第六話>

更新日:

 

~ Please "Say" Yes … ~
<第六話  鼓動>

 

 

 景とのデートは予定外ではあったけれど、それはそれで楽しかった。だからといって、良い方向に進むというわけではないが。
 デートの日から数日後、祐麒は久しぶりに聖と会う約束をしていた。ちなみに、デートから今日の日まで聖から来たメールはといえば。

『どう、今日のカトーさんとのデートは楽しかった?』

『カトーさん、祐麒とのデート楽しかったって! どう、ナイスサポートだったでしょ。この先もがんがん攻めた方がいいよん』

 という2通と、今日の誘いに対する返事のみ。正確には他にもあるのだが、忙しいのか、一言での返事や、テキトーな感じのものばかりだった。
 景とコンサートを観ると決断したのは祐麒自身だし、そのことを否定するつもりも、後悔するつもりもない。だから、誤解されたままだというのは、現状では仕方がない。
 だから今日こそは、その誤解をとくのだ。状況がどうとか、雰囲気がとか、そんな贅沢を言える身ではないのだ。聖に受け入れられるかどうかはともかく、まずは祐麒の気持ちを正しく理解してもらうことが先決だと、遅まきながら理解したのだ。
 この前のデートでお金を使ってしまったので、プレゼントも何もない。会う約束をしているのだって、いつもと変わらずゲーセンなので、服装だってカジュアルな装いのまま。そんなことは関係ないのだから。
 大きな決意を抱き、そうしていざ、約束の場所にやってきたのだが。
「やはー、祐麒、ごきげんよー」
 軽いノリの挨拶とともに現れた聖。
 しかし、その両隣にはなぜか。
「こんにちはー」
「どうも、こんにちは……」
 これまた聖に劣らない美少女が二人、立っていた。
 どこかで見たことがあると思ったら、二人は聖と同じ学年の薔薇さまで、水野蓉子、鳥居江利子だった。それならば、学園祭などで顔を見たことがあるはずだ。
 二人がなぜ、聖と一緒に現れたのか。江利子は物珍しげに、興味を隠そうともせずに祐麒のことを見つめており、蓉子の方はなんだか少し申し訳なさそうな、微妙な笑顔を見せている。
 一体、どうしたことかと聖に訊ねてみると、約束がバッティングしたとのこと。
「いや、ごめん、蓉子たちと約束していたの忘れててさー。でも、もう今日のことだし、それなら祐麒と一緒に遊んだらいいかなーって」
 どうせ蓉子や江利子とも、久しぶりに会って、どこか遊びに行くというのが目的だったので、祐麒が一緒でも問題ないだろうと思ったらしい。聖や祐巳という共通の知人もおり、祐麒の性格的にもすぐに馴染み、蓉子や江利子も拒否反応はないと聖はふんだらしいが、それでも、ちょっとそれはどうなのだろうかと祐麒は思う。
「でも、みなさん久しぶりに会うのでしょう。ここは水入らずでお話された方が」
「気を使わなくてもいいよ、あたし達ならいつでも会えるし。ねえ?」
「ねえ、じゃないわよ。聖、あなたが約束を忘れるからいけないんでしょう。彼にも迷惑をかけて」
「そうそう、それより聖こそ大丈夫なの? 彼氏と遊ぶのに、私ら一緒で」
 ヘアバンドをしている方、江利子がちょっとふざけた口調で言った内容に、祐麒の方がどきりとする。
「あはは、違うよ、あたしと祐麒は遊び友達だから」
 あっさりと、笑って否定する聖。
「あら……そう? ふーん……」
 言葉を濁し、ちらりと視線を祐麒に向ける江利子。その表情は、どこか納得がいっていないようだが、そんな目で見られたところで祐麒にはどうしようもない。
「祐麒にはさ、今好きな人がいて、その人を落とそうと頑張っているところなの。そうそう、今日はその話も聞かなくちゃいけないから」
「あら、それは面白そうね」
「ちょっと聖、それに江利子も、失礼じゃないそんなの……で、相手はどういう方なの?」
 止めるかと思いきや、蓉子まで話に加わってきている。
 結局、逃げる隙を見失い、祐麒は三人にファミレスまで連行されてしまった。

 

 ドリンクバーと、みんなでつまめるフライドポテトなどを注文して落ち着いたところで、さっそく、祐麒の話題が始まった。祐麒がいる中で、リリアンでの思い出や、三人の話をするのも悪いだろうという配慮もあるのだろうが、有難迷惑である。
「カトーさん、デート凄く楽しかったって言っていたよ。良い笑顔だったし、これ本当に、脈ありというか、むしろもういけるんじゃないかなと、あたしは見たね」
 ポテトを口に放り込みながら、得意げに言う聖。
「カトーさんて、前に聖と一緒にいた人? ああ、美人よね、彼女。へえー」
 頬杖をついた江利子が、小さく頷く。
「もう、江利子」
 隣に座っている蓉子は、ほとんど初対面の相手にそんな突っ込んだことを聞くのが申し訳ないと思っているのか、たしなめようとするかのような口調で言いかけるが。
「蓉子はどう思う? 年下の男の子、年上の女として」
 と、聖にふられて。
「えっ、なっ、なんで私っ?」
 驚き、少しうろたえる。
「や、なんかね、蓉子とカトーさん、似てるから。性格とか、本質的な部分が」
「あ、それなんか分かる気がする。うん、確かに」
 江利子も聖の言葉に頷いている。
「ええっ、わ、私は」
 と、蓉子はちらりと祐麒の方を見て、そしてわずかに頬を赤らめる。
「な、何を言えばいいのよ」
「年下はダメ? 受け付けない?」
「そんなことは……ないけれど」
「年下でもOKと。祐麒みたいなのはどう? 母性本能くすぐるタイプ」
「あの、まあ、アリかと……」
 恥ずかしそうにしながらも答えてしまうのは、蓉子が気真面目だからだろうか。祐麒の恋愛相談、という形式でもあるので、適当にはぐらかすわけにいかなかったのだろう。
「カトーさんとはその後、会ったの?」
「いえ、別に……」
「駄目じゃない、せっかくよい感じなんだから、ここは間を置かずに誘わないと」
「加東さんの、どういうところに惹かれたのかしら」
 遠慮気味だった蓉子も、やはり色恋沙汰は気になるのか、とうとう自ら口を挟んできた。そんなことに、聖の目の前で応えられるわけないと黙秘するが、それはそれで、恥ずかしくて言えないのだと勘違いされる。
「ちなみに、これがカトーさんね」
 聖が取り出したのは、三人で撮ったプリクラだった。
 祐麒を真ん中にして、左隣りに景が、慎ましやかな笑みを浮かべている。撮影した後の落書きで、聖が二人に相合傘を書いているので、下手をしたら本当にカップルに間違えられかねない。
「綺麗な女性ね。こういう女性が、祐麒くんの好みなのね」
「いや、だからですね」
「ふぅん……」
 プリクラを手に取り、眠そうな目を見せるのは江利子。
「聖との方が、仲が良さそうに見えるわね」
 江利子が言うとおり、聖との方が、祐麒と距離が近く写っているし、肩を抱かれてもいる。
「ねえ祐麒くん。あなたさ……」
「ま、このときはまだ、カトーさんとも出会ったばかりだったからねー。あたしはほら、祐麒って祐巳ちゃんみたいだからさ、つい祐巳ちゃん感覚で」
 何か言おうとした江利子の言葉に覆いかぶさるようにして、聖が割り込んできた。
「その後、加東さんとは何があったのかしら」
「あ、それがね、聞いてよ。祐麒ったら中々に積極的で情熱的で……」
 恋愛トークは続いていく。
 今日こそは、と思ってやってきたのだが、さすがに今の状況、雰囲気の中で自分の想いを口にすることは出来なかった。
 この日はその後、四人でカラオケに行って別れることになった。
 帰りも、聖は蓉子と江利子の二人と一緒で、機会はなかった。
 タイミングを失い、何の戦果もなく帰宅するしかない祐麒であった。

 

 その後も、とにかくことごとく失敗した。
 失敗というよりも、状況を作れないのだ。
 年末に向けて、聖はバイトのシフトを増やしているし、祐麒は生徒会活動や期末試験に向けて慌ただしくなっている。久しぶりに会える日が出来たと思ったら、季節の風邪に喉をやられて声が出ない。
 更に始末が悪いのが、景とはなぜか予定が合って会うことが出来て、しかもそのシーンを聖に目撃されているのだ。
 景に会ったのは、デートした時に借りたままとなっていたハンカチを返すためだった。その後、お茶をしながら聖のことを相談し、またクリスマスプレゼントを女性に贈るとしたら何が良いか、なんてことを聞いていたのだが、運悪くその状況を見られてしまったのだ。
 迂闊としか言いようがないが、リリアンは近いので、安易に約束をして近くの喫茶店に入ってしまった。前に景と入った店とは異なるが、それでもリリアン生であれば知っていてもおかしくない場所だった。
 店を決めたのは景だけど、祐麒にそれを責める資格はない。祐麒だって、深くは考えずに応諾して中に入り、周囲に目がいかないくらい、景との会話に集中していたのだから。自分の迂闊さ加減を呪うしかない。
 そして、あっという間に12月。
 気温は日に日に下がり、冬の到来をひしひしと感じさせられるような日が続いている。街はいつしかクリスマス気分に変わり、そこかしこでクリスマスに向けた商品やら、宣伝やらがなされている。
 友人たちとかつて話したように、クリスマスまでにどうこうしなければいけない、というものはない。実際に友人たちだって、本当に彼女が出来た、なんて話は今のところ聞いていない。
 ただ、クリスマスは聖の誕生日でもあり、その日までにどうにかしたいという気持ちはある。クリスマスであり、誕生日でもあるその日を一緒に過ごすことを想像するだけで、とても幸せな気分になれるのだ。
『――それで、本当にどうするつもりなの、祐麒クン?』
 携帯電話から聞こえてくる声に現実に返り、想像を頭の中から打ち消す。相手は景である。直接に顔を合わせると危険だが、こうして自宅で電話をしている分には、さほど危なくはない。聖とのことを知っているのは景だけであり、景にはなんとなく頼りたくなる雰囲気があるので、つい、相談の電話などをしてしまうのだ。
「今度こそ、どうにかするつもりです」
『そう……ねぇ、佐藤さんにクリスマスと誕生日のプレゼント、するんでしょう? 買うもの一緒に選んであげようか?』
「え、あの嬉しいんですけれど、ちょっと危険なので」
『そうそう目撃されることもないと思うけれど、まあ、そう言うなら仕方ないわね』
「すみません、せっかく言っていただいたのに」
 だがどうも、景の方は祐麒ほど気にしている様子はなく、こうしてしばしば、祐麒を誘ってくれることもある。まあ、全てを知っている景からすれば、当事者ではないのだから、仕方ないかもしれない。
『いいのよ、別に。それじゃあまたね、さようなら』
 通話を終える。
 携帯電話の液晶画面を見てみれば、クリスマスまであとわずか。プレゼントを購入して、気持ちを伝えて、プレゼントを渡す。こうして言葉にすると単純なことなのに、実行するとなると、物凄く困難なことに見えてくる。
 それでも祐麒は、何がしかの決意を込めて、携帯電話を強く握りしめるのであった。

 

 そうして、クリスマスをすぐ後に控えたある日のこと。
 この頃になると、期末試験も終わり、あとは終業式をむかえて冬休みに入るだけという感じで、学校全体が弛緩した空気に包まれる。
 祐麒の周囲の友人達もそれは同様で、クリスマスはどうするか、年末年始はどこへ行くかという話もちらほらと耳にする。
「あーあ、結局、彼女とクリスマスを過ごすなんて、やっぱ夢だったか」
 友人の一人が、諦めたような息を吐きだす。
「その点、ユキチはいいよな」
 そんな中、小林の何気ない一言が、周囲の級友たちをひきつける。まさか、祐麒は一緒に過ごしてくれる彼女が出来たのか、いつの間にそんなの作ったのか、やっかみにも似た言葉が祐麒に向けられる。
 まだ聖に言えたわけでもなく、また花寺では祐麒と聖、景のことは知られていないはずなのに、なぜ、そんなことを言うのかと、思わず小林を睨みつけると。
「だってさ、祐巳ちゃんと一緒に過ごせるんだろう?」
「……あのな、祐巳は姉弟だぞ」
「お前は分かっていない、祐巳ちゃんと一緒だなんて、なんて恵まれているか。なあ?」
 小林が振り返って問いかけると、すぐにあちらこちらから、「そうだそうだ」、「贅沢だぞお前」、「俺も祐巳ちゃんが欲しいなー」などと声があがった。
「ええい、うるさいぞ、おまえらっ」
 どうせ面白半分に言っているだけなのだが、今の祐麒にはそれでも応える。実際には、祐巳は祐巳で友人たちと遊ぶということでいないし、聖にも気持ちを伝えられていない。級友たちが言うようなことは全くなく、このままでは一人寂しく迎えるかもしれないのだ。
 適当に友人たちをあしらい、教室を出る。休み前で、生徒会活動も今日は休止するので、特に学校に居残る理由はない。図書室に寄って行くという小林を置いて、一人、学校の外に出る。
 冷たい風に顔をしかめながら歩き、本来の帰り道とは異なる方向へと足を向ける。学院の生徒たちがあまり足を運ばない方向であり、実際に学生服の影は見える範囲にはなかった。歩いて行った先、約束の場所に、既に景の姿はあった。
「すみません、お待たせしました?」
 無言で景は首を横に振る。
 場所を指定したのは祐麒で、今までの反省から、知りあいに目撃される可能性の低い場所を選択したつもりだった。
 どこか店に入ろうかとも思ったが、そんなに時間もないからと、景は断った。だから二人は、並んでゆっくりと歩く。
「クリスマスイブの日のことは、聞いたわよね? 佐藤さんと三人で遊ぼうって」
「はい、連絡きました。久しぶりに三人で、って」
「きっと佐藤さん、途中で抜けて、私たちを二人きりにするつもりよ」
 そういうことなんだろうなと、祐麒も想像はしていた。
「……私は、何もしないわよ」
 立ち止まり、景は言った。
「どういうことですか?」
「文字通りの意味よ。たとえ佐藤さんがそういう行動に出たとして、私は何もしないわ。祐麒クンと二人で過ごすクリスマスイブも、良いかなって」
 正面を向いたまま、瞳だけを動かして祐麒を見る。
 もう一度、どういうことですか、と聞きそうになって、でも口を閉じる。景の目は、どこか意味深に光って見える。
 コンサートデートのことが思い出される。初めて入った大人びたバーでの景の言葉、あれはまさか、冗談ではなかったとか。
 今回もまた、冗談だと言って笑いだすのではないかと思って見ているが、景の表情は変わらなかった。
「……それじゃ、ね」
 一言だけ残して、景は祐麒を置いて歩いて行った。
 追いかけることも、声をかけることもできずに、ただその背中を見送ることしかできない祐麒。やがて景の細い後姿は、消えて見えなくなる。
 風は冷たい。
 だけど、祐麒の体は、心は、かつてないほどに熱い。

 クリスマスイブは、もう、間近。

 

 クリスマスイブ、街は浮かれていた。
 約束通り、祐麒は聖、景の二人と合流して遊んでいた。
 パーティを、という提案も当初はあったのだが、景の部屋は借家のうえ男子禁制であり、聖の家も難しいということで、その案は却下となった。ちなみに祐麒の家では、祐巳が友人を招いているということで、やはり没。
 結局三人は、ゲームセンター、ボウリングと回って日も落ち、これから食事にでも行こうかというところだった。
 今のところごく自然に、聖も景も何ら変わりないように見えた。
 特に、祐麒と景を二人きりにしようとする動きもなく。
 景は先日の意味深な言葉などなかったかのように。
 それらのことなど初めから全く存在していないようで、祐麒だって遊んでいる間はそんなことを忘れているほどだった。
 しかし、傍から見ればなんと羨ましい状況だろうか。クリスマスイブに、こうして二人の美女と一緒に遊んでいるなんて、どんな関係と思われているか。まさか、二人をはべらせていると見られるとは思わないが。
「どうしたの、祐麒クン? ほら、行くわよ」
「ぼーっとして、可愛い女の子にでも見とれていたか?」
「あら、私たちと一緒にいて、それは失礼ね」
「あはは、本当だ。こいつめーっ」
 こうした、他愛もないからかいが、とても心地よい。
 歩きながら、どこに行こうか話す。せっかくだから、それなりに美味しいものが食べたいけれど、さすがにどの店も混んでいる。待つか、それとも空いている店に入ってしまうか、やはりクリスマスイブなのだから行きたい店に行こう、そんな意見が交わされあう。
「あたし、行きたい店があるんだよねー。混んでるかもしれないけれど、そこでいい?」
「行きたい店があるなら、最初から言いなさいよね。今までの話し合いが無駄じゃない」
「まあまあ、そう言わないで」
 笑いながら、聖は歩き出す。聖に先導されるように歩いて行くと、少しずつ街の喧騒から離れていく。聞いてみると、隠れ家的なお店で、美味しいピザとパスタが食べられるという。
 繁華街から少しだけ外れた、暗くもなく、かといって明るすぎもしない一角にその店はあった。
 しかし、そこには店だけがあったわけではなかった。
「あ、聖、良かった。間に合わないかと思ったわよ」
「それは良いとして……そちらは」
 店のすぐ近くに立っていたのは、蓉子と江利子だった。
「あれっ、なんで蓉子と江利子がここに……」
 二人の姿を見て、目を丸くしている聖。
 すると、呆れたように江利子がため息をつく。
「何、言っているのよ。この店がおすすめだって押したのは聖でしょう。だから、クリスマスディナーを予約したんじゃない」
「……あーっ、そうだった! やば、そうか」
「まさか、忘れていたの? それじゃあ、ここに来たのも偶然? まったく……」
 一連のやり取りをみて、思わず景と視線を交わす。
 聖が、バツが悪そうな顔をして振り返る。
「ごめん、えーと、高校時代の友人なんだけど、約束してたの忘れてた」
 予約しているのは三人分のディナーコース、隠れ家的とはいえ口コミで人気はあり、クリスマスイブという日にち的なこともあり店内は満席、外に待っている客が並んでいるほどだ。
 今までの一連のやり取りに、芝居がかったわざとらしさは感じられなかったが、おそらくこれが聖の仕込みなのだろう。蓉子、江利子を含め、なんと自然な演技だったか。
 聖は困ったような表情をしていたが、一瞬、祐麒と目が合った瞬間にウィンクをしてきた。それで、確信する。
 だが、どうすればいい。
 ここで自分達も一緒に、というのはあまりに不自然だし、そもそも無理がある。祐麒と景は他に行くから、三人で楽しんでくれというのが、一般的な正解かもしれないが、その選択肢を選ぶわけにはいかない。
 悩んでいる時間などない、すぐに動かなければと思う祐麒の横で、景が先に動いた。
「いいわよ、佐藤さん。私と祐麒クン、二人でどこか入るから。せっかく予約をしているのでしょう」
 景を見る。
 表情はあくまで変わらない。単に聖に気を遣っているのか、それとも他の思惑があるのかは読み取れない。
 聖を見る。
 わずかに驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔に切り替わる。祐麒に向けるその瞳は、「がんばれよ」と言っているように見える。
「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな。ごめん、カトーさん、祐麒。また埋め合わせはするからさ」  手をあげて、蓉子と江利子の方に近づく聖。
「行こうか、祐麒クン」
 右手で髪を耳にかけ、左手を軽く差し伸べてくる景。

 祐麒は――その手をつかんだ。

「…………どうしたの、祐麒?」
 つかまれた手に目を落としながら、首を傾げる聖。
 歩いて行こうとした聖の方に足を踏み出し、腕を伸ばし、引き止めるようにして掴んだその手。
「待って、ください。俺の話を聞いて下さい」
「はぁ? ちょっと祐麒、そういうことはあたしじゃなくて……」
「お願いします、聞いて下さい」
「な、なに?」
 祐麒の真剣さに押されたのか、少し怯えたように聞き返してくる聖。
 一つ、大きく息を吸い込む。前方では蓉子と江利子が目を向けてきており、背中には景の視線を感じる。
 だけど今、それらは何も関係ない。ただ、目の前のことに集中する。
「はじめからこうすれば良かったんですけど……聖さん」
「ど、どうしたのさ、祐麒。怖い顔して」
「聖さんにとって俺は、単に友達か、あるいは弟みたいなものだって、今まで一緒にいて分かっています。でも、俺にとって聖さんは違うんです。お正月に会って以来、この秋に再会して、その時俺は、聖さんに惹かれて」
 ゲームセンターで一緒に遊んだこと、居酒屋に入って一緒に飲んだこと、帰りの電車でもたれかかってきた聖の髪の毛の感触、別れ際の頬へのキス、それらのことが順に頭の中に巡っていく。
 体が、顔が熱くなってくる。
 手に汗をかきそうになる。
 言葉が震えそうになるのは、寒さからではない。
「その時からずっと惹かれて、惹かれ続けて、一人の女性として聖さんのことを想っているんです。だから、俺のことも。今はまだ子供っぽいかもしれないけれど、これからもっと、男らしくなるから。単に年下の、弟みたいな存在としてではなく、一人の男として俺のことをみてください」
 想いをこめて、ひときわ強く手を握る。
「え――」
 そして聖は。
 ぽかんと、唖然としたような表情で祐麒のことを見つめ。しばらく、何かを考えているような間があってから。

「……え、え、ええっ、え、えーーーーーーっ!!?」

 叫んだ。
「え、あの、でもっ、か、カトーさんのっ」
「それはただの誤解です。大学前でずっと待っていたのも、聖さんのことを待っていたんです。誤解されたまま、でも、そのおかげで聖さんが色々と俺に構ってくれるのが嬉しくて、そんな仲良くなっていく日々が壊れるのが怖くて、言いだせなかった俺が悪いんですけど。俺が想っているのは、ずっと、聖さんです」
 言いきって見つめると、聖の目が泳ぎ、顔が急速に朱を帯びてくる。
「あう、でも、これってさ、ええっ?」
 よほど動揺しているのか、それとも単に不意打ちに弱いのか、顔を赤くしてしどろもどろ、何を言ったらいいのか、どう行動したらいいのか分からず、でも祐麒に手をつかまれていてどうしようもない。
 今までずっと、祐麒は景のことが好きだと思い、応援をしてきた。本気で祐麒と景がうまくいけばよいと思い、景の反応も悪くなく、そうなるものだと思っていた。自分は単なる、二人のお節介なキューピッドか、外野見物人だとばかり思っていた。それがいきなり、主演女優として表舞台に引っ張り出されたのだ、しかも舞台を観る最高の座席にいるのは、蓉子、江利子、景と、聖にとって最も親しい友人たち。
 こんな場面は、想像もしていなかった。
 うろたえまくる聖をよそに、景が不意に動き出す。
「か、カトーさん……?」
 今まで、景と祐麒をくっつけようとしてきて、景も祐麒に対して好意を抱いていると思っていた。ところが、選ばれたのは聖だった。景に怒られるのか、それとも軽蔑されるのか、聖は体を震わせ、身をすくめる。
 しかし景は、怯える聖の横を素通りして、蓉子と江利子の前に立つ。

「……予約、一人分空いたのだったら、もしよかったら私を混ぜてくれないかしら。あ、もちろんお金は払います」
「ええ、もちろん、喜んで。一人分、無駄にならなくてすみますから」
 景に応じたのは、江利子。まるでこの展開をごく自然に受け入れたかのように、よどみなく答えている。
「――そうですね、私、水野蓉子です。加東さんには一度、お会いしたいと思っていました」
 遅れながらも上品に微笑み、蓉子も会話に参加する。
 聖を無視して、三人は挨拶を交わし、まるで昔からの友人のように微笑みあい、会話をしている。
「あ、あの、か、カトー……さん? え? 蓉子、え、江利子……」
 泣きそうな、困ったような、眉尻を下げた情けない顔をして、未だに状況を掴めていない聖がようやく声を出す。
 それは、助けを求める声でもあった。
「佐藤さん」
 振り返った景に、一瞬、希望を見るが、即座に願いは絶たれる。
「祐麒クンのことを色々と知って、そして真剣に考えてあげなさいね? すごく合うかもしれないわよ……って、合うことは分かっているか」
 と、にっこりと笑顔で景に言われてしまったから。
「それじゃあ水野さん、鳥居さん、行きましょうか。あ、今までの佐藤さんと祐麒クンのこと、差支えない範囲で話しましょうか」
「あ、それ楽しそう! 何話しても差支えないから、色々と教えてください」
「ちょっと江利子……でもそうね、興味あるわね」
「ふふ、お店の中でゆっくりと話しましょう。あ、本当、素敵なお店」
 三人は仲良く、店の中に消えてしまった。
 残されたのは、聖と祐麒。周囲に他の人もいるにはいるが、見知らぬ他人だし、目には入らない。
 祐麒の目に入るのは聖だけ。
 聖の目に入るのは祐麒だけ。

「とりあえず、店からは離れましょうか」
 店の中から三人に見られてはたまったものではないので、歩いて場所を移す。その間、聖は無言で、ただ祐麒に手を引かれるままであった。
 店を少し離れたところで曲がり角を曲がり、店からは完全に見えなくなったところで足を止め、再び聖と相対する。
「聖さん」
「ああああの、ごめん、ちょっと、あたし、なんだこれっ」
 慌てて祐麒から目をそらす聖。もはや、助けてくれる人は誰もいない。聖はどうすればよいのか分からなかった。
「いきなりのことで、混乱させてしまってすみません。でも、このまま誤解されたままは嫌だったから。俺の気持ちは、伝わったでしょうか」
「……た、多分」
 聖の返事を聞いて、祐麒はそっと手を離した。
「それじゃあ、今日のところは俺、これで帰りますね」
「……え?」
「聖さん、困らせたくないから。返事も、いつでも、俺待ちますから。ただ一つ、お願いがあって」
「な、何?」
「明日、もう一度会ってくれませんか? あ、返事を明日くれと言っているんじゃなくて、明日、聖さんの誕生日だから、お祝いの言葉を直接言いたくて」
「う、うん。わ、分かった……」
 聖が頷いたのは、深く考えてのことではない。単に、予想もしなかった状況から、ただとにかく、今は逃げたいという思いからだった。
「――それじゃあ、また明日、メールしますね」
 そう告げて、踵を返しかけた祐麒だったが、何かを思い出したかのように慌ててコートのポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
「これ、クリスマスプレゼントです。あの、それじゃあ」
 聖の手を取り、その手の平に半ば強引に持たせるようにして、今度こそ祐麒は聖の前を離れた。
 残された聖は、祐麒の姿が見えなくなった後もその場に立ち尽くし、祐麒が消えた道の先と、手にもった小さな包みを交互に、機械的に見て、白い息を吐きだす。

「……え、と、これって……な、なんだコレ……」

 小さな口から出された、小さな、小さな呟きは、透き通るように冷たい空気に包まれて、冬空に消えていった。

 

 

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