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マリア様がみてる 百合CP

【マリみてSS(聖×令)】貴女好み

更新日:

~ 貴女好み ~

 

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 大体、おかしくないだろうか。明らかに、自分の好みとは異なるはずだ。栞とは似ても似つかないし、自分より背も高いし、美少年みたいな顔立ちだし。
 と、そこで美少年みたいな顔立ちをまさに思い浮かべてしまい、そうすると自然と心臓の動きが少し速まってくるのが分かる。頬も少し熱くなる。
「う……うぅ~~ん?」
 ひんやりとした手の平で頬をおさえる。
 姿を脳裏に浮かべるだけで熱くなるとか、どんだけ意識しているんだとセルフ突っ込みをいれたくなるくらいだし、そんなに初心でもあるまいしと思うのだが。
 果たして、ライクではなくラブなのだろうか。
 少なくとも、栞に抱いた気持ちとはどこか異なる。
 佐藤聖は、不可思議な気持ちに戸惑い、揺れていた。

 

 薔薇の館には、今日も山百合会のメンバーが揃っていた。聖はサボろうと思っていたのだが、逃げる前に蓉子に掴まってしまい連れてこられた。山百合会は現在人手不足で、聖の手でも借りたいくらいなのだという。
 先代のお姉さま方が卒業し、蓉子、江利子、聖の三人の新たな薔薇様に委ねられた山百合会だが、聖にはまだ妹がおらず、蓉子の妹である祥子もまだ妹を見つけていない。令には由乃という妹がいるが、生まれつき体が弱いため活動にはなかなか積極的に参加できず今日も休んでいた。
 ということで、山百合会は聖が参加しなければ四人という惨憺たる状況になってしまうのだ。
 面倒くさいという思いを隠さずもせず、渋い面をして仕事をする聖。そんな聖に対し、蓉子も江利子も無視を決め込んでいる。聖はため息をついて書類に向かう。捕まったものは仕方がない、こうなったら少しでも早く仕事を終わらせて解放されるしかない。
 集中し始めると、なんだかんだで聖は人並み以上の集中力を発揮する。ただ、長時間は継続しないのが玉にきずだが、山百合会の仕事であればさほど問題はない。余計なことを考えず書類にペンを走らせ続け、そうして少し疲れたかなと思った頃。
「――――ん」
 目の前におかれた愛用のマグカップ。珈琲の匂いが鼻孔をくすぐる。
「どうぞ、聖さま」
 令の笑顔が目に入る。他のメンバーの目もあるし、表情を動かさないようにしながらマグカップに口をつける。
「…………あれっ?」
 一口喉に流し込んで、思わず首を傾げる。
 もう一口、飲んでみて、やはり不思議に思ってコーヒーを差し出してきた令を見上げる。
「あの、もしかしてお口に合いませんでした?」
「いや、そうじゃなくて……これ、ブラックじゃないの? 美味しいんだけど」
 独特に苦みが薄いような気がしたので問いかけてみると、待ってましたとばかりに令は満面の笑みを見せる。
「はい、実はちょっとだけ蜂蜜をいれてあるんです。聖さまがブラックがお好きなのは知っていましたが、お仕事をしたあとで少し疲れていると思いましたので、甘いものが少し入った方が良いと思いまして。もちろん、聖さまの好みに外れない程度にしています」
「そうなんだ、へえ、初めて飲んだけれど美味しいね、これ」
 ちょっとの変化かもしれないが、それだけで随分と飲み心地が変わって感じられるし、確かに疲れている体には少しくらい甘みがあった方が良い。素直に感想を口にすると。
「はい、ありがとうございます」
 本当に嬉しそうに令は笑顔を輝かせる。
 聖は内心で満足しながらコーヒーに口をつける。このコーヒーは、令が聖のためを思って考え、手を加えて出してくれたもの。なんとなく優越感を覚えて、気分よくコーヒーを堪能する聖だが。
「この紅茶も凄く美味しいわ。オレンジジュースをいれてオレンジティーにしてくれたのね?」
「はい、蓉子さま、前にご希望されていましたので」
「そんなこと言ったかしら? でも覚えていてくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
 蓉子にお礼を言われて恥ずかしそうにはにかむ令。
 あれ、自分にだけ特別ではなかったのかと思っていると。
「あの……お、お姉さまは、いかがですか?」
 おそるおそるといった感じで、カップに口をつけている江利子に尋ねる令。江利子は涼しげな流し目を令に送り、優雅にカップを置いてから口を開く。
「ふふ、紅茶に豆乳があうなんてね。美味しいわよ、令」
 その言葉を聞くと、緊張していた令の表情が途端に緩む。
「あ、ありがとうございます、お姉さまっ」
 聖に見せたことの無いような顔を目にして、胸がズキンとする。お姉さまが特別だというのは分かるけれど、それでもなんだか悔しい。だからといってあからさまに感情を表に出せるわけもなく、平静を装ってコーヒーを飲む。飲みながら令と江利子の方に目を向けようとして、江利子の目がこちらに向いた気がしてすぐに目を伏せる。
 美味しいコーヒーのはずなのに、なぜかティータイム後の仕事は捗らなかった。

 

 翌日。
 昨日の山百合会でのことが頭から離れず、聖はなんとなく機嫌が悪かった。別に聖と令は特別な関係ではなく、単なる先輩と後輩に過ぎないのだから気にしすぎるのはおかしいのだが、感情は理性でどうにかできるものではない。
「……てゆーか、そんだけ令のことを意識してるってこと? ありえないでしょ」
 自分を納得させるよう声に出して呟いてみる。だけど、もやもやとした気持ちは消えない。頭を振り、追い払おうとしても出て行かない。 「うーむ…………ん?」
 腕を組み、首をひねっていると、ふと視線を感じた。振り返ると、下級生の女の子が聖のことを追いかけていたのか、見つかってびっくりしたように固まっている。
「何、どうかしたの?」
 女の子には優しい聖である、三年生になってから編み出した人懐こい笑顔で下級生の緊張をほぐそうとする。効果があったのか、わずかに表情が柔らかくなって、ぎこちなくも近づいてきた。
「あ、あの、白薔薇さま、こ、これをっ」
 差し出されたのは小さくも可愛らしい包み。
「調理実習で焼いたクッキーです。良かったら、貰っていただけますか」
「ああ……なるほど」
 合点して頷くと、聖はありがたく少女から包みを受け取り、期待している目を意識して包みからクッキーを取り出し口に放り込む。少女の握られた拳に力が入るのが分かる。
「……うん、美味しいよ」
 聖のその一言に、少女の顔が安堵と嬉しさで綻ぶ。
 そんな初々しい少女が可愛くて、つい聖の悪戯心がうずいた。
「ありがと、今度は貴女を美味しくいただいちゃおうかな」
 少女の肩を抱き、顔を寄せてそっと囁く。
「―――――――っ!? な、あ」
 真っ赤になる少女。
 そんな女の子の頭を軽く撫で、聖は体を離して方手をあげる。
「ふふっ、じょーだん。これ、ありがとね」
 硬直して立ち尽くしている少女を背に、聖は悠々とその場を立ち去った。
 今の子は一年生だろう、わざわざ聖を探してクッキーを渡してくれるなんて、自分の人気も満更ではないなと思い、もやもやしていた気分が少し晴れる。
 軽くなった足で歩いていると、何やら前方が徐々に騒がしくなってくる。どうやら校舎の角を曲がった先に人が随分いるらしいと、何気なく角から首を出して見てみると、何やら十人前後の女子生徒が一人の生徒を取り囲んでいる。とはいっても別に苛めとかそういうものではない。取り囲まれている中心にいるのは、一人だけ際立って背の高い少女、令だった。
「令さま、私の作ったクッキー、是非食べてくださいっ!」
「私のクッキー、一世一代の逸品に仕上がりましたの。令さまのためにお持ちしました」
「このクッキーには私の愛蜜……いえ、愛情をたっぷり染み込ませて作りましたの!」
「ちょっとあなた、そんな気持ち悪いモノ令さまに食べさせる気!?」
「気持ち悪いとは聞き捨てならないですわねっ、私の愛は清らかなんだからっ!」
 やはり調理実習で焼いた手作りクッキーを渡そうというのだろうが、これはまた随分と激しいことになっている。見た目美少年の令は、とにかくアイドル的な人気がある。女子校で中世的な生徒は人気が出るが、令ほどの美形になれば当然ともいえるのか。そんな令を巡って剣呑な空気になりかけたとき、当事者である令が宥めに入った。
「こら、喧嘩なんかしちゃ駄目」
「で、でも、令さま……っ」
「でも、じゃないの。大丈夫、皆からのクッキーはちゃんと大事にいただくから、ね」
 と、にっこり優しい王子様スマイルを振りまくと、途端に周囲の女の子達の目がとろんとなる。漫画的表現なら、目にハートが描かれていることだろう。
 令は一人一人からクッキーを受け取り、相手に対して手を握り、時には頭を撫で、肩に触れ、女の子達を確実に虜にしてゆく。その後もしばらく取り囲まれたままでいたが、部活動に向かわなければならないという令の言葉に、名残惜しそうにしながらも女子生徒達は令を解放してくれた。
 そんな令の姿を目の当たりにして、酷く苛ついている自分に気が付く聖。つい先ほど、自分がしたことと変わらないのに、どうして令がやっているとこんなにも苛つくのか。令の方が圧倒的に人数が多いから悔しいのか、人気に嫉妬しているのか。
 悶々としながら、一人になって歩いて行く令の後を追う。
「…………どうしよう、さすがに多すぎるよね。鞄に入り切るかなぁ?」
 持ち抱えたクッキーの包みに少し困った視線を送り、令は首を傾げる。
「大量だね、随分と」
「え? あ、聖さま」
 他に誰もいないことを確認してから、聖は声をかけた。
「一年生の子達が調理実習で作ったクッキーなんです。気持ちは嬉しいけれど、さすがに一度には食べきれなくて」
「ふぅん、で、あの沢山のカワイコちゃんたちも一度に食べるのは無理だから、一人ずつつまみ食いするってわけ? たいした女たらしっぷりだったもんね、アンタ。あれ、いつもあんなことしているの? 相当、慣れているでしょ」
 そんなつもりはなかったのに、令を前にしたら嫌味な口調でそんな台詞が口をついて出てしまった。
「――――?」
 きょとん、とした表情で目をぱちくりさせる令。
「あー、だからさー、あんな風に手握ったり、頭撫でたりしてさ、そんで甘い声で囁いて何人もの子を落としているわけでしょ? たいしたもんよ」
「え、私、頭なんて撫でていました? あー、なんか年下の子だとつい由乃と同じような感覚で接しちゃうところあるんですよねー」
 てへへ、といった感じで全く悪気を感じさせない照れ笑いを浮かべる令。その姿からは、女の子を口説いているとか、落としているとか、そういったものは一切感じさせない。
 そういえば、と思い出す。
 由乃か何かが言っていた気がする。令は、「八方美人の天然タラシ」だって。
 顔をあげれば、のほほんとした顔で能天気にクッキーの包みを見て「可愛い」とか言っている令。なるほど、どうやら全く無意識のうちに女の子達をメロメロにする行動をとっていたらしい。なんとも罪作りなことだ。
 そういう事情が分かったら分かったで、やっぱりイラッとさせられる。そんな聖のいら立ちをさすがに令も察したのか、困ったような表情になる。
「――――あ、よ、良かったら聖さまも一緒にクッキー食べます? 私一人で食べるには多すぎますし」
 何を勘違いしたか、そんなことを言ってくる。聖が空腹で苛ついているとでも思ったのだろうか。
「そんなのいらないわよ、別にクッキーが特別に好きってわけでもないし」
「そ、そうなんですか? でも、この前は美味しいって食べてくださって」
「あれは、令があたしのために作ってくれたクッキーだったから……」
 恥ずかしいことを口にしていると気付いて手で口元を抑えるも遅く、殆ど言い終えてしまっていた。なんとなく気まずいながらも、ちらりと令の方を見ると。
 瞳をキラキラ輝かせて、嬉しさに興奮している子犬のような雰囲気で聖のことを見つめていた。
「そうですよね、食べてくれる人の事を思って作ったものって、美味しいですよね。私も、こうやって貰うのも嬉しいですけど、そうやって作る方が好きなんですっ。大好きな人のために作ってあげるっていうのが」
「だっ、だいす……っ??」
 正面から告げられて狼狽える聖。
「はいっ。聖さまも、蓉子さまも、お姉さまも……大好きですっ」
「ああ……そっちの好き、ね」
「??」
 一気に脱力する聖。
 言われてみれば納得、むしろそう考えるのが普通のはずなのに、よほど冷静さを失っていたようだ。
「まあ、そりゃそうよね。蓉子にだって、江利子にだって、色々と考えてあげているわけだし……」
「ああ~~、でも、聖さまのために作るときは、他の人よりもずっと色々なことを考えて、聖さまのためにお作りしていますよ」
「え…………なっ!?」
 驚いて見つめるが、令は嘘やお世辞を言っている様子も無く見つめ返してくる。
「(え、何、それって……あたしのことだけ特別に想っているってこと? 愛情込めてとか、そういうこと……?)」
「(だって聖さま、一番好みにうるさそうだし、その好みも人と変わっているからなぁ。でも、だからこそ腕の振るい甲斐もあるってものよね!)」
 二人の思いには違いがあるのだが、表に出てきている言葉だけでは分からない。
「えと、それ、本気で言っているの?」
「こんなことで嘘なんてつきませんよ」
 ちょっとだけムッとしたような表情の令。この手のことで嘘や冗談を言えるような性格でもないだろうし、表情に出さないでいられるキャラクターでもないことは、さほど長くない付き合いでも分かっている。
 ということは、やはり本当なのだろうか。
「じゃ、じゃあさ。今度……また……」
 作って来てくれるか、そう言おうとして口を閉じる。これではまるで、おねだりしているみたいではないか。自分はそんなキャラクターだったか。
「はいっ、また聖さまのために作ってきたいです! そうしたら、食べてくれますか?」
「…………っ!!」
 耳朶をうつ、"食べてくれますか"というフレーズ。思い出されるのは、しばらく前に薔薇の館での令とのキス、その時の唇の感触。
「あれ、聖さま、顔が赤いですよ。熱でもあるのでは……」
「え、い、いやっ、最近、暑いからさ、ほらっ」
 おでこに手の平をあてようと伸ばしてくる令の手から、飛び退くようにして逃げる。今、そんなことをされたらどうなることか、なんで自分はこんなに令のことを意識しまくってしまうのか。
「それじゃあ、あたしはもう、行くからっ。令も、部活でしょ?」
「は、はぁ……あの、お菓子は……」
 不安そうな顔を見せる令。
 どうしてそう簡単に無防備に見せてくるのか。
「――――あたし好みのものなら、貰ってあげるよ」
 苦し紛れにそう言うと。
「はいっ、聖さまのために頑張りますっ!」
 太陽のように一点の曇りもない笑顔を咲かせる令。
 そんな令が眩しくて。
 聖は逃げるようにしてその場を去った。

 

 去っていく聖の背中を見つめ、令は頑張るぞと内心で握り拳を固める。何を作ろうか、やっぱりブラックコーヒーにあうようなものが良いだろうか。それとも、あえて紅茶にあうものを作って、令が淹れた紅茶と令が作ったお菓子、両方を美味しいといって食べてもらうようにしようか。
 この手のことは考えている時も非常に楽しいものである。
「あれ…………でも……」
 楽しいのはいつものこと。
 それなのに。
 蓉子や、大好きなお姉さまである江利子のために作る時よりも、不思議と胸の奥が熱くなる気がする令なのであった。

 

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