保健室のベッドの上、由乃は安らかな寝息を立てて横たわっていた。その傍らの椅子に腰をおろし、江利子は由乃の寝顔を見ていた。そして由乃の寝顔を見ながら、自分自身の愚かさに打ちのめされていた。
『死にたくない』
先ほどの由乃の言葉だ。江利子は今まで、死を身近に感じたことは無い。当たり前だ、まだ若く健康な体だし、家族にも特に問題があるわけではない。ところが由乃は江利子よりたった二つ下なだけなのに、今までずっと小さいときから死というものを身近なものとして感じていたのだ。
心臓の病。
これほど、命に直結すると感じられるものはないだろう。いつ死が訪れるともしれない恐怖と戦い続けてきた由乃。そしてそれを支え続けてきた令。二人の絆は、江利子が考えているよりも遥かに強く固いものなのだ。
それを江利子は、ちょっと年上ぶって偉そうに説教してみせた。何もわかっていないのは自分だったのだ。自己嫌悪に、吐きそうになる。
「……うん……?」
「あ、由乃ちゃん、気がついた?」
うっすらと目を開ける。そして、きょろきょろと目だけで周囲をうかがう。
「そっか、私、発作を起こして」
「あ、ちょっと駄目よ由乃ちゃん。まだ寝ていなくちゃ」
上半身をベッドの上に起こす由乃を見て、江利子は慌てて止めようとする。だが由乃は笑って。
「大丈夫ですよ、もう落ち着きましたから。慣れてますから、もう大丈夫だ、って分かるんです」
その笑顔が、江利子をさらに谷底に突き落とす。
慣れている、って、そんなわけはない。あんなに苦しんでいたのだ。「死にたくない」と思うほどに。それでも、「慣れている」と言ってしまう。それだけ、由乃が苦しんできているということを表している。
「……ごめんなさい、由乃ちゃん」
そんな謝罪の言葉が、勝手に江利子の口から出ていた。
「え?」
その言葉を聞いた瞬間、由乃の笑顔が固まった。
「私、何も知らないくせに偉そうに」
「……やめて、ください」
「でも、由乃ちゃん。私は」
「やめてくださいっ!!」
由乃が叫んだ。江利子はびくりと体を震わせて、顔を上げた。
由乃の顔が歪んでいる。怒りか、それとも哀しみか。それすらも江利子には分からない。
「なんで江利子さまが謝るんですか? 江利子さまは何も悪いこと言っていないじゃないですか。私のためを思って言ってくれたんでしょう? それくらい分かります。それなのになんで、謝るんですか?! 私が発作で苦しんで倒れたから、だから謝るんですか? そうなんですか? 江利子さまもやっぱり、そうなんですか?!」
堰を切ったように、激情に身を任せて由乃の感情が迸る。
由乃の小さな手が、江利子の腕を掴む。大きな瞳で江利子を見上げてくる。その瞳からは、大粒の滴がとどまることを知らないかのように流れ落ちてくる。
「お願いだから、悪くも無いのに、私に謝らないでください……っ!!」
うつむき、掠れるような声で叫ぶ由乃。
本当に、何と愚かなのか。
何も分かっていなかったのだ、などと思っていたが、それすらも間違っていた。分かっていなかったことを分かった振りをした、ただの自己満足に過ぎなかった。
それこそ本当に何も、江利子はわかっていなかったのだ。
震える由乃の小さな肩を見つめながら、江利子はただ呆然とするしかなかった。