3月、もうすぐホワイトデーを間近に控えた早春、バレンタインほどではないにしても、花寺学院内では適度な盛り上がりを見せている一部の生徒達がいた。
「彼女に何をプレゼントしようかって考えててさ」
「俺も、チョコもらった子全員にお返しするとなると、それなりの出費になるから痛いんだよな」
など、迷ったり困ったりする様子を見せるものの、彼らは学院の中でも勝ち組といえるのかもしれない。何せ男子校という状況から、女子にチョコをもらえる生徒は少数派に属するからだ。
これがまだ共学であるならば、クラスで親しい女子からチョコをもらえたり、あるいはイベント気分で気軽にクラスメイトにチョコを配る女子がいたり、義理だとしてももらえる可能性はそれなりにあると思える。しかし男子校である以上、彼女がいるか、あるいは特定の分野で目立つゆえに女子からチョコレートを貰える機会のある生徒(たとえば部活動でエース級の活躍を見せたり、バンドなどを組んで活動をしていたりする生徒)くらいしか貰える可能性はないのだ。いや、ないわけではないが限りなく低いといってよい。
「あーあ、何がホワイトデーだよ、まったく。バレンタインにしても、お菓子業界に踊らされているだけだってのに、なあ?」
小林が呆れたようなため息を吐きだし、肩をすくめる。
「えー? でも小林だって、僕がチョコレートあげたら凄く喜んでくれたじゃない」
「ばっ……か、アリス、あれは卑怯だろう!」
アリスに上目づかいで迫られて焦る小林。
バレンタインの日、リリアンの制服を身にまとい、ウィッグもつけて完璧に女装したアリスからチョコレートを貰い、小林は確かに喜んでいた。ただ、それはリリアンと花寺共同でのドッキリ(悪戯)だったわけで、ネタバレされた後の小林は酷く落ち込んだ。結局のところは貰えなかったことよりも、女装したとはいえアリスのことに全く気が付けなかったことにショックを受けていた。
「お返し、期待しているよ?」
「ふざけんなよ、まったく。なあ、ユキチ?」
「え? あ、お、おお」
話を振られた祐麒は、不覚にもどもってしまった。
「……なんだユキチ。おまえまさか、誰かと何かあるのか?」
「ち、ちげーよ! ただ、家族にはもらっただけだって」
「家族って、それ祐巳ちゃんってことだろ? あー、いいな、羨ましいな。お前、祐巳ちゃんからチョコもらえるなんて幸せすぎるぞ」
「実の姉だっての」
どうにか誤魔化してホッとする。
母親や祐巳からもらったのは事実だが、それ以上に志摩子からもらったなんて言ったらどのような反応をされるか分かったものではないし、志摩子に迷惑をかけてしまうかもしれない。リリアンでも祥子と一、二を争う美少女からもらったなんて知られたら、どんな逆恨みや八つ当たりを学内の連中からくらうか分かったものではない。
「とはいえ、どうすっかなぁ……」
しばらく前からお返しのことを考えているのだが、何が良いのか迷っているのだ。オーソドックスに何かお菓子系を渡せばよいのだろうが、もう少し洒落た気の利いたものをプレゼントしたいという思いもある。だけど、あまり重いものを用意すると逆に受け取りづらいだろうし、難しいところだ。この辺、経験がないだけに誰かからアドバイスを貰いたいが、説明するわけにもいかない。まさか、祐巳にお返しするために何が良いか相談するなんてのも、シスコンで変態っぽいし。
学校の帰り道、駅ビルなんかに寄ってホワイトデーフェアなるもので見てみるも、なかなか一つに絞るのは難しい。まだホワイトデー当日まで日はあるし、なんて余裕をかましているうちにどんどんと近づいてきて徐々に焦る。
「……今日こそは買うぞ」
ほんの数日後にホワイトデーを控え、さすがにもう購入しないとまずいと決意を固めて店を見て回る。
マカロン、りんごパイ、ワッフル、クッキーなどの見た目も可愛くて美味しそうなスイーツが主であるが、花やジュエリー、ファッション小物といったものも色々と出ていて目移りする。
そうして売り場を歩いていると、思いがけない人と出会った。
「あれ、二条さん?」
日本人形のような外見をした、一学年下の少女。マフラーとコートの下はリリアンの制服ではないようで、寄り道禁止の校則を律儀に守り一度帰宅してからやってきたのだろう。
「あ、どうもこんにちは。どうしたんですか、こんな場所で」
丁寧に頭を下げてきたと思ったら、かなり失礼なことを口にしてきた。
「いや、それは俺の台詞だけど。ここ、ホワイトデーフェアだよ?」
もちろん、女性がいないわけではないが、不自然といえば不自然。旦那のために買ってあげているとか、彼氏と一緒に選んでいるとかならまだしも、女子高校生が一人でいる場所なのだろうか。
「分かってます。それが目的ですから」
「……と、いうと?」
尋ねると、乃梨子は口の端を上げ、どこか得意げな顔をして祐麒を見つめてきた。
「私、志摩子さんからチョコもらったから、そのお返しを買いに来たんです」
ドヤ顔だった。
リリアンのバレンタインデーは女の子同士で渡すとは聞いていたが、ホワイトデーもあるのかと、なんとなく納得する。
しかし、よりにもよって自慢してきたのが志摩子のこととは、姉妹制度の二人とはいえちょっと嫉妬する。
「それなら俺だって――」
「ん、なんですか?」
「あ、いやっ」
思わず対抗して志摩子の名を口にしそうになって、慌てて言葉を口の中に留める。乃梨子は相当に志摩子のことが好きなようで、そんな相手に志摩子からチョコレートを貰ったなんて言ったら、どう思われるか。しかも、もしも問い詰められ、貰ったのが5号のホールケーキだと知られたら。
「ほら、俺だって……その、祐巳から貰ったから、そのお返しに」
「ああ。祐巳さまから」
納得してくれる乃梨子だったが。
「……もしかして祐麒さま、本気で祐巳さまのことを」
「冗談はやめてくれ」
「そうですか? その割には随分と真剣に選んでいたような」
「そんなことより丁度いい、一緒に見て回ってくれないかな? どんなものを送ればよいのか困ってて」
考えてみればチャンスでもある、乃梨子は志摩子の好みとか詳しそうだし、乃梨子が買うものを見ていれば良いものが見つかるかもしれない。
「自分で選ばないと意味がないのではないですか」
「最後には自分で選ぶけど、アドバイスというか、女の子の意見が欲しいというか」
「……そこまで真剣に選ぶとは、やはり祐麒さまにとって、祐巳さまは本命……」
「違う違うっ! ま、前にホワイトデーに送ったものが気に入らなくてしばかれたことがあるんだ。だから、神経質になっていて」
申し訳ないと思いつつ、祐巳を悪者にしてしまった。
「どうだろう、お礼にフードコートで何かご馳走するからさ」
「……仕方ないですね。そこまで祐巳さまのことを思う気持ちに負けました」
「だから違うってのに……ま、まあ、ともかくよろしく頼むよ」
あまり変な風に思われるのは嫌だったが、こちらの方から頼んでいる手前、あまり偉そうなことを言うわけにもいかない。
「私も選んでいるところですから、別にいいですけれど」
無事に乃梨子の許可も得て、お返しを選ぶために見て回る。
「しかし、マカロンって高いな。たったこれしか入っていないのにこの値段……」
「あ、ここのマカロン美味しいんですよ。私、好きですよ?」
「いや、別に二条さんに買うために見ているわけじゃないし」
「あまりケチだと、女の子に好かれませんよ? あ、ここのロールケーキも絶品なんですよ。うーん、急に食べたくなってきた」
「そんなお金の余裕はないからね、俺、ただの高校生だし」
と、そんな感じで乃梨子にからかわれながら買い物を続け、どうにかこうにか志摩子に喜んでもらえそうなものを購入することが出来た。買い物を終えた後は、約束通りにフードコートで乃梨子にタコスをご馳走して別れた。
「……なんか余計な出費だったけれど、ま、いいか」
手にしたものを見つめて頷きつつ、どうやって渡せば良いのだろうかという次なる問題が浮かんできて、またしても悩む祐麒であった。
ホワイトデー当日。
とにかくリリアンまでやってこないことにはどうしようもないと思い、正門の前までやって来たのは良いものの、やはり生徒の目を引いてしまうのは避けられなかった。こんな場所で志摩子に渡しでもしたら、どれだけ噂になるか分からない。だからといって実家まで押しかけるというのもどうかと思うし、恥ずかしがらずに電話をかけて呼び出しすれば良かったと思うが、既に遅い。
「――祐麒さん、お待たせしました」
「え? あれ、蔦子さ」
「山百合会の皆さまがお待ちです。こちらへどうぞ」
突然現れて声をかけてきた蔦子に戸惑う祐麒だったが、それを無視して祐麒のことを先導して歩き出す蔦子。とりあえず後を追う祐麒。
「……まったく、こんな日にあんなところで突っ立っているなんて」
少し歩いて生徒の数が少なくなったところで、前を進む蔦子が器用に肩をすくめながら呟くように言う。
「花寺の会長様が、一体誰にホワイトデーのお返しを? って、興味津々の目で見ていたじゃないの」
どうやら祐麒のことを案じて、わざわざ生徒会の用事があって来たように見せかけてくれたようだった。
「気を遣わせて申し訳ない……」
「いいわ、別に。それより本命のお相手を教えてくれるかしら。あ、出来るなら、渡すシーンを撮らせてほしんだけれど?」
「……生徒会の皆さんへ、ということで」
持ってきた紙袋を掲げて見せる。中には、人数分のお菓子が入っている。
「あら……」
カモフラージュのために持ってきたのが役に立つ。いや、実際に花寺を代表して山百合会にはホワイトデーのプレゼントを渡すつもりではあったのだ。なぜなら、祐巳を経由して一応バレンタインデーのチョコレートを連名で貰っていたから。本当なら、同じように祐巳を介して渡せば良いだけだったのだが、リリアン内に入るには丁度良い。
「なるほど……」
「納得してくれました?」
「これをカモフラージュにして、本命には別に、ってとこですか?」
ギラリと眼鏡のレンズを光らせながら蔦子。単に、日差しと角度の問題だとは思うが、鋭い推理に内心ではドキッとする。
下手に口を開くとまずいことを口走ってしまいそうで、無言で蔦子の後をついていくことにする。そのまま薔薇の館まで連れて行かれ中に入ると、生徒会の面々は瞳子以外の全員がそろっていた。
「あれー、どうしたの祐麒、こんなところに」
「皆さんにこれをお持ちしたんだよ」
「わぁ、それアールブランシェのやつだ」
「こら由乃、はしたない」
リリアンといえど高校生女子、有名な洋菓子店の袋を見て目を輝かせ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
その中の志摩子の姿を見て、嬉しく思うと同時にちょっと残念とも思う。志摩子が一人だけ薔薇の館にいるというのが最高の状況だが、さすがにそううまくはいかなかった。
せっかく来訪したのだからと紅茶を振る舞われ、持ってきたお菓子もさっそく開封されて皆で食べることになった。女子の中に一人だけ男というのは居辛いが、皆が気を遣ってもくれるし、志摩子も同じ場所にいるのだから贅沢は言っていられない。
しばし雑談した後、祐麒は用足しのために立ち上がる。学園内を男一人で動き回ることはできないので誰かが付き添うことになるが、その相手は乃梨子になった。さすがに上級生が付き添ってはくれないようだ。
放課後とはいえまだクラブ活動の生徒達もいるわけで、男の祐麒はどうしても女子の目を引いてしまうから、特に何を話すでもなく廊下を歩き、職員用の男子トイレの前へと到着する。そのまま中に入ろうと右足を上げたところで止め、くるりと左足を軸にして乃梨子に体を向ける。
「そうそう、ちょっとトイレに入った後だと失礼だよね」
「は?」
首を傾げる乃梨子に対し、祐麒は学生服のポケットから包みを取り出す。
「はい。この前、付き合ってくれたお礼に」
「――――は」
「ほら、二条さん、好きだって言ってたじゃない、このお店のマカロン」
「な……わ、私は別にそんなつもりで言ったわけじゃ」
「分かってるけれど、ほら、早くしないと誰かに見られるかもしれないから」
そう言って祐麒は強引に乃梨子の手を掴むと、その手の平に押し付けた。
「な、な、ちょ……っ」
突然のことに驚き動きの止まっていた乃梨子だったが、急に顔を赤くしたかと思うと祐麒の手を乱暴に振りほどいた。
「な、馴れ馴れしく触れないでくださいっ! べ、別に、祐麒さんのために買い物に付き合ったわけじゃないですからっ!」
そして早口でそう告げると、いきなり踵を返して走り出してしまった。声をかける間もない、乃梨子の姿はあっという間に見えなくなり、一人取り残されてしまう。
こんな場所に一人放置されても困ると思いつつも、まずは喫緊の用事である小用を済ませてから再び廊下に戻ってくる。乃梨子の姿はやはり見当たらず困るのだが、代わりに違う女子生徒が立っていた。
「ごきげんよう、祐麒くん」
「えっと、あ、桂さん、だよね」
「あったりー。えへへ、お久しぶりです」
桂は祐巳の友人で、中等部の頃に実家まで遊びに来たことがあった。気さくで親しみやすく、話しやすい女の子だ。
「丁度良かった。なんか二条さんに逃げられちゃってさ、悪いんだけど、薔薇の館まで送って行ってくれないかな」
「ふふっ、喧嘩でもしちゃったの?」
「いや、そんなことはない……と思うけど」
桂は快く頼みを受けてくれた。
薔薇の館へ二人で向かう道すがら、桂は陽気に色々と話しかけてくる。
「――でも、何をしたか知らないけれど、乃梨子ちゃんを泣かせちゃダメじゃない」
「いや、泣かせてはいないと思うけど、どうしたのかな。ちょっといきなりすぎたかな」
確かに、断りもなく手に触れたのは無神経だったかもしれない。
「おおっと、意味深発言だね。何がいきなりだったの? ん?」
「な、なんでもないよ」
「草食系男子もどうかと思うけど、あまりがっつき過ぎても駄目だよ。ちゃんと女心を理解しないとね」
「は、はあ……」
と、良くわからない桂のそんな言葉を聞きながら薔薇の館に到着する。
「――あれ、桂さん? 乃梨子ちゃんと一緒じゃなかったの」
「いや、それが俺も良くわからないんだけど……」
驚く祐巳の相手をしながら志摩子の姿を探すと、桂と何やら話をしている。確か二人は同じクラスだと聞いていたから、仲が良いのかもしれない。
「ちょっと祐麒、聞いているの?」
「あ、ああ、だから俺だって良くわからないって――」
結局その後、志摩子に渡す隙を見つけることも出来ず帰ることになったのだが、そこで思いがけず自体が良い方向に動いた。
校門までの見送りに志摩子が付いてきてくれることになったのだ。瞳子が不在で乃梨子が行方不明となって一年生は一人もいなくなったから、そうなるとあとは二年生の誰かが付いていくしかないのだが、そこで志摩子が「妹の不始末は姉である私が責任を持ちます」と言って手を上げたのだ。
これは恐らく、志摩子の方も空気を読んでの同行だろうと心の内では喜び勇みつつ、表情に出ないようにして二人並んで歩く。しかし、いざお返しを渡す良いチャンスが出来たと思ったものの、まだ他の生徒の姿もちらほら見えてなかなか動けないでいる。
「あの、祐麒さん。お話があります」
「は、はいっ!?」
すると意外なことに志摩子の方から言ってきた。しかもこのタイミングで話があるとは、もしかしてもしかするか、などと都合の良いことを考えていると。
「……その。乃梨子のこと」
「二条さん? あ、だから、俺にはよく」
「乃梨子のこと、どうして黙っていたんですか」
「え? な、何が」
「誤魔化さないでください」
見れば、志摩子は少し怒ったような表情で祐麒のことを見つめていた。
「週末、乃梨子と会っていたのでしょう?」
「えっ、な、なんでそれをっ」
「本当だったんですね……桂さんからこの前聞いたんです、お二人が仲良さそうにショッピングモールにいたところを」
まさか知り合いに見られていたとは、しかもそれが志摩子の耳に入っていたとは。
「今日も……祐麒さんがいきなり乃梨子の手を掴んだから、乃梨子が恥ずかしがって逃げてしまったって聞きました」
「そ、それは」
ということは桂に見られていたわけで、薔薇の館で二人が話していたのはそのことだったのかと思い至る。
「乃梨子と……いつからお付き合いされていたんですか?」
「え……」
志摩子が、「むーっ」とでもいうような顔をして睨みつけてきている。普段は穏やかな志摩子だけに怖さもあるが、それでも可愛く思えてしまうのは贔屓目だろうか。
「私、あんなに頑張ってチョコレート作ってお渡ししたのに、馬鹿みたいじゃないですか」
そこでようやく、志摩子がとんでもない誤解をしていることに気が付いた祐麒は、慌てて口を開いた。
「ち、違うよ、俺は別に二条さんと付き合ってなんかいないですからっ」
「でも、二人でデートしていたのでしょう? 祐麒さんだって認めていたじゃないですか」
「あれは、違うんです」
「どう違うって言うんですか」
「だからあれは……これをっ」
急いで鞄の中から志摩子に渡すべきものを取り出して、差し出す。
「……これが?」
「だから、ホワイトデーのお返しです。たまたまショッピングモールで二条さんに会って、二条さんだったら藤堂さんが好みそうなもの、良く知っているかと思って買い物に付き合ってもらったんです。ああ、知られると情けないなぁ」
贈るものくらい自分で選べないかと思われたら嫌だし、知られたくなかったのだが、変な誤解をされるよりマシである。
「え……?」
祐麒が差し出してきたものと祐麒の顔を交互に見やる志摩子。
「じゃあ、乃梨子とは……?」
「な、ないですよっ。俺がバレンタインで個人的にチョコレートを貰ったのは藤堂さんだけですし、お返しを渡すのも藤堂さんだけですから」
「え…………あ…………」
すると、僅かに吊り上がっていた眉がいつもの通りに戻り、代わりに顔がみるみるうちに赤くなってゆく。
「ご、ごめんなさい、私ったら」
「いえ、いいんですけど、もしかして……その……やきもち」
「や、焼きもちなんてやいていませんっ」
両こぶしを胸の前でぎゅっと握りしめ、更に赤面しながら言う志摩子。
「じゃあ、なんでさっきまであんなに怒って……」
「怒ってもいませんっ」
「え、だけど」
「違います…………もう、祐麒さんのいじわる」
ちょっと拗ねたような口調で上目づかいに睨んでくる、そんな志摩子の反則級の可愛らしさに鼓動が速くなるのを感じつつ、手にしたお返しを改めて志摩子に向ける。
「これ、受け取っていただけますか?」
「は、はい……」
こうしてようやく、志摩子のもとに渡る。
ホッと息をつく祐麒だったが。
「――でも、乃梨子と一緒にお買い物をしたことは、事実なんですよね」
「うっ。そ、それは、そうですけど……はい」
少しだけ後ろめたさを感じて頭をかく。決してやましいことはないのだが、やはり女の子と二人きりであったことに変わりはないから。
「乃梨子ばっかり、ずるいです」
「え?」
「だから、今度、私とも一緒にお買い物に行ってくださいね」
「え、それって」
「そ、それじゃあ、ここで失礼します」
いつの間にか校門までやってきており、そこで志摩子はぺこりと頭を下げ、くるりと背を向け、足早に薔薇の館の方へと戻ってゆく。その後ろ姿を言葉もなく見送っていた祐麒だったが。
「…………っし」
一人、力強く拳を握るのであった。