連休とはいえ、特に予定はなく暇な日を過ごし、何をするべきか迷うくらいである。去年まで何をしていたのだろうと思い起こしてみれば、連休といえ野球の練習や試合に時間を費やしていた。
「まあ、そりゃそうか」
自宅のリビングで特にやることもなくテレビを観たり、本を読んだり、ゲームをしたり、ダラダラと連休の前半を終えてしまったが致し方ないだろう。新たな環境で、しかも男子はごく僅かしかおらず、仲良く遊ぶような友人関係まで至った相手もいないのだから。
そうして突入した大型連休後半初日の夜。
「――祐ちゃん、これいつの間に藤堂さんのアドレスなんて手に入れたの?」
「ちょっと真紀ちゃん、人のスマホ、勝手にいじるなよっ」
「丁度メールを着信したところを見たのよ。そしたら、名前が」
食事を終え、今日は当番だったので流しで皿洗いをしてから自室に戻り、本を読んでしばらくしてスマホを弄ろうとしたら手元に無かった。さては置き忘れたかとリビングに戻るなり、ソファ越しに真紀からスマホを突き付けられたわけだ。画面に触れて確認すると、確かに志摩子からのメール。内容は、今後の環境整備委員の活動日についてだった。
「クラス委員だから、連絡先くらい必要だろ。なんで真紀ちゃんが気にするのさ」
「私は祐ちゃんの保護者として、そして担任として、不純異性交遊を認めるわけにはいかないの」
「不純異性交遊って……」
「それより、私のはちゃんと登録してあるんでしょうね、見せて」
「そりゃ、あるに決まってるでしょ……ほら」
と、スマホを差し出して見せると。
「どれどれ……ちょっと、何よ『まきさん』って!?」
「だって、『真紀ちゃん』や『鹿取先生』なんて入れて、もし友達に見られでもしたらまずいと思って四月に変えたんだよ」
「だめだめこんなの、『鹿取先生』なんて絶対に駄目、ここはじゃあ、『大好きなお姉ちゃん』……と」
「って、何勝手に変更してるの」
「ついでに、私にメールしちゃお。『真紀ちゃんが大好きすぎて困る! 将来は真紀ちゃんをお嫁さんにしたいです』……っと、送信」
バチバチと凄まじい速度でタイプしたかと思うと本当に送信したようで、やがて真紀のスマホがメールを着信した。
「えへへ~、祐ちゃんから愛のメール届いちゃった。これは保存、保存っと」
一人遊びに興じている真紀を横目に、アドレス帳を元通りに修正する。
「ねえ祐ちゃん、冷蔵庫からビール取ってくれる?」
「一本だけだよ?」
「えー、ケチ。祐ちゃんもなんなら一本飲んでいいのに」
「いらないから」
冷蔵庫から冷えたビールを取り出して真紀に渡す。祐麒はオレンジジュースを手にソファを回り込んで左隣のスツールに腰を下ろす。
「――って、なんつー格好してんのさ、真紀ちゃんっ!?」
真紀は、祐麒が自室にいる間にお風呂に入ったのかロンTに着替えてソファで体育座りをしていた。だから、体育座りをしたロンTの裾から伸びた太ももの下、純白のパンツの股間部分が見えていた。
「え、いつもの格好じゃない」
自分のシャツを見下ろし、襟元に指を入れて引っ張ってみせる。ノーブラの胸の膨らみが目に眩しい。
「あ、いつもと違った。間違えて、祐ちゃんのシャツ着ちゃった。道理で、いつもよりぶかぶかな割には裾が短いと思ったわ」
ぺろりと舌を出し、まだ少し濡れている髪の毛をかく真紀。
立ち上がると、シャツは絶妙な長さで真紀の下着を隠して太ももから下だけを見せている。そして全体的なサイズは大きいため斜めにずり下がり、左肩をむき出しにしてしまっている。
「まあ、今さら着替えるのも面倒だし、これでもいいわよね?」
笑いながら、そのまま豪快にビールを飲み干していく。
「……さーて、おかわり、おかわり」
「だから、一杯だけだって言ったでしょ」
「えー、やだ、一杯なんて飲んだうちに入らないっ、離してー」
冷蔵庫に向かおうとする真紀の腕を掴み、じたばたと往生際悪く足掻く体を懸命に抑える祐麒。
揺れる乳、体に伝わる柔らかな肌の感触、青少年には刺激が強すぎる。せめて、あんなお腹がちらりと見えただけで真っ赤になってしまう志摩子の10%でも、真紀も恥じらいを持ってくれたらと思うのだが。
「…………祐ちゃん、今、他の女の子のこと考えてたでしょ?」
「……え?」
「こらーっ、お姉ちゃんとイチャイチャしているときは、他の女の子の事なんか考えたら駄目でしょ」
「ああもう、酔っ払いが!」
祐麒の手を振りほどき、素早く冷蔵庫から新しいビールを取り出して口をつける。連休で仕事も休みのようだし、仕方ないかと諦める。この後、自分が被害を受けないようにするためどうするかを考えるしかない。
そんな祐麒の内心も知らず、真紀はつまみの柿ピーまで取り出して、完全に酒飲みモードに入ってしまっている。いつの間にかビールも三本目に突入しているし。
「――ねえ祐ちゃん、退屈だわ。せっかくの連休なんだし、どこかデートにでも誘ってくれないの?」
「なんで俺が?」
「だって! あーもう、せっかくこの連休のために頑張って色々と仕事を済ませたのに」
真紀は文句を口にする。
連休の前半、真紀は研修やら部活動やら教師としての仕事に追われていたが、それも全ては連休の後半に旅行に出かけるためだった。ところが直前になって、相手に急な仕事が入ってしまい旅行計画は潰れたらしい。だから数日前から真紀の機嫌は非常に悪かった。
仕方なく祐麒は、真紀の酒と愚痴に付き合うことにした。連休の後半はまだ三日も残っており、三日間も機嫌が悪いままでいられたら祐麒だって被害を受ける。このお酒で怒りを吐き出してくれるなら良いかと思うことにした。
「――それでさ、ホテルまで勝手にキャンセルしちゃってさ、予約残してあれば、祐ちゃんと一緒に遊びに行けたのに。あーもう、アイツったら最悪だわ」
うんざりとしたような表情で悪態をつく真紀。真紀が言う『アイツ』とは恐らく彼氏なのだろうとは思うのだが、なんとなくそれを突っ込んで尋ねるのは躊躇われた。
「だからどう、祐ちゃん?」
「どうって言われても、今さらどこへ行くにしても混雑しているし、それに俺と真紀ちゃんがそんな風に出かけて、万が一誰かに見られでもしたらまずいでしょ」
「そ、それは、まあそうかもだけど」
学校では教師と生徒の関係、いくら親戚だからといって休日にプライベートで二人きりで出かけるのを目撃でもされたら、真紀の教師としてのキャリアは終わるだろう。
「せっかくの連休なのに……でも、ま、そしたらお家でのんびり、祐ちゃんと二人きりで過ごすのもいいかもね」
二人で暮らしているとはいえ、平日はお互いに学校と仕事があり、土日も真紀はなんだかんだと部活動を含む学校関連の業務に時間をとられることが多く、一緒に過ごせている時間というのは思いのほか少ないのだ。
「でも、祐ちゃんは彼女とデートとか、本当にないの?」
「だから、彼女なんていないっての」
「それだったら、この連休中は私が祐ちゃんを独占してもいいわよね」
にんまりと笑う真紀に連れ出されてショッピング。とは言っても遠出するわけではなく、近場のショッピングビルで適当に見て回った後は夕飯を買うくらいである。帰る前にはレンタルショップに寄って、連休中に観る映画を適当に物色する。
「真紀ちゃんが好きな映画は、アクションとホラーだっけかな」
棚を見て幾つかピックアップする。
「祐ちゃん、祐ちゃん」
真紀に手招きされて向かうと。
「エッチなの、希望があれば借りてきてあげようか?」
アダルトコーナーに入る手前で、とんでもないことを訊いてきたので却下する。
「遠慮しなくてもいいのに」
「いいから、ほらさっさと行こう」
店内にいた他の客の目が恥ずかしく、真紀の手を引いてその場を離れ、さっさとカウンターで貸し出して続きを済ませてしまう。
帰宅したら少し休んでから夕食の支度にうつる。普段は真紀が作ってくれるのだが、今日は「手伝って」と言われたので二人で台所に立ち、真紀に指示されるまま手を動かしていく。
夕食を終えたらリビングで映画鑑賞。
最初はソファに座っていた真紀だが、途中から座椅子に座っていた祐麒の前にやってきて、祐麒を座椅子代わりにするように腰を下ろした。
「あの、真紀ちゃん? これって」
「んー? いいでしょ、別に」
いや、構わないのだが、必然的に真紀のお腹に手を回す格好となってその柔らかさが気になるし、ふわふわの髪の毛が顎や首に触れてくすぐったいし、色々と気になって仕方がないのだ。
「なんかこうしていると、昔みたいじゃない? もっとも、前は位置が逆だったけど」
真紀の言葉に、子供時代の記憶が蘇ってくる。
まだ幼かった祐麒は真紀に抱きかかえられるようにしてテレビを観ていた。背後からギュっと抱きしめてくる真紀のことが照れくさくて、振りほどこうとしたりもするけれど、結局は居心地の良さに負けてしまう。
当時はまだ、胸の大きさとかそういうことも意識していなかったから、どんな感触だったか覚えていないのは残念だが、後ろから包まれるように抱えられていると、それはとても安心感があって、心地よくて、抜け出し辛かったことは覚えている。
今では祐麒の方が体は大きくなり、こうして背後から抱きしめられるようになっているのだ、なんとなく感慨深くなる。
映画を観終えた後は、互いに適当なタイミングで風呂に入り、あとは好きな時間に寝るだけであるが、いつもの通りに祐麒は比較的早めに部屋に引っ込んで日付が変わる前くらいにはベッドに潜り込んだ。
午後に出かけたがさして遠出したわけでも、長時間出ていたわけでもなく、中途半端な疲労のせいか眠りに入るのが少し遅かったが、それでもうとうとして本格的に眠りに入りかけた頃、そっとベッドに誰かが入り込んでくる気配を感じた。
誰かといっても該当者は一人なわけで、またかと思いつつ体の向きを変えて真紀の方を向いて声をかける。
「――真紀ちゃん、また飲んだの?」
連休で明日も休みだし、飲んでも別に構わないのだが、祐麒に迷惑をかけるのだけはやめてほしいものである。
「……飲んでないよ」
「飲んでる人は大抵、そういうよね」
「失礼ね、本当よ。息、臭い?」
間近で感じる真紀からは、確かにアルコールの匂いが感じられなかった。だが、だとしたら素面でやってきたというわけで、「なぜ?」という疑問が沸き起こる。
「もう…………完全に祐ちゃんの策にはまっちゃったわ」
「え?」
「でも、ちょっと嬉しいかも。それってさ、もしかして今夜私のこと――」
「や、ちょっと待って真紀ちゃん。策にはまったって、何が?」
毛布の中で身を寄せてきて、ちょっといい匂いが鼻先をつく。
「だから、怖い映画。私を怖がらせて一人で眠れなくさせて、こうして祐ちゃんの部屋に来るよう誘導したんでしょう? 完全に祐ちゃんの思う通りよ」
「え、何言ってんの真紀ちゃん? 冗談やめてよ、真紀ちゃんホラー系好きでしょ」
「は? なんで私が。怖いのなんて大の苦手だし」
「いやいやちょっと待って。だって田舎の婆ちゃんちの怪談話とか、喜んで聞いていたじゃんか。俺が怖がっていたのに、逃がさないようにしてさ」
田舎のお婆ちゃんの怪談は、それはもう恐ろしいものだった。周囲が山で静かだし、夜になればそれこそ真っ暗で、お婆ちゃんの語りと声も相まって恐怖は倍増。子供だった祐麒は怖くて嫌だったが、真紀が面白がって祐麒を離してくれず、毎回毎回聞かされていた。
それでも真紀は、夜、怪談話のせいで祐麒が怖がっているんじゃないかと様子を見に来てくれて、安心させるかのように一緒に寝てくれた。真紀の体温に包まれているととても心地よく、幽霊や化け物がきても怖くなんかないと思えたものだった。
「喜んでなんかいないわよ、あれ、怪談話きかないとお婆ちゃん、私の子供の頃の恥ずかしい話をしちゃうぞ、なんて言うから仕方なく。祐ちゃんを逃がさないようにしてたのは当たり前じゃない、怖かったんだもん」
「え……じゃあ、夜中に俺の部屋に来ていたのって、もしかして」
「……一人で寝るの、怖かったから」
「そんなこと真紀ちゃん、言ってなかったじゃん。むしろ、俺が怖くないようにって」
「そ、そりゃ、私が怖がっているなんて祐ちゃんに知られたら、恥ずかしいし」
「いや、今こうやって知られちゃってるじゃん」
「今はいいの、だって昔は祐ちゃん小っちゃい子供だったけど、今は頼りになるから」
言いながら、さらに少し身を寄せてくる真紀。まだ体に触れていないが、ほんの僅かに体を動かせば肌を感じられるはずで、どうすれば良いのか分からず動くこともできない。
「だ……大体、いい年して今さら、怖いもないでしょ。部屋に戻りなよ」
「うぅ、だって、私の部屋一階じゃない? 広い家で一階に一人で寝ているなんて、あんな映画観た後に無理よ。だから、いいでしょう」
真紀の手がそっと、祐麒の腕に触れる。その指先から僅かに震えが感じられる。どうやら嘘でもなんでもなく、本当に怖いらしいとようやく理解する。あの真紀がまさか怖いものが苦手だなんて、全く想像も出来なかったが。
「仕方ない、今夜だけなら」
「本当? やった、ありがとう祐ちゃん」
「……っ!?」
ぎゅっと抱き着いてくる真紀。
その柔らかさ、特に押し付けられる二つの膨らみにドキッとするが、真紀は怖がっているだけだからと自分自身に言い聞かせ、煩悩を追い払う。
「…………昔は、私の腕にすっぽり入っちゃうくらいだったのに、今ではすっかり逆ね。祐ちゃん、逞しくなって」
「いつの話さ、俺が小学生とかの話でしょ。今、高校生だよ」
「そうだね、早いよね」
真紀が喋るたびに息が首筋をくすぐってきて、闇の中でも至近距離だというのを感じさせられる。ただでさえ、密着してくる肉体の感触がやばいのに、それ以上のものを与えられるのは色々とまずい。
「も、もう、寝るから、俺」
「えー、せっかくだからもう少しお話ししようよ」
「寝ます、おやすみ、ぐー」
「何よ、ケチーっ」
「…………」
無視して寝たふりを続ける。さっさと寝てしまわないと、そのうち本当に下半身が反応してしまいそうで怖いから。
「――――祐ちゃん。本当にもう、寝ちゃったの」
しばらくして真紀が尋ねてくるが、これも無視。
一緒の布団で寝ているだけで許してもらおう。
「…………もう………………本当なら今頃……」
真紀の小声が耳に届く。
旅行をドタキャンされた彼氏に対しての文句だろうか。そればかりは祐麒に文句を言われてもどうしようもない、申し訳ないが八つ当たりなら明日ケーキバイキングにでも行って憂さを晴らしてきてもらいたい。
「でも、祐ちゃん、意外と胸板、逞しい……」
真紀の手が胸をさすってきて思わず反応しそうになるのを堪える。
「久しぶりだったのになぁ。もうかれこれ何か月も……」
何やら独り言が変な方向にいっているようなきがする。
さらに、太ももを撫でていた手が徐々に上がってきている気もする。
「…………祐ちゃんの」
「――――っ」
危険を感じ、寝返りを打つふりをして真紀に背中を向ける格好で体を丸める。
気のせいだったのか、いやでも真紀の手つきはなんだかいつもと異なっていて、もしかしたら勿体ないことをしたのかとも思いつつ、やっぱりまずいだろうと目をぎゅっと瞑って心を閉ざす。
背中越しに、真紀が吐息を漏らすのを耳にする。
真紀が背中に額をくっつけてきた。動かないようにして祐麒はそのまま辛抱する。
そのまましばらく耐え、どれくらい経っただろうか。寝息が聞こえてきてようやく祐麒はホッとして内心で胸を撫で下ろす。
それでも。
真紀を背中に感じてなかなか寝付けず、ようやく微睡んできたのは夜明けが近くなってきてからのことであった。
「…………まだ起きてないんだ。休日だからってもう」
真紀の声が耳に入ってきた。
起こしに来たようだが、まだ眠くて仕方がない。
「ふふ、でも、可愛い寝顔…………」
と、そこで何やら周囲の様子を窺うような気配を見せる真紀。この家には祐麒と真紀の二人しかいないというのに、何を気にしているのだろうか。
「本当に、良く寝てるわよね……」
近づく気配。寝顔を覗き込んできているのか。
ふわりと、垂れてきた髪の毛が頬をくすぐる。
そして。
"ちゅ"
「………………っ、と」
離れてゆく温もり。
「……これくらい、いいわよね」
そっと閉じられる扉の音を微かに聞きながら、祐麒は再び深い眠りへと落ちてゆくのであった。
――余談だが、恐怖の余韻が残っているとかなんとか言って、結局は残りの連休中も祐麒のベッドに潜り込んでくる真紀と一緒に寝る羽目になった(もちろん、何事もなく寝ただけだった)