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【マリみてSS(江利子)】イエローローズは眠らない <その8>

更新日:

 

~ イエローローズは眠らない ~
<その8>

 

 

 季節は巡り、高校に入って三度目の春がやってきた。
 私は最上級生となり、正式に黄薔薇さまとなった。お姉さまは卒業されて、もう、いない。
 クリスマス・イブの日からの悪夢のような、それでいてめくるめく甘美な3日間以来、お姉さまと肌を重ねたことはない。お姉さまも特に私を求めるわけでもなく、変わらぬ日々を続けていた。
 私はお姉さまに抱かれたことを後悔などしていないし、お姉さまだって同じであることは分かっていた。
 ただ時折、微妙な目つきで私の体を舐めまわすように見つめているときがあり、そのときばかりは『あの日』の記憶が蘇り、お尻から背中を突き抜けて脳天に達するような痺れにも似た感覚が私を襲うのが、困るといえば困ることであった。
 私を超えて、お姉さまが一番好きだという人が誰なのかは、結局分からなかった。その人にお姉さまが想いを告げたのかも分からない。
 でも、それで良いのだろう。
 お姉さま自身のことなのだから、お姉さまがどうにかしているはず。私よりもずっと強い方だったから。
 それよりも、私自身が変わらなくてはいけない。
 お姉さまと肌を合わせたあの日のことを、嘘にしないためにも。

 

 薔薇の館に向かう。
 すると、向かう途中で二つの人影が前方を歩いているのが目に入った。見慣れた、二人の友人。
 聖の笑い顔には精気がなかったけれども、それでも笑えるようになっていた。きっと、蓉子の力が大きいのだろう。そんな、聖に向ける蓉子の笑顔を見ていると、また胸が痛くなる。

 でも、今度は間違えない。

「―――蓉子、聖」
 呼びかけると、振り返る二人。
「江利子、あなたも今から向かうところ?」
「珍しいわね、江利子が真面目に来るなんて」
「それは、こっちの台詞よ。聖が時間通りにくるなんて、雨でも降るのかしら?」
「だって、蓉子がうるさいんだもん。最初くらい、ちゃんとしろって」
「聖、あなた自分の意思で白薔薇さまになったのでしょう?自覚を持ってよ」
 膨れっ面をする聖に対し、蓉子はやれやれといった感じでお説教をする。とげとげしい雰囲気はいまだにあるが、話ができるなら、かなりマシだろう。
 聖は久保栞という存在を失って、何を思っているのだろうか。聖の傷は深く、回復にはいまだ程遠い。だけど私は、遠慮するつもりはない。アドバンテージのある聖に対しては、遠慮などしていられないのだ。
「私は、蓉子と二人っきりでも全然、構わないけど?」
「え、江利子っ?!」
 いきなり腕に抱きついてきた私を見て、蓉子はうろたえる。聖も、目を丸くして私のことを見ている。
「……へえ、いつの間に二人、そんな仲良く?」
「ち、違うのよ聖っ、ちょっと江利子、ふざけないで……」
「いいじゃない、別に」
 私はさらに力を加えて腕を抱きしめ、胸をぎゅっと蓉子の腕に押し付けるようにした。蓉子の顔が赤くなる。
「え、江利子っ……」
「だって私、蓉子のこと、大好き、だから」
 言って、蓉子のほっぺに軽く唇を触れる。
 途端に、蓉子は茹だったかのように真っ赤になった。
「……っ、……っ!」
 私の手を振りほどいて、両手をぶんぶんと振って何か言おうとするが、口がぱくぱくと動くだけで言葉は何も出てこない。
「…………」
 無言で、奇妙なものでも見るような目つきの聖。
「か、からかわないでちょうだいっ」
 真っ赤な顔で、ようやくそれだけを言って蓉子は、そっぽを向いてしまった。その仕種が、表情が、全てが愛しくて想いは募る一方で。
 やっぱり、蓉子を諦めるなんてことは出来そうになかった。
「ふふっ」
 聖に対して、笑いかける。
 意味がわからずに、聖は無視して歩き出したけれど、これは聖に対する私からの宣戦布告だった。
 聖は理解しているのか分からないけれど、蓉子の心はいまだに聖に向いている。だから、聖が意識する、しないに関わらず、聖は私にとってライバルとなる。加えて、聖が蓉子を見る目も、以前と比べて微妙に変わってきているように感じる。前は、世話を焼こうとする蓉子をうっとうしそうに見ていたのに、今は微妙な熱を帯びているような気がした。おそらく、私の勘違いではないだろう。聖も、蓉子が単なる優等生ではないことに、気が付き始めているのだろう。
 障害は大きい。でも、私の心は数ヶ月前と異なり、燃えていた。
「ほら蓉子、いつまでも一人でばたばたしていないで行きましょう」
 いきなり、接近しすぎると不審に思われるかもしれない。それに、想いを伝えるのであれば、二人きりの場でないといけない。
「……もう、私を玩具にして……」
 からかってなどいないことは、いつ、蓉子に教えようか。
 溢れんばかりの、蓉子に対する気持ちは、いつ打ち明けようか。怖いけれども、今は半分くらい、楽しみでもある。
 たとえ蓉子が受け入れてくれなくても、何回でも伝えよう。だって、想いに限界などないのだから、ダメだったとき以上の想いを込めてぶつかろう。そう簡単には、離すつもりはなかった。
 蓉子の隣に並ぶ。
「―――ねえ、蓉子―――?」
 正面を向いたまま、私は口を開く。
「……え?」
 こちらを向く気配が伝わる。
「―――私、諦め、悪いからね―――」
「……はぁ?何よ、それ」
 訝しげな顔をして、私のことを見る。
「いいから、忘れないでね」

「……ええ。じゃあ、覚えておくわ」

「―――ふふっ」

「一体、何がおかしいの?今日の江利子、変じゃない?」

「そんなことないわよ。だって―――」

 こんなにも、人を愛しいと思えるのだから。それがおかしいというのなら、きっと世界の方が変なのだろう。

「……なんか、生き生きした江利子を見るのって、嫌な予感がするのよね」

「あら、お言葉ね」

 といいつつも、間違ってはいないかもしれない。
 でも、きっといつか、"嫌な予感"から"恋の予感"に変えてみせる。

 なんたって、蓉子が呆れるくらい、お腹いっぱいになるくらい、『蓉子ちゃん好き好きエナジー』を注いであげるんだから。

「どうしたってのさ、江利子」
 さすがに私の様子を不審に思ったのだろう、それまで黙っていた聖も、口を開いた。
「どうもしてないわよ。それより、聖の方こそ、何がしたいの?」
「はぁ?」
 首をひねる聖。
 ばっさりと切った髪の毛が、ふわりと揺れる。
「私はね、もう、分かったから」
 微笑むと。
「……私は、江利子の言っていることがさっぱり分かんないよ」
「いいのよ、それで別に」
 それは、私の問題なのだから。

 薔薇の館に向けて足を進める三人。

 聖、蓉子、そして私の順で並び立ち、歩いてゆく。

 やわらかな春の風が斜め前方から吹いてきて、髪の毛を、スカートの裾をたなびかせ。

 

 舞い踊る桜の花びらが、私たちを包み込んだ。

 

 

~ おしまい ~

 

 

【あとがき】

書いている時はそこまでのレベルではなかったのですが、時間をおいて改めて考えると、本作は自分が書いたSSの中でも1、2を争うくらい好きな作品になりました。

江利子と蓉子、双方ともに完璧超人タイプですが、その中身はかなり方向性の異なるものであり、そのうちでも特に江利子を描きたかった。本編でも、江利子ってそこまで深堀りされていないと感じたので、余計にそう思ったのかもしれません。

そのためにはやはり、江利子のお姉さまがいないと無理だろうということで、このような形になりました。そして江利子の内面も、書いているうちに出てきたといいますか。

読んでいただいた皆様にも、この江利子を受け入れてくれると嬉しいです。

 

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