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ノーマルCP マリア様がみてる 由乃

【マリみてSS(由乃×祐麒)】楽園 <後編>

更新日:

~ 楽園 ~
<後編>

 

 

 行き当たりばったりだったということで、どこへ行ってもおかしくないのは分かっていたが、実際に予想もしていなかった場所に来ることになると、やはり動揺するものである。
 祐麒と由乃、二人がバスと電車を乗り継いでやってきたのは、有名なテーマパークであった。そのこと自体は何ら問題がないのだが、そのテーマパークの中でも、よりによって此処に入ることになるとは思わなかった。
 祐麒は今、更衣室で着替えている最中だった。おそらく、由乃も同じように着替えているところであろう。
 二人が足を運んだのは、いわゆる『温泉テーマパーク』であった。
 入ることになった経緯を思い出し、祐麒は声を殺して笑う。

 

 祐麒たちが訪れたのは、温泉施設はもちろんあるが、それと併設してごく普通の遊園地もある場所だった。だから、祐麒はてっきり遊園地の方に入るのだと思っていたのだが、目の前まで来て由乃に袖を引っ張られた。
「ねえねえ、あれ見て。温泉だって、入りたくない?」
「え、でも」
 祐麒は一瞬、躊躇する。
 此処の温泉施設の評判は聞いたことがあるし、楽しいとも聞く。
 だけど、良いのだろうか。
「温泉だと、中で別れちゃうよ。せっかくだから、二人でも楽しめるようにした方が、いいんじゃない?」
 遠まわしに、遊園地の方が良いのではないかと告げたのだが、由乃にその真意は届かなかった。
「大丈夫だよ、ほら、水着着用のとこがあるみたいよ」
「水着なんて、持ってきてないし」
「それもレンタルしてるって」
 他に、由乃の考えを翻させられる意見を持ち合わせていなかった。
 まあ、祐麒としてみれば、どちらかといえば嬉しいので構わないのだが、果たして由乃はそこまで考えての意見なのか、それとも考えるに至っていないのか。
「そこまで言うなら、いいけれど」
「何よ、煮え切らない返事ねー。行きたくないなら行きたくないって、ハッキリ言いなさいよ、男でしょう?」
「行きたくないわけじゃないよ、むしろ行きたいけれど……よし、じゃあ行こうか」
 由乃が良いと言っているのだから、これ以上祐麒が何か文句を言うのもおかしいだろうと、素直に向かうことにした。
 二人並んで歩き出したその直後、「あ」という声をあげる由乃。
 どうしたのかと思い、振り返ってみると、由乃の顔が先ほどより赤くなっていて、表情にも先ほどまでの余裕がなくなっていた。
 どうやらようやく気がついたというか、意識をしたらしい。
 即ち、水着姿を、肌を祐麒に晒すということを。
 最初から海やプールに行くとか、温泉施設に行くと分かっていたならば、当然のように水着も用意しているだろうし、水着姿を見せることも分かっていただろう。
 だが今日は不意打ちである。
 普段から気をつけているから見られて恥しい体型ではないとか、男性に水着姿を見られるくらい気にしていたって仕方ないと考えているとかなら、由乃が初めから頓着しなかったのも分かる。事実祐麒は、そういうことなんだろうなと考え始めていて、自分だけが変に意識をしているのだと思っていたのだが。
「由乃さんさ、やっぱり遊園地にしない? そういえばさ、新しいアトラクションの」
 祐麒だって健全な高校生男子であり、由乃の水着姿なんて、正直に言えば物凄く見たいのだが、相手が嫌がっていたり、見られたくないと思っていたりするようであれば、無理に見たいとまでは思わない。
 見るからに細い由乃の体に目を向ける限り、余計な肉があって見られたくないということはないだろうが。
「な、何言っているの、平気よ。女に二言は無いわ」
 しかし、決して意見を曲げようとしない。
 由乃は意外と強情で、負けず嫌いだということを思い出した。
「えーと、由乃さん?」
「ほら、行くわよ、いざ温泉へっ」
 意地っ張りな由乃は、自らの言葉を翻すことなく温泉へと突入していったのであった。

 

「本当、変なところで意地張らなくて、いいのに」
 しかし、そのお陰で、こうして由乃と二人で温泉に入ることなどができるので、感謝せねばなるまい。
 施設で購入した海パンを穿く祐麒。
 ちなみに、レンタルの水着は誰が身につけているかわからないから、なんか嫌だというのが由乃の意見である。
 この辺はやはりお嬢様育ちなのかなと思ったが、考えてみれば祐麒も出来ることなら人が使用したものは使いたくなかった。もちろん、綺麗に洗濯、除菌されているのだろうが。
 余計な出費ではあったが、見返りを考えれば安いものだと考える。何しろ、由乃の水着姿が拝めるのだ。この辺の多少の下心くらいは許して欲しい。
 そんなことを考えながら、水着着用のバーデプールへと足を運ぶ祐麒。
 中に入ると、なかなかに賑わっていた。日本人は温泉好きだとよく聞くが、こうして実際に様々な年代の男女を見ると、改めて実感する。若い男女の姿も多く、思わずちらちらと周囲に目を向けてしまう。
 由乃はいつ来るのだろうか、だが女性更衣室に続く出入り口をあまり見ていても、いやらしい男だと思われそうで、仕方なくプールを眺めていたりしたのだが。
「……お、お待たせ」
 後ろから声をかけられて、ゆっくりと振り返り、途端に祐麒の視線は固まる。今まで、プールにいる女性の水着姿に否応無く意識させられていたのだが、由乃の姿を目にした瞬間に、他の女性の姿など視野から外れてしまった。
 由乃が購入したのは、ごくシンプルなセパレートのビキニ。淡い水色の、ラメ入りボーダー柄で、ミニスカートをつけている。
 細い、とにかく細い。
 細いというのは分かっていたけれど、やっぱり細い。腕も、脚も、腰も、本当に細く、そして白い。
 あまりに細すぎると逆に色気を感じなくなりそうだが、由乃の場合はそのギリギリのラインのように思えた。手術して元気になって、剣道部などの部活で体力もついてきたから、その分、細くなりすぎない感じになっているのだろう。
「水着、可愛いね。よく似合ってると思う」
 誉める言葉が出てきたのは、祐麒にしてみては上出来だったであろう。
「わ――私に似合うなんて、当たり前じゃないっ。お世辞なんか聞きませんよーだっ」
「お世辞のつもりはないんだけどなぁ」
「いいからほら、せっかく来たんだから、行こうよ」
 由乃が手を握ってくる。
 ただ、手を繋いでいるだけなのに、物凄くドキドキしている自分に気がつく祐麒なのであった。

 

 由乃は色々と困っていた。
 先ず何より、水着だ。施設内で購入した水着は、値段も手ごろで可愛らしいのだが。小さめのサイズを選んだのだが、それでも余るのだ、胸の部分が。大丈夫だろうと思って、試着もしなかったのはやはり失敗だった。
 パッドもちゃんと入れているのだが、それでも微妙に緩い気がする。幸い、プールとはいっても温泉であり、激しく泳いだり遊んだりすることはないだろうから、いくらなんでも外れたりはしないと思うが。
 そして。

(うわあ~、祐麒くん、見てる、見てるよ~っ。きっと祐麒くんは、そんな風に思われているなんて、気づいてないんだろうけどなぁ~)

 由乃の胸元、腰、太腿のあたりに祐麒の視線がちらちら向けられるのが、感じ取れる。別に責めるつもりはないが、そういうのを見てしまうと、やはり祐麒も男の子なんだなというのを実感させられる。
 男が思っている以上に、女は敏感である。男が自分のどこを見ているのか、何を意識しているのか、大体は察知できる。
 見られていると意識すると余計に恥しくなるが、それでも嫌な気持ちにならないのは複雑な乙女心か。嫌いな異性に変な目で見られるのは嫌だが、祐麒が相手ではそこまでいかず、恥しさが先に出る。
 正面から視線を受けることに耐えられそうも無く、由乃は祐麒の手を取って歩き出した。自分だけ先に行かなかったのは、後ろから見られることもまた恥しかったからなのだが、水着姿で手を繋いで歩くなんて、まるきりカップルにしか見えないではないかと、繋いだ後になって心の中で一人呻くのであった。

 

 最初こそ、お互いに必要以上に意識してぎこちなかったが、いざ温泉に体をつからせてみれば、ぎくしゃくしていたものも吹き飛ぶようだった。
 プールでは、アクアストレッチや歩行浴など、楽しみながら健康増進をすることができ、体力の少ない由乃にはぴったりだった。加えて、温泉も大好きである。
 今は屋外のジャグジーに身を浸している。水は柔らかな軟水で肌触りよく、庭園の緑も目にやさしく心地よい。
「うーん、思っていた以上に楽しいね、ココ!」
「確かに、入っているだけでも気持ちいいのに、楽しめるもんなあ」
「さっきのなんだっけ、"死海プール"だっけ? 凄かったねー!」
 死海と同じ塩を使用したというプールは、他のプールとは明らかに異なる、今までに感じたことが無いような浮遊感を与えてくれて、大いに楽しませてくれた。それでいて、体内の老廃物を排出してくれる効用があるというのだから、文句も無い。
 ジャグジーの水流に身を委ねながら、空を見上げる。屋外だから、空気も通っていて爽快である。
「ねえ祐麒くん、次はあそこ入ってみよ」
 由乃が指差したのは、サウナであった。
「そんなに慌てなくても」
「でもさ、せっかくだから沢山のお風呂に入りたいじゃない」
 由乃が待ちきれないようにジャグジーから出ると、祐麒も軽く苦笑するような感じで立ち上がった。
「あ、でも由乃さん、大丈夫なの?」
 祐麒が心配しているのは、おそらく心臓のことであろう。手術前であったら、絶対に入らないところであるが、今は健康になったのだから大丈夫。
 とはいえ、由乃とて一抹の不安がないわけではない。前に駅伝を見に箱根に行ったときは、どう足掻いても令が許してくれなかったから、いまだ入った経験はないのだ。
「うん、無理しないで、暑くなったらすぐに出るから」
「本当だよ? ちょっとだけだからね」
「はーい」
 許可を得て、早速サウナの扉を開けると、途端に熱気が由乃の体にぶつかってきた。中には先客が何人か座っていて、軽く頭を下げながら空いている場所に座る。すぐに、祐麒も隣に腰をおろした。
「……思っていたよりは、暑くないかな?」
「そんな風に油断していると、危険だよ」
 祐麒の言うとおり、すぐに汗が滲み出てくるのが分かった。
 しかしサウナの温度は絶妙で、確かに暑いけれども、すぐに飛び出て行きたくなるほどではない。当たり前だが、我慢できるレベルなのだ。
「由乃さん、大丈夫?」
「まだ、入ったばかりだってば」
「でも、暑くなったら無理しないで、すぐに出るからね」
「心配性だなぁ、祐麒くんは」
 笑ってみせる。
 汗はどんどん湧き出てきて、体を伝って流れ落ちてゆく。
 少しずつ、心臓の動きが速くなるのが感じられる。
 手術から一年以上が経過し、体育も、剣道部の部活もこなし、慣れているはずなのに心臓がドクドクと鳴り出すと、時折、急に不安が沸き起こってくる。
 かつて感じていた苦しみや恐怖というものは、たとえ体が治ったとしても由乃の心の中に住み着いていて、容易には解放してくれない。
 だが、よりによってこのタイミングで発生することもないだろうに。
 由乃はそっと、胸をおさえる。
「……由乃さん、大丈夫……いや、もう出よう」
 隣にいる祐麒も、由乃の変化を察したようだった。
 さすがに由乃も、反論する元気はなく、力なく立ち上がろうとする。
「ごめん、祐麒くん」
「いいから、立てる?」
 立ち上がったが、立ち眩みか、それともサウナの熱にあてられたのか、足元が覚束なかった。ふらつきそうになる体を、祐麒が支えてくれた。
 サウナに入っていた他の人が心配してくれてドアを開けてくれたようで、「ありがとうございます」と祐麒はお礼を述べながら由乃を支えてサウナの外に出る。
 外気が体を包み込み、火照った体を冷やしてくれる。まだ熱いことに変わりはないが、すっと熱が引いてゆくのが感じられ、呼吸も随分と楽になる。
「由乃さん、水があるから」
 サウナのすぐ側に必ずある水だったけれど、手をのばす力がまだ沸いてこない。
「……少し、時間が経てば、落ち着くから」
 確かに熱いことは熱いが、どちらかというと心の問題の方が大きかったから、落ち着けば体の方も直に良くなるはずだった。
「ごめん、由乃さん。ちょっと失礼するね」
「ん?」
 次の瞬間、額にひんやりとしたものが触れた。続いて、頬にも同じような感触。顔の熱を取ってゆくようで、とても気持ちが良い。冷たくて、柔らかくて、それでいて温かい。
「んーーー……え?」
 しばらくして顔の熱が随分と引いたところで、ようやく由乃は現実に返った。
 由乃の体を冷やしていた『ソレ』は、なんと祐麒の手だった。水を掬い取り、由乃に刺激を与えすぎないように冷やしてくれていたのだ。
 しかもそれだけではない。ぐったりとしていた由乃は祐麒に抱きかかえられていたというか、祐麒の腕にしがみついて身を預けていた。
 水着姿で、肌を押し付けていたのだ。
「あ、由乃さん、大丈夫?」
 声に顔をあげると、祐麒と視線があった。
 直後。
「うあ、あ、あっ、うにゃぁ……」
「え、わ、由乃さん、まだ熱い!?」
 せっかく熱が引きかけたというのに、一気に熱がぶり返してしまうのであった。

 

 サウナを出た後、由乃の体を労ってであろう、祐麒は外に出ようと言ってきたが、由乃は体は良くなったと言い聞かせ、なんとかお風呂に入ることにさせようとした。正直、すぐに出て祐麒と顔を合わせるのは、恥しすぎた。
「絶対、無理しないし、サウナにはもう入らないから、ね」
「いや、でも」
「でもも糸瓜もないの、じゃあ、一時間後にロビーで」
 有無を言わさず由乃は踵を返し、更衣室へと続く出口へと向かった。後ろで、祐麒が何か言いたそうな表情でいるのが分かったが、無視して歩く。正直、あまり余裕は無い。抱きついていた祐麒の腕の、胸板の感触が蘇ってきて、オーバーヒートしそうになる。
 加えて、予想外の事態がさらに降りかかる。
「あれえ、由乃さんじゃないの?」
「え?」
 自分の名前を呼ばれて顔をあげてみると。
「えっ、逸絵さん、道世さんっ!?」
 見慣れたクラスメイトが、水着に身を包んでまさに更衣室に続く通路から出てきたのだ。
「へえ、偶然ね。由乃さん、お一人? それとも祐巳さんたちとでも一緒なのかしら」
「あ、そういうわけじゃ……」
 と、言いかけたところで慌てて振り返ると、丁度祐麒は男子更衣室に続く通路へと姿を隠すところであった。
「そ、そう、一人で来ていたのよ、うん」
 大きく首を縦にふる。
 まさかこんな場所で知り合いに会うなんて、予想もしていなかった。
「へえ、ちょっと意外。一人で来るくらい、好きなの?」
「そりゃもう、温泉といえば島津由乃というくらい」
 さすがに、逸絵も道代もちょっとばかり不審に思っているようだった。それもそのはず、多くの女性というのはよく集団で行動するし、どこかへ遊びに行くというのに一人で行くというのは、多くは無い。
「そう。じゃあ良かったら、私達とご一緒しない?」
 純粋な厚意からであろう、道世が誘ってきたが、由乃としては受けるわけにはいかない。
「あ、ありがとう、でも私、ちょっとのぼせちゃってもう出るところだから」
「あらそう、残念」
 残念そうな表情の道世とは異なり、逸絵はいまだ訝しげに由乃のことを見ている。
「由乃さん、ひょっとして……誰か殿方と一緒に来ていた?」
「えっ」
「あら、そうだったの? あ、じゃあひょっとして私達お邪魔だったのかしら」
 逸絵の言葉に、ぶんぶんと首を横に振る。
「違う違う、そんなんじゃないって。大体、彼氏連れだったら逆に二人に自慢するわよ」
「慌てるところが、なんか怪しいのよねえ」
「やだな、それなら一緒にいるはずでしょう、水着ゾーンなんだし。じゃあ、私はお先に失礼しますわ、おほほ」
 変な笑いを残し、由乃は出来るだけ慌てた様子を見せないようにして更衣室に戻った。
 水着を脱ぎ捨て、髪を乾かそうとするものの由乃の長い髪の毛はなかなか乾かず、しかも由乃がどんなに急いだところで祐麒はしばらく出てこないのだと気が付き、一人で右往左往する。
 どうにか髪を乾かし、着替えを終えてロビーに出るが、約束した時間まではまだ三十分はある。かといって、由乃が男子風呂に突入するわけにもいかない。外に出るにはロビーを通るしかなく、隠れられそうな場所も無い。
 確率は限りなく低いとは思うが、祐麒と、逸絵たちが同時に出てきたらと思うと気が気ではない。
 後になって冷静に考えれば、建物の外に出て様子を見ていればよかったと思えるが、このときの由乃はそこまでの余裕は無かった。ただ一人、落ち着き無くロビーで男女それぞれの更衣室の出口を見て、やきもきするしか無かった。
 物凄く長く感じられたが、実際に時計を見ると二十分しか経っていない。そんな頃に、祐麒が男子更衣室から姿を現した。祐麒の姿を認めた由乃は、まさに祐麒のもとに飛んで行った。
「あれ、由乃さん随分と早かったね。俺も早めに出てきたんだけれど、ひょっとして体の方が?」
「そんなのいいから、早く出るわよっ」
 祐麒の腕を抱えるようにして、出口に引っ張ってゆく。
「由乃さん、どうしたの? そんなに急がなくても、ちょっとジュースでも飲んで」
「そんなの、外でいいから、とにかく今はここからの脱出が最優先事項よ」
「脱出って」
 まだ何かを言っている祐麒を引っ張り、外に出る。
 春の夕暮れ時、心地よい風がさらりと体を撫ぜる。
「さあ、走るわよっ」
「ええっ、せっかく今お風呂入ってきたのに、汗かいちゃうよ?」
「いいから、青春ダッシュよ!」
 由乃は祐麒の手を握って、走り出す。すると、訳は分からないながらも、祐麒もつられて走り出した。
「由乃さんて、時折、よくわからないよね」
「いいじゃない、もうっ」
 走るといっても、由乃は足が遅いのでそれほどのスピードではない。祐麒は由乃の足にあわせるように、隣を走る。
「そういえば祐麒くんて、華奢に見えるけれど指は意外と硬いのね」
 それは、最初に手を取ったときから思ったことだった。
 疑問はすぐに、祐麒の口から解消される。
「ああ、俺、中学のとき野球部だったから、その名残かも」
「へー、ひょっとして、エースで四番だったとか?」
「ん~、まあ、ピッチャーだったよ」
「おお、やるう。私、高校野球大好き!」
 にっかりと、笑う。
 中学時代は野球部だった、ピッチャーだった、と過去形。実際、高校生の今は野球部には所属せず、生徒会活動に携わっている。
 単に野球は中学でやめただけなのか、それともやめざるを得ない事情があったのか由乃には分からない。
 だから、そこには触れない。
「なんだー、もっと早くに出会っていたら、"私を甲子園に連れて行って"ってお願いしたのに」
「そうだね、そうしたら俺、由乃さんを甲子園に連れて行きたかった。そのためなら、どんな苦労も努力も出来たかもしれない」
 ふと、祐麒の表情が翳ったような気がした。
 しまった、今のでも駄目だったかと思ったが、顔には出さない。由乃が何を言ったところで、何にもならないのだから。
「じゃあ、甲子園が駄目なら、どこに連れて行ってくれる?」
「……今、由乃さんが行きたいと思っているところ、かな」
「へへー、じゃあパフェ食べに行こ! 言っておくけれど、女の子ばっかの可愛らしい店だからね、いやだって言っても、駄目だからね」
「うおー、マジで!? そりゃ、キツイかも」
「あはははっ、今さら撤回なんか、駄目だからね」
 お下げにしていない由乃の長い髪の毛が、風を受けてなびく。
 二人の影は、今も尚つながっている。

 

 つないだ手は、パフェの店に到着するまで離れなかった。

 

おまけ

 

 翌日。
 祐巳が登校すると、既に登校していた蔦子と真美が、何やら顔をつきあわせて話をしていた。
 自席に鞄を置いた後、祐巳は二人に近寄って挨拶をした。
「どうしたの、二人とも?」
 首を傾げると、二人の顔が祐巳に向けられる。
「昨日のことなんだけれど」
 昨日といえば、リリアン・花寺メンバーの合同デートであった。祐麒と由乃だけはメンバーの策略により離れたが、それ以外のメンバーは当初の予定通りに遊びに行っていた。男の子と一緒というのはなかなかに刺激的で、面白かった。
「実は昨日の帰りがけに、由乃さんと会ったのよ」
 口を開いたのは蔦子。
「あ、どうだった?」
「それが聞いてよ。由乃さん、最初はお下げだったじゃない」
 由乃たちの予想通り、祐巳たちは初め、祐麒たちの様子をこっそりと窺っていたのである。
「ところが夕方に会ったときは、髪の毛がほどかれていたのよ、まるでお風呂にでも入ったように」
「ふんふん」
「で、実際になんか良い香りがしたのよね、由乃さんの体から。そうそう、それからお肌の艶とか血色もいつもよりよくて」
「それって、どう思う?」
 ふられて祐巳も困るが、そういえば、と昨日のことを思い出した。
「……そういえば、昨日、帰ってきた祐麒もやけにお肌がつやつやしていて、血色がよかった。言われて見ると、良い香りがしていた。多分、シャンプー」
「そ、それってやっぱり」
「やっぱり……そうとしか考えられないわよねえ?」
 蔦子と真美が、赤くなった顔をつきあわせて頷きあっている。
「え、え、な、何?」
 祐巳が一人、戸惑っていると。
「だから、由乃さんと祐麒くんが……ってことでしょう?」
「きゃああっ、しょ、衝撃」
 三人で騒いでいると。
「どうしたの、やけに騒がしいけれど」
「ごきげんよう、朝から楽しそうね、皆さん」
 逸絵と道世が教室に入ってきて、声の大きな祐巳たちに気が付き近づいてきた。
「あ、ごめんなさい。由乃さんが」
「ちょっと蔦子さん、駄目だって」
 危うく口を滑らせかけた蔦子を、真美が押し留める。さすがに、クラスメイトといえども気軽に話せることではない。
「あら、そういえば由乃さんといえば」
「駄目よ、逸絵さん」
 するとなぜか、逸絵たちの方も何かを言いかけてとどまった。
 ひょっとして、由乃について何かを知っているのだろうかと思ったが、その瞬間。
「ごきげんよう――って、どうしたの、みんなで集まって」
 当の本人が姿を現した。
 由乃はいつもと変わらずお下げ姿で、祐巳たちのことを見つめている。そんな由乃を、素早く立ち上がった蔦子と真美が左右から肩をつかむようにして取り押さえた。
 実に見事なコンビネーション。
「由乃さん、今日の放課後は女の子トークの時間だからね」
「大丈夫、記事とは関係ない、完全オフレコ、友人としてのお喋りですから」
「え、ちょっと、何なのよ二人とも。どうゆうこと、祐巳さん?」
 困った視線を送ってくる由乃だったが、困るのは祐巳も同じ。何しろ、事実だとしたら由乃の相手は実弟である祐麒なのだ。祐巳とてその手の話題に興味が全く無いわけではないが、弟となると生々しくて、聞いていられない気がする。
「ネタは割れてるんですよ、姐さん」
「素直に喋った方が、楽になりますよ」
「な、な、なんなのよーーーーー!?」

 

 二年生の三学期も終了間近の日、うららかな春の日には似つかわしくないような由乃の悲鳴が響き渡ったのであった

 

 

おしまい

 

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