書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

マリア様の愛読書

ノーマルCP マリア様がみてる 由乃

【マリみてSS(由乃×祐麒)】バラ色の日々

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~ バラ色の日々 ~

 

 目を覚ましたら、もしかしたら全て夢だった、なんてことにならないか不安だった。実際、朝起きたときは本当に夢だったかもしれない、なんて思ってしまった。
 嘘なわけがないはずなのだが、残っているのは自分の記憶だけなので、あと確かめるためには本人に会って訊いてみるしかない。
 しかし、まさか、
『俺たちって、付き合っているよね?』
 なんて尋ねてみるわけにもいかない。
 自分から告白したにもかかわらず、付き合っているか否かなんて訊いたら、神経を疑われてしまうか、最悪、いきなり破局なんてこともあるかもしれない。
 晴れて"彼女"が出来て初めての朝、晴れ晴れしく、清々しいはずなのに、なぜか頭を悩ませている祐麒。
 昨日のことを思い出す。
 人の少ない河原、二人だけという絶好のシチュエーションの中での告白。色々と考えたはずなのに、口から出てきたのは何の変哲もない、直球ど真ん中へのストレートの言葉。絶好球とばかりに打ち返され、ホームランになってもおかしくないようなもの。
 それでも、祐麒は今の精一杯の力と想いを込めて投げ込んだ。
 ボールは、そのせいもあってか、見事に由乃に届いた。いや、由乃にぶつけて死球というのも変な話だし、この場合は見事に真芯をとらえられて打ち返されたのだろうか。どちらでもよい、とにかく最高の結果を生み出してくれたのだ。
 由乃の答えは、『YES』だったのだから。
 生まれて初めての彼女。相手は島津由乃、リリアンに通っている黄薔薇の蕾で、おそらく大抵の男から見れば美少女。
 容姿だけで好きになったわけではないが、それでもやはり見た目が好みだというのは重要な要素である。
 性格は、お姫様っぽい見た目とは裏腹に、結構な強気の持ち主で、負けん気が強くて、前向き。
 野球が好きで、スポーツ観戦が好きで、時代劇や剣豪小説なんかが好きで、甘いものが好きで、意外なほどに話があう女の子。
 きっと、まだまだ知らないことは沢山ある。これから色々なことを知り、逆に自分のことを知ってもらう。想像するだけで、なんと楽しい未来であることか。
 ベッドから立ち上がり、階段を下りて洗面所に向かうところで祐巳と遭遇した。
「うーっす」
「おはよ……って、何、祐麒、何かあったの?」
 挨拶だけして通り過ぎようとしたら、立ち止まった祐巳が訝しげな顔をして疑問を投げつけてきた。
「何かって、なんで?」
「だって、なんかニヤニヤして気持ち悪い」
 気持ちが表情に出てしまっていたようだが、それにしても「気持ち悪い」とは酷い。まあ、幸せ気分の祐麒にしてみれば、それくらいの発言は鷹揚に許してあげようという心持ちではあるが。
「いいことでも、あった」
「いや、それが」
 言いかけて、口ごもる。
 別に言って悪いことではないし、きちんと告げておいた方が良いと思う。
 しかし相手は由乃である。祐巳の友達、親友と言ってもいい相手で、由乃よりも先に祐麒の方が言ってしまって良いものだろうか。親友だからこそ、弟とはいえ自分が一番に伝えたいと思っているかもしれない。また、あるいは由乃が実は内緒にしておいてほしい、なんてことを言うかもしれない。そう考えると、今この場で簡単に教えるわけにはいかないような気がしてきた。
 というような思いは確かにあるが、それ以上に大きかったのは、祐麒自身が照れ臭いということだった。
 相手が祐巳の知らない相手ならともかく、よく知っている相手である。
「……いい夢を見たから、さ。そんだけ」
 だから、とりあえずそんな風に誤魔化してしまった。
「夢、ねえ」
 全く信用していないような祐巳。この辺、長い付き合いの仲良し姉弟というのは始末が悪い。人を疑うようなことは殆どしない祐巳だが、祐麒のこととなると、表情や雰囲気、微妙な言葉のニュアンスなんかで変だということを嗅ぎつけてくるのだ。
「まあ、いいけど。どうせたいしたことじゃないだろうし」
 肩をすくめて歩き去る祐巳を見て、内心でほくそ笑む。たいしたことない、などと言っているが、本当のことを耳にしたら果たしてどんな反応をすることか。おそらく、目を真ん丸にして、声を大にして叫ぶに決まっている。
 ああ、言いたいけれど、今は言えない。
 もどかしい思いを抱えながら洗面所に足を踏み入れて。
「――――あ」
 思わず声をあげてしまった。
「……これは確かに、気持ち悪いかも」
 鏡に映る自分自身のにやけただらしない顔を見て、祐麒は祐巳の言葉の意味を理解したのであった。

 いつも通りに目が覚めた。こう見えて、寝起きは良いのである。
 ベッドの上で身体を起こし、軽く伸びをする。カーテンを開けて朝の光を室内に取り込み、ついでに窓も開けて空気も入れ替える。梅雨時のじっとりとした空気ではあるけれど、やらないよりはましだ。
 窓から離れて、今度は机に近寄り、引き出しを開けて日記を取り出す。ぱらぱらとめくりながらベッドに腰掛け、昨日の分を読み返す。

"……祐麒くんから誘いのメールが来たけれど、読んでみてびっくり。だって、私が来るまで店で待っているって、私の返事も待たずにそんなこと書いてあるんだもん。このところ、私が逃げているせいだっていうのもあるけれど、それってずるくない? だって、そんな風に言われたら行かないわけにはいかないじゃん! 行かないで待たせっぱなしにしたら、私が悪者みたいだし。
 しょーがないから様子を見に行くことにしたけれど、それって祐麒くんの戦略にのせられているみたいで、なんかムカツクかもー。"

「そうそう、ホント、祐麒くんったらずるいよねー」
 自分の日記を読みながら呟き、さらに先を読み進める。

"……変なナンパ男二人にからまれて、超最悪。しかも、人が気にしている身体的特徴のことを言ってきて! でも、そんな男たちに言い返せなかった自分自身が一番情けなかった。悔しかった。あー、なんで何も言えなかったんだろう!
 だけど。
 その後にいきなり祐麒くんが現れて、ナンパ男たちに怒り出した。「由乃さんのこと泣かせるな!」だって。私、なんで泣いていたんだろう。悔しかったから? 泣いて守られるだけの女の子なんて嫌だけど、それでもあの時は嬉しかった。"

 由乃は令ほど乙女チックではないが、それでもやっぱり、ピンチの時に男の子が助けに来てくれたというシチュエーションに、少しばかり胸がキュンとしたのは事実。
「す、少しだけなんだから、勘違いしないでよねっ」
 一人で恥しくなり、なぜか言い訳のようなことを言ってしまう由乃。
 流れ落ちてくる髪の毛をなでつけながら、日記をさらに目で追ってゆく。

"……河原で、祐麒くんに告白された。付き合ってほしいって。私、何て返事をしたか覚えていないけれど、『Yes』だったことに間違いはない。
 だって、嬉しかった。好きだって言われて、付き合ってほしいって言われて、心と体が熱くなって、心臓がバクバクいって、きっと手術する前だったら倒れていたくらい動機が激しくなって、それくらい嬉しかったんだ。
 その時やっと、私も自覚させられたんだ。
 ああ、私もこの人のことが好きなんだなぁ、って……"

「……って、少女小説か! 乙女か私は!!」
 自分で自分の日記が恥ずかしくなって、思わずセルフ突っ込みしながら日記をベッドに投げつけてしまった。
「うう~、やばい、思い出したら一気に恥ずかしくなってきちゃったよぅ」
 両手の平でほっぺたを抑え、顔を左右に振る。
 とりあえず、放り投げた何の罪もない日記帳を拾い上げ、また続きを読む。

"……付き合うって、カレシカノジョになるっていうことだよね。そうしたら、一緒に登下校したり、帰りに寄り道してみたり、休日にはデートしたり、毎日のように電話したり、さらにはいずれ、キス、とかもしちゃうのかな!? って、私、考え過ぎ! だってまだ手をつなぐとか、そんなことすらまともにしたことないし!"

「ぎゃあああああああっ! な、何を書いているのよ私っ!?」
 あまりの恥ずかしさに、ベッドに突っ伏して悶絶する由乃。昨日は勢いで書いていて、書いている最中は内容のこととかあまり考えていなかった。だから、どんなことを書いたのかは今初めて知ったのだが、書いた自分を消してしまいたくなるような内容だった。
「大体、リリアンと花寺で、私の家は学校まで徒歩10分でバス通学の祐麒くんと一緒に登下校とかないし! 当然、帰りに寄り道とかないし、そもそも校則で駄目だって言われているし!」
 じたばたと、バタ足をするようにして一人でもがく。
 しかし、こうして改めて日記を読んでみると、昨日のことが現実のことだったのだと理解できる。
 もしかしたら夢だったのかもしれないと、起きた瞬間には思ったのだが、やっぱり夢ではなかったのだ。
「ふひぃ~、そっか、夢じゃないんだぁ……」
 自分が誰かと付き合うなんて、一年くらい前には想像もつかないことだった。それがいまや、リアルな出来事として由乃にぶつかってきているのだ。
「あー、でも、どうしたらいいんだろう」
 生まれて初めてのこと、本なんかでは見たことがあるけれど、どのように接していけばよいのか想像もつかない。
 令が好んでいる少女小説や少女漫画のような展開? 頭の中でそれらを思い出してみて、さらに激しくじたばたする。
「にゃ~~~っ、む、無理無理っ! あんな甘ったるいこと、出来るわけないもん!」
「……由乃、良く分からないけれど、にやにやしながら何暴れているの? 早く支度しないと、遅刻しちゃうよ」
「って、れれれれれ令ちゃんっ!? な、何勝手に入ってきているのよっ!?」
 いつの間にか部屋の入口に、制服姿の令が立っていて、不思議そうな顔をして由乃のことを見ていた。
「今更、何を言っているの。で、日記を読みながら何をしているの?」
 指摘され、日記を手にしていることに気が付き、慌てて背中に隠す。
「ななな何、人の日記を読もうとしているのよっ。いくら令ちゃんでも、そんなことしたら絶交だかんね!」
「そんなことしていないでしょ、少しは落ち着きなさいよ。で、支度するの、しないの?」
 呆れたようにため息をつく令。
 なんで令にそのような態度をされなければいけないのかと、むくれかけながら時計を見ると。
「うひゃああああっ!? ち、遅刻するっ!?」
「だから、言っているじゃない。さ、早く準備しなさい」
「うわああああん、もっと早く言ってよ、令ちゃんのばかーーーっ!!」
 日記のことも、祐麒のこともさておき、とりあえず急いで学校に向かう支度にとりかかる由乃と、それを生ぬるい目で見守る令であった。

 ドキドキしている。
 今までも何度か経験はあるはずなのに、その時とは比べ物にならないくらい緊張をしていた。
 果たして、本当に来るだろうか。
 自分の勘違いではないだろうか。
 何度、そんな風に思ったことか。
 忙しなく周囲の様子を見て、でもそんな姿を見られたらみっともないと思って必死で自分自身を制御し、だけど内心は全く落ち着きがなく風が吹き荒れている。
 携帯電話を取り出して、画面で時間を確認する。まだ余裕はある。
 こういう時、相手が携帯を持っていると便利だなと思うのだが、持っていないものは仕方がない。祐麒は携帯をポケットにしまい、顔を上げる。
 すると、前方に彼女の姿を見つけた。
 ほぼ同じタイミングで、由乃の方も祐麒に気が付いたようで、まだお互いに離れているけれども目があい、由乃の体がピクリと震えたように見えた。
 由乃は少し歩調を速めて、祐麒のところまでやってきた。
「ご、ごめんね。待った?」
「ううん、ぜ、全然っ」
 二人とも普通に話そうとしているけれど、うまくいかないような感じだった。
 ここは、とある駅前。
 実は昨日、正式に付き合うことになったのに、その翌日から会えないのもどうかと思い、学校帰りに会えないかと誘っていたのだ。
「えっと、大丈夫だった、生徒会活動とか」
「あ、う、うん、今日は病院に行くって言ったから」
 手術をして治ったとはいえ、由乃は今も定期的に病院に行くことになっているので、なんら違和感はないわけだ。
「あ、ご、ごめん、別に祐麒くんと会うからって言うのが嫌だからじゃなくて、まだ皆に話していないから、は、恥ずかしくてそう言っちゃったの」
 由乃が慌てて、言い繕う。
「いやそんな、実は俺も同じで、親から頼まれごとがあるからって言って、生徒会の活動抜け出してきたから」
「そ、そなんだ。あはは……や、やっぱまだ少し、恥ずかしいよね?」
「そ、そだね」
 赤面して、二人して俯く。
 由乃が来るまでの間、会ったら何を話そうか、どんなふうに接しようかと、色々なパターンをシミュレーションしていたはずなのに、全てが吹っ飛んでしまった。焦っているというのもあるが、赤面しながら下を向いて靴のつま先で地面をぐりぐりとしている由乃の可愛さが破壊的だからだ。
 おまけに、時折祐麒の様子を窺うように、下からちらりと上目づかいで見てきたりするものだから、その威力たるや数倍にも跳ね上がる。
「と、と、と、とりあえず、行こうか」
 いつまでも立ち尽くしているわけにもいかないし、誰に見られるとも限らない。
「どこか行きたい場所とか、ある?」
「あ、うん、実は……」
 と、由乃が口にしたのは――

 

「ご、ごめんね、こんな場所に付き合わせて」
「そんなことないよ」
 由乃に言われてやってきたのは、病院である。由乃のかかりつけの。
「本当に行っておかないと、令ちゃんには絶対にバレちゃうし。それに、本当にそろそろ行く時期だったから……ごめんなさい」
「だから、別に大丈夫だって。由乃さんが通っている病院だったら、知っておきたいし」
 申し訳なさそうに謝ってくる由乃に、笑って応じているのは嘘ではない。心臓のことは軽くだが聞いて知っている。既に治っているのかもしれないが、知れることなら知っておきたい。
 診察自体はさほどかからなかったが、それでも待ち時間を含めてゆうに一時間は超えており、由乃にしてみれば貴重な放課後の時間を使ってしまって申し訳ないのだろうが。
 ついでに、病院内にあるカフェテリアでお茶をしていくことにした。綺麗な病院だけに小ざっぱりとしていて、当たり前だけど静かで、人も少ない。さらに、知り合いに会う可能性も、まずない。
「うー、ごめんね、なんか」
「だからー、もうその話は無しだって」
 まだ引きずっているらしい由乃を宥める。
「ところでさ、俺たちのこと、祐巳にはもう話したりした?」
「う……ま、まだ。祐麒くんは……って、話していたら、祐巳さんが訊きにくるか」
「いやさ、その、由乃さんの方から話した方がいいのかなって思ったりして。やっぱりこういうのって、弟とはいえ親友から先に言ってほしいものかと思って」
「うん、私も、私の方から祐巳さんに言いたい……けど、きょ、今日はなんか照れくさくて、言えなかった。ごめん」
「謝ることじゃないって。俺も、まだ友達に言ってないし……隠すことじゃないのに、やっぱり照れくさいよね」
「うん……ね、ねえ。私たちのこと、言ってもいいんだよね?」
 少しだけ不安そうな表情で尋ねてくる由乃。
「私と付き合っていること、知られるのが嫌、とかそういういの、無いよね?」
「あ、当たり前じゃん! 俺はむしろ、日本中の人に言って自慢したいくらいなんだから。俺は、こんな可愛い女の子と付き合うことになりましたーっ、て」
「うわーっ、や、やめてよ、それはっ!」
 実際にやるかどうかは別として、気持ちとしては大げさでもなんでもなく、事実であった。由乃は、赤くなって首を振っているが。
「そっか……うん、良かった」
 でも、次の瞬間には小さくそう言って、微笑んだ。
 可愛すぎて祐麒は顔をそらしてしまった。
「そうだ、祐麒くん。ちゃんと携帯電話の電源、切っている?」
「え、あ、うん大丈夫。その辺はマナーだからね」
 携帯電話を取り出し、画面を見せて電源が切れていることを示す。
 差し出した携帯電話を手に取り、由乃は興味深そうに色々と見たり触ったりしている。いまどきの女子高校生で携帯電話を保有していないというのも、さすがリリアンだよなぁ、なんて妙に感心してしまう。
 電源の切れた携帯をいじっていた由乃だったが、やがて手の動きを止めて、黒い液晶画面をじっと見つめた。
「……私も、携帯電話、買おうかな」
 そして、そんな風に呟いた。
「携帯電話、欲しいの? でもリリアンは持ち込み禁止なんでしょう?」
 訊きかえす祐麒。
「そうだけど……でも携帯買ったら、家にいても祐麒くんとメールとかできるんでしょう? 電話でお喋りしたりとかも」
 口を尖らせながら、そんなことを言う由乃。
「え、そりゃもちろん、え、それって」
 予想していなかったので、無駄に狼狽えてしまう祐麒。
「べ、別に、変な意味はないんだからね。ゆ、祐麒くんの方がさ、私とメールや電話したいんじゃないかと思って」
 拗ねたような由乃に、慌てて祐麒は言葉を添える。
「もちろん、したいです! 由乃さんが携帯もってくれたら……すげぇ、嬉しい」
「……本当に?」
「本当です。お願いします、購入をご検討願います」
 心から、本気で思う。
 毎日のように由乃とメールできるなんて、嬉しすぎる。
 真剣に見つめてくる祐麒の視線を受け、由乃はわずかに頬を桜色に染めると。
「わ……分かった、そこまで言うなら」
 と、少しぶっきらぼうに言った。
「本当? やった、じゃあ今度、一緒に買いに行こうよ」
 嬉しくて、頬が緩む。
「で、でも、お父さんがいいって言ったらだからね、って、その前に大きな声出さないで、ここ病院なんだからねっ」
 誤魔化すように早口で言う由乃だけど、そんな姿もまた魅力的だ。付き合うことになって、何もかもが良く見えているのかもしれないが、今まで以上に由乃のことが愛らしくて仕方がないと感じるのであった。

 

 カフェを出て、廊下を歩く。
 既に夕方なので、今日はもう帰るくらいしかないが、祐麒は満足だった。正直なところ、由乃と一緒であれば、病院だろうと墓場であろうとどこでも良かった。
 病院独特の匂いの中、出口に向かっていると。
「――あら、由乃ちゃん、久しぶり」
 一人の看護士が、由乃に声をかけてきた。
 小さいころからこの病院に通い、入院もしてきた由乃は、院内に顔見知りが多いのだ。
「お久しぶりです、ミサキさん」
 ミサキと呼ばれた女性の看護士は、二十代後半くらいだろうか。目鼻立ちのしっかりとした、ちょっときつめの東洋美人といった感じ。細身なのに、ボン、と突き出た胸元のネームプレートを見ると、『木村みさき』と書かれている。
「――じゃあ、体の方は良好みたいね、それは良かったわ……で、こっちの男の子は、あららら、由乃ちゃんの彼氏? 彼氏に一緒についてきてもらったんだぁ」
 祐麒にちらりと視線を向けた後みさきは、楽しそうに由乃にそんなことを訊く。
「えっ!? あぁう、あの、えと……は、ハイソウデス」
 尋ねられた由乃は、体を硬直させ、祐麒の方を見て、みさきを見て、顔を真っ赤にしながらも、肯定して頷いた。
「そっかそっか、由乃ちゃんもとうとう、素敵なナイト様を射止めたか……うぅ、私も負けていられないなぁ」
「みさきさん、恥ずかしいからやめてくださいよ」
「ええと……君、なんて名前か教えてくれるかしら?」
「はい、福沢祐麒です」
 由乃の突っ込みを無視して、みさきは祐麒の方を向く。
「そう、祐麒くん。由乃ちゃんのこと、よろしくね」
「……はい」
「うん、それじゃあまたね、由乃ちゃん」
 祐麒の返事を聞いて、満足したようにうなずいたみさきは、お尻を振りながら廊下を歩いて行ってしまった。
 その後ろ姿を見送っていると、不意に横っ腹をつねられた。
「イタタタタッ、よ、由乃さん?」
「鼻の下、のびてる。いやーらしーい目でみさきさんのこと見ている」
 ジト目で見つめてきている由乃に、慌てて頭を振る。
「みさきさんのおっぱいとお尻ばっか見てたの、分かっているよ? みさきさんは綺麗でスタイルも良くて病院内でもナンバーワンの人気だけど……祐麒くん、サイテー」
「いやいやいやちょっと待って、ちょっと、見ちゃったくらいじゃない」
「ちょっとじゃないよ、じーっと見ていたもん」
 確かに、病院内にはそぐわない色気に思わず引き寄せられてはしまったが、男なんだし少しくらいは仕方ないではないか。とはさすがに言えない。
「付き合い始めての初日から他の女の人に見惚れるとか……うわー」
「えと、ごめん由乃さん、確かにちょっとばかり見てはしまったけれど、謝るから、やきもち妬かないで」
「や、やきもちなんかじゃないもんっ、祐麒くんのばかーーーーっ!」
 あっかんべーと舌を出し、駆け出していく由乃。
「こらっ、病院内では静かにしなさい!」
 騒いでいたせいで、看護師に叱責された。見れば、ロビーにいる患者さんたちが、あるものは迷惑そうな顔で、ある人は面白そうな顔で、またある人は怒ったように祐麒のことを見つめてきている。
「す、すみませんでした」
 深々と頭を下げてから、慌てて由乃を追いかける。
 病院の外に出ると、由乃が腰に両手をあてて仁王立ちしていた。
「ちょっと、なんですぐに追いかけてこないのよっ!?」
「そんな、ご無体な!?」
「言い訳無用! べーっ、だ」
「あ、待てこらっ」
 またも走り出した由乃を、今度はすぐに追いかける。

 きっとこの先も、こんな関係かもしれない。
 由乃が先に走り出す。
 でも、必ず追いかけて逃がしたりはしない。絶対に捕まえて離さない。

 

 夕暮れの中、笑いながら逃げる由乃の腕に、祐麒は手を伸ばした。

 

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