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ノーマルCP マリア様がみてる 由乃

【マリみてSS(由乃×祐麒)】タクティクス

更新日:

 

~ タクティクス ~

 

 

 土曜日は午前中の授業が終わったら帰宅することができる。帰りがけにお昼でも食べに行こう、午後からカラオケに行こう、なんて楽しい放課後が待ち受けていそうなものだが、寄り道が基本的に禁止されているリリアンではそういうことは殆ど無い。
 殆ど、と言っているのは、幾らかの生徒は学園に内緒でこっそり寄り道をしたりもする。まあ、禁止されているといっても教師が繁華街で目を厳しく光らせているわけでもない。真面目なリリアン生徒とはいえ、少しくらい冒険して遊ぶのは珍しいことではないのだ。
「……とかいいつつ、しっかり事前に届けを出している私は基本的に小心なのかしら」
 なんとなく自嘲気味に笑う由乃。
 別になんてことないと言い聞かせようとしたものの、結局は教師から許可印をもらってから街にやってきた。ちなみに理由としては山百合会として必要な物の買い出しである。
「ま、ウソではないもんね」
「でも、文房具の買い出しで、そういうのが必要なんだ」
「そうだよー、お嬢様学校なんだから」
 由乃の隣を歩いているのは祐麒。
 学校帰りに遊びに行くことに憧れていた由乃は、わざわざ学園の許可をもらってまで街へと繰り出してきたのだ。
「遅くなっても大丈夫なの?」
「時間制限まではないからね」
 学校から徒歩圏内の家に住んでいる由乃だが、やっぱりわざわざ家に一度帰ってから出てくるのと、学校からの帰りに直接遊びに行くのでは気分も全く異なる。何しろ、リリアンの制服姿で遊ぶのだからリスクも高い。
 そこまでして制服姿で遊びたいのかと聞かれたら、遊びたいのだ。なぜかといえば、これぞ高校生の青春という気がするから。
「いいけどね、俺も嬉しいし」
「ん、何が?」
「制服姿の由乃さんと一緒に行動できるって、あんまりないし。それに夏服だし」
 夏休みも間近に控え、日差しも段々と容赦なくなってきていて、当たり前だけれどとっくに夏服になっているが、確かにこの制服姿で祐麒と行動する機会なんてない。
「でもさ、リリアンの制服って色っぽくないでしょ。ほら、白いブラウスから透けて下着が見えるとか、ああいうのが好きなんじゃないの、男の子って」
「まあ、確かにアレがいいものだということは否定しないけれど……」
 と言っている側から女子高校生の二人組が斜め前方におり、目を向けてみれば下着のラインが透けて見えている。水色と白か。
「うわっ、祐麒くんのえっち、サイテー! 私が隣にいるときに、そーゆーこと平気でするなんて信じられない」
「あ、ご、ごめんって」
 由乃のグーパンチを脇腹あたりにくらい、身を捩って逃げる祐麒。
 リリアンの場合は夏服といっても生地が夏用に薄く通気性がよくなり、半袖になるというだけなので、透けるなんてことはありえない。だけど、あのデザインと色で半袖というのが逆に妙な色気を出しているようにも感じられる。
 由乃のように色白だと、濃い色の袖口から真っ白な細い腕がにょきっと出てきて、色の対比的にはとても良く似合って見える。
「……とはいえ、暑いものは暑いけれどね」

 二人してブラブラと歩く。
 特に目的は決めてきていない。こういう風に時間を過ごすのも、たまには良いのではないかと思えたから。
 ファストフードでお昼を食べてお喋りをして、ゲームセンターに行って二人で遊んで、二人でプリクラを撮った。二人とも緊張していて変な顔になったりもしたけれど、何枚か撮っているうちにようやく解れてきて、笑顔で撮ることも出来た。
 フレームや落書きは、恋人モードラブラブな感じのものは恥ずかしすぎて選べず、適度に可愛らしく、適度に仲良しっぷりの出ているものにした。
「やばい、超うれしいかも。これ、携帯に貼ってもいいかな」
「え? そ、それって学校で友達に見せたりもする?」
「駄目、かな。まぁ、ただの自慢になっちゃうけど」
 自分と一緒に撮ったプリクラで自慢されるなんて、予想もしていなかった。
「えええ、ちょ、ちょっと待って。それは……しばし待たれい」
「由乃さん、口調が変だよ」
 祐麒を無視して改めてプリクラ写真を見てみると。二人の距離は密着というわけではないけれど、程よく近づいていて触れ合ってもいる。付き合っているわけだし、プリクラだし、これくらい普通だとは思うのだが、他人に見られるとなると話は別。

「む、む~~~~ん」
 想像してみる。
「却下!」
 想像してみるまでもなかった、恥ずかしすぎる。
「ええ、どうして」
「祐麒くんは、もしも私がこのプリクラを学校で友達に見せびらかしでもしたら、どう思うの?」
「え、そりゃあ……嬉しいかな」
 わずかに頬を赤くし、由乃の視線から少しだけ逃げるように顔を横に向け、はにかんでいる祐麒。
 なんか、そうゆう仕種や表情が可愛いな、なんて思うけれど、口にしたら怒るかもしれない。男の子は『可愛い』と言われるより、『格好いい』と言われた方が嬉しいに決まっているだろうから。
 しかしそうか、嬉しいのかと由乃は思う。この辺は男女の違い、いや性格の違いというものだろう。
「うぅぅ」
 熱くなりはじめたほっぺたを両手で押さえ、もう一度考える。
「あーもうっ、やっぱりだめ、私が"よし"というまでは、人にみせないこと」
「俺は犬ですか」
「私の犬だったら、良いでしょう?」
「………………」
「ちょ、真面目に考えないでよ。何その、まんざらでもない顔は。祐麒くんってもしかして、その手の願望を持っているとか!?」
「そうそう、実は……って、持ってないっての!」
 そんな感じで、二人でくだらないことをお喋りしながらのデート。緊張感がなくならないといえば嘘だけれど、不思議なくらい自然に話すことができることも事実で、この辺はきっと気が合うのだろうなあと由乃は感じる部分である。
 付き合い始めてまだ日が浅いから、どうしても意識してしまって硬くなることもあるけれど、なんとかうまくやっていけるんじゃないかなと思う。
「ねえ祐麒くん、私、あのゲームやってみたい!」
 ゲームセンターなんて殆ど遊びに来たことなかったけれど、こうして一緒に遊べば楽しいし、これからも色々なことを二人で経験して、積み重ねていきたい。
 素直に由乃はそう思い、祐麒を見て微笑むのであった。

 

「え、いいよそんな、わざわざ」
 首を振って断るが、祐麒もひこうとはしない。
 何かといえば、色々と遊んで夕方となり、そろそろ帰ろうかという時間になって祐麒が由乃を家まで送ると言ってきたのだ。
 由乃の家はリリアンから歩いて十分くらいの場所で、そこまで送るとなると祐麒の家とは逆方向に行くことになるわけで、申し訳ないから送らなくて良いと由乃は言うのだが祐麒も譲ろうとしない。
「だって、面倒くさいでしょう」
「由乃さんと一緒に居られるんだから、面倒くさいなんて思うわけないじゃん」
 言われた由乃も。
 口にした祐麒も。
 赤くなって見つめ合う。
「……だから、送っていくというのは口実、というわけじゃないけれど、少しでも長く由乃さんと一緒に居たいっていうか」
「わわわ、分かったから、わざわざ言い直さなくていいからっ」
 目をそらす。
 なんてストレートに言ってくるのだろう。とゆうか、そういう『少しでも一緒にいたいから』なんて台詞は、普通女の子の方が言うものではないだろうか。もしかして自分は少しドライなのだろうかと、思わず考えそうになる。
「えっと、いいかな。い、家の前までじゃなくても、近くまででもどこでも構わないから」
「な……何よそれ」
「え?」
 由乃はわざと頬を膨らませ、ぷいと横を向いて言う。
「お、送るっていうなら、ちゃんと責任もって家まで送ってくれないと困るじゃない」
 ああ、なんだこれ。
 なんだかんだいって自分自身も嬉しいし、送ってもらいたいし、一緒にいたいと思っている。
「うん、無事に家まで送らないと俺も安心できないし」
「じゃあ……行く?」
「うん」

 二人、並んで歩き出す。
 どうしてだろうか。つい先ほどまでは普通に話して笑っていられたのに、急にまたしても緊張感に襲われる。胸がドキドキする。
 ちらりと横目で祐麒を見ると、夕陽を浴びているせいか顔がオレンジ色に見える。
 恋って不思議だ。
 楽しくて、緊張して、笑って、笑えなくて、ふとした瞬間に物凄くドキドキする。
 やっぱり心臓が悪かったら、とてもじゃないけれどこんなドキドキ、耐えられなかったかもしれない。
 家まで送ってもらうという初ミッション、なんとなくお互いに変な感じになってしまい、会話も中途半端になり無言の時間も多くなる。
 そんな深く考えることなどないはずなのに、意識ばかりしてしまう。送ってもらうだけで家に上げるわけではないし、時間だってまだ明るいから変なことだってしてこないだろうし、って変なことってなんだ!? と、頭の中で一人で突っ込みをいれる。
「そういえばさ」
「え、あ、なな何?」
「由乃さんの家って、前にお邪魔したことあるんだよね。ほら覚えてる?」
「あ……うん」
 忘れるわけがない、初めて男の子を家に、しかも自分の部屋にまでいれてしまったのだから。
 あの時は祐麒のことは単なる知り合いの男の子で、深く意識などしていなかったからこそ家に上げることが出来た。部屋にまで招き入れたのはちょっとしたアクシデントのせいだけれど、今、同じことができるかと問われるとすぐには頷けない。
「――あ、祐麒くん、ここで降りるから」
「え、あ、ちょっと待って」
 バスを降りたのは、家から一番近いバス停ではなかった。
「だってほら、リリアンの誰かに見られるかもしれないじゃない」
「ああ、そうか。由乃さんは黄薔薇様だし、やっぱりあまり見られたりしない方が良いんだよね」
 見られたら困るのは確かだが、理由としては単に由乃が恥ずかしいからだ。別に悪いことなんてしてないし(寄り道はしたが)、他の生徒に見られたって構わないはずなのに、意外なほどの自分の小心ぶりに驚いてしまう。
 また、別のバス停で降りたもっとも大きな理由は、誰かに見られるかもという危険性よりも、その方が長く一緒に歩いて帰れるからである。もちろん、祐麒にそんなことは絶対に言わないが。
 夕暮れ時の住宅街は、人通りが多いわけではないが全く人がいないわけでもない。知っている人に見られでもしたら恥ずかしいと、微妙に祐麒と距離をとって歩く。
「由乃さんは、よくこの辺を歩いているわけ?」
「え、うーん、どうだろ。体弱かったからね。でも、元気になってからは結構歩くようになったかな、うん」
 言われて考えてみれば、小さいころからあまり沢山出歩いた記憶はない。知り合いに会う恐れがあるかもなんて思ったけれど、そういう意味ではその手のことはあまりないかもしれない。近所づきあいがあるとはいえ、由乃のことを知っている人なんてそう多くはないだろうから。
 むしろ令なんかの方が、剣道道場の娘で、小さいころから目立っていた。由乃はせいぜい、令の後ろに隠れているだけだった。
「どっちかっていうと、これからたくさん、歩きたいな」
 自分の足で歩く。当たり前のことが、なんと心地よくて嬉しいのだろう。昔はそんなことを考える余裕そのものがなかった。
 今は違う、体にも心にも余裕が出来ているから――

「――あら、由乃?」
「ふえっ、お……お母さんっ?」
 聞きなれた声がしたかと思って見てみれば、視線の先にいたのは母親だった。買い物帰りだったのか、膨らんだ買い物袋を肩から提げている。
「ええと、そちらは……」
 と、視線が隣の祐麒へと移り、由乃は狼狽した。
「あ、あの、ええとこれはっ」
 あわあわしながら隣を見れば、祐麒も突然のことに驚いているのか、直立したまま硬直している。
 どうにかしなければいけないと思うが、咄嗟の判断が出来ない。どうする、この場ではどうするのが最良なのだろうかと由乃が頭の中で考えているうちにも、事態は進む。
「あら、もしかしてあなた、うちの由乃と?」
 なぜか嬉しそうな表情を見せる母に対し、祐麒は気を付けの姿勢をしたまま口を開く。
「は、はい。由乃さんとお付き合いさせていただいています。あ、ええと花寺学院に通っている福沢祐麒です」
 しゃちほこばって頭を下げる祐麒だが、それを見て由乃は一気に頭に血が上る。
「ちょ、ちょちょっ、祐麒くんっ」
「え……な、何?」
 驚いている祐麒の顔に、何か言おうと口を開いたまま止まる由乃。
 祐麒は別にふざけているわけでもなんでもなく、由乃の母親に遭遇したからきちんと挨拶をしているだけなのだ、由乃の彼氏として恥ずかしくないように。それなのに由乃は、祐麒とのことを知られたのが恥ずかしくて、しかも自分の口から言う前に祐麒に言われてしまったから、理不尽に怒りたくなったのだ。
 祐麒から顔を背け、母親を見ると、何やら意味深に由乃のことを見ている。
「あ……あの、お母さん」
「何?」
「えと、わ、私達、付き合っています……」
 顔から火が出るほど恥ずかしいとはこのことか。
「由乃」
「な、なに?」
 母を見ると、思いがけず真剣な表情だったので、ごくりと息をのむ。
「祐麒くんとお付き合いすることが、恥ずかしいの?」
「そっ、そんなわけ、ないじゃない!」
「そう。それならいいのよ。もう、もっと堂々としていなさいよ」
「うぅ、だって……」
 肉親に彼氏を紹介するなんて、恥ずかしいに決まっているではないか。それとも世の他の人々は、そんなことないとでもいうのか。
 スカートの裾をつかみ、俯いてもじもじしてしまう由乃。
 母は苦笑しながら軽く息を吐き出しつつ、今度は祐麒に視線を向ける。
「祐麒くんは、由乃とおつきあいしていることをご家族には?」
「は、はい。由乃さんが祐巳……姉に話した後、両親にも伝えました」
「え、そ、そうなのっ!?」
「ああ、うん。そうしたら父さんも母さんも、早く連れてこいってうるさくて……」
 頭をかきながら照れたように笑う祐麒。
 既に由乃とのことを家族に言う、当たり前のようなことを祐麒は既に当たり前に行っていたのだ。
「最近、様子が少し変わっていたから、もしかしたらって思っていたけれど、由乃から教えてもらう前に祐麒くんに言われるなんてね……」
「え、ウソ、本当にっ!?」
「娘の事だもの、それくらい分かるわよ。まあ、お父さんは気が付いていないようだけど」
「そうなんだ……ごめん」
「別に謝ることじゃないわよ、照れ臭かったのでしょう」
 黙ってうなずく。
 なんだもう、これは恥ずかしすぎる。親に実は気づかれていたとか、祐麒の前でこんな風にバラされて諭されるとか。

「でもやっぱり、祐麒くんだったのね」
「え?」
「なんでもないわ。そうだわ、こんな場所で立ち話もなんだし、せっかくだから一緒に夜ご飯でもどうかしら」
 母親の誘いの言葉に、由乃の方が慌てる。もしも食卓にご招待なんてことになれば、当然のごとく父親とも顔をあわせるわけで、説明というか紹介をすることになる。心の準備が出来ていない。
「あ、ありがたいですけれど突然申し訳ないですし、今日は遠慮させていただきます。親に頼まれていたこともあって、ちょっと帰らないといけなくもあって。せっかく誘っていただいたのに、すみません」
 断りをいれる祐麒にどこかホッとする自分がいて、だけどそれがまた情けなくて自分自身に恥じる。
 付き合うとか言っておきながら、実は表面的なことばかりに気を取られていて、大切なことから目をそらしていたのではないだろうかと思う。
 交際というものは、二人の世界で終わるものではないのだ。二人の付き合いは当然、それぞれの家庭にも影響を及ぼすし、逆に家庭の影響が二人にも及んでくる。
「――それじゃあ、俺は今日はこの辺で失礼します。由乃さん、また」
「あ、う、うん」
 丁寧にお辞儀をして、帰ろうとする祐麒。
 咄嗟に由乃は、祐麒の服の裾をつまんでいた。
「え、由乃さん、どうしたの?」
「あ……えと……」
 色々と言いたいことはある。
 だけど、口をついて出たのは。
「お、送ってくれて、ありがとう」
 そんな、当たり前のつまらない言葉だけだった。

 

 母親と一緒に帰宅した。
 その間、ぽつぽつと祐麒とのことについて話すと、母は特別なことを言うでもなく、頷きながら話を聞いてくれた。
 家に着くと、軽く由乃の背中を叩き、勇気づけるように笑いかけてくる。
「大丈夫、由乃の選択は間違っていないわよ多分。かっこよくて素敵じゃない、祐麒くん」
「う、うん」
 褒められているのだが、頬が火照ってくる。
 そんな由乃を見て、母は微笑む。
「でも、お父さんには由乃と祐麒くん、二人でちゃんと向き合って言うのよ。私は応援してあげるけれど、ちゃんと自分たちでね」
「分かってる」
 頷くと、母はリビングへと、由乃は自室へと足を向けた。
 夜になって食事を終え、父親が帰宅したけれど今日は特に何も告げず、お風呂に入って自室へと戻る。
 一人娘で、病弱で体の弱かった由乃だったから、父親は由乃には相当に甘いし過保護だ。そんな父親が、由乃に彼氏が出来たと知ったらどのような反応をするか、予想がつくようでもあり、そうでない気もする。
 分かっていることは、きちんと報告しないといけないということ。そうでなければ、父親にも祐麒にも失礼だから。
 髪の毛を乾かした後、由乃はまだ真新しい携帯電話を手に取り、電話をかけた。メールは何度かしたけれど、実は電話をするのはこれが初めて。

『――もしもし、由乃さんっ?』
「あ、うん。大丈夫だった、今」
『もちろん、由乃さんの……ちょ、うるさい祐巳、寄るな』
「え、何、祐巳さんがいるの?」
『ああ、いやいないいない、そんなの。ちょっと待って、今部屋に』
『あ、逃げるな祐麒、けちーっ!』
 受話器から祐巳の声が聞こえてきて、思わず笑ってしまう。
『……お待たせ』
「仲が良いのね、妬けちゃうわ」
『ちょ、やめてくれよ~』
 情けない声を出す祐麒にまたも噴き出してしまう。でも、本当にあまりにイチャイチャされると、いくら姉弟とはいえ彼女としてはムッとするのです。
「えっと、そんなことより、ごめんなさい」
 ベッドの上に正座して、携帯電話を耳にあてたまま頭を下げる由乃。
『え、何が? なんかあったっけ?』
「あの、私ほら、まだ両親にも祐麒くんとのこと言ってなくて……」
『ああ、でも別に謝るようなことじゃないと思うけど』
「そうもいかないわよ。祐麒くんはちゃんとご両親に報告していたのに、私が出来ていないなんて、なんか悔しいじゃない」
『悔しいって、なんか由乃さんらしいね』
「何よ。でもまあ、本当に。祐麒くんとお付き合いし始めたことに恥じるところなんて何もないのに、ね」
『でも、なんか気恥ずかしくて言いづらいってのも分かるよ。だから、そんな無理せず焦らなくても』
「駄目。これは私のけじめなんだから。お父さんにも、令ちゃんにも、きちんと言うから、ね」
『そっか……分かった。それじゃあ、今度は是非、うちに来てよ。今日も言ったけれど父さんも母さんもうるさくてさ。俺みたいなのが相手で大変だろうけれど、見捨てないでくださいってお願いしなくちゃいけない、なんて言ってるんだよ』
「ぷっ、何それ?」
『ほら、うちの親ってばリリアンの薔薇様幻想があるからさ。俺の付き合っている相手が黄薔薇様だと知って、変なテンションになっちゃったから。そんな期待されても困るよねえ、なんたって現実は』
「そうそう、現実はそんなたいしたことない……って、ちょっと失礼じゃない!?」
『いや、俺はそこまで言っていませんけど』
「ほほう、そう言いいますか……ってまあそれは置いておいて。分かった、今度、遊びに行かせてもらうね。祐巳さんの友達じゃなくて、祐麒くんの彼女として」
『おっ……あ、ああ、お願いします』
「私も、ちゃんと話すから……そしたら紹介するから、その時はうちに来てね」
『う、うん。もちろん』
 電話越しでも、お互い微妙に緊張感が溢れているのが分かった。顔がほんのり熱っぽいのは、多分お風呂にさっき入っていたせい。うん、絶対にそう。
「――でね。その、お父さんにも紹介したらね、いいよ」
『ん? いいって、何が?』
「えーっと、プリクラ……貼っても」
『……分かった。じゃあ、楽しみに待ってるから』
「うん」
 その後、何分か他愛もない話をして通話を終える。
 一息ついてふと気づくと、携帯を持った手の平にうっすらと汗をかいていた。肩にも力が入っているし、顔が見えないとはいえ電話でのお喋りにも緊張していたようだ。
 そっと、携帯を枕の上に置く。
「…………」
 顔が熱く、そしてにやけそうになる。
 なぜって、携帯には祐麒と由乃の二人が緊張しながらも笑顔を浮かべているプリクラが貼られていたから。
「わ、私は、学校では鞄から出さないし」
 誰に言い訳するでもなく呟きながら。
 プリクラを見て恥ずかしそうに、幸せそうに微笑む由乃なのであった。

 

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