由乃さまとの交際が始まってから既に一か月以上が経過した。私たちの仲は他の人には秘密にしつつ、順調に進んでいる、と思いたい。
というのも、学生で、学年が違って、女の子同士ともなればそう簡単に二人きりで仲良くなんて出来ないわけで。しばらく前に階段でキスしたけれど、そんなことあの日以来できないし、手を繋ぐことすらできていない。
休日にデート、とも思うが、私は志摩子さんと仏像や教会を見に行く約束もしているし、由乃さまは令さまと遊んだりしている。急に付き合いがなくなったら不自然だし、その辺の行動を変えるわけにもいかない。秘められた恋というのは、なかなかに辛いものである。
むしろ皆にバラしてしまえば良いとも思うこともあるが、私も由乃さまもそこまで踏み切ることは出来なかった。
そんなわけで、私は日々の欲求不満を一人で解消せざるをえないわけで、その辺は蔦子さまにお願いして盗撮してもらった、『由乃さまフォトギャラリー』をネタにしている。今のお気に入りは、体育のスパッツ姿でシャツをまくってお臍が見えているポーズ。スパッツ最高。
しかし今日は、実に久しぶりに二人きりの時間が訪れた。
お昼休み、ランチボックスを持って薔薇の館に向かいかけていた私は、同じように歩いている由乃さまと遭遇。祐巳さまたちと一緒ではないかと思ったのだが、祐巳さまが今日は発熱でお休み、蔦子さま、真美さまは部活の急ぎの用事でいなくて、誰かいないかと薔薇の館に向かうところだったという。
「じゃあ、一緒に薔薇の館に行こうか」
笑って言ってくる由乃さまの手を取ると、私は薔薇の館とは異なる方向に歩き出した。
「え、ちょっと乃梨子ちゃん、どこ行くの?」
「薔薇の館じゃあ、他の人が来るかもしれませんから」
志摩子さんや、祥子さま、令さま、瞳子。可能性は色々ある。せっかくの機会だ、二人きりで食べたい。
私の思いを察してくれたのか、由乃さまはちょっとだけ赤くなると、無言でついてきてくれた。
到着したのは、中庭の一角。
そう簡単に人気のない場所なんてないし、あったとしてランチをするのに適した場所ではない。要は、邪魔者が入らずに二人でお昼をすることが出来ればよいのだ。山百合会のメンバーだったら薔薇の館に行くだろうし、薔薇の館に行かない場合は友人とでも食べるのだろうから、この辺を通っても問題ないはず。
由乃さまと私だと学年は違うが、同じ生徒会だし、姉妹でご飯を食べることも多いから一緒にいたって不自然ではない。
ベンチだと適度に周囲に人がいるので、少し外れた場所の石段の上に腰を下ろしてお弁当を広げ、他愛もない会話をしながら食事をする。
「ねえねえ乃梨子ちゃん、聞いてもいい?」
お弁当を食べ終え、ティータイムに突入したところで由乃さまが改めてそんな風に口を開いた。私としてはもちろん、断る理由もないというか、そもそも何を訊かれるのかは聞いてみないと答えようがないので、断れるわけもない。
「えっとさ」
「はい」
どこか落ち着かない様子で、由乃さまは言った。
「……乃梨子ちゃんはさ、やっぱり私とエロいこと、したいの?」
「ぶほぅっ!!!?」
私は噴いた。
鼻から噴き出た紅茶を手の甲で拭いながら、由乃のことを見つめる。
「わ、私達、キスしたじゃない? それで……キス以上のこととか、したいと思っているのかな、乃梨子ちゃんは」
顔を赤くして、何とも言えない表情をして、唇を尖らせて、由乃さまは続けて訊いてきた。
私は咳き込みつつ、果たして何て答えるのが正解なのだろかと心の中で考える。
正直に答えるなら、イエスだ。というか、むしろ毎日、妄想の中ではエロいことしまくっている。昨夜はそうそう、恥ずかしがる由乃さまに猫耳つけさせ、尻尾を挿入して、猫語プレイで鳴かせて泣かせて哭かせるというプレイを妄想し、スパークした。うん、この妄想プレイは今までの中でも上位に位置する。
だが、まかり間違ってもこんなことは口に出せない。いくら私でも、そんなこと言った日にゃあ、由乃さまにどん引きされるくらいは分かる。
「あ、ご、ごめん、そんな真剣に悩まないで! ごめんね、変なこと訊いて、別に乃梨子ちゃんが嫌なことをしようとは思わないからっ」
私が真面目に変態的なことを考えている姿を見て由乃さまが勘違いしたらしく、慌ててそのようなことを口にしてきたが、それこそとんでもないことである。嫌だなんてとんでもない、むしろエブリデイウエルカムである。私のことを清楚な年下の女の子と思ってくれるのは良いが、だからといって腰が引かれては困る。
「い、いえ、別にその……嫌だなんてことは、ないです。私も、興味ありますし」
しかし、表面的にはあくまで清楚に。
言っていることに嘘はないし、妄想して赤くなっているのも事実だし、煩悩に満たされた目も、見方によっては潤んで熱を帯びているようにも見えるはず。
「あ、そそ、そうなんだ……あ~~、でも、やや、やっぱり恥ずかしいにゃぁ」
「ぶふぉおーーーーーーっ!!!」
「え、ちょ、ちょっ、乃梨子ちゃんどうしたの、大丈夫!?」
由乃さまは無意識だったかもしれないが、語尾が猫語になっていたことが前夜の妄想、およびそれを先ほど思い出したことと重なり、直撃した。興奮のあまり鼻血が出た。
「だ、大丈夫です。体質的なものなので」
「そ、そうなの?」
さすが、本物は破壊力が違う。
ティッシュで鼻を拭う。出やすいが、止まりやすいのもこの鼻血の特徴である。
「ええっと、それで何の話でしたっけ」
「いや~、改めて口にするようなことでは」
「く、口でするようなこと……い、色々ありますよね」
「は?」
「はわわわっ、な、なんでもないっス!」
危ない、危ない。学校で煩悩を開きっぱなしにしては危険である。どうにか別の方向に話題を変えよう。
「そ、それよりそうだ、今週末あたりうちに遊びに来ませんか? よかったら泊まりで」
「え、お泊り?」
しまった。煩悩丸出しの話題転換となってしまった。
「べ、別に変な意味はありませんからっ! 菫子さんだっていますし、普通に由乃さまと夜更かししてお喋りとかしたいなーって思っただけで」
これは事実である。
エロいことに対する欲求というものも持っているが、他に普通にお喋りして、一緒の時間を楽しく共有したいと思う。
今だって、こうしてお弁当を食べて一緒にいるだけで幸せな気分になれるのだから。
「そうだねー、私、体が弱かったから令ちゃん以外に、友達の家にお泊りで遊びに行くとかしたことないから、嬉しいかも」
「本当ですかっ? じゃあ、決まりですね」
「あ、ちょっと待って。一応、帰ってお父さんとかに聞いてみないと」
「ああ、そうですよね」
とは言いつつ、さほど心配はしていない。こういう時、女の子同士というのは強いものである。男の家に泊まりに行くなんて、親がそうそう許してくれるとも思わないが、女の子同士ならさして疑うこともあるまい。
「じゃあ私、お菓子買っておきますね!」
「夜に食べると太っちゃうよ」
「特別な夜にはいいんです」
「あはは、乃梨子ちゃんたら」
別に、えっちなことなんかなくたって。
由乃さまと一緒に過ごせる夜は、特別なのだ。
そうして、由乃さまも無事にご両親からの承諾を得ることができ、いざ週末となった。
由乃さまが家に来るのは初めてのこと、自室を念入りに掃除して整理して片づけて、あやしげなものが目に触れないように細心の注意を払う。リビングやキッチンも綺麗にして、あとは由乃さまがやってくるのを待ち受けるのみ。
「いつも、これくらい張り切って掃除してくれると助かるんだけどね」
皮肉な笑みを浮かべている菫子さんは無視。
というか、菫子さんの存在さえ消してしまえば、今日の夜だって何を気にすることなく由乃さまとイチャイチャできるのだ。しかし、さすがに人間一人を失くすというのは大変なことだし、痕跡だって残ってしまうし、そもそも菫子さんいなくなったら色々と困るので、この考えは保留にしておこう。
「とにかく、今日は菫子さん、大人しくしていてよね」
「はいはい、分かっていますよ」
「本当に分かっているのかしら――って、来た!!」
チャイムの音が鳴り、飛び跳ねるようにして玄関まで出迎えると、由乃さまが立っていて頬がにやけそうになる。
お下げを解いてストレートに流した髪の毛はさらさらで、学校と違う私服姿というのがまた良い。
「さ、どうぞどうぞ、あがってください」
「お邪魔します……あ、失礼します。私、リリアン女学園の島津由乃と申します。乃梨子さんにはいつもお世話になっています。あの、これよかったらどうぞ」
「まあ、これはご丁寧に。自分の家だと思って楽にしてちょうだい」
由乃さまと菫子さんの挨拶が済んだところで、私の部屋へと案内する。掃除して整理もされているはずだけど、特に面白みのない部屋なので、少しだけ緊張する。
「お邪魔しまーす。わお、ここが乃梨子ちゃんの部屋ね」
「はい……殺風景な部屋でしょう?」
由乃さまの部屋も比較的シンプルだったけれど、私の部屋はそれに輪をかけているだろう。もともと、菫子さんのマンションにお世話になっている身だから、というのもあるけれど、私の趣味によるところが大きい。
「いやいや、仏像の写真やミニチュアが飾ってある女子高校生の部屋とか、なかなかないって。へえー、へえーーっ」
「も、もう、えとその辺に座ってください」
きょろきょろと室内に目を向けられて恥ずかしくなり、クッションを指し示して由乃さまに落ち着くようお願いする。
そこからは楽しい時間が続く。
お喋りして、DVD鑑賞をして、そして夜ご飯は二人で作る。長い髪の毛をポニーにして、エプロン姿だなんて反則過ぎる由乃さまに興奮して暴れそうになるのを、なんとかセーブする。
二人でキッチンできゃあきゃあ言いながら料理をして、菫子さんに苦笑いされたり怒られたりして、どうにか作った夜ご飯は微妙な出来栄えだったけれど、それでも美味しいと感じられるから不思議。
テレビを見て、由乃さまがもってきたお土産のデザートを食べて、またお喋りして、お風呂に入って、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。志摩子さんと一緒というのももちろん楽しいけれど、志摩子さんはそんなに饒舌というわけではないし、騒ぐというのもない。
由乃さまは、先輩だけれど一緒にはしゃいで、よくお喋りをして、菫子さんにうるさいと怒られてしまうくらいだけれど、そんなのがまた楽しい。
「あ、乃梨子ちゃん、パジャマ可愛い」
「そ、そうですか?」
特に変わったところのないパジャマの上下だが、可愛いと言われれば嬉しい。
「でも、その言葉はそっくりそのまま返しますから」
無地のチュニックシャツにカラフルなギンガムチェックのフルレングスのストレートパンツ。
夜だから大きな声を出せないけれど、それでも二人で話していると声が大きくなりがちになる。私はあまりそういうキャラではなかったはずなのだけれど、由乃さまと二人で部屋にお泊まりという状況で、少しばかりテンションが上がっているのかもしれない。
「由乃さまは、髪の毛長いですよねー。でも、凄く綺麗」
「あはは、お手入れが少し面倒くさいし、油断すると酷いことになっちゃうけれど、長いのが好きだから」
少し茶色の入った髪の毛を手ですくうと、さらりさらりと手の上を滑る。私の髪の毛はどちらかというと硬いから、とてもうらやましい。
「くすぐったいよー、乃梨子ちゃん」
そんなことを言いながらも、笑って私のなすがままになってくれる由乃さま。由乃さまは本当に綺麗。幼いころから体が弱く、あまり外にも出られず、運動もできなかったというけれど、そのおかげか肌が凄く綺麗なのだ。その柔肌を私だけのものにできて、思う存分に堪能できるかと思うと、涎が止まらない。
「……乃梨子ちゃん、お腹すいたの?」
「え……はぅ! だ、大丈夫です、夜の間食はお腹の敵です!」
慌てて、じゅるりと垂れかけた涎を拭う。
いざ、「その時」が来たというのに、お腹ぽっこりでは恥ずかしすぎるもんね。
「えと、それじゃあ、そろそろ寝ようか?」
由乃さまが、ちょっぴり恥ずかしそうにしながら言って、小首を傾げて見上げてきた。可愛すぎるぞコン畜生!
興奮するが、隣では菫子さんも寝ているわけで、今夜は変なこと出来ないわけだが、それでも由乃さまと同じ布団で、温もりを感じて寝られるだけでも嬉しい。寝顔をばっちり見て、写メとデジカメで残す準備も万端である。
部屋の電気を消し、いそいそと布団にもぐりこんで横を向くと、私の方を向いている由乃さまが感じられる。
布団の中でのお話も楽しいけれど、徐々に言葉が少なくなってくる。暗さにも目が慣れてきて、お互いの顔もなんとなく見えるようになると、由乃さまの大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「乃梨子ちゃん……」
由乃さまが首をのばしてくるのを、私も自然と受け入れてキスをする。今日はずっと一緒にいたけれど、キスをするのは初めてだ。
触れるだけの軽いキスから、少し強めに押し付けあい、唇を挟んだり、舌を挟んだり、お互いに夢中になって貪りあう。
嬉しい、だけど今日はここまで。
そう、思っていると。
「――――っ!?」
脇腹のあたりから痺れが発生し、私の身体は震えた。
由乃さまの指が、パジャマの下の脇腹に触れているのだということを理解する。
もしかして、菫子さんがいるのも構わずに先に進もうというのか。それならそれで、乃梨子とて願ったり叶ったりだ、シーツを噛んででも大きな声を出すのを耐えればいいのだ。由乃さまの声が大きくなりそうなときは、私の指を入れるか、唇で塞ぐか。
「あ、ご、ごめんね乃梨子ちゃんっ!」
そんなことを私が考えていると、由乃さまはなぜか慌てて手を離して謝ってきた。
「え、な、何がですか?」
「だ、だって乃梨子ちゃん、震えていたから……怖がらせちゃった? ごめんね、もう、しないから」
いや、今のは武者震いですから、とは言うことも出来ず、口を噤む。
すると、由乃さまは泣きそうな顔をして口元を拳で抑えた。
見れば、由乃さまの手は震えていた。きっと、由乃さまも思い切って、勇気を出して私に触れてきたのだろう。
「……違うんです、由乃さま。いきなりだったから、びっくりしちゃっただけで。怖くも、嫌でもないですから」
「で、でも」
「ほら、由乃さま……」
私は由乃さまの手をそっと握ると、パジャマの下に導いた。由乃さまの手が触れると、そこだけ肌が燃えるように熱く感じられる。
そのままゆっくりと手を動かしていく。
「え、ちょ、ちょっと乃梨子ちゃん、それより上は」
「由乃さまに、触って欲しいんです……ほら、私の心臓、凄いドキドキしているでしょう」
「あ……」
由乃さまの小さな手が、私の左胸に触れた。
「んっ」
「ホントだ、凄い、ドキドキしているよ……」
手の平が敏感な先端を撫で、あまりの気持ちよさにぴくぴくと震える。こんな、ちょっと触れられただけで硬く、尖ってしまうなんて、由乃さま私のことをえっちな女の子だって軽蔑しないだろうか。
「……ね、今ね、私も凄いドキドキしているの。乃梨子ちゃんも、確かめてみてくれる?」
「えっ、あ……よ、由乃さま……」
恥ずかしそうに、暗い中でも分かるくらい顔を赤くしながら、由乃さまはもう片方の手で私の手首をつかむと、チュニックシャツの裾の下から中に入り込ませる。細くてなだらかなお腹からゆっくり上がっていくと、ほんのりとした膨らみを感じた。手の平にすっぽり収まってしまう、小さなおっぱい。感じられるのは、ドクン、ドクンと脈打つ由乃さまの心臓の動き。
「本当だ、凄いドキドキしています」
「あ……凄い、乃梨子ちゃんの手に触れられた部分が、熱いよぅ」
由乃さまの突起も、尖っているのが感じられた。
「好きです……由乃さま……」
「んっ……ちゅっ」
再び私たちは唇を重ね、キスをする。
不思議と、今までのキスとはまた異なっている気がする。触れ合っている唇が、舌が、痺れ蕩けるような快感を受けるのだ。
お互いの右手で相手の左胸を握っている。いや、ただ優しく触れているだけといったほうが正しいかもしれない。愛撫しているわけでもなければ、揉んだり、つまんだりしているわけでもない。それなのに、うっとりと天にも昇るほどの気持ち良さ、陶酔感に包まれるのだ。
一人、由乃さまを想い自分を慰めるときのようなことは全くしていないのに、満たされ、堪らないほど気持ちいい。
肌を、温もりを、柔らかさを感じられているからなのかもしれない。
「乃梨子ちゃん……あったかくて、気持ちいい」
「私もです、由乃さま……」
由乃さまの手が脇腹を撫で、背中にまわって肩甲骨をさする。それだけで目の前が真っ白になり、何も考えられなくなる。
私も同じようにすると、由乃さまは小さく声を漏らし、私にしがみついてくる。
「ああ、由乃さま……」
セックスというのは、もっと激しいものだと思っていた。色々と勉強し、妄想し、あんなことこんなこと、唇と舌と指で凄いことを由乃さまとしようと思っていた。
だけど今、実際に行っているのはキスして、抱き合って、触って撫でているだけ。でも満たされるなんて、知らなかった。
更にぎゅっと強く抱きしめあい、より身近に感じて。
幸せな気持ちのまま、いつしか私は眠りに落ちていた。
憧れの朝チュン。
目を覚ました私の視界に飛び込んできたのは、由乃さまだった。
「…………ふぁ?」
「あはは、まだ寝ぼけてるの? 可愛い~~、おはよ、乃梨子ちゃん」
「え……あ……」
そこで意識が鮮明になってきて、目を数回ぱちくりさせる。
相変わらず、にこにこと見つめてきている由乃さま。
「えへへ~、乃梨子ちゃんの可愛い寝顔、ずっと見ちゃった」
と、悪戯っぽく笑う由乃さまを見て、一気に恥ずかしくなった。とゆうか、本当なら私が由乃さまの寝顔を観察して記録に残すはずだったのに、まさか逆の立場になってしまうとは。
「え、え、いつから見ていたんですかっ!?」
体を起こし、由乃さまに詰め寄る。
「えーっと、二十分くらい前かな。全然、飽きなかったよ」
「う、うああああああ」
羞恥に身悶え、頭を抱える。私なんかの間抜けな寝顔を、それも二十分にもわたって見られ続けていたとは、なんたることか。
「うぅ、本当は私が、由乃さまの寝顔を見るはずだったのに……」
「え?」
しゅん、として思わず呟いてしまったことを、由乃さまに聞かれてしまった。
「あ、いえ、今のは、あのっ」
わたわたと手を振る私を、由乃さまがにこにこと見つめている。
おかしい、こんなはずじゃなかった。これじゃあ立場が逆だ。本当なら、私の方が由乃さまを慌てさせ楽しむはずだったのに、なぜかずっと主導権を取られている。
「別にいいじゃない、それくらい」
「それくらい、って……」
と、私が口を尖らすと。
「……だって、寝顔くらい、これからいつでもお互いに見られるでしょう?」
由乃さまは白い頬を桜色に染めて、そんな悩殺台詞を言ってきた。
当然私は、鼻血が噴き出そうになるのを懸命に堪える。せっかくの朝なのに、血まみれでスタートなんてしたくないから。
「で、でもごめんね、乃梨子ちゃん。結局……え、えっち、しちゃったね」
真っ赤になり、照れ照れしながら、ちらちらと潤んだ瞳で見上げてくる由乃さま。
え、えっちといっても、抱き合ってちょっと触りあっただけなのだが。それも、上半身のみで、下の肝心な部分には指も舌も入れていないのに。それでも由乃さまは、えっちをしてしまったと言っているのは、ピュアなのか、世間知らずなのか。とゆうか、昨夜のアレをえっちだと言われたら、それ以上先には進ませてくれないのか? いや、まあ昨夜のでも一人でするよりずっと良かったのだが。
「ごごごごめんなさい! そ、そんなにショックだった!?」
呆然としている私を見て勘違いしたのか、またも由乃さまが泣きそうな顔を見せる。私はハッとして息を止め、やがて、笑った。
「ごめんなさい、違うんです、由乃さまとえっちしたと思ったら、恥ずかしくて、でも嬉しくて、固まっちゃったんです。私、幸せです」
「ほ、本当に? わ、私に遠慮とかしていない?」
「そんなわけないじゃないですか。私、こんな幸せな気分の朝、初めてですよ?」
「はぅ……わ、私も……」
耳から首まで真っ赤にして、コクリと頷く由乃さま。
「でも、もっと幸せな気分、味わいたいです」
「え?」
「それは、大好きな人と、『おはようのちゅー』をすると、味わえると思うんです」
「あ……」
そう私が言うと、由乃さまはシャツの裾をキュッとつまんで、他に誰もいるわけのない私の部屋の中をきょろきょろと見回した。
私は両手をベッドにつき、顔をわずかに上向けて目を閉じた。
ベッドが僅かに波打ち、由乃さまが動く気配が伝わる。
やがて熱い吐息が感じられると思ったら、唇にひんやりとした、ぷにっとした感触が押し付けられた。薄く目を開けると、目を閉じた由乃さま。睫毛が、長くて綺麗。
舌を伸ばし、由乃さまの唇を軽くノックすると、由乃さまの肩がぶるっと震えた。そのままゆるゆると押し入れ、由乃さまの舌をつついて引き出し、唇で挟んで吸う。
「んっ……」
唇が離れる。
由乃さまは小さく口を開け、可愛らしい舌を出している。
「ふあぁっ……ん、あ、こ、これで、どう?」
ぽーっとしていた由乃さまが、我に返ったように訊いてきたので私は。
「――はい、今まで生きてきた中で、一番幸せな朝です」
と、心からの笑顔で返した。
そしてこれから先、迎えるたびに最も幸福な朝が訪れることを、私は確信していた。